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第327話 巡りの型と形

 運命の女神ベールは自分一人となった空間で安堵の溜め息と、若干の不満そうな顔をしていた。


 いくら魔王を人里離れた辺境に追いやったとて、確かにそこに魔王は存在しており、辺境とは言え魔物は存在している。つまりはその魔物が魔王の持つ強い運命に影響されたりもするのである。

 本来ならば現れる事のなかった魔王と言う脅威が辺境で穏やかに暮らしていた魔物の前に現れれば、間違いないと言ってもいいほどに魔物は魔王に怯えて人里へとやってきてしまうだろう。


 そうなってしまえば『平穏の運命』が『惨劇の運命』へと変化してしまい、多くの人々が死んでしまう。

 運命の女神である自分が干渉できない確定の運命に変化してしまい、我が子を育てるように育んできた人々の歴史が、履歴が、運命が、努力が全て魔王のせいで無かったことになってしまう。


 やはり辺境になど追いやるべきではなく、邪神を使って何とか始末する方がよかったのではないか。

そう考えてしまうが、しかしあんな化け物をどのようにして倒すと言うのか。嘗て見た全盛期の邪神でもあれほどまでの力は持っていなかったと言うのに、復活したてて力も弱く、支配されたせいで本来のパフォーマンスで活動できない邪神でどのようにして倒すと言うのだろうか。


 我慢するしかないと言うわけなのだろうか。多くの運命を守るために、少ない運命を変化させて確定させて、惨劇を見逃すしかないのだろうか。


 運命を司る女神であるのに、その女神自身が運命に抗えず、背負った運命に押し潰されていく命を黙って傍観するしかないのだろうか。


 ……そうするしかないのだろう。

 そんな事は運命を司る女神である自分が一番理解している。運命と言うのは自分の力ではどうする事もできず、自分の与り知らない場所で勝手に定められ変化して何かを齎すものなのだから。


 絶大な力を持つ魔王であっても自力では運命を変えられず、勇者と賢者に神徒と言う相反する存在によってその者の称号が背負う運命に矛盾が生じ、予想ができない運命へと変化する。……勇者の場合はその逆だ。


 ……思えば、運命の変化が齎す悲劇への怒りを、運命の被害者である魔王にぶつけて、魔王だけを執拗に狙うのは間違っていたのだろう。だって魔王だけを狙っていたせいで、その周囲で巻き起こる惨劇に手が回らなかったのだから。

 例えば、たった二人の人間によって齎されたゲヴァルティア帝国の滅びだ。特に目立った称号や能力を持たない者によって引き起こされた事なので、少し運命に手を加えれば防げたであろうそれを防げず、そんな大きなミスを許してしまったと言うのに、さらにそこに魂の集合体と言う今回の大戦犯の誕生すらをも許してしまった。


 自分が魔王にばかり目を向けていたからだ。


 あの魔王を邪神ですら手に負えなくしてしまったのは私だ……魔王ばかりに目を向けていた癖に手に負えなくしてしまったのは私だ。


 ……ならば責任を持って後始末をしなければならない。取り返しの付かない失態を悔いるのは後だ。


 ベールは協力者であるインサニエルの脳内へと語りかける。


『突然で申し訳ないのですが、私は邪神復活への協力をやめさせていただきます』

『……ベール様、まずはその理由をお聞かせくださいませんか? それを知るまでは受け入れようと検討する事すらできませんので』

『魔王と対立する必要がなくなったからです。今さっき魔王を神界に招き入れ、他の生物の運命に与える影響を減らすため、人里離れた場所で暮らすように頼み込み、そして無事に了承を得られました。……なので私が魔王を討とうとしている理由である、運命の変化を完全に止める事はできていませんが、それでも平和的に魔王と話し合った結果、運命の変化は最小限に抑える事ができました』

『ですが、邪神様を使えばもっと運命の変化は抑える事が……』

『あなた達は知らないでしょうが、今の魔王は私達の神々の主神ですら敵わないほどに力を得ています。なのでたかが邪神如きで敵うはずもありませんし、恐らく邪神を復活させて魔王と戦わせれば、通常は村や町の一つ二つで済むところを、邪神との戦闘によってそれ以上の余計な被害を出してしまう事になります。……魔王はそのうち辺境で暮らすつもりのようでしたからね、邪神との戦いによる爪痕が無駄に被害を生むだけです』


 辺境の魔物の逃亡により齎される村や町の滅亡だけで済むのに、邪神との戦いによって発生する無駄な被害は必要ないと言うベール。

 それを聞いたインサニエルは心の内で納得していたのだが、既に邪神復活は後戻りできないところまできていた。多くの人々の負の感情と死を糧とした邪神の復活は、ギリギリまで水を注いだコップのような状態だった。少しでも揺らせば水は溢れ、邪神は復活してしまう。


 それに、この計画のために犠牲になった人々はもう元には戻らない。

 与えられた負の感情に負けて犯罪に手を染めた者、与えられた暴力によって壊れてしまった者、与えられた死によって還らぬようになった者……など、人為的に邪神復活の礎になった者は全て死んでしまい、普通の道を歩めなくなってしまっていた。……アブレンクング王国の上層部が聖職者に抱く悪意とそれに触発された聖職者が抱く悪意などの、人為的な邪神復活への礎ではないものは例外だ。


『ベール様、犠牲としたものはもう戻っては来ないのですよ。 それなのに今さらやめるなどと……無責任で自分勝手に振る舞うのにも限度と言うものがありますよ? それに、どうせ今やめところで邪神は復活します。魔王と和解できたのは少し前までなら僥倖でしたが、しかしまぁ、和解するのが遅すぎました。……手遅れなのですよ。ここまで来たのなら、加担した責任を持ってさいごまで協力してください。……と言っても、協力するほど何かが残されているわけでもありませんが』

『そうですか……もう邪神が……そうですか……そうですね……あなたの言う通り遅かったのでしょう。…………えぇ、分かりました。私があなた達に干渉して変えてしまった運命の責任はとります。最後まで協力させていただきます』


 干渉さえしなければインサニエル達テイネブリス教団は、ソルスモイラ教と手を組んで積極的に活動する事はできなかっただろう。

 それなのに、テイネブリス教団に干渉して本来辿るはずだった運命を変化させ、そのせいでソルスモイラ教の運命も変化させ、アブレンクング王国と言う組織の運命も変化させている。


 ベールは干渉し過ぎた。先ほど思い返していた通り、魔王にばかり目を向けていたせいで、ベールが行動した事によって変わってしまったものに気付けなかった。


 だからベールは責任を持って、邪神を復活させるという間違った運命へと人々を導いてしまった責任を負うために、やめる事をやめて、インサニエルの脳内へ語りかけるのもやめた。







~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~







 フィドルマイアの脅威を放置する事に決めた季弥とミア。無事に仲直りできた春暁とステラ。仲直りできた春暁とステラが恋仲になったと勘違いする冬音と、何も知らないが何かが起こっていると勘付いている夏蓮。


 季弥と夏蓮の目的は行方不明となった秋の捜索ではあるが、現状なんの手がかりもあるわけでもなく、秋がそう簡単にどうにかなってしまうほどに柔じゃないと理解しているため、今は親しい知り合いであるミアとの交流を深めようとフィドルマイアの近くの村……グリフォンの生息地帯の鉱山の近くにある村に『移ろい喫茶シキ』を構えていた。


 ちなみに春暁と冬音、ステラを探すために夏蓮が喫茶店を飛び出た後、無事に三人の子供達は見つかり、何事もなく時が過ぎていっていた。



 それから数日後、いつものように店仕舞いする直前にやってくるミアと談笑する季弥と夏蓮。ステラと春暁と冬音は相変わらず外に遊びにいっている。

 そうして大人だけとなった喫茶店内では、夏蓮とミアの会話がメインであり、季弥が菓子などを出し、夏蓮とミアの会話に適当に相槌を打っている……と言うのが基本であった。


「そうだ、次はいつどこに移ろうの?」

「うーん……どうしましょうアナタ。どこがいいと思います?」

「いつものように世界地図にダーツを投げて決めればいいんじゃない? ダーツ○旅みたいにさ」

「ダー○の旅? ……って何かしら?」

「○ーツの旅って言うのはね──」


 首を傾げるミアに説明する夏蓮。秋を捜索するための手がかりがない季弥と夏蓮は、村や町を普通に進んだ時のように順番に巡っているだけじゃダメだと判断し、最近ではこうして適当で適当に目的地を定めていた。


「つまり、そのダーツって言うのを地図に投げて、ダーツが刺さった場所に移ろうって事ね? 海とかに刺さったらやり直しって感じで」

「かなり雑な決め方だとは思うんですけど、こうでもしなきゃ手がかりは掴めないと思いましてね……」

「……? 手がかりって?」


 ダ○ツの旅がどういうものかを理解したミアに、頭を掻きながら言う季弥だったが、その言葉の中に気になるものがあったミアは再び首を傾げた。


「あら、ミアさんには言ってなかったかしら。私達はこうして移ろいながら人探しをしているの。……実は私達には春暁と冬音の他にも、もう一人子供がいてね、私達はその子を探してるって事なのよ」

「そうだったのね……私の存在が夏蓮さん達をこの村にとどめている原因ならごめんなさいね」

「いやいや、気にしないでいいのよ? どうせ手がかりもないんだし、たまには休憩も必要だと思ってここにお店を構えてるんだから、ミアさんが謝る事じゃないわ!」


 謝るミアに、慌てて焦った様子で言う夏蓮。


「お詫びと言ってはなんだけど、私も探すのを手伝わせてもらうわ。これでも色んなところを渡り歩いて来たし、もしかしたらその子に見覚えがあるかも知れないもの」


 一々出会った人の顔や特徴を覚えているはずはないが、印象に強く残っていれば……と言う事で見覚えがある望みは薄いが、半ば冗談混じりにそう言った。


 ……ステラの目的であった春暁との再会を遂げたミアにはついに目的がなくなってしまっていたのである。

 夫の捜索があるだろうと思うが、ミアの中ではとっくに目的と言えるほどにそれが大切な事柄ではなくなっており、運良く見つかったらそれでいいか、と言う程度の存在となっていた。


 だから謝罪とお詫びついでに目的を得て、腐ってしまわないように……と、捜索の手伝いを申し出た。


「そんな……! こんな事を手伝わせちゃうなんて悪いわよ。いつ見つかるかも分からないんだし……」

「大丈夫よ夏蓮さん。私もなんの手がかりもない中、夫の捜索とかしてたんだし、ほら、夫を探すついでだと思って……それでもダメかしら?」

「……でも……」

「いいじゃないか夏蓮。ミアさんは元々旦那さんを探して各地を渡り歩いてたんだから、そのついでに秋も探してもらおうよ。それだけなんだからミアさんには大した負担にもならないと思うよ?」


 迷う夏蓮に季弥が追い打ちをかけるが、そのおかげで夏蓮の迷いは晴れた。


「分かったわ。……でも、やめたくなったら勝手にやめていいからね?」

「えぇ、勝手にやめさせてもらうわ。……それで、その子の名前とか特徴を教えてちょうだい。なんにも分からないんじゃ探しようがないもの」


 ミアの協力を受け入れた夏蓮は、探し人の特徴を伝える。


 血縁者だから季弥と夏蓮、春暁と冬音と同様に、黒髪黒目の男である事と、その探し人はいつ見ても、同じ服の胸ポケットを少しだけアレンジしただけの服を着ていたので、恐らく失踪した後も同様の格好だと判断し、地球で見たカッターシャツと黒いスラックスの特徴を伝える。


 それだけでミアの脳内には一人の男が浮かび上がっていた。最近出会って別れたばかりで、女に姿を変えたり、妹の恋人で、妹を殺して妹を喰らって……と、様々な衝撃を与えてくれた男だ。


 そしてさらにミアの脳内を雷鳴のように擘くのは、その男が自身の母親になんと呼ばれていたかだ。

 ……確か『クドウ様』と呼ばれていたはずだが、しかし目の前にいる二人の名字も『クドウ』だったはずだ。


 いやまさか、そんなはずは……


 汗と苦笑いを浮かべながら頭を小さく振り、そのあり得ない偶然を否定するミア。


 だったが、次に発せられた夏蓮の一言でその可能性は確信へと足を踏み出した。


「名前は秋。名字は私達と同じで久遠。それから──」


 秋……アキ……確かミレナリア王国にいる母──オリヴィアの屋敷に招かれていた妹の彼氏の友達がそう口にしているのを、その部屋に入るためドアノブに手をかけたところで耳にした気がする。そう言えばその中で『クドウ』という言葉……名前も耳にしたような……


 考えるミアの耳には夏蓮が続けた言葉は届いていなかったが、だが、もう聞く必要はなかった。ここまでの偶然がおこるわけがない。……だが、最後に一つだけ尋ねておきたいことはあった。


「その子の側に、私と同じで赤髪で赤目の女の子はいなかったかしら?」

「いたわよ。フレイアちゃんの事よね? 秋ちゃんとすっごく仲良さそうだったわぁ~」

「……そう……フレイア……あー……いたのね……そっか……」

「どうかしたのミアさん?」


 ミアは確信した。同性同名で、髪色も目の色も同じで、フレイアとの関わりも同じぐらい深い。そうとなればもう確定だ。


「私、見覚えある……と言うか会った事あるし、話した事もあるわよ」

「えぇ!? 本当!?」

「本当よ。ついこの間、私のお母様とフレイアについて話し合っていたわ」


 なんだか疲れたような、呆れたような、それでいて清々しいような感じを醸し出すミアは頬杖を突いて夏蓮に言った。


「……フレイアちゃんのお姉さんであるミアさんのお母様って言うと、オリヴィアさんの事よね。……あらあら、うふふ……秋ちゃんったら……お母さんとお父さん、妹と弟に心配をかけておきながら何をしているのかしらねぇ……?」

「か、夏蓮……気持ちは分かるけどちょっと落ち着いてくれないかな……?」


 微笑みを湛えながらも、どこか恐ろしい雰囲気を漂わせている夏蓮に、季弥が言う。

 そんな夏蓮の微笑みを正面から受け止めているミアは、頬杖を突く腕がガタガタと震えてしまっていた。


「アナタ、私はとっても落ち着いてるわよ。だってこんなにも自分の気持ちに淀みがなくて鮮明に理解できるもの。……まぁ、でも別にいいのよ? フレイアちゃんについてオリヴィアさんと話し合うような事があるって言うのは、お母さんにとってもすっごく喜ばしい事だもの。……でも、家族に心配をかけておきながら自分達だけでそんな話を進めているのはどうかと思うのよねー。だってそれって親に恋人との結婚を許されなかった時にする駆け落ちのような行為じゃない? 別に私達は秋ちゃんとフレイアちゃんに否定的じゃないし、寧ろ認めて受け入れて応援してる。なのに除け者にされるなんて納得がいかないわ。……ねぇ、そう思わない? アナタ、ミアさん」

「いや……うん……そうだね」

「あの……夏蓮さん。紛らわしい言い方をした私が悪かったわ。……お母様と秋君が話し合っていたのは、結婚とかじゃなくて……その……なんて言うのかしら……確かに結婚とかに近い話ではあったけど、決して駆け落ちとかそう言うんじゃなかったわよ」


 早口で誰かに語るように独り言を言う夏蓮だったが、最後に季弥とミアの同意を求めた。あまりの威圧感に季弥は同意せざるを得なかったが、このほ誤解は解いておかなければならないと考えたミアは勇気を振り絞って夏蓮の勘違いを訂正した。


「あ、あら……そうだったの? や、やだもう私ったら……すっごく恥ずかしい早とちりをしちゃったわ……っ。二人とも今のは忘れてちょうだい?」

「分かったよ忘れる」

「分かったわ」


 顔を両手で覆って体をくねくねと揺らす夏蓮は、チラリと両手から上目遣いで顔を覗かせ、季弥とミアに忘れるように頼む。先ほどの夏蓮を目にしてしまえばその頼みを断る事などできないし、ましてや忘れる事など完全に不可能だったが、頷かなければ悲劇を繰り返してしまうのは明白だった。


「……えーっと、それじゃあ秋ちゃんはオリヴィアさんのところに……ミレナリア王国にいるのよね?」

「いや、それが……ちょっと複雑な事情があって……でも、これはフレイアと秋君の保護者でもなんでもない私の口から話すべきじゃないと思うから、秋君の親である季弥さんと夏蓮さんが、お母様に聞いて欲しいわ」

「分かったわ! 明日にでもミレナリア王国の王都に行くわよアナタ。ミアさんも一緒にどうかしら?」


 移ろう必要なかったんじゃないか、と思わなくもない季弥だが、移ろったおかげで春暁と冬音の事も深く知れたし『移ろい喫茶シキ』としての仕事もできたし全くの無意味ではなかったのだろう、とすぐに考えを改めた。


「そうね。どうせこの村に残ってもやることなんてないし、私も同行させてもらうわ。……人知れず移ろってしまうあの『移ろい喫茶シキ』がどんな風に居場所を移しているのか興味もあるしね」

「あ、知っても秘密にしてくださいねミアさん。これの事を知られたらきっと面倒な事に巻き込まれて喫茶店経営どころじゃなくなってしまいますから」

「えぇもちろん誰にも言わないわよ。『移ろい喫茶シキ』の秘密を知っている唯一の客……ふふふ、いいじゃないの」


 それからはいつも通りの和やかな談笑が、春暁と冬音とステラが帰ってくるまで続いた。話の流れを知らない三人には、明日この村を出ることを伝えたが、目立った反応はなかった。

 ミアもそれに同行すると言う事は、つまりステラも同行すると言う事だ。

 移ろう事によって、久し振りに再会し、以前よりも格段と仲良くなった友達と別れる事になるわけではないのであまり興味がないのだろう。







~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~







 砂嵐を纏うセトの追跡を諦め、最果ての大陸へと踵を返したイシスは大陸中の魔物へと触れ回った。


 嵐の魔物と砂嵐の魔物が人間が住まう大陸へ向かった事。砂嵐の魔物が海上に道を生み出し、人間の大陸とこの大陸を繋ごうとしている事。大陸が繋がれれば神の手先である人間共がこの大陸に攻め入ってくるかも知れない事を。


 それは瞬く間に最果ての大陸に住まう全ての魔物へと伝達されていった。


 腐敗した泥の巨人に、時鐘の老人に、異形のマーメイドに、海底に沈む毒蛇に、死を繰り返して死を生み出す人型の魔物……と、それが騎乗する黒い竜に、溶岩を練り歩く炎の巨人に、極寒の地に存在する結晶の巨人……など、様々な魔物へと瞬く間に伝わり、そうして魔物達は蠢き始める。


 幾星霜を経てとうとうやってきた神々の手先とされている人間との戦いの時。


 この戦いで、最果ての大陸に生まれて間もない魔物はあっという間に人間に殺されてしまうのだろうが、過酷な環境を宿した最果ての大陸で生き抜いてきた魔物はこの戦いでも生き抜く事ができるだろう。並大抵の攻撃では一切傷付かないような魔物もいるために、いくら人間の数が多くとも、手傷を与えられる事はないのだから、生き抜けるのも当然である。

 ……もっとも、それらは例外が現れなければの話だが。


 この世は弱肉強食だ。

 それを痛いほどに最果ての大陸の魔物は知っている。だから弱きを蹂躙し、強く在ろうと殺して殺して殺し尽くす。

 蹂躙され絶えてしまう前に人類は勝利を掴まなければならないのであり、人類に勝利を掴まれる前に最果ての魔物は人類を滅ぼさなくてはならない。


 一対一のその戦いの行方がどうなるのかは、世界にも神々にも分からない。

 最果ての魔物は単純な力で、人類は知恵と技術と仲間との連携で……これまでお互いが発展してきた方法で、どちらが優れているかを示して、どちらが存続するべきかを確かめるために戦う。


 人間と魔物……そのどちらにも属していながら、どちらにも属していない中途半端な存在にとって、そんなものは心底どうでもいい話だった。


 だからそれは自分の目的のため、糧となり得る最果ての魔物を、殺し尽くして、喰らい尽くして、奪い尽くして……自分と関わりのない強い人類も、殺して、喰って、奪うのだろう。


 この世界に存在する強者を鏖殺するのである。

 全てを閉じて終わらせて……再び循環させて巡らせるのだ。

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