14. セダンカと魔法の絵~魔法はずっと
※長いので、お時間のある時に。どうやっても削れませんでした~
霧のかかる、明くる朝。
6時頃には身支度を整えていたクーバーは、馬車の時間を気にしながら、泊まった部屋の窓の外を見ていた。
昨日、宿に待たせたセダンカは、自分に書置きを残して出かけた。まだ戻らないが、あの几帳面な性格だから、じきに来ると思っていた。しかし、ここまでギリギリに戻るのもまた、意外ではあった。
「旧友ね。旧友か。いるよな・・・誰にでも。会いたかった旧友は」
朝食は馬車の中だな、と苦笑いして、宿に頼んだ携帯食を1階に取りに行く。
このまま1階で待っていても良いのだろうが、宿の玄関をくぐってすぐ、仕事仲間を待たせていたと思わせたら、セダンカに気を遣わせるだろうと、クーバーは携帯食二人分を受け取った後、また部屋へ戻った。
そのまま窓の外を眺めて、10分も経つ頃。
長い髪を結びもしないで、霧の朝の通りを歩く男を見つけた。歩き方、姿勢、セダンカと見て分かるが、『素のセダンカ、かな』その様子から、何があったかは聞かないでおこうと、ちょっと笑ったクーバーは、自分の部屋で待った。
間もなくして、廊下を歩く音がし、ノックされた扉を開けると、セダンカが普通の顔で『おはよう。朝の馬車は何時でしたか』と訊ねた。
挨拶と用件をすぐに言えるほど、年を取ったというべきか。板に付いた仮面というか。
クーバーは時計を振り返り『7時だね』と答えた。セダンカは少し額を押さえて『馬車で眠るかも』と呟き、すぐに用意すると言うと、自室へ戻った。
扉を閉めたクーバーは、自分もゆっくりと荷物をまとめて部屋を出ると、1階へ降りた。
セダンカの疲れた顔を思うと、寝ていないだけではないような気がした。理由が旧友だとすれば、その旧友に次回会う約束はないんだろうと察する。
セダンカは長く待たせなかった。クーバーが椅子に掛けてから、彼は数分で降りてきて、荷物を持ったまま『行きましょう』と声をかけ、二人の男は宿を出た。
馬車は、賑やかだった夜とは打って変わった、朝の静かな霧の石畳を走り、二人を乗せて出発する。
王都へ向かう朝の道。町を出るまで、セダンカは一言も喋らなかった。
仕事の状態を話すのは、彼が一寝入りした後が良いだろうと思ったクーバーは、彼に眠るように伝えた。
「そうするか・・・すみません。少し休みます」
「寝た方が良い。戻ったら仕事だ」
クーバーの言葉に返事をしないセダンカは、道の後ろから右手に、ぐるーっと角度を変えた、出てきた町に視線を向けた。遠ざかる町に、疲れた顔をそのまま固定するセダンカ。
クーバーに見られていると分かっていても、町が見えなくなるまで見送るようだった。
「昔。恋した花か?」
余計かな、とは思いつつ。クーバーは下を向いて、携帯食をカバンから出しながら訊ねた。
「今も恋している花です」
答えは小さくて、クーバーは相方の顔を見ないまま、携帯食を一つ渡した。
「そうか」
二人の男はそれ以上、会話をしなかった。
携帯食を受け取ったセダンカは、包みを開け、静かにそれを食べ切ると、そのまま包みを握って眠った。
クーバーは彼の顔を見ないようにしてやった。もし、顔が濡れても、そのままでいたいだろうと思うからだった。
ヴィダも同じような朝を迎えていた。
テントの中で話し続け、自分の家には戻らないで過ごした夜。大判の布を巻きつけていたのに、足は冷たく冷えていた。
テントから出て、すぐ裏に並ぶ住宅の一つに入る。似たような住宅が並ぶ中、ヴィダの家もその一つで、中へ入ってお湯を沸かした。
お湯を沸かしてお茶を淹れ、長椅子に座ってようやく、ホッとした。お茶を飲んで、少しぼんやりしていると、扉が叩かれて、ヴィダはすぐに戸を開けに動いた。
「よ。大丈夫か」
「有難う。大丈夫。聞いたの?」
「一応ね。何だ、冷えただろう?顔の色が悪いぞ。無理したな?」
「朝までテントにいたのよ。明け方が寒くて」
そこまでヴィダが言うと、背の高い男は困ったように溜め息をついて、『俺が中へ入っても良い?俺の家に来る?』と二択を告げる。ヴィダは男を招き、家に入れる方を選んだ。
「ちょっと待ってろ。お前、そんなに冷えたら、具合もっと悪くなるぞ。テントで話してたなら、食事もしてないだろう」
「いいのよ、エンディミオン。自分でやるから」
「座れって。茶は飲んでるんだな。今、何か作ってやるから、ヴィダは少し・・・夏だからなぁ。暖炉ってわけにもいかないし。布団、持って来い。体温めて、少し包まってろ」
やれやれ、と言いながら、エンディミオンはヴィダの台所に入る。『汁物だぞ。そんなイイモノ作れないからな』軽く笑って、適当に食材を使い、料理し始めた。
ヴィダは『ごめんね』と謝り、笑って台所の側の椅子に座った。
振り向くエンディミオンに『聞かないの?』と訊ねると、『大体、聞いた』銀色の髪をかき上げたエンディミオンは答える。
「パデッロが。明け方・・・来てさ。おい、芋どこだ」
「そこ」
「これね。2つ使うぞ。俺も食べる。そう、パデッロが来て。お前が長引いてるって言うから。大丈夫かなぁとは思ってたんだよ」
「来た、って。よこしたんでしょ?パデッロに頼まなくても良いのに。パデッロは凄むんだから。来ていた人・・・もう会えない人なのよ」
「そういう言い方するな。お前の気持ちは、何となく知ってるけど。
俺たちにだって、そのうち。『もう会えなくなっちまう』んだぞ。俺より先になんて、冗談じゃないよ」
娘に先に逝かれる親の気持ちになれ、とぼやいて、エンディミオンは鍋の蓋を閉めた。
「テキトーだからさ。煮込んでれば美味くなるよ。どうだ、薬あるのか」
「飲んだ。エンディミオンも座って」
ヴィダは椅子を勧めて、エンディミオンはそこに掛ける。前屈みになって、両膝に肘を置いたエンディミオンは、斜め向かいに座るヴィダを見て『お前。本当に無理するなよ』と眉を寄せて言う。
黙ったままのヴィダは目を逸らして、両手に持ったお茶の容器で、指を温める。
そんなヴィダを見つめるエンディミオンは、『一応。聞くけど』と考えながら質問する。ヴィダはもう一つの容器にお茶を注いで、彼に回す。お茶を受け取った大きな手。もう片手でヴィダの顔を撫でた。
「お前の事、話してないだろ。来てた奴、昔の男かなんかだと思うけどさ」
「昔の男、ってほどじゃないわよ。若い時に、絵を描いてあげたの。占って、絵を描いて。
滞在中だから、好きになっても続かないじゃない。彼にも、結婚する予定の人がいたし。
昨日ね、たまたま仕事でここに来たって。すごく驚いていたわ。私が馬車で動いていると、信じ込んでいたみたいだから」
「結婚してるんだろ?そいつ」
「してる。エンディミオンが、そんな嫌そうな顔することないでしょ」
「『俺に言われたくない』みたいな言い方、止せよ。俺は良いの。俺の息子も仕方ない(←デラキソス)。
で?何か、テントで話し込んでるって聞いたけど。数十年ぶりに人生相談か」
銀色の目で、探るように見てくる男に、ヴィダはやり切れなさそうに首を振る。『そういう感じの訊き方しないで』何もしてないわよ、と怒ったように笑って見せた。
「最初の質問に答えてないぞ。『話してないだろ』は?」
「話してない。言うわけないじゃない。わざわざ悲しんでもらいたいと思わない」
「なら、良いけど。男は同情すると、無理するからな」
「同情って!」
「ヴィダ」
エンディミオンは立ち上がって台所へ行くと、鍋の蓋を開けて中を確認し、器に料理を入れる。
黙っている顔を向ける女に、匙と料理を渡すと『とりあえず食べろ』と促して、自分も横に座った。
「食べながら話すぞ・・・ミカライが死ぬ時。お前を頼まれただろ?薬とかな。医者とかのことで。
あいつも、あいつの兄貴も、お前と同じ病気で、早くにいなくなっちまったし、俺は『お前もだろうな』とは薄々思ってたけど、ミカライにいざ聞いた時は、本当に悲しかった。
お前ももう、馬車を降りてたから、俺の家の近くに来させたけどさ。それでも毎日心配で、今だって」
「あの時。引っ越さなくたって、この5軒先くらい、近いと思ったわ」
「話の腰を折るな。近い家が空いたんだから、そっちのが良いだろ。目が届くし。
それでな、なんだっけ・・・ほら。言うこと忘れちゃったじゃないか。最近、ボケてるんだから、茶々入れるなよ」
笑いながら、二人で温かい汁物を口に運び、『美味しく出来てる』というヴィダに、『まぐれだよ』と答えるエンディミオン。
「そうだ、そう。言うこと思い出した。もーう、口挟むなよ。よし、食べてろ。
あのな。お前の親父、何歳で逝ったか覚えてるか?口挟まなくて良い。そう、頷いたな?今の俺より若かったんだぜ?
俺今、67だろ?ミカライは、64で逝っちまった。俺の10コ上だから、生きてれば、まだまだ元気だったと思うよ。俺が、馬車降りて・・・何年だよ?ホントにあっという間だったんだ。
兄貴はもっと早かっただろ?バフタウォは・・・えーっと。59とか、そのくらいじゃなかったかな」
「あんまり、その話しないで。気持ちが沈む」
「お前が無理しなきゃ良いの。無理するとやばいだろ、って俺は言いたいんだよ」
エンディミオンは、並んで座るヴィダの頭を撫でて『お前はこんな綺麗なのに。やんなっちまうよ』と悲しそうに呟く。
「お前の・・・っていうかな。ミカライも似たようなことで仕事してたけど。その力って、本当にダメなのか?『自分の願い』は叶えないの?」
「叶えないことの方が多いわ。小さいことなら叶うと思う。
でも、他人の願いだからって、命を延ばすとか、大きい病気を取り除くのは出来ないわ。それは運命だもの」
「お前をこんなに愛してるのに。俺の目の前から、お前が消えるのかよ。ひどい運命だ」
「お父さんもそう言った。私だって悲しいと思うけれど、どうにも出来ないでしょ。
あのね。お父さんは、私の力のことも『神様が与えた力』と言ったのよ。自分もそうで、私もそう。
誰かを幸せにし続けて、たくさん幸せにするから、早く神様のところに帰る」
「言うなよ。やめてくれよ。ヴィダ、おいで」
料理の皿を机に置いて、ヴィダの皿も置かせると、エンディミオンはヴィダをそっと抱き締める。
「頼むから、長生きしてくれよ。俺、全然、自分が死ぬ気がしないんだよ」
「ハハハ、エンディミオンは頑丈だもの」
「たまに頑丈過ぎて、イヤになる。お前、赤ちゃんの時から知ってるんだぜ。デラキソスだって、お前のこと妹みたいに可愛がって」
「何度も聞いてる。有難う」
エンディミオンは体を起こして、腕の中の小さい顔を見つめ溜め息を吐くと『医者。何て言ってたんだよ。昨日の夕方だか夜だか、病院だっただろ?何か言われたろ、また』と訊ねた。
「後。5年?とか」
「いきなり?マジかよ。5年って何だよ」
本当は3年。だけど、ヴィダは言わなかった。痩せ始めたなとは思っていたけれど、気にしたくはなかった。
自分を抱き締めて嘆くエンディミオンを慰めて、皿に残った汁物を食べようと促し、二人は少し温くなった料理を食べた。
「もし。今日の男がまた来ても。お前、朝までなんて絶対ダメだぞ。俺が止めるからな」
「来ないわよ。いつが終わりか分からないから、最期に挨拶したかっただけ」
「そういうこと、言うなって」
エンディミオンはくどくど、この後も30分ぐらい『本当に無理するな』と言い聞かせて、もう眠るよう、ヴィダに言うと『夕方、様子見に来る』らしく、洗い物を済ませて戻って行った。
黒い三つ編みを解いて、ヴィダは顔を洗うと、長椅子に布団を置いて少し横になる。
眠りがすぐにやって来て、お腹が一杯になったことと、死ぬ前に一回は会いたいなと思っていた、セダンカに会えたことで、気持ちは落ち着いていた。
新しく絵を描いたのは、セダンカの望みが今後も、出来るだけ続けば良いと思ったこと。
若い頃の願いは、10年20年で変化もするものだけど、真面目な彼はきっとその願いを形にして、大切にしているとヴィダは捉えていた。
子供がいても、もう大きくなった頃だろうし、それなら夫婦二人の絵でも良いのかしらと、新しく描いた絵には、セダンカと奥さんしか描かなかった。
そして描いている間で、どんどんあの時に出会った気持ちが湧いてきて、いつ死ぬか分からないんだから、もう一度、彼の顔が見たいと思っていた。
送ったら、失礼かどうか。包んで郵便に出す時も、少し悩んだ。
でも。例え会えても、自分に気が付かないかも知れないし、会ったとしても『元気だった?じゃあね』と終わる場合もある。そう思って、郵便に出した。
――正直言えば。昨日、セダンカが本当に来たことは驚いたし、会えたけれど、もう自分に関心もないと決めて、期待はしていなかった。
でも違った。セダンカは前日も会ったみたいに話し続け、どれほど好きだったかを一晩中。聞かせてくれた。何度も顔に触れ、何度も躊躇っていた。
口付けされるならそれでもいいかな、と思ったが、『セダンカの願いが叶っている』ことを思うと、奥さんに悪くて、自分では何も動けなかった。
そしてそれは、セダンカも同じだったと思う。
彼は顔に触れたし、肩を撫でたけれど、それ以上は何もしなかった。躊躇うような時間は何回かあったのに、彼もヴィダと同様、その先を選ばないまま、時間は過ぎた。
夜9時に来て、彼が話していたことは、昔の気持ち。
そして、途中から『もしまた。私が一緒に生きたいと願ったら、ヴィダはどう答える?』の質問に変わった。
『今。これから。もし。ヴィダが自分を選んでくれたら。今からでも』
セダンカはそう言った。
ヴィダは気が付いた。彼はやり直したいのかも、と。若い頃に願ったことを叶えて、今が幸せとは思えないのかも。
だとしたら、意を決してやり直す相手に、今のヴィダを選ぶなんて、絶対させられないと思った――
「私は。何て答えれば良かったの・・・25年前。あなたのために、馬車を降りたら良かったのかしら」
それが、彼の本当の幸せだったのだろうか。
テントを出る前の一歩。セダンカは振り向いて、ヴィダの顔に手を添え、口を寄せ、止まった。それから目を閉じて顔を離し『もう。会えないのかな』と。そう言って、テントを出て行った。
「そうね。もう。もう会えないかも」
ヴィダはくすっと笑って、眠りに落ちた。笑った目元の睫に、一滴だけ涙を乗せて。
王城へ着いた馬車は、二人を下ろし、セダンカとクーバーは仕事場へ入った。
昼まで眠ったセダンカは、早く着きそうだからと昼食を馬車の中で済ませ、午後の早い時間に仕事場へ戻った。
クーバーの報告と資料を、馬車の中で見せてもらったセダンカは、そこからは通常の感覚で過ごした。
やるべきことを片付け、いつものように何かを頼まれたら笑顔で相談を受け、口煩い秘書の機嫌を取りながら、必要なことを終えて、特に面会も何もないと分かり、夕方5時半には上がった。
帰宅前に王都で手土産を買うと、早い時間なので、もう一軒足を伸ばして、次の休日に合わせた予約を入れ、セダンカは馬車に乗った。
家に戻り、奥さんがいつもどおりに『お帰りなさい。急な出張お疲れ様』と口にした後、丁寧に包みを渡し『気の利いたものがなくて』微笑みつつ、彼女の顔色を見届ける。
土産が合格したと分かると、次に、出張先にどう出かけて、誰と行って、何をしていたかを出来るだけ細か(く聞こえそう)に話して伝えた。
『馬車で何時間』『何時ごろ到着』『何時に視察』『宿は何時で』時間も差し挟み、リアリティを作り、クーバーと遅くまで話したことなど、奥さんが『それは良いけれど、食事は』と話を変えるまで続け、もういい、といった顔を確認してからセダンカは微笑んだ。
「今度の休みにね。食事に行こうかと思って。急な出かけで君に心配掛けたから、お詫びに」
王城の近くの料理店で、貴族が出資した店なんだよと言うと、そうした傾向に弱い奥さんは喜ぶ。
そしてセダンカに『疲れているでしょう。食事はもう一品作るから、ちょっと休んでいて』と優しい言葉をかけると、奥さんは台所へ行った。セダンカは解放され、書斎へ入れた。
書斎に入ると。一気に体の力が抜けた。
セダンカは倒れこむように大きな机に両手を突き、長い髪をばさっと下に向けて俯いた顔に、苦しい表情を一瞬浮かべる。
一言も発せず、段々、息が荒くなる状態を許しながら、セダンカは椅子へ移動し、崩れる体を椅子に預けると、大きく深呼吸した。
俯かせた顔を荒っぽく上に向けた後、冷たい指先をゆっくり動かし、手探りで引き出しを開けて、中から封筒に入った絵を取り出す。
手にした絵。上に向けたままの顔の、その上に絵をかざした。
自分と、女性の並ぶ笑顔。白い家。豊かな庭木。晴れ上がった空。
「私は。君とこうなりたかったのに。どうして、違う道を選んだんだろう」
もう一度会えたら、と思っていた。
もし。もう一度会えたら、今度は連れて帰ると願っていた。
今度こそ。
どこかで、旅の馬車を偶然見かけると、君の姿を探した。どこかにいるんじゃないかと。
でも私は近づかなかった。駆け寄ることを、この足は選ばなかった。
そんなことを。それ以外のことを考える時間の隙間に、たまに思い出しては、たまに決意して、たまに自分を『ずっと君が好き』な状態でいさせた。
「俺は。今度こそと。昨日も、今日も・・・思っていたのに」
あの細い腕を掴んで、テントの外へ出さなかった。一緒に、と口に上ったのに、彼女の判断に任せた。
蘇った火のように、胸は苦しかった。思い出が現実になった時間に、体はどれだけ彼女を求めたか。
でも無理だった。彼女はずっと、三つ編みを触っていた。
何かを、理由があって、言えない時の癖。
家族がいても、子供がいても、断ろうとしなかった。ただ、ヴィダは答えないことを選んでいた。
「連れ出せば良かったのか」
そうしたら。今。俺はここにいなかったのだろうか。
セダンカは、絵を見つめる。カバンの中にはもう一枚、夕焼けの川沿いの絵。
次にヴィダに会えるのは、いつなんだろうと、苦しく悲しい思いが胸を締め付ける。
会いに行けるのだろうか。あんなことを言った自分が、また偶然を装って会いに行ったところで、彼女は会ってくれるだろうか。
断られたと思うべきなんだろう。でも。
燃え尽きたようで燃え尽きてくれない想いに、セダンカの息苦しさが続く。奥さんに『食事よ』と呼ばれるまで、続く。呼ばれた瞬間、想いに蓋を出来る自分が嫌だった。
「これが私なんだろうな」
大きな溜め息を吐き出して、セダンカは濡れた目を拭う。何度か、呼吸を意識して、息を整えて、ヴィダを頭から消す。
意識しなくても出来る、自分の荷物の片づけを手際よく済ませ、普段のように髪を結んで着替えた後。
書斎の扉の前に立って、大きく何度か深呼吸し、笑顔を作ると扉を開けて『いい匂いがするね』と階下に届く声で答えて廊下へ出て行った。
セダンカの机の引き出しにしまわれた、3枚の絵。
彼を見守り続ける、小さな恋心が伴うように、板の裏には、見えるか見えないくらいかの細い字で名前が書いてあった。
その名前は、彼に恋した魔法使いの名前。自分がいなくなっても、魔法が続くようにと心からの想いを籠めた、最後の魔法。
それに気がついていないまま。時を過ごしているセダンカは、また。いつか会えると信じている。きっと、次は――
お読み頂き有難うございます。
セダンカのお話はこれで終わりです。活動報告に、もう少し今回のお話のことを載せています。
宜しかったらお立ち寄り下さい。




