9. ハルテッド十四回の花~同じ花咲く心
☆このハルテッド子供時代に、『金目猫様』より挿絵を頂きました!
後書きに挿絵があります。どうぞご覧下さい!
翌日。ハルテッドは普段どおりに朝昼を過ごして、晴れているから今日も仕事だと、ベルに言われたので、午後に出かける準備をし始める。
ハルテッドの実の親が来て、その服じゃないのにしろ、と着替えを渡された。
「どうして?洗ったばっかりだ。きれいだよ」
「見ろ。鈴が取れてる。ここ、これも。こっちもだ。
お前がこれを着て、その辺の木に登ったり、藪に入るから。ラドスラヴァに鈴を付け直してもらわないと。
こんな服じゃ、歌が上手くたって貧乏人だと思われるぞ。町の連中は身なりに目ざとい。金も、少ししか貰えない」
言われて悲しそうにする息子が、服を脱ぐのを待ち、新しい服を渡すと、ハルテッドの父親は、息子の着替えの側にいるまま『男の服も要りそうだな』と呟いた。
「いいよ。俺、べつにこれで不自由していない。親父だってそうだろ。いつもその格好だ」
ハルテッドは、自分と似たような格好の父親に、何でそんなこと言うの?と不満そうに首を振る。
父親は何重にもした広がるスカートと、金色の円盤が何十個もぶら下がるストールを腰に巻き、ざっくりしたシャツを着ている。
燃えるように真っ赤な、艶の光る長い髪は一本に編まれて、たくさんの飾りが付き、どこか女性的なその顔は、緑色の大きな目が印象的で、いつもきちんと化粧されている。
両腕にも耳にも首にも金属装飾がどっさり。自分の財産を身に付ける習慣だが、元の美しさを、素晴らしい魅力で引き立てる装飾でもある。
彼は、普通の声で喋らなければ、大体の男が振り返る男だった。
ちなみに母は、この逆で。
父親は彼女を『ラドスラヴァ』と名前で呼ぶが、彼女と出かける時は『ラドスラヴ』と男性名で呼ぶ習慣の為。母は、背の高さを生かした男の格好で、女装の父親と人生を楽しんでいる人物だった。
「俺は、いつもじゃないぞ。お前と違って、使い分けてる。
ラドスラヴァだって、そうだろう。外へ出る時は男の格好だが、馬車に入れば、スカートに着替えてる時もある。俺だって、仕事以外の夜はこれじゃない」
お前はまだ外で遊ぶんだから、馬車にいる時に『仕事の格好』はやめておけ・・・父親はそう言うと、不服そうな息子を見て、少し笑う。
「そんな可愛い顔で、むくれるな。お前が外で走り回るのも、もうじき終わる。大人に近づくと、動かなくなるからな。今のうちだけでも」
「好きな服でずっと居るのは、駄目なの」
駄目じゃないよと、父親は答え、息子の顔を撫でて『でも。破けたり、みっともないのは、お前もイヤだろ』と質問した。ハルテッドは目を逸らすが、小さく頷く。
「本当に。お前は『女の格好』が好きだから。それはそれで、と思うが。体も大きくなってきているし、女の服は布もたくさん使って、その分、金が掛かる。
汚れてもいいような服・・・男の服があっても、お前は楽だと思うけれど」
結局ハルテッドは、父親に説得された状態で、男物の服も今後は着ることになった。
それは何か、気持ちの中で嫌だったけれど、女の服に金が掛かるのは知っていたし、しょっちゅう破いたりするのは自覚もあって、提案に我慢した。
着替えた服は、嫌いじゃないけれど地味に見える服。『緑と白の服なんて。原っぱじゃあるまいし』スカートの裾に鈴もない。
歩いて、鈴の音がする服の好きなハルテッドは、地味な服に溜め息をついて、ベルのところへ行った。
ベルは『その服も良い色だ』と誉めたが、むくれる弟の機嫌を直すまでに届かないので、そこからは別の話にした。
午後の仕事で町へ出た、二人の兄弟。
特にベルは、何も言わなかったが、喋りながら歩いていると、昨日と同じ池のある広場に立ち止まる。ベルは『俺が探す間、ここに居ろ』と毎度の台詞を言うと、弟を見もしないで、近い路地にさっさと消えた。
昨日の話で、気を遣ってくれたのかなと、過ぎったけれど。
『あいつ、単純だからな』そう思うことにして(※お兄ちゃん撃沈)ハルテッドは腰掛けた場所で、人々の往来をぼんやり見ていた。
学校へ行かない、馬車の民の子供たち。読み書きは大人が教えるし、一番先に学ぶのはお金の数え方。お金があることで、いろんな物が手に入るから、それを教わると、大体の子供がお金を欲しがる。
大人は子供たちに芸を教えて、停留地で金を稼ぐ方法を学ばせ、世の中の幾らかの酸いも甘いも、こうした場所を通して伝える。
その環境で育ったハルテッドは、いつもベルと一緒に音楽で仕事をし、仕事に出て5~6回に一度は、そこそこ稼げるようになっていた。
まるで稼ぎのない日もあるし、町民に追い立てられることも酷いとあるけれど。
でもそれは『お前が悪いわけないだろう』と、馬車の大人はいつも言うので、子供たちは『自分の何が悪いわけじゃない』そう、自分を信じながら成長する。
『盗んでもない。奪ってもいない。領域を侵しもしない。何も責められることはない』
誰もが歩ける場所を歩いているのに、何を悪いことがあるもんかと教える。
『子供が自分を鍛え上げて、その実力を披露して、何も悪いはずない。披露したら、代価はもらえるものだ。自信を持て』
その代価の多さ少なさ、そんなものも『何の意味もない』と教わる。
少ない稼ぎだから叱られるなんてことは、馬車の家族にない。子供が自分たちで凹むことはあっても、大人に話すと笑って励まされる。
『いいか。お前たちがどれほど素晴らしくても、見ているヤツが素晴らしいわけじゃないぞ。金を渡そうとしないヤツは、本当の素晴らしさを知らない(※超前向き指導)。
ずっと稼げないなら、別の場所を探せば良い。見向きもされないなら、そいつじゃない相手に聴かせろ』
案外そんなものだよと、大人たちは子供に笑って、どんな時も笑って過ごすことを大切にさせる。
そして大体、どんな大人に相談しても、最後には膝の上に乗せられて『お前はこんなに格好良い』『お前はこんなに可愛い』何も心配要らない、と言われて、相談時間は終わる(※子供は頷く)。
ベルもハルテッドも、この教育で大きくなった。
この具合で教わり続けると、自分が輝くために何をするべきかを、自然と探す。もっと格好良くなれる、もっと綺麗に見せれる、もっと芸が上手く出来る・・・そうして自分を磨くのが普通になる。
町や村の大人に蔑まれたり、侮辱を受けるという、正反対の出来事も勿論食らう。
だけど、大人はそういう時、上手く相手と話し合い、よほど運が悪くなければ諍いにならないで終える。その様子を、子供に見せて学ばせる。
子供の素朴な質問『俺たちは頭が悪いの?金がないの?家がないと駄目なの?』心無い人々の暴言罵倒を耳に入れた後、馬車の子供たちの多くは、最初、不安そうに訊ねる。
だが、大人はちゃんと子供の目を見て『どうして文句を言うヤツが正しいと思うんだ』と可笑しそうに質問を返す。
『文句を言うヤツは、小さい世界にいるんだ。いくら長生きしても関係ない。
なぁ、教えてくれ。文句を言うヤツが正しいなら、どうして差別するようなことを言うんだろう?差別は正しくないじゃないか。だって、人は皆が自由なのに』
「俺もそう思う」
ハルテッドは、難しいことは分からないけど、平気で誰かを傷つけることを言う人間が『正しい』と思ったことはない。理由が正しそうな言い方をしても、理由さえ正しいかどうかなんて、分からない。
女の子の格好をしている自分は、男だと知られると、途端にケチをつけられるが、それだって理由がよく理解出来ない。
だから、ハルテッドはケチをつけられることを、恐れない。自分が一番好きな状態、それは何も悪くないと思うから。
騙されたと騒ぐなら、勝手に騙されていろと思う。期待した自分を責めもせずに、相手だけが悪いと騒ぐ『嘘つきの正しさ』なんか、腹の底から笑ってやる。
そんなヤツは俺を通して、自分の未熟を考えろよ、と。12才のハルテッドは鼻で笑った。
「こんにちは!今日も会えた!」
ハッとして振り返ると、艶のある小さい革カバンを持ったシェリスタが、手を振って走ってきた。
急いで立ち上がったハルテッドも、笑顔で『こんにちは』と返したが、本当にまた来たのかと思うと、正直、やや困惑した。
昨日も別れ際に思ったが、シェリスタは自分よりも少し大きい。ハルテッドも背が伸びてきているが、シェリスタは太っているのもあるからか、少し背が大きく見える。
座っていると感じないけれど・・・立って並んで女の子の方が大きいと、ハルテッドは複雑な気持ちになる。
「ハル。昨日ね。お母さんにハルのことを話したの」
「え。駄目だよ、怒られたでしょ。馬車の」
「怒らないわ。お母さんはハルを見たいって言うのよ」
ハルテッドの頭の中に、大人がそう言う時、裏に何かあることが浮ぶ。シェリスタに付いた虫を、思うに母親が、笑顔で駆除しようとしている・・・んだろうと、ハルテッドは想像した。
「仕事まで時間はある?うちに行かない?」
「うーん。あんまり時間ないかも。ベルが、兄が戻るまでここにいないと」
「ああ・・・昨日の男の子。似てるから、そうかなと思ったの。優しいのね、妹にお花くれるの」
ハハッと笑ったハルテッド。内心、答えに困る。あの花は・・・仕事前だから、髪に挿して踊るための道具で。毎日、その辺のを摘んで、髪に挿すだけのこと。
シェリスタはそう言いながら、ちょっと照れたように俯くと、はにかむ顔で『私にくれて、有難う』とお礼を言った。
「あのお花をね。お母さんに見せたの。そうしたら、ハルは『心も可愛い女の子』だろうって」
「えー。あー。そうか。有難う。うん、どうかな」
そうだった・・・よく思うことの一つ。意識は男のままのハルテッド。
別に女装だからと言って、中身も女ではない。意識は常に男の状態なので、うっかりする。
シェリスタも、彼女から話を聞いた親も、俺のことは『女の子』と疑っていないんだと、改めて認める。
「でも、そのね。お母さんには会えないよ。私たち、長く居ないし」
移動するからとそれを理由に、会うのを拒否することにしたハルテッドの言葉に、シェリスタは一瞬真顔になったが、すぐ頷く。
「そうよね。旅をするんだものね。じゃ、今しか会えない」
「うん。昨日もそう思った。シェリスタは途中から忘れていたでしょう?」
ハルテッドがすまなそうに訊ねると、シェリスタは言葉を探しながら笑顔のまま、黙った。二人は池の縁をぐるっと囲んだ煉瓦の上に腰掛ける。
「私ね」
徐に話し始める女の子。うん、と顔を向けて聞くハルテッド。
「ハルみたいに綺麗な子とお友達になったの、初めてで嬉しいの」
「綺麗。そう?有難う」
「ハルは綺麗じゃないの!私なんて、こんな太っちょで。顔もまん丸。でもお菓子は好きだから、我慢も出来ないし」
可愛い打ち明けに笑いそうになるが、ハルテッドは微笑むに留めて頷く。『お菓子。美味しいもの』誘惑はある・・・と、真面目な顔で理解を伝える。
シェリスタは溜め息をついて、それにねと続けた。
「私が太っているから、学校の女の子たちは皆、私のことをからかうの。毎日だから疲れちゃう。
さっき、ハルが綺麗だって言ったでしょ?お母さんもハルのこと『心も可愛い女の子』って言ったわ。
他の子たちは、顔や服が綺麗でも、心の中が意地悪なんだもの・・・・・ 彼女たちとは友達になれないでしょ?」
あ、と思ったハルテッド。金持ってそうなのに(※印象)寂しいこともあるんだなと、シェリスタの表情を見て感じた。
町で暮らして不自由なさそうなのに。身なりもちゃんとして、頭も良さそう。それでも――
寂しそうな女の子は、ぷっくらした頬っぺたを少し桃色にして、眉を寄せて怒ったような顔に変わる。
その表情の変化に、少し驚いたハルテッドが覗き込み『何か嫌なこと思い出した?』と訊ねると、ただでさえぷっくらしている頬っぺたを、さらに膨らませて頷く。
「私。時々言われるけれど。そこまで豚に似てないと思うの。でも酷いと、子豚ちゃんって囁かれるのよ」
ハルテッド反省。著しく、たった今、反省した(※昨日初対面でそう思った自分)。
「それは失礼だ」
そんなことはない、と頭を振って否定しておいた。シェリスタは嬉しそうに微笑み(※ハルテッドの胸に刺さる善良さ)『有難う』と心からのお礼を言ってくれた。
ハルテッドは考える。この子は、とても心の優しい子で、自分を悪く言う相手の発言に『酷い』とは意見するものの、相手を同じように悪くは言わない。
それを彼女に伝えると、シェリスタは驚いた顔をして『そんなことないわ。彼女たちが意地悪な心だ、と私言ったでしょ』と自分も相手を悪く伝えたことを、ハルテッドに教えた。
「そう思わない。シェリスタが相手の態度に感じた『意地悪』は本当だもの。それは悪く言ったんじゃないよ。怪我をしたら『これは怪我だ』と言うのと同じ」
そんなことを言う馬車の子供を、シェリスタはじーっと見つめる。その見つめる目は、とても深く感じた。
「ハルは良い匂いする。香水付けるの?」
いきなり話が変わったので、ちょっと間が開いたものの。ハルテッドはすぐに頷いた。『親・・・(親父って言おうとした)の香水だと思う』服を仕舞うタンスに、香水を染ませた香袋が入っているから、と言うと、シェリスタは笑顔になる。
「私も同じ匂いの香水が欲しい」
「何で?」
笑顔のシェリスタは、聞き返したハルテッドの手に手を重ねて『その匂いが好き。ハルがいなくなっても、一緒に居るみたいでしょ』と答えた。
ハルテッドは理解する。
彼女は友達、本当にいなかったんだ、と。
こんなに優しい子なのに、ただちょっと太っているだけで。別にそれの何が悪いわけでもないのに、友達一人、いなかったんだと知った。
同情が湧き上がる心に、もう一つ、彼女の友達になってあげたくなる自分がいるのを感じる。ハッとして『なってあげたい』のではなくて、『なりたいのかも』とすぐに思い直す。
立場云々は置いといて、心の中は同じことを感じている気がして、彼女の優しさを大切にしたく思った。
今のままでは、シェリスタの優しさを誰も理解しようとしない。そんなの可哀相だし、そんな変なこと、仕方ないなんて思えなかった。
「ハイル」
池の向こう側の路地から、兄が少し大きめの声で名を呼ぶ。それは、ベルの気遣い。
弟に会いに来た町の子が、仲良さそうに話す風景を邪魔するなら、ざっくりと。でも仕事だから。
こっちを見ている二人に近づき、ベルは今日も野草の花を一輪、弟に渡す。今日は白い花びらの少し大きい花。
案の定、立ち上がったハルテッドはそれを受け取ってすぐ、シェリスタに持たせる。木の実のように明るい色の瞳を見て、ニコッと笑ってからハルテッドは挨拶する。
「明日。会えなくても、今日も楽しかった。もし明日会えたら、香袋分けてあげる」
ふわーっと笑顔が浮ぶまん丸の顔に、ハルテッドも少し嬉しくて笑顔を深める。それじゃあね、と白い花を渡してすぐに、兄と一緒にハルテッドは路地裏へ消えた。
兄のベルは、一度だけ後ろを振り向いて『もう見えないか』とシェリスタの影が隠れたことを呟くと、楽器の弦に挟んでおいた、もう一輪の白い花を弟に渡した。
「気が利くね」
「花がないと、稼ぎに響く」
兄の返事にフフンと笑ったハルテッドは、白い花を茶色い髪に挿す。
今日はこの後、ベルからの詮索は一度もなかった。
昨日、引っ叩いたからだろうなとハルテッドは思ったが、ベルは仕事の帰り道に困ったようにちょっと笑い、弟に『あと12日だ』と、呟く独り言のように教えた。