11. セダンカと魔法の絵~二枚の絵
『こんな俺でも~』第四回の主人公は、王城勤めのセダンカ・ホーズです。
真面目な男で、真面目な職に就いた、真面目一本の人生のような人ですが、裏側が『こんな俺』なので、こちらに連れて来ました。
「今日のお手紙。お机に置いたからね」
「有難う」
「まだ煮込みが足りないから、お夕食・・・後20分くらい待ってもらって良いかしら?」
「大丈夫だよ。今日は、全然動かなかったから・・・それほどお腹も」
言いかけて、振り返ったセダンカは、質問した相手が、既に階下に消えたのを知り、言葉を終えた。
そのまま、上着を脱いでフックに引っ掛けると、書斎の机に置かれた手紙の束を見る。時計に目をやれば。
「7時。私は今日、早上がりだったな」
皮肉なもののように感じる、いつもより一時間早く帰った日。
それをどう感じるかは、相手への期待なのか。気にしないようにして、小さな嫌味を心の中で屑篭に捨てた。
「手紙・・・そんな大層な代物じゃないだろう」
呟きもバカにするような。疲れる日常の一端に似て、嫌みったらしい自分に苦笑いするセダンカは、窮屈なきちんとしたシャツを脱いで、簡単な寝巻きのチュニックに替えた。
机の上は見たくもない。手紙云々もだが、自分の書斎にまで妻は入り込んで、やれ『手紙』だ『届け物』だと置いてゆく。
「私の監視だろ」
どうでも良いような、妻の癖。どこまで疑われているのか知らないが・・・いや、信用されていないだけなんだろうが、『鬱陶しい』本音を口にすれば、その一言に尽きる行為の数々。
「暇なら、知り合いでも家族でも引っ張り出して、私の不満でも言い合えば良いじゃないか」
自分は妻を、自分なりに愛していると思うが。結婚して20年以上経つと、どんな女性もそうなるのか。毎日毎年同じことをし続ける、献身的な夫に『愛情が薄れた気がする』と言い始める。
――同じことを。繰り返し。習慣化してまで。自分の喜怒哀楽の基準を外してまで、常に一定を保って、与えているはずなのに。
言い方は悪いが、『与えられている一方で、何不自由なく暮らしているはずなのに』それでも、彼女の思う、愛情が薄れた理由を地味に探すのだ。
「例えば愛情が薄れたとして、それが君に何の支障を与える結果になるんだ。
家があって、好きなものを食べて、好きな時間に動けて。私のためと言わず、『自分のため』と切り替えたところで、限られた家事をこなすくらいの仕事量。
自分が知らない間に入ってくるお金で、友達と飲み食いして旦那の文句を言い続けられる生活を、私に取り上げられるとでも心配しているのか」
抱き締めようとすると自分から嫌がるくせに・・・小声で落とした、溜め息交じりの本音。セダンカは、長い髪を一まとめに結び、机に顔を向ける。
「で。何だって?手紙ね。手紙・・・王城で会うんだから、王城で渡せよ」
段々、口の悪くなるセダンカは、普段の不平不満も少しずつ口を突く。自分宛に来る手紙なんて、どうでも良いものばかり。
自分のいる部屋に直に届ければ良いだけ・・・手紙の送り主は、同じ王城に勤めている輩ばかりなのだ。どーして、わざわざ税金で印紙を買ってまで、バカ丁寧に規則に沿って封筒を送るかな・・・と思う。
「バカの一つ覚えだ。『印紙一枚で飴一個』程度と思っている、バカだらけだ。
その飴一つ買えない立場の人間も、王城を出れば幾らもいるのに。毎日、誰かが足元をすくわれて、ひっくり返るんだ。
自分たちは彼らの命綱を、『税金』と正論のように引っ手繰る金で、家も建てて、好きな時にご馳走も食べて。それなりの教育を受けただ何だと・・・止めよう。バカらしい」
同僚を蔑んでも、自分も蔑み続けているセダンカ。自分も変わらないじゃないか、と思う。
王城に勤めて、もう人生の半分が過ぎる。外を知ることのない自分が、何を言えるんだろうと思うと、嫌な気持ちに落ち込む。
最近はことに、それが増えた。救えない人々が増えて、無力を痛感し、仕方ないと自分に言い聞かせ、自分の力量の範囲を確認し、自分を慰め、気持ちに抗う。この繰り返しを、毎日――
大きな溜め息と共に、時計を見たセダンカは、『後・・・10分ないのか』夕食の時間を思うと、気が重い中、のろのろと机の一角に詰まれた『重要なお手紙』と、面と向かった。
「面倒な。何だ、これ。朝、話していたやつじゃないか。こっちだって、昨日のことだろ?何でこんなに、他人のことを見て見ぬ振りで生きられるんだ・・・・・ 」
税金だけで成り立っている王城の連中。いや、違う。税金と、貴族の出資。この二つ。貴族の出資を『心ある援助寄付金』と称し、その心ある寄付金を、年末になると『寄付金の返却』とおかしな言い方で、丸々返すのだ。誰の金かって、国民から巻き上げる金で。
セダンカは、自分の仕事の良い部分を探したい。
ここ数年、毎日、どこかでそれを思う。文句ばかりで辞めたくもなるが、辞めるに辞められないのは『奥さん』がいることと、それは隠れ蓑で、本音を言えば『私が・・・他に何も知らない』それがある。
同じ給料をもらえる仕事に就けないだろうことは、30を過ぎた頃に理解していた。
今や、40も後半。そんな自分が、幾ら『高給取りの王城勤めだった』と言ったところで、どこの誰も雇って同じ給料をくれはしない。
一生これか、と気がついたのが遅かった―― それを言い訳に、日々仕事に使われる自分の失態を受け入れる。
性格上、何でも頼られては引き受け、結局、セダンカの仕事が増える結果を繰り返す。
『クソ面倒』な手紙の封筒を、ぞんざいに破っては、中を摘まみ出して一瞥し、『まったく、毎日毎日よくやるよ』を呟き続けた。
そして、20通近くあった封筒を2~3分で破り捨てた後、最後から3通目の手紙を、手に持った。
その重さと硬さに、セダンカは止まる。封筒は王城のものではない。町の呼び込みでもない。銀行でもなければ、業者の封筒でもない。
特別ではないが、封筒は、雰囲気のあるざらっとした紙で、中身は『板?』指の腹に、板のように感じる感触が。紙が入ってはいない。
ゆっくりと手紙の裏表を返してから、じっと宛名の文字を見つめた。宛名は自分。それは分かるが、送り主は筆記が蛇のようで全く読めない。この字体。どこかで。
「もしかして」
ハッとした気づき。過ぎった小さな思い。封筒を開ける前に躊躇った時間を後悔したように、セダンカは机の上の小さなナイフで、急いで封を開けた。
「やっぱり」
切った封の隙間に見えた、薄い板。その板に貼りつく色とりどりの絵の具。
取り出して小さな板に描かれた絵を見つめ、立ちっぱなしだったセダンカは、書斎の椅子に回り込むと、ゆっくりと椅子を引いて腰を下ろし、両手に板を持って、目の前にした絵に魅入った。
「まだ・・・私を覚えていてくれて。良いのに。こんな・・・まだ」
セダンカの目に、うっすら水の膜が貼る。ランタン2つだけの、暗い書斎の明かり。仕事に疲れた男の目に光る涙と、その涙に映る向かい合った小さな絵が、橙色の光を控え目な明度の輝きで宿す。
小さな板に描かれた絵は、セダンカが、一度見たことのある絵。
机の引き出しを引き、重なる重要書類の奥に、片手を差し入れて、手触りで一通の封筒を取り出すと、それを机の上に置いた。手に持っていた、届いたばかりの絵を横に置き、古い封筒の中を丁寧に取り出す。
古びた封筒は、ところどころ虫が食っていて穴もある。それでも捨てられない封筒の中に、セダンカがハンカチで包んだ板が入っていて、ハンカチを解いて現われたその板を、久しぶりに目にした。
「少し・・・変わったかな。少し。どこで知ったのか。それとも、そう見えたのか」
並べた絵は同じような絵で、二枚の違いはある物とない物が。
セダンカが取っておいた古い絵には、若いセダンカと女性、その間に子供があり、背景に白い家と緑の庭木、そして晴天。
今日、手にした絵は、セダンカと女性は描かれていても、子供の姿はない。背景の家と緑も変わらず、晴天もそのままだった。
机に並べた二枚の絵の上に顔を近づけ、セダンカはしんみりとその絵を見つめる。
絵の中の自分を模した男は笑顔で、小さな絵だから雰囲気だけだけれど、その顔は『幸せそうだ』指でそっとなぞる、絵の表面。盛り上がった絵の具が、何度も筋を引いているところから、丁寧に丁寧に描いてくれたと知る。
「あなたは。いつまで私を・・・・・ 」
震える声と、浮ぶ涙。並べた絵を見つめる時間に、階段を上がってくる足音と一緒に『食事よ』の面倒そうな声が聞こえた。
さっきまでのセダンカなら、イラついた気持ちを押さえ込み、朗らかな笑顔で『有難う』と扉を開けるのだが、今のセダンカは『すぐ行く』と、扉に向かって大声で返しただけだった。
実際のところ、扉にさえ、顔を向けていなかった。その目は二枚の絵を見つめ、左手の指は届いたばかりの封筒に触れていた。封筒をなぞり、微笑むセダンカ。もう少し、こうして居たかった。
そのざらっとした感触に、素朴で温かい優しさと―― 愛情を感じて。
お読み頂きありがとうございます。
次回投稿日は未定ですが、間を空けずに出す予定です。
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