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第354話 無窮の無救

「あはははは! これで僕は君達だけに集中できて、君達は仲間の様子を見ながら戦わなくちゃいけなくなったわけだねェ。…………さて、役者は揃ったみたいだし、それじゃあ始めようか。御伽噺で見るような、心踊る勇者対魔王の聖戦を!」


 両手を広げて嗤うアルタ。何度目か分からない仕切り直しにアデルはアルタを睨み付ける。気軽に仕切り直しできるほどにこいつはまだ真面目に戦っていなかったのか……そう考えてしまえばそうしてしまうのも無理はなかった。


 後方ではラウラがナタリアの傷を癒しており、スカーラとシュレヒトがナルルースと戦闘をしており、さらにその向こうではフレデリカとモニカがエルサリオンと、そしてインサニエルとカエクスが教皇を守りながらレジーナと戦闘していた。


 初めはナタリアの治療に加わっていたフレデリカだったが、襲いかかってくるエルサリオンにその手を止めて応戦せずにはいられなかった。……が、戦闘中のすれ違いざまや鍔迫り合いの瞬間に言葉を躱していく内に、エルサリオンには殺意や害意がないと理解し、今では実戦訓練のような緊張感のない戦闘を繰り広げていた。スカーラとシュレヒト、ナルルースの戦闘もそうだ。


 アデルとオリアルを相手にしているアルタはそれに気付く事をなく、目の前の二人……正確に言えばオリアルだけに集中していた。

 アルタが望むのは勇者対魔王の戦いだ。そこに剣神などと言う異物が混ざっているのはとても腹立たしい事であったために、まずは剣神オリアルを処分しようとしているわけである。


「ふふふ、当たってないよ? 千の剣を操る剣神ちゃん。僕は知ってるよ、君のこと。……神童として重宝されているからと調子に乗って悪童にまで成り下がった君が、一切落ちぶれる事なく今の今まで生きてきたことを」

「……何が言いたい」


 四方八方から飛来する剣の嵐をひょいひょいと躱して攻撃の機会を窺いながらアルタが言う。もちろんその千剣の攻撃の中にはアデルの斬撃も含まれているわけだが、千剣を躱すために視野を広く持っているアルタにとってはカスのようなものでしかない。


「とっても罪深い人間? いや、ダークエルフかな? だよねぇ、君は。村の人々に散々迷惑をかけて不幸にした挙げ句、育ててくれた恩に報いることなく一人で村を出て村に君の加護が及ばないようにした。そして呆気なく村は土砂崩れに呑まれて村人は全滅。その償いのつもりか知らないけど、村の人間達が埋まっている山で罪を感じるように今まで暮らしてきた。……そんな奴が正義として扱われる勇者の味方をして、悪として扱われる魔王の前にたちはだかっている。……今まで山に引き籠ってた癖に今さら何がしたくてここにいるのかな? やっとしっかり罪を償う気になったのかな?」


 ニタニタと気色悪い笑みを浮かべながらアルタはオリアルを追い立てる。

 苛立ちか焦りか後悔か、オリアルが操る千剣に乱れが見えた。これでは斬撃の直撃を食らったとしてもまともに裂く事ができず、小さな傷しか与えることができないだろう。


 アルタはその隙を見逃さず、乱れた千剣へと突き進み、飛来するそれを真っ向から躱してそのままオリアルへと肉薄した。

 千剣の操作には多少なりとも意識を集中させなければならない。接近するアルタへと千剣を操っていたオリアルは肉薄するアルタに対応する事ができず、その勢いのままに首を掴まれ、そして乱暴に地面に叩き付けられた。


「ぅぐぁっ……!」


 くぐもった声を上げて、一瞬だけオリアルの視界が真っ白に染まって、それから再び見えた色は汚い茶色の土煙の色だった。大聖堂の床は破壊され、ポッカリと穴が空いて地面が顔を覗かせていた。


「ほら、さァ、君は何がしたくてここにいるんだい? ……正直言うと、邪魔なんだよね……邪魔なだけだ。何もできない癖に僕と勇者ちゃんの戦いにちゃちゃを入れないでくれるかな。千の剣を振り回してるだけじゃ今の僕にすら届かないんだから、さっさと消えるか死ぬかしてよ」

「くっ……ぅぅっ……はな……せ……っ!」

「分かった、どうせまたいつでも捕まえられるんだし離してあげるよ。その代わり、どうしてここにいるのか答えてね」


 オリアルの要求を呑んで首から手を離すアルタ。

 オリアルはアイテムボックスから剣を取り出してアルタへとそれを振るった。簡単に躱されるが、本来の目的は距離を取る事だ。アルタがオリアルから飛び退いたそれだけでよかった。跳ねるように素早く立ち上がって剣を構えるオリアルは約束通り話し出した。


「私がなぜここにいるのか、だと? ……あぁそうだ。償いのためだ。私のせいで生きられなくなってしまった村の人達が生きたかったこの世界を守るためだ。いつか生まれ変わって、魔王も最果ての魔物もいなくなって平和になったこの世界を安穏と幸せに生きて欲しいからだ」

「なんだかガッカリだよ。てっきり言い返してくるものだと思ってたけど、認めちゃうのか。……はぁ……試練などと呼ばれていても所詮は私情を捨てられない俗物かぁ……」


 オリアルの答えにこれ見よがしに溜め息をついて落胆を露にするアルタ。そこにアデルが斬りかかるが、アルタは舌打ちをしてからそれを躱して距離を取る。


「お前の望み通り答えてやったんだ。今度は私の質問にも答えて貰おうか」

「あぁーいいよいいよ、どんどん質問しちゃってよ」


 手をヒラヒラと振って好きにしろでも言いたげなアルタにオリアルは尋ねる。


「お前はなぜ私の加護について知っている?」

「【鑑定】って言うスキルはもちろん知ってるよね? それを使っただけさ。……え、訊きたかったのってまさかそんな事だったの?」

「…………」


 オリアルは思案する。【鑑定】のスキルについてはもちろん知っている。

 相手のステータスやアイテムの詳細を知る事ができる【鑑定】は、自分の力が及ぶものにしか効果を発揮しない。つまり、自分よりも圧倒的に格上な存在には【鑑定】が通じないわけである。極端な話、一般人では魔王やら神器やらが【鑑定】できないと言うわけだ。相手が他者からの【鑑定】を受け入れているのであれば別だが、基本的に格上の存在は【鑑定】する事ができない。……『鑑定妨害』の効果が付与された道具を身に付けていれば同格でも格下でも【鑑定】は通じないが。

 ……ならばこの魔王は、剣神やら土地神やら疫病神やらと呼ばれるまでに至った自分と同等かそれ以上の強さを持っている言うことになる。本物の神ではないが、それに近しいところまでに至っている自分と、だ。

 その事実にただ驚愕して戦慄するしかなかった。この魔王が誕生からどのようにしてこれほどまでの強さを得たのかなどを考えて、考えが及ばない事に気付く。


「何か驚いているみたいだけど、まぁいいや。君がそんな意思を持って僕に敵対していると言うのなら、僕に敵対心を抱けなくなるほど徹底的に叩きのめして屈服させたいところだけど、愛しい勇者ちゃんを待たせるわけにはいかないからね……君のその熟成された強さとか美貌とかが惜しいけど、仕方ないから僕の経験値になってもらうよ」

「悪いが、こちらとしてもそう簡単に死んでやるわけにはいかないんだ」


 駆け出したアルタにそう言ってから駆け出すオリアル。二人がこのまま進めば激突してしまうに違いないが、そんな事にはならなかった。間合いに入ったアルタへと鋭い一撃を放つオリアルの斬撃を、無魔法で強度を高めた腕で受け止めるアルタ。片腕が空いているアルタはオリアルの心臓部へと貫手を繰り出すが、それは、アルタの腕から剣を引いて片足を上げたオリアルの膝に刺さるだけに終わった。腕を引き抜こうと力を入れるその一瞬の隙にオリアルはアルタの頭部へと剣を振り下ろす。ギリギリでそれを躱したアルタは左肩から先を切断されてしまう。


 肩口から吹き出す血にお互い動じる事なく、一撃、また一撃と攻撃を交えていく。絶えず吹き出す血液をお互いに浴びながら、自分達しかいないように思える大聖堂で、アルタはなくなった左腕に翻弄されながら、オリアルは痛む左足を引き摺りながら。

 千剣さえ操れば動かずとも戦えるオリアルからすれば膝の負傷は大した事ないように思えるが、しかし千剣を悉く躱されるのを理解しているので、回避に必要な足を負傷していたならまだしも、腕を負傷しているアルタ相手にはそうする事はできなかった。


 負った傷をものともしない壮絶な攻防に目を奪われるばかりでアデルは一歩も動くことができなかった。頭を駆け巡っているのは自分が手出しをしても到底敵わないだろう、寧ろ邪魔になってしまうだろうと言う考えだった。


「あ、アデルさん……これは……!」


 ナタリアの治療を一通り終えてアデルの側へとやってきていたラウラは、長椅子や教壇、壁や天井や床、周囲に甚大な被害を出しながらの戦闘を見て絶句している。既に大聖堂の崩落は始まっている。ラウラが駆けつけたあたりから大穴を開けた壁はただでさえ不安定だと言うのに、ボロボロになって地面が脆くなっていたせいで簡単に崩れ始めていた。

 幸いにも、大聖堂は『大』と付くように、崩落の始まりを察知して逃げなければと思って行動できるほどに広かったおかげで、逃げるための猶予があった。


 天井の一部が最初に落ちてきた。地面に叩き付けられたそれがさらに地面を脆くして壁の支えを弱くしていく。加速度的に早まる崩壊は、この場にいるアルタとオリアル以外の者達に強制的に焦りを持たせる。どれだけ物防や魔防のステータスが高くても、生き埋めにされてしまえば死んでしまう。それを理解しているからこそ、焦ってしまう。


「逃げろぉ! 崩れるぞ!」


 ……とは誰が叫んだのだろうか。誰が叫んだかを理解できるほどの余裕を誰もが持ち合わせていないのだから仕方ないだろう。

 その叫び声に釣られた者達は壁に空いた穴から、律儀に大聖堂の出口から、群がる人間が少ない割れたステンドガラスから、中には大聖堂の奥に続く廊下へと向かって何かを携えてから逃げ出す者がいたりと、それぞれ逃げ出していた。


 安全な場所まで先ほど戦いを繰り広げていた者達が仲良く駆けてくると、これまた仲良く振り返って仲良く並んで崩れ行く大聖堂を見上げる。

 崩れる自分を隠すようにモクモクと土煙を舞い上げて、大聖堂は轟音を響かせていた。


「……流石に崩落に巻き込まれたら私でも死んでしまいますから、戦いの手を止めたのは仕方ない事ですよね…………あれ、アルタ様はどこに……」


 大聖堂を見上げていたレジーナが思い出したかのようにアルタの居場所を確認するが、どれだけ見回してもアルタの姿は見えない。通り魔騒動のせいで大聖堂の周囲に群衆はいないので二、三度見回せばそれだけでここにアルタがいないのは把握できた。

 ならばどこへ……そんな疑問も簡単に晴れた。


「あれラウラ、オリアルさんは?」

「オリアルさんですか? 私は見てないですよ。……そう言えば居ませんね……オリアルさんも、オリアルさんと戦ってたあの魔王も……」

「それって、まさか……!?」

「まだ……大聖堂に残って戦っている……のでしょうか……?」

「大変だ! いくらオリアルさんでも生き埋めにされたら死んじゃうよ! 助けに行こうラウラ!」


 返事も待たずに駆け出すアデルに「ちょ、ちょっと待ってください!」と叫びながらもラウラは後を追う。元々追うつもりではあったのだが、返事も待たずに駆け出されてはそうなってしまうのだ。


 再び大聖堂へと駆け出した二人の背にはフレデリカ達から制止の声が上がるが、二人はそれを意にも介さず大聖堂へと突き進む。


 そうして帰って来た大聖堂は既に悲惨でありながらも綺麗な状態だった。

 氷漬けの吸命草はバラバラになってそこら中に散乱しており、開放的になりつつある天井から強い日の光を受けてキラキラと輝いている。床に広がった信者達の血液も先ほどよりも一層輝いてるし、割れたステンドガラスもさらに……そして血生臭い匂いは咳を齎す土煙に掻き消されていた。

 ここで凄惨な事件が起こったはずなのに、それよりも煌めきやら土煙やら崩落やらが勝っている。それに納得がいかず憤りを覚えるアデルは何かを思い出したかのように、崩れる大聖堂に入って瓦礫を退け始めた。


「アデルさん、まだ生き埋めになったと決まったわけじゃ……」

「そうじゃないよ! 早くラウラも! 瓦礫を退けて! アークさんとアンドリュー先生の遺体がないとお葬式もできないでしょ!」


 目尻に涙を溜めながら、眉をひそめて、唇の端を歪めて……悲憤に満ちたその表情はラウラの心を締め付けた。

 アークとアンドリューを殺したアルタへの怒り、関わりが少なかったとは言えお世話になった人達を殺したアルタへの怒り、惨劇を隠蔽して違うものに仕立て上げようとするかのような崩落への怒り、そしてそれらに付随してくる悲しみ。仲間の死への悲嘆、恩人達の死への悲嘆、悲劇を誤魔化そうとする隠蔽体質な世界への悲哀、壊れてしまった色々なものへの哀情。


 悲憤のそれだけなのに、どうしてこうも心が乱されて情緒が不安定になって感情を抑えきれなくなるのだろうか。「ぅぅ……ぅぅ……」と呻いて唇を噛み締めながら必死に瓦礫を退けるアデル。アデルのこんな顔は見たくないからと必死に瓦礫を退けるラウラ。


 ここにやってきた当初の目的であったアルタとオリアルは、まだ比較的拓けた部分で戦いを繰り広げていた。まるで周りが見えていない。

 経験値にする、と明確な殺意を持って襲ってきているのだからオリアルは微塵も妥協ができないし、アルタも早くアデルと戦いたいから早々にオリアルを片付けようとする。お互いに一歩も譲る気持ちがないせいで戦いに熱中して、周囲の崩落にも気付けない。

 ……いや、気付いている。自分達の上に落ちてきた天井を片手間に破壊していることから、崩落に気付いていないわけではないのだろう。単純にここから逃げるための隙を見せられないだけだ。大聖堂から避難しようと背中を見せたり、後ろに跳んで逃げるだけの余裕がないのだ。


「見つけましたアデルさん! アンドリュー先生の体です!」

「ほんと!? じゃあそのあたりにアークさんのも……!」

「あった……んですけど、その……頭が……ないです……」


 ラウラの報告に顔に花を咲かせて向かうアデルに、ラウラは最悪な状態だと報告する。それにアデルは苦虫を噛み潰したような表情をするが、取り敢えずラウラのいる方へと向かう。

 ……そう、アルタが憑依しているアンドリューの首はオリアルによって刎ねられていた。瓦礫の中から人間の体を見つけるのはまだしも、それよりも小さくて同じぐらいの大きさの瓦礫がゴロゴロ転がっている人間の頭部など、どれだけの労力と時間を割く事になるかは想像に難くない。

 そして、遺体の回収が終われば次はオリアルを連れて帰ると言う役目が残っているわけだ。どうしても大聖堂の完全な崩落に間に合うわけがない。

 体の回収ができただけでもよかったと考えなければならない、そう考えての苦々しい表情だった。


「先生の頭は……後回しにしよう……小さいし、こんな瓦礫の中だから潰れちゃってるかも知れない。だから頭よりも先にアークさんを探そう。取り敢えず先生の体はボクのアイテムボックスにしまっておくよ」

「分かりました、すみませんお願いします」


 そう交わして再び瓦礫を退ける作業に戻る。落下してくる天井を避けるか砕くかしなければならないため、瓦礫の撤去作業は遅々として全く進まないが、それでもやめる事はできない。


「はあぁぁぁぁっ!!」

「ははっ、あはははははははっ!」


 そんな二人の耳に届くのは轟音に混じって聞こえてくるオリアルの掛け声とアルタの嗤い声だった。チラリと振り返ってみれば、そこには真剣そのものの表情でアルタに剣を振るうオリアルと、ギラついた野蛮な眼光でオリアルだけを見つめて、楽しさを抑えきれないとばかりに嗤い、拳やら貫手やら蹴りやらを繰り出すアルタがいた。技術に満ちた剣撃と、力と速度に任せただけの拳撃の交差。崩落する天井が一瞬視界に映っただけで粉々になっているせいで否応なしにもその苛烈さが窺える。

 そんな光景を見てアデルは思い付いた。崩落が危険だと言うのなら、いっその事崩落してくるものそのものをなくしてしまえば良いのではないかと。……つまりは天井を全て木っ端微塵にしてしまおうと言う事である。


 どこかの誰かさんみたいなぶっ飛んだ発想だな、と思って苦笑いを浮かべるアデルは立ち上がってラウラに言った。


「ラウラ、ボク天井を木っ端微塵にするよ」

「……はい? ……あぁ、何となく考えてる事が分かりましたよ。アデルさん、クドウさんみたいな事思い付きますね」

「あはは、でもクドウさんなら天井を木っ端微塵になんかしなくても解決させられそうな気もするけどね。例えば、崩落そのものをとめたりさ。……まぁ、とにかくやってみるよ。危ないから避難しておいて」

「分かりました、頑張ってくださいアデルさん!」


 残骸まみれの大聖堂から走り去っていくラウラを見送ってから、アデルは自分も大聖堂を出て攻撃を加えやすい場所にやってきた。

 天井を木っ端微塵にするのならばどうすればいいだろうか。一撃の手数が多いスキルが有効なのだろうが、手数が多いスキルは大体一撃の威力も低いために無駄に瓦礫を増やすだけで木っ端微塵とはいかないだろう。ならばやはりあの人に倣って、途轍もない威力を誇る一撃でなんとかするのが最適だろう。


「【絶刀 黄昏】」


 沈み行く太陽と地平線が生み出した一筋の赤みを彷彿とさせる静かで荒々しい横薙ぎの一閃。身長的な問題のせいで斜め上に向けて放たれたその一閃は天井はもちろん、壁すらをも斬り裂いていた。しかし斜め上に向けて放たれているために斬り裂く事ができていない部分もあり、たった今それが崩落しようとしていた。左から右に振り切った体勢だったアデルはそれを理解するなり、右から左に向かって刃を返した。


「【絶刀 禍時】」


 太陽が沈み、僅かに藍色が残った空を彷彿とさせるそれは落下中の天井を呑み込んで消えた。

 壁に空いた穴から見えるのは、降り注ぐ瓦礫がなくなり、ポッカリ空いた天井から差し込む光に微塵も反応しないオリアルとアルタ変わらず攻防を継続する姿だった。大聖堂の天井を全て消滅させるその二つの斬撃を放ったアデルは爽快感と、膨大な魔力消費による脱力感に、ふぅっ、と溜め息を吐いてから、駆け寄ってくるラウラと共に再び大聖堂内へと戻って瓦礫の撤去を始めた。





「いやぁ、ごめんね? 僕は君の実力を見誤っていたみたいだ。流石、剣神と呼ばれるだけはあるね剣一本を手にした君がこんなに強いとは思わなかったよ。千剣の霊峰にいるぐらいだから千の剣を操作して戦うのがメインだなんて思い込んじゃってた」


 瓦礫の撤去を進めるアデル達に反応したわけではないが、唐突にオリアルとアルタの戦闘は一時停止された。


「お前も強いな……ただの狂人だと思っていたが、魔王と呼ばれるだけはあると言うことか」

「あはは、褒めてくれるのは嬉しいけど、君……あれから一度も僕を殺せてないんだからね? まさかそれで善戦できてただなんて思ってないよね?」


 そう、絶えず壮絶な戦いが繰り広げられていたと言うのは、それはつまりアルタが一度も死んでおらず、オリアルと攻防を繰り広げ続けている事を意味している。アデルはこの戦いの激しさにそれを忘れて接戦だと思っていたようだが、実際はアルタの圧倒的な優勢でしかなかった。


 死ぬ度に配下の命を犠牲にしてステータスを消耗していくアルタだったが、多くの配下をアマリアに殺され、この大聖堂でオリアルに何度殺されてもなお、これほどまでの強さを誇っているのである。

 アマリアによる配下の殲滅によって弱体化を実感していたアルタだったが、地上の一般人から雲の上が見えないのと同じように、格下のオリアル達ではアルタの実力を見定められなかった。


「はは……お前を相手に善戦できたなどとは思ってなどいない。ほら見てみろ、私のこの汗と小さな膝の震えを。私はお前に怯えて恐れ戦いているんだ。全力で戦ってもお前を一度も殺せないのだからな。頭では怯えてはダメだと分かっているのだがな、どうしても私の惰弱な心が恐怖に染まってしまっているのだ」

「お、いいね。君みたいな凛々しい生き物が僕に怯えて震えているのはなんと言うか気分がいいねェ。勇者ちゃんとの予定がなければもっと痛め付けてレジーナみたいにしてしまいたかったよ。折れて忠誠を誓うその姿が見たかった……とても残念だ」


 恍惚とした表情で震えるオリアルを見つめるアルタだったが、アデルの存在がオリアルとの楽しい時間を早く終わらせなければと催促してくる。


「私のようなやつを屈服させる事の何がそれほどまでにお前を駆り立てるのだ?」


 純粋に気になったから尋ねた。だが、説明されても理解できないだろう事は説明される前から分かっていた。


「僕はね、強い志を持った人間……世界から必要とされている人間を潰すのが好きなんだ。「みんなのために~」なんて立派で綺麗な事を言っていて、輝かしい未来が続いている人間を絶望の暗闇に引き摺り込む……その瞬間に見せる濃厚で芳醇で心地好くて爽快で……取り返しの付かない事をしてしまったと言う途轍もない背徳感と達成感と充足感は、一度覚えてしまったらもう忘れられない。満たされて満たされて、楽しくて愉しくて……天国とはこんなところなんだろうなって明確に想像できるほどにこれ以上ない幸せを得られて、僕が……僕だけが得られる僕だけの幸福なんだ。……だから君には理解できないだろうけど、まぁ僕が絶望愛好家な理由はそんな感じだね」


 将来の夢を語る少年のような煌めきを宿した瞳で、狂人そのものの愉悦を宿した声色で、人目に晒される道化のような仕草で、アルタはオリアルの問いに答えた。


「……そうか。やはりお前はどうしようもないほどに生物としての失敗作だ。いったい何があったらそこまで性根が腐ってしまうのだろうか……いや、大した悲劇を背負っていないのにも関わらず、精神が未熟なせいで人より悲劇を重く捉えてしまっているのか……? なんにせよ、私がお前に怒りや侮蔑、哀れみの情を抱いているのは確かだ」


 鋭く、見下すような、それでいて悲哀に満ちた眼差しを向けるオリアル。

 今まで関わった人々から怒りや侮蔑などの悪感情の籠った視線ばかり向けられていたアルタにとって、自分に悲哀の眼差しを向けられるなど完全な想定外だったために、思考停止してしまい、鳩が豆鉄砲を食らったような目でオリアルを見つめてしまう。


 自分が他者に向けるばかりだったその眼差しを受けたアルタは感動していた。


 悲哀とはこんなにも冷たくて温かいのか、と。

 哀れむだけで何もする気のない冷たさと、少しばかりの心配やら同情やらが温かく感じられた。

 それは、昔してしまって後悔した初恋のように乱れた感情だった。

 甘いけれど酸っぱい……そんな同時に味わったら感情や感覚が狂ってしまいそうなものだ。

 オリアルからの同情が嬉しいけれど、プライドが同情を許さなくて……嬉しいけど腹立たしくて……殺したくなくなってきたけれど殺したくて……


 自分が変われるとすれば本物の愛に酔ってしまう事だと思っていたが、自分が酔っているのは悲哀だ。温かくて甘いだけの愛ではなくて、無責任でその場だけの冷たくて酸っぱい悲哀だった。


「……お前はどこまでも救いようがなくて、愚かで哀れな魔王だ」

「……僕がどうかなんて、誰よりも、本人である僕が一番分かってる。生き物の絶望を掬い上げ過ぎたんだ、僕は。そんな僕が今さら誰かに救われるなんて思ってないし、思えるわけがない。これでも僕は自分の罪を認識してるんだからね? ……周りがどうだったから……なんてのは言い訳でしかない。どうしようもない現状を打破した時点で止まらなければならなかったのに、優越感や全能感に呑まれて自分を見失った僕が悪いんだよ。……僕は僕だけど、僕じゃない。弱かった本来の僕はもういない……だからもうとまれない。見失って手が届かなくなったあの頃の僕にはもう戻れない。僕は進むしかないんだよ、この何もない無窮の未来を」

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