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こんな俺でも  作者: Ichen
エンディミオン淡恋歌
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1. エンディミオン淡恋歌~想い人の時

 

 明るい空の時期になると、必ずあの人が来る。


 今年で、何十年目だろう。数えていないけれど、お互い年も取った。



 窓を開けて、朝の空気を取り込んだサヴェジェヤは、髪に白い線の入る、寝起きの様子を鏡で見て、小さな溜め息を落としながら、櫛を手に髪を梳かしてきちんとまとめる。


 こんな白髪を彼が見たら。来年は来ないと言うかも――


 月日の流れは早いような、遅いような。結婚もしないままに、サヴェジェヤの人生は進んでいく。


 誰と結婚をしたこともない。特にそんな意識もなかった。

 若い頃、小さな施設で勤めに入ってから、職場もそのまま。同僚は殆ど結婚したが、離婚をする人も少なくはない。自分はいつでも、彼女たちの悲喜こもごもを打ち明ける『絶対的独身主義』の金枠の中にいた。


 付き合った人くらいは、いる。付き合っても、長続きしなかっただけ。


「彼は。私を好きだから、来てくれるんだと思う・・・けど。あの人も、分からないわね」


 きっとこのまま、年を取って終わるんだろうなと、皮肉を呟いてちょっと笑うと、サヴェジェヤは仕事の用意をする。


 施設の近く。向かいの通りを挟んだこじんまりした一軒屋が、サヴェジェヤの住まい。

 施設も町外れで、この家も辺鄙な場所にあるが、町自体は店がどこにでも出ていて多いし、周辺で用事が済むので、引っ越すこともなかった。


 子供の時、全然覚えていないけれど、馬車でこの町へ来て。その頃は何にもなかった。出来たばかりの町とかで、親はいつも家具を作りに出かけ、一人っ子のサヴェジェヤはこの家で籠もって過ごした。

 年頃になると、親は二人ともあっさり病気で死んでしまい、サヴェジェヤは、近所の人の薦めによって、近くの施設で仕事をするようになった。


 知らない間に町は賑やかになり、表に関心もないサヴェジェヤが、ある時、気が付けば、王都に近い風変わりな町として知られるようになっており、立ち寄る旅人も多い、活気のある町になっていた。



 そんな町に暮らしながらも、非常に地味に生活するサヴェジェヤ。


 職場へは、寝坊しようが大雨だろうが、5分も掛からない近距離。仕事と家の往復に時間が掛からないものだから、家にいるか仕事場にいるか。本当に仕事漬けのような人生にも思う。


 でも特に、興味のあることも趣味もないため、それもそれ。食品店も医者も日用品売り場も近所。出かけもしないし、お金なんて、ほぼ使わない。それで気が付けば『もう50か』あーあ、と漏れる声。


 50歳の誕生日が近い自分に、誰が花をくれるんだろうかと、自嘲気味に言いながら、棚の扉を開けて花瓶を出すと『私があげるの』と自分で答えた。



 自分で自分を愛していなかったら、誰も愛せないもの――



 サヴェジェヤの細い体を、職場の制服である質素なワンピースが包む。言い訳のように、毎日に近いくらい、この言葉を口にしながら着替えると、軽く化粧を済ませ、化粧台の上に出してある布のバッグに、引き出しから袋で引っ張り出した、大量の薬を突っ込む。


 紙にペンで薬の数を書き入れ、ぶつぶつ『昨日。何錠飲んだかな』と眉を寄せる。薬の種類が多過ぎて、時々数を忘れるので、朝昼晩の線を記録帳に引き、書き付けることにしている。


「やだやだ。年取ると、あちこちダメになってくる!」


 お医者さんも、薬ばっかり渡さなくても良いのにね・・・とか何とか。朝から独り言をずっと口にして、サヴェジェヤはバッグを手に玄関へ行き、コートハンガーに掛かった、薄いストールだけを引っ張って、家を出た。


 戸に鍵を掛けて、小さい前庭の様子をさっと眺めると、明るい日差しの差す朝の道へ出て行った。



 職場では、本当に毎日同じことの繰り返し。見なくても出来る気がしてくるが、さすがに手は抜かない。

 施設は休養所みたいなもので、大体のお客さんが長期で来る。中には『ここが家みたい』と冗談を言うくらい、年間で何回も利用する人もいる。


 サヴェジェヤの仕事は、利用者のチェックと部屋の手入れ、彼らの話し相手。休養所なので、食事は食堂。担当のお客さんじゃなくても、時間があれば施設内を案内したり、利用方法の説明もする。


 お風呂場や水場の備品を足したり、暇だと窓拭きなんかもするので、雑用だらけの仕事にも思うが、サヴェジェヤは別に、この仕事は嫌いでもなく。


 慣れてしまえば楽な仕事なので、それもあって、ずっと続いているんだろうと思う。


 難しいことは最初に覚えたし、それも慣れでどうにでもなってしまう。気をつけているのは、気配りを絶やさないのが注意点。

 休養で来る人たちの中には、とても心を閉ざしている人もいるので、常に気をつけるのはそのくらい。



 晴れる日が続くと、車椅子の利用者の施設内散歩にも付き添う。今日はそれを任されたので、サヴェジェヤはすぐにお部屋へ迎えに行った。


「おはようございます。今日は私がお手伝いです」


 部屋に入って、迎えてくれた車椅子の若い男の子に、笑顔で挨拶すると、男の子は金髪の寝癖を押さえつけながら『どうも』と短く、愛想のない返事を返す。


 こういう人もいる。サヴェジェヤは彼の了解を取りながら、細かく確認して、車椅子を押して廊下へ出る。


 彼はもう1ヶ月目。車椅子を使うけれど、歩きたくないだけの若者で、『無気力・脱力著しい』と、忙しい親に連れて来られた子、と聞いている。


 最初の日から一週間は、部屋から出なかった。食事は全部運んでもらい、風呂などの世話も断っていたし、職員が出て行っても扉さえ開けなかったが。

 8日目に『車椅子を用意してくれ』と中から声がして、施設にある車椅子を貸し出すと、少しずつ呼ばれるようになった。

 この町は馬車の町とも呼ばれるくらい、馬車作りを生業にする人が多い。車輪を付けた椅子を作る発想も、この町から生まれたことから、小さな施設にも車椅子が豊富にある。噂では、車椅子は国内に需要があるらしかった。


 サヴェジェヤは、木製の車輪を付けた椅子の、背に添えつけられた握りをしっかり持って、無愛想な男の子の注文に付き合う。


 花壇を見たいとか、あの木の下に行きたいとか。その程度のささやかな要求に、はいはいと付き合って、お昼まで何となく過ぎてしまった。

 特に会話はないけれど、外に出ると気分が軽くなるのか、男の子は『食堂』と見上げて行き先を告げる。彼を食堂へ連れて行くと、珍しく一人前の量を頼み、後は。


「もういいよ。他の人頼む」


 だそうで。サヴェジェヤは挨拶して下がった。それから、自分も昼食。施設の賄いを受け取って、食事をしながら、担当した男の子の様子を記録用紙に書き、食べ終わると同時に提出箱へ紙を置く。


 それから午後の部。別の若い職員の女性を連れた(※押させてるだけ)さっきの男の子を見て、やれやれと笑うと、いつもの担当のお客さんのところへ急いだ。



 残業は滅多にない仕事で、交代勤務。交代は、若い頃こそサヴェジェヤも受け持っていたが、30近くなった頃に、施設の方針が変わったとかで、女性の交代勤務は廃止。女性は日中だけの勤務になった。

 何かの事件があったらしいが、『大きなことではなかった』と伏せられて、職員を脅かさないためだったのかと、皆で囁き合ったのも、随分昔のこと。


 こんなことなので、サヴェジェヤを含む日勤の女性たちは、今日も夕方の5時を回る頃に帰宅する。


 友達に挨拶してから、サヴェジェヤは家に戻らず、反対側の道へ歩いた。少し歩くと、花屋がある。サヴェジェヤが花を買いに50mくらい進んだところで、後ろから名前を呼ばれた。


「何だ、フィリエ。どうしたの」


「サヴェジェヤこそ。どこか行くの?今日、私この先のお菓子屋さんに行くのよ。一緒にどう」


 同僚のフィリエは40代前半。サヴェジェヤと長い付き合いの友人で、結婚して離婚して、子供一人。

 並んで歩くフィリエが『娘がさ。赤い実のお菓子が食べたいって言うの』いまの時期にあるかしらね、と困って笑う。


「サヴェジェヤは?何か買うなら、付き合うけど」


「私は花を買おうと思って。庭の花がまだ少しだから、切るのが勿体無くて」


 ああ、と頷くフィリエは、お菓子屋さんの手前にある花屋に付き合う。一緒に選んで、小振りの花束を作ってもらうと、次はフィリエのお菓子。サヴェジェヤも足を伸ばした序、あまり食べない綺麗なお菓子を買って、施設まで二人で戻ると、そこからそれぞれ家に向かう道へ。


 手を振って『明日ね』と挨拶し、サヴェジェヤは花束とお菓子の袋を抱えて、自宅へ帰った


 家の鍵を開け、扉の横のポストを見て。『手紙?』滅多に手紙なんて来ないのに、少し汚れた感じの封筒を摘まむ。


 差出人は書いておらず、サヴェジェヤの名前が書かれた封筒。何だか気持ち悪いな、と思いつつ、サヴェジェヤは玄関に入る。ストールをハンガーに引っ掛け、居間へ入ってすぐ、花束を花瓶に移すと、食卓にお菓子の袋を置いて長椅子に座り、手紙を調べた。



「誰だろう。名前だけなんて」


 警戒しながら、砂埃の付いた封筒の上を少しずつ千切って開ける。手紙なんて。本当にどれくらいぶりなんだろ、と呟きつつ。着替えもしないで夕方の蝋燭を点ける前に、封筒を開く。


 中から一枚の折りたたんだ紙を取り出し、サヴェジェヤは儀式のようにその紙をじっと見つめてから、両手で挟み『変な手紙じゃありませんように』と祈りを捧げ、ゆっくりと開いた。


『明日の朝。()()()()()()を見に行くよ』



 手紙に書かれた短い文を読み、サヴェジェヤは目を見開く。

 慌てて立ち上がり、大急ぎで表へ出て、少し暗くなり始めた夕暮れ時の道を左右見て『どこにいるんだろう』と高鳴る胸を掴んで呟く。その顔は嬉しさに上気し、少し冷たい風の吹く春の夕方でも、熱を見せた。


 差出人の姿は見えるはずもない。『明日・・・明日、休もうかな』嬉しくてオロオロするサヴェジェヤは、戻ってきたばかりだけど、もう一度ストールを肩に掛けて、手紙をバッグに入れ、そのまま施設へ走った。



 雨上がりの空――


 あの人が、私の目を見て、微笑んで呼んだ言葉。『お前の目は、雨上がりの空みたいな色』


初めて書いてみる、短いお話です。

次も続きますが、この章は2部予定です。


副題名の「エンディミオン」が誰かをご存じない方のために・・・ 

彼は本編『魔物資源活用機構:339話』で初登場ですが、これが後半登場のため。

彼について内容が始まる、次の340話が人となり、分かりやすいかも知れません。 


⇒ https://ncode.syosetu.com/n1028fs/340/

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