22. デラキソス光輝燦然の熱華 ~無音の再会
この話は、『魔物資源活用機構』に登場する、ドルドレンの父・デラキソスの恋話です。
今回3話目。単純で浮気者の男だけに、もう少し・・・気を遣って続けようと考えています。
「お前だったよな」
馬の背で揺られ、夕方を過ぎる。デラキソスには、『気になったもの』相手に細かいことは存在しない。
『留意しない』でさえなく・・・気にすることが無い。
馬車は停留地で7日。次の停留地の方が都合が良いから、少し短い。それにしても到着してしまえば、別に馬車長が居なくても平気。
デラキソスは夜中も進み、馬が立ち止まったところで馬を休ませる。馬車の家族だから、馬は大切にする。馬の都合に合わせて、休んだり進んだりを繰り返し、夜中に『大事な相手』のいる村に。
真っ暗なので、村の外で一晩を待つ。よくあることで、デラキソスは女のために行動する自分に、無駄は感じない。
馬の手綱を枝に結び、一番長さのある状態で止めてから、少し肌寒い夜の林の脇で休む。
「あ。忘れた。木の実、持ってきた方が良かったかもな」
ふと、思い出した木の実のこと。あいつがくれた木の実。
自分を覚えていないとは思えないが、思い出を見せた方がきっと話も弾むだろうと、そう考えると『明日は持って来るか』フフンと笑って、草の上に寝転がる。
「絶対、お前だ。ドーディーファン」
見間違えない、お前の姿。仕草。デラキソスには、気に入った相手を、全ての感覚を総動員で記憶するため、忘れるとしたらそれは『そこまでではなかった』に分けられる。
ドルドレンの母親・ドーディーファンは、デラキソスにとって『それ以上』だった。
目を閉じてすぐに眠れるのも、気楽な男の性分か。
次に目を開けた時は、朝の光に照らされた頃だった。
「もう。朝」
欠伸と共に寝返りを打ち、デラキソスは体を起こす。衣服に忍んだ露の湿りを気にもせず、馬に『おはよう』と笑顔を向けると、服の上を歩く虫を払って立ち上がり、結んだ手綱を解きにかかる。
「お前も食べたか」
ヒヅメの付近の草が千切れているので、馬の顔を撫でてそう聞くと、馬は何となし、ブルルと鼻を鳴らす。
馬車の民は、馬の足に足枷をしない。馬が逃げるなんてことはないと信じている。逃げたらそれは、馬の自由。
手綱を解くだけで済んだ短い時間。デラキソスは背に乗って『行こうか』と馬を出す。
村は目と鼻の先。ポクポク歩いても、せいぜい5分程度の村の入り口を通過し、朝の村に出ている住民にけったいな目を向けられながら、そんなの無視してデラキソスは進んだ。
どこを頼りにするわけでもなく、この村のどこかにいるんだろう、くらいの気持ちで馬を進める、早朝の余所者。
ドーディーファンが、例え・・・他の男の妻であっても。何にも気にならない。子供がいようが何だろうが、好きな女は好きなだけ。
今、どうしているのか、それが知りたくて村へ来た。
しばらく進むと、道が四つ辻に分かれていて、広い辻でデラキソスの馬は止まる。
「なぁ。お前は知らないかも知れないが。俺の好きな女がいる。どっちだと思う」
俺はこっちだと思うんだ、と冗談ぽく、背を屈めて赤毛の馬に相談すると、馬は少しだけ首を左右に振り、左へ歩く。
「気が合うよな。俺もそうだと思う」
間違えていたら、戻るだけの話。
デラキソスは気ままに馬を進め、畑や空き地を通り過ぎ、道から離れた場所にある民家を眺めながら、道沿いに何となく境界が見える庭らしい敷地に、ぼんやりと目を向けていた。
そうして。直感は告げる。夏の割に、風の涼しい一瞬。ドーディーファンの香りを思い出す。
実際には香っていやしない。が、これは浮気者の直感というべきか。顔をふと向けた先、庭の壁にしては低い垣根がまばらにある、その内側に『いた』思わず呟く、その姿。
遠目からでも見える。外の綱に、洗濯物を干している。裏庭が家の横にも続いている様子で、そこを歩く彼女の姿を見つけた。
「ドーディーファン」
離れた道を近づく間、蘇る記憶と重なる女。媚びを売らない、冷たさの見える立ち姿。それなのに、目を惹きつけて止まない『お前は。今も美しいな』微笑むデラキソスに、彼女の年齢は関係なかった。
馬を急がせることなく、その家の庭先に伸びた垣根の外で、デラキソスはのんびりと馬を止め、馬の声で相手は振り向いた。その相手は、ドーディーファンではなく、近くにいた老婆だった。
家の屋根の下に置かれた、外置きの椅子に腰かける老婆は、怪訝そうに顔をしかめる。
老婆は、立ち止まった馬の乗り手に顔を向けたが、よく見えていないのか、すぐにドーディーファンに顔を戻す。
小さい声で何か話している老婆だが、ドーディーファンは聞き取っているようで、ちょっと笑顔を見せたり、振り向いて頷いている。
彼女は目が見えていないが、音や香り、触れる感覚には敏感だった。今もそのままのようで、眺める男の胸に郷愁と新しい熱が混じって溢れる。
そのまま。蔓の絡まる低い垣根越しに、デラキソスは老婆の視線も気にせず、洗濯物を干す彼女を見続けた。
そうして5分以上が経過した時。老婆は何か、少しきつめの口調で伝え、それを聞いた彼女は空になった籠を抱えて、すんなりと家に入ってしまった。
老婆の声は聞こえていたが、訛りがあるのか、それとも癖なのか。デラキソスには聞き取り難く、勘で『俺に警戒』くらいの判断。
その通りで、老婆はよっこらせと、小さな体を立ち上がらせると、がっちり来訪者の男を見ながら近寄り、垣根を挟んで話しかけた。
馬から下りる気もない、デラキソス。
厄介払いされた数なんて、女の数以上にあるので慣れたもの。何だ、とばかりに見下ろすと、老婆は決まりきった質問を最初に出す。
「あんた。用なの」
「まぁ、そうだな」
それ以上は言えないし、言ったところで結果は一緒(※否定されるとは承知)。答えの続かない男を、垣根の上に出ている様子で判断した老婆は、次に確認する『馬車の民か』と訊ねた。
「そうだ」
「馬車の民なら、知っているのか。あの子の子供はどうしているの」
老婆の直線的な質問に、ハッとしたデラキソス。
「俺の息子だ。元気だ。ドーディーファンと俺の息子だろ、あいつは大きくなった」
その答えに、老婆は意外そうだった。そして驚いた顔を引っ込めると、すぐに好意的ではない眼差しを遠慮せずに向け、はっきりと釘刺す。
「あの子を連れて行くことは出来ないよ」
通りすがりの赤の他人の言葉を信じたか。それとも年寄りの勘で真実と決めたのか。老婆は、一緒に暮らす女の名を呼んだ、彼女と同じくらいの年齢の男を見つめ、ふーっと小さな息を吐く。
デラキソスは深く考えない。『信じた』それが分かれば、続きに繋がるのみ。
「連れて行く・・・わけじゃないよ。話したいんだ。姿を、また見たい。俺たちは移動するから、今だけ」
老婆はどこまで知っているのか。分かりやすい、見下げた表情で鼻を鳴らすと『話しかけないならね』と。何か・・・否定なのか、受け入れなのか、デラキソスには理解しにくい返答を投げた。
それが、老婆の同情とは気づかない。
デラキソスに分かるのは、『俺は話したいけど、ドーディーファンに話しかけるな』の返事だけ。まぁいいか、と頷き、デラキソスはそれから・・・停留地にいる間の毎日。通い始めた。
全く、話しかけることは出来なくても。
忘れられなかった女の姿を見れる、外に出ている僅かな時間を求めて。
お読み頂き有難うございます。




