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第351話 帰巣した渡り鳥は再び飛び立つ

「あ、そ、そう言えば、私達もここに来る前まではフィドルマイアの孤児院にいたんですよね。私みたいな老婆を連れて逃げても全員が生き残れているんですから、きっとラモンさんと過ごしていた方々も無事なはずですよ」

「…は? 本当にあんたらはフィドルマイアの……冒険者の街フィドルマイアの孤児院にいたのか?」

「え? えぇ、そうですけど……あの、何か?」

「…こりゃあいったいどういう事だ……? フィドルマイアにある孤児院は、俺がいたところだけのはずだが……」


 冒険者の街フィドルマイアに孤児院はただの一つしか存在しない。

 そのはずなのに、フィドルマイアの孤児院で育ったラモンと、フィドルマイアの孤児院にいたと言うシャノン。

 面識のない、先ほど初めて出会ったばかりの二人がどうして、たった一つしかない孤児院にいたと言うのだろうか。


 ……いや、それよりもラモンにとって今大事なのは、フィドルマイアの孤児院にいたと言うシャノンがここにいることだ。

 生きている。フィドルマイアの孤児院にいたと言う人間が生きている。その真偽は不明だが、後悔に苛まれるラモンからしてみれば、自称でもなんでもよかった。育ての親が生きていると言う可能性が少しでも見えただけで、それに縋ってしまう。


 気付けば額に……全身に汗が浮かび上がってきていた。暑いわけではないのだが、これは何に対する汗だろうか。

 考えなくても分かる。死んだはずの人間が生きているかも知れないと知れば、胸の奥が心情的に熱くなって、そのあまりにも強い感情よる熱を、脳が本物の熱と勘違いしているのだろう。……それか、過去の後悔と向き合うのが今になって怖くなり、怯えてしまっているのかだ。


 ラモンは汗を拭う事もせずに真剣な表情でシャノンに体を向けて声を発した。


「…なぁ、その職員に……エマって人はいなかったか?」

「いますけど……あぁ、もしかしてエマさんのお知り合いの方でしたか? 安心してください、ちゃんと生きています。……と言うかこの孤児院の職員はあの事件から誰一人欠けていません。ですから、きっとラモンさんがいた孤児院の方々もきっとどこかで生きていらっしゃいます」


 きっとどこかで……とは言うが、フィドルマイアの孤児院は一つしかないわけなんだが、と頭に過るがそれよりもだ。


「…そのエマって言うのは、長い茶髪に紫色の目をした女か……?」

「えぇそうですよ。今の言葉を訊き方から察するに、これでここの職員のエマと、ラモンさんが仰るエマさんの特徴は一致したようですね」


 シャノンの言う通り、外見の特徴は一致した。

 孤児院と言う施設で働いていて、同性同名で外見の特徴も同じ人物などいないだろう。しかも片方は存在するはずのない二つ目の孤児院……つまりこれは、ただ単に昔からラモンとシャノンの面識がなかっただけで、同じ施設で暮らしていた……そんな奇跡的なすれ違いによるものだ。


 平常ならそれが分かっていただろう。実際にラモンより脳が衰えているはずのシャノンは分かっていた。他に孤児院が存在しないなんて知らなかった、この孤児院にラモンがいたなんて知らなかった……或いは両方とも忘却してしまっていたのだろう。今朝の朝食すら思い出せないのだから、ない話ではない。……ただ、ラモン側もシャノンの存在を覚えていないようだから面識に関しては忘却云々は関係ないだろう。


 エマがこの孤児院にいると信じたいのに、なぜだかどうしても信じられなかったラモンはシャノンに、エマに会えないか、と尋ねてみた。


「この時間帯ならエマさんは……子供達の部屋の掃除をしている頃でしょう。今から会いに行くと言うのでしたらそこまで案内しますけど、どうしますか?」

「…それってどのくらいで終わるんだ?」

「あと二、三十分もすれば終わるかと」

「…邪魔したらわりぃからそん時に頼むわ」

「えぇ、はい、分かりました」


 取り敢えずの会話を終えて、他愛もない話をしながら子供達と遊ぶマーガレットとエリーゼを眺めていた。





 それから三十分ほどが経過した頃、「そろそろ終わった頃でしょうね」とシャノンが立ち上がって言うので、ラモンはそれに追随して孤児院の中へと入っていく。子供達と遊びながらそんなラモンを視界の端に捉えたマーガレットとエリーゼ。


「エリーゼ、見たか?」

「えぇ、院長さんとこっそり屋内に消えていきましたわね。まるで逢い引きでもするかのように……はっ! もしかしたらラモンさんは熟女好きなのでは!?」

「いやいや、それはあり得ないだろう……とは言い切れないな。あいつとはそう言った話をしたことがないから分からないが……寧ろその可能性のが高いか……? エリーゼのような綺麗な人が近くにいながら赤面したりしているのを見たことがないし……うぅむ……」


 ふざけ半分で言ったエリーゼの言葉を否定しようとするが、できなかったマーガレット。そして自分で言っておいて、まさか、などと思い始めているエリーゼ。


「これは確認しておく必要がありますわね。一度気になってしまったら気になって仕方がないんですもの」

「そんなストーカーのような真似はしたくないが……まぁ、友達が出会ったばかりの熟女と……なんてふしだらで節操無しな奴だったら私達が矯正してやらねばならんからやむを得ない……な」


 言い訳をして孤児院の中へと向かうマーガレットとエリーゼに、どうしたんだろう、と疑問符を浮かべながらも子供達は後に続いていた。ラモンが熟女好きであるか否かを確認するために進む二人には右代に続く子供達が映っていなかった。





 孤児院を進んで職員の寝室へとやってきたシャノンとラモン。この部屋は共用のものであるようで、二段ベッドが部屋の左右に設置されており、きちんと四人分の机と椅子などの家具もあり、そしてそこにラモンが探している人物が腰掛けていた。椅子に座って背凭れに体重を預け過ぎずに本を読んでいる。余程熱心に読んでいるのか、部屋に入ってきた二人には見向きもしない。

 暖かさを感じる茶髪は背中の中頃まで流れている。背中を向けているためにラモンの髪と同じ紫色の瞳を確認する事はできなかったが、小さい頃からよく見てきたこの茶髪を間違えるわけがなかった。


 これはエマだ。この人はエマだ。間違いない。

 あの時を後悔してやまなかった、謝罪したくて堪らなかった、もう一度会いたくて仕方なかったあのエマだ。


 フラフラと、だが確かな足取りで、蜃気楼を掴もうとする放浪者の如き動作でエマに歩み寄る。

 触れようとした瞬間に消えてしまうかも知れないと、目の前にあるのに存在を信じられなくて、どうしてもそんな動きになってしまう。そして緊張で喉も渇いていた。これじゃあ本当に砂漠を進む旅人だ。……だけど、本当に砂漠にいるわけではないので体力の心配はない。


「……エマ……さん……」


 ラモンは掠れる声で背中に声をぶつけ、それにその人が振り返ろうとすると同時に椅子の背凭れを挟んで抱きついた。

 柔らかいその人の感触と、硬い背凭れの感触……暖かい感覚と冷たい感覚が同時にやってくる。……それはまだその人との間に壁があるのだと、再会しただけで終わりではないのだと、泣きつくラモンに訴えかけていた。


「え? え? なに、なに?」


 完全に振り返ることができないまま誰かに突然抱き締められて困惑する女性。わたわたと手を動かそうとするが、腕ごと体を抱き締められているためにまったく動かすことができなかった。

 暴漢に襲われているのではない事は咽び泣く声で分かっていたので、逃れようと動かす必要はなかったのだが、状況確認のために誰がどうしてこんな事をしているのかを知る必要があった。しかし、そうする必要がない事も次第に分かってきた。


 咽び泣くその声は嗚咽に満たされていて最初は誰のものか分からなかったが、時間が経つに連れてだんだんとそれが聞き覚えのあるものだと理解し始めた。


 まだフィドルマイアが魔物の大群に滅ぼされる前、自分がよく面倒を見ていた子供だ。それに似ている。

 両親を強盗に奪われて、親戚にも引き取られず路頭に迷っていたところを運良くこの孤児院の職員に拾われて、それ以降この孤児院で暮らしていた……言っちゃ悪いが孤児になった原因としてよく見る子供だ。だからこの子も他の子と同じように接する事ができると思っていた。


 ……だけど、そうする事はできなかった。


 具体的に何かは分からないが、何かが違った。どこか放っておけない感じがしたのだ。他の子供達は自分が背負った悲劇を乗り越えて笑顔と元気な姿を見せていたが、あの子は悲劇を乗り越えるのではなく真正面から突き破ろうとしているような、そんな荒々しさを感じたのだ。

 ただの子供が背負うべきではないものを背負っていた。だから何とかしてあげたくなって特別構っていたのだろう。……けれど、結局どうする事もできず、荒々しさを残したまま、他の子供達とも全く交流する事なく孤児院を出ていった。


 後悔しかなかった。もっとあの子のためになってあげよう、何かしてあげよう……そうして具体的にどうするべきかが思い付かず何もできないでいるまま時を進めてしまった事を。


 そして、家族が生きていると信じていたあの子に向かって『ラモン君……私じゃダメかな? ……私じゃ貴方の家族にはなれないかな……?』……と。

 孤児院を出るラモンに向けて、最後の足掻きとして咄嗟に言ってしまった言葉だったが、それがよくなかった。生きていると信じている家族に成り代わろうとしている最低な人間だと思われてしまったのだろう。

 その後に向けてきた鋭い眼光と鋭い言葉を思い出せば、ポロポロと、ダラダラと後悔の涙が出てきてしまう。


 もう一度会って謝りたかった。だからエマは振り返ってそれが本人かどうかも確かめずに言った。


「ごめんね、ごめんなさいラモン君……! 苦しんでいたラモン君を助けてあげられなくてごめんなさい! 勝手にラモン君の家族を殺しちゃってごめんなさい! ラモン君の家族に成り代わろうとしてごめんなさいっ! ……ラモン君に気付いていた私がなんとかしないといけなかったのに、結局何もできなくて放り出しちゃって……何もできなくて……何もできなくて……っ! ごめんなさい、ごめんなさい! 本当にごめんなさいっ!!」


 怯えたように肩を震わせて、もっと言いたい事があるのにそれしか言えないのが情けなくて、ひたすらに謝ることしかできない。懺悔するしかできない。

 ラモンがここに帰って来たと言うことは、つまりそう言う事なのだろう。

 やるべき事を終えて、だけどそれしか考えずに生きてきたからこれからどうすればいいのかが分からない、頼れるほど親しい人間もいなくて……だから軽蔑していたはずの人間に頼って縋るしかなかった。

 一人の人間を救うどころか、反対にここまで逃げ道のない袋小路に追い詰めて、何も思考できなくなるほどに堕としてしまった事に懺悔するしかなかった。


 そうして必死に謝るエマにラモンから投げ掛けられたのは、恨み言でもなんでもなかった。


「…なんでエマさんがあやまんだよ……いつもいつも俺の事を気に掛けて心配してくれていたエマさんにひでぇ事を言った……! あやまんのは俺の方だ、エマさんは何も悪くねぇよ……」


 ガバッと顔を上げてエマの両肩を掴んで強引に振り向かせ、赤くなった目の端に涙を貯めながらラモンがエマに言う。


「でも私、家族が生きてるって信じてるラモン君に……!」

「…んな事はどうでもいいんだよ、分かってた……母さん達が生きてる可能性だってあったけど、どう考えたってそんな可能性は僅かだった……だけど信じたくなかったんだよ、殺されてるなんて。俺が傷付かないためにエマさんを傷付けたんだ、ごめん……ごめんなさい……エマさん……」

「ううん……私の方こそごめんなさい、あの時ラモン君をちゃんと私がm止めていられれば、ラモン君にそんな残酷な現実を見せずに……手を汚させずに済んだの……ごめんね、ごめん……ごめんなさい……」


 エマは椅子からおりて膝を突いてラモンと同じ位置に来て、そして正面から二人で抱き合ってわんわん泣き合って謝り合う。


 部屋の入り口で存在感を全力で殺しながらシャノンはそれを眺めていた。お互いに言いたい事を言えた様子の二人。これで胸のつっかえは取れただろうが、ここから仲直りできるかどうかを考えて、不安そうだが微笑ましそうなそんな何とも言えない表情で眺め続けていた。


 そしてその背後……扉の陰から顔を覗かせるマーガレットとエリーゼは実に気まずそうな表情をしていた。ラモンが熟女好きであるか否か確かめるためと言う軽い気持ちで尾行してきて、こんな重苦しい場面に出会せばそりゃそうなるだろう。

 ……見なかった事にしよう、逃げよう、そう考えて踵を返そうとしたところで、空気の読めない子供達が騒ぎだした。「あー、エマ先生が大人気ない人とぎゅーしてるー」「先生が男の人といちゃいちゃしてるー」「大人気ない人がエマ先生を泣かしたー!」だのと、泣いて抱き合うラモンとエマの二人に言うのだ。子供達の側にいがマーガレットとエリーゼはあたふたして、そして振り返ったシャノンと、泣き腫らしたラモンとエマに見つかってしまったのだった。





「…で、俺をここに連れてきたシャノンさんはともかく、子供達と遊んでいたはずのお前らがなんであそこにいたんだ?」


 エマが座っていた椅子に腰掛けて正座するマーガレットとエリーゼを見下ろしながらラモンが言う。……エマはベッドに腰掛けてその様子に苦笑いを浮かべながら見守っている。両者共に涙は引いており、赤くなった目の端も元通りになっていた。

 シャノンは仕事を思い出したようで執務室に向かうついでに子供達も連れて退室していた。


「……その、ラモンさんがシャノンさんと中に戻っていくのが見えまして、どうしたのか気になって後を追いかけたら……」

「…まぁそんなところだろうよ。確かにお前らに何も言わずに行動した俺も割りぃがよぉ、だからってストーカーみたいな真似はないんじゃねぇか?」

「ストーカーとは人聞きの悪い。私達はお前の友達として、お前が誠実な人間かどうかを確かめておく必要があったからそうしただけだ。もしお前が誠実な人間でなければ責任を持って正す必要があるからな、友達として!」

「…あぁ? 俺が誠実かどうかぁ? 今の話のどこにそれを疑う要素があるってんだ? ……まぁいい、下手に突っ込んで面倒臭いことになるのも嫌だしな。とにかく、ストーカーみてぇな真似は控えてくれな」

「あぁ、それは分かった」

「分かりましたわ」


 そうして話が一段落したところでシャノンが、「自己紹介をしておかなくていいんですか?」と言うので、それもそうだと、マーガレットとエリーゼ、エマはお互いに名乗りあった。


「それで……聞いていいのか分からないが、その……ラモンとエマはどう言った関係なんだ? 先ほどの話を聞いている限り友達や恋人と言うわけでもなさそうだったが……」


 少し遠慮がちにそう切り出すマーガレット。泣いている姿をみた事のないラモンがあれほどにわんわんと泣いて、謝り倒すような相手だ。いったいどんな関係なのか知りたかった。


「…俺が孤児院育ちだってのは話したと思うが、エマさんはそん時によく俺の面倒を見てくれてた人だ」

「ラモンの面倒を……となると、だいたい私達の親と同じくらいの年齢と言うわけか。どう見てもそうは見えない……精々が姉と言った程度だな」

「嬉しい事言ってくれるけど、本当に私ももう三十路だからそんなに若くないの。その癖にさっきは自分より一回りの年下の子に抱き付いて大声出して泣いてたのよ? ほんと、みっともないところを見せちゃった」


 顔を赤く染めて言うエマ。見た目からは二十代半ばぐらいにしか見えないが、実際は三十代の半ばである。基本的にこの世界の人間は老いる速度がそれほど早くないので、教皇も美貌を保っていられるわけである。……その点で言えば、フレイアの兄はまだ二十代半ばだと言うのに三十代後半にしか見えない程に深刻な老け顔であるので、例外中の例外と言うわけである。


「そうだ、あの、ラモン君……お母さん達は……どうだった?」

「…母さん達は死んじまってたらしい。死体を見たわけじゃねぇから生きてる可能性は残ってるけど、どうも、俺の家族を食ったっつー魔物がいやがったからな……多分死んじまってるだろうよ」

「魔物? ラモン君の家族を襲ったのは人間の強盗じゃなかったの?」

「…あぁ人間だぜ。ただ、強盗のリーダーが俺の家族を奴隷にして売っちまったっつーから後は知らねぇらしいが、護衛代わりの奴隷として扱われて……って考えたら魔物に食われちまったのも納得できんだ。まぁ俺はまだ生きてるって信じようと思ってるぜ。あの魔物が嘘吐いたって可能性もあるわけだしな」


 この魔物とはグーラの事だ。ゲヴァルティア帝国がまだ滅びてなかった頃に一度遭遇して完敗してしまっているが、その後に【冒険王】、ティオ=マーティ、レジーナ・グラシアスの手によって氷の漬けにされ、氷の破片をアイテムボックスに収納する事で、現在は擬似的な封印状態にある。


「そう……じゃあラモン君はまだ旅を続けるんだよね?」

「…マーガレットエリーゼがいてくれる限りそうするつもりだ。友達の有り難さを知っちまったらもう一人きりの旅なんてできねぇよ。……だからお前らには感謝してんだぜ? なのにストーカーみてぇな真似しやがってよぉ」


 楽しそうに笑いながらラモンは言う。孤児院にいた頃は一切そんな類いの存在は作らなかったと言うのに、今はこうして友達と呼んで軽口を叩き合う存在がいる。ラモンの成長した様を見られたエマは嬉しそうな顔でやり取りを眺める。


「うっ……それについては本当にすまなかったと思っている……」

「ごめんなさいですわ。……でも、ふふっ、わたくし達が有り難い存在ですって、マーガレットさん。一生聞くことがないと思っていた言葉をこんなとことで聞けるなんて思いもしませんでしたわ」

「あぁ、それは確かに聞いたぞ。しかしその、なんだ。こうハッキリ言われると照れ臭いと言うか、気恥ずかしいものがあるな。できれば人前でそんな事を言うのは遠慮して欲しいものだな」

「…なんかわりぃな」


 何が悪かったのか分かっていないけど取り敢えず謝っているのが手に取るように分かるラモンに、溜め息を吐く二人。そこでエリーゼが引っ掛かりを覚えた。


「あの、ラモンさん。先ほど強盗のリーダーが言うには……みたいな事を言っていらしたと思うのですけれど、どうしてその人の言葉を……まさか一人で敵の本拠地に乗り込んで尋問するような危ない事はしていませんわよね?」

「…流石の俺もそこまでバカじゃねぇよ。そん時はアキが一緒に乗り込んでくれたんだ。…俺の援護に徹して、俺のために敵を譲ってくれてたのは優しさを感じたな」


 ジト目のエリーゼに睨まれているラモンは首を振ってから胸を張って答えていた。


「普通なら一人増えたところでどうにもならないだろう、と思うのだろうが、まぁクドウが一緒だったのなら安心だな。……と言うか、クドウが失踪する前の話って事は大分前じゃないか! 私達が暢気に暮らしている裏側でそんな大事に巻き込まれに言っていたとはな……そう言えばクドウは今どうしてるのだろうな。この間オリヴィアさんと話してたのを最後に見てないが……」

「強くなる……って言ってらしたからどこかで魔物をたおしてレベル上げでもしているのでしょうね。クドウさん程になればそれこそ、最果ての大陸の魔物ぐらいじゃないとレベル上げの相手にならないでしょうけれど」


 戯けるように言うエリーゼだったが、言ってからあり得ない話ではないと考え直した。先ほども同じ気分を味わったような気がするが、首を振ってそのデジャヴの記憶を掻き消した。


「……アキ……?」

「…っとすまねぇエマさん。知らねぇ奴の話されても困るよな」

「そうじゃなくて、聞き覚えのある名前だなって……えぇっと確か……あぁそうだ、ソフィアちゃんの見送りをした時にいた黒髪黒目の男性がそう名乗ってた……気がする」


 頭を捻って記憶を遡るエマ。遡るのは難しくなかった。なんせ体が痛んで寝込んでいる時に初めて出会った、印象深い人物なのだから記憶に残り易いのは当然だった。


「黒髪黒目の男にソフィアと言う女性の名前……間違いないな、クドウだ」

「…あいつこんなところにも顔だしてたのかよ。……ってかエマさんに会いたがってた俺より先にエマさんに会ってたって……なんか複雑な気分だぜ」

「この短時間に色々な事が噛み合ってますわね。なんか、悪戯好きな精霊でも憑いているのではないかと不安になって来ましたわね……今からどこに行くかを考えれば尚の事ですわ……」

「どこかに行くの?」


 口を滑らせたエリーゼ。最果ての魔物の上陸に関しては今はまだ一般には知らされていない情報である。と言っても間も無く知らされて避難勧告が出されるところだが、まだ知らされてはいないのである。

 ……先ほどから言動に不運が付きまとっているエリーゼ。恐らく最果ての魔物との戦闘という途轍もない緊張感にやられて頭が上手く働いていないのだろう。そんなエリーゼは顔を青くしてキョロキョロと顔を動かして、無言でマーガレットとラモンに助けを求める。


「大丈夫だエリーゼ。どうせそろそろ知らされるのだから話してしまえ。ラモンの育ての親と言うからにはまともな人であるはず……だから口止めさえすれば大丈夫なはずだ」

「…おう、エマさんは秘密を守る人だから安心していいぜ」

「……そうですわよね」


 二人に言われてエマの人柄を思い出したエリーゼは頷いてから話した。最果ての大陸から魔物がやってきている事、そして自分達はそれらと戦うためにミスラの森へ向かう事などを。


「最果ての大陸……実在した事に驚いたし、みんながそれと戦うって言うのにもビックリ……だけど、大丈夫なの? 魔王討伐完遂した勇者や賢者でも帰ってこられないような魔境って聞いた事あるけど……」

「…そんな化け物共が相手なら、どれだけ逃げ回ってもその内俺達は絶滅しちまう。だから細やかな抵抗だとしても目一杯抗いてぇじゃねぇか」


 心配そうに言うエマに当然かのようにラモンが返す。


「確かにそう……だけど……ううん、そうね。ならそうするといいわ。今のラモン君は私が知ってるラモン君より、身も心も随分強くなったみたいだから、もうあの時みたいに引きとめたりはしない。だけど、やるからには全力でやってね?」

「…おう、もちろんだぜ。俺達が全力でやらねぇとエマさん達まで危険な目に遭わせちまうからな。せっかく生きてるって分かったんだから、みすみす死なせたりなんかできねぇってもんよ!」


 懐かしい。昔何度も見た優しい表情。あの時のような悲壮な表情じゃない暖かい表情。

 心なしかエマの額に皺が増えたように見えたが、それが自分の成長による錯覚だと気付いた。その自分の成長とエマの元気付けに胸が熱くなるような感じがして、ラモンは意気揚々とそう返した。





 エマとの別れを経て孤児院を出れば、待ち合わせ場所の西門の上には茜色の空が佇んでいて、その空には空より赤い太陽が行くべき道を指すように浮かんでいた。

 ラモンとマーガレットとエリーゼの三人はそれに向かって進み始めた。

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