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第345話 魔王城

 自分の頭を撫でる秋の手の甲に、自分の手のひらを重ねたセレネは、その体勢のまま秋を見上げて言った。


「おかえり」

「おう、ただいま」


 短く簡潔で淡白なやり取りではあったが、それほど喋る事が好きではない二人にとっては十分だった。


「アキ、これなに?」


 魔王城密集地帯を囲むようにある大地の亀裂を指差してセレネは秋に尋ねる。


「夕飯の後で、みんなが揃ったら話すから待っていてくれ」


 王都ソルスミードの飲食店でオリヴィアやラモン達のものと思われる噂話を聞いて、さっさとミスラの森へ向かわなくてはと思っていた秋だったが、話の内容から察するにオリヴィア達が戦いの準備をしていたのは今日である。

 最果ての大陸から魔物がやってきているのは確かだが、つまり今やっと準備を始めたと言う段階で、アブレンクング王国までの移動時間を考えれば、まだ少し時間に余裕があるのだろうと、大地に亀裂を生み出している時に考えを改めていた。……そのため、魔王城でセレネ達との夕飯を済ませてからミスラの森へ向かおうと予定を立てていた。


 だが、大地の亀裂の件についてを話せば、フレイアの件に関して話すほどの時間がとれなくなってしまうために、フレイアの件は話さないつもりである。


 ……と言うのはただの建前で、本当の事を言えば、伝える覚悟がなかっただけだ。


 ニグレドとアルベド、クラエルにアケファロスはすんなりと秋の凶行を受け入れていたが、ソフィアやセレネ、ジェシカにスヴェルグがそう簡単にあの凶行を受け入れてくれるとは思えなかったのである。

 ニグレドとアルベドとクラエルは生来の魔物であるために、ヒト種とは感性が違ったおかげで受け入れたのだろうと考える秋は、同じヒト種で感性に大きな違いがないソフィア達に受け入れられる気がしなかった。……その点で言えば元人間のアケファロスがなぜ受け入れてくれたのかは疑問でしかないが、押しに弱いアケファロスであるから、その場の空気に流されたのだろうと思っておく事で納得している。


 ソフィアは『希望にも絶望にもなり得る生物の王』と言う重要な要素を教皇から告げられて条件に当てはまる秋に保護されている。なので、フレイアを殺して喰ったなどと知られてしまえば、その瞬間から自分がソフィアにとっての絶望へと近付いてしまい、距離を置かれてしまうであろうと考えるのは容易だったために話せない。

 セレネに関しても概ねソフィアと同じ理由だ。ソフィアと同じで、被保護者であるセレネが保護者である秋が危険な存在だと知ってしまえば距離を置かれてしまうだろう。

 スヴェルグは単純に曲がった事が嫌いな人物だと知っているために、フレイアを殺したと知られれば距離を置かれるどころか、最悪の場合敵対してしまうかも知れない。

 ジェシカも普段はお調子者を演じているが、根が真面目なのは知っている。それに、家族以外で唯一親しい同郷の人間だ。つまり生まれた時より持ち合わせている感性は大体同じであり、常識人である。なのでやはり関係に亀裂が入ってしまうだろう。


 ……なので秋は話さない、伝えない。

 化けの皮……仮面を被り、人と本音で接する事をしてこなかった人間が今さら人を信じる事など不可能と言えるほどに難しく、そして漸くできた大切な人達をどうしても失いたくないと願ってしまうのだ。


「ん……分かった、待つ」


 夕飯まで待っていてくれと言う秋に頷いて、その代わりとばかりに身を寄せるセレネ。秋は自分が成長できていない事に苦笑しながらも、まぁ仕方ない、と言い訳してそれを享受する。

 ……そんな甘えた考えをしていた罰だろうか。セレネは秋が一番触れられたくなかった事に触れてきた。


「アキ、フレイアは?」


 それは悪意のない単純な疑問だったのだろうが、激しく秋の心を乱す。どう答えるべきかと、どう誤魔化すべきか……グルグルと思考が巡る。


「どうしたの、アキ?」

「……いや、なんでもない」


 首を傾げるセレネにそう言ってから、秋はセレネの頭を撫でる。セレネの頭に乗せられた手の平は、先ほどのような温かいものではなく、どこか冷たいものだったが、体温的な意味ではない。怯えるように震えているようにも感じられた。


 何か聞いてはいけない事を聞いてしまった事を察したセレネは、秋の手の平に頭を擦り付けて話す事をやめた。





 それから暫くして空が赤みを帯び始めてきた頃、そろそろ夕飯時だと言う事で魔王城内へと二人は戻っていく。身をピッタリと身を寄せてくるセレネを少々鬱陶しく思いながらも、嫌ではないのでそのままにして魔王城内を進む。

 魔王城内はかなり広く創ってあるが、しかし広すぎて使いきれず、生活区域はかなり狭まっている。そのせいだろう。魔王城内を進んで間も無くして、一つの部屋から同時に出てきたソフィアとジェシカ、スヴェルグと遭遇してしまう。……あれからずっとスヴェルグの説教を受けていたのだろうか。


「「あー!!」」

「おやおや……」


 ソフィアジェシカはピッタリと密着している秋とセレネを指差して大声を上げ、スヴェルグは口元に手を当ててにまにまと笑みを浮かべている。


「セレネちゃん狡い!」

「そうですよ、独り占めなんて狡いです!」


 駆け寄ってくるソフィアとジェシカはそのままの勢いに秋へと抱き付こうとするが、その瞬間に二人が抱き付けるスペースがなくなってしまう。二人が抱き付こうとした場所には、セレネと瓜二つの姿をした黒い霧が張り付いていたのである。


「セレネさんが増えました!?」

「くぅっ……! スキルまで使って邪魔をするなんて……っ!」

「……早い者勝ち。敗者は指を加えて見てて」


 ピースサインをして勝ち誇るセレネと、悔しがるソフィアとジェシカと、笑いながら歩いてくるスヴェルグ。……そんな四人を見て秋は悟った。誰も夕飯作っていなかったのだと。


 仕方ないので、秋はスキルの力を存分に発揮して手早く簡単に全員分の食事を作る。先ほど起床してきたニグレドとアルベド、クラエルとアケファロスの分もである。

 数億の生物を喰った秋は一般人が持っているような基本的なスキルを一通り使えるようになっており、しかもその大半のスキルレベルは最大値まで上昇しているため、そこらの執事や侍女など比べ物にならないほどに、あらゆる事をこなせるようになっている。


「すまないねぇ、アキ坊。二人の説教に夢中になって夕飯の準備をすっかり忘れてたよ」

「気にするな。……と言うかやっぱりここでの家事とかはスヴェルグがやってたんだな」

「まぁね……クラエルとセレネとソフィア、アケファロスはよく手伝ってくれるんだけどねぇ、ニグレドとアルベドとジェシカの三人はいつもゴロゴロしてばかりで大変なんだよ。子供を持ったらこんな感じなんだろうなって結婚もしてないのに考えさせられるなんて思いもしなかったよ」

「……お疲れ様」


 主婦が吐く愚痴のようなものを溢すスヴェルグを適当に労ってから、秋はゴロゴロしてばかりらしい三人に目を向ける。


「ジェシカはともかく、まさか屋敷でメイドをしていたお前らまでぐーたらしてるとは思わなかったな」

「……ともかくって……私がゴロゴロしてるのってそんなに当たり前のような事なの……?」


 何気ない一言にショック受けるジェシカだったが、しかし誰も反応しない。


「うぬ……確かにメイドはしていたし、それも少しは楽しかったが、毎日早起きして人のために働くなど面倒臭くて仕方なかったのだ。やはり我は快適な環境で自堕落な生活を送っているのが性に合うのだ」

「うむ、人間の生活は快適じゃから仕方あるまい。文句ならば文明に言う事じゃな」

「後であんたら三人纏めて説教だからね」

「え!? それって私も含まれてたりする!? 二人みたいに開き直ってないからセーフでしょ!?」

「あのねぇ……ゴロゴロしてる時点で説教は決定なんだよジェシカ」


 ……と、そんないつもと変わらないやり取りに秋は少しだけ表情を弛緩させていた。再び説教が待ち受けている事に表情を暗くするジェシカと、気にする事なく肉を頬張るニグレドとアルベド。取り敢えずこの場は落ち着いたようだった。

 そこで、話を切り出すのは今だろうとソフィアが口を開いた。


「あの、アキさん」

「なんだ?」

「ニグレドさん達に言われて帰って来たのは分かりますけど、何か大事な用事があったんですよね? なのにどうしてこんなにあっさり……」


 自分達に何も言わず、夜逃げのような形でここを去った秋。何か大きな目的があるのだろうとは考えていたが、どうしてニグレド達を仕向けただけでこうも簡単に帰って来たのか。自分が知っている秋は自分のしたい事を優先する人だったのに……と、それが疑問だったソフィアはそう尋ねる。もしかしたら目的の何かが一段落したからと言う事かも知れないが、それでも何をしていたかぐらいは聞き出したかった。


「あぁ、それな。飯の後に言おうと思ってたんだが……まぁいいか」


 こうして聞かれたわけだしわざわざ後回しにする必要もないだろう。そう考えた秋は話し出した。


「お前らは最果ての大陸って知ってるよな?」

「この間行きましたね。……それがどうかしたのですか?」

「どうやらそこの魔物がこの大陸に向かってきているみたいでな──」

「ちょちょ、ちょっと待ちな! ……何だって? 最果ての大陸の魔物がこの大陸に向かってきてるって言ったかい!? そんなの一大事じゃないか!」


 話を遮って焦ったように声を上げるスヴェルグ。他は誰も騒いでいないが、事態の大変さが理解できていないクラエル以外は表情を強張らせている。……が、一部の者にはどこかに余裕が見られた。


「あぁ、だから俺が殲滅しに行くんだ。俺の目的にも近付く事ができるからな」

「アキが行くのであれば安心じゃな。アブレンクング王国やミレナリア王国は大きな被害を受けるやも知れぬが……じゃがまぁ、流石にこの辺りまで被害は出んじゃろう」

「そうでもないぞ」

「……なんじゃと?」


 秋がいれば何の被害は受けないだろうと確信していたアルベドだったが、それを否定されてしまい、秋へと振り返って少し焦ったような表情をする。うんうん、と頷いていたニグレドとアケファロスもである。


「最果ての大陸から魔物がやってくるとなれば、当然そこには人類の救世主である勇者と賢者が現れる。そこに魔王である俺が出て行くんだぞ? 何らかの問題が起こるのは分かりきっている。……だから、いつでも魔王として振る舞えるように、この魔王城密集地帯ごとミスラの森へと赴く」

「「「「「「は?」」」」」」


 ニグレドとアルベド、アケファロスとソフィア、ジェシカとスヴェルグの六人の声が揃って響く。クラエルは黙って食事の手を進めており、セレネはなるほどと納得していた。


 ちなみに、魔王城密集地帯の移動は、魔王城建設予定地を聞いた際に出た、アケファロスの案を採用した秋が生み出した空島と同じように【重力操作】のスキルを使用しておこなう。


「な、何を言っているんですかあなたは!? 勇者と賢者がいるからってどうして魔王城を移動させたりするんですか!?」

「勇者と賢者と魔王の争いってのは魔王城で行われるのが当たり前だろ? ……と言うかそのために魔王城を創ったんだから、使わなきゃ損だ。それに、勇者と賢者は俺の友達だからな、久し振りの再会ぐらい落ち着いた場所でしたいじゃないか。……だからお前らには悪いが、我慢してくれって言う話をしようと思ってたんだ」


 当たり前の事だろう、とでも言うように言い放つ秋に向かってアルベドが口を開く。


「……はぁ……ここら一帯を移動させる理由は分かったのじゃ。……じゃがな、少しの間とは言え、ここで暮らした童にはこの城への思い入れと言うものが湧いてきておってな、そう簡単に危険な場所へと送り出す事は受け入れる事ができぬのじゃよ」

「我にも分かるぞ。アルベドのその快適な環境を手放したくないと思うその気持ちがな」

「ななっ!? ……そ、そそ、そう言うわけではない! 童はこの城を我が家のように思って──」

「なるほど。ならこの魔王城だけはここに置いていく……それなら良いか?」


 この魔王城密集地帯自体が空島になってしまうために、役割が被ってしまった空島の魔王城を、小高い丘に建てた魔王城の代わりに配置すれば良いだろうと考えて秋は言う。


「それなら良い。童が気に入っておるのはこの、フレイアが出した案じゃからと気合いを入れて創られた魔王城じゃからのぅ……ここが無事ならなんでも良いのじゃ」

「……別に気合いを入れて創ったわけじゃない。ただ、魔力が枯渇したから万全な状態で創らざるを得なかっただけだ」

「相変わらず下手くそな嘘なのだ」


 一瞬で嘘を見抜かれた秋は舌打ちをしてから話を続ける。


「……で、魔王城密集地帯を移動させる事についての問題はなくなったが……お前らはどうする? 最果ての魔物が片付くまで魔王城密集地帯は安全な空中に浮かせておくが、ついてくるか?」

「ついていきたいのは山々なのですが、そうすると私達はその後に待ち受けている勇者と賢者との争いに巻き込まれてしまいますよね?」

「ん……確かにそうだな。……んじゃあ、魔王城密集地帯とは別にもう一つ魔王城を創って、別の場所に浮かせておけば──」

「それじゃあ魔王城である必要はありませんよね」

「……!」


 アケファロスに悉く一蹴される秋。普段勝つ事ができないからか、アケファロスはとても気分が良さそうである。


「あの、普通に地上から見てるのではダメなんですか?」

「いや、ダメだな。俺は最果ての魔物を、口に変形させた腕で全て呑み込むつもりだから、間違えて……ってか勢い余ってお前達も喰らってしまうかも知れない。……だから孤立した魔王城が適度に目立ってて間違える事もないから、最適な案だと思うんだが……」

「む……なるほど……魔王城が浮いているのであれば目に留まりやすく間違えて喰らってしまう事もなく、浮いているために飛行する魔物以外の攻撃を受けない……確かに、それが一番最適な答えのようですね……」

「だろ? なら孤立した浮遊魔王城で決まりって事で良いな。……それで、ついてくるのに問題がなくなったアケファロスは決定として、他は誰かいるか?」


 観客席に関しての問題がなくなった秋は、集客を始めた。


『みんな行くよ!』


 今まで口を挟む事のなかったクラエルが言う。チラリと目を向ければ、食器に乗った食べ物は平らげられており、クラエルは幸せそうに腹を擦っていた。


『アキと一緒にいたくない人なんかここにはいないもん。……ねー?』

「クラエルの言う通りなのだ。我達はついていくぞ」

「うむ。ただ無意味にゴロゴロしているだけと言うのも芸がないからのぅ、最果ての大陸の魔物の襲撃と言う見世物でも見ながらゴロゴロするのじゃ」

「……ん、ご馳走さま。美味しかった」

「セレネさん…………あ、私も行きますよ!」

「まぁ、私も行くよ。久遠さんのとんでも行動って見てて面白いからさ」

「それじゃああたしはこの子らの保護者って名目で行かせて貰うとしようじゃないか。……どっかのおバカさんがアキ坊に触発されて、戦いたい、なんて言い出したら困るからねぇ」

「あ……え……えと……一応もう一度言っておきますが、私も行きますからね」


 ねー? と可愛らしく微笑んで首を傾げるクラエルに続いてニグレド、アルベド、セレネ、ソフィア、ジェシカ、スヴェルグ……そして、先に同行が決定したせいで除け者にされたかのような感じがしたアケファロスが言った。


 全員が同行を受け入れてくれた事が嬉しくて、頬が弛緩しそうになるが、フレイアの事を打ち明ける事ができておらず、どこか後ろめたい気持ちがあったせいで弛緩する事はなかった。


 ……今……全員の温かい気持ちを受けた今、打ち明けるべきなのかと逡巡する。この後の展開予想し、打ち明けるタイミングができるのかを探る。


 魔王城密集地帯移動させている時は……集中が途切れれば地上へ墜落してしまうために無しだ。

 最果ての魔物を喰らい尽くした後は……すぐに騎士や冒険者、勇者と賢者に見つかってしまうだろうから無しだ。

 勇者と賢者との何らかの争いの後は……色々考えなければいけない事ができてしまうだろうから無しだ。


 ……だが、考えが纏まった後には時間があるだろう。

 神殺しを成すために神界に赴くのなんてハッキリ言ってしまえばいつだってできるのだから、打ち明けるのならばそのタイミングなのだろうが、考えを纏めた後に神殺しを成して、【魂強奪】を手に入れて、フレイアを完全蘇生させて、連れて帰るとすれば、打ち明けるタイミングは遅すぎる。


 どうして今まで言わなかったのだとさらに責められ、ギリギリまで逃げていた情けない男という、早くに打ち明けていれば抱かれるはずのなかった感情を抱かれてしまうだろう。


 ならば打ち明けるタイミングは今しかない。


 秋は意を決して口を開いた。

 誰かに急かされる事なく、自分の思考で、自分の判断で、自分の決断で……覚悟を決めて。


「みんながついてきてくれるって言うのはとても嬉しい、ありがとう。……だけど……こんな空気の中で言うべき事じゃないのかも知れないが、言わせてくれ。……俺が何をしていたのか、フレイアがどこに行ったかと言う事を」

「……アキ……言うのが苦しいのなら言わなくて良いのだぞ……?」

「いや、言わせてくれ。言いたいんだ」


 心配したように言うニグレドにそう言ってから秋は息を吸う。深呼吸と呼べるほど大袈裟なものではないが、気持ちを落ち着かせるために深く息を吸って、そして言葉と共に息を吐き出した。


「……フレイアは……俺が殺して喰った……」

「え……?」

「…………」

「ほう……」


 基本的に無口で無表情なセレネは目を丸くし、ソフィアは声を漏らし、ジェシカは珍しく真剣な眼差しで表情も引き締め、スヴェルグは鋭い目付きで秋を見据えた。


「理由を聞かせてもらおうか、アキ坊? ……まさか何の理由もなく……ってわけでも、喧嘩をして……ってわけでもないだろう?」

「……俺とフレイアが一緒に幸せになるためだ。俺が人間じゃないと言うのは前にも話したから知っていると思うが、そのせいだ。人間とエルフとドワーフなどの寿命が異なるように、人間で寿命があるフレイアと、人間じゃなくて寿命がない俺では生きられる時間が違う」


 いつも思う。一度話せば自分が自分でなくなったかのようにスラスラと口を動かす事ができるんだなと。あれほど躊躇っていたと言うのに、あれほど怯えて竦んでいたと言うのに。


「それがどうしてフレイアを殺して喰った事に繋がるんだい?」

「……俺は殺して喰った生物の蘇生ができるんだ。そしてその殺して喰った生物は寿命がない。だから、フレイアを殺して喰った。俺と同じ不老の生物にするために」


 それも当然だろう。スヴェルグやソフィア、ジェシカとセレネに打ち明けるよりも、オリヴィアに打ち明ける方が大きい覚悟を要したのだから、先にそれを終えてしまった秋は何も気負う必要などなかった。

 それに、秋は知っていた。自分の周囲にはこの程度の事で去っていく弱い者などいない事を。理由がなければ去られていただろうが、きちんと理由を話し、合意の上だったと話せば絶対に受け入れてくれると知っていたはずだ。


 ……本当に俺は何を悩んでいたのだろうか。


 真っ白だが、真っ白ではない奇妙な思考。胸の内から漏れだしてくるとめどない安堵は、まるで出血しているかのよう。死の危険を薄く感じてしまうほどに気持ちが弛緩して、そのまま心臓の動きすらも止めてしまいそうだった。


「……俄には信じ難い話だけど、アンタはビックリするほど嘘を吐くのが下手だから本当なんだろうね。それ、フレイアは受け入れていたんだろうね?」

「あぁ、もちろんだ。……ついでに言えば、拒まれればフレイアとは別れるつもりでもいた。片方だけが老いて死に近付いていくなんて、お互いが幸せになれるとは言えないからな」

「確かにそうだろうけど、それも人間と人外の恋愛の定めなんじゃないのかい?」


 スヴェルグは見定めるような鋭い瞳で言う。直接スヴェルグと目を合わせていないソフィアが身を竦ませて震えてしまうほどに鋭い瞳。それを真っ向から受け止めて、秋は見つめ返す。


「人間と人外の間に定めなんかあるものか」

「……ふっ……はっはっは! ……確かにそうだ! ……すまないね、話を続けて」

「フレイアを不老の生物にするために殺して喰ったは良いが、今の俺にはそうするだけの力がなかった。……だから強くなるために……お前らに打ち明ける勇気がなくて、夜の間にここを抜け出して魔物を狩り続けていたんだ」

「なるほどねぇ……まぁ、そう言う理由があったのならあたしらからは何も言わないさ……ね? セレネ、ソフィア、ジェシカ」


 あんたとフレイアの事情なのだから他人が踏み込めるわけない、とスヴェルグは鋭い目付きを和らげて言い、自分と同じで話を聞かされていなかったであろう事を最初の反応で悟った三人に声をかける。


「ん。一つ不満を言うとすれば、私達のアキへの想いを軽く見られていた事。……だけど、打ち明けてくれたから赦す」


 頷いて返事をしたセレネは少しムッとしたような表情で言った後に、満足げな表情をして言った。基本的に無表情のセレネのそんな表情の変化に秋は目を丸くしていた。


「最初はビックリしましたけど、スヴェルグさんの言う通りアキさんとフレイアさんの話ですから好きにすれば良いと思います。……ですが、その内私にとって他人事じゃなくならせるつもりなので覚悟しておきませんとね?」


 何か含みのある言い方をするソフィアだったが、話の流れ的に考えれば鈍感な秋でも好意を向けられている事が分かってしまうので、曖昧な笑みで取り敢えず答えておく。……フレイアを完全蘇生するまではそう言った事に関しての返事をするつもりはないのである。


「あー! ソフィアたんはまたそうやって久遠さんにアピールするー! 抜け目ない! 狡い! ……あ、えっと私もみんなと同じような感じで二人の恋愛事情に首を突っ込む気はないから安心してね。……まぁ、久遠さんのお嫁さん二号になるつもりではいるからソフィアちゃんと同じで覚悟しなきゃだけど、私を受け入れるなら遠慮なく食べちゃってね! あ、できれば早い内に答えを出して欲しいなぁって……その……老けた状態で久遠さんと添い続けるのも嫌だしさ」


 真剣な表情をしていたジェシカだったが、秋がスヴェルグとの話を進める内にその雰囲気はいつものお調子者へと戻っており、そのせいでふざけているのか本気なのかが分からない。……が、次に発せられたソフィアの言葉でそれが本気だったのだろうと秋は理解した。


「ちょっと、私の事を狡いとか言っておきながらジェシカさんも同じようにアピールしてるじゃないですか! しかも大事なところを濁して言ったのに、なんでもろに言っちゃうんですか!? おかげで私の口説き文句が──」


 それから、やいやいと騒がしいやり取りが始まる。ニグレドもアルベドも、クラエルもセレネも、アケファロスもソフィアもジェシカ……それを茶を啜りながら傍観するスヴェルグ。

 そんないつも通りの光景を、表情を弛緩させた秋は眺めていた。

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