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こんな俺でも  作者: Ichen
セダンカと魔法の絵
13/24

13. セダンカと魔法の絵~求めた未来

 

 セダンカの夕方は瞬く間に過ぎた。


 懐かしい人に会い、お互いの現在を訊ね、答え、小さな思い出を挟み、『覚えてる?』『あの時にも』と。

 そんな感じで、特に話し込んだわけでもないのに、琥珀色の夕日は二人を急かすように傾いて、時間はあっという間に6時に。



「もう宿に戻らないとダメでしょ。私も今日はテントをしめて」


「ヴィダ。食事は?宿は別に遠くない。私と夕食を食べても平気なら、一緒に食べよう」


 セダンカは、躊躇う気持ちもあるものの、懐かしさと熱持つ思いに勝てない。明日には帰らないといけないなら、この短い時間に彼女と過ごす楽しさを詰め込みたかった。


 食事に誘う男の笑顔を向けられ、背中に垂らした三つ編みを手繰り寄せたヴィダは、一本に編んだ艶やかな髪の束を撫でながら、微笑む顔を逸らした。


 セダンカはその仕草も知っている。『何か。困らせている?』即答できない理由がある時、ヴィダは髪を触っていた。

 今も仕草は同じなんだ・・・と思うと、それを覚えている自分が嬉しい。でも、即答しない理由は、頂けない気もする。


「夜は、()()過ごさないと」


「ご主人?子供たち?」


 さっきから、家庭の話になると切り替えていたので、セダンカは訊かない方が良いかと思いながらも、気になっていた。夕食に行けない理由はそれか?と、この際、訊いてみる。


 それならそれで良いのに。自分も妻帯者。お互いそんな年齢なんだから、仕方ない――


 と思いながらも。セダンカの心の中、ヴィダが独り者だったら良いのに、と思う気持ちもある。この美しさで、独りは有り得ないと分かっていても、彼女が独身なら。もっと近づける、と願う思い。


「そういうことじゃ・・・だけど、夜は。セダンカも、仕事の相手が戻ってくるでしょ」


「ヴィダ。ここで会えたのは運命だよ。君は町に腰を下ろしたみたいだけど、この距離じゃ、また会おうにも簡単じゃない。今日は特別だと思うよ」


「『運命』なんて。私はそんなつもりじゃ」


 大袈裟ね!と『占い師の女』の口から出る、違和感。

 占い師なんだから、こんな時に現実的じゃなくていいのにと、セダンカは苦笑いして、粘る思いをぶつける。


「君の()()()()()になった。君の()()()()()()()。私の人生は進んだよ。君からすれば、当然かも知れないけれど、事ある毎、運命の道筋にヴィダを思い出した。

 お礼も言えないで20年以上経った。君がどこにいるのかも分からないまま、思い続けて」


「セダンカは、私に会う前から『結婚したかった』人がいたじゃないの。ちゃんと彼女と結婚したし。何で『私を思い続けた』なんて言うの」


 責められたわけではないが、セダンカは言葉を失くす。ちょっと大きく言い過ぎたのが、見透かされる(←思い続けてはいない)。

 ()()()()一時的・・・そんなふうに見える、ヴィダの大きな黒い目が真意を探るように向けられ、その目を見返すことに抵抗が生まれた。



 ヴィダは、返事のない男を暫く見つめてから、暗くなり始めた町の影に顔を向けると、小さな声で教える。


「今は帰って。夜、9時になったら。その時間でも良いなら、()()()()()わ」


 ハッとして顔を上げるセダンカに、ヴィダはちょっと微笑み『その後は、朝まで平気』と続けた。


 その言葉に、セダンカの脳があらゆる可能性を一瞬で探す。ヴィダの表情から、勝手な解釈が出来ないことだけは理解するが、ごくっと唾を飲んだセダンカは『9時・・・』そう呟いた。


「9時に来るよ。今は。戻って、そうだね。夕食も済ませてから・・・また来る」


 夕食は『一緒じゃない』ってことだろうな。質問混じりの言葉を添えると、答えの代わりに、彼女はニコッと笑って頷いた。


 セダンカは、立ち上がり、ヴィダをもう一度じっくり目に焼きつけ、そっと肩を撫でた。昔よりも、その肩はもっと細くなった気がした。ヴィダは身動きしなかったが、何かを戸惑っていそうにも感じた。


 セダンカの逸る本心は、今にも、自分らしくない行動を取りそうだったが、ここは鍛え上げた精神―― 裏腹に立ち回る ――で、乗り越える。


『後でね』と微笑みつつ、この言葉の意味だけでも、頭がどうにかなりそうなセダンカは、夕暮れ時に涼しい笑顔でそう挨拶すると、宿へ戻った。



 宿へ戻ったセダンカは、さっさと風呂へ入り、さっさと身支度を整え、僅か1時間で、いつ出かけても良い状態が整う。


 夕食はもう少し後にし、夕食予定時間にクーバーが戻ったら『出かける』内容を、それとなく、それっぽく伝えることにする。もし彼が遅い場合に備え、一応手紙も(したた)めておく。


「 ――旧友に偶然会ったので、一杯飲んでくる。―― いいね。普通」


 うん、と満足げに頷いて『旧知の意味は()()じゃないしね』やんわり、ほくそ笑む。


 一杯飲んでその後、人生相談で朝まで・・・よくある事だよ、と思うと、にやける顔が止まらない。『人生相談』とは限らない。


 ただ。セダンカの人生に浮気はない。これは清廉潔白、堂々、自信を持って言える。


 そこまで思う相手もいなかったし、わざわざ駆け上がった立場を放棄しかねない、不実の噂や疑いの火の粉なんて、一片だって冗談じゃなかった。

 これはセダンカが真面目なのではなく、先読みすぎて臆病なのもある。火の粉が上がる、そんな火遊びは『破滅の素』とさえ思っていた。


 だから、セダンカからすれば。この燃え上がる本日の情熱は、異例中の異例。人生の運命の日。


 ここまで本気なら、私は後悔しない。大丈夫、とさえ・・・若干、引け腰ではあれども、目の前にした『ヴィダ』に、自分を抑え付けることは出来なかった。

 それは、日常の脱却をどこかで求めた、(うつつ)の夢にも似て。



 時計を見ると、そろそろ夕食をと思う時間。7時半くらいに食事。予定では8時前に食べ終わって、お手洗いは済ませる。そして最終の身嗜みチェックの後、テントに10分前に到着するよう、出かける。


 セダンカは受付へ下りて、宿の主人に『後で来ると思うけれど、連れのクーバーにこの手紙を』と渡すと、向かいの食事処へ入り、簡単な食事と一杯の酒を頼んで、夕食を軽く済ませた。


 何を食べても美味しく感じるが、何を食べたかなんて気にも留めない。


 浮かれ続ける思いは留まることを知らず、セダンカはさくさく食べ終わると、手洗いで身嗜みを整え、颯爽と夜の通りへ出た。



 賑やかな夜の通り。まるでお祭りみたいだな、と思うくらいに。


 普段のセダンカなら、見た目に微笑を絶やさず『うるさい』とか『下品だな』『風紀はどうなっているのか』と、腹の内で見下したようにぼやくところが、今日は『良いことありそう』『気持ちが若返る』となる。



 思い出す、あの頃――


 ヴィダと一緒に、早い夕食を食べた初日。彼女の動きの全てに釘付けになった。

 食べている最中に笑いすぎて、ヴィダが食べているものをこぼし、慌てて恥ずかしがるヴィダに笑って、可愛いと思った。


 何でも。何をしても。セダンカの中に、彼女は新鮮で可愛くて刺激的に映った。

 あの夜に、相談したことを今も覚えている。占いの時に教えた内容、この先どうしようか、と。


 食後、彼女が馬車へ帰るのを送る時、軒下に出した台を畳んで、占い道具をカバンに詰めたのを持ってやった。並んで歩く、夜の石畳の道。


『セダンカは、仕事を辞めようと思ったのに、辞められないの、彼女がいるから?』そう、質問されて頷くのを戸惑った。占いの時に、訊かれるままに答えてしまったことを、少し後悔した。


 彼女は答えないセダンカに、思い遣りを持って考えたことを話してくれた。


『辞めたいけれど。一緒の職場だから、悲しませたくないのね。それに『結婚もしたい』って言っていたから、結婚後の生活も考えて。辞めるに辞められないのよね?

 好き合っているなら、何があっても一緒が良いわ。辞めたところで、一緒に過ごせば良いと思う・・・だけど、もし。彼女もあなたも仕事のことが不安なら、仕事は続けることになるでしょうね。 

 仕事さえ、問題なければ良い。そういう話よね』


 一呼吸置いて、若く美しい黒髪の占い師は、横を歩く若いセダンカを見上げた。


『あのね。私、占いをするけれど。()()()()も描けるのよ。

 誤解されたくないから先に言うけれど、普通はこの『絵』の話になると、また別の値段なの。だって、私が描く絵は、願いを叶えるからよ』


 不思議なことを言うヴィダに、臆病で警戒心の強いセダンカはハッとする。今、自分は狙われているのだろうかと疑う。


 その目の変わった様子を見つけたヴィダは、嫌そうに眉を寄せて『誤解されたくないと言った』もう一度、少し怒ったような口調で言うと、前を向き、歩く速度を緩めずに、話を続けた。


『正直に話して、そんな顔されたくないわ。そうやって仕事しているんだから、仕方ないでしょ。

 私の絵は本当に願いを叶えるの。占った未来を変えたくて、悩む人を助ける絵だと思うわよ。私がその人の理想を絵にして、それをその人が持っていると本当になるのよ。


 効果は、10年20年続くでしょうね。大体の人たちが、そのくらいは自分の願ったことを味わいたいものだから。気持ちが変わると、効果も消えてゆくと思うけれど。後は私の力だと思うから、『()()生きている間は』大丈夫かな。

 セダンカには、お金を取らないで描いてあげようか、って・・・思ったのに』


 心外そうに、むすっとしたヴィダの横顔に、セダンカは反省して謝り、『そんな不思議な話を聞いたことがないから』と言い訳した――




「彼女は本当に描いてくれた」


 絵のあるテントに向かう、夜空の下。賑やかな町の通りを、人を避けながら歩くセダンカは、思い出に浸る。


「でも私は、受け取らなかった」


 あの時は、そう。翌日、またヴィダと会いたくて、約束し、午後に彼女と町で会った時。折角、描いてきてくれた絵を、セダンカは受け取らずに断った。


 お金は要らないと言った!と急に怒ったヴィダに、そうじゃないんだとセダンカは宥め『今。君が好きだから』怒る彼女に急いで伝えた。そんなふうに、思いをすぐに口にしたのは初めてだった。


 驚いたヴィダの手にある絵を見つめ、『ごめん。俺は君が好きみたいだ』ともう一度言うと、セダンカの気持ちを分かってくれたヴィダは、そっと絵をカバンに戻して微笑んだ。


「でも、結局。受け取ったのは・・・あの絵だったな」


 ヴィダが町に滞在していた10日間。セダンカも滞在した。


 毎日会ってもらって、毎日彼女と一緒に午後を過ごし、いろんな話をして、旅の話を聞かせてもらい、絵の具のことや、子供時代の話もして。


 飛ぶように過ぎた、10日間。その最後の日。お別れの夕方が来て『明日の朝に出る』とヴィダに言われたセダンカは彼女を抱き締めた。そして、ずっと、宿に眠りに帰る度に考えていたことを伝えた。


『一緒に暮らしたい。君が、馬車を下りてくれたら。俺が君を養う。結婚したい』


 上手い言葉が何一つ見つからなくて、若いセダンカの必死な思いは、飾り一つ付けない言葉で打ち明けられた。


 ヴィダは抱き返してくれ、初めてキスをした。セダンカは何度もキスして、何度も掻き抱き、何度も『一緒に来てくれ』と頼んだ。どうやっても、今日。今夜。彼女を連れて戻る、と意を決していた。


 でも、ヴィダの答えは望むものではなかった。彼女も、自分が好きだろうと思っていたのに。


『馬車を下りるって。大変なのよ』


 一言、告げられたのは、返事になるような『嬉しい』か『困る』かではなく、『あなたが好き』か『違うの』でもなかった。


 生活の違いが、ある・・・・・ そんなこと考えもしなかったセダンカの頭を、思いっきりぶん殴るように、その言葉は響いた。


 その後。どんなに考えてほしいと頼んだか。セダンカの熱い思いを知りながら、彼女はどんどん弱気になるように見え、最後の時間は実に辛い別れを伴った。


 そんな彼女に、必死だったセダンカは、最後の最後、思いついたことを伝える。


『俺たちの絵を!俺と君の絵を描いてくれ。俺と二人で、子供が何人もいる、幸せな家の前に立つ家族の絵!描いてくれ、本当になるから。

 俺が()()()()()から!これ、俺の住所だよ。これ、ここに・・・送って』


 必ず迎えに行くから、と。急いで、紙に書いた炭棒の文字。涙で滲む文字を、何度も強くはっきりなぞって、セダンカは、王都の住所を書いた粗紙を、彼女の小さな手に押し付けた。


 ヴィダはそれを受け取ると、大きな目に涙を浮かべ、もう一度だけ若者にキスをして『有難う』と囁き、馬車へ帰った。


 翌日。馬車が出発するのを、宿の窓からセダンカは見送った。色鮮やかな馬車の行列が、朝日を受けて輝きながら、町の外へ出てゆく様子。


 それを見つめ、涙に暮れて。セダンカもその日。王都へ戻った。


 一週間後。待ちに待った、封筒が届く。当時、セダンカの一人暮らす家に、素朴な紙に包まれた一枚の板。


 手に取った封筒を、急いで開けたそこに入っていた絵は、ヴィダが出会った翌日に渡そうとした、セダンカの理想。

 それは、ヴィダではなく。違う女性が彼の横に笑顔で立つ、子供たちのいる絵だった。




「君の絵の通りになった。子供だけは、私は作らなかったけれど」


 セダンカはテントの並ぶ通りに入り、ヴィダのテントを目指してゆっくり歩く。


 本物の『魔法の絵』だと、何度も思った。そしてそれを思う時はいつも、切なくて苦しい気持ち、薄れて忘れていたはずの気持ちが、セダンカの胸に燻った。


 絵を受け取ってから、セダンカの頑張りは認められたし、結婚の話も進んだし、役職はどんどん上がったし。気がつけば、40も後半の自分は、借りていた家を買い取って壊し、同じ住所に家を建てるまでになった。


 その住所を動かす気になれなかったのは、ほんのちょっとの思い出。もう会えないと思っていても、心の中では『終わった人』には出来なかった、燃えるような恋愛の相手、その思い出があった。



「セダンカ」


 テントの前に立った時。過去と現在が交錯する。細い彼女がテントの垂れ幕を上げて、中からこぼれるランタンの光に影になる。


 微笑んだ彼女の笑顔に、セダンカは心が溢れるほどの喜びを感じ、それを素直に表現しない、身に付いた癖に苦笑いした。


「ヴィダ」


 名前を呼び合って、お互いの目を見た1秒。彼女は『どうぞ』とテントの中へ、かつて、自分が心を焦がした相手を招いた。

お読み頂き有難うございます。


後一回で終わる予定です。次回は近日中です。


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