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第343話 流れの繋がり

 アルロ武器商店へとやってきたオリヴィア達は、引き攣った笑みを浮かべて接客をするアルロに連れられて店内の商品を見て回っていた。あれやこれやと品定めをするラモン達だが、この店のうりである魔剣はそこに陳列されていない。

 アルロは未熟な者に魔剣は売らないと自分の中で決めているために、人目に付くような場所には置いていないのである。


 魔剣と言うのは、どれも例外なく強力な力を持っているために、実力も精神も未熟な者に持たせてしまえば、その圧倒的な力に振り回されたり魅了されたりして、自分はもちろん、無関係な人々にまで危害を加えてしまうからだ。

 そんな惨劇を幾度となく目にして、耳にもしてきたアルロだからこそ、そこらの魔剣販売店などとは違って、こうして客を選ぶのである。

 ……魔剣販売店と言えば、ついこの間まで話題になっていた『移動する魔剣屋』なるものが姿を消した事はアルロにとってとても喜ばしい事であった。


 ちなみに、実力も精神も熟しているからと言ってアルロ自ら魔剣を持ち出したりはしない。アルロはその客が求めるまでは絶対に魔剣の存在を知らせない。理由は魔剣の所有者は少ない方が世間のためになるからである。


「…なぁ、確かこの店って普通の剣以外にも魔剣も売ってるんじゃなかったか?」

「えぇ、そのはずですけど……おかしいですわね……先ほどから魔剣らしきものは一切見当たりませんわ……」


 アルロ武器商店が魔剣を売っている事を冒険者ギルドで聞いて知っていたラモンとエリーゼが店内を見回しながら言う。言葉にはしないがマーガレットも疑問符を浮かべながら店内を見回している。


 アルロは魔剣の販売を極力避けたいと言う考えのはずだが、なぜこのように魔剣を売っている事が広く知られているのだろうか。

 それは単純にアルロの判断ミスからくるもので、魔剣を売った相手がアルロ武器商店で魔剣を買ったと触れ回ったからである。それだけでなく、その人物はそれなりに顔が知られていて名声もある人物だったので、影響力も大きく、その噂はあっという間に広まってしまった。

 ……その噂の元凶は、何度致命傷を受けても死なず、決して屈しない【不死身】の通り名を持つミレナリア王国の第一騎士団団長だ。……そしてその噂の加速を手伝っているのは、聖女にしか成せないと言われていた部位欠損を治す力を持つ【聖者】と呼ばれる女である。


 そんな二人は『マテ×ドロ』なるファンクラブができるほどに広く認知されており、熱狂的な信者もついてしまっているものだから、アルロ如きにその噂の浸透を止める術はなかった。……【不死身】が噂を流し、【聖者】との関係を囃し立てるファンクラブが【不死身】が流したその噂をさらに広める……そんな最悪な経路で広まった噂はアルロでなくてもどうしようもなかったのである。


「……アルロさん、品定めはそろそろよろしいのではないですか?」

「えぇそうですね。皆様のお気に召す物はなかったようですし、何より熟した方が魔剣を求めていらっしゃるんですから、僕の方ももういいでしょう。……さ、店の奥へご案内致しましょう」


 柔和な笑みを浮かべてアルロに言うオリヴィアに、普段とは違う畏まった口調で答えるアルロ。相手が貴族だと分かっているからこうして口調を改めているのである。……別にオリヴィアが護衛を連れているから貴族だと見抜いたわけではない。ただ、以前から交流があったからその時にオリヴィアが貴族だと知っただけである。


 アルロに連れられてやってきたのは店の奥……鍛冶場でも錬金部屋でもなく、魔剣だけが無造作に置かれただけの物置部屋だ。


 装飾こそ違えど魔剣の形はどれも似通ったものばかりである。それも当然だろう。魔剣は魔力を流して初めて効果を発揮するのだから見た目が普通なのは当然なのである。……見た目を奇抜な物にする職人もいるが、そうしてしまえば魔剣を使用する前から魔剣だと見破られてしまい、魔剣による初見の不意打ちができなくなってしまうので客からの人気は皆無である。


「すげぇ……これ全部魔剣なのか……? 先生……俺、剣士に乗り換えてもいいですかね?」

「あ?」

「……すみません冗談です」

「そうやってすぐに威圧するのはやめておいた方がいいぞジャンク。……それにしても凄いな。魔剣だどうの以前にここにある剣はどれもこれも業物しかない」


 ライリーはそう言って恐る恐る側にあった魔剣に手を伸ばす。


「僕は出来がいい物だけを魔剣に選んでいますからそう見えてしまうのも仕方ないでしょう。……あと、どれがどの効果などは把握していないので、気になる物があれば一通り試して見てください。この物置部屋には不壊の結界を張ってあるので遠慮なくどうぞ」

「…あんたは結界術まで使えんのか……にしても出来が良い物だけを魔剣に、ねぇ……それってつまり店の方にある剣は魔剣にするに値しねぇ剣だったって事だろ? そんなのぶっ飛んでるぜ」


 入り口のわきでそう言うアルロに呆れたような声色でラモンが言う。魔剣を売っている他にも、良質で比較的安い武器を売っている事で知られているこの店だったが、本当に良質な武器は売っていなかったなどと言われてしまえばラモンが呆れてしまうのは仕方のない事だった。


「私は炎の魔剣が良いな。炎が一番得意な魔法だから、慣れるのも扱うのも簡単だろう……が、炎の属性が付与された魔剣が見付からない……」

「僕の魔剣は効果のイメージに沿った装飾を施していましてね、炎の魔剣であれば赤色か、様々な炎の装飾が施されているはずですよ」


 魔剣を手当たり次第に試すマーガレットにアルロはそう声をかける。……と言っても、敵に魔剣だと知られたり、魔剣の効果を悟られてしまえば、魔剣による不意打ちができなくなってしまうので、色も装飾も控えめであるために魔剣漁りはそれほど楽にはならなかったが、それでも目的の魔剣以外を試す必要がなくなったために格段に楽にはなっている。


「…んじゃ俺は青色の魔剣と、水の装飾された魔剣を探せばいいわけか」

「そう言えばラモンさんは水魔法が得意でしたわね。……わたくしは風魔法が得意ですから……えーと、緑色の魔剣と、風の装飾が施された魔剣を探せばいいのですわよね……っと」

「なんだ、エリーゼも魔剣を選ぶのか?」


 しゃがみこんで魔剣を見定めるエリーゼに、先端に火を灯した魔剣を手にしたマーガレットが尋ねる。……その火はマッチ程度の小さなものなので、マーガレットは明らかなハズレを手にしているわけである。


「えぇ、敵が懐に潜り込んできた場合などに使おうと思いまして……店長さん、短剣のように刀身が短いものはありませんの?」

「短剣型の魔剣でしたら隣の物置部屋に置いてありますよ。興味があるのでしたらご自由にどうぞ」

「確かに接近戦の事も視野に入れておくべきです……ふむ、私も短剣を選んでおくとするです」


 それを聞いたエリーゼとティアネーはアルロに礼を言ってから隣の部屋へと向かっていく。


「他にも大剣や刀、太刀と呼ばれる魔剣もあります。それと、魔剣と呼んで良いのかは分かりませんが、手甲のようなものや戦斧、戦鎚など、様々なものがあるので、適当に見て回っていただいて構いませんよ」

「先生、手甲もあるらしいですよ!」

「俺にはこの拳がある。欲しいのなら勝手に見に行け」


 魔剣の亜種があると知ったグリンがはしゃいだ様子でジャンクに言うが、ジャンクは一歩も動こうとしない。

 ジャンクに従って見逃すべきか……でも正直に言えば物凄く興味がある……どうするか迷ったグリンはジャンクに言った。


「先生……俺は先生と違って全然強くありません……ですから、お恥ずかしながら手甲などと言う道具に頼らせていただきます」

「好きにしろと言っただろう」


 背筋を伸ばして言うグリンに、いつも通りの不機嫌そうな表情と声色でジャンクは答える。

 ジャンクは自分の実力がどこまで通じるかを試したいから道具に頼らずに己の肉体……実力だけで戦おうとしているのだが、そんな自分の都合に弟子であるグリンを巻き込むわけにはいかない……そんなわけでジャンクはグリンに好きにしろと言う無責任な言葉で答えた。


 他の部屋へと向かうグリンを見送ったジャンクは目の前に広がる魔剣の山を目に焼き付ける。魔剣の形状、装飾、効果、その全てを目に焼き付けて記憶に刻み込んでいた。


「ん……ブラン達は魔剣を選ばないのか?」

「私達ヴァルキリーは誕生と共に授かるこの剣以外の武器を使用する事ができないので……」

「どういう事ですの?」

「ヴァルキリーが母親の胎内から産まれるのは人間と変わりありません。ですが、ヴァルキリーの場合は赤子の他に、武器も一緒に産み出されるんです」


 ブランは鞘に納めらた状態で腰に提げている剣をポンポンと叩く。


「その武器は大体が剣の形ですが、稀に槍や弓などの形を取っている事も……まぁ今はそれについてはいいでしょう。……それで、一緒に産まれてきたその兄弟の如き武器が、私達ヴァルキリーが生涯で使用する事ができる唯一の武器なんです。……この武器は絶対に壊れる事がないと言われるほどに強靭ですが、斬れ味は持ち主次第なので持ち主が堕落すれば武器も弱くなってしまう……そんな所有者を研鑽させるための素晴らしく優れた武器なんです。……ですが、それと引き換えに、私達ヴァルキリーはこの武器以外の武器の一切をまともに使えなくなると言う制約を産まれた時から結んでいるんです」

「なるほど、だから魔剣を選ぶ必要はないと言うわけか。そんな理由があるのなら私からは何も言うまい」


 ブランの話を聞いたライリーがそう言って魔剣を見定める作業に戻る。ライリーに得意な魔法はなく、全ての属性魔法を同じ程度使えるため、使い勝手が良さそうな物を選んでいる。


 ……と、そこで物置部屋にやってくる者がいた。


「店長、オイラの新しい魔剣見てくれ! ……って、あれ、接客中だったのか……すまないお客さんと店長……」

「魔剣作りに熱心になるのは良いけど、こう言う事になるからもっと落ち着いて行動するようにって言っているんだよ? 分かったかい?」

「分かりました店長!」


 物置部屋へと飛び込んできたのは十代半ばぐらいの男だった。どうやらここの職員らしく、アルロの口振りと男の発言から察するに、魔剣の製作に携わっている者なのだろうと推測するのは難しくなかった。


「お騒がせして申し訳ありませんでしたオリヴィア様」

「いえ構いませんよ。それで、そちらの方は?」


 頭を下げて謝るアルロを軽くあしらい、今やってきた人物が誰なのかを尋ねるオリヴィア。魔剣を作れる人物となればかなり優秀な人物であるため、オリヴィアが気にしてしまうのも無理はなかった。

 なんせ魔剣製作には優れた鍛冶の技術はもちろん、優れた錬金術の知識と技術が必要なのである。


 この世界は錬金術と言う分野が全く発展していないため、錬金術に関しての知識を得るのが難しいせいで技術を磨く事もできず、騎士や冒険者に比べれば地味なので錬金術師の数はとても少ない。

 なので錬金術が使えると言うだけで多少は注目されるほどの地位を得られ、さらに魔剣を製作できるほどの実力を持っていて上手くやる事ができれば、王宮入りして宮廷錬金術師の地位だって夢ではない。


 なので魔剣製作ができるこの男の存在はオリヴィアにとって無視できない存在だった。……ちなみにティアネーは、森の名前になるほどに有名な錬金術師で、数々の実績をあげている。一部では『魔女』などとも呼ばれているが、肝心の姿が知られていないために誰からも持て囃される事はない。


「オイラはグラディオって言うん……言います。よろしくお願いします」

「グラディオさんですね。私はオリヴィアと言います。よろしくお願いしますね」

「あれ、貴族の方じゃないんですか?」


 アルロが様付けで呼んでいた事と、服装、護衛の存在から貴族だと考えていたグラディオだったが、オリヴィアが家名を名乗らなかった事に首を傾げている。


「微妙なところですね。この国からは貴族以上に優遇されていますが、私自身はもう偉い地位には立っていませんし、私の家名もおいそれと名乗れるものじゃありませんから。……どうしてもと言うのなら、後でアルロさんに聞いてみるといいですよ」


 亡国の王族の家名を簡単に名乗ってしまうのも問題があるために、オリヴィアは家名を伏せて『オリヴィア』とだけ名乗る事が多い。この身なりで護衛も付けておきながら家名を名乗らず、一般人のフリをするのもおかしいだろうが、安全のためなのだから多少のアンバランスは目を瞑らなければならないだろう。


 家名を名乗る……と言う事に問題があるのであれば、フェルナリス魔法学校に入学させて堂々と家名を名乗らせていたフレイアの方が問題があるような気もするが、相手はただの学生である。亡国絡みの事情にズカズカと踏み込むような度胸はないし、フレイアは国王から手厚く扱われているアイドラーク家の人間であるし、何よりあそこはリサンドラ・フェルナリスが校長となって管理する学校であるために、在籍する子供からの報告を受けた貴族も迂闊に手出しする事ができないのである。

 ……なんせ、リサンドラ・フェルナリスはオリヴィアと同じで、国王から手厚い扱いを受けている存在なのだから。

 そんな理由から、フレイアに家名を名乗らせる事は大した問題ではなかったのである。


「分かりました、後で店長に聞いてみますね! ……あ、そうだった……店長! オイラの魔剣どうだ!? これはかなりの力作なんだけどさ!」

「騒がしくて本当にすみませんねオリヴィア様……」

「いえ、それより早く見てあげてください」

「いや本当にすみません……」


 何度も謝ってからグラディオが差し出す魔剣を見定めるアルロ。

 落雷のようにジグザグな刀身、柄の部分は握りやすいようにとメリケンサックのを彷彿とさせる輪があり、あしらわれた装飾はそれまでのイメージとは打って変わって落ち着いたものだった。

 アルロのそれまでの気弱な佇まいと表情は一変し、堂々とした佇まいで真剣な眼差しで魔剣を睨み付ける。

 この魔剣が使い物になるのか、危険すぎる代物ではないか……そもそも剣として機能しているのか、錬金の加減が甘く意図しない効果を発生させる事がないか……そのような事を真剣に見定める。


 そんなアルロの魔剣への誠実な態度に釣られてか、グラディオはもちろん、ヴァルキリーの面々とオリヴィアの護衛も、魔剣を見ていたラモンもマーガレットもライリーも緊張したような面持ちでアルロと魔剣を見つめている。ジャンクはその魔剣を目に焼き付けようと凝視している。


 それから暫くするとアルロは魔剣から目を離し、顔を上げた。その顔は納得がいった物を見るような清々しいものだった。


「うん、上出来だよグラディオ君。今までの魔剣よりも安全そうで、斬れ味もかなり良い。これなら売りに出せそうだね」

「本当に!?」

「本当だよ。僕としてはもう少し効果を薄めて欲しいところだけど、まぁこのぐらいの魔剣ならここにもたくさん転がってるし、大丈夫だと思うよ」


 満足そうに頷いてからアルロはグラディオに魔剣を返す。それを受け取ったグラディオは魔剣を掲げて喜びを露にする。天井から提げられた魔法具による明かりが奇抜な形の魔剣の輪郭を照らしていて、下から見上げるグラディオからはとても美しく見えた。


「その魔剣にはどんな効果が付与されているんだ?」

「雷を纏わせたり、雷を放ったり……とにかく雷に関係するものだ!」

「そうか雷か……ふむ、ここでこの魔剣をお前が持ってきたのも、私がその魔剣を気に入ってしまったのも何かの縁だろう。決めた、私はこの魔剣にする」


 グラディオが持つ魔剣を指差して言うライリー。当のグラディオは呆気に取られたような表情をしているが、次第にその表情は嬉しそうなものへと変わっていき、やがて声を上げ、跳び跳ねて喜んでいるグラディオは、思い出したかのようにライリーへと歩みより、その手を握って何度も礼を言う。


 グラディオがアルロへと見せた数百の失敗作の中から、とうとう認められた最初の一本がこうも早く売れてしまうとなれば喜ばずにはいられなかった。グラディオはライリーの手を頻りに上下に振り、感謝していた。





 それから魔剣を買うと言っていた全員が魔剣を手にしたところで、物置部屋を出て、約束通りオリヴィアが会計を済ませて店を出た。


 ラモンが購入したのは水の魔剣。

 硝子のように透けている特徴的で脆そうな印象を与える刀身だが、ラモンが本気で殴打しても傷一つ付かない程に頑丈。柄の部分は驚くほどに握りやすく、逆に自分が柄に覆われているのではないかと錯覚してしまうほどに一体感があった。


 マーガレットが購入したのは火の魔剣。

 焦げて炭になったかのように真っ黒な刀身だがやはり脆くはなくマーガレットが踏みつけても傷一つ付かない程に頑丈。柄の部分を握っていると温かい感覚がして手に馴染み、冬場であっても悴んでしまう事がなさそうだ。


 エリーゼが購入したのは風の魔剣で、ティアネーが購入したのは土の魔剣。

 これらは普通の魔剣ではなく、短剣型の魔剣だ。しかしそれでも魔剣である事に変わりはないようで問題なく魔法効果を発揮できるようだ。そして普通の魔剣と違って付与された魔法効果が薄いらしいが、二人の本職は魔法後衛の使いであるためにそれほど問題ではなかった。この短剣は全く重さを感じさせないほどに軽く、振るうのも簡単なので、筋力が少ないエリーゼとティアネーでも問題なく震えるだろう。短剣の見た目はどちらも普通のものだった。……売れると思って作っていなかったのでそこら辺は適当だったが、業物以外を魔剣にする気はないアルロが作ったものなので、斬れ味と強度は相当である。これならば近接戦闘でもそれなりに戦う事ができるだろう。


 ……と、それから己の身一つで戦うジャンク以外の防具をオリヴィアの知り合いの店で一通り揃えて、最果ての大陸からやってくる魔物への戦力が整ったところで、アレクシスへの報告に向かう。

 当然ラモン達も一緒にである。


 貴族のエリーゼとマーガレット、ライリーは貴族の集会やパーティーなどで何度か訪れていたためにあまり緊張していない様子だったが、ラモンとティアネー、グリンなどの一般人は緊張して石のように固まってしまっていた。

 ……ブランはヴァルキリーの中でもかなり偉い方で貴族や王族と接する機会が多かったために……ノワールとジャンクは元々緊張しないタイプだったために……ルージュは明るく豪胆な性格だったために……アジュールは少しおバカだったために緊張していなかった。


 そうして馬車で揺られる事数十分、王城の前まで到着したところで石化していたラモン達は震え始め、そして弾けるようにして石化から解き放たれた。発狂の一歩手前と言った方がいいだろう。若干パニックに陥っているラモンとティアネー、グリンをエリーゼが聖魔法の【鎮静化】で強制的に落ち着かせてから登城する。


 それから王城の使用人に案内されて城内を進むオリヴィア達は、客間へと案内された。謁見の間を使うほどに大事ではなく、他の貴族に知られるのも面倒だったので客間である。


 オリヴィア達がそれぞれ椅子に座って待っていると、息を切らせた国王アレクシスが乱暴に扉を開け放ってやってきた。

 ズンズンと客間を進み、ドカッと椅子に腰掛けたアレクシスは、額の汗を長袖で拭って「ふぅ……」と一息吐いた。

 ……完全に仕事帰りで疲れているおっさんの仕草だが、国王故の貫禄だろうか。グリンとティアネー、グリンにとってはアレクシスのその行動に威厳があるように見えた。


「すまない待たせたな。それで話と言うのは……あぁそうか、戦力になりそうな者を連れてきたと言うことか。……それでオリヴィア殿、この者達はどれほどの実力なのか訊いても?」

「私よりライリーさんに訊いた方が的確な答えを得られるかと……」

「確かにそうか。では第二騎士団長、この者達は戦力になるのか?」

「はっ、もちろんでございます。ここにいる全員が並の騎士以上の実力を持っているのは確かでございます!」


 尋ねられてもマーガレット達の実力など全く知らなかったオリヴィアはライリーへと話を流した。……オリヴィアはただ、マーガレット達がフロレム村を襲っていた悪魔と渡り合えるほどの強さがあると知っていただけで、具体的な力量までは把握していなかったのである。


「そうかそうか、騎士団長がそう言うのであれば戦力として期待はできるようだな。それで確認なのだが、ここにいる全員が最果ての大陸の魔物と戦う覚悟はできているのか?」


 そんなアレクシスの問いにジャンク以外の十人が威勢良く答える。ひねくれているジャンクは無言である。……もっとも、ジャンクがひねくれていなくても、アレクシス相手にはこのような態度を取っていた事は間違いないだろうが。


「元第二騎士団長殿以外は了承の意を示したようだが、元第二騎士団長殿はどうなのだ?」

「……一々言わないと分からないのか? ここにいる時点で了承してるのは分かりきった事だろうが」


 元第二騎士団長と言う言葉に僅かにだがライリーが反応しており、いつにもなく不機嫌なジャンクはアレクシスの方を見向きもせずに答える。


「ふむ、そうか。ならば問題あるまい。それにしても……いや、助かった。ありがとうオリヴィア殿。並の騎士が相手にならないような実力者がこれだけ集まったとなれば少しは安心できると言うものだ」

「……あの、失礼ながら国王陛下? ジャンクが元第二騎士団長とはいったいどう言う?」


 かなり険悪な雰囲気だったが、ジャンクが自分の前の騎士団長だったのかと考えてしまえば尋ねずにはいられなかったライリーは、アレクシスの顔色を伺いながら尋ねた。


「そのままの意味だ。ジャンクは一つ前の騎士団長だったのだ」

「つまり私の前の……」

「そう言う事になるな」


 アレクシスの返答がいつも以上に簡潔なのが、それ以上話したくない事を物語っていたために、ライリーもそこから踏み込む事はできず、重苦しい沈黙が流れ始めた。


 ……そんな空気に耐え兼ねたのか、そこでアレクシスが言葉を発した。


「……さて、話は以上かな? ……ふむ、では今度は私の話だ」


 アレクシスは表情と佇まいを鋭いものへと変えて言う。そのお陰か重苦しい空気はどこかへ行き、張り付めた空気が漂い始めた。


「とても急な話で悪いのだがな、先ほど届いたアブレンクング王国からの書簡によると……最果ての大陸からやってきた魔物は、既にこの大陸に上陸してしまっているらしいのだ」

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