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若君様の花嫁探し(6)

 溺れていた水の中から浮上するように、意識が覚醒する。


 瞬時に――戻ってきた、と思う。


 手が熱い。両手を誰かと繋いでいる。体が酷く緊張していて、汗がダラダラ流れていた。


 カーテンからの太陽光が部屋の中を照らしている。古い日本家屋の部屋の中は、とても静かだ。


 私は私。小石美月、15歳。

 だけど私は、ついさっきまで、10歳のこどもだったのだ。


「……夢?」


 陽奈の声が聞こえた。


「夢じゃないよ。共鳴だ」


 猪瀬くんが言う。

 みんなは呆然とした表情で私を見つめていた。


「おい……おいおい、こんな共鳴初めて見たぞ!」


 剣くんは手を離して、勢いよく立ち上がる。


「こんな生々しく、人の記憶が読めるなんて、聞いたことない!」

「みんな見たの?」

「うん」


 猪瀬くんが答える。


「美月さんの記憶が流れて来た。だからきっと……美月さんの力なんじゃないか?それだけ強い能力者なんだよ」

「強い……能力者……?」


 私を見つめるみんなの顔を、私は夢の中のような気持ちで見つめ返していた。


 頭が割れるようにガンガンする。

 体の中から、感情が爆発しそうに溢れて来て、肌がピリピリする。だけど体の奥の、芯の部分だけがどこか冷静だった。


 ――思い出した。


 そのことをすんなりと理解出来た。


「なぁ、あれ、本当なのか?なんだ?一族待望の完璧な子供って」

「さぁ、聞いたことないな。だが、若君様と並ぶほどの能力者なのは確かだろうな」

「先輩もいたのに……みんな……忘れてるの?」

「そういうことだろう。俺らだって欠片も思い出さなかったじゃないか。いや……」

「あっ!なんで剣くん覚えてたの!?会ったところまでは覚えてたよね……!?」


 陽奈の声に剣くんが狼狽える。


「いや俺も忘れてたけど、学校で会ったときに思い出したんだよ。ああ、こんな奴いたって」

「誰も思い出さなかったのに?」

「……」

「剣くんだけ?」

「……」

「moon、たぶんそれはデリケートな話題になるから今はやめておけ」


 ぼんやりとみんなの会話を聞いていた。


 ふと自分の手の平を見つめて、どうして私は慧くんと手を繋いでいないんだろう、と不思議に思う。


 ――家族にしてくれるって言ったのに。

 なのにあの子は、私にさよならと告げた。


「……美月ちゃん?」


 陽奈が私の両肩にそっと触れる。


「大丈夫?」

「陽奈」


 じんわりと陽奈から伝わる体温に、私が15歳であることを改めて思い出す。慧くんはもういない。若君様の婚約者候補に一番有力なのは陽奈。みんなが憧れ崇拝しているかのような若君様に、私は、友達になることすらおこがましい存在だ。


「……なんで?」


 抑えていた涙が、瞳から流れ落ちる。

 ドバドバとした音が出ていそうだ。体から溢れ出る大量の水を滝のように流す。


「……どうして、私忘れてたの?」


 お父さんとお母さんの事故のこと。

 慧くんのこと。


 忘れたくなんてなかった。辛くて怖くて苦しい記憶だったけれど、消してしまいたいとは思わない。私の引き受けるべき記憶だ。一人の人の存在と引き換えにしてまで失いたいものじゃない。


「美月ちゃん……」

「陽奈……」


 抱きしめてくれる陽奈にぎゅっとしがみつく。


 あれから、もうすぐ6年が経つ。私たちはもう、ただ子供じゃない。高校を卒業したら、大学に行ったり就職したり、徐々に社会に巣立っていく。


 本当なら陽奈と同じ高校にいく予定すらなかった。このままでは、私は慧くんと完全に縁が切れてしまうところだったのだ。


 それを分かっていて、唐突に学園に現れた私に、あの人は他人のように振る舞っていたのだろうか。


「色々納得も理解も追いつかないけどさ。つまり、一度は婚約しようとしてたってことだよな」


 剣くんが言う。


「そうだな。一番の花嫁候補は、誰も知らない子だったんだ」

「なんでやめたんだ?」

「なんでって美月さんのためにだろ。身を引いたんだ」


 健くんは不機嫌そうな顔をする。


「いや、でも、おかしくない?」

「うん?」

「だって……言い方悪いかもしんねぇけど、犀河原に嫁いだら、いつかは自分のこと知ったんじゃないの。遅かれ早かれ、知るだろ。自分の能力のこと。そんなこと、最初から分かってたことだろ?」

「うん」

「泣いてたのは見てられなかったけど……だけど、そこでやめるほどのことなのか俺には分かんねー」


 うん、と陽奈が同意する。


「私もそう思うよ。どうして若君様はあの時考えを変えて、私たちの記憶を消したんだろう」

「……」


 猪瀬くんは少し考えるようにしてから、私を見つめて柔らかく微笑んだ。


「俺、分かる気がするけど……なぁ、美月さん。あいつ、あの頃、ちゃんと子供だったよな」

「……え?」


 猪瀬くんは苦笑する。


「言われたんだ。俺があいつを怖がってたのは、友達だったからなんだって。親しかったから、分かったんだって。子供の頃、人の感情に疎くて、知性も能力も人並み外れてるあいつが、なんだかロボットみたいに思えて怖かったんだけどさ……」


 それでさ、と続ける。


「この間話したら……ロボットなんかじゃなくて、なんとなくだけど、何かに苦しんでそうな、人間くさいやつに感じて。ならあれは、子供だったからなのかと。頭良いから大人みたいに見えたけど、ただ普通に子供だっただけなのかと、納得出来てさ」

「若君様が子供……いや、誰でも子供時代はあるはずだけど……」


 剣くんが真顔で呟く。


「子供に、あんな悲痛な叫び声、耐えられないよ」


 猪瀬くんが言う。


「感情が発達してなかった子供なら余計に。しかも自分のせいで大事な女の子が泣き叫んでる状況だ」


 若君様は確かに、あの時10歳だった。

 寂しそうな顔で、分からないことを悲しんでいた子供だった。


「俺は分かる気がするよ」


 そう猪瀬くんは言った。









 陽奈の車に家まで送ってもらって、ご飯も食べずに、頭を疲労感でいっぱいにしながら眠りに就こうとしていたときにメッセージが来た。


『美月ちゃん。思い出したよ。

若君様、この間言ってたよね。

俺を許してくれるならば、どうか呼び捨てにして欲しい。

そんな感じの台詞。

思い出して欲しかったんじゃないかな』


 ぼんやりとした頭であの日のことを考える。


 猪瀬くんの妖鬼を祓うために訪れたあの日、若君様は私を一族のものとして扱ってもいいのかと聞いて来た。


 不自然なほどにいろんな知識を、一から教えてくれようとしていた。


 だけど……それだけだ。


 陽奈の言うことも少しだけ分かる気がするけど、それでも、あの子は……慧くんは、何も言わないし、何もしなかった。

 再会しても他人のフリだったし、特別親しくしようとすることもなかったのだ。






 思い出したばかりの記憶は、生々しく私の心を蝕んでいく。全身の細胞が叫んでいるみたいに。


 ――慧くんが、大好き。


 溢れるような激情は、だけど、もうこの世界に存在しない男の子に向かっている。


 行き場のない想いを抱きしめながら、その日私は泣きながら眠った。

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