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第328話 出現する異の者

 アブレンクング王国へと進むエルサリオンとナルルースを追うのは、アルタとレジーナだ。


 しかし、アルタとレジーナは、エルサリオンとナルルースがアブレンクング王国に向かっているとは知らないので、四人が出会うのは困難だと言えた。……が、アルタが持つ【生物支配】はある程度なら配下がいる方向が分かるので、ミレナリア王国にエルサリオンとナルルースがいない事は分かっているために、ミレナリア王国をあっさり出てアブレンクング王国へと向かっていた。


 この配下の探知機能は、正確に配下の姿形を把握していないと使う事はできない。

 なのでスライムなどの不定形な魔物の捜索には使えないし、人の顔を覚えるのが苦手なアルタからすればあまり意味のない機能だと言えた。だがまぁ……短い間とは言え、エルサリオンとナルルースは、アルタと一緒に旅をして何度か夜を明かした事があるのだから、それなりにアルタの印象に強く残っていた。


 そのせいでこうして、勝手にミレナリア王国を出ている事に若干の苛立ちを覚えているアルタに追跡されるに至っているのだから、哀れと言うものだろう。


 そんな事とは知らないエルサリオンとナルルースは、もう直やってくるアルタとレジーナに怯える事もできず、和やかに街道を進み、付近にグリフォンと言う危険な魔物が生息する鉱山がある村へとやってきていた。


 最近ではフィドルマイアからやってきたと思われる魔物の死骸が大量に転がっていたと言う怪事件や、『移ろい喫茶シキ』がどこかへ移ろってしまった事などで話題には事欠かなかった。そのおかげで、どこを歩いてもその話ばかりで、この先のフィドルマイアへと……アブレンクング王国方面へと続いている街道が危険な事を知る事ができた。

 なので怪事件が解決するか、ある程度時間をおいてから進もうと言う話になっていた。


 ……もう少し早く来ていたら『移ろい喫茶シキ』にも出会えたのかな、と少し残念に思いながら普通の喫茶店へと入り、昼食を摂る。金欠であるために具材の少ないサンドイッチが二つと言う質素な昼食だ。


 大切な物をやむを得ない事情で廃棄する時のように、悲しそうで名残惜しそうでもったいなさそうに少しずつ囓って咀嚼して嚥下する。

 店内で外套を羽織っていてこの上なく怪しい風貌をしているせいか、周囲からチラチラ向けられる視線は、一度こちらに向けられればそれは可哀想なものを見るものへと変わった。


「最終手段である冒険者でも実入りは少なかった……どうするべきなのだろうか」


 サンドイッチをちまちま囓りながらナルルースが言う。

 以前話し合った時に冒険者は最終手段だと言っていたのだが、やはり素性を隠して働ける場所は全くなかった。……なので、最低限の個人情報さえ明かせば働く事ができる冒険者に縋るのはすぐだった。

 だがやはり、低いランクで受けられるクエストなど薬草採取などの誰でもできる雑用ばかりで報酬もほんの少しだけなので、こうして嘆いてしまっている。


「頭の片隅に入れておくだけにしたかったんだがな……やっぱり傭兵になるしか……いや、だが……傭兵になってしまえば貴族などの闇の部分の触れてしまうのは確実で、一度足を踏み入れたら引き返す事は厳しくなるわけで、安易に手を出すべきではないのは分かっているが、こうする他にないのも事実。盗賊なら顔さえバレなければいつでも引き返せそうだが……盗賊だけはダメだ」


 同族であるエルフを捕らえ、奴隷商人に売り飛ばす……それが盗賊だ。多くのエルフを実質的に殺してきたような奴らと同じ場所まで堕ちるのだけはダメだ……と考えるエルサリオンは黒い思考を纏めて振り払った。


「いやいや、俺は何をバカな事を……傭兵も盗賊もダメに決まってるじゃないか。エルフ全体の意識改革を行う立場の俺が悪事に手を染められるわけがない。……すまない、ナルルース……そう言うわけだから冒険者稼業が安定するまではこんな生活が続く事になってしまうが、我慢して欲しい」

「あぁ、もちろん我慢するし、私も頑張ってどんどん依頼を受けて達成するぞ。……それに、私もあの男に謝罪をしなければならない立場だ。その誠意を表すためにも、これ以上悪事を重ねるのはよくないだろう。……許して貰えるかは分からないが、できるだけ清廉潔白な状態で謝罪したい」


 悪意を持って復讐と言う悪事を働こうとした事を謝罪するのだから、これ以上罪を重ねる事はできない……と、ナルルースはエルサリオンに言う。


 そしてこれからの事……主に金策について話し合おうとしたところで、この喫茶店に入ってくる者がいた。特にその人物の何かが気になったわけではないが、何気なく、本当に何気なく、二人は開かれた扉へと視線を移し、外套で覆われて分かり辛いがその顔を驚愕に染めた。


 途端に広がる喧騒は、喫茶店内にいた客の悲鳴と、まだ息があるらしい女の悲鳴だ。

 そんな阿鼻叫喚な空間を生み出したのは、薄汚い革鎧を身に付けて血塗れの剣を手にした盗賊だ。


 パッと窓の外を見やれば、そこには火と血が広がっていた。逃げ惑う人々を追いかけ斬り裂き、嬲るように痛め付け、家屋が燃える様を祭のような盛り上がりで眺めている。身ぐるみ剥がして全裸に引ん剥いた死体の処理はついでと言わんばかりに燃える家屋に放り込んで済ませている。


 盗賊による襲撃だ。それもかなり大規模な盗賊団による襲撃だ。

 それならば納得できる。先ほどまでは……喫茶店に盗賊が入ってくるまでは平穏そのものだったのに、この短時間でこれほどの地獄が広がっているのはそれが理由だろう。


「なるほど、これが人を斬り裂く感覚か。想像通りの不快な感触だけど、癖になりそうな快感が腕を伝って心臓を揺らしている。……それにしても、一人斬っただけで血塗れになるなんて、意外と使い勝手が悪いな、剣と言うのは。早めに手入れしなければ使い物にならなくなりそうだ」


 喫茶店の入り口でしゃがみこみ、息絶える寸前の女の口元に耳を近付けながら盗賊の男が呟いている。


「……死んだのか……? 最後の言葉はなんだったのか……掠れていて聞き取れなかった」

「おい、新入り。人の死に様に興味があるのは分かるけどなぁ、それよりも客を脅さないと逃げられるぜ? 全部捕まえれば金にもなるし、平和な環境でのうのうと暮らしてきたお前が興味を示している、人の死に様だって幾らでも見れるんだ」

「でも、剣の刃はもう血で滑って使い物にならない。こんなナマクラで脅しても無意味だ。それに、逃げられたとしても外の人達がやってくれるだろう。あんなところでギャーギャー騒いでるぐらいだし」


 窓の外に見える、燃える家屋の前で楽しそうに騒いでいる盗賊達を指差して、新入りと呼ばれる盗賊は、後から店にやってきた盗賊に言った。


「新入り、お前の武器はそんなんじゃなくて拳だろ」

「殴る感触は直接的すぎて気持ちよくないから嫌いだ。……剣もなくなったし、斬り裂く感触も知れて満足したから帰る。後は任せた、盗賊の先輩」


 血塗れの剣を窓に向かって投擲した新入りの盗賊は店を出た。窓が砕け散る音に重なりあった大きな悲鳴が発生するが、先輩と呼ばれた盗賊が足を踏み出したら悲鳴はやんだ。


「エルサリオン、私達二人でこの盗賊団を片付けられそうか?」

「外をあんなにする手際を見る限り、あいつらはかなり手練れだろう。恐らく今までに何度もここみたいな小さな村を襲撃して人を殺してレベルを上げている。……その数はもちろんだが、個々の力もそれなりにあるだろうし、かなり厳しい戦いになるだろうが、勝てないわけではない。……と言うか、どのみち抵抗しなければ外套を剥がされ、そして正体がバレて俺達は終わりだ」

「それもそうだ。なら、あの男がこっちに来たタイミングで襲いかかろう。窓が割られているせいで、すぐに助けを呼ばれるだろうから連戦の準備はしておこうか」


 ナルルースとエルサリオンは、盗賊の男に聞こえないように小声で会話する。


「……ったく先輩だって思ってるんならもっと下手に出てくんねぇかな。……ん? おい、そこの外套を羽織った二人、外套を脱げ」

「悪いな。俺達は寒がりなんだ、勘弁してくれ」

「関係あるかよ、早く脱げ。脱がねぇなら俺が無理やり──」


 外套を剥ぎ取ろうと近付いてきた盗賊へと短剣を抜き放ち、飛びかかるエルサリオン。


「甘いんだよ。エルフ風情が俺達人間様に逆らうなっての」

「ぐっ……!?」


 しかし、攻撃を躱され、短剣を手にしている手を掴まれて腹部を思い切り殴られるエルサリオンは、腹を押さえて蹲る。


「エルサリオン!?」

「おっ、そっちは女か。男連れって事はやることやってんだろうから売っても価値はねぇだろうし……俺達だけで使うかぁ」


 剣士であるが故に初動が遅れたナルルース。それだけでなく、この喫茶店内は剣を十分に振るえるほど広くなく……もし振るえたとしても机や椅子が邪魔をして攻撃を加える事はできないだろう。


「得物がわりぃな、そんじゃ、お前も彼氏と同じように待っててくれな」


 ナルルースが振るう剣を躱して徐々に接近する盗賊。それに後退りをして間合いを保ちながら剣を振るうが、やがて壁にぶつかってしまい、あっという間に間合いを越えられてしまう。剣を振るっても刃が当たらない場所だ。そこまで入り込まれれば、簡単に腹部を殴打され、エルサリオンと同じように呻き声をあげて蹲ってしまう。


「俺達に逆らえばこうなるから、逆らうんじゃねぇぞー」


 拘束する事もせずに他の客を脅し始める盗賊を、涎を垂らし、腹を押さえて蹲りながら睨み付けるナルルース。

 その視線に気付いた盗賊は舌打ちをしてからナルルースの頭を踏みつけた。釘を打つように何度もドスドス踏みつける。

 生意気な女を黙らせる事に意識を取られ過ぎた盗賊は、蹲るナルルースの側に落ちていない剣に気付けなかった。……蹲ると同時に地面を滑らせて渡されていたその剣を手にしたエルサリオンの接近に気付けなかった。


 結果、盗賊の男は胸から剣を生やす事になってしまった。


「甘いんだよ。エルフがこの程度で伸びるわけないだろ」

「貧弱……な、エル……フ、の癖……に……クソっ……!」


 エルサリオンが剣を引き抜けば、男は前へ……ナルルースの側へと倒れ込んだ。念のため、と男の胸と頭を貫いてからエルサリオンはナルルースを聖魔法で治療する。

 チラリと見上げれば、店内にいた客はいなくなっていた。男とどめを刺している間に逃げたのだろう。


 エルサリオンは舌打ちをしてから歯を食いしばる。どうして人間はこんなにも薄情なのか、どうして今逃げようと思ったのか、今逃げたところで外にいる盗賊にやられてしまうと言うのに。

 薄情で異常な思考をしていて愚かな人間への苛立ち……それを抱くいた直後に近い場所から複数の悲鳴が聞こえてきた。


「助かった。もう大丈夫だ、後は自分で治す」

「そうか……さて、守るべき人間は死んでしまったようだしな。闇魔法で現像を生み出して撹乱しながら逃げるぞ。……はぁ……無駄な事をしたな……」


 助けた恩を盾に、エルフの意識改革に協力させようと考えていたエルサリオンだったが、もう恩を売る相手はいなくなった。なので逃げてしまおうと行動の方向性変えた。

 エルフは精霊の力を借りて魔法を強化できるので、そうして闇魔法を強化すればいくら盗賊団が相手だろうと逃げるのに問題はなかった。


 村を離れたエルサリオンとナルルースは、一度立ち止まって振り返る。そこには、火の海と化した村があった。先ほどまではあんなに平和だったのに今では地獄が広がっている。

 そんな地獄を見つめるナルルースは、先ほどの盗賊の男が妙に引っ掛かって仕方なかった。

 元復讐相手である秋と同じ髪色で目の色をしていたからだろうか。


 胸につっかえるその引っ掛かりを無理やり吹き飛ばす出来事が視線の先で発生した。

 何の前触れもなくとも言えるほどに一瞬、膨大な魔力を感じたと思えば、燃え上がっていた村が一瞬にして凍り付いてしまった。燃えて倒壊しかけていた家屋も凍てつきそのままの形で固まってしまっている。その凍り付いた村から漂う冷気は村から離れた場所にいるエルサリオンとナルルースの元まで届いていた。


 次の瞬間、そんな冷気よりも寒いものがやってきた。


「やぁ、ナルルースとエルサリオン。……いやぁ、ごめんね、勝手にどこかへ行っちゃって。僕の事を探してくれてたんだろうけど、残念ながら僕はここから正反対の場所にある山まで転移させられちゃったんだよね」


 見つかってしまった。

 そんな言葉がナルルースとエルサリオンの脳内を埋め尽くす中で、稀に貧乏生活をしなくて済むんだと言う喜びが過っていた。







~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~







 ダイロンとマグロール、ソルロッドにガラドミアとギルミア……そして薄汚い全身鎧を纏った男と思われる人物と、エルフの王が着ていた服を着ているハイ・エルフの少女に囲まれているのは、馬車から引き摺り下ろされ、ダイロンの土魔法で拘束された盗賊達だった。


「……」

「おい、ちょっと待て! なに然り気無く殺そうとしてんだお前!?」

「……?」

「……取り敢えずまだ殺さないでくれ、こいつらに拠点の場所を吐かせれば衛兵に通報して兵士に何とかして貰えたりするんだからな。……人間の事は知らねぇから多分って付け足しておく」

「……!」


 薄汚い全身鎧の人物が盗賊の首を刎ねようとしたのをソルロッドが止めた。一言も発する事がない全身鎧の人物は大きな動作で物を伝えている。


「まぁ、今はこんな盗賊の事などどうでもよくてですね……あなたですよ。あなた、その服はいったいどこで手に入れたんですか?」

「うぬ? 手に入れたと言うか、この服は余のものだぞ」

「……あなた、自分がエルフの王だとでも言うのですか? エルフの王は男です。女のあなたが王であるはずがありません。嘘を吐くのであればもっとマシな嘘を吐いてください」

「おぉ、そうだったそうだった。余は女になったのだったな! 仕事と国から逃げるためにはこれが最適だと思ったのだがな、信じて貰えぬとこうも厄介な事になってしまうのだな!」


 自分の豊満な胸を揉みしだきながら、性別を逆転させる薬を飲んだ事によって女へと姿を変えたエルフの王は言う。


「まず、余がエルフの国ドライヤダリスの王である事は間違いない。余は積み上げられた仕事が嫌になっての、性別を逆転させる薬を飲んで姿を変え、こうしてここにいるのだ。故に王の称号も失っておるからな……これが余が王である事の証明になるかは分からぬが、王しか知り得ぬ事を明かせばどうだろうか?」


 もし万が一、この少女がエルフの王であれば、今から明かされる事は王しか知り得ないほどに重大な事柄だと言う事になる。

 チラリと視線を流せば、ソルロッドはいつも通りの表情だが、ガラドミアだけはあたふたしている。


 ギルミアの隣にいるマグロールは明後日の方を見ていて何を思っているのか分からない。と言うかギルミアとマグロール、薄汚い全身鎧の人物には会話が聞こえていない。……全身鎧の人物が盗賊の首を刎ねようとしたところで盗賊達は会話が聞こえないところへと運ばれ、薄汚い全身鎧の人物とギルミア、マグロールによって監視されていたのだから会話が聞こえるはずはないのである。


 ……王しか知らない事を明かされたところで何が分かるのか分からないが、ダイロンは取り敢えず聞いてみる事にした。


「分かりました。話を聞きましょう。そうでなければ話が進みませんからね」

「うむ、では話そう。余が目にした報告書によれば、どうやらこの大陸の南にあるミスラの森……を越えた海の向こうにある大陸から魔物が海を渡ってやってこようとしているらしい」

「……そ、それって最果ての大陸じゃあ……」

「ガラドミアの言う通り、最果ての大陸から魔物がやってこようとしているようなのだ。砂嵐が海を渡り、あの大陸とこの大陸を繋ぐ道を作っているようでな、それを渡って魔物がやってくるだろうと言う話だ」

「え……私の名前……」


 眼鏡クイッと持ち上げたダイロンはエルフの王に尋ねた。


「最果ての大陸の話しは一旦保留にしましょう。……精霊樹に住む者の名前を全て記憶しているとされている王なのならば、私達の名前を当てて見てください」

「よかろう。……取り敢えず眼鏡のそなたはダイロンだな。そんでそこの女がガラドミアで、あっちののチビッ子がガラドミアの弟のギルミア。そこのむさい男は知らぬが、あっちのエルフならば知っておる。イドリアルの恋人の……マグロールだったな」


 精霊樹に住む者は基本的にハイ・エルフだけだとされている。つまりソルロッドとマグロールはただのエルフである。マグロールは、ハイ・エルフであるイドリアルの恋人だったため、精霊樹に出入りする事が頻繁にあったのでエルフの王に覚えられていた。


 そしてダイロンの言う通り、エルフの王はハイ・エルフの全てを記憶している。

 人間にしてみればハイ・エルフとは貴族のようなものなので、王であるこの少女が記憶しているのは当然であるし、長命であるから必然的に記憶してしまうのである。

 ……王の服を見知らぬ女が着ているから疑っているのは当然だが、ハイ・エルフであるこの少女に見覚えがないのでダイロン達はこの少女を疑っているのでもあった。そしてダイロン達はこの問答でこの少女が言っていた性別を逆転させる薬の事を信じ始めていた。

 見知らぬハイ・エルフの女、その女が一方的に自分達を知っている、性別を逆転させる薬、略奪したにしては汚れていない王の服……突拍子も無さすぎる嘘を除いてこの少女の言う事を信じれば大体辻褄があう。


「……ダイロンさん、こいつマジで王様なんじゃないのか? 精霊樹にこんなハイ・エルフはいなかったしよぉ、性別を逆転させる薬って奴が本当なら……」

「分かりました。取り敢えずあなたが王だと信じる事にします。ですが、取り敢えずです。本当かどうかを決めるのは、最果ての大陸から魔物がやってきているのかどうかを確かめてからです。いいですか?」

「うむ、それで構わん」


 信じるとは言ったが、話が進まないから取り敢えずだ。完全に信じたわけではないのでこの態度は変えない。

 それを受け入れたエルフの王は自分の胸を揉むのをやめて立ち上がった。


「そうと決まれば、最果ての大陸へ……は行ったらダメだからミスラの森へ行くぞぅ!」

「ここを南下したところにある村でこの盗賊共を衛兵に付き出してからですね」


 ダイロンが締め括って話し合いを終わらせ、盗賊を馬車の荷台に放り込んで自分達も馬車に乗り込む。


 馬車の御者はギルミアだ。馬車などを操った事はなかったが、ギルミアは天才と呼ばれるような奴なので何をやらせてもすぐに覚え、すぐに人並みにこなせるようになるのだ。その代わり……呪いのように、どれも人並みの域を出る事はないが、その器用貧乏のおかげでこうして頼られる事もあるのだからこれを悔しく思った事はない。

 ……いや、もう悔しく思うほど心が残っていないのであると言うべきだろうか。長く永い時を生き、心が磨り減っているのだ。そこには悔しさを覚える余地などなかった。


 最初こそ言うことを聞かなかった馬だったが、時間が経てばちゃんとギルミアに従って街道を進んでいた。







~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~







 フィドルマイアを北東に進んだところにある千剣の霊峰には剣神が住んでいると言われていた。それは伝承や言い伝えなどではなく事実だった。いつの間にか人間の枠組みを逸脱していた土地神や疫病神、剣神などと呼ばれる者は確かに存在していた。

 世間一般には男だと伝えられているが、実際は女である。地面まで届く髪はポニーテールのように括られ、鉄のような髪色で鏡のように無機質な瞳をしていて襤褸のようだが清潔感のある服を纏っている。……ちなみに褐色肌であり、長い耳を持っている。生まれた時は確かに人間だったはずだが、どうしてこんなダークエルフのような……と言うかダークエルフそのものになってしまったのかは、剣神には分からなかった。


 そんな剣神は振動を感じていた。自分がこの山に存在している限り、今まで決して揺れなかったし土砂崩れも起こさなかった千剣の霊峰が揺れているのだ。異常な魔王の登場と言い、この異常事態と言い、剣神は嫌な予感を覚えずにはいられなかった。


 何よりも妙なのが、その振動が呼吸するかのように一定のリズムを刻んで行われている事だった。

 怠け者が呼吸を始めたかのような、何かに呼応するように、鼓動するように揺れている。そのせいで山の麓にあった村は土砂崩れに巻き込まれて埋もれていた。誰がどれだけ埋もれているのかは知らないし、興味もないが、昔を思い出してしまって剣神は懐かしい気持ちに浸る。

 良いものもあれば悪いものもあるが、試練と化した剣神には良いも悪いも関係なく、全てが等しく思い出だった。


 あの時の土砂崩れも振動も千剣の霊峰の呼吸によって発生したものだったのだろうか……もしそうなのであれば、千剣の霊峰は恐ろしいほどに無精な生き物なのだろうな、と剣神は考えていた。

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