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若君様と初恋の人

 私の初恋は、中学一年生の時だ。


 中学はサッカー部のマネージャーをした。入学したばかりの頃、私も男子もまだまだ小学校を卒業したばかりで、背が低い子も多かった(そこからの2年でめちゃくちゃ背が伸びた子もいた)。


 初恋の人も、私より少し背が高いくらい。同じサッカー部の同級生だった。


 その子は入学した時からとてもモテていた。

 薄茶の髪で、外国の血が入っていそうに整った綺麗な顔立ちをしていて、何よりよく笑う子だった。屈託ない笑顔でみんなと接していて、男子にも女子にも好かれていた。


 ある日、そんな彼が裏庭に呼び出されて告白をされている現場に、私は遭遇してしまった。


「好きです」

「ありがとう。凄く嬉しいけど……ごめん」


 耳に入って来た台詞に、心の中でひぃっと悲鳴をあげる。


 部活で使う道具を移動させている最中だった。ジャージ姿のまま木の影にうずくまる。本当は立ち去るべきなのだけど、音を立てずに立ち去ることは難しそうだった。


「好きな人がいるの?」

「まだ……誰かを好きになることとか、分からなくて……ごめんね」


 声しか聞こえて来ないから女の子が誰だか分からないけれど、声だけで、同じ部活の彼だって分かった。


 彼はとってもモテる。部活の前のこんなちょっとした時間にも告白を受けてしまうくらい。


 少ししてから立ち去るような足音と、男の子のため息が聞こえた。ふと、声が聞こえた方向に顔を向けると、彼がこちらを見ていた。ひぃ!?


「……小石さん」

「は、はい」

「荷物持つよ」


 その台詞に、手にしている部活道具をやっと思い出す。

 あわあわとしているうちに荷物を奪われ、二人して部室に向かう。


 遠くから、生徒たちのざわめきが聞こえる。けれどここは静かな裏庭。私の心臓の鼓動が響き渡る。


「あのさ」

「……はい」

「特別な誰かを作れないことは、おかしなことかな?」

「え?」


 横を歩く彼を見上げると、彼は考えるように前を見据えている。


「よく、分からないんだ。誰か一人を好きになる気持ち、とか」

「……」


 まさか特別モテる男の子が、そんな悩みを抱えているとは思わなかった。


「好きになった人いないの?」

「いないな」

「そっか……」


 よく考えたらまだ中学一年生なのだ。頻繁に告白などされていたら、ストレスになるのかもしれない。


「でも……おかしくないと思う。まだ子供だし。きっとそんな人いっぱいいるよ。これから、急に誰かを好きになるかもしれないし。私も好きになった人、まだいないよ。私は告白されたこともないけど……されてもきっと断ると思う。まだよく分からないもん」

「そっか」

「うん」


 なんだか納得したように、彼は少しだけ笑顔になって歩いていく。


「小石さ」

「うん」

「誰に対してもそうだよな」

「え?」

「ありのままに話を聞いて、受け入れて、自分の意見言う」

「……?」

「クラスの揉め事のときも、部活のちょっとしたいざこざのときも。小石はいつもそんな感じ」

「そうなの……?」


 話している内容よりも、彼が私の存在を思ったより認識していることの方に驚いていた。


「俺、さ」

「うん」

「いつか誰かを好きになるのなら、小石みたいな人がいい」

「……」


 まるで殺し文句のような台詞を、まだ好きな人がいないと聞いたばかりの男の子から聞かされた私の気持ちを分かってもらえるだろうか。


 彼は楽しそうに笑って部室に駆けて行き、私は顔を熱くさせて一日を乗り切った。


 罪な男だ。


 だってそれから私は毎日彼を意識してしまった。明るくて、人気者で、優しくて頭が良くて。


 だけど、いつも笑顔なのに、一人になるととても大人びた表情になる。悲しげで、暗い、どんな人生を背負って来たのかと心配になってしまうような泣きそうな顔をする。


 そんな彼のアンバランスさに、私は心を掴まれてしまった。


 いつか誰かを好きになるのなら、彼が良いと思った。

 だけど、いつかじゃない。恋は始まっていた。


 彼が誰かを好きになって、どうか満たされますように。そんなことを思いながら、半年、彼を見守った。


 夏が終わり、秋が来て、学校で先生から、彼が転校したことを聞いた。


 それが私の初恋の終わりだ。










「慧十郎様によく似たご親戚はいらっしゃいませんか?」

「……俺に?」


 部活の時間。

 部室にみんな集まったばかりで、雑談をしていたときに、私は話を持ち出した。


「そうです。薄い茶色の髪と眼で、色が白くて、外国の血が入ってそうな雰囲気の方です」

「歳は?」

「私たちと同じ歳です」

「……ほう」


 若君様がソファで足を組む。長い足が様になっている。どんな格好でもカッコいい。


「だれなん?そいつ」


 剣くんが訝しげに問う。


「中学の同級生です」

「……中学。名前は?」


 累先輩が若君様をチラリと見ながら言った。


「それが……名前がよく思い出せなくて……悟くんと言ったような」


 陽奈のこととかいろんなことがあって、初恋の人のことを忘れかけていたのだ。それにしても名前までぼんやりしてるなんて、ちょっとおかしいかもしれない。


「悟……心当たりは?」

「なぜ俺に聞くんだ。親戚ならお前の方が詳しいだろう」


 珍しく不機嫌そうな顔をした若君様が累先輩を睨んでいた。


「どんな子なの?カッコよかった?」


 瑠璃先輩が楽しそうに聞く。


「カッコよかったです。学校で1番モテてました」

「まぁ!良いわね。素敵」

「……で?」


 累先輩に促されて、若君様が私を見つめた。


「……心当たりはないな」

「そうですか……」


 これだけよく似てるなら、親戚の誰かだったのかもと思ったのだけど。


「なんだ小石。好きな男だったのか?」


 剣くんがまた乙女心の存在を認識していないような発言をする。するとポコんと本の角で頭を殴られていた。瑠璃先輩からだ。


「いてーな!!」

「女の子にそんなこと聞くんじゃありません!」

「あ、大丈夫です。本当にそうなんです」

「え?」

「え?」

「……え?」


 若君様まで揃って、みんなが私を振り返っていた。


 少し恥ずかしいけれど、聞いた手前、そんなに隠すことでもない。


「たぶん初恋の男の子です。転校してしまったので半年くらいしか同じ学校で過ごせませんでした」


 転校先を誰も知らなかったし、分かったとしても連絡をすることなんて出来なかったと思う。だけど、いつか会えたなら、幸せそうにしているのか、そんなことが少しだけ気になった。


「……初恋?」


 若君様が言った。


「はい」

「………………」


 あれ、凝視されたまま、なんだかめちゃくちゃ長い間沈黙が訪れた。


「……慧十郎様?」

「……いや」


 若君様は困ったような表情で私を見下ろしている。


「……海外の者にも確認しておくよ」

「ありがとうございます」


 返事をしながら、じっと若君様を見つめてしまう。


 初恋の男の子に、よく似た若君様。

 髪の色と目の色が違う。それにあの子はまだ子供の体型だった。身長もきっと20センチは違う。


 若君様と出逢って、見た目が好きな人を思い出させてドキリとしたのが、二度目の恋の始まり。


 だけど、あの子とは、若君様は全然違う。

 あの子が時折していた真剣な表情や暗い空気を、若君様はより濃縮した形で抱え持っている。


 あの子と出逢ったとき、恋の始まりがあったけれど、若君様と出逢えて、恋の花が咲いた気がする。


 私は自分の中に芽生えた気持ちを感じると、どうしようもなくムズムズとして、若君様に優しくしたくなってしまう。そんな顔をしなくて良いのだと、少しでも笑って欲しくて、なんでもしたくなってしまう。


 そんな気持ちが、私の恋の気がする。


 何も出来ない、無能の私に出来ることなんて本当は何もないはずなんだけど……。


 どんな小さなことでも出来たらいいのにな、と、私はこの部活に居続けてしまうのだ。


「行こうか、美月さん」

「はい」


 それは若君様の個室に移る合図。


「またね、美月ちゃん」

「はい、また後でです。先輩」








 若君様の個室に移ると、若君様と隣り合わせてソファーに座る。教科書とノートを開いて若君様を振り向くと、彼はじっと私を見つめていた。


「……どうかしましたか?慧十郎様?」

「いや、なんでもない……」


 首を振るようにして若君様は言った。


「世話になるな。おやすみ、美月さん」

「いいえ。おやすみなさい、慧十郎様」


 瞼を落とした若君様のお顔を、ここぞとばかりにじっと見つめてしまう。長い睫毛も、通った鼻筋も、全てが美しい人。だけど、あれ?


 今日は、少しばかり、お顔が赤い気がする。

 熱でもある……?

 不思議に思っても、寝ているときに勝手に触れられないし、と私は心配しながらも起きてから聞こうと勉強を始めた。


 そして起きてから聞いたけれど、特に具合は悪くないそうだった。









 その夜の陽奈とのメッセージ。


『初恋の人……?』

『名前が思い出せなくなってたの』

『そんな人いたっけ?』

『あれ……?話してなかった?』

『聞いたような気もするけど……あれ?』


 なんだか二人して記憶が曖昧になっているみたいだった。

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