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第91話 アデル 2

 そんな勇ましい決意を抱いていた癖にボクはみっともなく戦っていた。


 ティアネーの森から犇犇と伝わってくる悍ましい気配に戦っていた。



 これは魔王では無い。

 それより圧倒的に下位の魔物だ。ボクはそれを直感で理解していた。 ボクに本来備わっている危機管理能力か、それとも勇者になった事による副産物か。


 ボクは魔王より弱い魔物に震えている。勿論、武者震いなどではない。情けなく怯えて震えているのだ。


 こんな無様を晒しておきながらなにが勇者か。なにが魔王討伐か。


 そう思いながらもボクの口は気の良い事を無責任に宣う。


「もし強力な魔物だったら被害が出るかも知れない。どうにかボク達で対処できないかな?」


 うんざりする。ボクの無責任さに。自分は膝を震わして怯えている癖に。あり得ない。


 一方、ボクと同じ魔王を倒すという使命を持ったクルトは冷静な判断が出来ていた。


「危険だよアデル。まずは騎士団に報告するべきだよ」


 近くで育ち、近くで学び、同じ使命を持った者。

 なのにどうしてこうも差が出るのだろうか。


 



 ボクはくだらない劣等感から逃げて、目の前の口論を黙って聞く。


 ガレットとラモンが言い争っている。

 この口論の始まりはラモンがボクの無責任な意見に同調した事からだった。


 ボクのせいで友達同士が醜く争っている。


 ボクは今すぐにでも走って逃げ出したかった。

 こんな情けない事を考える辺り、やっぱりボクは勇者を名乗るべきじゃないのだろう。


「ど、どうしよう。ボクが余計なことを言ったせいで……」

「いや、アデルは悪くないよ。二人とも正しいんだ。だからぶつかってる。危険を避けるのは当然。自分の生活のためにお金を稼ぐのも当然。ただ、ラモンさんの言い方が悪かっただけだ」


 気付いたら漏れていた、ボクの弱音を丁度聞いたクルトが励ましてくれる。


 そうだ。いつもそうだ。

 ボクが泣いていた時も、落ち込んでいた時も、悲しんでいた時も、ずっとクルトはボクを励まして支えてくれた。


 クルトはボクのお兄ちゃんのような存在だ。


 そんな存在とボクを比べるのは間違っている。

 ボクは劣っていない。ボクは弱くない。ボクは強い。



 そう、クルトの価値を引き上げる事によって自分の弱さ、情けなさを隠す。そうやってボクは自尊心を保つ。



 暫くして、それらの自分の醜い思考に気付いたボクは自分が本当に救いようのない愚か者だと気付く。


 そんな感じでずっとウダウダ自分を貶めていると、徐にラモンが話しかけてくる。


「…アデルはどうすんだ? 来んのか? あの強い奴をなんとかしてぇんだろ?」


 唐突に話しかけられたのと、ティアネーの森に入る決心がついていなかったボクは酷く曖昧な返事をしてしまう。


「……ボ……ボク……は……」

「…」


 言葉に詰まるボクを急かさず待ってくれる。


「……行きたい……だけど……ボクとラモンじゃ……絶対に……敵わないよ……」

「…そうかよ」


 どもった挙げ句にやっと出た言葉は酷い物だった。

 自分を貶めるばかりでなく、ラモンまで力不足だと貶めてしまった。ボクは遠回しにラモンも弱いと告げたのだ。


 だというのにラモンはボクを責める事無く静かに去っていった。





 曇り空から雨が降りだす。小雨だ。


 ガレットが駆け出し、ラウラも駆け出し、エリーゼも二人を追いかける。


 どうして死にに行く?

 ラモンを助けるため?この魔物による被害者がでないように?なんで人の為に命を懸けられる?


 醜いボクは自分が怯えて動けないのを正当化するために正常なものを異常なんだと仕立て上げた。


 ボクはいつどこで、どの場面でこんなに醜くなったのだろうか。



「行かなくていいの? アデル。」


 クルトが泣きじゃくる幼い子供を宥めるような声色でボクに問う。


「……だって……でも……ボク達じゃ敵いそうにないよ……」


 どもってから、ボクは言い逃れする。


「大丈夫だよアデル。クドウさんがいる」


 クルトはボクに別の最良の逃げ道を示す。


 ボクは最も光が強い希望に縋り、クドウさんに視線を送る。


 が、ボクの最良の逃げ道は途轍もない悪路だった。



 クドウさんは何をするでもなく俯いていて立ち尽くしていた。



 ボクには今のクドウさんが、深い深い───何処までも、それこそ無限のように深い闇の中にいるように見えた。

 深淵?奈落?分からないけど異常な状態なのは理解できる。


 そんなクドウさんにフレイアさんは一生懸命、声を掛けている。


「……どうしたんだろう。クドウさん」


 クドウさんの異常な状態が理解できているのにボクは惚ける。認めるのが怖かったのだ。


 優しいクドウさんがあんな状態になってるのを。


「もしかして怒ってたりとか……?」


 クルトには今のクドウさんが見えないようだ。



「……俺達も様子を見に行こう」

「……うん」


 クルトの提案にボクは同調する。ラモン達を追いかけ、強力な魔物と対峙する決心がつくまでの時間稼ぎと思って。





 本当は怖いから近付きたくない。

 森にいる魔物より圧倒的に怖い。 なのに時間稼ぎに使う。



 でもあれは……あの人はクドウさんだから大丈夫。


 そう言い聞かせてボクはクドウさんに近付き、恐る恐る呼び掛ける。


「クドウさん?」






 貴方はクドウさんですか? と。

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