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第330話 不可視はそこに在る

 クルトは数日の間、ラヴィアと共に、ラヴィアの目的となれるであろう職を探していたのだが、結局ラヴィアが気に入ったものは何一つなかった。


 色々な事の経験が浅いラヴィアでもできそうなものはいくつかあったのだが、そのどれもが給料が安く、一日の食費にしても足りないものばかりだった。これでは目的を得られても肝心な、生きる、という事ができなくなってしまうので、全て就職の候補から除外されていた。


 今はクルトの家でどうしたものかと二人で頭を悩ませている最中だった。

 ……ラヴィアからすれば、本当は職などはどうでもよく、クルトの旅に同行できればそれでよかったのだが、しかしそれを口にする勇気もないために、どれだけ紹介されても頑なに否定し続けて一緒にいようと足掻いているだけなので、いい加減にどうにかしないといけないなと思っていたりする。……だが、クルトの元から離れて暮らすのであれば職を見付けなければならないのも事実であるので、ラヴィアからすれば凄く難しい問題だった。


 自分がなぜクルトに固執しているのかは分からないが、恐らく刷り込みのようなもので、窮地に陥っていたところを助けてもらったからそれを恩に感じているのだろうと……生まれたての小鳥が最初に見た生物を親だと認識してしまうそれのようなものだろうと考える。


「稼ぎが比較的安定していて、目的を得られるような何かがあって、ラヴィアさんでもできそうで、ほどよく活力を得られる刺激的な職業……厳しいですね……」

「贅沢を言える立場にないのは分かってるんですけど、このぐらいじゃないと私が継続する事はできなさそうなんですよね……ごめんなさい」


 自室のソファーに座って考え込むクルトと、物珍しそうにクルトの室内を見回すラヴィア。特に目立ったものがあるわけではないが、初めて入った異性の部屋であるために色々と興味を示しているだけだ。


「いえ、別に謝る事じゃないと思いますよ。だって就職先の条件をこれだけ絞るっていう事は、もし条件に合う就職先が見つかればそれだけ意欲的に取り組めると言う事ですし、何より自分の事をよく理解していると言う事ですからね。……あ、そうだ。この間も候補にあげましたけど、冒険者なんかどうですか? ……それほど稼ぎが安定しているわけじゃないですけど、頑張り次第で安定はさせられますし、目的なら冒険者ランクがありますし、スライムやゴブリンを倒してレベル上げすればラヴィアさんでもできますし、活力を得られて刺激的でもありますから、ラヴィアさんにピッタリだと思うんですけど……どうでしょうか?」

「冒険者……ですか……私のイメージでは危ないって言うイメージがあるから遠慮したいところなんですけど……でも、クルトさんがもう一度推してくるほどオススメらしいですからね……あの、一日だけの体験とかってできないんでしょうか?」

「冒険者の体験だけでしたら別に冒険者登録をしなくとも、ティアネーの森の浅い場所に現れる魔物を倒して適当なところで素材を売ってしまえば、大体は冒険者と同じ事をしている事になりますよ」


 クルトが言うそれは冒険者から『狩人』と呼ばれている者達がやるものだった。

 冒険者登録をして冒険者になればランクに応じて受けられるクエストが増え、そうしてクエストをこなせば人助けもできて報酬も受けとれて……と、そんなメリットを知っている冒険者からすれば、狩人はどうして冒険者にならないのかと首を傾げてしまうような理解できない者達であった。

 ……だが、狩人にも一応メリットはある。ランクによって狩れる魔物や採れる野草に制限がない事や、魔物の貴重な素材を全て一人占めでき、それをそれなりの場所に持ち込めばかなりの高値で売る事ができてギルドにいくらかの金を渡す必要もないなどと、意外にもメリットはあるのである。


「じゃあ明日は冒険者の活動体験してみる事にします。私、魔物と戦った事ないんですけど……付き合ってくれますか? その……一人じゃ不安なので……」

「もちろんですよ。俺も最初はゴブリン相手でもビクビク怯えちゃってましたからね。その怖さを知っている身としてみれば、弱い女の子を一人で戦わせるなんてできませんよ。それに、ここまで来ておいて別行動する意味がありませんよ」

「た、確かに別行動する意味はなかったですよね……えっとじゃあ明日はよろしくお願いしますね……では、おやすみなさい」

「おやすみ、ラヴィアさん」


 知らない男……クルトと一つ屋根の下で暮らすのにもこの数日の間でなれてしまっていた。初めの頃はどこかギクシャクドギマギしていたおやすみの挨拶だったが、いつの間にか気付けばすんなりと口から出るようになっていた。……仲良くなれたのだろうと言うその事に僅かな嬉しさを覚える二人は挨拶の大切さを再認識していた。これ一つでよく眠れそうになれて、晴れ晴れとして気分になれて、お互いの仲を認識できるのだから。





 翌朝

 朝食を済ませ、膨れた腹が少し落ち着いてきたところで家を出て、やってきたのはティアネーの森だ。


 魔物と相対することに緊張を覚えるラヴィアはオドオドしたような足取りで森を進み、その後ろをクルトが進んでいる。あくまでラヴィアの狩りなのだからクルトが先導する事はしないし、前に出て戦うつもりもない。もしこれから冒険者を始めるのならば全て自分でできるようにならなければいけないので、よっぽどの敵が出てこない限り手出しはしない。


 そうして暫くティアネーの森を進んだところで、草むらから飛び出してきたのは猪のような姿をした魔物だった。襲いかかってきたと言うわけではなく、ただ森の中を徘徊しているだけのようで、側にいたクルトとラヴィアには気付かずに地面に生えていたキノコを食べている。

 焦げ茶色の毛並みに、口の端からは空に向かった伸びる鋭い牙が生えている。大きさはそれなりにあり、人間ならば体当たりしただけでボールのように飛んで行きそうだ。


「運がないですね……ラヴィアさん。あいつはティアネーの森に出現する魔物の中で、中ぐらいの強さを持っています。魔物と戦った事のないラヴィアさんが相手にするような魔物じゃないですね」

「……あの、あれってそんなに強い魔物なんですか?」

「Dランクの冒険者が相手にするようなやつですから、強いわけではないですけど、今のラヴィアさんが敵う魔物じゃないのは確かです」


 目の前でキノコを食べている猪の魔物を見てもそこまでの脅威とは思えなかったラヴィアは、クルトにそう尋ねていた。クルトはああ言っているが、正直簡単に倒せそうな気もしている。


 ただの村娘であったラヴィアは、自分がどうして魔物相手にそんな事を考えているのか理解できなかった。

 平和な環境で暮らしている人間であれば、初心者の餌と言われている角兎ほどの弱い魔物にも怯えて逃げだすのが当たり前であり、間違っても目の前の魔物を、倒せそうだな、などとは思わなかった。

 なのにラヴィアは目の前の魔物……角兎よりも明らかな格上を前にしても微塵も恐怖心を抱かず、それどころか本当に魔物なのかと疑ってしまっている。


 クルトがいるから安心しているからだろうか。相手の強さを理解できないほど平和に毒されているからだろうか。……分からないが、取り敢えずこの考えは危険なものなので頭を振って振り払っておいた。


 そうすれば、「なので俺が倒しておきますね」とクルトが魔法を放って猪を木っ端微塵にした。猪如きにしれは過剰過ぎると思うと同時に、「かなり抑えて撃ったはずなのに」と呟いているクルトを見て、改めて魔王の凄まじさを理解させられた。


 魔法によって生じた爆発音と膨大な魔力の放出のせいか、周囲から生き物の気配が遠ざかっていくのを感じるクルトとラヴィア。クルトに少し責めるような視線を向ければ、クルトは「すみません」と小さく謝って困ったような笑みを浮かべていた。魔王になったとは言え、元の人格を損ねるほどの変化はないようだと理解できたところで、再びラヴィアは歩き始めた。

 ラヴィアの足取りは軽い。目標が定まっているかのように真っ直ぐで、迷いがなかった。なぜだか分からないが、魔物がいるであろう方向が理解できるのだ。


 そのおかげか、数分もすれば再び魔物を発見する事ができた。そこには蟻のような魔物の群れがいた。大きさは人間の胴体の半分ほど、で数は二十匹はいるだろう。

 これも自分では敵わない魔物なのだろうな草むらから顔を覗かせながらと思っていると、少し悩んでいるような表情をしたクルトが迷いを振り払うように頷いてから小声で「これならラヴィアさんでもいけますよ」と言ってきたので、ラヴィアも頷いてから草むらから飛び出し、蟻の集団に襲いかかった。ラヴィアが手にするのはどこにでも売っているような普通の剣だ。


 躊躇なく飛び出せたのは、やはり目の前の魔物を脅威とは思えなかったからだろう。周囲を飛び回る蠅のような取るに足らない存在だと思っていたからだ。……実際、蟻の魔物は大した事なかった。一匹斬り裂いて、二匹目を斬り裂いたところで漸く一匹が襲いかかってきたのだから、余裕を持って対処できた。斬って躱してを繰り返すだけで蟻は全滅した。


「ラヴィアさんって本当に戦った事ないんですよね?」

「はい、奴隷になる前は普通の村娘でしたからね。戦うどころか逃げる事しかしてませんでしたよ」

「……それにしては随分と余裕を持って戦えていましたけど……まぁ、才能があったと言う事なんでしょうね。或いは……」


 何かを考え込むクルトに溜め息を吐くラヴィア。いくら余裕に見えたとしても、労ったり、初めての魔物討伐お疲れ様でした、と祝ったり褒めたりしてくれてもいいんじゃないかと頬を膨らませるが、しかし考え込むクルトには何も届かない。再び溜め息を吐いたラヴィアは、この蟻の死骸はどうすればいいのかと考えていた。







~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~







 少し遡って、これは草原に現れた魔物の大群を退けた直後の話だ。

 ミアとステラと別れて『移ろい喫茶シキ』に帰り、軽く汗を洗い流した季弥、冬音、春暁の三人は、ベッドに潜り込むなり、死んだようにすぐに眠りに落ちていた。


 戦いの最中にアニマから貸し出された力を振るい、アニマの存在を強く感じていたせいだろうか。その夜、春暁が見た夢はアニマと接するものだった。

 ……もっとも、それを夢と呼ぶには些か現実的過ぎたので、それが夢でない事は明らかであり、そしてそれが精神世界である事はすぐに理解できた。


 広く広がる海はひたすらに水平線を湛えていて果てが見えない。空は無窮にも思えるほどに広がっており、水平線から覗いている太陽によって眩しく輝いている。


 いつ見ても、いつ来てもこの世界は夜明けだった。


 海上に浮かぶようにして存在する透明な板の上に春暁はいた。背後には自身のアニマだと言う水無月初夏の存在も感じる。背中に伝わる体温があるので水無月初夏を認識するのは容易だった。


「今日はありがとうございました、初夏さん。初夏さんのおかげで僕は強くなれた。守るための力を振るう事もできた」

「どういたしまして。……でもお礼はいらないよ。私は私の役目を果たしてるだけだもの。……それに、私は春暁の初恋の邪魔をしてるから、お礼を言われても困るよ」


 アニマとはその人が抱く理想の女性の像。つまりアニマを認識してしまうと、その人が誰に恋をしていようと、誰と付き合っていようと、自分が恋焦がれる女性が理想とは違うと嫌にでも思い知らされてしまう。

 そしてそれを無視してその恋を押し通して満たされてしまえば、理想の像であるアニマは理想でなくなってしまい、消失してしまう。


 守るための力が欲しい春暁は力のために初恋を押し通せずにいるのである。


「別にいいよ。確かに僕はステラが好きだけど、それに身を任せて守るための力を……初夏さんを失ってしまったら、お父さんもお母さんも秋にいちゃんもお姉ちゃんも、ステラもステラのお母さんも守れなくなってしまう。だから僕はこれでいいんだ。……それに、初夏さんみたいな綺麗な人がずっと側にいてくれるんだから、僕がこれ以上を望むのは欲張りってものでしょ?」


 振り返ろうとするが、しかし振り返れなかった春暁は煌々と輝く日の出を見つめながら水無月初夏に言った。


「……本当にごめんね春暁。……でも、こうでもしないと──ううん。なんでもない」


 何かを言いかけた水無月初夏はなんでもないと言って言葉を途絶えさせた。何を言いかけたのか気になるが、尋ねるべきではないと判断した春暁はそのまま日の出を見つめ続ける。


 それからはお互いに一言も発する事なく時間の経過を感じていた。……と、そこで春暁の頭に疑問が浮かんだ。大した事ではない。知っておかないといけない事でもない。純粋に気になっただけの好奇心のようなものだ。


「ねぇ、初夏さんって生まれた時からアニマだったの?」

「違うよ。……そもそもアニマって言うのは、存在とか魂とかが強い者しかなれないんだ。歴史に名前を残す偉人や悪人、伝説とか神話の生物とかね」

「……じゃあ初夏さんは実在した人物で、歴史に名前を残すような人だったんだ。……凄いね……でも、僕は水無月初夏なんて名前聞いた事なかったけど……単に知らないだけかも知れないけどさ……」

「そんなの当たり前だよ。だってアニマって言うのは必ずしもその世界に存在している生物に宿るわけじゃないからね。……それは日本人みたいな名前をしている私がこの世界に存在しているんだから理解できるよね? ……つまり、織田信長みたいな人を肉体的にでも、精神的にでも理想に思う人がこっちの世界にいて、織田信長がその人に宿る事を認めたら、この世界の人に織田信長のアニマが宿っちゃうの。……魂って言うのは肉体を持っていないから世界の移動が簡単にできちゃうからね。ちなみに魂が世界の移動をできるって言うのが、異世界転生とかを可能にする理由だよ」


 この世界──ヴァナヘイムに住んでいても、別の世界……例えば地球──アースガルズに住まう生物をアニマとする事ができると言うわけだ。

 宿主がいくつかの理想の条件を抱き、それにある程度満ている強い存在の魂が理想を抱く者を宿主だと認めればアニマとして成り立つので、世界を簡単に移動できる魂に世界の垣根は存在しないのである。


「それで、日本人だけど、歴史に名前が乗っていないような私がこうしてアニマとして存在している理由だけど……それは単純に春暁のいた地球がある世界と同じ位置だけど違う位置……平行な場所にある世界……所謂、平行世界(パラレルワールド)って呼ばれる世界に生まれたからだね」

「パラレルワールド? ……ってなに?」


 水無月初夏が発した聞き覚えのない単語に首を傾げる春暁。


「パラレルワールドって言うのは簡単に言えば『もしもの世界』──『もしかしたらの世界』だよ。……例えば、食器洗いの最中に手を滑らせて食器を落として割っちゃったとすれば、その時点で『食器を落とさなかった世界』と『食器を落としたけど割れなかった世界』って言う、もしも、もしかしたらの世界が生まれるわけ。……もちろん、その二つの世界以外にも世界は分岐してるけど、今は取り敢えずその二つの世界だけって事にしておくね。……とまぁ、パラレルワールドはそんな『たらればの世界』──『可能性の世界』の事なんだ。……今ここにいる私は、私が歴史に名前を残した世界の私。その世界に至るまでにも幾つにも『もしも』『たられば』の分岐を経て生まれた、根源の世界からは遠く離れた存在しないも同然の世界に生きていた水無月初夏なんだよ、私は」

「もしもの世界……たらればの世界……なんか凄く大きな規模の話だね……」

「そう、すっごく大きな規模だよ。……今の間に生まれた可能性の数だけ世界は分岐して無限にも等しく思えるほどに分岐する。それを、ただの一般人から、歴史に名前を残す人物に至るまで分岐させたとすれば、いったいどこからどれだけ分岐したんだろう……って考えたら、今の私は水無月初夏なのかさえも怪しくなるよね。……だからさっきも言った通り、私は存在しないも同然の水無月初夏なんだ」


 本来ならば一般人そのものだったはずなのに、数多の平行を経て歴史に名を残すまでに至ったとすれば、それは『もしも』や『たられば』の域を越えて妄想や架空の域に達する。

 ならその世界で歴史に名を残して存在する自分は本当に水無月初夏なのか、水無月初夏を象っただけの別人なのではないか。そもそもここに存在しているのか、アニマと言う人の理想なんて曖昧な存在になっているが、本当に自分は水無月初夏と言う実在の生物なのか。


 そんな不安を駆り立てるのは、常に暁が覗く不変で普遍からかけ離れたこの世界にいるからか。


「初夏さんがどんな世界の初夏さんであろうと、今ここにいる初夏さんは初夏さんだよ。……僕の理想で、僕のアニマ。そう言うと曖昧な存在のように聞こえてしまうけど、確かに、水無月初夏はここに存在している。……それに、『我思う、故に我在り』って言うでしょう? なら自分の事を認識して意識や意思を持っている初夏さんはここにいる。たとえそれが僕の精神世界であっても、確かに存在している」

「…………」

「……え、えっと……す、少なくとも、僕は初夏さんの存在を認識してるよ? こうして話す事ができてるし、背中の感触や体温だって感じてるし、僕のアニマとして力も貸してくれてる……それに……き、きき……キス……した時の感触だって、目を覚ました時の僕に確かに残ってた。……だから、初夏さんが初夏さんとして存在しているのは疑う余地のない事実だよ」


 励ます春暁に、無言で返す水無月初夏。振り返って顔色を窺いたくなるが残念ながら振り返る事はできなかったので、春暁は言いたい事がしっかり通じているか心配になって同じような事を繰り返し言った。


「本当に……ありがとう春暁。私はアニマとして春暁に力を貸してあげることしかできないのに、春暁は私に一つも二つも三つも何かをくれる。初恋の妨げを許してくれたり、こうして励ましてくれたり、寂しさを紛らわす話し相手になってくれたり……本当に色々なものをくれる。……ごめんね、私はただのアニマだからこれ以上の事はできないよ。……ああでも、ファーストキスの交換をしたからそうでもないのかな?」

「な、なな、な、なに言ってんの初夏さん!? ……って……え? ファーストキスの交換?」

「そうだよ。私も初めてだったんだよ? 今まで私がそう言う行為をしてこなかったのはあの時のためだったのかもね」

「…………あ、あぁ……そそ、そうだったんだね……」

「うん」

「…………」

「…………」


 どこか恥ずかしさを覚えてしまう沈黙。なんとか別の話題を出して話を逸らさなければと考える春暁は、頭をフル回転させ、一つの気になる事に思い至った。


「……えっと……根源の世界では一般人だった初夏さんでも歴史に名前を残すまでになったって言う事は、他のパラレルワールドではもっと多くの人が歴史に名前を残しているって事だよね? ……そうなったらもっとアニマを宿してる人が居てもいいものだと思うんだけど……そうなってないのはなんで?」

「確かに歴史に名前を残してる人は増えているだろうね。でも、どれだけ分岐しても徹底的に名前を残す資格がない存在は無理だよ。……で、その資格がない存在がこの世の九割を占めている。だから自分で言うのもどうかと思うけど私はとても珍しいケースなんだ」

「そうなんだ。だったらそんな初夏さんを宿してる僕はもの凄く初夏さんとの結び付きが強かったのかな」


 さらっとキザな事を言う春暁。……無意識だ。


「そうなのかもね。……あぁ、あと、考えて知っておいて欲しいんだけど、可能性によって平行世界が増えていけばそれだけ水無月初夏の人生は分岐して、水無月初夏の存在は分裂していく。そうなれば様々な性格の水無月初夏が生まれるのは当然だよね。……それと同じように言うなら、水無月初夏の魂はどうなるんだろう……それも分裂しちゃうのかな。もしそうなるのなら、分裂した魂を持つ平行世界の水無月初夏が死んでしまったら、その魂はそこで他の水無月初夏を置いてあの世にいっちゃうのかな。もしもそうなればあの世には複数の水無月初夏が存在しちゃうわけだけど、そうなれば生まれ変わる時に浄化された水無月初夏の因子……魂の器を受け継いだ存在がたくさん生まれちゃうね。それっておかしくない?」

「でもそれってあの世が一つだと仮定した時の──」

「春暁、あの世は一つだよ。天国も地獄も根源となる世界に一つだけなんだ。平行世界がどれだけ増えようとそれは変わらない。だから平行世界の魂であっても全て同じあの世に送られて、魂の器が幾つも増えてしまう。……でもそれは平行世界の水無月初夏が別々に死んだ時の話。本来なら、どこかの平行世界で水無月初夏が一人でも死ねば、その因果が働いて他の水無月初夏もどうにかして死んでしまう。そして根源の世界で魂が一つになってあの世へ向かう。……ちなみにそんな理由があるから、歴史に名前を残す資格を持たない生物が九割もいるんだよ。名前を残そうとも途中でどこかの自分が死んでしまったら終わりだからね」

「じゃあおかしいところなんかないよ」

「でも、稀にそうはならない存在がいるの。平行世界の自分が死んでも平気で生き続ける自分を持っている存在がいる。……それが私みたいに分岐の果てにある地点に到達した存在……つまり歴史に名前を残す資格を持つ一割の偉人や大罪人。……でも、その存在は根源の世界と平行世界が存在している事によって起きたただの異常なんだよ。文明をやたらと発展させたり衰退させたりするその異常は神に嫌われて早死にする。……根源からかけ離れた平行世界で名前を残そうとも、それがどうにかして根源に作用したら困るから平行世界で名前を残そうとも消される。……だから春暁もその力を振るう時は気を付けてね。守るために得た力のせいで死んじゃいたくないでしょ? これはそうして消された私からの警告だよ」

「……うん、分かった」


 素直に頷く春暁だったが、ここでまたもや疑問が浮上する。


「でも、初夏さんはどうしてそんなにたくさんも事を知ってるの?」

「聞いたんだ。私と同じ平行世界で歴史に名前を残した幼い友達に。……あの子はまだまだ幼い子供だったんだけどね、生まれて間もない頃に親に捨てられて、運良くある団体に拾われて……それから歴史的な役者になって、付けられたあだ名は『道化師』や『詐欺師』、『トリックスター』とかだった。役者としては名誉なあだ名だけど、人間としてはあまり良いイメージがないあだ名だよね。でも、そんな呼ばれ方をするほどに他とは逸脱していたんだ。……でもその業界の権力者に睨まれて、今の春暁と同じ8歳で死んじゃったんだ。……私も友達と呼べるほどに接点があったから、それを聞いた時はどうしようもない感情が生まれたよ」

「……そうだったんだ」

「春暁が気に病む事ないよ。多分あの子は生まれ変わってどこかで生きてるだろうから、もういいんだ」


 気が付けば動けるようになっていた春暁は、後ろから抱き締めてくる水無月初夏の腕に手を添えた。


「……さ、それよりももうすぐ朝なんじゃない? 起きた方がいいよ」


 手を添えてすぐに水無月初夏にそう言われると、自分の意思など関係なく暁の世界から追い出され、目を開けば地震かと思うぐらい揺すられていた。


「ほら春暁、朝だよ、どれだけ揺すっても起きないからお母さんちょっと怒ってたよー?」


 朝起きて最初に目にしたのは姉の姿だった。夢で見た水無月初夏と重ねるように、自分を揺する姉の腕に手を添えた。姉である冬音は首を傾げるが、春暁は気にせずに手を添え続ける。


「いつまで寝惚けてるの、早く起きなって!」

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