01 探し物
姫というのは高嶺の花
届くはずのない遠い存在
それに手を伸ばしたところで
結果は見えている
この手も心も
けっして届くことはない
それをわからず手を伸ばした
これはある愚民の物語
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あるところにひとりの男がいた。その男は山の奥でひっそりと独りで暮らしていた。
朝は山から街へ下りて仕事へ、昼は食事をする暇もなく、夜は0時をまわってまた山へ・・・・
男はそんな毎日を繰り返していたので、特別親しい友人もいなければ、恋人なども当然いなかった。
男も好意を寄せている女などいない。しかしそれを寂しいと思ったことは一度もなかった。
生きていくのに友人も恋人も必要ない。人間とはある一定の距離を保っておくべきだ。
遠すぎず近すぎず、たとえ相手が誰であれ、少々離れ気味の方がいいのだ。それが当然だ。
男は人間不信だった。
男は今日も仲むつまじい男女を尻目に、ただ自分のためだけに仕事先へ足を運んだ。今日もいつもと変わらないはずの一日のはじまりだった。
男が街の中心へと足を踏み入れたそのとき、男の前に、地面にばかり目を向けて歩いている少女があらわれた。
このままでは男が避けなければぶつかってしまうだろう。男は無言で少女を避けようとした。
しかし男は、自分でも信じられない行動に出た。
「そんなに下ばかり見て歩いていると危ないでしょう」
なんと男は、その少女に声をかけたのだ。それも衝動的に。
少女には、自分よりはるかに大きいはずの男に驚く様子はない。
男は声をかけたことを少し後悔した。硬直状態になったからだ。いや、そもそも何故話しかけたりしたのだろう。いつもの自分ならありえないと、男は思った。
少女は2つの大きな瞳で男の目の奥をえぐるように見つめた。その瞳は教会のステンドグラスのように透明感のある翡翠色をしていた。
「ごめんなさい・・・・」
少女は少し申し訳なさそうな表情をし、男に謝罪の言葉を発した。
しかしそんな少女の瞳に、男の方は逆に申し訳ない気持ちになった。
男は言葉が見つからず、もう少女を放って行ってしまおうと思った。しかし少女はそれを許さなかった。
「あの、探し物をしているんです!・・・一緒に探して下さいませんか?」
突然、少女は思い切ったように両手を合わせてそう言った。予想もしていなかった少女の言葉に、男は思わず目を丸くした。
男は少し戸惑ったが、無視をして行くわけにもいかず、仕方なくこう言った。
「・・・・何を探しているのですか?」
そう言う他に何も思いつかなかった。機嫌の悪そうな男が協力してくれるとでも思ったのか、少女は嬉しそうに言った。
「黒いリボンです。これくらいの・・・・」
少女は小さな手で、探しているらしいリボンの長さを表現した。
だが男は呆れていた。たかがリボンひとつの為に地面に目を落として必死に探していたのかと。
リボンとは短く細いものだ。そしてここは人通りの最も多い街のど真ん中。途切れることなく大勢の人が往来する。これでは砂漠でビーズを探せと言われているようなもの。
そう思った男は探してやる気を失くしてしまった。男は少女に問う。
「絶対にそのリボンでないといけないのですか?」
少女はすぐに答えた。
「はい。それでないとだめなんです!・・・大事なものですから・・・・・」
そんな大事なもの失くす方が悪いと、男はそう思って少女にこう言い放った。
「・・・・それならもっと大事にしていなさい」
途端に、少女の顔は悲しみに染まった。失くしてしまったのは自分が悪いのだ。少女はそれをよくわかっていた。
涙を浮かべたその瞳は先ほどよりも美しさを増し、目の奥まで透けて見えてしまいそうだった。
まさか泣かれるなど思ってもいなかった男は、あせって声をかけようとした。
しかしそれは少女の言葉によって妨げられた。
「・・・・ごめんなさい。自分で探します。ありがとうございました」
少女は下を向いていたが、泣いていることも、無理に笑顔を作っていることも、男には明らかにわかった。
少女は小さくお辞儀をすると、男が来た方へと走って行ってしまった。