第93話 ガレット 1
私は父、レイモンド・シルヴェールと母、ビアンカ・シルヴェールの間に生まれた一人娘だ。
幼い頃、毎日のように屋敷に来る父の同僚が、父に向かって
『残念だったな。男の子じゃなくてよ。女の子じゃ騎士を継がせるのは難しいもんな』
と話しているのを聞いた。
父は何も言わなかった。が、それ以降その人物を見掛ける事は無くなった。幼かった私は父と仲の良かったその人が来なくなったのを不思議に思った。
それから私が成長する中、同じような事が度々起こっていると、成長した私は漸く理解した。それと同時に男として生きようと、そして父を越える立派な騎士になろうと決めた。
私はもう父から友人を遠ざけたくなかったのだ。
『父上! 私はこれから男として生きます!』
思い立った私は父にその事を報告しに行った。私は夢を語るような浮かれた気分で無邪気に話した。
『……どうしてだ?』
『私……じゃなくて、俺は父上と父上の御友人の話を聞いてたんです。俺が女の子だから騎士を継がせるのは難しい、と。それで思ったんです。俺が男になれば父上が悲しまなくてすむって!』
父上は驚いた顔をした後に申し訳なさそうな顔をした。
『マーガレット……聞いていたんだな……すまない。お前には苦労をかけたな……だが、俺の事なんか考えずに好きに生きなさい』
『はい! 好きに生きます! 頑張って立派な騎士になります! 悪者を倒して、色んな人を助ける凄く立派な騎士になります!』
『…………ふむ……そうか……じゃあ将来有望な騎士様にはこの剣を授けよう』
父上はソファーから立ち上がり、沢山立て掛けてある剣の中から、柄に真珠が装飾された剣を取り出し私に差し出した。
騎士は剣以外に魔法も使うので、私はもっと魔法を学ぶ為に魔法学校へ通う事にした。
お前は既に火魔法が上手いんだから学ぶ必要は無いと言われたが、私はもっと上達したかったんだ。
学校で魔法を学び、家で剣を学ぶ。
そんな私にも友達が沢山出来た。
友達と冒険者活動をして魔物の討伐をした。
学校で魔法を学び、森で実戦を学び、家で剣を学ぶ。
勉強尽くしだけど私は苦に感じなかった。その日々がとてもとても充実していたからだ。
そしてラモンと喧嘩した。
ラモンも悪いが私も悪かった。ラモンの事情を考えず一方的に自分の意見を押し付けたのだ。
その内口論は発展し、陳腐な罵り合いになった。
陳腐な罵り合いを止める為に私は話を戻す。
「ふん。話が逸れたな。俺は強力な魔物に出会さないようにするべきだと思っている。何なら、今日の魔物討伐は中止でも良い」
「…それこそ論外だぜ。金も稼がず一日を無駄に過ごすだぁ? ふざけんじゃねぇぞ……! ……はっ、もういい。お前らが俺の事を理解しねぇってのなら俺は一人で行く」
冷静な私ならラモンがここまで金に執着する事に疑問を抱いて、ラモンに事情を聞いていたが、頭に血がのぼっていた私は気付かずに、ラモンひたすら否定し続けた。
結果、怒ったラモンは一人で強力な魔物がいる森へ向かっていった。
真っ白に染められた私の脳内は小雨が頬を垂れるまで色を持たなかった。
自分の過ちに気付いた私はクドウ達に目もくれずラモンを追いかけた。
すると、後ろからラウラとエリーゼが追いかけてくるのが分かった。 ラウラとエリーゼが叫んでいるからだ。
私は二人に謝りたかった。私とラモンのくだらない諍いのせいで危険な目に遭わせてしまっている事を。
人を守るどころか人を怒らせて、無関係の人を危険な目に遭わせている。
これでは騎士失格だ。
私は目に溜まる後悔の涙を手の甲で拭いながらひたすらに森を駆けた。
やがて私の目に飛び込んで来たのは血濡れになって倒れているラモンと、ラモンを捕食しようとしている異形だった。
私は足を止めず、ラモンに手を伸ばした。手を伸ばしてどうするつもりなのかは分からなかった。
ラモンは首を動かして私を見た。
ラモンの顔は怯えに染まり、口元を震わせ口角を吊り上げながら縋るように笑い、目からは涙が溢れていた。