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こんな俺でも  作者: Ichen
クローハルの小鳥
6/24

6. クローハルの小鳥~時は瞬く間

 

 早い時間に支部に戻ったクローハルは、隊長を探した。


 会議室の前で、鉢合わせたのを捉まえると、ニヤニヤしている隊長に『報告』と前置きして、大真面目な顔で(※じゃないと茶化される)業務を決め込み、帰り道で考えていたことを相談。


 初めはからかい気味だった隊長も、保護女性の()()()()()()()に話が入った時点で、真剣に聞き始めた。


 クローハルが、全て話し終わるまで5分。


 自分では範囲が決定出来ないことも含め、隊長に相談して『彼女の身辺の見回りをしたい』旨まで伝えると、隊長は若い騎士を一緒に執務室へ連れて行き、終わったばかりの会議の後で、執務室に集まっていた、当時の隊長の面々にその場で話してくれた。


 彼らは、クローハルの意外な行動にも驚いていたが、相談された内容にも、かなり驚いていた。

 これによって、クローハルの相談は、その場で解決出来る箇所は解決され、許可を待つ内容は、午後にでも早い対処をしてもらえることになった。


 当時は、暇な騎士修道会。毎日の業務は、自分たちで率先して探して作るような、そんな暇さだったのもあり、この時のクローハルが持ち込んだ話は、すぐに会議の対象に上がる。


 とはいえ、騎士修道会自体は、民間の沙汰にはすぐ手出ししない。


 この問題の、どこを取り扱うべきかを、見つけ出した隊長たちは『その女性が再び、暴力にあう、()()の可能性が高い』ことから、犯罪へ進行する恐れへの素早い一手として、60日間の見回りは許可。


 クローハルの、出したばかりの休みの届けは、対策案手続き中の間は保留扱いになり、代わりに、彼が町の見回り業務をする話で『仕事』として行動する枠が作られた。


「金だけは。会が、個人に掛けられるものじゃない」


 上司の隊長は、それはクローハルの範囲であると伝え、それ以外で、業務として行動出来る範囲は広げてくれた。


『戻ったら、その日に報告するように』危険な変化には、常に気を配るように命じられ、通常、巡回で各町村を担当する騎士たちとも連携を取り、情報を常に更新することも義務と加え、クローハルの仕事は決まった。


 隊長は、明日から毎朝出かけるクローハルの巡回路を決め、今回、関わった宿屋には、南西支部からも挨拶をすると言い、クローハルの肩に手を置いた。


「クローハル。騎士はな。馬に乗って剣を振るって、誰かを守るのが騎士じゃない。それは一場面だ。

 一番尊いと感じることを、誰よりも丁寧に守ることが、騎士だ。お前は、今それをしている。お前の剣は、行動そのものと思え」


 そのためには、泥にまみれても構わない―― 隊長は、若い騎士に大切なことを伝えると、60日間の見回りについて、説明し始めた。クローハルが異動するまでに、6()0()()()()()()ことも含めて。



 この日から、クローハルの意識は引き締まる。自分が与えられた任務は、自分が相談した内容からであり、その意味は責任感に火をつけた。


 正直なところ、ナオファンのことが頭から離れなかったか、と言えば、それはなかったが。


 一日の間で、彼女を忘れている時間も結構あったし、別のことに意識を囚われると、ナオファンのことを思い出しても、後回しにする場合もあった。


 だとしても、クローハルの内側に『保護した責任』の強い感覚は残り続け、毎朝寝坊もせずに(※それまではしょっちゅうだった)身支度を整えると、馬を出して几帳面にも日々、町へ向かう姿は、他の騎士たちの目には実に尊く映った(※クローハル=夜出かける男の印象)。



 町へ着くと、最初に見回りの巡回路をぐるっと済ませて、その後、宿屋へ向かうのが日課。


 クローハルの来訪2日目、ナオファンは衣服を買ってもらって、ちゃんとした普通の娘のような姿だった。

 2日目は、その様子を誉め、医者にも行ったと奥さんに聞いて、詳しくは訊ねなかったが『彼女が医者に通う』話だったので、健康になるようにと念を押した。


 3日目・4日目・5日目あたりまでは、午前にナオファンと会い、宿の夫婦に話を聞き。これを繰り返したが、6日目以降は、少し二人で話す時間も持つようになった。

 これは、ナオファンが自分からそうしようと、試みてくれたからだった。


 それにしたって、会話する時間は僅かなもので、最初は5分も持たず。

 ナオファンは話すことが少な過ぎて、話が続かない。クローハルが話を変えても、彼女の辛い人生では、クローハルの『女性にウケる質問』は全く意味もないため、二人は沈黙を挟みつつ、『じゃ、また明日』が、会話終了の切り札だった。


 2週間が経つ頃には、いい加減、会話の時間も10分(※倍)に増えた。

 そして。ナオファンに、少し笑顔の時間が長くなったことに気が付き、クローハルがそれとなく観察していると、ハッとした。よくは見えないが、常に影があった場所に()()が入った、と分かった。


 義歯を入れたことを、宿の奥さんもナオファンも、クローハルには言わなかった。

 口を開ける時に、確実に下を向いたり、手で顔を隠していたナオファンが、そうしなくなったことで、彼女が少し、気が楽になったと分かる。


 このことについて、口にはしなかったが、クローハルは一安心した。彼女が自分に少し、自信を持てるようになった。それが嬉しかった。


 それに、ナオファンの痛々しい傷も、見るからに良くなっていた。

 包帯だらけだった場所が少しずつ減ってきていて、赤黒い瘡蓋が取れた、少し赤みのある傷跡も、丁寧に毎日世話をしているのか、それとも若いからなのか、とにかく治りが早い気がした。


 傷だらけの上に、荒れていた皮膚にも、日を追う毎に艶が出てきたのが分かる。

 これは栄養状態が良くなったことと、安全で清潔であることが理由だと、宿に感謝したある日、クローハルは控え目に、傷の治りや血色の良さを誉めた。

 すると、ナオファンはちょっと恥ずかしそうに黙り、それから意外なことを口にした。


「クローハルさんの()()の女の人が。時々来て、化粧してくれる」


 俺の友達・・・・・ 笑顔が固まるクローハル。それって、あいつらだよなぁと思いつつ、ナオファンの澄んだ瞳から目を逸らし『ああ、そう』としか答えられなかった。


 これが3週間目のこと。

 クローハルは全然、足を向けていなかった、花女屋(はなめや)の女たちのことを想像すると、行くに行けない。何を言われるかと思えば、今は行くべきじゃない!と固く誓った(?)。


 そしてナオファンには、翌日。よーく考えた結果として、『俺の()()に礼を言っておいてくれ』と頼んだ(※自分はイヤ)。



 クローハルは後で知ったのだが、彼女が保護された数日後。

 花女屋の通りに『怪我をした女がいないか』と探し回っていた男が来ていたらしかった。

『不器量だから、逃げ出したとしても、こんな場所でもないと食っていけない』と、通りの誰かに言ったその言葉に、側で耳にした花女屋の女が、怒って一騒動あり、男を叩き出したという。


 クローハルの遊び相手は、その一件から『町の宿に世話される、不憫な女性』の存在を知り、しかもクローハルが絡んだと(※女の情報網はピカイチ)分かれば、渦中の女性を確認にも出かけていた。


 結果、花女屋の女さえ同情するような、その容姿と生い立ちに、彼女たちの何人かは、昼の明るい時間(※普段夜行性)ちょっと彼女を見に行っては『こんにちは』と声をかけ、知り合いに変わって行ったという話。


 ここまでの話は、クローハルが異動する寸前に聞いたもので(※()()()から直に)ナオファンを守る任務期間中は、知りもしなかった。クローハルの認識に、恐れのように常にあったのは『俺の遊び相手が、()()()うろついている』それだけだった。



 そして、この話。その一週間後、保護から4週間目に、再び浮上。


 クローハルが朝、雨でも晴れでも関係なく、いつものように見回りをしていた矢先。宿から少し離れたくらいに、5~6人の町民が集まっているのを見る。


 なんだろう、と思ったクローハルが側へ行くと、彼らの一人が騎士を見て『あ。良かった。今、あなたに話しておこうかって』そう言い始めた。クローハルは馬を下り、何かあったかを訊ねた。

 そうして教えてもらった話に、血相を変えたクローハル。びっくりして、宿屋に駆け込み、主人と奥さんを呼んだ。店の裏にいたらしい二人は、騎士の声に急いで走ってきて、騎士に縋りついた。


「クローハルさん」


「ナオファンは?!」


「さっき。さっきです。表の掃除をお願いして」


「それはいいから!どっちへ」


 焦るクローハルは、主人の腕を引っ張って、通りに出すと『方向は?』早く、と急かす。主人は橋の掛かる方を指差して『多分、あっちです、でも私も見ていないんです。今、探しに行こうと』主人の言葉が終わらないうちに、クローハルは馬に飛び乗り、一目散に橋へ向かって駆け出した。


 ナオファンは、朝。宿屋の表の掃き掃除と、水遣りを手伝っていた。


 少しずつではあったが、人の少ない、じろじろと見られない時間帯に、普通の生活に慣れさせようと、奥さんと主人が話し合って、簡単な手伝いを頼むようになっていた。

 宿のある通りは、隣近所が全部知り合いなのもあり、町自体に旅人は多いものの、時間も早ければ、周囲の店屋の目もあるし安全だろうと―― それが裏目に出た、この朝。


 クローハルが見回りで通る時間の、10分前。

 花壇に水を遣っていたナオファンは、農家の馬車に話しかけられ、ナオファンが驚いた声を出した時には、彼女は無理やり馬車に引きずり込まれ、連れて行かれた。


 悲鳴にも似た声に驚いて、向かいの飲食店の主人が見たのは、丁度ナオファンが乗せられかけた所で、慌てて止めようとしたら、馬車は急発進で走り去ってしまったという。


 宿屋の夫婦にはすぐに知らせたものの、クローハルもまだの時間。どうしようと、皆で話し合っていた、その時だった。


「俺がっ 俺が、あと10分・・・いや、30分早く来ていれば!」


 歯軋りしながら、クローハルは馬で橋を駆け抜ける。手綱を握り締めた手に持った野草の花束は、茎も握り潰されるくらいに、焦るクローハルの手の力に折れて散る。


「ちくしょう、ナオファン!」


 橋を渡った後、一番近い集落へ馬を向ける。どこの集落か、何も聞き出してなかった自分に、後悔が止まらない。訊いたら可哀相だと思ったこと。『それがこんな・・・くそ、無事でいてくれ!』必死になって、農道を暴走するクローハル。ハッとして、土を蹴る馬を止め、足元を見た。


 そして気が付く。馬車の轍。露の多い朝の道。土くればかりの農道に、一番新しく付いた轍を見つめ、一か八かで轍の跡を辿った。


 追って間もなく、町から馬で10分も行かない距離の集落の手前。どこか一軒から響いた、誰かの大声。

 勘がそこだと告げ、クローハルは急いでその声の元へ向かい、当たった勘に煮えくり返った。


 汚い家畜小屋の前。ナオファンの悲痛な声で『いや』と聞こえ、男がナオファンの髪の毛を鷲掴みにして、服を剥ぎ取っている最中を、胡桃色の目が捉える。


 怒り心頭のクローハルは『貴様』その叫び声の先を覚えていない。


 腰に下げた剣を抜いた騎士は、馬で突っ込み、驚きの顔を向けた男の頭を、思いっきり剣で打ち倒す。倒れた男と、撥ね飛ばされたナオファンに、クローハルは急いで馬を下り、彼女を抱え上げると馬に乗せた。


 泥の中に倒れた男は、頭から血を流して呻いている。荒い息のクローハルは、剣を鞘に仕舞うと『お前をこの後、連行してやる』そう吐き捨てて、集落の一帯を見回し『逃げても追う』と釘を刺した。


 泥が付いて、怖さに震えるナオファンを、片腕にぐっと抱き締めると『大丈夫だ』と小さく声をかけて、クローハルは来た道を戻った。



 それから。クローハルは彼女を片腕に守ったまま、宿まで無言で送り届け、泣いている奥さんに彼女を渡すと、主人に『これから男を捕まえに行く』と告げ、その足で支部へ。


 クローハルが支部へ戻る道。少しずらした時間で、巡回に来る担当の騎士たちと会ったので、クローハルはこの話をすぐに伝え、彼らが協力すると申し出てくれたことで、騎士の3人はすぐ、集落へ男を捕らえに向かった。


 集落は騒ぎになっていたが、騎士が早くに戻ってきたことから、とばっちりは御免とばかり、逃げ遅れた男を突き出す、集落の人々。

 クローハルと他の騎士2名で、男を捕らえ、男の馬に乗せて連行し、南西の支部でこの事件は処理された。



 この一件の後。


 翌日以降、クローハルは30分早く出るようになった。朝食は一番最初に食べ、支部の誰と会話することもせずに、さっさと支部を出て、とにかく見周りに精を出す。


 剣で男の頭を引っ叩いた行動は『犯罪者からの緊急保護』の範囲とされ、クローハルが咎めを食らうことはなく済んだ。

 実際には、クローハルの行いは賞賛の対象で、書類にはあれこれ言い訳がましいことは書かれたにしても、彼に向けられる目は随分と昇格したし、それは騎士として生きる皆には、当然といえば当然だった。



 その翌日。ナオファンは一日部屋に閉じこもっていたが、クローハルが来た時にだけ、宿の1階に来てお礼を言った。長くは話さなかったが、彼女は本当に感謝していた。


 一ヶ月を過ぎ、恐ろしい朝の事件も過去の日となり、少しずつまた、穏やかな日常が戻る。


 会いに行くと、ナオファンも一緒に外へ出て、クローハルと話が出来るようになった、事件から1週間程度のある日。


 ナオファンは自分の名前を書いた紙を、クローハルに見せた。『これは』クローハルが訊ねると、自分で書いたと言う。


「すごいじゃないか。もう字を覚えて!えらいな、頑張ったな」


「奥さんが教えてくれるの。帳簿を見せて、たくさんの人の名前とか、料理の名前とか」


 どうも聞いていると、『クローハルの友達』も勉強の影に見え隠れしていたが、それは触れないで済ませる。クローハルは、ナオファンの名前を書いた紙を手に、『これをくれるかい?』と笑顔で訊ねる。


「ダメ」


「どうして。名前を書けるようになった、記念だろう。俺が付けた名前だ。俺も」


 ちょっと笑ったナオファンは、クローハルの手から紙を抜き取ると、困って笑うクローハルの前、炭棒を取り出して、紙に何かを書き付けた。


「炭棒?いつも持ち歩いているのか」


「奥さんが。紙と炭棒を持っていなさいって。はい、これでいいと思う」


 小さな巾着袋を腰に下げているナオファンは、炭棒を巾着に戻すと、紙をクローハルに差し出した。受け取った紙切れを見て、クローハルは柔らかい微笑を湛える。


「俺の名前。書けるのか」


「教えてもらったの。奥さんがね、クローハルさんはシンリグって。シンリグは、この文字が入るの・・・ 」


 指差して、紙を覗き込むナオファン。綴りが難しいから、覚えるのに時間が掛かったと、笑顔を向ける。


 クローハルの手の中に収まるくらいの、小さな紙切れ。その上に、ちょっと擦れば消えてしまう、粗い炭の文字。

『ナオファン』『シンリグ』と並んだ、今だけは消えずにはっきりと存在する、二つの名前に、クローハルは心が満たされた。



 暫く。満足を感じながら、紙に書かれた名前を見つめた、微笑そのままのクローハル。


 ナオファンは、嬉しそうに『この前。食事処の息子さんにも誉めてもらった』と話を続けていたが、それはクローハルの耳を左から右へ風のように通過し、全く記憶にも残らなかった。


 クローハルの心の中に、今はただ。静かに満ち溢れる嬉しさと、不思議な温もりだけがあった。


 見つめるだけ見つめた、二人の名前。

 ちょっと視線をずらして、横で自分を見上げているナオファンと目が合う。明るい茶色に薄い水色のかかる、空と大地のようなその瞳。


 ニッコリ笑ったクローハルは『ナオファンは、俺の小鳥だ』と囁き、そっと頭を撫でた。

 ナオファンは嬉しそうで、そしてとても恥ずかしそうに俯いて『クローハルさんのお陰』と答えた。


 クローハルが異動するまで、残り10日を切った日の朝だった。


お読み頂き有難うございます。


今日、評価を入れて下さった方がいらっしゃいました!短いお話ですのに、こうして評価を頂けましたことに感謝します!有難うございます!


今回、読者の方に頂戴した質問より、注釈を添えます。

・クローハルが剣を抜いた時、相手を『打ち倒す』箇所。これは『叩いている』表現により、使った部分は刃ではなく、剣の腹です。

金属で叩かれているので相手の血が出ていますが、切られてはいません。


剣は刃がついていても、致命傷を与えない使い方として『叩く』こともします。

また、今回では登場していませんが『打つ』とした表現である場合には、柄頭など、持ち手の力が籠もりやすい箇所を使用し、拳代わりに『打ち付ける』意味のこともあります。


ご存知の方も多いと思いますけれど、すぐに情景が浮ぶ注釈として添えました。

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