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たたた  作者: 赤亀たと
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前編



 

 たたたは人間ではありません。人間でもなければ、この星に存在する生き物でもありません。この宇宙のあちこちを、たった一人でのらりくらりと歩き回りながら生きているのです。


 たたたの趣味は、釣りでした。毎日毎日宇宙を歩き回りながら、釣りをするのです。釣り糸を垂らして、餌で獲物を釣るのは同じなのですが、その釣り糸と餌は私達が知っているのとは少し違いました。

 

 たたたの釣り糸は、確かに透明です。けれど私達がよく見るものほどつやつやとは光りません。ふとした時、宙にきらりとした線が浮かんでいることがあります。その大抵はちぎれて漂う蜘蛛の糸なのですが、実はたたたの釣り糸だったということもあります。たたたの釣り糸は、それくらい目に見えなくて、気配のないものなのです。また、たたたの使う餌に決まりはありませんでした。煮干しでも、焦げ茶色に錆びた鉄でも、濡れたように輝く紫水晶でも、そよ風でも温もりでも、何でも餌にするのです。たたたは獲物によってその餌を変えます。そして、どの獲物にはどの餌がいいのかということも、たたたはよく知っていました。


 たたたは釣り上げた獲物をよく観察して、手帳に記します。ほうき星のしっぽ、金星の子守唄、火星の砂ぼこりはもちろん、月のうさぎのお餅だって釣り上げた事もあります。それはずいぶんと軽くのび、口当たりがまろやかでほんのり甘く、とてもおいしいものでした。手帳にはそれらが全て記されています。そしてこの手帳が、たたたの宝物でした。いつだってたたたは釣り糸を片手に、ぱらぱらと手帳をめくるのです。けれどもたたたはまだ人間の心を釣ったことがありませんでした。以前ライオンの笑い声を釣りに地球を訪れた時、とても美しい心の人間を見かけました。たたたはその瞬間から、それを釣りたくて釣りたくてたまりませんでした。けれどその日はライオンの笑い声を釣るための餌しか持ってきていなかったので、人間の心は釣れませんでした。

 

 なのでその次の日、たたたは人間の心を釣るための準備をして再び地球へやって来たのです。青い星を眺めながらたたたは目を凝らしました。どこの誰の心を釣ろうかと迷っているのです。釣るといってもたたたは釣り上げた獲物をそっくり自分のものにするわけではありません。たたたは獲物を釣って、観察して手帳に記すことができれば十分なのです。なのでふとした時に笑いがおさまったのに、再び込み上げてくるのは、たたたのせいかもしれません。たたたは釣り上げたその笑いを音のない宇宙で一人で聞き、あの手帳に記してからそっと返すのです。

 

 たたたは地球にやって来ると、ぐるりと三周し、二、三十分悩んでから釣りをする場所を決めました。そして隣に置いた鞄を開けました。その中には人間の心が釣れそうなものがたくさん入っていました。たたたは地球と鞄とを交互に見ながら、餌をどれにするか悩みました。小さなもの、大きなもの、美しいもの、汚いもの、いい香りのもの、くさいもの。なんでもあります。初めて人間の心を釣るたたたは、手始めに小さな木の枝を餌にすることに決めました。たたたは木の枝を釣り糸に巻き付けると、それを投げ入れました。釣り糸は美しくうねり、小枝の重さで沈んでいきます。


 けれどしばらく経っても何も餌に食いつきませんでした。たたたは一度釣り糸を手繰り寄せて、今度は小石をつけて再び投げ入れてみました。枝よりも重い小石は先程よりも素早く落ちていきます。それからたたたが釣り糸に意識を集中させると、ぴくんと糸が動きました。たたたははっとしてその糸を握りしめましたが、何度かぴくんと動いても、獲物がかかった様子はありませんでした。たたたは不思議に思って、息を殺して注意深く地球を覗き込みました。すると小石は確かに人間の傍にありましたが、その人間は小石を蹴っては追いかけ、蹴っては追いかけるだけで、決してそれを手にしようとはしませんでした。それでもたたたは、今に手にする、今に手にすると思いながら根気強く待ったのですが、結局人間は小石を手にすることなくどこかへ行ってしまいました。


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