第313話 草原の季と二つの赤
迫り来る魔物の大群と、それを迎え撃とうとしているのか魔物の大群を見据えて立つ二人の子供と、それを連れ帰ろうとしているのか身振り手振りで何かを言っている男性がいた。しかしその男性は男の子に何かを言われたのか、その感情表現が豊かな動きを止めて二人の子供の後ろへと移動する。
それでも親か、とツッコミたくなるがそれよりも早く避難しなくてはいけないので何とか堪えて踵を返そうとするが、娘であるステラがミアの手を引く。
「ステラ、もう帰るわよ」
ステラからはまだあの魔物の大群が見えていない。スキルを使用してあれらの存在を感知していたミアは冷静を装ってステラに言う。しかしステラは首を振ってそれを拒否する。
「ハル……お母様、あっちにハルがいる気がする!」
「えぇ……?」
袖を引っ張って魔物の大群が迫ってきている方向を指差すステラ。
アイドラークの王族は勘が鋭い……それを知っているミアは、それ故にステラのこの報告を嘘だと切って捨てる事ができず、【遠視】のスキルを使ってもう一度迫り来る魔物の大群を見つめる。
そこにいるのはやはり魔物の大群であり、そしてそれに立ち向かおうと言う二人の子供と男性。
確かにいる……顔は窺えないが、ステラと同じくらいの背丈の男の子がいる。夜に紛れていて分かり辛いが、黒髪で黒い目と言うところまで一致している。
そしてその隣に立つ女の子も、あの時に喫茶店で見たステラが言う人物の姉にそっくりだ。……ついでに言えばその後ろに立っているどこか頼りない男性も喫茶店で見た気がする。
だからなんだ。そう言ってステラの手を引いて逃げてしまいたいが、もしあれがステラが探している人物達だとすれば……もし村まで逃げきったとしてもいずれは……そう考えれば、ミアは否応なしに行動せざるを得なかった。
だが一応ステラの確認もとっておく。
「助けに行きたいのよね?」
「うん! ハルを助けたい!」
「そう、なら行きましょうか」
もう夜も遅い。時間的に言えば九時と言ったところだろうか……子供からすればもう寝る時間である。
こんな時間にこんな重労働をする事になるなんて、ステラの生活リズムが崩れてしまいそうで怖いが、何しろステラ本人からのお願いだ。今日の今だけは仕方のない事だと考えてミアはステラと共に、探し人だと思われる人物達のところまで走り出した。
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魔物の大群を目の前に控えた冬音と春暁、ついでに季弥の三人。砂埃を巻き上げてやってくるそれはさながら濁流のようだった。猪や熊、蜥蜴や獅子、梟に鷹や鷲……様々な魔物がやってきているのが分かる。
そろそろ攻撃を仕掛けるべきだろう、そう判断した冬音は「あー!」と叫んだ。普段の可愛らしい声の面影を残したその叫び声は手を叩く時よりも大きな音を発し、冬音の能力をより強く引き出す。
夜に響きその叫び声は広く響き渡る。それは冬音の能力によって、だんだんと音量が上がっていくテレビのようにどんどん音が大きくなっていく。響く音は残り、さらに遠くへと届けられ、やがては魔物の大群の先頭の魔物へと到達する。脳を揺らす冬音の叫び声を聞いた魔物はその衝撃で転倒し、後方を走っていた魔物達が躓いてしまうような障害物となる。
それでいくらかの魔物が死んだのか、冬音には少しばかりの経験値が入ってくる。
後方の魔物に踏み潰されて死んだか、躓いた魔物が転倒した衝撃で死んだか……それは分からないがその魔物の死に関与した生物全てに経験値は入っているので、それほど多くの経験値を得られるわけではなかった。
「お姉ちゃんズルい! じゃあ僕も……」
先制攻撃を仕掛けて経験値を得た様子の冬音にそう言ってから春暁は右手を上にあげる。
先ほどグリフォンでかなりレベルが上がった事により、その身の内に宿す自分の魔力『オド』の量もかなり増えている。故に、春暁のアニマである水無月初夏によって貸し与えられている力も多少は乱暴に行使する事ができる。
アニマの力は何も無償で行使できるわけではないのである。いくら自分の内側にいる存在とは言え、超常の現象を引き起こすのであるから少なからず魔力などを消費するのだ。
そしてそれはオドと呼ばれる自身に秘められた魔力だけに限る。アニマは自身の内側に存在するものなので、消費するのはアニマと同じく自身の内側に存在する、オドと言う魔力だけなのだ。大気を漂う自然の魔力である『マナ』ではアニマの力を行使する事はできないのである。
ちなみにオドはマナと違って消費するMPが多いのだ。
オドは自身の体内に直接宿っているため、皮膚に触れているだけのマナよりもより高度な扱いができ、さらに行使するまでに一拍あける必要があるマナと違って体内に直接宿っているために、魔力の質を衰えさせる事なく純度の高い状態で行使できる。
……しかし体内に宿ってしまっているため、放出系の魔法には不向きであり、身体強化などの無魔法などにしか使えず、濃密故にオドを少しだけ引き出す事が難しいためにどうしても消費MPが多くなってしまう。
オドの方がマナより消費MPが多いと言うのは、あくまで通常の生物を対象にした場合だ。アニマや精霊などを宿している生物であれば、それらがオドの使用を手伝うのでマナよりも圧倒的に良い効果を発揮する。
その上、アニマや精霊などのおかげでMPの量や身体能力なども格段に上昇しているために、一般的にはアニマを宿している生物は問答無用で強者とされ、主に精霊を宿すとされている一部のエルフを初めとした生物なんかも同じような扱いを受ける。……女性が宿すアニマはアニマではなく、アニムスと呼ばれているのだが、まぁ、呼び名が違うだけでアニマとは大差ない。
そんなわけで、体内に宿すオドの量や質が向上している春暁は少々乱暴な扱いをしてみる事にしたのだ。
春暁が空に掲げるその手には膨大な魔力──オドが集められていく。スカートを穿いている冬音がスカートを手で押さえる必要があるほどに膨大なオドが渦を巻いて集束している。前方からやってくる魔物の大群も流石に戦いたのか、減速したり踵を返して逃げ出す。
それは巨人が手にするような巨大な剣を象っている。アニマの力をもってすれば、オドをこんな風に身体強化以外に使う事もできるのである。
やがて完全に巨大な剣へと形を変えたオドは、春暁が腕を振り下ろすと同時に魔物の大群へと振り下ろされる。
地面を割るその剣は魔物の大群の中心に到達すると同時に爆発するように土煙を巻き上げ、到達によって割れた地面をさらに大きく裂いていく。地面は激しく揺れ、春暁達は立っている事とすら困難な状態へと追いやられているがそれでも膝を突いたりはしない。ここは戦場なのだから僅かな隙を見せる事は許されないのだ。
土煙が晴れた頃には見事に魔物の大群は二つに分断されており、敵意を剥き出しにしている魔物と怯えて縮こまっている魔物の二種類が春暁を見ていた。しかし、流れ込んでくる膨大な経験値とレベルアップの感覚に喜んでいる春暁はそれに気付かない。
「えっと……春暁……今のは?」
「オドの塊を剣にして叩き付けたんだ」
「やり過ぎじゃない……? だって見てみてよあれ……地面が……」
冬音が指差すのは何かと比較する事す難しいほどの大きく広く空いた剣の傷痕だ。とても春暁のような幼い子供がやった事だとは思えない壮絶な所業に、あれだけ意気揚々とやってきていた魔物の大群が警戒して足を止めてしまうほどである。あの大きさの穴であれば片方の魔物達落としてもまだ余裕がありそうだ。
そこへ飛来するのは大勢のグリフォンだ。自分達の縄張りの近くでこんな大騒ぎをされれば怒ってやってくるのは当然だと言えた。だが、グリフォン達は何が起きたのかをハアクできていないようで、轟音の元凶である春暁ではなく魔物の大群の方を襲い始めた。
大きい鷲の翼によって生じる風圧は鳥の魔物の飛行を困難にし、空中でとどまる鳥の魔物に放たれる獅子の下半身についている前足の鋭い爪による引っ掻く攻撃。引っ掻いただけであるが、どう見てもその傷は引っ掻いただけには見えない。
肉を裂かれた鳥は甲高い断末魔を上げて地上に墜落し、地上の魔物に衝突する。その衝撃ふらふらしている魔物へと滑空するグリフォンはその魔物を後ろ足で掴み上げさらに別の魔物へと投げ付ける。勢いを付けて投げ捨てられた魔物にぶつかった魔物はお互いに破裂し、息絶える。
乱暴で残忍で手際よく行われる一体のグリフォンよる蹂躙。他にもグリフォンが暴れているが、あのグリフォンほどではない事から、あれがグリフォンの群れのリーダーなのだろう事は明らかだ。しかしそれにしても他のグリフォンとは一線を画す強さだ。
ものの数十秒で次々と魔物を殺していき、甲高い鳴き声をあげて存在感を示している。どこか楽しそうなその様子を見ていれば、負けていられないと思ってしまうのも仕方なかった。
春暁はアニマの力を借りて顕現させた剣を片手に、グリフォン達が少ない場所へと走り出した。
冬音はその能力の性能からして、一対一に向いており、春暁のように大群に突っ込んで行っていいものではないので、遠くから発生させた音で春暁のサポートに徹する事にした。もっと前に出て積極的に魔物を狩りたかったが、音で脳を震わせたりせたりすれば、それだけで攻撃扱いになって経験値を得る対象にはなるので、冬音とってはこれでもよかった。
春暁を危険に晒す事になるのは心苦しいが、さっきの惨状を生む一撃を間近で見てしまえば安心せさるを得なかった。
……と、そこで冬音は背後から季弥のものではない足音が迫ってきている事に気付いた。咄嗟に発した音を生活に支障が出ないレベルで軽く……目眩と同程度の振動をその人物の脳へと与えてから振り向く。
そこにいたのは赤髪で赤い目の女性と弟である春暁と同年代であろう女の子だった。……どこかで見た気がするその見た目に首を捻っていると、女の子の方が口を開いた。
「あー! フユちゃん!」
「ふ、ふゆっ……! ……あ、あぁっ! もしかしてステラちゃん!? ……え、じゃあそっちの人はミアさんですか!?」
あだ名に戸惑う冬音だったが、自分をそう呼ぶ赤髪赤目の女の子など限られているため、すぐにそれがステラだと思い出す事ができた。そしてそうなれば、必然的にステラの隣にいる赤髪はの女性がステラの母親であるミアだと思い至る事ができた。
「久し振りね冬音ちゃん。……夏蓮さんの旦那さんも久し振りですね」
「あぁ、この間夏蓮と仲良くしてくれていたあの……お久しぶりです。また会えて嬉しいです」
「え、ど、どうしてミアさんとステラちゃんがここに……?」
季弥はすんなり受け入れ、冬音は戸惑い続けている。無理もないだろう。季弥に関しては【探知】で予め把握していたから戸惑う事はないが、冬音からすれば思いもよらない人物が突然現れたのだから戸惑ってしまうのは当然なのだ。
「偶然よ。散歩をしていたら偶然冬音ちゃん達を見つけてね、魔物に襲われているようだったから助けとうかと思って……でも必要なさそうね」
「ま、まぁ……春暁があれですからね……」
普通に話すミアを見ればいつまでも戸惑っているのがバカらしく思えてきた冬音は、思い浮かぶ疑問を全て飲み込んでミアに返す。
「でも、まぁ援護はしようかしらね。ステラもやるでしょう?」
「うん、ハルを手伝いたい!」
「なら一緒に魔法で魔物を攻撃しましょうか」
魔物の大群に飛び込んだ春暁がどこにいるかなどはもう視認できないのだが、魔物の断末魔が絶えず聞こえてくる場所や、次々と打ち上げたりされていく魔物を見ればそこに春暁がいるであろう事は理解できた。
冬音とミア、ステラが気を付けるべき事はグリフォンの群れのリーダーに目を付けられない程度に援護する事だ。相手からは取るに足らない存在だと思われているのだろうから、わざわざ派手な魔法を放って気を引く必要はないのである。
それをミアに言われずともステラはそれを理解しているようで、ミアが放つものと同程度の魔法を放って魔物を攻撃していく。狙うのは春暁を囲んでいる魔物の集まりだ。少しでも外周いる魔物を削って春暁の負担を減らす。……だがやはり、グリフォンに目を付けられないレベルの魔法や音による攻撃となれば大した威力を持っていないので効果はそれほどなかった。
「あんまり意味がないみたいですね……」
「そうね……あのグリフォンが危ないものね。……ならいっそのこと、私達でグリフォンを倒してしまわない? 見てる限り私達が全力を出せば勝てると思うのよね。……ねぇ季弥さん」
「えぇ!? 僕ですか!?」
「そうよ。さっきから黙って突っ立ってるけど、あなたの力も借りればリーダー格のグリフォン以外も倒せると思うのよねぇ……?」
いきなり話を振られて戸惑う季弥だったが、娘の視線もあると言う事でわざとらしく咳払いをしてから、顔を覗き込むようにしてくるミアに口を開いた。
「まぁ倒せない事はないと思いますよ。ただ、僕は自信満々に言う冬音と春暁を信じてこの場を任せているのでそれはちょっと遠慮したいところですね」
「あら、この場に私とステラも加わったと言うのにまだ子供の事だけを考えているの……それでいいのかしら。そんな姿を子供達に見せてしまっていいのかしらね?」
「ぅぐっ……!」
澄ましたような……キリっとしたような顔で言う季弥にそう返すミア。自分の家庭の都合で他人を危険に晒す事はできない。この危険な場にミアとステラと言う他人が来てしまったせいで、もはや信じて見守ると言う行為ができなくなってしまっていたのだ。
「わ、分かりました……グリフォン討伐……協力させていただきます……」
「あらそう? 助かるわ」
「お父さん……」
季弥は頭を下げてミアに言うが、娘からの視線が痛い。
情けない姿を娘の前で晒す事になったが、あのまま意地を張っていてもさらにみっともない姿を晒す事になっていただろうから、どう足掻いても季弥はこの視線から逃れる事はできなかったのである。
「あ、そうだったわ。季弥さんは前衛? 後衛?」
「場合によって変わりますね。前衛がいなければ前衛をしますし、後衛がいなければ後衛をしたりしてます。……言ってしまえば器用貧乏みたいな感じなので、前衛も後衛も中途半端な腕前ですけどね」
「それならグリフォン相手に前衛を任せるのは危険そうね……なら全員後衛にまわってグリフォンに高火力の魔法を叩き込みましょう」
随分と大胆で危険な作戦だが、前衛の実力も後衛の実力も中途半端な季弥に前衛を任せてグリフォンの攻撃を凌がせるのは危険。ならばいっその事グリフォンへ一気に高火力の魔法を叩き込もう、そうしなければどうしようもできない……そんな考えのもとにミアはそう言った。
「まず冬音ちゃんのは……音を操作する能力よね?」
「そうです」
「それでグリフォンの感覚を狂わせて地面に叩き落として、そこに魔法や音の攻撃を撃ち込む形でいきましょうか」
「お母様、もしもそれで仕留められなかったらどうするの?」
「その時は危険だけど季弥さんに前衛をやってもらいましょう。……良いわよね?」
「分かりました」
要するにゴリ押しで無理ならば少々危険だが正攻法でいこう、と言う話である。
「それじゃ頼むわよ冬音ちゃん」
「まかせてください!」
まだ薄い胸を叩いて自信満々に言う。その際に発生した音の音量を上げてグリフォンまで届かせ、振動させてグリフォンの感覚を狂わせる。視界が歪み、頭の中もふわふわし、目の前を目の前だと捉えられなくなったグリフォンはよろよろと飛行しているが、やがて魔物のいない場所へと墜落する。
仲間のグリフォンが攻撃の手を止めて自分達のリーダーを見つめているが、そんなのお構い無しにミアとステラと季弥は魔法を放ち、冬音は指をパチンと鳴らし、それで発生した音を圧縮したものをグリフォンへと連続して放つ。端から見れば戦場で指パッチン繰り返しているようにしか見えないが、しかしそれは木を粉砕するほどの凶悪な力を秘めたものだ。
そしてミアが連続して放つ魔法は地面を大きく抉り取り焼き焦がす高位の火魔法、ステラが放つのはミアのものには劣るが、8歳にしては優秀すぎるほどの火魔法、空気を読んだ季弥が放つのはステラと同程度の火魔法だが、勘違いしないで欲しいのが、普通の8歳は魔法を使うのですらやっとであってステラのように中級魔法と同じくらいの魔法を放つ方がおかしいのであり、別に季弥が弱いと言うわけではない。……そもそも一般的に攻撃に使われる魔法が中級魔法なのでこれが普通なのだ。
ここで一番火力高い攻撃を繰り出しているのがミア、その次が冬音となる。……娘の成長を喜ぶ同時に少し情けなくも思えてくる季弥は、飛び上がろうするグリフォンの翼を氷魔法で撃ち抜こうとするのを何とか思いとどまったが、しかしそれでもグリフォンは飛び上がろうとするので仕方なく風魔法で翼を根元から斬り落とす。
素材の鮮度が多少なりとも落ちてしまうので斬り落とすのは避けたかったが、逃げられては意味がないので仕方なく風魔法で斬り落としたのだ。氷魔法で撃ち抜かなかった理由は単にそれだけじゃグリフォンが落下しない可能性があったからだ。無駄な傷を付けるぐらいなら最初から斬り落とそうと考えたわけだ。
そのせいで片翼となったグリフォンは獅子の足で立ち上がり、激怒した様子でミア達へと甲高い鳴き声をあげて駆け出す。
感情的になったグリフォンに口の端を持ち上げるミアだったが、すぐに悪寒がしてステラと冬音を抱えてその場を離れる。しまった、と思って振り返るが、季弥も何かを感じ取ったのかその場から離れていた。
「あれは……風の刃……?」
暗いせいで視認し辛いのだが、よく見てみれば駆け出していたグリフォンはその周囲に無数の風の刃を纏っていた。
それよりも気になるのが、鳥目のせいで周囲よく見えていないはずなのに、真っ直ぐに迷いなくこちらへと駆けてきた事だ。ただ単に攻撃された方へと駆けただけかも知れないが、暗闇の中を迷いなく駆けるのには少々違和感を覚えてしまう。生まれて間もないグリフォンであれば分からなくもないが、相手はグリフォンのリーダーだ。そんな危険を顧みない行動はしようとしないはずで、もう少し冷静に行動できたはずだ。
思えば夜と言う、鳥目の自分達に不利な時間であるのにも関わらずこうして縄張りを少し離れた場所での戦いの介入してくるのも違和感がある。
「もしかして暗闇の中でも見えていると言うの?」
そんなミアの呟きを肯定するようにグリフォンは前足を持ち上げて嘶いた。ステラと冬音を下ろしてミアは考える。
(暗所でも昼間のような明るい視界を得られるスキル、【暗視】を持っていると言うの……? グリフォンにある唯一と言っても過言ではない弱点である、鳥目を克服してしまえるスキル……そう言えば先ほど墜落した際に他のグリフォンもこのグリフォン墜落した場所を見ていたわ。……もしかして他のグリフォンも【暗視】を……?)
嫌な予感がよぎるミア。思い当たるのは『異常種』と言う言葉だ。『特殊個体』かも知れないとは思うが、他のグリフォンも鳥目を克服しているとなれば特殊と言う言葉からはかけ離れているので異常種だ。
鳥目のグリフォンが夜にどれだけ集まったとしての無意味、そう考えて干渉したと言うのにその弱点を克服しているとなれば状況は一転して最悪なものへと変わる。
だが、本当に鳥目でないと確信を抱けていないのでミアは暫く様子を見る事にしたが、突進を躱して、前足の爪での攻撃を躱して、翼による風圧での吹き飛ばしも耐えて、他のグリフォンからの滑空攻撃も躱して……と、流石にここまでやられれば確信を抱かざるを得なかった。
「お母様、あのグリフォン達……見えているんじゃ……」
「その通り、本当に見えているんでしょうね……鳥目だから大丈夫だと思ったけど、甘かったと言う事ね」
「どうするんですかミアさん。取り敢えず周りのグリフォンを落としましょうか?」
「そうね。取り敢えず周りのグリフォン倒してからにしましょう。このままじゃ体力が削られる一方だもの」
それを聞いた冬音は手を数度叩き、音の振動を利用してグリフォン達を墜落させていくところに、すかさずミアが魔法を叩き込みとどめを刺していく。流れ込む膨大な経験値に驚く暇もなく次々と墜落してくるグリフォンへと魔法を放ち続ける。
しかしリーダー格のグリフォンがそれを黙って見ているはずもなく、攻撃を仕掛けてくるが、それはギリギリのところで割り込んできた季弥とその手にする剣によって防がれる。Aランク冒険者が三人程度いてやっと倒せると言われているグリフォンの膂力は凄まじいものであり、十秒でも耐えようものならば骨が折れてしまいそうだった。
「お父さんそのまま押さえててぇっ!」
そう叫ぶ声と、叩き合わせる手の平の音を圧縮して音の向きを操作し、グリフォンの左右から挟み込むようにしてぶつける。
甲高い鳴き声を上げるグリフォンの正面から離れる季弥を視界に入れたミアとステラはそのチャンスを逃さず、至近距離からグリフォンの顔面に向かって持てる限りの威力で火魔法を撃ち込む。相当無謀な事をしている自覚あるが、距離をとっている時間も惜しかったのだ。
「ピィイギャアアアアアァァァァアアアアアアッ!」
「きゃあああっ!」
「お母様ぁ!」
顔面に至近距離で放たれた火魔法を受けるグリフォンは今までにないほどに絶叫し、黒焦げになった頭部を振り回している。
対してその攻撃を放ったミアとステラは叫び声を上げてその爆風を受け、かなりの距離を吹き飛ばされていた。爆発するまでのその短い間で庇うように抱き込んだからか、ステラは無傷だったが、しかし背中に熱と爆風を思い切り受けてしまったミアの背中部分からは布が消えており、皮膚に残った酷い火傷の痕が残っていた。
そんなミアに駆け寄り、店の手伝いでもらえる僅かな小遣いで買った回復のポーションをアイテムボックスから取り出してミアの背中に振りかける冬音。冷たい液体の感触に「ぐっ……ぅぅっ」と呻き声をもらすが、背中の傷が癒え始めれば、息を荒くしながらも額に宿した汗を拭う余裕が生まれる。
どっちもどっちな傷を受けているが、火魔法を撃たせるために素早くグリフォンの前から退いていた季弥は、冬音がミアの傷を癒してグリフォンが熱と痛みに頭を振り回しているその間に、グリフォンの背後へと回り込む。
「【時切】」
そして横薙ぎに振るわれるその、時間を斬り裂いたかのような一瞬の剣は、剣の振りかぶりと振りきりの結果だけを残し、爆発を受けて脆くなっていたグリフォンの首を簡単に刎ねた。
「あ! お母様! ハルのお父さんがグリフォンをやっつけてくれたみたいだよ!」
「わ、分かってるわ。こんな膨大な経験値を得たら嫌でもやったんだって分からされるもの」
「お父さん、お疲れ様!」
「どうだい冬音。見ててくれた?」
「えっと、ミアさんの様子を見てた」
「そ、そんな……」
落ち込む季弥は八つ当たりだとでも言わんばかりに飛びかかってきていた魔物を引き裂いた。
「まぁいいよ……さ、冬音もステラちゃんも、できればミアさんも、残りの魔物を片付けようか!」
「分かった!」
「任せて! ハルのお父さん!」
「私は疲れたし痛いし魔力もないから休んでおくわねー」
そんなミアに苦笑いを浮かべてから季弥と冬音、ステラは残りのグリフォンを倒しに向かう。他の魔物は殆ど春暁が倒してしまっているためにそうするしかなかったのだ。……どうやらさっきの魔物は春暁から逃げてきたものだったようだが、季弥達に襲いかかったのがいけなかった。
この草原に存在する魔物が全て肉塊へと姿を変えたのはそれから間も無くだった。
……だが、フィドルマイアから漂ってくる異様な気配……魔物の大群ができ原因となったであろう存在の気配は、魔物の大群を殲滅した事による気のゆるみや安心などの一切を許さなかった。




