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第337話 陸は繋がれ、不動は目覚め

 ミスラの森から見える海。

 そこには場違いな砂嵐と、その砂嵐によって生み出された道を進む多くの魔物の姿があった


 最果て大陸からやってくる魔物達の同行を遠くから監視する者達は、それらが放つ威圧感に押し潰されそうになりながらも懸命に監視を続け、そして得た情報を細かに綴った書簡を連絡係に渡してアブレンクング王国へと持ち帰る。書簡を渡した者が帰ってくれば再び情報を記した書簡を持たせてアブレンクング王国へ……そんな活動を続けていた。


 そんな監視者達には国がどう動いているのか知る由はなかった。一方的な報告だけであり、こちらに何かが伝えられる事はなかった。


「何があっても報告を続けろ」


 そう言われて送り出された監視者達は漸くこの言葉の意味を理解していた。お前達は使い捨ての道具だ、そんな意味が込められていたのだろうと察していた。

 仕方ないのだろう。自分達は人間に疎まれ、策謀に抗えず奴隷に落とされた亜人の集まりである。奴隷だから主人の命令には逆らえず、道具のような扱いをされるしかないのだ。

 死ぬまで報告しろ、そんな意図を理解したところで事態は好転せず、寧ろ、ここで死んでしまうのだな、と光を失ってしまっただけだった。


 どうしてこうなってしまったのか、なぜこんな事になってしまったのか。

 その原因は自分達の国がゲヴァルティア帝国と言う人間の国に侵略されて、国を追われたからだ。

 自分達亜人に憚らず、この大陸を牛耳る人間の手によって悉く破滅へ追いやられる事に怒りと憎悪を覚えようとも、奴隷となってたった一人の人間にすら抗えなくなった自分達にはやはり希望などなかった。……仕返しをする意思はある、行動力もあるが、あったところで結局は無意味。


 そうして諦めて、惰性で報告を続ける監視者達の目には驚くべき光景が映り込んだ。

 今まで侵食するように迫ってきていた砂嵐に攻撃が仕掛けられたのである。攻撃の方向は砂嵐の後ろ……つまり人間ではなく最果ての大陸からやってきた魔物達の方向である。


 仲間割れ……そうだ仲間割れだ。人間が人間同士で争うように、魔物も魔物同士で争うのである。生きるためには食料が必要なのだから当然だと言える。


 突然攻撃を受けた砂嵐は歩みを止め、後方へ弾丸のような砂の粒を無数に射出する。それだけで数百の魔物が死に、残った半数以上の魔物は踵を返して逃げ去っていく。


 一体でも現れれば小さな村が滅びかねないと言われている最果ての大陸の魔物がこうも簡単に恐れを成して逃げていっている。

 他の大陸へと道を生み出して海を渡ると言う行為からその異常性は十分に理解していたつもりだったが、たった今その認識を改めざるを得なくなった。


 あれは本物だ……一瞬で風穴だらけになった死骸達と違って、本物の化け物だ。

 正直言えば、砂嵐の後ろに続く有象無象は世間一般で恐れられるほど強そうには見えなかったので、最果ての魔物に対しての恐怖が薄れていたが、あれを見てしまえばもう今までのように死んだ目でつらつらと文字を書く事はできない。


 その目に宿る光は涙か、生きたいと願う希望か。文字を綴るその手が震えているのは諦めていた生を手放したくないと言う思いからか。


 死を間近に感じて初めて気付いた。人間のわがままに振り回されて色々なものを諦めていたつもりになっていたが、奴隷に落ちて死地に送り出されようとも、未だに死にたくないと願っていた事に。


 それを自覚した監視者達は見失った……あれほどに巨大だった砂嵐を。呆ける頭に鞭を打って目を擦り、目を凝らす。

 すると、魔物の死骸に接近する一体の魔物が目に入った。

 人型をしているので人種だろうかと過るが、顔に尻尾のようなものがついており、その尻尾の先端に大きな口のようなものがあるので明らかに人間ではない。そして亜人でもないのはその禍々し過ぎる魔物の気配で考えずとも理解できた。……その姿を秋ならば土豚と河馬のキメラのようだと表現しただろう。


 しかし、砂嵐の攻撃に怯えて全ての魔物は逃げ去っている。ならばあれはいったいどこから現れたのか。考えるまでもない。あれが砂嵐の正体なのだろう。現れた位置と砂嵐の位置も一致しているし、怖じ気を呼ぶその威圧感は砂嵐そのものだった。


 今までずっと監視していた砂嵐の姿に食い入るように観察してしまうが、次の瞬間、監視者達は目を逸らした。

 尻尾のようなものについている、口のような部位をさらに大きく広げ、そして力なく転がる魔物の死骸を吸い込むように捕食した。血飛沫が滴り、歓喜に震える魔物は頭を振って血を撒き散らす。そのせいで茶色い地面は赤く染まっていき、やがて青い海の側に赤い海を生み出した。


 監視者達が再び目を向けると、その魔物の周囲に砂嵐が構成されつつあった。監視者達にはその砂嵐が先ほどまでのものと違う事が分かった。そして理解した。


 ……あぁ、そうか。そうだったのか。今まで自分達が怯えていたあれは空腹状態によって極限まで弱められたものだったのか……と。


 今まで目にしていたおかげでよく分かる。あの砂嵐の規模が数倍にまで大きくなっている事が。進行速度が先ほどまでの比ではない事が。


 だから、自分達が足を付けているこの大陸に、あっという間に砂嵐が上陸したのを見届ける事となった。

 遠くの方に、砂嵐が歓喜しているのが見える。そして、いつの間に展開されていたのか、大規模な結界によって更なる進行を妨げられているのが見えた。


 今までを纏めた書簡を連絡係に持たせて、監視者達は遠くで怒りに荒れ狂う砂嵐を監視し続けた。

 ……報告用の紙はまだ余っている。遺書でも書いておこうかなとその紙に手を伸ばすが、砂嵐に巻き込まれれば遺書は遺らないのだろうなと考えを改めて、伸ばした手を引っ込めた。







~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~







 無精な山は深く長く永い眠りから目覚めようとしていた。身動ぎで掛け布団の代わりに被った土を落とし、敷き布団の代わりに敷いた大地を歪めながら。そうして寝返りを打ったところで無精の山は体を起こした。

 横になって眠っていただけでも、人類から山だと言われるほどの巨体が体を起こした。起こしてしまった。

 脅威の気配が近くに感じられたから、無精の山は目を覚ました。自分からすれば蟻のように小さくて矮小な存在だが、毒を持っていればどれほど小さくても自分を殺し得るのを無精の山は知っていた。だから仕方なく無精の山は悠久の眠りから目を覚ました。


 体を起こした無精の山は伸びをした。その腕は雲に穴を空け、空まで届きそうだった。もし今が夜ならば星の一つでも掴み取って、朝食代わりに貪っていたかも知れない。そう思わせるほどに大きな伸びだ。


 地面に手を突いて、土砂崩れで埋もれていた村に追い討ちをかけてから無精の山は立ち上がる。もちろん無意識である。

 立ち上がった無精の山を地上から見れば、心窩から上は見えない。

 雲によって視界が遮られるので、無精の山は邪魔な雲を蜘蛛の巣を払うかのように振り払って地上を見下ろす。

 人間が築いた国家が見下ろす先に映るが、無精の山は他の外来種と違って比較的温厚なので「あ、国がある。取り敢えず踏み潰しておこう」などとは考えない。


 無精の山が見下ろせると言う事は、人間の国家からも見上げる事ができるわけで、無精の山が見下ろしている国──ミレナリア王国では大騒ぎである。無精の山から一番近い街であるフィドルマイアが静かなのは人間が住んでいないからであるが、その代わりにその街には無精の山の仲間が二つも在った。


 無精の山が目覚めた事に気付いた仲間は無精の山の眼前へと飛んできた。

 今回はグリフォンに憑依しているらしいオーデンティウスと、その上で腕を組み相変わらずの立ち居振舞いのロングスである。


「お前は本当に図体ばっかり大きくなるな、ペルティナクス。……まぁいい。それよりお前がこうして目覚めているからには、感じたのだろう? あの気配を」

『うん』


 ロングスの問いかけに【念話】のスキルを用いて答える無精の山──ペルティナクス。言葉を発することができないわけではないが、ペルティナクスが言葉を発すると周囲に大きな被害を齎してしまうために、温厚なペルティナクスは実質的に喋る事ができず、こうして【念話】を使う事となっている。……まぁ、喋るよりも考えるだけで会話ができる【念話】を使いたいだけと言う理由が一番なのだが。


「潰しに行くつもりか、寝坊助が? はっ、やめておけ無駄死にするだけだ。……それに、お前が動くとなれば人間達に目を付けられて厄介な事になる。だからお前は大人しく惰眠を貪っておけ。いいな? ……ちなみに俺達もあれに干渉するつもりはない。あの程度ならば人間達が束になれば勝てるだろうからな」

『わぁった』

「考えるだけなのだからちゃんと言葉にしろよな」


 ロングスのペルティナクスに対しての対応にムッとするオーデンティウス。自分への態度と随分違う事に対して不満を抱いているようだ。それを伝えようにも生憎とオーデンティウスはグリフォンの姿である。言葉を発する事はできなかった。


 不満を抱くオーデンティウスはそれと同時に不思議に思う。それは今回初めて抱いたものではないが、実感するたびに不思議に思ってしまうのである。

 どうしてこいつら同族と接する時だけは妬んで僻んで嫉んで羨む気持ちが湧いてこないのだろうと。いつもならば特に羨むべきでないものにも、そんな気持ちを抱かされてしまうのに、どうしてこいつらならばそうならないのだろうと。


 考えられる要因としては、オーデンティウスやロングス、ペルティナクス達が同じような存在だからだと言う事だ。【居丈高】【貪婪】【大食い】【瞋恚】【無精】【艶羨】【情欲】を冠するオーデンティウス達は、【傲慢】【強欲】【暴食】【憤怒】【怠惰】【嫉妬】【色欲】などと呼ばれる、人間を罪に導くとされている七つの罪の亜種のような存在である。

 だからそれらが何らかの形で作用し、オーデンティウスは、自分がロングスやペルティナクスなどの同族に対して艶羨を抱かないのではないだろうか……そう考えている。

 ……だが、【瞋恚】のブリンドネスは自分達に対しても怒りをぶつけてくる事があったし、【情欲】のリビディンも、オーデンティウスやらロングスやらに邪な気持ちを抱いていたので、それが関係のない説なのだろうと言うのは明白だ。……他になんの可能性も考えられないのだから、違うのが明らかな説が最も有力な説となっているのである。


 結局今回も何も分からなかった。元々何かが分かる気がしていなかったオーデンティウスはすんなり思考を放棄して、ペルティナクスとの会話を終えたロングスをフィドルマイアへと運んだ。





~~~~





 千剣の霊峰──ペルティナクスから振り落とされた剣神は気配を殺してその場を離れていた。揺れが呼吸のようだ、もしこの山が生物だったら……などとは考えていたが、まさか本当に生き物だとは思いもしなかったために、その心臓はバクバク言っている。


 あんな化け物がこの大陸を闊歩すれば、魔王がどうのなどと言っている間も無く人間は……この大陸に住まう生物は死に絶え、大陸の地形も大きく変わってしまう事だろう。


 そう考えた剣神はスキルを使って気配を殺しながら、勇者と賢者、神徒がいるはずのアブレンクング王国へと駆ける。人里に下りるのは久し振りで、さらに心臓が鼓動を速めて強く打つが、浮かれる気持ちは微塵もなかった。こんな状況なのだから当たり前だろう。


 そうして数十分もすればアブレンクング王国へと辿り着いた。こんな短時間で到着できるような距離にはないのだが、流石は剣神と呼ばれるまでに研鑽し、試練と認められるまで極みに至り、勇者と賢者と神徒を同の三人を時に相手にして尚、まだ余裕を残していただけはある。


 辿り着いたはいいが、一文無しである剣神は入国の際に必要な金を払えないため、気配を殺しながら外壁を越えてアブレンクング王国へと忍び込んだ。

 たった今、立派な犯罪者になってしまったが、人類の未来のためなのだから仕方ない事だと言い聞かせ、あの時に記憶しておいた三人の気配を辿っていく。その先にあるのはこの国で一番立派な建物である城だ。

 王と謁見でもしているのだろう、と考えて当然のように城に忍び込み、気配を辿る剣神は地下への扉の前で立ち尽くす。……隣には兵士がいるが、スキルによって極限まで自分の存在感を薄くしているために気付かれていない。

 周囲に人がいないのを確認した剣神は兵士を気絶させ、鍵を奪い取り、地下牢へと足を踏み入れる。


 地下牢に入ってから続く長い一本廊下の左右には牢獄があった。どこを見ても誰も入っていない牢獄ばかりだったが、王城の地下に捕らえておくべきな大罪人などそうそう現れないのだから当然だと言えた。……だが、反逆者などを纏めて捕らえておく事ができるようにとこの廊下はずっと遠くまで続いており、軽く千人は収容できるようになっている。

 脱走などを許さないためか、看守が管理しやすいようにか、曲がり角などがない一本道が続いているせいで、王城の真下の域を越えているのは確実だ。

 無駄な入り組みがないおかげでアデルとラウラが収容されている牢獄を見つけるのは簡単だった。


 剣神はさっきの兵士から奪った鍵で牢獄の施錠を解錠して、眠っている二人を揺すって起こす。


「んぁ……? ……んあ!? けけ、剣神さん!?」

「静かに。囚人も看守も全くいないとは言え、いないわけではないんだ。大声をだすんじゃない。……それと、私を剣神と呼ぶのもやめた方がいい。私は千剣の霊峰にいる試練と言う扱いなのだろう? ならば私がここにいると言う事は知られてはいけない。……分かるな?」


 寝ぼけ眼で二度見して驚いた声を上げるアデルの口を塞ぐ剣神はそのまま言った。アデルの隣にいるラウラは自分の口を手で押さえて声を殺している。


「んーんー?」

「なんだ?」

「ぷはぁっ……えっと、じゃあなんて呼んだらいいの? ボク達はけん……じゃなくて……あなたの名前知らないし……」


 口を塞ぐ手の平から解放されたアデルは剣神に尋ねるが、そこで剣神は困ったような顔をする。自分で剣神と呼ぶな、と言ったのだが、代わりとなる呼び名があるわけでもない。

 本名を伝えればいいのではないかと思うだろうが、剣神は自分が剣神となった際にステータスの表記がガラリと変わっており、見た目の変化に、種族は不明……名前に至っては空欄状態……つまり名無しとなってしまっていた。


 ステータスの表記がなくなっても覚えていれば問題なかったのだが、剣神は山に籠って人との関わりを絶っていたので、やがて名前を呼ぶ者が誰もいなくなり、そして剣神自身も自分の名前を忘れてしまうと言う取り返しの付かないミスをしていたのでどうしようもなかった。


 ……そんな事よりも、剣神の体の変化やステータスへの異変は、人間の域を出て、神より一つ下の位の亜神の一種である剣神へと至って存在が大きく変化したせいである。


 地上に居る事を想定された存在ではないから種族は不明……そもそも種と呼べるほどに数がいないから種族は不明と言うより無しである。

 人間だった者が神へと至るために姿は大きく変化……知人などと遭遇して知人などに神だと言う事がバレないようにである。

 そして誰にも信仰されず、宗教もない亜神だからこそ名前もない……剣士などには『剣神様』などと言って敬われたりするが、誰にも何の加護も与えられる事はないので信仰には至らないのである。


 ……そんな理由から剣神は種族も容姿も名前も全てが変わり果てていた。名前がなくとも生きていけるろ思っていたから偽名など考えもしなかった。だからアデルとラウラになんと呼ばせたら良いのか分からず、困った顔をする事になっていた。


「どうしたの?」

「いや……私は……私は……オリアル……そうオリアルだ。これから人前ではそう呼んでくれ」

「うん、分かった」


 咄嗟に思い付いた文字を並べて生み出した答えでその場を凌げた剣……オリアルは胸中で安堵の息を吐くが、すぐにそんな悠長に安堵している場合ではないと思い出し、アデルとラウラの手を引いて牢獄を出た。そこで他者の気配も遮断できるスキルを使用して慎重に廊下を進む。

 自分だけでなく他者の気配を消すスキルを使っているのだから、慎重にならなければならないだろう。気配の数が増えればそれだけ効果は薄まり、バレるリスクも高くなる。そして効果を共有している相手にぶつかりそうになっている人物などに気を付けなければならない。


「あ、そうだオリアルさん、アイテムボックスから神器の剣を取り出していい? 万が一バレてもすぐに対応できるようにって思ったんだけど……ダメかな?」

「構わないが、私の手だけは離すなよ。……どうせだからラウラ取り出しておくといい。ただ、お前のは杖槍だからな、気を付けろよ」


 小声で声をかけ、オリアルの答えに頷いたアデルとラウラはアイテムボックスに手を突っ込み、そしてそれぞれの武器を手にしてから再び歩を進める。


 もうすぐで薄暗い地下牢からおさらばだ……と言うところで、地上が騒がしい事に気付いた。足音や金属の鎧が揺れる音や怒号、オリアルが王城に忍び込んだ時の穏やかさとはかけはなれた騒がしさだった。


「なんだろう……オリアルさん、なにかやったの?」

「誰にもバレずに侵入したはずだから私ではないはずだ」

「でも「侵入者だー!」って聞こえてきますよ? 侵入者って言ったらオリアルさんじゃないんですか?」

「むぅ……バレていないと思ったのだがな……仕方ない。勢いよく飛び出して出待ちしているであろう騎士達を無力化するぞ」


 おかしいな、と頭を掻くオリアルを見ていると、マーガレットの事を思い出してしまう。

 たまにどこか抜けているところや、困った時にする凛々しくも可愛らしい表情などが重なって見えた。

 なんだか懐かしい気分になるアデルとラウラは、もうバレているのだからとオリアルの手を離し、アイテムボックスから残りの神器を取り出して装備する。相手は出待ちしているのだろうからそうしてゆっくりと準備をする時間があったのである。


 アデルとラウラの準備が整ったところでオリアルは振り返って頷く。それを見た二人が頷き返すと、オリアルは前を向いて駆け出した。それを追って走るアデルラウラは地上へ……王城の一階へと続く階段を駆け上がる。オリアルによって蹴り破られていたドア枠を潜り抜ける。


 地下牢と地上の明暗の差に一瞬視界が眩むが、すぐに視界は元に戻り、そしてそこに広がるのは地下牢に連れていかれる前に見た豪華絢爛な王城の内装と、大きな太刀傷や小さな斬り傷を宿した鉄屑に、折れた剣や槍、散乱する赤い液体。

 ……そこには既に誰かと戦闘を繰り広げている騎士達の姿があった。

 

 暫く頭が真っ白になるが、どこからか上がる騎士の断末魔を聞けば否応なしに現実へと引き戻された。呆けていた時間を補うように高速で繰り広げられる三人の思考はほぼ同時に同じ結論へと至った。


「早まったな」

「やっちゃったね」

「今からでも隠密系スキルで隠れませんか?」

「いや、もう手遅れだ。私が鉄扉を蹴破った音でこの場の全員に気付かれてしまっている」


 オリアルが忍び込んだのはバレていなかったと言うのに、早とちりをして派手な行動をした事によって、そこで初めて存在に気付かれてしまうと言う残念すぎるミスを理解したオリアルは恥ずかしそうに顔を赤くしている。

 せっかく千剣の霊峰では威厳ある試練を演じ、頼り甲斐のある師匠にもなったと言うのに、この短時間でその悉くが無かった事になっている。


「新手だー!」

「なに!? 新手だと!? こいつらだけでも手一杯だと言うのにっ……!」

「おいおい……あれ勇者と神徒じゃないか! どうしてこんなところにいるんだよ、地下牢の看守は何をやってるんだ!?」


 王城を襲撃する強力な襲撃者と、脱獄した勇者と神徒と言う大罪人、騒ぎ立てる騎士達……この場はとても混沌としていたが、外套を羽織っている七人の襲撃者達の発言は……聞き覚えのある声は、アデルとラウラ、オリアルの耳にハッキリと届いた。


「アデルさんとラウラさん!?」

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