12. セダンカと魔法の絵~占い師の笑顔
翌日のセダンカは、久々に。秘書に注意された。
毎朝の時間と同じ動きで、起床、朝食、準備、出勤。
乗合馬車で王城門手前に着いてから、ごった返す王城の入り口を、人混みをくぐって中へ入り、踏まれた足の土を無表情で払い、バカ広い廊下に、立ちっぱなしで話し続ける集団に笑顔で挨拶し、自分の課のある部屋へ、笑顔を振りまきながら入室。
職場に入るなり『昨日届いたと思うんですけれど、あの書類』背後から秘書の声がかかり、用件を聞くと『封書?』記憶にない内容を相談されている。
「ウィリス、待ってくれ。封書?私の家に出したのか」
「出していますよ。他の手紙と一緒に届いたはずですが・・・僕のは読んでいないですか?」
セダンカの戸惑う表情に、金髪の短い髪を手で撫で付けるウィリスは、不満そうな顔を向けた。セダンカはすぐに笑顔を取り繕って彼に謝り、家に戻り次第、対処すると答えると、そそくさ自分の机に逃げた。
昨日。最後の2通に目を通すのを忘れていた。一通は普通の大きさで、もう一通が書類入りっぽい大きさだった・・・・・
まさかそれで、朝から、せっかくの気分がぶち壊しになるとは。昨日は、郷愁と嬉しさに浸った夜だったのに。一気に不愉快になる。
うっかり、絵に没頭した自分に後悔もするが、こんな些細なことくらいで見た目は変わらない。
傍目には『トラブル対処もスムースに、笑顔で、積まれた書類を手際良く捌く姿』。仕事の出来るセダンカ像、が映っている。
――おかしなもので、エラそうな肩書きと職務の割には、小さいハイザンジェル王国での防衛大臣補佐官は『書類か会議か視察』に関わることだけで、仕事が成り立つ。現に、それだけやっていたら、この位置に上がった(※テキトー)。
よその国は大きいため、こんなものでは済まないだろう。この小国ハイザンジェルでは、立派で大儀な『補佐官』業務に、全然特別感がない。
セダンカは『大臣用の』補佐官だけれど『大臣以上』が貴族しかなれないものだから、基本、貴族は出勤もしてくれない(※何もない日はおうちで伸び伸び)。
なので、ハイザンジェルの貴族制度が関わる王城業務は、非常に庶民的な感覚が残る。たまに思うのだが、王都内にある、大きい会社の事務の方が・・・よほど動いて、仕事をしている気さえしてくる。
しかしどんな内容であっても。セダンカの職場では、セダンカは『補佐官』なのだ。
彼の職場たる課のある空間。その奥にあてがわれた、補佐官の居場所たるお部屋は、他ときちんと区別されるセダンカの机だけだし(※扉開けっ放しだけど)彼には普通に、秘書もいる(※これがさっきの男)――
仕事の出来る男の胸中は、裏腹。『もう一通は何だったのか』と心配する思いから、数日間の記憶を必死に探っている時間。
その答えは、思ってもいない方向から来る。
「ホーズ。そろそろ出ようか」
「はい?」
「まだキリが良くないか?でも、昨日届いただろうから、見たか分からないが。
視察の初っ端の場所まで、時間が掛かるから・・・そうだな、後15分で出られるか?」
「は。い・・・え?」
慌しくやって来て、自分に声をかけたのは、セダンカの所属する防衛局の、地方労務管理部の事務官カッツェル・クーバー。
セダンカよりもずっと年上で、役職は彼の方が下でも、実力があるので、セダンカは彼を尊重している。
彼は数日前、一緒に王都の外に出る仕事の話をしていた・・・セダンカはそれをぼんやり思い出し、『ああ、はい』と間抜けな返事を返した。
クーバーは頷いて『下で待っているから』と扉を指差すと、そのままあっさり部屋を出て行った。
『これがもう一通だったか』誰にも聞こえないくらいの声で、読まなかった手紙に後悔しつつ。
セダンカは急いで、書類を自分の流れを担当する者たちに渡すと、15分きっかりで外出の支度を済ませて部屋を出た。
「行き先・・・ああ。遅くなるな。東か~」
一昨昨日に聞かされていた内容だと、王都近くの東の町まで行くのだ。視察が遅かったら、夜中に戻ることになる。
「時間によっては。下手したら『泊まる』可能性もありそうだ。妻に連絡を頼んでおかなければ」
王城を出る前、近くを通った職員の若者を捉まえると『私の妻に早馬で』と、届ける内容を口頭で伝え『書いて出しといて!』それを大急ぎで頼む。
驚く若者の反応も待たず『ありがとう!』礼で押し付けたセダンカは、門向こうに見える馬車へ走った。
馬車の中で、クーバーと行き先の確認をする。向かう場所では視察。ただの視察でしかないが、彼の用で『もしかすると、帰りは、向こうを出るのが夕方7時過ぎるかも』と言う。
セダンカも内容を聞いて、この距離でその数を回るの?と思うくらい、時間と行き先の数が合っていなかったため、彼の苦笑いは本当になりそうな気がした。
「セダンカは、後半は戻っても。一応『補佐官』が来たことが重要だから。後は俺一人でも」
「そうは言っても。どうせその時間まで居るなら、あなたは泊まる気でしょう?」
クーバーは仕事に手を抜かないので、きっと一日で出来ることは済ませる。
それなら付き合うと伝えると、クーバーは、午後に回る5箇所の内、最初の1箇所だけ顔を出してくれたら、後は宿を取って待っていて、と言ってくれた。
そんなことで、昼も馬車に持ち込みの物を食べ、二人は到着した町の派遣員駐在所で打ち合わせをし、最初の1箇所を急いで回った。
「次からが遠いから。宿に戻るのも、7時近いかも知れない」
「分かりました。宿は教えてもらった場所で取っておきます。気をつけて」
朝一番、視察で出た割には、到着後1時間で既に一人。
駐在所を出て、活気のある町の通りを歩き、宿の一軒に入ったセダンカは、荷物を宿に預け、貴重品を持って外出。
「ゆっくりと言っても、まだ4時前だから・・・妻の土産でも買うか」
急に出張で『宿泊の可能性がある』と速達を見れば、何を思われるやら。証拠作りに、セダンカは妻の好みの菓子を探し、妻の好きそうな食器を見て回った。
「しまった。この町は、そういう雰囲気じゃなかったか」
町の特色でもあるが、ここは流浪の民が築いた町。遊びに来るには楽しめて良いが、気取ったものがない。
駐在所がこんな場所にあるのは、単に距離。東からの距離が一番、王都に近い町だから。
「滅多に来ないから・・・参ったな」
土産に適さないものばかり。この町ならでは、の風合いが強過ぎて、高価な品良いものは見当たらない。
時間はあるので仕方なし、町の通りを徘徊し、何かマシなものを探し始めた。
そして、ぶらぶら歩いて30分も経つ頃。
セダンカはテントの並びで、日差しを避けるように奥へ引き込む、深いテントの前に立ち止まる。
「絵だ・・・・・ 」
絵の具の色が変わるから、日差しに晒せない絵。土産用の風景を描いた、いろんな大きさの絵が、テントの中にひしめくように飾られている。
昨日のことをすっかり忘れていたセダンカは、これを見て思い出し、少し覗こう・・・と、テントに足を踏み入れる。
どの絵も、町の様子や、町の外の風景、他はハイザンジェルの自然と思われる雄大な場所を描いたもので、とても伸びやかな印象だった。
決して王宮画家のような上手さではないが、味があると言うか。心に染み渡る、素朴で優しい、明るい絵。『彼女の絵みたいだ』微笑むセダンカは、一枚の小さな絵を見つめ、顔を近づけた。
壁に掛かったその絵は、額も入らず、板のままで背の金具に吊るされている。その絵は大きな川が描かれていて、川の手前に土手があり、夕日が美しい絵だった。その絵が、妙に心を揺さぶる。
自分用に買って帰ろうかな、と値段を見たら『あれ』どこにもない。側に値札があるかと探してもない。
テントの中に人もいないので、どうしようかと、人を探す。
「すみません。このテントの人は」
テント裏に人影もないので、並びのテントに訊いてみると『そっち』と指差された反対側。
お礼を言って反対のテントへ向き直ると、派手な色の長いスカート、青いブラウスを着た、頭に色の鮮やかな布を巻く女性の後姿が見えた。
「女の人が描いているのか」
どうりで優しい筆遣いだと思った、と呟いて、セダンカは向かい側のテントで話している女性に『絵を買いたいのですが』と話しかけた。
「ああ、絵」
はい、と笑顔で振り向いた女性は、セダンカを見て笑顔が固まる。セダンカも彼女の顔を見て、口が開いた。
「ヴィダ」
「セダンカ?」
大きな黒い目。豊かな長い黒髪に茶色い肌。長い睫、つんとした小さな鼻。ふっくらした唇。子供のように小さな顔。華奢な肩は『君は、そのまんま』口を付いて出た言葉は、過去の彼女を重ねた言葉。
「セダンカなのね。久しぶり・・・ああ、まさかこんなに早く会うなんて」
「君は、絵を。絵描きになったの?」
「違うわ」
笑った彼女は、それまで話していたおじさんに『知り合いなのよ』と挨拶し、セダンカの腕をちょっと押して自分のテントへ戻った。
テントへ戻るまでの時間、僅か20秒。その20秒で、セダンカの心が熱くなる。
自分の肩の辺りに、彼女の頭があり、昔と変わらない彼女の香りに嗅覚が反応する。この香りを忘れたことはない。何度も探した。彼女と別れた後も、何度も。どこに行っても同じ香りがなかった。
ぼんやりと記憶に酔っていると、テントの中に入ったヴィダは、水差しから水を注いでセダンカに渡す。水を湛えた、冷たい銀色の金属の容器。これもそう、これも昔。そう・・・・・
思い出が次々に蘇り、微笑が深まるセダンカ。
そんな彼を、ヴィダは少し見つめてから『今日はどうしてここへ』と先に用事を聞いた。笑顔だが、その目つきに何も期待していないと分かる。
セダンカは仕事で来たことと、夕方までは一人だとすぐに伝えた。『私は付き添いで来たから、今日は宿泊で』セダンカがそう言うと、ヴィダは頷いて椅子を勧めた。
「座れそうね。話す時間、ありそうでしょう?」
「あるよ。今から作る」
アハハと笑ったヴィダに、セダンカも笑う。この、快活な笑顔。開けっ広げで可愛い笑顔が、大好きだった。あれから25年も経ったのに、彼女は何も変わっていない。
「あのね。呼んだわけじゃなかったの。だけど、あれを出したら、そのうち会えるかなって」
「それが、あの絵」
昨日届いたよ、とセダンカが教えると、ヴィダは少し笑って水を飲み、大きく息を吸ってから、きっちりした格好の男を見た。
「迷惑かなとは思ったの。だけどね。そろそろ、ほら。効力も切れちゃうし・・・覚えてる?」
絵を送った理由は、仕事の責任もあるのよ、と彼女は言うが、その嬉しそうな口元を見つめ、セダンカは『あの絵で私を呼んだ?』そう訊ねてみた。
ヴィダは頷く。大きな黒い目が艶やかで、顔を寄せて覗き込みたくなる。魅力的な長い睫が、何度も瞬きして、吸い込まれていくような気持ちを味わう。
「正直を言えば。そうね、描いたら。いえ、送ったら。きっと会える気がした。でもこんなに早くとは思わなかった」
笑顔で首を振るヴィダ。セダンカも笑って『君の効力』と答えた。
午後の熱を含んだテントは少し暑く、二人はひしめく絵の中で、言葉を切って微笑み、見つめ合う時間。
――25年前。彼女と出会った。
まだ王城に勤めて3年目。嫌な仕事ばかり任されて、駆けずり回っていた頃。
当時は、前王の統治だったのもあり、力のある貴族の重圧もすごくて、入った3年目の若者は、理不尽な王城の仕組みにくたびれていた。
若いセダンカはある日、胃を壊した。笑顔で、嫌がらせに応じている最中、血を吐く(※皆が悲鳴)。
その状態から暫くの間、病院に入り、退院する手前で『心の療養もしたら』と医者に勧められた。
この際だから転職も考えようと、本気で思ったセダンカは、実家に戻って休むと告げ(※実家は王都内)ぶらり一人旅へ。
『牛乳と川魚を食べなさい』
お医者さんの、お腹に優しい忠告を頼りに、セダンカは東へ向かった。
その時、ぶらり一人旅でも、遠出をしたことがなかったので、最初に見えた川に近い町へ辿り着く。
その時の町は、ここではなく。方向的に間違えていたため、東じゃなくて南へ動いていたセダンカは、南の町で滞在(※着いてから気がついた)。
何をするわけでもなく。午後に着いた町で食事処へ行き、川魚をひたすら食べた。
人生を考えるために、川を見つめる場所に座り、夕日が落ちるまで座って。と思ったけれど、川沿いは虫がすごくて、セダンカに長居は出来なかった。
結局、宿の部屋で休むのが、一番性に合っていると分かり、宿に向かう初日の帰り道。
通り沿いに、派手な馬車が何十台も停まるのを見て、初めて馬車の民を知った。
不思議な異国情緒。自由なんだな、と思うと同時に、彼らが国に属していない気もして、近づき難い感じを受けた。
セダンカは足早にそこを通り過ぎ、宿のある通りへ出た。すると、誰かが呼び止める。
振り向くと通り過ぎた店の軒下に、台を置いた占い師。その台には透明の丸い石。彼女は意味深に『あなたが見えるよ』と言うではないか。
口しか見えないくらい、目深に下ろした、飾り布。茶色い肌の両腕に着いた、金属の装飾。
これは、さっきの馬車の民か、と気がついて『お金は持ってないですよ』と先に言った。
「最初は無料。聞きたきゃ有料。どう思う?」
「最初は無料・・・本当ですか?続きはどうやって分かるんですか」
「そうだね。『最初はここまで』と言ってあげるよ。どうする」
セダンカはもう一つ訊ねる。『じゃ、続きは幾らなんですか』ふっかけられると聞いたことがある。先に確認は大切だなと聞いてみると、占い師は、顔に垂らした布を持ち上げてセダンカを見た。
「私の食事、一食分」
セダンカは彼女を見て、恋に堕ちた。『今。食べに行っても良いよ』思わず言った言葉は、それだった。
彼女はセダンカを見て笑い、『占ったらね』と椅子を勧めた。その時に聞いた占いの内容は、殆ど記憶にない。ひたすら彼女を見つめ、続きは?と聞かれた時に『そこの店が美味しかった』と答えた。
25年前、ヴィダとの出会いはこれが始まりだった。
お読み頂き有難うございます。
3回で終わるか。4回まで持っていくか、悩んでいます。
どちらにしても、楽しんで頂けるお話をお届け出来るよう頑張ります。




