第348話 傲りが招く苦境
(あぁ……早速異常事態が発生してしまいました。これも私のせいなのでしょうか……私のせいなのでしょうね。魔物の大群を殲滅できたかと思えば、今度は絶対的強者と謳われる龍の登場……本当に、本当に最悪です……)
空を見上げるアマリアは龍の存在を否応なしに目と脳に焼き付けられながらもそんな事を考えていた。異常を享受し、異常を齎しながら生きると決めていたアマリアだったが、こうも立て続けに異常事態が発生してしまうと、暗い気分にならずにはいられなかった。
そんなアマリア達の元へと無情にも降下してくる龍。それだけで暴風が吹き荒れる。あれだけの巨体があれば当然の結果だ。
吹く風と舞う土埃から腕で身を守るようにするアマリア達。そうしている内に風と土埃が止んだので、腕から顔を覗かせてみれば、そこにはやはり龍がいた。
地面から少しだけ浮いた位置でとぐろを巻くようにして佇んでおり、その体に陽光を受けて血のように赤い鱗がとても映えている。蛇のように鋭い瞳は龍の鱗と同じ赤色だ。こちらは太陽の光など受けずとも煌々と輝いていた。
何もされておらず……いや、何もされずに見つめられているだけだからか、心臓を鷲掴みにされたかのような強烈な圧迫感を感じる。
そんな押し潰されるかのような感覚に耐え兼ねたのか、ソルロッドがアイテムボックスから取り出した剣を鞘から抜き放ち、駆け出した。
「うううぉおおぁぁあああああ!」
「おい、待て!」
サリオンの制止も聞かずにソルロッドは、氷の礫と共に走る。体に染み付いた癖だろう。お粗末ながらも牽制のように氷の礫を放ち、ソルロッドはそれに追随する形で駆けている。
いつもであれば眼前の敵は氷の礫を防ぐために防御姿勢をとり、ソルロッドがその隙を突いて仕留めるのだが、今回ばかりはそうもいかなかった。……相手は鋼鉄よりも硬いと言われるほどに頑丈な鱗を持つ龍である。龍は氷の礫を防ぐこともせず、虫けらを見るような冷ややかな眼差しでソルロッドを見下ろす。そして氷の礫は鱗に触れると同時にパキンと音を立てて呆気なく散った。
その事実に舌打ちをする余裕もなく、ひたすらにソルロッドは龍へと接近し、そして剣を振り下ろした。剣の末路は氷の礫と全く同じものだった。
元々エルフはあまり狩りをしないので剣の扱いも下手で、鍛治も不得意だ。……それでも魔物を斬るぐらいはできるのだが、今回は剣の脆さと鱗の強固さが噛み合わずに折れてしまった。
龍は剣を失って尚も、拳に血を滲ませてまで攻撃してくるソルロッドを尾の部分で弾き飛ばす。地面を何度か跳ね、そして地面を滑るように転がるソルロッド。
元エルフの王が呆然としていたおかげで拘束から抜け出すことができたガラドミアが駆け寄り、何度かアマリアに分けたせいで残り僅かになっていた魔力を使ってソルロッドを治療する。
そんな中でダイロンは思考する。逃げるべきか、戦うべきか、諦めるべきか。
取り敢えず諦めるのは論外だ。なら戦うのかと言えばそれも賢い判断とは言えず、逃げるだけで逃げきれるのなら迷いはせずに行動している。つまり戦う事も逃げる事もできないと言う八方塞がりな状況だ。……もしかしたら最初に否定した諦めると言う選択肢が最も懸命なのかも知れない。
「……あ、あの……どど、どうするんですかダイロンさん……っ」
「どうと言われましても……龍を前にした今、何かを為そうとして意味があるとは思えませんからね……」
「だからと言って、まさか諦めて死ぬだなんてバカな事は言わないよね、ダイロンさん」
ディニエルの不安げな問いに苦笑を浮かべて答えるダイロンに、無表情のギルミアが言う。
「……っ……えぇ、諦めるわけがありません。……アマリアさん、どうにかして私達があの龍を押さえ込むので、そこに魔法を叩き込んでもらってもよろしいでしょうか?」
「え、えと、構いませんけど、もう魔力が残っていなくて……」
「ガラドミア……はソルロッドの治療で使い果たすでしょうし、私も龍を押さえ付けるために相当使用するでしょうから譲渡するのは難しいですね……」
ギルミアに煽られて、それに言い返すように強気な表情で言うダイロンはこの場で龍に有効打を与えられるのはアマリアしかいないと考えてアマリアに言うが、魔物の大群を相手にしていたせいで誰も彼も魔力がカツカツだ。どうしたものかと思案するダイロンにサリオンが声をかけた。
「俺は無魔法で身体強化しながら戦うからそれほど魔力は使わんから半分と後少しほど持っていけ。……ディニエルは高位の精霊使いで、魔力の消費もかなり抑えられるだろうから半分ぐらい譲渡しても問題ないだろう。……それで大丈夫かディニエル?」
「……あ……はい……私、魔力を枯渇させたことないので……多分、大丈夫……です……」
「そう言う事なら私の魔力の九割持っていっていいわよ。人間の私なんかより精霊と親しいあなた達が使った方がよっぽど良いもの」
「なら私の魔力もどうぞ」
ダイロンが持つ【魔力譲渡】のスキルを使って魔力を分け合おうと言うサリオン。ディニエルも了承し、人間よりもエルフが……とディーナとサートも自ら申し出る。
そうしてダイロンはサリオンとディニエル、ディーナとサートの魔力を受け取り、それからアマリアへとその魔力を譲渡する。
こうして魔力を分け与えられた場合などは、自身のMPの最大値を越えて保有する事ができる。なのでアマリアは数発…三、四発ぐらいの魔法を放つ事ができるようになったわけである。
……ちなみに、自身のMPの最大値を越えてMPを保有している状態は、コップから水が溢れてしまっているようなものなので、過剰に保有している魔力はどんどん霧散していってしまう。そのために余分な魔力は早々に使用しきらなくては損である。
「龍は蛇のようなものだ。蛇とは違って腕があるが、腕は上半身と呼べる部分にしかないため、下半身の辺りに位置取るようにしていれば脅威にはなり得ない。その場合に気を付けるべきは尻尾だ。蛇のように素早く動くのは先ほどのソルロッドを見ていたら分かると思う。もし素早い尻尾に対処できないのなら上半身を狙ってもいいが、腕と口元に気を付けろ。……いいか? 見ての通り龍は巨大で、それ故に小回りなどが利かないのだろうから常に動き回れ。国を滅ぼせるほどの殲滅力はあるのだろうが、龍の脅威を伝説として伝えるような少数を滅ぼすほど器用ではない。一撃離脱を繰り返せ。それが最も生き残れる確率が高い行動だ。分かったか?」
相談する時間に、魔力を譲渡する時間、それらを与えてくれた龍の意図は不明だが、時間を与えてくれると言うのならばこうして脅威になり得る情報を伝えるべきだ。そう判断してサリオンは舌を回して、魔力切れ一歩手前でへばっているサートとディーナ、ガラドミア以外の全員に伝える。……ガラドミアの治療をソルロッドはサリオンの予備の剣を手にして冷静に龍を睨んでいる。
前衛がサリオン、ギルミア、ソルロッド、全身鎧の四人。
後衛がダイロン、アマリア、ディニエル、元エルフの王の四人……アマリアは詠唱をしなければ魔法を行使する事ができず、最後の攻撃を担う切り札的存在でもあるので実質的に後衛は三人だ。
「──グオオオオオオオオオォォォォォォッ!」
八人の準備が整ったと察した龍は息を吸い、そして挑発するように咆哮した。
「行くぞっ!」
その挑発に乗るように、挑発を切っ掛けにして前衛の四人は走り出した。
サリオンは無魔法で自身の肉体を強化して超人的な速度と力を得て他の三人よりいち速く、尻尾の部分へと駆け付けて、そのまま剣を振るう。先ほどソルロッドの剣のように呆気なく折れるかと思われたサリオンの剣だったが、見れば淡い紫色の光を湛えている。魔力で覆われた剣の刃は折れず、少しの抵抗を経て龍の鱗を切断した。
驚愕に少しだけ目を見開く龍だったが、サリオンのもう一振で鱗の下の肉が斬り付けられて、叫びはしないが身を震わせた。しかしサリオンの攻撃はそれだけでは終わらなかった。刃が龍の肉に到達した一瞬の間だけ刃に雷を走らせて傷口に電流を流す。
肉を斬られる痛みに身を震わせていた龍は、予想しなかった追い討ちに、一瞬遅れて悲鳴をあげた。
「ガアアアァァァアアアッ!?」
「硬いのは鱗だけのようだな。皮はもちろん、肉まで柔らかかったのは僥倖だな」
体の一部から焦げ臭い匂いを漂わせて暴れる龍から距離を取るサリオン。
暴れるのをやめるまで暇だからとチラリと視線を向ければ、ギルミアは暴れる龍の背中に跨がって攻撃を加えていた。ギルミアが使っているのは手斧で、ギルミアはそれを使って龍の鱗を剥がす事だけに尽力しているようだった。ギルミアが振り落とされないのは、盗賊が使っていた馬車の馬を手懐ける際に、馬に跨がったりしていた時に得た【騎乗】のスキルが影響しているのだろう。……サリオンの一撃離脱作戦を実行する意思が感じられない。
ソルロッドは先ほどの事があるからか、暴れる龍に近付く事ができずにサリオンと共に龍を眺めていた。
そして気になるのは全身鎧だ。性別も分からない、何を考えているのかも分からない、声も分からない……そんな謎の人物がどのように戦っているのかサリオンは気になっていたのだ。……そうして目を向けたサリオンが目にしたのは、暴れる龍のに何度吹き飛ばされても何度も何度も駆けていく薄汚い全身鎧の姿だった。……例えるならば狂戦士であろう。どんな攻撃にも屈する事なく、自分の命を捨てるかのように雄叫びを上げて突撃する狂人……全身鎧はそれとそっくりだったが、サリオンの目にはゴーレムのように映った。
狂戦士と言えど攻撃を受ければ多少は怯んだりするが、全身鎧は一切怯んだりせずに突撃する。
狂戦士と言えど平常時は普通の人間だが、全身鎧は平常時ですら人間性を微塵も見せない。だからサリオンからすれば、全身鎧は何かを守るために命を擲つゴーレムのように見えた。
暫くして疲れたのか暴れるのをやめた龍は不気味なものを見る目で全身鎧を見つめるが、サリオンとソルロッドと全身鎧は構わずに龍へと飛びかかる。そしてそこからは後衛からの援護もあった。龍が暴れている時はギルミアに魔法が当たってしまう可能性があったから手出しできなかったが、龍が疲弊している今なら攻撃を加えられた。……もっとも、生半可な魔法では大したダメージを与えられないので、お互いの魔法を相殺させての目眩ましや、尻尾による叩き付けの起動をそらしたりなどの龍の動きを阻害する魔法がメインである。攻撃魔法は良くて鱗に傷が付く程度なので仕方ない。
サリオンは魔力を纏わせた剣で龍の鱗を剥がし、肉を断とうとするが、流石に何度も同じ攻撃を食らうほど間抜けではない龍は素早く動かした尻尾でサリオンを叩き潰そうとするが、一撃離脱を頭に入れていたサリオンは問題なく回避できた。欲張りが通用するのは最初だけだと言う事だ。ソルロッドも剣に魔力を流して……とサリオンの戦法を真似て着実に傷を増やしていく。全身鎧の剣は魔剣のようで、二人よりも一度に多くの鱗を剥がす事ができているのだが、龍は全身鎧を特別警戒しているようで、全く攻撃は当たっていない。
順調だ。このままならアマリアの魔法がなくとも撃退……いや、仕留められるかも知れない。サリオンがそう思い、少し余裕そうな笑みを浮かべたところで悪寒が走った。
「前衛、退けー!」
瞬間的な吐き気を催すほどに膨大な魔力を一瞬にして纏う龍。それが危険な攻撃の予兆だと悟ってサリオンは叫んだ。
ソルロッドとギルミアもその魔力を感じたのかサリオンが前衛の「ぜ」の字を口にした瞬間には離れていたのだが、しかし全身鎧はサリオンの叫び声を聞いても龍へと攻撃を繰り出していた。
「おい、何してんだよ! とっとと戻って来ねぇとやべぇぞ!」
「あれは恐らく【龍の息吹】と呼ばれる凶悪なスキルの前兆です! 早く距離を取ってください!」
……【龍の息吹】は魔法と同じで、集めた魔力を変質させる事で属性を得る
られる。魔力を変質させなければ無魔法を弾丸のように放った時のような不可視の衝撃波が放てる。つまり【龍の息吹】は龍専用の魔法である。
退け、とソルロッドとダイロンが叫ぶが全身鎧は退かない。それどころか、口元に魔力を集束させつつあり、魔力を暴発させないように集中しているために身動きを取れない龍の体をよじ登り、一番危険な龍の口の正面に立つ。
目には見えない透明な魔力の塊……目を凝らせば淡い紫色が見えるそれが、炎の属性へと変換され形を成していく。どうやらこの【龍の息吹】は炎属性らしい。
炎が覗く龍の口腔を見据える全身鎧。龍が首を動かして標的を変えようとしないあたり、最初から龍の狙いは全身鎧だったようだと窺える。ならば助けに行っても大丈夫だろうとサリオンとソルロッドが駆け出したところで、【龍の息吹】は完成し、全身鎧へと至近距離で放たれた。
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自分の心臓部分を叩きながらアルタは両手を広げ、勇者アデルと神徒ラウラ、剣神オリアルの攻撃を待つ。
嗤うその口を三日月のように歪めて、邪悪な笑みを浮かべながら魔王であるアルタは待つ。
「世の中にはクドウさんみたいに無害な魔王もいるみたいだけど、お前みたいな魔王は絶対にボク達が倒す! ……行くよラウラ、オリアルさん!」
「はい! 発芽! 超成長!」
駆け出すアデルの斜め後ろを駆けるラウラは返事をしてから、コッソリばら撒いておいた種を成長させて大聖堂を彩る。
ラウラが蒔いていた種は『再生の種』だ。これは砕いても砕いても延々と再生し続ける不壊の種で、コッソリ蒔いておくに相応しい種だ。
そしてこの『再生の種』が成長すると、周囲の栄養を吸って成長する『吸命草』と呼ばれる植物になる。吸命草は『ヴァンパイアウィード』とも呼ばれ、その名の通り血液をも吸収する。つまり、血の海であるこの大聖堂での吸命草は栄養をたっぷり吸って万全の状態でいられるわけである。
「……うんうん……これは凄いね。血の海が一瞬でジャングルじゃないか。なるほどねぇ、これが神徒とやらが神から授かった能力っと。……ふふふ、とても強そうだね」
アデルは身の丈を大きく越えるほどに巨大な吸命草の間を縫うように姿を隠しながらアルタの声がした方へと駆ける。アデルとラウラが剣神オリアルと修業していたのは山であるために、激しく動いて土砂崩れなどを発生させてしまわないように体重を掛けず静かに走る術を得ており、その過程で足音を消す【忍び足】のスキルを得ていたためにその足音は聞こえない。
アルタはアデル達がどこからか迫ってきているか分からないせいで警戒せざるを得ない。
それを理解しているアデルは走っている途中で拾った信者の短剣をどこかへと放り投げて音を立て、アルタがいると思われる場所へ飛び出した。殺気を抑えて息も殺して、心音まで止まったかと錯覚しまうほどに正確で静かな一撃。よく考えれば不自然でしかない音がした方向を向いてしまっていたアルタはしまったとでも言うような表情で振り返りもせず適当にその場を飛び退くが、アデルの一太刀はアルタの肩から腰までをバッサリ裂いた。
流血し、吸命草が大量に植生している危険地帯へと逃げ込むアルタ。アデルの剣に付着した血液と飛び散った血液を、根を伸ばして吸収する吸命草。おかげでこの場所での攻撃の痕跡はなくなった。……このように上手く使えば殺人の隠蔽なども容易くできてしまう植物であるために、吸命草は一般に流通していない。
そんな吸命草が群生する擬似的な森へと逃げ込んだアルタ。【再生】のスキルで傷は回復しつつあるが、吸命草は目の前の栄養を吸収するために根を伸ばすが、植物であるために離れてしまえば逃げきれる。追ってくる根から逃げるのは簡単だが、吸命草の森へと逃げ込んでしまったら傷が癒えるまで足は止められないので、暫くアルタは体力を消耗して走り続けなければいけない。
そんなチャンスを見逃すほどラウラは優しくなかった。隠密系のスキルを使用して吸命草の陰に隠れながらアルタと並走するように後を追い、そしてアルタの進行方向にある吸命草を【植物操作】のスキルで操ってその大きく育った葉でアルタの進路を塞いだ。
この植物がいくら血を吸う危険な植物とは言えど、所詮は植物だ。燃やせば燃えるし破れば破れる。だが、大聖堂全体に生えているこの植物を燃やしてしまうと自分まで焼けて、大きく数を減らした数少ない配下を犠牲にして、ステータスの減少……自分の弱体化を手伝ってしまう事になる。だからこのまま突撃して突き破ろう。
そう考えて吸命草の葉を突き破ったアルタ。すると、視界に多くの情報が飛び込んでくる。幾本もの線が何重にも重なって一瞬では状況を理解できなかった。混乱してはダメだと落ち着いて見回してみれば、地面から伸びている根が網になり、アルタを拘束していた。
このままじゃ的でしかない……と、引き返そうとするが、新たに地面から伸びてきた根っこに後ろから抱き締められていた。
手首や足首などは動かせるが、それ以外が全く動かせない。完全に拘束された。
傷口へと入り込んでくる吸命草の根が容赦なくアルタの血液を吸い上げる。瞬く間に全身の体温が奪われて、痺れるような感覚が走ったかと思えば、すぐにそこの感覚がなくなった。これが自然の脅威かと感心するアルタは、脳の回転が止まるのを自覚すると同時に命を一つ落とした。
アルタが所有している【生物支配】のスキルには支配下にある生物の命を犠牲にして復活できると言う機能があった。これによる復活は完全な状態で行われる。海で溺れて窒息死したなら体内の海水を取り除き、生きる上で最低限必要な空気を体内に生み出して復活する。
そんなありがたい復活の仕方をしてくれるので、溺れたと思った瞬間に自害するなどすれば無事に生き延びられるわけである。
今回の、体内に吸命草の根を残したまま死んでしまうものであれば、肉体を完全な状態で復活させるために生じる肉が再生する力で吸命草の根を千切り、体内に残った吸命草の根をそこから排出する。……そんな普通では考えられない身体の作用で復活が遂げられる。
傷口が塞がり、吸命草が体内に侵入してくる心配のなくなったアルタは、復活したてでクリアな頭を働かせて吸命草の根を引き千切る。力任せな解決ではあるが、先ほどは焦りと疲労と吸命草への未知が思考を妨害していたが、それらがなくなった今、アルタは力任せな解決ができた。
この森の中での流血は死を招くと理解したアルタは取り敢えずは周囲の吸命草を切り落として見晴らしを良くした。
「きゃっ!」
「みぃつけた」
可愛らしい声を上げてしゃがんだ体勢をしているラウラを見てアルタは笑みを浮かべた。あの罠にかかったからには逃げられないだろうが、ちゃんと死を確認するべきだろうと近くで見張っていたラウラ。死者の復活と言う異常事態と突然の除草に驚いて動く事ができず、こうして姿を現す事になっていた。
「【縮地】【鋼鉄体】」
除草を避けるためしゃがんでいたラウラに接近するアルタに、反射的に立ち上がって後ろへ跳ぼうとするラウラだったが、それよりも速くアルタの貫手がラウラの脇腹を抉った。
「い、ぎいいぃぃ……っ!」
「はははは! 小賢しい神徒の苦しむ様は心にグッとくるねェ! いいよいいよ、とっても可哀想でとっても可愛いよォ!」
左横腹を抑えながらフラフラと後退りするラウラに歩み寄って、脇腹を押さえている左手を蹴り付ける。「いいぃぃぃうぅぅぅ……っ」と呻くラウラは痛みに歪んでいた顔をさらに歪めて耐えきれず尻餅をついたが、その衝撃が傷口に響いて小さく呻いた。
嗤うアルタの背後から斬りかかるのは殺気を撒き散らすアデル。そのお粗末な不意討ちに嘲笑を浮かべながら大振りの振り下ろしを回避し、隙まみればアデルを蹴り跳ばそうと足を持ち上げているアルタを後ろから貫くのは存在感を消していたオリアルだった。
「二人の鼓舞や激励こそすれど、魔王討伐は二人の仕事だからと手出しは控えていたが、親しい人間が傷付く様を見せつけられるのは中々に堪えるのだな」
「ぅぐぁ……ぁあがが……」
「助かったよオリアルさん、ありがとう!」
「アデルこそ。私の存在を認識して、殺気を振り撒いてわざとアルタの気を逸らさせたのだろう? おかげで確実に攻撃を通せたんだ。よくやった」
「えへへ」
アルタの腹部から剣を引き抜き、数歩よろめくアルタの背中を押してそのまま転倒させる。倒れたアルタの腹部からは血が流れ、地面に水溜まりを生み出していた。それを見たオリアルは少しアデルと会話してからラウラへと近付く。
「大丈夫かラウラ。痛みで集中できないのなら私が聖魔法で治療しよう。傷口を見せてくれ」
「オリアルさん危険です! その人、吸命草に血液を直に吸われて死んだはずなのに生き返ってきたんです!」
「……なに? ふむ、一度殺されただけでは死なない魔王か……聞いた覚えはあるが、そうとなれば厄介だな。こいつの命が幾つあるのかなど知らないし、今のところ痛手は受けていないが、戦いが長引けば不利になってしまう。……最果ての大陸の件もあるし一度退いておくべきか」
言われて振り返り、地面に倒れ伏しているアルタの頭部に剣を突き立てるオリアルは、アデルにラウラの治療を任せて、アルタがどのようにして復活するのかを観察する。……復活の仕方によって以降の対処方法が変わってくるからで、悪趣味なわけではない。
すると、オリアルの剣は再生するアルタの肉によってへし折られ、体内に残った刃が排出された。
起き上がろうとするアルタの後頭部を踏みつけるオリアルは、腕立て伏せをするようにして立ち上がろうとするアルタに体重をかけながら、アイテムボックスから予備の剣を取り出して再びアルタの胸を刺し貫いた。
アルタが死んだ事によって抵抗がなくなった頭から足を離してオリアルはどうしようかと思案し始めた。何度も復活し、起き上がろうとするアルタを殺して黙らせて思案する。