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誘う女。

作者: 三毛猫大和


 電車に乗る理由は人それぞれだが必ず降りる駅がある。

しかし、N男に決まった降りる駅はない。それなのにN男はここ毎日電車に乗っている。

N男は電車を目的地の駅に行くために利用しているのではなく、とある目的の為だけに電車に乗っている。N男の目的は痴漢行為だ。


 N男は元々電車を利用しているワケではなかった。会社勤めをしていた頃は同い年の友人や知人達に見栄を張ろうと高級車に乗って会社に毎日通勤していた。だが、思いもしなかった時に突然やってくる不景気の波が押し寄せてくるとN男が務めている会社の経営が傾き、リストラの嵐にN男が巻き込まれた。勤続10年以上、残業を断らず、口うるさい上司に逆らわずに歯についた青のりでさえ褒め、媚びを売り続けて来た上司からリストラを言い渡された。


「こんな会社こっちから辞めてやる。」


プライドの高いN男は自分が会社に必要ではなくなったのではなく、こっちから会社を辞めたんだと自分に

言い聞かせて開き直ったのはいいが、職業安定所に行ってもN男が見下している会社ばかり紹介され満足する結果は得られずに自分よりも年が若い職員の無表情を装って見下しているのを隠している眼差しがかえってN男のプライドが傷つくだけであった。プライドに時間を取られ金も尽きてくると、とうとう高級車を手放した。その頃のN男は会社の面接へと向かう為に電車に乗る目的があった。満員電車に乗っては人並みに押され、香水臭さとでかいおしゃべり声にぶつかってもあやまらない無責任な人々に耐え忍び、N男はさらなるストレスがたまり、そのストレスの捌け口を求めていた。

 突然、電車が激しく揺れた。体が後ろへ引き釣られそうになったがつり革を強く握って体を安定させた。その時、胸にやわらかい物が触れた。いきなりの事で柔らかい物が何か頭の判断が追いつかなかった。するとN男の前にいたスーツを着た女性が顔を赤らめて恥ずかしそうに向きを変えてN男に背を向けた。N男は触れた物を理解した途端、思わぬ幸運で頭に血が上りそうになった途端に急に冷静になり痴漢で捕まるかもしれないとパニックで動揺した。幸い、電車が次の駅に停車し、この時を逃すまいと面接予定の会社から最寄りの駅ではないのに電車に出ると駅のトイレの個室の中へと速攻した。激しい呼吸が収まらないまま自分自身を落ち着かせる言葉をなんでもいいから思いつこうとした。

だ、大丈夫。男子トイレの中までは追ってこないはず・・・第一あれはそう、事故だったんだ。痴漢だと思ったらあの女性はすぐに声をあげるか、俺に背を向けなかったはずだ。でも、そうしなかった。つまりあれは偶然起こった事故だ。

そう何度も自分自身に言い聞かせると、ふと、大事な事を思い出した。面接開始時間までに会社に行かなければらない。N男は腕時計を見た。午前10時36分。次の電車まで10分以上は待たなくてはならない。そうなると会社の面接時間までには間に合わない。いいや、そんな事よりも今は逃げる事が先決だ。会社の面接に間に合わなくても一生は台無しにならないが、逮捕されれば一生の汚点になる。N男は女性が駅員に訴えている事を考慮してN男の特徴である上着のスーツとネクタイを解き、意を決してトイレの外へと出た。周りを見渡してみるとN男の事など眼中に入っていないかのように自分しか見えていない人の波が途切れずに続いている。

そうか。誰もが他人の事なんて興味ない。電車の中で迷惑行為をしても誰も叱る人がいないじゃないか。女性が痴漢されたように見えても、通報する勇気がある奴があの中にいたのか?N男は自分の事しか見えていない人々の波に入った。逃げるように走ると怪しまれるから周りの歩くペースに合わせるように歩いた。すると波にすっかり溶け込んで波は同一化し、N男は他人の事など興味ない一員になって階段を昇って反対のホームへと向かうとちょうど、電車がやってきた。扉が開いて電車に乗った。これでひとまず安心だ。そう思った時、ホームに黒い制服を着た二人が見えた。ぎょっとした。だが、二人の駅員は別れて一人は改札口へと向かい、一人はN男が乗る電車の運転席へと向かった。そして電車は動き出した。N男は偶然の事故が起きた駅から離れられて安堵しだが、顔を上げると自分の周りにいる乗客が自分をまるで犯罪者を見るような目付きで見ているんじゃないか?と疑ってしまい気のせいに違いないと別の事でも考えようとポケットからスマホを取り出した。その途端、着信があった。



ひぃぃぃぃぃ!!!



警察からか!?とN男は恐る恐るスマホのディスプレイを見た。面接予定の会社からであった。電話は無視して家に帰った。そして何事もなくその日は過ぎていった。だが、心のどこかで会社の面接に行かなくても済むきっかけを求めていたのかもしれない。

次の日、N男は電車に乗った。今日も満員電車。職業安定所がある駅でN男は止まるかと思いきや、通り過ぎて行った。N男が向かうのは降りる駅ではない。たった一人で電車に乗り込んだ女子高生だ。顔を見られないように後ろから女子高生の背後に忍び込み、激しい急カーブを電車が曲がると電車の中も揺れ、女子高生は体が後ろに傾いた。


さぁ、こい。


N男が心の中で呟いた声が天に届いたのかN男が下に降ろしている片手に女子高生のスカート越しにヒップが触れた。


きたきたきたきた


N男も女子高生も顔がヒートしていき沸点まで届きそうになる寸前で電車は次の駅に止まった。N男は急ぎながらも電車に降りる乗客の一人のように降りた。速足で男子トイレの個室へと入った。ここは女性なら入ってこられない聖域だ。下手に入るとかえって女性の方が変態になる。N男は女子高生のヒップを触った手を見つめた。まだ手には触れた感触が残っている。

昨日起きた奇跡の一瞬でN男は変わった。

N男は奇妙な達成感を感じていた。

昨日、起きた事は定年まで真面目に働き、金を稼いだとしても得られない快感とスリルがあった。恐怖もあった。だが、それ以上に興奮していた。性的と動物的本能の二つも同時に得られた。

トイレの中でN男は自分の手が誇らしいとさえ思えてきた。

これは自分を首にした上司にはできやしない。それを僕はやり遂げた!

そして自分は逃げきった。自分は勝ったのでは?勝った!勝ったんだ!!


味を覚えてからN男は電車に乗る目的が痴漢目的となった。ターゲットは一人だけで電車に乗っている訴える事が出来ない気が弱そうな女性ばかり。顔が見られないように女性の背後に回り、電車が揺れて身体も揺れた偶然を狙って女性の体に触れ、次の駅に電車が停車した途端にすぐに駅に降りて男子トイレへと逃げ込んだ。最初の頃は偶然を装って触れるだけであった。だが、成功していく次第にN男の行動はエスカレートしていき、女性の体に触れるだけではなく、愛撫をしたり、自身の体を押し付けてみたりするようになった。背後から女性が嫌がる素振りや泣きそうになっているのを感じてはいるがN男はもう女性をモノとして扱っていた。抵抗できない女性をむしろ喜んでいるとN男の都合のいい世界を作り上げていった。その都合のいい世界はN男に現実を忘れさせるのに便利だった。


 N男は今日も痴漢行為をして逃げる為に初めてO駅に降りた。

ふーん、知らない駅だな。

その程度の感想しか抱かなかった。人は数える程度にいるが周りにコンビニがなく、潰れて長い間テナントのままの店がずらりと並び全体的にさびれている。退屈な場所に来てしまったと思ったその時、N男の鼻にかすかにラベンダーの匂いがかすった。今、N男の横を通り過ぎていった黄金色に染めた長い髪をなびかせて、短いスカートから肉付きのよい太ももが覗く女子高生からその良い匂いがした。N男は女子高生の後をついて行った。N男がターゲットにする気の弱そうな女性ではないのになぜか体が乗っ取られたかのように女子高生の後について行った。そして気が付けばN男は女子高生が向かうプラットホームの電車が横切るぎりぎりのラインまで足を進めた。

あと一歩で女子高生に触れられるとN男は手を伸ばしたその時、背後から強く肩を掴まれて後ろへと引っ張られた。N男が驚いて後ろを振り向くとそこに真っ青な顔をした中年男性の駅員が立っていた。


「いきなり何をするのですかっ!!」

「それはこっちのセリフですよ!ホームから飛び降りようとするなんて死にたいのですかっ!?」

「???何の事を言っているのかさっぱりだ?身に覚えがないぞ???」


ふと、視界に足元が見えた。N男が立っている先はプラットホームのギリギリのラインでN男の横に電車が風を斬って横切った。

あと一歩足を進めていたらN男はホームから転落して電車にひかれていたかもしれない。


ひいいいいいいいいい!!!!!


N男は腰を抜かしてしまった。ひんやりと冷たい汗が下着と背中にべとっと張り付く。まるでもう死んだかのよう。止まった電車から降りてきた人々が不思議そうに腰を抜かしているN男を見ながら横を通り過ぎて行った。電車から降りる乗客を見た時、忘れていた事を思い起こした。


「女子高生がいないっ!」


N男は電車を見た。電車の中に先ほど見た女子高生らしき人物は乗っていないまま電車の扉は閉まった。次に電車から降りた客を見渡したが女子高生らしき人物はいなかった。


「女子高生?そんな人いなかったですよ。」

「いや!髪の長い女子高生が自分より前にいたんです!」


ようやく点と線が繋がったのか駅員さんは一人で納得したかのように妙な相槌をしだした。


「ああ、なるほどね・・・・」


落ち着きを取り戻してきた頃、駅員さんがN男の手を引っ張って立たせるとプラットホームから少し離れた駅員室へとN男を入れさせた。駅員室で二人は椅子に座ると駅員さんの重い口が開いた。


「昔、電車の中で痴漢にあった女子高生がいてですねー‥‥」


N男は一瞬自分の事を言われているんじゃないかと錯覚してきょどった。


「勇敢な子でしたようで痴漢をした男の腕を捕まえてちょうど止まった駅に二人で降りて女子高生は痴漢を我々に差し出そうとしたわけですよ。」


N男は話が他人事じゃない気がしてきた。


「ですが、痴漢も抵抗しだしてね。二人でもみ合っている内に女子高生が駅のプラットホームの下に突き飛ばされたんですよ。その時、ちょうど電車が来まして・・・・その女子高生は電車に跳ねられてお亡くなりになられたんです。その事件が起きた場所がまさにあなたがホームから落ちそうになった場所なのです。」

「まさか!僕が幽霊でも見たとでも言いたいのですか?女子高生ってどこでもいるじゃありませんか!」

「ええ、確かに似たような女子高生は何処にでもいますが、その事件以降あのプラットホームではよく人が線路に落ちて電車にひかれて亡くなるのです。」


N男はそれ以降、近所のコンビニでアルバイトを始めてまじめに働いた。

だが、まだ就職先を探そうとしないのはもう二度と電車に乗れなくなってしまったからである。


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