第346話 狡猾と賢愚は紙一重
血塗れの光景が広がる大聖堂、そこでは歴史に刻まれるような戦いが繰り広げられようとしていた。勇者と神徒と剣神、そして魔王の戦いだ。
主に子供が好んで読んでいるお伽噺に出てくるような心が疼き、心が踊る戦いである。……しかしそれは子供達に夢を与えるものであると同時に、人類の存亡を懸けた頂上決戦でもあった。目を輝かせて見聞きしていいものなのかの判断がつかないその戦いが起こる少し前……まだ教皇が逃げずに大聖堂で過ごしていた頃だ。
教皇はいつものように信者から聖女と聖女だった者が持つ特殊なスキルである【運命視】を使用して、逃亡した聖女ソフィアの捜索を懇願されていた。……同じような文句で懇願する信者に、同じような文句で拒否する教皇。
教皇が教会の勢力となる聖女の捜索を拒否する理由は、それがソフィアにとって望ましいことではない事と、ソフィアに視えた運命、【運命視】に課せられた制限にあった。
愛娘のように可愛がっていたソフィアが教会での暮らしを望まないのであれば教皇は止めない。
そして、ソフィアに【運命視】を使用して視えた運命──閉ざす何かの存在。それはとても大きな何かであったが、運命を曖昧にする『称号』の存在のせいで詳しくは知れなかった。その規模も、ソフィアを呑み込む意図も、いつどこでどのように……何もかも。ただ、ソフィアを呑み込み、閉ざすと言う事だけが分かった。だから教皇は不可解な存在が這い寄るソフィアを人通りが多い一国の王都に近付けるわけにはいかずに捜索を拒み続ける。
最後に【運命視】に課せられた制限についだが、聖女の特権である【運命視】を聖女でなくなったもと聖女が使うには代償が必要となっていた。その代償とは、一年の寿命だ。あと数年もすれば三十路である教皇はそろそろ寿命を意識しだす頃であり、どのくらい残されているのか分からない寿命が関わってくるとなれば【運命視】の使用に関しては慎重にならざるを得なくなっていた。
……以上の理由から教皇は聖女ソフィアの捜索に前のめりになろうとしない。
そんな教皇は【運命視】の使用による寿命の喪失などとは関係なく、命の危険感じていた。
聖女の捜索に乗り出さない自分に対して不信感を抱く信者と、教会を鬱陶しく思う国にとって利益しかない勇者と神徒の投獄と続けば、そろそろ暗殺者でも仕向けられるような気がしていた。……そうして教会の勢力を削いで、削がれた勢力を立て直せる教皇と言う存在を始末すれば確実に教会は破滅する。
ズル賢い貴族共の考えそうな事だと……教皇は自分の運命を、一年の寿命代償に【運命視】を使用した。
そうして教皇が見た自分の運命は、やはりと言うべきか『死』だった。見覚えのない男に蹂躙される信者と自分の姿が見えた。農作物を収穫するが如く適当で、そして適当に皆殺しにされる光景。
そんな自分達を殺す者は国からの刺客なのだろうが、余程自分の腕に覚えがあるのか、それともただのバカなのか、一切その身を隠さず黒い髪に黒い目を晒していた。
……黒髪黒目と言うのはこの世界ではそれほど珍しいわけではないが、かと言って多いわけでもない、それなりに印象に残る容姿だ。
なのでと言うわけではないが、教皇の頭にはあの時ソフィアの運命から見えた男が過っていた。鮮明に見る事のできない男が過っていた。それは、黒髪黒目と言う特徴などで呼び起こされずとも、決して忘れる事がないと言えるほどに強く印象に残っていた。
それはともかくとして、問題は刺客である黒髪黒目の男だ。視た限りでは自分達ではとても勝てそうにないのだが、その後大聖堂にやってくる勇者と神徒と見覚えのない誰かと戦闘になるようだった。……全員が『称号』持ちのようで結末は見えなかったが、多対一である。勝算はあるだろう。
……どうすれば生き残れるだろうかと考えた教皇が出した結論は、インサニエルとカエクスを連れてこっそり教会を出ると言うものだった。
教皇がいる大聖堂に刺客がやって来るのは当然として、ならば呼ばれてもおらず、投獄されていたはずの勇者と神徒は何を察知してやってきたのか。……投獄されていたはずなのに……と言うのはこの件に関係ないだろうから置いておくとして、正義の味方である勇者と神徒がやってくる要因は、悪の存在……この場で言えば人を殺した刺客だ。
つまり勇者と神徒を誘き出すには最低でもここで誰かを死なせなければいけないと言う事だ。自分は生き残るとして、なら犠牲にできるのは何も知らない信者達しかいない。ちょうど最近は聖女聖女、ソフィアソフィアとうるさかったしちょうどいいだろう。……だが、勇者と神徒と見知らぬ誰かと魔王と言う、人類の存亡を懸けた途轍もない激闘の行方が見えないのは少々……いやかなり不安だと言う事で、戦力として期待できて、尚且つ信者の死を厭わないであろうインサニエルとカエクスを戦闘への戦力として連れだそう。
……そんな思考を経て教皇は大聖堂から逃げ出していたために、アルタに殺されずに済んでいるわけである。
通り魔のせいで喧騒に包まれている街の路地裏から大聖堂を眺める教皇はそろそろ大聖堂に戻るべきだろうと考えてもインサニエルとカエクスに声をかけた。
「そろそろ大聖堂に戻りましょう。遠目からなのでハッキリとは見えませんでしたが、勇者様と神徒様らしき人影が大聖堂へ入っていくのが見えました」
「分かりました。……しかし自分達が勇者様方と魔王の戦いに介入して邪魔にはなりませんかね? 腕に覚えがあると言えど、自分もカエクス司教も【聖者】の処分を邪魔したどこぞの誰かに敗走する程度ですけれど……」
「……ここにきて今さら尻込みされても困るのですけれど……そうですね……でしたら暫くの間は教会の内部を観察しましょうか。ちょうど教壇上部にあるステンドガラスが割られているようですし、向こうの時計塔から様子見をしていましょう」
弱気なインサニエルに困ったような目を向ける教皇だったが、すぐに代わりの案を考えてそれを受け入れたインサニエルとカエクスと共に時計塔へと移動する。カエクスは事情があって地面を歩けないためにインサニエルの腕に蝙蝠のようにぶら下がって移動する。上半身はお辞儀するように曲げているために、地面と頭が擦れて血のカツラを被ってしまう心配はない。
元聖女、現教皇と言えど、一時期は修行として冒険者の真似事もしていたために教皇はインサニエルにも付いていく事ができた。聖女でなくなり、【運命視】に制限がかけられて寿命を消費するようになったが、やはり【運命視】もスキルであるためにMPを消費してしまうので、冒険者のように魔物を狩ってレベルを上げてMPの最大値を向上させたりもしていたのである。
そのおかげで時計塔の展望台になっている場所までは数分程度で辿り着く事ができた。カエクスは教皇インサニエルが立っている風通しの言い場所の裏側に蝙蝠のように張り付く。その様は影の中の世界に生きる生物のようで、蝙蝠のようにも見えるために、吸血鬼に見えない事もない。
「……見たところ勇者様方が優勢なように見えますが、あの刺客の動きは私が【運命視】で見たものよりも鈍いので、まだ今のところはなんとも言えませんね。……あら?」
割れたステンドガラスから少しだけ覗いているのは、壁に叩き付けられたらしい刺客を煙ごと囲むアデルとラウラ、オリアルの姿だ。そこで教皇は目を細めて教会の入り口へと近付く者達を見つけた。
現在の王都シックサールは通り魔の出現によって数十人もの被害者を出しており、とても混沌としていた。そしてその通り魔は大聖堂の方へと向かっていっていたために、人々はその反対へと喧騒を連れて避難しており、今大聖堂に近付くのは衛兵や兵士、騎士ぐらいなのだろうが、教皇が目を細めて見るのは誰がどう見ても一般人である。
「大変……一般の方が大聖堂に……!」
信者は犠牲にした教皇だったが、流石に鬱陶しく思っていない一般人は危険な目に遭おうとしていたら顔を青くして、時計塔を駆け下りて大聖堂へと向かってしまう。「あ、ちょっと聖下!」とインサニエルは後を追い、教皇の行き先を悟ったカエクスはローブを広げてムササビのように空を滑空し、先回りをしようとする。風魔法の補助もあってそんな無茶が成り立っていた。……どこかの誰かと同じ言い方をするならば忍者白ローブだろう。
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クルトはラヴィアを強引に立ち上がらせ、下着に短パン、スカートを穿かせて、それからラヴィアの手を引いて夜の森を進む。未だにラヴィアは困惑しているが、もう構っていられない。うじうじしていても無駄、いつまでも引き摺っても無駄、だから多少強引にでも自棄になったように行動を起こす必要があった。
賢者と言われてもこんな時にはどうするのが最適なのか分からず、いい加減な行動をする自分は、やはりまだまだ賢者と呼べるほどに立派な存在ではないようで……
……それに、自分が最低な人間なのだと知った。
夜の森を抜けて自宅へと戻ったクルトとラヴィア。二人の間には微妙な空気が流れている。気まずいのだが、お互いに離れようとはしない。汗ばんだ手の平が重なりあっていて滑る。
ハッキリとは覚えていないものであったがが、クルトはその感覚に似た何かに触れた事があり、鼓動を速くしてしまう。どこからか漂う仄かな甘い匂いを振り切るようにクルトはラヴィアの手を離して「お、おやすみなさいっ!」と言い残して自室へと飛び込んだ。
残されたラヴィアは、疑問符を浮かべながらも自分に貸し与えられた部屋へと戻り、眠りについた。
翌日、ラヴィアが冒険者か狩人のどちらとして生きるべきかを探るために、今度はクルトが冒険者ギルドで受けたクエストをラヴィアにこなさせる。
禁止されている行為ではあるが、バレなければ問題ないし、ここのギルドマスターはルイスであるために、融通を利かせてくれるだろうと考えて実行している。……優秀な冒険者と、優秀な冒険者が面倒を見ている将来冒険者になるかも知れない卵……ルイスにとって十分に有益であるのだから。
受けた依頼は初心者らしくゴブリン狩りだ。Aランク冒険者のクルトがゴブリン狩りのクエストを受けた事を受付嬢は訝しんでいたが、このギルドでの数少ないAランク冒険者であるために口を挟みはしなかった。
ちなみに、クルトとラヴィアの関係についてだが、寝て起きたら気分が晴れたのか、ラヴィアはいつも通りに振る舞っていた。自室に飛び込む直前に嗅いだ甘い匂いと森での出来事のせいで一睡もできず、気分が晴れなかったクルトはそんなラヴィアを不思議に思いながらも、いつも通りに振る舞おうと努力していた。……本当に嫌ではなかったのか、気にしていないのかと考えてしまうが、尋ねなければわからず、しかしいつも通りに振る舞っているラヴィアに尋ねる事もできない……そんなもどかしさをクルトは味わっていた。
そして、ゴブリン狩りに関してだが、やはりラヴィアは戦闘経験が皆無な村娘とは思えないほどの動きであっという間に終わらせてしまい、求められていた数である八体を大幅に越えて三十三体も倒した。昨日倒した蟻……兵隊蟻と危険度はさほど変わらないためにクルトに驚きはなかったが、やはり本当にただの村娘なのかと言う疑問は相変わらずだ。
「できました、余裕でしたよクルトさん! これならあの時クルトさんに助けて貰わなくてもなんとかなったかも知れませんね!」
「あの時……あぁ、善人のフリをした悪人の事ですか。そうかも知れませんけど、慢心や油断をするのはよくないですよ。俺より遥かに強い友達もよくそう言ってました」
「うぅ……分かりました。……それにしても、クルトさんより強い人ですかぁ……魔王になる前のクルトさんならまだ分かりますけど、魔王になった今のクルトさんでもその人に敵わなかったりします?」
「どうでしょうか……俺もあの人の本気を見た事があるわけじゃないからなんとも言えないんですけど、黒龍や白龍を力捩じ伏せて服従させたり、キメラを殺せるほどには強かったのは確かですね……」
「キメラ……そうですか……それは……途轍もないですね……ですけど今のクルトさんなら──」
……そんな他愛もない話をする二人。昨日の通りに進むならばこの後にラヴィアが発情しだすのだが、今回はそのような様子は見られない。
ホッと一息吐いたクルトはゴブリンの死骸を必要な数だけ自分のアイテムボックスに詰めて、残りの死骸をラヴィアのアイテムボックスにしまわせる。せっかく倒したのだから狩人のように冒険者ギルドを介さずに売ってしまおうと言う事である。
クルトはラヴィアの発情の件について考えながら帰路に着く。
(一度発散したから落ち着いているのかも知れないですけど、発情期とつくのですからまた同じ風になってしまう可能性が高いです……注意しておく必要がありますね。……万が一、ギルド内で発情されてしまえば、殆どの男性がラヴィアさんのフェロモンにやられて面倒臭い事になるのは間違いありません……そうなってしまった場合になんとかできるのは俺や他の女性だけですから、俺までやられてしまわないようにしないと……そうしないと……)
そう考えてしまえば身震いしてしまう。恋人でもなんでもないラヴィアだが、一応は知り合いだか友達だかのような存在ではあるために、危険な目に遭わないようにはしておきたい。クルトはそう考えて気を引き締めた。
そんなクルトは冒険者ギルドに到着すると急いで受付へ向かい、クエストの達成報告をする。丁寧な対応をする受付嬢には少々失礼な態度で接してしまったが、仕方ない事だと考えて心の中で謝っておく。
それからはラヴィアが発情する事もなく無事にギルド内での用事を終えたクルトはそこでとある話を耳にした。それは最果ての大陸についての情報だった。とっくに知れ渡っている情報であったが、間が悪いクルトは悉くその話を耳にしなかったのである。
最果ての大陸の魔物がこの大陸を目指してやってきている。
そう聞いて最初に考えた事がアデルだった。こんな大事となれば、勇者であるアデルが関与しないはずがない。
……きっとこれはチャンスなのだろう。賢者の力と魔王の力を併せ持つ自分と勇者であるアデルとを比べるチャンス。そしてこの比較で自分の最後か最後でないかが決まる。
賢者と魔王を兼ねているのに、それでもアデルに届かないのであれば、もう自分は何をやっても無駄だ、終わりだと。……比較するのは、追い越すのは、並ぼうとするのはやめよう……妥協した結果であるアデルの横にも立てないのなら、妥協しても無理ならもうやめてしまおう。きっと自分以外にアデルには相応しい人がいるのだ……そう、先ほどの話にも出た黒龍と白龍を服従させ、キメラをも殺すあの人のような……圧倒的強者が。
諦める潔さ……無駄な努力をしない賢さと、未練がましく諦められない愚かさ……今まで散々に愚かの道を進んできたクルトは、自分が思う賢い選択をしようと決めた。
……もしそうなってしまえば自分はこれからどうしようか。誰を愛して誰と生きればいいのか。……いや、誰とも生きるべきではないのかも知れない。好きになった相手より前を歩きたがる自分では誰も幸せにできないのだろうから。自分のそばに居れるだけで幸せだと言うような物好きであれば別だが、しかしそんな物好きなど居ないに等しいので、どの道独りだと言う事だ。
そうなってしまわないためにも、強くならなくてはならない。アデルと添い遂げる資格があるのかを知るためにアブレンクング王国へと向かわなくてはならない。
……あぁ、そうだ。もしラヴィアさえこんな自分を受け入れてくれると言うのならば、純潔を散らしてしまった償いとして愛そうとしてみるのも良いかも知れない。愚かな自分だから償うどころかラヴィアを不快にさせてしまうかも知れないが、自分を抑え込めば賢くいられるはずだ。
「クルトさん、聞きました? 最果ての大陸から魔物がやってきてるんですって。私、最果ての大陸の魔物がどれぐらい強いのか知りませんけど、きっとクルトさんの方が強いですよね? だってクルトさんは賢者ですし、しかも魔王なんですよ? それってお伽噺に出てくる役割を持ったキャラクター二人分って事じゃないですか。そんなの怖いもの無しに決まってますよ」
「……えっと……何が言いたいんですか?」
「戦いに行きましょう! クルトさんは賢者なんですし、人類のために戦った方がいいですよ! ……それに、クルトさんは誰かのために強くなろうとしてるんですよね? なら戦ってその人のために強くならないと……ですよね?」
もちろんそうなのだが、どうしてラヴィアは自分が人のために力を求めている事を知っているのだろうか。疑問に思うクルトだったが、それに気付いた様子のラヴィアは頬を膨らませて言った。
「……む、クルトさんが自分で言ったんですよ? 無力感から解放されたいから強くなりたいって……もしかしたら言ってなかったかも知れませんけど、劣等感がどうのって私に悩みを打ち明けたんですから、私が理解していて当然ですよね?」
「あー……そう言えばそうだったかも知れないですね。感情が抑えきれなくなって自分をさらけ出した覚えがあります。……なんせ、ラヴィアさんに打ち明ける前にも知らない人に公衆銭湯で悩みを聞いて貰いましたし、誰にも話してないですけど一人で悩んだりも結構してましたから、俺の中の記憶が曖昧になっているんでしょうかね? その、すみません、俺の悩みを聞いて貰っていたのに忘れてしまっていて……」
同じ事を何度も考えすぎたせいもあるが、これはラヴィアへの関心の無さが生んだ忘却だ。多少はクルトの心の支えになっていたラヴィアだったが、支えと言う存在であるからこそありがたみを忘れてしまう。華美な机があったとすれば、大抵の人間が板の部分だけを見て、足を……支えに関心を示さないのと同じ。……目立たないけどありがたい存在言う意味では縁の下の力持ちと言う言葉が似合うだろう。
クルトにとってのラヴィアはまさにそんな存在だった。
「謝ってくれるのならいいですけど……あ、じゃあ許す代わりに私も連れていってくださいよ。大丈夫です、足手まといにはなりませんから! ……そこらの騎士より戦えるのはクルトさんも見てたから分かるでしょう? 」
「騎士と共闘する機会ならありましたけど、そこまで注目していなくて、騎士の強さとかあんまり詳しく知らないのでなんとも言えませんが、たかだかゴブリンを三十体仕留めた程度で傲らない方がいいですよ。Fランクの冒険者として見れば破格の仕事振りですけど、そこらにゴロゴロ居るDランクとかCランクとかになるとこのぐらいは普通なんですからね。……そして今回の件には十中八九国中の……いえ、国外の冒険者も徴集されるのでしょうから、ラヴィアさん程度の冒険者なんていくらでも現れます。なので有象無象の一人に過ぎないラヴィアさんがこの戦いに加わったとしても焼け石に水……足手まといになってしまいます」
膨らませていた頬を元に戻して言ったラヴィアだったが、クルトに制されて再び頬を膨らませる。
「うぅ……クルトさんのバカ……ゴブリンをいっぱい倒しても褒めてくれないですし、今だって頑張ってゴブリン倒してた私に対して無遠慮に……」
「……えぇと……ごめんなさい……でも、俺はラヴィアさんを危険な目に遭わせたくて……」
「……許して欲しいですか?」
「できるなら……」
「じゃあ私も連れていってください!」
「それはダメです」
それほど関心を抱いていないとしても、一度は関わってしまった知人であるから、できるなら危険に晒したくなくてクルトはラヴィアの同行を拒む。
クルトの脛の辺りを何度も蹴り付けるラヴィアに、痛がるクルト。
「クルトさんは私の本気を見たことがないからそんな事が言えるんですよ」
「本気って……ゴブリンを三十体倒したって言っても、戦った事すらない村娘だったんでしょう? なのにどうしてそんなに自分の力を信用できるんですか?」
「いやいや、自分の力ですよ? まだまだ余裕がある事ぐらい分かりますって」
「……いや、今まで戦った事がなかったただの村娘がそんな力持ってるわけがないんですよ。きっと錯覚ですよそれは。たまたま戦い始めてすぐに兵隊蟻とゴブリンを狩れたから自分を強いと、まだまだ余裕があると錯覚しているだけです。自分の才能に胡座をかいて進めない堕落した人間が抱いてるような錯覚ですそれは」
「……分かりました……そこまで言うなら森へ行きましょう! そこで私がどれだけ強いのかを披露します!」
ラヴィアがそう言うので、クルトはラヴィアの目を覚まさせてやるためにもそれを受け入れた。ラヴィアが何をしようと普通だと言って諦めさせよう。これはラヴィアを煽てて勘違いさせてしまった自分の責任もあるのだから、ラヴィアが調子に乗ってしまわないように律するべきだろう。
そうして再びティアネーの森へとやってきたクルトとラヴィア。ズンズンと奥地に進んでいくラヴィアにクルトは付いていく。
いったいどこまで行くのだろうか……奥に進めば進むほど強力な魔物が生息していると言うのに……怖いわけではないが、万が一の事態が起こっては大変だからとクルトがとめようとした時、ちょうどラヴィアがその歩みをとめた。魔物を見つけたのかとクルトは周囲の気配を感じ取ろうとするが、しかし周囲には何もいない。そして眼前には壁かと見紛うほどに大きく分厚い岩があった。どう間違ってもただの村娘如きにはどうこうできない代物だ。
……なるほど、魔物討伐ではなく何かを破壊する事で力を証明すると言う事かと理解したクルトはそのまま沈黙を保つ。
「今からこの大岩を粉砕して私の本気を証明します」
「はい、いつでもどうぞ」
どうせ砕けないだろうと高を括るクルトだったが、次に目に飛び込んできた光景には目を丸くして、目の前の光景と自分の眼球を疑ってしまった。
ラヴィアが何でもない事かのように殴り付けると、爆散するように飛び散る砕けた岩の破片。魔力が込められた形跡も、特殊な技術を用いた様子もない。つまりただの村娘のパンチで容易く岩が砕け散ったわけである。
「これが私の本気……の半分です。どうやら私にはまだまだ余裕があるみたいですね。……どうですか? これならついていっても良いですよね? 私の力は証明できましたよ?」
「……えぇ、仕方ありませんね……約束は約束ですから」
自分の体なのに理解度が低いとしか思えない発言をするラヴィアは、クルトに詰め寄って言う。そんなラヴィアに約束だからと返事をしながらクルトは確信する。
やはりラヴィアはただの村娘ではない、と。兵隊蟻を二十匹近く仕留め、さらにゴブリンを三十体近く仕留めていたので普通ではないのなど明らかだったが、それまでは戦いの才能があるのならばあり得る話ではあったのだが、今ので才能の一言で片付けられるものじゃないのだと確信した。
……ならばラヴィアがこのような力を手に入れた原因はなんだろうか。
恐らく力を手に入れたのは自分と出会ってからだ。そうでなければラヴィアを襲おうとしていた男に、ラヴィアが捕まってしまった際にした抵抗で、男が吹き飛んでいない事の説明がつかない。……それからラヴィアと出会ってからの記憶を順番に辿っていくクルトだったが、ラヴィアが持つ力に関しての答えらしきものはすぐに見つかった。
 




