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第314話 分断された後の行動

 尻餅をついてそのままの姿勢で固まるナルルース。自分の愛が独り善がりなものだと思い知らされて茫然自失と言ったように、どうするべきかを考えてもどうする気も起きないでいる。


 秋への復讐を意識の外にして、主であるアルタがどこかへ行ってしまってこれからどうすればいいのか、自分は本当の愛を見つける事ができ、さらにそれを得ることができるのか。

 復讐対象である秋の言葉に言い返せなかったナルルースはそんな事を考えていたかった。……が、先ほども言った通り現在のナルルースはどうする気も起きないでいるため、思考を放棄し、ただただ星空を見上げる事しかできない。


 そんなナルルースを見ていられなくなったエルサリオンがナルルースの側に立ち、話しかけた。


「お前はこれからどうするんだ? 復讐する相手に

を前にして何もできていなかったが……諦めるのか? もし諦めたとしてお前はこれからどうするんだ? サエルミアから『技能の果実』をもらっておいてここで止めるのか? ……お前はエルフ達から無神経な発言や自信過剰な自分語りとかで疎まれはしているが、根は真面目だったと記憶している」

「……私が真面目だと? ……そんなわけないだろう。フェニルを無理やり自分のものにして不幸にして、さらには親友との喧嘩別れを喜んで。自分が悪いのにあの男を恨んで殺そうとして。復讐のために友達の貴重なものをもらっておいて復讐を遂げられなかったこの私が真面目か? まともか? どう考えても違う」


 エルサリオンの言葉を耳にしたナルルースは星空を見上げたままそう返す。

 ナルルースのこれはとても面倒臭い返答だが、それでもエルサリオンは嫌な顔を一つもせずにナルルースに答える。


「自分がそうだと認識できているならいいじゃないか。お前は行動を改める事ができると言う事だ。フェニルには無理やり結婚させた事を謝って何発か殴られ、親友との喧嘩を喜んだ事も謝って……あの人間の男にも殺そうとした事を謝って……サエルミアはどうせ気にしてないだろうからこのままでいい」

「…………」

「じゃあ、当面の目標は旅をしてエルフの意識を変えるための仲間を集めながらあの人間の男を探して、仲間を集めてあの人間の男に謝罪を済ませたらドライヤダリスに帰ってフェニルに謝る。……って事でいいな?」


 答えないナルルースを置いて目標を定め、確認をとるエルサリオン。

 こうしてグズグズウジウジしている奴は物事を考えると言う行動をせず、何を言っても肯定しかせず、意見も出さないから、こうして引っ張ってやらなければダメだと知っているエルサリオンは自分で話を進める。


「……それでいいが、アルタはどうするんだ」

「あんなのは放置でいいんだよ。無理やり俺達を支配するような奴だからな。それに、あいつの価値は皇帝と言う地位しかない。皇帝を味方につければ、それは国民も味方につけるのと同じだ。だから皇帝と言う後ろ盾を使わせてサリオンとディニエルにゲヴァルティア帝国で仲間を集めさせているから、皇帝の価値を既に行使されている今のあいつには俺達が迎えに行くほどの価値はない」

「利用するだけ利用してこちらからは何もなし……か。どうして私だけが嫌われてお前はそうでもなかったんだろうな?」


 自分の問いに答えるエルサリオンのどこか戯けるような言い様に、フッと笑うナルルースは星空から目を離してエルサリオンの目を見つめて小さく笑っている。


「そりゃあ地上の見張りとかしてたからな。おかげで地下のエルフとの接点も少ないし、何より前まではこんな事を考えもしなかったからだろうな」

「はは、地下のエルフと接点が少ないお前が、私の悪評を知れるぐらいには私も有名だったわけか。有名になれて嬉しいような悲しいような……複雑な気分だな」


 そうして笑い合った二人は、一先ず夜を明かすための宿を取らねば、と近くにあった大きな街……王都ソルスミードへと向かう。

 取り敢えずの目的は仲間集めと復讐相手への謝罪だ。……エルフの国──ドライヤダリスに帰るのはまだまだ先になりそうだから取り敢えずだ。


 皇帝と言う後ろ盾がここにはいないため、権力を振りかざして協力を得るのは不可能す、ゲヴァルティア帝国でサリオンとディニエルが行っている仲間集めより効率や成果は劣るだろうが、何もせずに旅を続けるよりはマシなので、それでもコツコツと協力を得ていくしかない。

 謝罪するべき元復讐相手もどこにいるか分からない。もし出会えたとしても、ああして沈黙したまま言い返せずに別れてしまった手前声をかけ辛い。


 ……など、様々な問題があるが、アルタとはぐれ、サリオンとディニエルもおらず、エルフとハイ・エルフ二人だけでできる事などたかが知れているので仕方ないのである。


「ミレナリアからアブレンクングへ向かおうと思ってるが、どうだ?」

「サリオンとディニエルがいるゲヴァルティアに向かっても無意味だろうし……分かったそうしよう」


 エルサリオンにそう返すナルルース。ちなみに二人は金欠のため、二人で一部屋だ。別にアルタがいなって財力がなくなったとかではなく、元々持っていた金がそれほど多いものではなかったと言うだけだ。


 国が違えば貨幣も変わる。

 人間の国家は全て同じもので統一されているが、魔の国──デーモナスなどの亜人や魔人、魔物の国などになると人間の国家とは違う貨幣を使っており、入国する際にその国で使用されている貨幣へと両替するのが基本だ。


 しかし、ドライヤダリスと言う人間を拒み続けるエルフの国と人間達の世界で広く使われている貨幣は全くの別物であるし、そもそも人前に現れなさすぎてエルフの国の貨幣がどんなものかすら知られていないためそうはいかず、両替するために銀行などの施設に行こうとも「なんだこのゴミは」と言って追い返されてしまうのである。


 なので身に付けているものの何かしらを売って金を得ているためにそこまで多くの金を持っておらず、以前のような裕福な暮らしはできないでいる。


 仲間集めや復讐相手の捜索以前にやるべき事があるように思えるが、どんな職であれ、職に就くには身元を明かす必要があるので、エルフである二人は無用な危険から身を遠ざけるためにそう簡単に職に就く事ができないのである。……ここまでくればいっそ奴隷になっても大して変わらないような気がしてくる。寧ろ奴隷になった方が周囲の危機に目を配らなくて済むので楽そうですらあるが、やはり奴隷は奴隷なので劣悪な環境に違いはない。ならば自由がある今のままでいよう……と、一瞬の気の迷いを切り捨てて考えを改める。


「あと話しておくべき事はなんと言っても金だな。最初の頃は手持ちの何かを売って凌いでいて、最近ではそこにアルタが現れてくれたおかげでなんとかなっていたのだが、アルタはいなくなった。……つまり最近の頃に逆戻りなわけだ。俺達の正体がバレるのは極力避けたいからまっとうに働くのはなし……比較的自由で誰でもなれる冒険者ですら最低限の個人情報は必要だからできるだけ避けたい……」

「私達にとって冒険者は本当にどうしようもない場合の最終手段なわけだな」

「あぁそうだ、最終手段だ。……一応冒険者の他に傭兵って言うのがあるらしいが、それになるのも本当に少しだけ視野に入れておくとしようか」

「傭兵……聞いた事だけはあるが、冒険者の名前の方が大きく知れ渡っているせいで霞んでしまっているからな……あまり詳しくは知らないな」

「傭兵って言うのは冒険者ギルドのような大きい組織を通さず、個人の間で行われるものだ。そのため、ギルドマスターのような権力者に知られず雇用契約が結ぶ事ができてしまうから、傭兵に与えられる仕事の殆どが後ろめたいものだ。……強盗や暗殺とかの犯罪だってやらされる。だが、そうすればその分報酬も多くなる。……ちなみに平民が多額の報酬をやすやすと出せるわけがないので雇用主は貴族に絞られる」


 言ってしまえば傭兵は『何でも屋』である。その傭兵は基本的に犯罪関連の仕事をさせられる。「あいつを殺してくれ」と言われれば報酬次第で引き受け、「あそこを通る行商人を襲撃しろ」と言われれば盗賊を装って襲撃する。そんな金のためなら仕事を選ばないような人間が主に傭兵をしている。


「そんな後ろめたい事を生業にしているから雇用するためのルートも特殊で、傭兵と雇用主の間には、どこでどの時間にどんな服装でどんな言葉をかけるか……などが合図になっていたりする。例えば、特定の酒場の特定の時間に特定の席に座って特定の品を注文すれば傭兵が現れて雇用主から仕事の内容を聞き始める、とかだな。……そんな物凄く厄介で面倒臭い手順を踏まなければ傭兵にはなれない。だから少しだけ視野に入れておくんだ」

「なるほどな。雇われるまでの手順が長く面倒で、危険も大きいが見返りも大きい……と、そう言うわけだな。……この話を聞く限り、傭兵になるのは得策とは思えないし、冒険者にもなれず、金が底をつきそうになるまでは傭兵にはならない方がいいだろうな。……分かった頭の片隅にでも入れておくとしよう」

「そうしてくれ」







~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~







 ドワーフの国──プミリオネスがあった山のとある洞窟。

 そこでは悲鳴だけが響いていた。同じ人物のそれぞれ違う響きの断末魔だけが響いていた。


 洞窟にいた弱い魔物達は凄まじい怒気と悲痛な叫び声に怯えて吹雪が勢いを弱めていく洞窟の外へと逃げていっていた。

 強い魔物達は悲鳴を耳障りに思い原因を潰しに行くが、そこにいる邪悪な存在にあっという間に組み伏せられ、自由を奪われた。


 洞窟の最奥で繰り広げられるのは一人の人物に対しての継続的な蹂躙。長く惨たらしく痛め付けてから殺し、次は蘇ったそれを一瞬で殺したり……と、様々な方法でタイミングで氷の女王──レジーナ・グラシアスは、自身の主であるアルタに殺される。

 それは罪人を裁く冥界……或いは地獄にあるグリパヘリルと呼ばれる洞窟で絶えず常に行われている罪人への刑罰のようだった。……最近で言えばゲヴァルティア帝国の前皇帝リニアルが受けていたものが近いだろう。そのリニアルはグニパヘリルから逃げ出したようだが、レジーナは動き自体を封じられているためにそうはいかない。


 そんな地獄の如きレジーナへの蹂躙は一日中寝る間も無く続けられた。アルタが満足したのは次の夜がやってきた頃だった。疲労と飽きが重なり、擬似的に満足感をアルタに与えていた。


「…………」

「あー疲れた。眠いしお腹もすいた。お風呂も入りたいな」


 蹂躙が終わったと言うのに完全な無言で全く喜ばないレジーナは、死体のように手足の筋肉を弛緩させ、地面に横たわっている。レジーナは雪や氷で形成されているために筋肉などが存在するのかは不明だが、この体勢は人間だった頃の名残だろうか。


「それにしても、一日中殺し続ければ僕に対して堂々とした態度で接していたレジーナがこんなにしおらしくなっちゃうなんてねぇ……凍死の苦しみを何度も何度も与えられた僕からすれば、レジーナには根性がないね、としか言えないよ」


 横たわるレジーナの側に腰掛けて頭を撫でるアルタ。どう言う心理状況で自分が痛め付けた生物の頭を撫でているのだろうか。


「喉と鼻腔を刺すような寒さが痛くて、全身の皮が剥がされるようで、耳を引き千切られるようで、息切れしているのにも関わらず一生走り続けているかのような苦しさが心臓を含めた全ての内臓に痛みを訴えさせて、全ての生きたいと思う本能が麻痺しているようで……それが何度も何度も何度も何度も何度も何度も……僕を殺し続けていて、やっと洞窟に着いたと思えば君がいて、何でもないような顔で僕を殺したと告白して……どれだけ僕が苦しんで怒ってたか理解しているのかい、レジーナ・グラシアス?」

「ご、ごめん……なさい……ゆる、赦して……赦してください……」


 頭を撫でながら言うアルタに怯えて身を縮め謝るレジーナ。


 レジーナは怖かった。


 頭を撫でると言う人を落ち着かせる時や可愛がる時にされる、この安息の行為が。このまま撫でられ続ければアルタの何かの琴線に触れて、ある瞬間唐突に頭を砕かれてしまいそうで。

 いきなり死に、次の瞬間には突然死の驚きと死の痛みと死の体験と死の恐怖が与えられる。心は体と違って死を受け入れる事が難しく、生き返った瞬間にショック死してしまいそうなほどの衝撃を与えてくる。


 死んだら何も考えられなくなり、体に触れる空気の感触……自分の感触すら感じられなくなってしまう。……何も見えず聞こえず嗅げず感じられず考えられないこれは気絶や昏睡、植物状態などとはまた違う……これが死だ。

 鼓動は無音、周囲も無音。思考は停止、動作も停止。感情は喪失、自我も喪失。この一瞬の完全な暗黒に等しい無が途轍もなく怖くて堪らなかった。


 レジーナは完全なる虚無を知っている。これは配下の命を犠牲にして復活できるアルタにも言える事なのだがそれは置いておく。……そんな完全な虚無を知るレジーナはアルタに出会う以前から死を何度か体験してきた。


 まず最初の死……それはレジーナが氷の女王たる所以とも言える死──凍死だった。


 雪山の麓にある村で暮らしていたレジーナは晴天に照らされる白銀の積雪に釣られて友達と雪山に登った。雪玉を投げ合ったり、雪を食べようとする妹を止めたり、雪だるまを作ったり、かまくらを作ったり、雪に寝そべって手足をバタバタして天使のような模様を作ったり……と、友達や妹と共にとにかく楽しく遊んでいた。


 山の天候は変わりやすい。

 それは重々承知していたはずだった。少しでも曇天が覗けば……いや、曇天が遠くに見えただけで山を降りるぐらいには警戒していたはずだった。……だが、その日に限ってはそんな警戒も意味を成さなかった。気分を売って、新しい気分を買ったかのようにあっという間に変更された天候は吹雪となってレジーナ達を襲ったのだから。


 取り敢えず先ほど作ってそのままだったかまくらの中へと避難する。狭い空間に数人が密集しているからか、断熱の効果を持つ雪が風避けとなり暖かい空気を循環させているからか……いや、その両方なのだろう。密集した事による人間の熱気が断熱効果を発揮する雪の壁によって外に漏れにくくなり、かまくらの内部を漂い続けているのだろう。

 レジーナ達が逃げ込んだかまくらの中は暖かかった。これならば吹雪であっても凌げるだろうと言うぐらいには、快適で襲い来る吹雪の脅威を感じさせなかった。


 だが、それだけだ。暖かいだけだ。いくら山の天候が変わりやすいとは言え、曇天がどこからともなく吹雪を起こすほどの量発生するわけがない。


「ウオオオオォォォオオオオオンッ!!」


 遠吠えが聞こえる。幾つも幾つも聞こえてくる。それらはかなり近い場所にいるようで、レジーナは怯えた妹が泣き出さないように抱き締めてあやし、祈る事しかできなかった。しかし無情にも共鳴するような遠吠えに恐怖を堪えきれなくなった妹は大声を上げて泣き出してしまった。

 それはもう、狼の遠吠えに反応するが如くわんわんと。


 足音が、雪を踏み締めるような雪が軋むような固まるような……ザッザッともギュッギュッとも取れるような足音がかまくらの周りを彷徨き入り口を探している。

 かまくらの内部は最悪で険悪な雰囲気だった。「お前の妹のせいでバレ

た」とでも言わんばかりの視線で、レジーナとレジーナの妹を睨み付けるのは先ほどまで仲良く遊んでいた友達だ。そんな大切な人達から向けられる憎悪に満ちた視線に泣き出しそうになるレジーナ。

 だが、ここで泣いてしまえばさらに憎悪されるだけ。堪えなければ。……そう考えて我慢するレジーナ。


 ……周囲の友達からは恐怖を堪えきれずに涙目になっているのだと思われていたことだろう。なぜなら本人達に悪意はないから……さらに言えば睨んでいる自覚すらないのではないだろうか。


 涙を堪えるレジーナはそこでふと考える。……もしここで生き残ったらこの先の私達の関係はどうなるのだろう、と。憎悪を向けてきた相手と一緒にいるのは大変だろう、相手も憎悪を向けた相手に顔を合わせ辛いだろう、ならば友達の縁を切るか? ……いや、麓の村と言う狭いコミュニティの中でそんな事をしてしまえば実質一人ぼっちだ。

 どうすれば……と、考えている内に、もういっその事ここで全員死んでしまえば良いんじゃないか……レジーナの思考はそこに辿り着く。


 気まずい思いをするぐらいならば、何も思えなくなってしまえばいい。


 レジーナは抱き締めていた妹を離し、友達を押し退けてかまくらの入り口付近に移動する。後ろからは「もう何もすんなよ」みたいな視線が向けられるが、構わずレジーナは外に出た。

 かまくらの内部とは雲泥の差とも言える寒さにレジーナは自身の腕を擦すりながら周囲の様子を窺う。


 吹雪いていて視界は悪い。雪を伴う風が蠢く白となって視界の節々に現れる。どこか輪郭を彷彿とさせる蠢く白。

 そして白に浮かぶ赤い珠。それを認識すれば自ずと輪郭も掴めてきた。

 白い体毛に赤い目……それはどこか兎を彷彿とさせるが、それは明らかに兎などではない。……それどころか、それは兎を捕食する生物である狼だった。


 その狼は最果ての大陸からやってきた魔物であり名をスクワラと言った。

 立ち位置とすればスコールやハティと大して変わらず、魔王を連れてフェンリルの元へと向かったり、さらには人間を殺して意図的に魔人化させ、混乱しているところにつけ込んで自分達の仲間に加えると言ったような活動をしていた。


 それを認識すれば景色が歪む……ズレる……そして上から順に赤く染まっていき、全身から力が抜け、思考の停止する感情もなくなる。

 なけなしの思考力で赤いのが何か、何が起こったのかを思考すれば、驚くほどにあっさり答えが出た。


 染まるようにして視界を過るのは血液だ。そしてレジーナは目の前の狼の鉤爪に裂かれたのである。


 これが生前のレジーナが最後に見た自分の血液だ。これ以降はどうしようとも流血する事はなかった。

 あれが血液で狼に裂かれたと理解すればプツリと何かが途絶え、レジーナは虚無へと至り、そして色を見る。今まで見ていた白い色だ。

 周囲を見渡せば一面真っ白だ。先ほどの血液も吹雪に覆い隠されたのか見当たらない。


 どうなっているんだ? と疑問に思うが、次にとったのは視界ではなく、友達や妹の安否だった。振り返りかまくらを探すが、そこにかまくららしきものは見当たらない。

 血液の一滴たりとも見つからない。


 夢だったのかと錯覚するが、吹雪の中で平然としているこの体がそれを否定する。いくら夢の中とは言え、日頃から雪山の寒さを自覚させられているために、夢と言えど現実を知りすぎている故に寒さを感じないなんて事は不自然だ。


「目覚めたか。ならば主のところへ向かおうぞ」


 口元を目の色と同じで赤くしているスクワラに否応なしに加えられてその背中に放り投げて乗せられるレジーナ。それからレジーナが愛した先代魔王と出会い、そして今に至る。

 その間にたくさん殺されたし死のうともした。しかし雪や氷がこの世に存在している限りレジーナはそこから生まれ続ける。例えば、世界の裏側にしか氷が存在しなくて雪が降らないとすれば、今砂漠にいても雪や氷があるその場所に生まれ直すと言うわけだ。


 死ねないレジーナは常人以上に死を恐れている。あの時の軽率な自分の行動で死んでしまった妹や友達、軽率に死を求めた自分だけが生きている罪、死んだ際の虚無。レジーナはそれらが恐ろしくて堪らなかった。


「君、あれだね。いじめたら面白いタイプだね。……うん、よし決めた。これから仲良くしようレジーナ。僕は君が気に入ったよ。これからはナルルースやエルサリオン……あとどこかへ行っちゃった赤龍も一緒に旅をしよう。いいかい?」

「……はい……分かりました……」


 嬉しそうに言いながらレジーナの頭を撫で続けるアルタにそう返すレジーナ。愛する先代魔王以外にこうしてベタベタするのは気が進まないし気が引けたが、もう当分は死を味わいたくないのでこれに従う事にしたのであった。

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