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第342話 愚者は適当に、勇者は適当に

「追い付ける、追い付けない……追い付ける、追い付けない……追い付ける、追い付けない──」


 ラヴィアが目覚めるまで鬼百合と呼ばれる花の形をした花の花弁を……鬼百合の赤い花弁にある黒い斑点を白い水で代用して、そして花びらを千切る。


 花弁が残りの数枚になれば元に戻す。そんな結果が分からない無意味な行動を続けるクルトの視界の端で動くものがあった。

 目の端に移るそれを視界の中心におけば、そこに移るのは半裸のラヴィアだった。体の一部に付着していた赤と白の液体は水魔法で洗い流しておいたが、流石に下着ぐらいは穿かせておくべきだったかと冷静な頭に過るが、もう遅いだろうと考えて諦める。


「ぅ……ぅぅん……ふぁぁ~っ……ん? あれ? ここは?」


 身動ぎをしてから体を起こして伸びをする。それと同時に出た欠伸で大きな口を開けるラヴィア。欠伸で涙が滲んだ目を擦って周囲を見ようとするが、しかし今は夜である。しかも森の中心だ。明かりなどがあるはずもなく、疲労のせいで泥のように眠っていたであろうラヴィアが状況を把握できないでいるのは無理もなかった。……かく言うクルトも目覚めてから少しの間は眠りに落ちる直前の記憶がなかったのだから、ラヴィアのその反応の理由がよく分かる。


「おはようございますラヴィアさん」

「あ、クルトさん? えっと、何も見えないんですけど、どうなってるんですか?」

「夜の森なんですから仕方ないですよ。……ラヴィアさん、眠りに落ちるまで何をしていたか思い出せますか?」

「眠りに……落ちるまで……?」


 とっくに暗闇に目が慣れていて、暗闇の中で液体の色を識別できるほど鮮明なクルトの視界には、正座をしながら顎に手を当てて記憶を引っ張り出そうとしているラヴィアの姿が映っている。とても可愛らしい仕草なのだが、何分ラヴィアの格好が格好である。

 ……人に言われて自分の状況と直前の行動に気付くより、自分で気付く方が深く考える事ができるだろうと考えて記憶を探らせていたが、目のやり場に困るし、ラヴィアの衛生的にもよくないだろうと考えを改めてクルトはラヴィアの下着とスカート、そして下着を隠すための短パンを投げ渡す。


 突然暗闇から飛んできた物体に「わっ」と声を上げるラヴィアだったが、すぐに投げ渡されたそれが自分の衣服だと気付くと、顔を赤と青に染めて衣服が飛んできた方向……クルトが居る方向を見つめる。


「え? え? え? どど、ど、どう言う事ですか……? なんでクルトさんが私のパン……下着とかスカートを持ってるんですか? え? え?」

「言っておきますけど、俺は魔法で眠らせて無理やり……なんて事はしてませんからね」


 何か誤解されていそうだったのでクルトは先にそう言っておいた。

 誘ってきたのはラヴィアだ。そしてそれに乗ってしまったのは愚か者の自分である。間違ってもこちらから手を出したわけではないのである。


 そこで初めてクルトは、そう言えばラヴィアさんはどうして急にあのような発情状態になってしまったのだろうか、と考えた。

 ……犬の右耳、猫の左耳を持つラヴィアはその見た目から犬獣人と猫獣人の混血なのだろうが、あれはもしかすると獣人特有の発情期と言う奴なのかも知れないと推測する。期、とつくように、それが暫く続いて定期的に起こるものだとすれば、自分は耐えられる気がしない。あの理性を震わせるラヴィアの姿を目にして、迫られて、耐えられる気がしない。

 早急になんとかしなければ自分はラヴィアを蔑ろにして堕落していってしまう。……理性を保つ事を忘れ、愚かな獣へと至って賢者とは程遠い存在に……アデルに追い付く事がさらに難しくなってしまう。

 アデルが勇者として奮闘しているのに、賢者である自分が賢者でなくなってしまうなど今のクルトには許されなかった。


「あ……! あ……あぁあ……ぁぁあああぁぁ!」


 考えるクルトを現実に引き戻すラヴィアの声。何かに気付いた声、何か取り返しの付かない事をやってしまったような絶望の声、何かに追い立てられるような発狂にも似た絶叫。見ればラヴィアは頭を抱えて頭を振り回している。そして唐突にその動きを止めたかと思えば、死人のように青白い表情で目元には涙を浮かべていた。


 とても心苦しくなる。悲惨な現状から逃げていたラヴィアの心の拠り所だった自分が、弱味に付け入るようにしてラヴィアの体を……心をも弄んでしまったのだと、再び認識させられる。


「あ……あ……あ……」


 ラヴィアは体を震わせている。出会った頃と同じように、ビクビクブルブルと体を震わせている。周囲に脅威となるものはないはずだが、怯えるように震えている。……いや、脅威へと変わったものならここに居る。

 言葉が出ない様子のラヴィアに、クルトは何と声をかけていいのか分からない。ラヴィアが眠っている間に花弁を千切りながら色々と考えていたが、それらは全てどこかへいってしまっていた。

 ……だけど、確実に言っておかなければならない事はあった。


「ごめんなさい」


 それだけは言っておきたかった。言わなければならないのは確かだった。それ以外の言葉は何も浮かんでこないから、その場凌ぎのようになってしまったが、絶対に言わなければならかった。

 これだけで許してもらおうなどとは思っていない。


 人としての尊厳を……女が抱く喜びを……こんなどちらも満足しない形で散らしてしまったのだから、クルトにはそれ相応の報いを受ける覚悟があった。

 昔アデルが「初めては好きな人とがいいな」と、焦がれるように話していたから、クルトはそれなりに理解しているつもりだった。かく言う自分だってそうだ。だから、お互いの初めてをこんな形で散らしてしまった事が物凄く悔しい。申し訳ない気持ちで押し潰されそうで、一生に一度きりの喜びの一つを……取り返す事のできない人の幸せを潰してしまった。罪悪感と自己嫌悪が、今まで抱いていた劣等感など比じゃないぐらい押し寄せてくる。「ごめんなさい」の一言じゃ足りない。一生ラヴィアに奴隷のような扱いを受け、最後にはラヴィアの手で殺されるぐらいの報い受けなければクルトの気が済まなかった。


「あ、謝らないでください……その……え、えっちな気分に酔っちゃってクルトさんを誘うような真似をしてしまったのは私ですし、自業自得と言うか……」


 自業自得。そう言って自虐気味に笑うラヴィアに言い返したかったクルトだったが、口が動かなかった。


(違う、自業自得なんかじゃない。あれは獣人にとっての抗えない欲求だったのだから、ラヴィアさんは悪くない。何も考えずに欲望に負けてしまった俺が一番悪いんだ)


 獣人は定期的にやってくる発情期によって性欲を抱き、発情期以外で性欲を抱く事は皆無だ。その反動からか、発情期になると年中発情期の人間などとは比べ物にならないほどに性欲が強くなってしまう……だから、獣人ほど強い性欲を抱いていなかった人間の自分が耐えなければならなかったのだ。


「えっと……その……」

「…………」

「クルトさん……? やっぱり怒ってますか……? ……あ、あはは、そうですよね、怒りますよね」


 クルトの顔を覗き込むラヴィアは下手くそな笑みを浮かべて苦しそうに笑い、そして膝を抱え込んで呟き始めた。


「……欲情した獣人が放つ異性を虜にするフェロモンで誘惑して……そんな無理やり理性を奪っただけの愛のないえっちが初めてなんですから、クルトさんでも怒りますよね……しかも相手が私なんかじゃなおさらです……助けてくれたクルトさんを拒絶して怯えて利用しようとして、左右が別々の変な耳もついていて、お漏らしまでしたし……さすがにこんな汚い女が初めてなんて嫌ですよね……」


 夜の森は静かだった。魔物の気配もしないから鳴き声も聞こえない。風が木々を揺らす音だけが聞こえるだけ。そんな静かな森での呟きは、呟きと呼べるほど小さく聞こえない。耳を澄まさずとも聞こえてくるラヴィアの言葉。


 それを耳にしたクルトの脳を電撃が駆け抜け、何だかもう、何もかもがどうでもよくなった……考えるのが面倒になった。深く考える必要がないのだと思考を放棄した。

 ここまで聞けば嫌でも理解させられる。初めてがこんな形だった事も、初めての相手が自分だった事も……自分が考えていたような事をラヴィアは全く嘆いておらず、それどころか自分に嫌われてしまったのではないかと落ち込んでしまっているのである。


 何もかもがアホらしくなったクルトは、膝を抱えて呟くラヴィアの頭の両端を掴んで強引に上に向けさせる。呆気に取られたような表情をしているラヴィアにクルトは言った。


「ラヴィアさん、俺は嫌じゃなかったですよ。……ラヴィアさんはどうでしたか?」

「……ふぇ……ぇえぇと……い、嫌じゃなかった……です」

「じゃあもうそれで良いじゃないですか。お互いに嫌な思いはしていない……それだけで十分です」


 嫌じゃなかった。ラヴィアはそう言ったのだ。

 初めてをこんな形で散らしたと言うのに、嫌ではなかったと言っているのだ。……良い思いをしたと言うわけでもなさそうだが、しかしこれは限りなく良い思いに近いものだった。

 ならばそれで良い。愛のない初めてが嫌じゃなかったのならばそれで良かった。


 クルトはラヴィアを強引に立ち上がらせ、下着に短パン、スカートを穿かせて、それからラヴィアの手を引いて夜の森を進む。未だにラヴィアは困惑しているが、もう構っていられない。うじうじしていても無駄、いつまでも引き摺っても無駄、だから多少強引にでも自棄になったように行動を起こす必要があった。

 賢者と言われてもこんな時にはどうするのが最適なのか分からず、いい加減な行動をする自分は、やはりまだまだ賢者と呼べるほどに立派な存在ではないようで……


 ……それに、自分が最低な人間なのだと知った。







~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~







 王城を出たアデルとラウラとオリアル、そしてフレデリカ達一行。追っ手を簡単に振り切り、今は王都シックサールの外にある街道へとやってきていた。街道に出たのは良いが、これからどうするのかと言う問題が浮上していた。

 まさか王城を襲撃した大罪人が堂々とアブレンクング王国を歩けるわけでもないし、そうするわけもない。ならば他の国へ逃げるかと言っても、すぐに手配書などが出回って追いかけ回されるだろう。……それに、フレデリカ達は外套を羽織っていたのでなんとかなるかも知れないが、アデルラウラ、剣神オリアルは素顔を思い切り見られてしまっている。なのでこのままフレデリカ達と行動するのは憚られる。……取り敢えず別行動する旨を伝えておこうとアデルは口を開いた。


「あの、助けにきてくれてありがとう、みんな。……でも、これからボク達は別行動した方がいいと思うんだ。ボクとラウラ、オリアルさんは顔を見られてるから追っ手にも捕捉されやすい……だけどフレデリカさん達は顔を見られていないから、ボク達といない方が安全だよ」

「アデルさん、覚悟ならみんなできていると言いましたよね?」

「でも……」

「アデルさんが何と言おうと私達は付いていきます。それに、もう後戻りできないところまで来てしまったのですから、こんなところで捨てないでくださいよ」

「……ぅぅ……分かったよ……」


 簡単に丸め込まれてしまったアデルは小さく頷いてフレデリカ達の同行を認める。


「えっと、じゃあ、これからどうしようか……近い内に最果ての大陸から魔物がやってくるから、暫くはこの国を離れられないもんね……やっぱりどこかで隠れながら魔物が来るまで待つしかないのかな?」

「つーかそもそも最果ての大陸の魔物なんか俺達が相手にする必要あんのかよ? 俺達は学生だぜ? そう言うのは騎士の役目なんじゃねぇのかよ?」


 アデルに言うシュレヒト。そんなシュレヒトに溜め息を吐いてスカーラが言った。


「その騎士を倒してしまったのは私達ですよね。かなり派手にやりましたから怪我を完治させるのには時間が掛かるでしょう。壊れた鎧の修繕などにも時間がかかります。その間に最果ての大陸から魔物が来てしまったらどうするんですか? 私達には騎士の代わりに戦う義務があると思うんですけど? ……それに、騎士を倒せるほどの強さがあるのならば、人類の存続のために行動するべきなんじゃないですか?」

「確かにその通りだな……流石スカーラの姉御だぜ! ……んじゃあやっぱりアデルが言うようにアブレンクング王国内に潜んでおくしかねぇわけか」


 あぁそうかと頷いたシュレヒトがアデルの言った事に賛同する。


「正直、冤罪を着せて黙らせる国のためになんか働きたくないのですけれど、あれでも国ですからね、それが欠けでもすれば元々可能性が低い人類の存続はさらに厳しくなるでしょう。……やはりアブレンクング王国で息を潜めながら情報収集に徹するしかなさそうですね。先生方もこれで大丈夫ですか?」

「えぇ、はい、もう何でも良いです……」

「お姉ちゃん……手遅れになっちゃったからって諦めちゃダメだよ……!」

「よし、そうと決まれば外壁を沿って別の門からもう一度入国しましょうか。そして衛兵の目が届き難いスラム街などに隠れましょう」


 アンドリューが頷き、ナタリアもなげやりに認める。


 フレデリカが刺客から情報を聞き出し、宿に帰って刺客から聞き出した事を踏まえてこれからの事……王城への襲撃の件を話すと、当然ナタリアは反対していた。「もっと平和的で安全なやり方を!」と喚いていたが、「冤罪とは言え、反逆者……大罪人と同様の扱いを受けているであろう人間を救うのに平和的で安全なやり方が存在するわけがないでしょう。もしあったとしてもそれを実現するには時間がかかり、その内に最果ての大陸の魔物がやってきてしまえば、有耶無耶にされてしまいます。相手は自分達に不都合があれば冤罪で人を牢獄に放り込むような輩ですよ?」などとフレデリカが返せば、言い返せなくなってしまったナタリアは涙目になりながら口を噤んで、王城を襲撃するしかないのだと沈黙で認めてしまったのである。

 ただの平民にすぎないナタリアが、貴族であり貴族社会の醜さを知っているフレデリカの貴族論に言い返せるわけがなかった。

 ……そうしてその襲撃をとめられず、大罪人の仲間入りを果たしてしまったために、ナタリアはもうどうにでもなれと諦めて適当な事を言うようになってしまったわけである。


 今までのナタリアとの変わりようにアデルとラウラは首を傾げるしかなかったが、ナタリアが王城の襲撃を認めるとも思えないので、フレデリカがまたこっぴどく何かを言ったのだろうと推測できていた。



 外壁に沿って別の門を探すフレデリカ達の背中を追いながら、最後尾を歩くアデルとラウラはナタリアを挟むようにして移動していた。


「どうかしたの、ナタリア先生?」


 ナタリアの顔を下から覗き込むように言うアデル。その表情はとても無邪気で幼い笑みを張り付けていた。同性のナタリアから見てもドキッとしてしまうその笑顔のおかげか、アデルが持つ生来の相談相手としての素質のおかげか、ナタリアは話し始めた。


「……私はこのまま教師として働いていて良いのかなって」

「……」


 思っていた以上に思い詰めているナタリアに絶句するアデルとラウラ。そんな二人に構わずナタリアは話し出す。


「私は教師としての誇りを持ってそれなりに長い間働いてきたつもりなんですけどね、最近では生徒の危険な行動を静止しようとしても言い返されてあっさり言い負かされてしまうんです。そのせいで教師の威厳や尊厳が磨り減ってしまって、今では一々生徒の判断に口を出すうるさいおばさんのような立場になったかのような……そんな錯覚を覚えてしまうほどに、自分の行動や判断、思考が教師として正しいものなのかが疑わしくなってきてしまったんです」


 ナタリアの脳裏を過るのはフレデリカに言い負かされて黙り込む自分の姿。……それだけならばまだよかった。しかしそこに、フレデリカに賛同するシュレヒト達が加わってしまうと、誰も私の考えを正しいものだとは思っていないのだと理解させられてしまうのだ。

 ……ナタリアは言わなかったが、教師としての自信を失わせる極め付けとなったものは、生徒の自宅へと押し掛ける自分の姿だった。

 危険を冒すと宣言して自分の前から立ち去り、授業にも姿を現さなかったただの生徒を心配して、何の問題も浮上していない内から生徒の自宅に押し掛け、そして安全が分かると泣いて抱きついた。そして危険な夜の街を二人きりで歩いて……と明らかに教師の範疇を越えている……他者から見れば異性としての付き合いがあるのかと疑われても仕方ない事を平然と行っていた自分は、本当に教師として生きていていいのだろうか。


「ナタリア先生は立派な教師だよ。……確かに先生はフレデリカさんに言い負かされてばっかりだけど、それでもナタリアうはり教師だよ。……ボクは、先生が言い負かされる理由は、教師として正しい事を言っているからだと思うんだ」

「え?」

「いくら先生が教師として正しい事を言っていても、それが通用するのは学校の中でだけであって、こうして旅をしているボクらには通用しないんだよ。教師が教師でいられるのは学校の中でだけだからね。……だから外の世界では教師としての役割は意味を持たない……つまり教師として正しい事を学校外に持ち出してる先生がフレデリカさんを言い負かす事ができるはずがないんだよ。……まぁナタリア先生なら教師であるか教師でないかに関わらず同じ事をいいそうだけどね」

「おぉ……! 確かにそうですね……! アデルさんは賢いんですね!」


 幸いにもアデルの最後の呟きは感激するナタリアの耳には入らなかったようで、俯いて地面を見つめていた顔を上げ、ぞいの構えでアデルにキラキラした視線を向けるナタリア。……さすが、言い負かされやすいだけあって言いくるめるのも簡単だ。


(そっか、そうですよね、教師が教師でいられるのは学校の中でだけ……確かにそうですよね。……じゃあ学校外での私のあの行動は教師としてのナタリアではなく、ナタリアと言う個人の行動と言うわけです。えぇそうです。私はクドウ君が個人的に心配だったからわざわざ安否を確認しに行っただけで、教師として問題のある行動は何もしていません!)


 教師として致命的に欠陥のある思考を抱いたナタリアはそう考えて、過去の奇行へ言い訳をする。全てナタリアの胸中で繰り広げられているものであるために、アデルの干渉が届かない。……ナタリアがこの思考を口に出さないあたり、本当に言い訳でしかないのが窺える。


「先生?」

「ありがとうございますアデルさん! おかげで解決しました! ……それと、今の私は先生じゃないですよ?」

「あはは、そうだったね。えーっと、ナタリアさんの力になれたのならよかったよ」


 胸中で言い訳していたナタリアは、自分を呼ぶ声に礼を言ってから、戯けるように言って見せる。

 それに屈託のない笑顔を浮かべて笑うアデル。万人を惹き付けるその笑顔はナタリアまでも惹き付け、アデルに悩みを解決されずとも、その笑顔だけで先ほどまでの悩みは吹き飛んでしまいそうだと思ってしまうほどに魅力的だった。


 ……が、アデルはその弛緩した表情を突然強張らせた。まだ幼さが残るあどけない表情だと言うのに、凛としたその強張った表情は非常に様になっていた。お伽噺に出てくる美少年の勇者のようだと呆けた頭が感想を抱き、弛緩した眼球がアデルの横顔に見惚れながらも、突然どうしたのだろうと頭の上に疑問符を浮かべていると、アデルがいる方向とは反対にいるラウラが声を発した。


「アデルさん……分かりますか……?」

「うん、分かる、感じる。これはボクの直感でしかないんだけど、この禍々しい気配……恐らくは魔王……」

「ですよね、何となくですけど私もそんな気がしていました。……ですが、と言う事はつまりこれがクドウさんの……?」

「いや違う。これはクドウさんのものじゃない。あの時ダンジョンで見たクドウさんからはこんな禍々しい気配はしていなかった」


 ナタリアを挟んで行われる真剣なやり取りにナタリアは狼狽する。魔王だの、クドウさんだの、禍々しい気配だの……こんなやり取りを自分を挟んで行われてしまえばどうしても気になってしまうもので、「ねぇ何の話をしているんですか」とナタリアが尋ねれば、アデルは「まぁ、行ってみれば分かるよね!」と言ってラウラと共にアブレンクング王国と草原を隔てる外壁を飛び越えて行ってしまった。

 そんなアデルとラウラに追随して外壁を飛び越えて王都内に侵入するのは、前を歩いていたオリアルと呼ばれるダークエルフのような容姿をしている女性だった。

 オリアルとは特に会話などをした覚えはないが、鉄のような輝きを放つ銀髪と鏡のような銀色の瞳が褐色の肌に映えていて、精巧な作り物のような印象を抱かせた。一言で言うならば美人だ。……ダークエルフ故か、世間知らずなのも中々に可愛げがあってオリアルの魅力を引き立てていた。


 そんな三人が去っていった方向を呆然と見つめるナタリア達だったが、「追いかけますよ!」と言うフレデリカの声で我に返ったナタリア達は外壁沿いを走り、近くの門を目指し始めた。

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