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若君様の花嫁探し(5)

 犀河原慧十郎様の、10歳のお祝いの日の控え室。 


「本当にいいの?」


 彼は紛れもなく子供だったけれど、その表情には子供らしさはなかった。


「後で後悔するかもしれないよ」


 彼は自分たちのことなのに、まるで他人事のようにそんなことを言った。


「うん」


 私は、彼からの問いを心の中で噛み砕き、自分のものにしてから答えた。


「たぶんね、後悔しないよ」

「たぶんなんだ」

「うん。子供だし。後悔もよく分からないし」


 変わってるね、と彼は笑う。

 その笑顔を見ているだけで私は嬉しくなってしまう。


 彼がその時聞いたのは、私が将来の結婚を承諾したことや、今日婚約者として発表しても、本当に良いのかということだった。


 おばあちゃんは言った。

『あなたの望むとおりに』


 ご当主様は言った。

『まだ子供だからね、責任は何もないよ。16になる頃に、もう一度聞くから、心配しなくていいからね。その時違う答えを選んでもいい』


 陽奈は言った。

『応援してる。……私たち、幸せな大人になろうね』


 そして何より、婚約者になる男の子は言う。


「君を愛せるか分からないのに……」


 彼はいつものように、寂しそうな顔をする。


「うん。知ってる」

「なら」

「なのに私でいいの?慧くんは嫌なの?」

「嫌じゃない」

「なんで?」

「なんでって……」


 彼は繋いだ手を弄びながら、少し考えていた。


「君が花嫁に相応しいのは確かなんだけど、そうじゃなくて……」

「うん」

「僕が」

「うん」

「いつか誰かを好きになるのなら、それは君しかありえない」

「……」


 大人びた瞳で私を見つめながら彼は言う。


「触れ合っても、抱きしめあっても、心地良さしか感じない。ずっと一緒に眠っていたい。そんな人は君しかいない」


 なんてことだ。10歳の私は気づいてしまった。

 大好きな男の子が、自分に対して抱き枕と同じくらいの好意を持ってくれていることに。


「光栄です?」

「なにが?」

「なんとなく」

「変なの」

「慧くんも変じゃない」

「そうだけど……」


 言葉を詰まらせる慧くんは珍しくて、私はふふと笑ってしまう。


「一緒にいて幸せで、家族になりたいと思うのが慧くんなの」


 子供すぎてまだ、愛とか恋とかも分かっていなかったのだろうけど。


「私を、家族にしてください」


 亡くした両親の代わりではなくて。

 新しい家族を、いつか未来に作りたい。それは、優しくしたいと思える男の子とがいい。


 うん、と彼は答えた。


「僕も、君と家族になりたいよ」


 私たちはまだいろんなことを知らない子供で、知らないことに目を瞑ってそんな未来を口にしたのだ。









「若君様……!!」


 控室に、男の子の声が響いた。

 びっくりして振り返ると、年の近い、元気の良さそうな短髪の男の子がいた。


 目をまん丸にして、私たちの顔と繋いだ手を見つめている。


「なんだい?」


 若君様はヒヤリとした声を放つ。


「あの……俺……慧十郎様のお役に立ちたくて……でもあの……」


 その子は、蛇に睨まれた蛙のように怯えている。

 どうしたのだろうかと若君様を振り向くと、感情のない瞳でその子を見据えていた。なにか怖い。


「すいませんでした……!!」


 頭を下げると逃げるように部屋を出て行った。


「どうしたの、慧くん?」

「嫌だったから」

「なにが?」

「ジロジロと見てたじゃないか」

「そうかな?」

「うん」


 私はまだ一族の他の子供たちと話したことがなくて、もう少しお話ししたかったから、残念だなと思っていた。


 その後若君様は大人たちに呼ばれて、私は待っている間暇だったので、庭に出てみると、子供たちの集団を見かけた。近づいてみると、さっきの男の子が私を見て叫んだ。


「あっ、お前……!」


 子供たちは10人以上居たみたいだけど、みんなが一斉にこちらを振り向いた。


「誰?」

「……小石の双子の片割れじゃない?」

「陽奈に顔が似てるな」

「それって、あの、無能の?」


 えっ無能!?、とさっきの男の子が声を上げる。


「じゃあなんで、お前あんなところにいたんだよ!」


 その子は私に詰め寄ってくる。あんなところとは若君様の控え室だよね。


「あの……」

「ああ?」

「あなただあれ?私小石美月。みんな一族の子?」


 仲良くしたかったのに、みんなから冷ややかな眼差しを向けられて挫けそうになった。


 その子は一瞬呆気に取られた表情をしてからまくし立てた。


「犀河原剣だ。みんな一族の子だ!」

「そうなんだ。よろしくお願いします」


 ペコリと頭を下げると、わらわらと子供たちが寄ってきて、自己紹介をしてくれた。今なら分かるけれど、その中に累先輩も瑠璃先輩もいた。


「やっと会えて嬉しいよ」

「私もよ!」


 二人は子供の頃から明るくて好意的だった。


「……猪瀬だ。青のサイキ持ちだ」


 ずいぶんと遅れて猪瀬くんも挨拶してくれた。引っ込み思案だったらしい。


「青って?」

「……」

「なんだお前、そんなことも知らないのか!恥ずかしい奴だな」


 私は無能だ。なんのサイキも使えない。だからこそ、能力を持っていないから、能力がどんなものなのかも知らない。知らないから、恥ずかしいことなのかも分からない。


「色なしだもんな」


 別の男の子が言った。


「色なし……?」


 思わず呟くと、遠巻きにしてる女の子が言う。


「なんの色の能力もないひとのことよ」


 無能力のことを、色なしというのだと初めて知った。


「能力ってどんなことが出来るの?」


 一番近くの男の子の顔を覗き込みながらそう聞くと、男の子は少したじろいだ。剣くんだ。


 おばあちゃんちでは、能力を使うことをはしたない、とされていて、陽奈にも見せてもらえなかったのだ。


「そんなことも知らないのか?」

「5色のサイキだぞ!?」

「無色には分からないのか!」


 おいやめろよ、と累くんが止める。


 サイキ、というのは聞いたことがある。

 サイキは犀奇と書くらしい。

 私たち一族が使える異能力のこと。


 赤、青、黄、緑、黒の5色のサイキ。それは知識として聞いたことはある。


「見たことないの。色によってどんな能力が使えるの?」


「そりゃー、赤は火だろ」

「やってみろよ」

「え、バレたら大変だよ」

「いつもやってるだろ」

「そうだけどさー」


 男の子の一人が手の平を上に向けると、小さな火を起こした。


「え……!」


 びっくりして男の子を見つめる。


「すごい!あなたが点けたの?」

「まあな」

「すごいすごい!」


 何もないところから火を点けた。まるで魔法だ!ファンタジーだ!

 異能力とは魔法のことだったんだ。私はそんなことも知らなかった。初めて見る魔法に釘付けになった。


「緑は風」

「黄は大地」


 一人の男の子が腕を空にかざすと、木々がざわざわと揺れた。もう一人の男の子が地面に手を付けると土がぽこぽこ盛り上がった。


「すごい!すごい!皆魔法使いなんだね!!」


 おじいちゃんとおばあちゃんが陽奈にだけ勉強させていた理由がやっと分かった気がした。こんな凄い力が使えるなら、才能を伸ばそうとしても不思議じゃない。

 こんなこと、普通の人にはとても出来ないことだ。


「まあな」

「そうだよ、俺たちは凄いんだよ」

「やっと分かったのか」


 男の子たちが若干嬉しそうな表情で言う。


「うん!!見せてくれてありがと!すごく嬉しい!」


 剣くんすら笑顔になって「分かればいいんだよ」と言っている。


「本当に凄いね。私何にも出来ないの……だから、おばあちゃんが私のことを恥ずかしいって言うの……」


 しょぼんとしながらそう言うと、なぜだか男の子たちは慌てたように私を囲んだ。


「まだ出てないだけだろ」

「だってお前、光の子の、双子だろ」

「これから使えるようになるんだよ」


 光の子……?


「陽奈は光の子なの?」

「うん。光のサイキが使える珍しい子」


 男の子たちが説明してくれる。


「5色外のサイキが使えるのは珍しいんだぜ」

「お前だって使えるようになるかもよ」

「光のくせにあいつどんくさいから、お前だって遅いだけじゃないのか」


 どんくさい……?まさかのんびりした陽奈ちゃんのことを言ってる……?


 慧くんはどんな能力が使えるんだろう。

 私は初めてそんなことを考えた。聞いたことも、興味を持ったこともなかったのだ。


 すると少し遠くにいた女の子の一人が近寄って来た。


「ねぇ、青のサイキ見たい?」


 長い巻毛にリボンを結んだフランス人形のように可愛い女の子。その子は笑顔で私を見つめていたけれど、なんだか少しだけ嫌な予感がした。


「え……」

「お、おい、沙羅」

「青は心」

「心……?」


 大人びた笑みを浮かべるその子を、私は怖いと思う。


「おい……」

「待てよ、沙羅姫」


 男の子たちが私の前に立ってくれる。ついさっきまで私を囃し立てていたのに、今はまるで庇ってくれるように。


「あなたの心を恐怖で包み込むわ」


 彼女がそう言うと、彼女から青色の雲のようなものが立ち上った。その雲が急降下して私を襲うと、視界が真っ青に染まった。







「……あお」


 ――真っ青な世界。

 あの事故の日に見た、真っ赤な世界と色だけが違った。力に飲まれたのだと理解する。あの日もそして今も。私は力に飲み込まれたのだ。


「……お父さん!!お母さん!!」


 生々しく事故のときのことを思い出して思わず叫ぶ。

 すると真っ青な世界の中に、ぼんやりとした光が浮かび両親の顔が見えた。どうして死んだはずの両親が見えるのか分からない。


 急いで駆け寄ると、そこにあったのはお葬式で見た冷たく横たわる両親の姿だった。


「……ぁっ」


 もう二度と動かない、死者の顔をした両親。体に矢が突き刺さるかのように胸が痛んだ。嗚咽のような声が出る。心臓が痛い。とても、この辛さに耐えられない。何年も会っていない、私を愛してくれていた人たちの、死に顔。


「あっ……ああ……っっ」


 青に飲まれる。心も体も。そう思ったとき心に響いてくる。


 ――『大丈夫。飲まれない。僕がいるから』


 私が落ちて行かないように、いつでも繋いでくれた手の温かさを知っている。


「慧、くん……」


 ――『大丈夫。僕がいる』


「うん。知ってる」


 私は、大丈夫。思い出す。私は大丈夫。赤も青も怖くない。怖くても大丈夫。いつも隣には彼がいる。


 青も赤も。私の一部。








 瞼を上げると、快晴の空が目に映った。


 リボンの女の子や、剣くんや子供たちが驚いたように私を見つめていた。


 累先輩が言った。


「すごいよ。君。どうやったの?」

「え?」


 わっと、子供達が私を囲んで言う。


「青のサイキを消した!」

「どうやったの?」

「消えたサイキどこいった?」

「力におそわれなかった!そんなこと出来るの?」


 彼らの言っている言葉の意味はわからなかった。

 だけど、自分でも分かってることがあった。


「私……青のサイキ、消したの?」


 心臓がバクバクと跳ね、手が震える。


「そうだよ!青のサイキに飲み込まれたのに、跡形もなく消したんだ!祓うのとは全然違う、空気に溶けるみたいに」


 私には能力があるのだと、ご当主様も若君様も言っていた。だけど、今までどんな力も使うことが出来なかった。


 私に出来るのは、消せる力……?


 でもそれなら。どうしてあのとき。

 両親が亡くなったとき、私はそれが使えなかったの?


「美月」


 大好きな人の声が響いた。

 割れるように子供たちが飛び退くと、和服姿の彼はゆっくりと私の前に歩いてきた。


「慧十郎……」

「若君様」


 目の前で見慣れた漆黒の瞳が私を見下ろすと、力が抜けてその場にへたり込んでしまう。


「慧くん、私」

「うん」

「色を消せるの?」

「うん」

「あか……赤の力も?」

「うん」

「でも……消せなかった」

「あの事故の時、君の力が覚醒したんだろう。全てが遅かった」

「遅かった……?」

「ご両親を救うためには間に合わなかった」

「……」


 たった今感じたばかりの、身に受けたサイキの力を消していく感覚を思い出す。


 全身を覆う青色を、受け入れれば消えてしまった。


 同じことが出来ていれば。あの日、世界を覆った赤色を受け入れていれば、お父さんもお母さんも死なずにすんだのだ。


「私……出来たのに、出来なかったの?」

「……」

「助けられたのに、助けられなかったの?」


 美月、と若君様は私を抱きしめた。


「う……うわぁぁぁん!うわぁぁぁぁぁっ!!」


 彼にしがみついて、狂ったように泣き出した。


 声にならない言葉を叫び声にしながら私は泣いた。子供たちは悲痛な表情をしながら、耳を覆ったり逃げ出したりしている。


「うわぁ、あ、あああ……お父ぅさあん、お母ああさああん……!」


 どれだけ泣いていたのか分からない。


「ごめんなさい……!お父さんお母さん……ごめんなさい……!!」


 助けられたのに、助けなかった。

 それはまるで私が両親を殺したように思えた。そんなことないと分かっていたけれど、それでも助けられたのだ。その力が私にはあったのだ。


 罪悪感のようなものが私と言う存在を押しつぶしていく。


 叫んで、声が枯れて、それでも枯れることのない涙を流し続けた末に、彼が言った。


「ごめんね。美月」


 私はその言葉をとても遠い音として聞いていた。


「君は一族待望の完璧な子供。どんなサイキも君には影響しなければ、君はどんなサイキでも他者を傷付けられない。本当は、僕たちに縛られる必要なんてどこにもなかったのに。僕が望んでしまった。思い出さなくてもいいことを思い出して、知らなくてもいいことを知ってしまった」


 泣いている私の頭をあやすように撫でながら言う。彼の言葉は優しく響いた。


「もう、終わりにしよう。どうせ僕は誰も愛せないし、君も、両親の代わりに僕に依存しただけ。出逢う前に戻るだけだ」


 不穏な言葉の響きにやっと顔を上げると、不思議なほどに清々しい表情で笑う若君様がいた。


「心が破れそうなほどに、泣く必要なんてどこにもなかったのに……ごめんね」

「慧くん……?」


 若君様は、その形の良い指で私の頬をそっと撫でた。


「さよなら、美月」


 あの日の記憶は、そこで途絶えた。





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