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第333話 地の底での再会

『ねぇねぇみんな! 話に夢中で全然気付かなかったけど、この先にアキがいるよ!』


 そう言って前方を指差すクラエルに従ってニグレド、アルベド、アケファロスの三人は視線を前に向けた。

 いくら敵などの生物を察知する力があったとしても、会話に没頭しすぎて前方への注意が疎かになっており、クラエルに言われるまで、その異質な気配に気付けなかったのである。


 縦穴の底にやってきてから得た便利なスキル【暗視】のおかげでこの先の道がよく見える。

 魔物の類いが一切存在しておらず、決して壊れないはずのダンジョンの天井や壁、床などが抉られたように削れてしまっていた。実は今までの道中にも度々そんな状態に陥っているのを見てきていたが、この先だけはそれがより一層酷いものとなっていた。


 そんな惨状の中に立ち尽くすのは、見覚えのある……今探していた人物のものだ。視界に映っているのは後ろ姿だけであるために顔までは分からないせいで、それが探していた人物なのか確証は持てないが、その独特で唯一無二で異質な雰囲気を見紛うはずがなかった。

 ……【暗視】のおかげで暗闇は緩和されているが、しかし暗闇の中でその白い服は若干浮いており、逆に暗闇と同一色のズボンはほぼ完全に暗闇と同化していた。下半身が消失しているように見えるので、レイスやアンデッドなどの亡霊の類いに思えるが、やはりあれはニグレド達が探していた人物だろう。


「「アキ!!」」

『アキー!』

「…………」


 立ち尽くす秋を視界に入れるなり一直線に駆け出すニグレドとアルベド。それと同時にクラエルも飛び出したが、そうするのがなんだか恥ずかしかったアケファロスは若干顔を朱に染めながら、口元をヒクつかせて喜びを隠しきれない様子で歩いて向かう。


 三人の声に振り返った秋は、その直後に襲い掛かる衝撃に、振り返った直後の不安定な体勢では耐える事ができず、ニグレドとアルベドとクラエルに押し倒される形で地面に倒れ込んだ。三人が怪我をしないように支えてやっているのは無意識だ。


「……ん? おおっ、こんなところでお前達に会うとは思わなかったな。……それでどうしたんだ? なんでこんなところにいるんだ?」

「どうしたんだ、じゃないのだ! 我達はアキを探しに来たのだぞ! ……何も言わずに勝手にどこかへ行ってしまったら困ってしまうだろう!」

「……俺を……そうか。なんかすまなかったな」


 秋の右半身にニグレド、秋の左半身にアルベド、秋の胸の真ん中にクラエルが抱きついている。

 完全に身動き封じられているが、しかしそれは普通の人間に限った話である。体を変形させる事ができる秋は、体から新たに生やした腕で三人の頭を一度撫でてから、その腕を使って三人を引き剥がす。

 ここ周辺の魔物は一掃したとは言え、ここがダンジョンと言う危険な環境である事には変わりないので、抱きつかれて嬉しく思う気持ちを抑え込んで引き剥がした。


 ニグレド達と別行動をしてからそれほど日数が経過しているわけではないが、こうして再会してみるとなんだか久し振りに会うような気がして、思わず頭を撫でてしまったし、以前ならば日常的に行われていた抱きつくと言う行為に嬉しく思い、名残惜しく感じてしまっていた秋。


「お、アケファロスもいるじゃないか。……どうだ? お前も抱きついておくか?」

「再会して最初になげかける言葉がそれですか。最悪ですね本当に」


 両手を広げてアケファロスを待つ秋に、顔を顰めながらも嫌そうではない様子のアケファロスは言う。本音を言えばそうしてしまいたかったが、やはり恥ずかしいので平静を装いながら言っていた。


「いつもみたいに「なっ!?」って言って動揺しないんだな。……お前のそのキツくて素っ気ない風に見せかけた、ツンデレそのものな態度は相変わらずみたいだが」

「だだ、誰がツンデレですか! ツンツンしているのは認めますが、いつ私があなたにデレましたか! 自意識過剰で自信過剰なのもここまでくると鳥肌が立ちますよ!」

「なんだいつも通りじゃないか。それでこそお前だよな、安心したぞ」

「~~~っ!!」


 まんまといつもの自分を引き出された事に、朱を通り越して驚くほど真っ赤に顔を染めるアケファロス。手で顔をおおっていて、さらに暗闇のせいで視認し辛くはあるが、【暗視】も【神眼】も持っている秋にとっては昼間と変わらないぐらいハッキリと鮮明に見えていた。


 赤面するアケファロスに小さく笑みを浮かべる秋。

 ニグレド達と出会うだけで懐かしさを覚えていた秋には、こうして和やかに人とやり取りするのにも久し振りと言う感覚を抱いていた。


 早く早くもっともっと強くならなくてはと焦り、殺して殺して喰って喰って奪って奪って……そうして強くならなくては死んでしまうのかとでも言うほどに精神的な限界が近かったために、こんな事ですらも心が洗われて癒されていくのを感じていた。


 気付けば、そばにいたニグレドとアルベドとクラエルの頭を撫でていた。……腕は二本しかないが、増やせば済む話である。

 ペット扱いは終わりだと、主従関係は消滅したはずなのに、そうしてしまってもいいものかとすぐに考え直して手を離した。

 突然やめられたそれに対して不思議そうに三人が見上げてくるが微笑んで誤魔化す。


「もっと撫でてもよかったのじゃがの…………さて、それで? 童達に心配をかけておきながらいったいお主はどこで何をしていたのじゃ? しょうもない事であったら思い切り説教してやるからのぅ、遠慮なく言って良いぞ?」

「…………」


 頭から手を離されたアルベドが若干不満そうにしていたが、すぐに気持ちを切り替えたのか、何をしていたかを尋ねてくる。

 話したいのはやまやまではあったが、しかしそれを話すとなればフレイアの事などを話さないといけなくなってしまう。……それを話すのが辛かったから、一刻も早く強くならなくては……と自分に嘘を吐いてまで一人で逃げ出した事を知られてしまう。


 オリヴィアに打ち明ける覚悟ならしていた。フレイアの親であるオリヴィアには打ち明けないといけないから、フレイアの胸を貫いた瞬間に決意して覚悟を決めていた。


 だが、ニグレド達へ打ち明ける覚悟できていなかった……いや、できなかった。

 一緒に旅をしてきて仲良くなっていたから……仲良くなってしまったからこそ、フレイアを殺して喰ったと打ち明けて、あり得ない、どうしてそんな事を……などと、拒絶されるのが怖かった。


 ……いや、そもそも仲良くなっていたのかも分からない。

 最も付き合いが長いニグレドだって、元はと言えば暴力で恐怖を植え付けて無理やり服従させていただけにすぎない。

 アルベドだって、クラエルだって、アケファロスだって……ここにいる全員が暴力による無理やりの服従による強くも脆い絆で結ばれていた存在だ。その曖昧な絆……主従関係が断たれた今、改めて秋の存在を危険だと認識すれば簡単に遠ざかって行ってしまうのではないか。

 セレネも秋に守って貰おうとして付いてきているだけなので、自分を守る秋が危険な存在だと知ってしまえば手の平を返して遠ざかって行ってしまうのではないか。

 ソフィアも生き抜くために教皇が言う『希望にも絶望にもなり得る生物の王』を探していたが、今回の一件で秋の存在を絶望の存在だと認識してしまえば失望して遠ざかって行ってしまうのではないか。

 ジェシカとスヴェルグもアケファロスが心配と言う理由で旅に同行していたのだから、仲間であるフレイアを殺して喰ってしまう危険な存在だと知られればアケファロスと共に揃って遠ざかって行ってしまうのではないか。


 誰一人として、自分の性格、人格、人間性を見ていたわけではないと打ち明ける前から理解させられてしまう。当然その理解は今現在のアルベドの問いへの返答を妨げるものだった。

 誰も自分を見ていないと理解しても、一縷の望みが捨てきれなかった。

 地獄で呻く罪人達を救うために垂らされる蜘蛛の糸の如き、細い望みの糸を自らの重さで切断して、自ら望みを絶ってしまわないように、口を閉じるのだ。


「……どうしたのじゃアキ。そんなに言い難い事だったのかぇ? ……なら無理せんでも良いのじゃぞ? そこまで気になる事でもないからのぅ。そてに、だいたい見当ついておるのでな。……金銭的にも困っておらんアキがダンジョンにおると言うことはつまり──」


 打ち明ける事を躊躇う秋に、心配そうに声をかけるアルベドの口を塞ぐ。

 このまま言わせておけば、秋が話したくない肝心な部分に触れず、アルベドが言はずだった「強くなるため」と言う言葉に頷いて終わっていたのだろう。……だがそうしてしまえば、ニグレドやアルベド達が遠ざかって行ってしまう事よりも酷い結果になりそうだったのを直感で理解した秋はアルベドの口を塞いだ。


 ……自分で打ち明けられず、肝心な部分を隠してそれに頷いてしまえば、仲間への信用も信頼も全てを否定し、何より、秋が縋る糸のような希望──ニグレド、アルベド、クラエル、アケファロス、セレネ、ソフィア、ジェシカ、スヴェルグの八人との間にある『本物の絆』の存在を否定するのと同じなのだから。……それにそんな結果を受け入れてしまえば、魂として秋の中で生きているフレイアに顔向けできなくなってしまうから。

 そんな考え得る限り最悪な結果を、直感に導かれたかのように瞬時に理解した秋はアルベドの口を塞いで、それから空いた手で自分の胸を……心臓部分を撃ち抜くように叩いた。


 突然口を塞がれて、キョトンとした表情をしているアルベドがとても可愛らしいが、それに意識を奪われて癒される間も無く、秋は決心して決意して覚悟を決めて決断した。


 オリヴィアに伝えるべき事を打ち明けた時と同程度の、強い眼差し、強い意思、強い心を持って……秋は閉じていた口を開いた。





~~~~





 開かれた口から紡がれる話に沈黙の帳が下ろされる。重すぎるその事情に何と言葉を発して良いものか分からなかったのである。……だが、そんな中で無遠慮に言葉を発するのはクラエルだった。生まれて間もないその幼さ故に空気を読む事ができず、無邪気に言った。その無邪気さが恐ろしくもあり、ありがたくもあった。


『アキとフレイアが一緒に幸せになれるならそれで良いよねー?』

「……うむ、そうなのだぞ! やり方がどうであれ、お互いにそれを受け入れていたと言うのであれば我達からは何も言わん……と言うか、アキと一緒に生きて幸せになるために、殺されて喰われる覚悟をして、永遠を生きる覚悟までしたフレイアのためにも我達は何も言えんのだな! ……あと、アキは我達に嫌われるのではないかと危惧しておったようだがな、この間も言っただろう。我達はずっとアキの側にいてやると」

「……っ! ……はは……そうか……そうだったな。……まぁ、なんだ……ありがとうなお前ら」


 そう言えばそうだったとハッとして、照れ臭そうに秋は笑う。

 そんな普段は見られない秋の人間らしい一面に四人は釘付けになっている。秋が浮かべるのは愛想笑いのような作り笑い、苦笑いに嘲笑……そう言った類いの笑いばかりで、こんな照れ笑いなどの感情は表に出る笑顔は滅多に見られなかったからそうなってしまうのも仕方なかった。……だから、【暗視】スキルで暗闇でも目が見えるとは言え、鮮明に見えるわけではないのが悔やまれる。


「うぬぬ……やっぱりアキはバカなのだな……」

「……え?」


 優しい言葉を投げ掛けてくれたニグレドからの突然の罵倒に動きを止める秋。


「わ、我はなぁ……! 『ずっとアキのそばにいてやる』と言っているのだぞ……? これがどう言う意味を持つか理解してないのか……!?」

「おおお、お主まさか……っ! くっ! ず、ずるいのじゃ! 童もじゃ! 童もアキのそばにずっといるのじゃ!」

「……どう言うことだ?」


 やいやいと騒ぐニグレドとアルベドに困惑する秋に溜め息を吐くアケファロス。……フレイアという恋人を持っていながらどうしてこんなに言われて理解できないのかと言う溜め息である。


「……はぁ……あのですね……どうしてあなたはそんなにバカで間抜けで鈍感なんですか……? 二人が言いたいのはつまり──」

「黙るのだぁーー!!」

「黙るのじゃぁーー!!」


 理解できない様子の秋にやれやれと言いかけるアケファロスの言葉を大声で同時に叫んで掻き消すニグレドとアルベド。それを見たアケファロスは、しまった、とばかりに両手で口を押さえた。そんな一連のやり取りに首を傾げる秋だったが、まぁ良いか、と考えてニグレドとアルベド、そしてアケファロスが何を言いたかったのかを考えてない事にした。


 それよりも今の秋は、自分の元から四人が居なくならずに自分を受け入れてくれたと言う事実を噛み締めていたかった。……何やら胸の奥で『まったく……仕方ないわね』と言わんばかりの溜め息を吐くような感じがした気がするが、それよりも今は受け入れられた事を喜んで、残っているセレネ、ソフィア、ジェシカ、スヴェルグにもこれを打ち明けなければならないな、と考えて心を強く持っておかなければならないのだ。……だからわざわざ掻き消された言葉や、意味深な言葉について考える余裕などがなかったのである。


 そんな秋の様子を見てか、クラエルが『大丈夫だよ』とでも言わんばかりに秋の頭を撫でる。クラエルの身長的に秋の頭に手が届くはずなどなかったが、【道化】と言う固有能力に内包されている【浮遊】のスキルを使えばそうする事にはなにも問題なかった。

 三人でコソコソ話し合っていたニグレド、アルベド、アケファロスの三人はそんな二人に気が付いて騒ぎだした。「クラエルずるいのだ!」やら「童もするのじゃ!」やら「わ、私は別に……」やらと騒ぎだしたのである。


 いつもと変わらない騒がしさに、やり取り。胸の奥から込み上げて来るものがあって、秋は知らず知らずの内に小さな笑みを湛えていたのだが、幸か不幸か、強さを求めて強かになろうとしている秋のそんな気の抜けた表情は、四人の誰にも見られる事はなかった。


 なぜなら、秋の右手をニグレドが……秋の左手をアルベドが握っていて、クラエルは支えがない状態で肩車をされており、アケファロスは後ろからバレないように秋の服の裾を摘まんでいるからである。

 ニグレドとアルベド、それかクラエルが秋の顔を覗き込めば、その笑みは見られてしまっていただろうが、しかし、手を繋げる事の嬉しさと肩車をされている事の嬉しさで、三人はそれどころではなかったのだ。……言うまでもないだろうが、後ろにいるアケファロスから秋の顔が見えるはずがなかった。


 進んできた縦穴の底の道を戻る五人は、そうして密着しながら歩いていた。転移門(ゲート)で地上に出ようとしないのは、単純にこの帰路を少しでも長く味わっていたかったからである。

 ……手を繋ぐやら肩車をするやらは、どう考えても魔物が蔓延る危険なダンジョンでするような事ではないが、密着の中心にいるのは常識破りの異質な存在である。

 魔物が襲い掛かってこようものなら、周囲に浮かぶ魔力の剣で八つ裂きにし、魔力の槍で貫き、魔力の弓矢で射抜いて、魔力の鎚で叩き潰すのである。

 まったく見向きもせずに、虫を叩き潰すかのように……いや、それよりももっと簡単に始末するのだ。


『これかっこいー!』

「おい、俺は両手が塞がってて支えてやれないんだからあまり暴れるな」

「ダンジョンを出るまで絶対に手を離さないのだ」

「この人に会えなくて寂しかったのは分かりますが、別にそんなに密着しなくても良いでしょう?」

「おや、嫉妬かぇ? アケファロス? お主は本当に愛い奴じゃなぁ。童達を羨ましそうに見て、愛おそうにそれを摘まみながら歩いておる姿はとっても健気で可愛らしいのぅ。……いったいそれはどんな感触なのじゃ、アケファロス。アキの──」

「あ、あーあー! なんですかー! 聞こえませんー!」







~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~







 ニグレド達がやってくる前、遊戯の女神ルキアを殺して喰った秋は、早速アニマの力を確かめようと、まだ踏破していなかった通路の存在を思い出して、縦穴の底へと転移した。


 そうしてやってきた暗闇が続く通路を【暗視】や【神眼】などの視力に関係するスキルを使って進む。以前マーガレット達とこの通路を進んでいた時は足並みを揃えるために光魔法を使用していたが、今はマーガレット達がいないので、こうして自分の視力だけを強化してサクサクと進む事ができていた。


 やがて進んでいると、猿のような魔物に出会した。

 さてアニマの力を確認しようか、と考えて、そしてどのようにして力を使うのか知らなかった事を思い出した。


 ……だが、自然と力の使い方が把握できる。つい先ほどまでアニマに関して無知そのものだった言うのに、体を動かすかのように……呼吸をするかのように自然と使い方が理解できて、それを実行できたのである。

 その感覚は、生物の蘇生ができるようになった当初のようだった。……新しい臓器が増えたかのような異質で奇妙な感覚だ。……ちなみに、MPを消費する感覚が僅かにあったが、全体から見れば減っていないも同然の消費量だった。


 やがて空中に現れたのは、何の装飾も施されていない普通の剣……見た目だけはそんな特徴もない普通そのものの、どこの鍛冶屋でも売っているようなそれである。……しかし、見た目だけ、とあるようにその剣は見た目以外が普通ではなかった。

 どこからともなく現れた、浮いている、それだけでも十分に普通ではないと言うのに、さらに雰囲気までもが異常だった。


 その剣が放つ得体の知れない威圧感に猿の魔物が怯えている。野生の勘などでも、本能などでもなく、目前にある明確な脅威への怯えだ。


 手に取れとでも言うように迫ってくる剣の柄を握る秋。すると、驚くほどに手に馴染む。今までずっと使い続けてきた物かのように心地好い感触だ。これがルキアが言っていた、アニマとしての適性の高さ云々によるものなのかは分からないが、使い難いより使い易い方が良いに決まっているので、文句はない。


 馴染む剣を数度素振りした秋は猿の魔物に肉薄し、そして剣を握る手を振るえば、先ほど感じた感触……素振りをした時と全く同じ、空を斬る感触が伝わってくる……と言うかなんの感触もない。僅かに感触はあったが、感触として数えて良いのか分からないほどに小さな感触だった。


 真っ二つに切断された猿の魔物を、口に変形させた腕で喰らって暫くアニマに関しての実験、検証を行う。どこまでできて何ができないのか……最低限それは知っておく必要があるだろう。


 ……結果から言えばアニマの力は秋の体並みに変幻自在だった。

 アニマの力に新しく形を持たせるには、消失させて、MPを消費して、顕現させる必要があるが、椅子にも机にも形を変えられた。箪笥にだって形を変えて物を収納する事ができたが、アイテムボックスがあるので使う事はないだろう。


 ……他にも色々あったが、簡潔に言ってしまえば、自分の体を遠隔操作できるようになった感じである。

 今まで変幻自在なのはこの体一つだけだったが、アニマの力を使えばこの体以外の物も変幻自在と言うわけである。


 いくら自分の体が変幻自在だとは言っても、腕を切断されてしまえば念動力のようなスキルの力を使わない限り切断された腕を動かせなかった。……だが、アニマの力を使えば切断された腕を使わずとも、腕そのものを生み出して遠くから相手を殴り殺したり絞め殺したりもできるのだから、戦いの幅も広がったと言える。



 試せば試すほどに便利な力だと理解させられてしまい、もっとこの力の事を知ろうと、ダンジョンが破損していくのも厭わずにアニマの力を試しながらダンジョンを進んでいた。そうしてアニマの力を試し続ける秋の脳内に突然声が響いた。


『──やっほー☆ アタイの可愛い秋クン! アニマになったアタイの力はどうカナっ? すっごい便利な力だと思わにゃい!? 思うよねぇ!? だって秋クンがこんなに夢中になってるんだからねっ!』


「……お前……話し掛けてこれるのか」


『うん! 普通のアニマは無理だけど、擬似的なアニマのアタイはいつでもどこでも秋クンとお話できるんだよっ! ……あと、シュウとか邪神も無理みたいだね。現実世界と秋クンの精神世界が朧気になってる時は好き放題できてたみたいだけどね~☆』


「そうか。それで、何の用だ?」


『秋クンがアタイに冷たーい。まぁいいけどねぇ……それでアタイの用って言うのは、秋クンとイチャイチャしたいって言う事なんだけどぉ……あ、待って! 秋クン怒らないでぇ! ……え、えっとね、アニマとアニマの宿主が、肉体的でも精神的にでも良いからお互いの理解を深め合えば、宿主がアニマから引き出せる力がもっと強くなるんだよね。だからアタイとイチャイチャしてもっと強さを得てみないかなー……ってさ』


「遠慮しておく。俺にはフレイアがいるからな」


『そーだよね。秋クンならそう言うと思ったよ。あはは、アタイと秋クンが以心伝心しちゃってるぅ☆ じゃ、用はなくなったしアタイは引っ込んでおくよ。……あと、一々口に出さなくても頭で考えるだけで会話はできるからネ☆』


「それを先に言え!」


 一人で喋っていた先ほどまでの状況を恥ずかしく思い、遠くで小さく反響するその大声にも羞恥心を抱く秋は、大声に釣られてやってきた魔物達に八つ当たりをするかのように、アニマの力を試し始めた。


 ……ちなみに、ニグレド達が秋と再会する直前に目にした惨状……ダンジョンの破損はこの時のものである。

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