第329話 安寧を損ねる足音
自室のベッドに横たわるラウラと、その傍らに座すアデル。それは最初の構図とは真逆であった。
最初は気を失い、ラウラによってこの部屋に運び込まれたアデルがベッドに横たえられていたのだが、『強制の称号』を無効化するため、脳にかけられた大きな負荷によってラウラは気を失ってしまい、アデルがラウラをベッドへと横たえたのだ。
今、アデルはラウラが目覚めるのを待っている。自分がここに運び込まれてそして目覚めるまでにそう時間はかかっていないものだと考え、もうじき目覚めるであろうラウラを見守っている。
……と、そこで部屋の扉がノックされる。
誰だろうか、と思い扉についた除き穴から外の様子を窺ってみれば、そこにいたのはフレデリカ達だった。
気を失っていた自分の様子を見に来てくれたのだろうか、と考えてアデルは扉を開いた。
「あれ、アデルさんじゃないですか。もう体調は大丈夫なんですか?」
「ボクならもう大丈夫だよ。その、心配かけたならごめんね。……なんで気を失っていたのかは後で説明するよ」
「アデルさんが謝る事じゃありませんよ。……ところでラウラさんはどうされたんですか?」
「ラウラなら寝てるよ。……あー……っと……ボクを運ぶのに疲れちゃってたみたいで、ボクが起きたら交代するみたいにして寝ちゃった」
玄関でフレデリカと会話するアデル。勝手に部屋に招きあげていいものかと少し考えはしたが、結論を出す前にシュレヒトが部屋に上がり込んでいたので諦めるように全員を部屋に上げた。……流石にラウラが寝ている寝室には案内せずに居間に案内する。
アデル、フレデリカ、スカーラ、シュレヒト、アーク、アンドリュー、ナタリア、モニカ……と、八人もいるせいか物凄く狭く感じてしまう。
「ねぇ、フレデリカさん。あのあと、悪魔はどうなったの? ちゃんと無力化はできたの?」
「アデルさんの攻撃で頭が潰れ、四肢も切断されていたので、しっかり無力化はできていました。その証明のように、悪魔はあれから何も言わなくなってピクリとも動かなくなりましたから」
「あいつの話によると、あいつは生き物の死骸を依り代にして動いてるらしいじゃねぇか。しかも自由に体を捨てて死骸に乗り移れるらしいからな、今頃は新しい体を見つけてどっかウロウロしてんだろうな」
「……今はそうかも知れないけど、でも取り敢えずはボク達の勝ち……って言う事なのかな」
オーデンティウスは他の生物の死骸を依り代として活動している。なので再生能力がない死骸の四肢を切り落とされでもすれば、行動する事ができなくなってしまうのでその体を捨てて、新しい体を探さなければならない。
そして今では、ラウラに憑依したパニエによる【絶刀 阿修羅】によって頭と両肩を貫かれ、四肢を切断されたオーデンティウスは仲間であるロングスの元へと向かい、そして濃度が高い魔力の残滓に晒され続けたグリフォンの死骸に憑依していた。
「そうですね。あの悪魔を相手にして生き残っているんですから、私達の勝ちです」
「姉御の言う通り、俺達の勝ちだ。とどめはアデルに持ってかれたが、結局は生き残ってれば勝ちだぜ」
「うん……そっかぁ……ならよかったよ」
魔王を倒すために強くなるため、敗北して成長の余地を閉ざしてしまうのを避けたかったアデルは安堵の溜め息交じりに言う。……もっとも、『強制の称号』から解放された今のアデルにとっては魔王討伐などどうでもいいことだったが、それでも勇者として成長し、守るべき人々を守り、導くべき人々を導いて、挫くべき悪を挫くために、負けてしまうのは避けたかったのである。
それに、魔王である秋が悪ではないと限らない。
今まで自分が見てきた秋は予想もつかない事をよくやっていたために、一部の考え以外の考えが全く分からなかった。だから、もしかしたら悪巧みのもとに、少しずつ悪行を働いて、準備して、そして惨劇を招こうとしているかも知れない。ひっそりと、死んだように着々と準備を進めて、悪を進んでいるのかも知れない。
そんな考えに至ってしまったアデルは、こんなのは仲間に向ける考えではないと頭では理解しながらも、そうして一度でも抱いてしまった疑念を晴らす事はできなかった。
確かめなければならない。この疑念が思い過ごしであってくれるように……と願いながらも、もしもの……万が一の時を考えて、誰にも願わず強くなるために行動するのだ。
それから暫く他愛もない話をしていると、居間の扉が開かれた。そこから姿を現したのは目を擦りながら欠伸をしているラウラだった。
ラウラは欠伸をしたままの口をそのままに、目を擦る手をそのままに、伸びをしたせいで露になっている臍をそのままに、寝起きで少々乱れている衣服をそのままにして開かれた扉の側で固まってしまった。
……そんなラウラと同じようにフレデリカ達も固まってしまっている。
「……ふぇ……? ……あ、あれ……なんで……こんなところに……?」
「ごめんラウラ。ボクが部屋にあげちゃった」
呆然とした様子で固まった姿勢のまま言うラウラに、困った様子で申し訳なさそうに頭を掻きながらアデルが答えた。
寝起きとは思えない驚くほどの速度で部屋を出たラウラは体を翻し、背を向けて部屋を出ていった。ラウラが去っていった扉の向こうからは「ひぇぇぇぇっ……」と言う小さな悲鳴が聞こえ、衣服の乱れを直す衣擦れの音が聞こえてきた。……部屋の静寂も相まって小さくだが鮮明に聞こえてくる。
やがて開かれた扉からは赤面したラウラがやってきて、何事もなかったかのようにアデル達の中に混ざる。
「……じゃあラウラも起きてきた事だし、何があったのかを話すよ。まず──」
先ほどの事に触れられたくないラウラの心情を察したアデルが話し出す。
体を乗っ取られていた事……それが神様だった事……勇気の女神パニエによって大陸の中心にあるダンジョンへと足を運び、そこには伝説上の生物だとされていたフェンリルと、最果ての大陸からやってきた二匹の狼がいた事……さらに、魔王と化していた秋がいた事……勇者と神徒の事を隠して必ずしも魔王が悪ではないのだと言う事などを話した。
「勇気の女神ですか……俄には信じがたいですけど、こんな嘘を付く意味が分かりませんし、ここまで下手くそな嘘を吐く人なんていないでしょうから……あぁいや、でも……これは困りました……」
「神様……そんな高位の存在が使う魔法はいったいどんなものなのでしょうか……いえ、そもそも魔法の枠組みに当てはまるものなのでしょうか……」
考え込むフレデリカと、魔法に興味を示すアンドリュー。
「フェンリル……子供の頃に聞いたお伽噺では、灰色の毛並みに橙色の瞳を持っていて巨人の剣よりも巨大な体躯をしていると聞きました。……そんな化け物が実在したなんて、世間に知られたら大騒ぎですね」
「確かフェンリルは、成長すればいずれ世界を呑み込む、とも言われていましたよね。そんなのが野に放たれてしまえばいったい私達はどうすればいいのか……」
母から聞かされたお伽噺を思い出すアークと、青褪めて怯えるスカーラ。
「クドウ君が……魔王に……確かにいつもいつでも誰を前にしても自由──自分勝手で上から目線な子でしたけど、まさか魔王になっていたなんて……私は教師として精一杯頑張ってきたつもりでしたけど、クドウ君がそんなグレ方をしてしまうなんて……いったい私は何をどう間違えてしまったのでしょう……」
「そんな思い詰めた顔をしなくても……アデルさんの言う通り、なにも魔王って言う存在が悪とは限らないんだし、それに、魔王ってのはグレるって言うのとはちょっと……いやかなり違うものだと思うよ、お姉ちゃん」
頭を抱えて生徒がグレてしまった事を嘆き悲しむナタリアと、苦笑いを浮かべながら姉を励ますモニカ。
「俺達が探してたクドウとか言う奴がいたっつーことはよぉ、探し人が生きてるって事だろ? 神とかフェンリルとか魔王とかどうでもよくねぇか? 取り敢えず大陸の中心にあるっつーそのダンジョンに行こうぜ」
「そう言えばフレデリカさん達は、王様の命令でクドウさんとフレイアさんと、フレイアさんのお母さんを探してるんだっけ。……なんかごめんね。ボクがクドウさんを連れて来れてたらもう一度ダンジョンに行く必要はなかったんだけど……」
「乗っ取られてたんなら仕方ねぇよ。相手がレイスとかならともかく、神ってなれば無理もねぇよ。寧ろ、よく思考操作に気付いて乗り越えられたなってところだろ」
シュレヒトによって目的を思い出したフレデリカ達は疑わしいものを見るような目でシュレヒトを見やる。続けて発せられたシュレヒトの言葉には耳を疑ってしまう。ただの不良かと思っていたシュレヒトが、自分達が見落としていた事に気付いて、そして謝罪するアデルを宥めているのが信じられなかった。
「……この人って案外頭が悪いわけではないのかも知れませんね……普段の限度が乱暴なだけで。……あの悪魔にあっという間にやられてしまった私にすぐに駆け寄って運んで逃げてくれたと聞いていますし、意外と……本当に意外とまともな人なのかも知れないです……認めたくはありませんけど」
「姉御が俺の事を認めてくれたのは嬉しいけどよぉ……なんかすんなりよろこべねぇな。俺がバカなのはよく理解してるけどよぉ……それでもなんか納得できねぇわ」
「スカーラさんとシュレヒトさんのいちゃいちゃは放っておいて……それで、これからどうするの会長さん?」
スカーラとシュレヒトのやり取りを茶化してからモニカはフレデリカに尋ねる。
「そのダンジョンに向かうしかなさそうですが、アデルさんとラウラさんが前に一度立ち入って、撤退せざるを得ない状況になったようなダンジョンですからね……私達を抱えて攻略できるかどうか……それに、何百年も昔に生まれてから今の一度も誰にも踏破されなかった前人未到のダンジョン……神様を宿したアデルさんと魔王のクドウさんと言う例外はありますが、やはり今の私達では厳しい……と言うか不可能でしょう」
「そうですよねぇ……私達はあの悪魔に苦戦するぐらいですからね……」
「どうしまし……あぁ、いえ、ダンジョンに立ち入る必要はありませんよね。アデルさんの話ではクドウさんはダンジョンを出られてゲヴァルティア帝国の周辺に向かい、魂の集合体とやらを倒しにいったらしいですから、それならそろそろそれを倒し終えていてもおかしくない頃合いです。なので私達は先回りしておきましょう。……世界に与する魔物──最果ての大陸の魔物を倒そうとしているらしいクドウさんを待ち構えておきましょう」
フレデリカが言うが、それに納得している者は少なかった。
「それではもしクドウ君が最果ての大陸の魔物を倒しに来なかった時のリスクが大きすぎませんか? それに待ち合わせをしているわけでもありませんし、クドウでを待つために最果ての魔物との戦いに参加するとなれば、クドウ君の事を気にする余裕はなくなると思います。……何よりも、神様でも敵わないほどの敵と戦っているんです。いくらクドウ君が魔王になったと言えど、流石に……」
「最果ての魔物との戦いに現れなければ死んだものとして王様には報告しましょう。神様でも敵わないらしい魂の集合体などと言う理解の及ばない化け物に挑んで、それから姿を現さなかったのですから、死んでしまったと考えてもいいでしょう。……なのでクドウさんが来ようと来なかろうと、待ち惚けになる事はありません」
「そんな……っ! フレデリカさん、そんなのは酷すぎませんか!? 同じ学校で学ぶ仲間でしょう? 話に聞く限り、あなたもクドウ君とは交流があったそうじゃないですか。……なのにどうしてそこまで簡単に人を死んだものとして扱おうとできるんですか!?」
「そうでもしなければ私達の旅は終わりませんよ、ナタリア先生。……魂の集合体なんて言うものが現れた場所にわざわざ足を運んで死にに行くような真似なんてできませんし、ナタリア先生も生徒を死地に赴かせたりはしたくないでしょう? なので遺体の確認も回収もできません、しません。なので最果ての魔物の討伐に来たか来なかったかで生死を判断します」
黙ってしまったナタリアの沈黙を認めたと受け取ったフレデリカは、机に地図を広げてどのルートでどんな手段で目的地まで進むのかを決め始めた。
アブレンクング王国の王都シックサールからミスラの森までは割と近い距離にあるが、嵐などと言う危険分子がこの付近で確認されているために、入念な計画を練るべきだった。
この時、冷静なフレデリカならば気付く事ができたはずだった。
最果ての大陸から魔物がやってくるなんて重大は情報はとっくの昔に国が掴んでいて、対策を講じているだろう事に。国中の騎士と冒険者を集めて、そして他国からも人類の危機だからと訴えかけているはずだろうと。
そんな簡単な事すら思い浮かばなくなってしまうほどにフレデリカは脳の整理ができていなかった。元々あったものに沿って行動するのが得意なマニュアル人間の端くれであり、想定外の事態や想像もしなかった事にとことん弱いフレデリカは、混乱していたのだ。
今まで人を【魅了】のスキルで釘付けにして自分予定通りに、思う通りに動かしてきたのも大きいだろう。
だからあの時、【魅了】のスキルが効かなかったのには物凄く混乱した。
それから暫くして、密会……秋への説教の場面を不良に見られた時も咄嗟に不良を【魅了】して口封じしてしまえばよかったのに、と今も思わずにはいられない。あの混乱による失態で人が死ぬ瞬間を見てしまったのだから……そしてその瞬間を恋い焦がれる乙女のように何度も何度もしつこく夢に見て、目覚めに悔いて……と最悪な一日の始まりを何度も体験してきた。
自分の失態によって死んでしまった本人は平気そうだったが、それが奇妙で気持ち悪くて、予想外で想定外で混乱して……何度も思い返して理解しようとするが理解できない。理解しようとすれば混乱は深くなっていくのだ。
そんなフレデリカに、神だ、神話の生物だ、最果ての大陸からやってきた生物だ、あの秋が魔王だ、万能で全能だと無条件に信じて疑わなかった神ですら敵わない異常生物である魂の集合体……そんな事を言われて頭がおかしくなっていないのが奇跡だと言えるほどにフレデリカは予想外や想定外に弱く、頑張って踏ん張って堪えていた。
だからナタリアへの対応が酷いものになってしまったのに自覚はあるし、後悔もしている。やり直せるものならやり直して最適な答えを繰り出したいところだった。
そんなフレデリカの胸の内で誰かが何かを言った。
『いい欲深さだねぇ。ただの無力な人間に過ぎないと言うのに、やり直したいなんてさ。時間の流れを遡るなんてのは、時間の理に叛く罪深く欲深い行為だよ。それを考えて願ってしまう事すらも罪深く欲深い』
『考える事はぐらいは私の自由ですよね』
『そうだよ。ただ私はそれが理に叛く考えだと言っただけさ。行動に移さなければそれでいい。……それで、あれから一度も私の力を行使しないけど、もしかして怯えていたりするのかねぇ?』
『……っ!』
頭の中で響くクピディダスの「怯えている」と言う言葉に身を固くするフレデリカ。
『魔王の話を聞いて益々怯えが酷くなってるみたいだねぇ……魔に属する者なのだから、君にもその可能性はある。……しかも君の場合、属する魔は一つだけじゃないよねぇ? 魔人と言う魔に、悪魔に憑依されていると言う魔……この二つの種があるんだ。……気を付けないと魔王になってしまうかも知れない』
『…………』
『安心していいよ、そんな簡単に魔王にはなれない。私みたいなのが数百年生きても魔王とは認められないのだから。……それに、魔王は同時に複数存在する事はあっても、同じ魔に属する魔王は存在しない。……つまり魔人の魔王が一人生まれれば、その魔王が死ぬまで魔人の魔王は生まれない。だから魔王になりたくないのなら、魔人を見つけ出して育て上げて、魔王に仕立て上げればいいわけだねぇ』
そう、フレデリカは魔王になってしまうと言う事に怯えていた。死なないために誰かを【魅了】して利用して、コソコソと生きていくのが自分の生き方だと理解していた。それなのに魔王になどなってしまえばコソコソ生きる事はできなくなってしまう。【魅了】しかできない自分が目立つわけにはいかないのだ。
弱いのだから弱いなりに頭を使って要領よく生きなければならないのである。
『魔王になり得る者を育ててしまえば、側にいる私にも目が付けられますからそんなやり方はできませんね。精々私にできるのは、あなたの力を借りずにひっそりと生きていく事です。……力を求めておいてなんだとは思いますが、冷静に考えれば私が戦う必要はありませんでした。……アデルさんやラウラさんは無理にしろ、シュレヒトさんやナタリア先生などを【魅了】して従えれば問題はありませんからね』
『どんな形であれ、誰かに従って行動している限りは本来の実力を発揮できないものだよ。……果たして元々弱い人間が【魅了】の支配下におかれてどれだけの力を発揮できるのか……楽しみだねぇ』
愚かな決断を嘲笑うような一言を残してクピディダスは黙り込んでしまった。何かを伝えようと思えば伝わるのだろうが、返事は返ってこないので伝えるだけ無駄だと判断したフレデリカは目の前に広がる地図に再び意識を向けた。
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ミスラの森の奥地にある崖から砂嵐を監視する者達による報告を受けたアブレンクング王国では、一部の者にだけそれが知らされていた。
しかし最果ての大陸から魔物がやってくるとなるとたかが一国では敵わないのは明らかなので、他国の王族などにもそれを知らせていた。……情報が公にされないのは混乱を避けるためだ。
この世界に伝わる最果ての大陸の話では、最果ての魔物はただの人間ごときに太刀打ちできるものではないとされており、最果ての大陸に向かった者は未だに誰も帰還していないと言われている。
足を踏み入れれば確実に死んでしまう大陸から、そこを未踏の地たらしめている存在がやってくると知られれば混乱は免れないのである。
だが、それも時間の問題だった。
……どこからそんな鮮明な情報を手に入れたのか、既に一部では最果ての大陸から魔物がやってきていると知られてしまっていた。これは不味いと悟った貴族の一人が密偵を放って話の出所を探ってみれば、それはランスフィーア魔法学校から広まっていた事が分かった。
密偵の報告を受け、あそこには勇者と神徒が在籍しているのでそこからだろうと当たりをつけたその貴族は王へとその情報を伝えた。
すると、王の顔は鬼のような形相に変わっていき、王がその場にいた貴族や使用人の全員に怒鳴り付けるように勇者と神徒の捕獲を命じると、王の命令を聞いた全ての人間は、蜘蛛の子を散らすように謁見の間から飛び出していった。逆らえる地位になく、怒り狂っている王に従うしかなかったのである。
貴族は自分のところで働く使用人や、雇った密偵などを使って……使用人はさらに末端の使用人を使って……ランスフィーア魔法にいる勇者と神徒を捕らえた。
最初こそ抵抗はされたが、国王様からの命令だ、言えば大人しく拘束を受け入れていた。……勇者や神徒持つ『強制の称号』によって否応なしに魔王討伐をさせられなくなり、神への不信感を抱いたと言えど、やはり人々を纏めている国の存在には逆らえなかったのだ。
拘束されたアデルラウラはすぐさま王城の謁見の間へと連れられ、そこで待っていたのは国王や宰相だけではなく、位の高い貴族なども集まっていた。
玉座に続く赤い布……レッドカーペットの上に膝を突くアデルとラウラ。手枷はもちろん、逃げられないように足枷も、言葉を発する事を妨げる口枷もされている。
そんな二人の背後には槍を携えた騎士が数人。二人の両側……赤い布の横側には貴族達がいる。
こんな罪人のような扱いを受ける謂われも覚えもない二人はただひたすらに困惑していた。逃げようとも考えたが、流石に神器もなく視線が痛いこの場で逃げるのは不可能だと言えた。
「勇者アデル、神徒ラウラ。……最果ての大陸から魔物がやってくるなどと極めて悪質な虚言で民衆を惑わしたとして、そなたら二人を偽計民衆煽動罪で無期懲役に処する」
「「……っ!?」」
王直々に告げられるその言葉に驚いて目を丸くするアデルとラウラ。罪人のようだとは思っていたが、まさか本当に罪人に仕立て上げられたとは思わなかったのだ。しかも虚言で民衆を惑わした覚えなどないのだから驚くのは当然だ。
口枷によって言葉を発せずに、後ろにいた騎士に担ぎ上げるように運ばれ、王城の地下にある大罪人を捕らえておくための牢屋へと放り込まれる。
……勇者と神徒と言う魔王への対抗戦力を牢屋に放り込んでいていいものかと思うだろうが、今回の一件はこれ以上人々の不安を煽らないようにするためのものである。最果ての大陸から魔物がやってくると言う話を今回の一件で虚言だと人々に認識させ、安心させるための策だ。もちろん、犯罪者として捕まえた者が勇者と神徒などとは公表しない。……なので言ってしまえば、余計な事を吹聴する勇者と神徒を無理やり黙らせて、広まった不都合な話を嘘だと言い回り、国の安寧を保つためのものだ。
最果ての大陸から魔物がやって来れば、世間からすれば犯罪者と言う扱いになっていない勇者と神徒を密に牢屋から解放して戦力として対応に向かわせるつもりである。……人類の味方である勇者と神徒ならばこんな不当な扱いを受けても人々のために戦わなければならないのだから、権力者からすれば二人は都合の良い力だと言えた。
だが、牢屋での生活は悪いようにはしない。もし最果ての魔物と戦わせるために解放した時に、勇者と神徒がこの国や世界に恨みを抱いてしまっていれば元も子もないのだから不満を抱いてしまわないよう、手厚く扱わないといけなかった。……それでも恨みを抱いて敵対するのならば、敵対する兆候や意思を少しでも見せたならば、容赦なく騎士をぶつけて物量で押し潰す。
そうしてしまおうと考えるぐらいには勇者と神徒は戦力として重視されていたが、しかし戦力として軽視もされていた。
所詮は小娘二人……数で押せば取るに足らない存在なのだからと。
国の安寧を脅かすならば、権威を脅かすならば、手に余る力を得てしまったならば……問答無用で、どんな手段を使ってでも始末する。
実際には倒していないのだが、最果ての大陸からやってきていた五体の魔物を倒して、その分強くなっていることになっている勇者と神徒を舐めている……いや、最果ての大陸の魔物を舐めている。だから、自国の事だけを考えて事実の隠蔽を働いているのだろう。
それが、最果ての大陸に一番近い場所にあるこの国の権力者達であった。




