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第312話 避難所の騒動

 サートを置いて避難所へ向かって森の中を走るアマリアとディーナ。森と言う足場が不安定な場所をそうして走っているせいで何度も転倒しそうになるが、なんとか堪えて必死に走る。……と言うのも、二人はサートが生き残れないだろうと理解していたからだ。


 あそこに至るまでの道中に交わした会話の中でサートが戦えないと言うのは知らされていたし、執事服と言う激しい動きには不向きな堅苦しい服装のせいで動きが阻害されて思うように体を動かせないでいるせいもあるのだろう……最後に見たサートは誰が見てももう限界そうだった。


 何よりも、「サートさん……絶対……ですよ……?」そんなアマリアの弱々しい約束にこたえなかったと言うのがサートの、死んでもいい、と言う考えを物語っているように捉えられてしまうのがアマリアとディーナにとっては辛かった。


「はぁ……はぁ……」

「はっはっ……アマリア様、大丈夫ですか? 休憩しますか?」

「う……うぅ……だ、大丈夫……です……っ」


 考えれば考えるほどに疲れとは別の動悸がしてくる。疲れと極度の不安……それらからくる激しい動悸はその鼓動の高鳴りのせいか、視界をドクンドクンと揺らす。


 それはディーナに話しかけられたアマリアを転倒させるほどに激しくなり、地面を転がるアマリアが痛みに呻くよりも先に嘔吐かせる。


「うっ……うぅえ……あぅっ……うっ……ぅっ」

「あ、アマリア様……大丈夫ですよ、サートならきっと追いかけてきます。ですから私達は信じて避難所で待っていましょう?」


 ディーナがアマリアに優しく語りかけるが、それらは全てアマリアには届いていなかった。

 アマリアは動悸やどうしようもない吐き気に襲われながらも、まだ働いているその頭で思考する。


(どうして私はこれほどまでに不安に駆られているのでしょう……サートさんが心配だからでしょうか。……いえ、しかしサートさんとは先ほど出会ったばかりで、数々の騎士と接して失ってきた私がここまで不安に思えるほどの存在ではないはず……だったらなぜ私はこんなにも心配に? ……そうですよ……おかしい。サートさんよりも長く接してそれなりに仲の良かった騎士を危険に晒した時や失った時でさえこんなにも悲しくなった事はありませんでした。それなのに先ほど出会ったばかりのサートさんが危険に晒されていると考えたら、私はあの時の比じゃないほどに不安で心配で悲しくなってしまっている。いったいなぜ?)


 考えるアマリアは嘔吐く。喉から何かが迫り上がってくる感覚がするが、いくら口を開けて吐き出そうしても何も出てず、開けっ放しになった口から唾液が垂れてくるだけだった。


(サートさんが他と違う特別な存在じゃないと説明がつかない……ですが、サートさんと接していた限りサートさんは普通の執事にしか見えなかったし、本人もそう言っていた。だったらなぜ……分からない、分からない、分からない、分からない! ……今まで生きてきて、お城にあった書物を読み漁って知識はたくさん身に付けたはずなのに分からない。自分の事を深く知ろうと心理学の本もたくさん読んだのに分からない。暇だから雑学の本を読んだり、いろんな使用人や騎士と話して経験を積んだはずなのに分からない)


 アマリアは考えるが、分からない。知らないから分からない。そもそも自分が抱いている感情に思い当たってすらいないのだから答えが出るわけがない。


「アマリア様、大丈夫ですか? ……取り敢えず一旦休憩しましょう」

「だ、ダメ……です……今もサートさんが……時間を稼いでくれて……いるはずです……なのに私達だけが休むなんて……不公平……じゃないですか……?」


 絶え絶えにアマリアがディーナに返すが、今のアマリアの状態ではこのまま進んだところで、休んだ場合と大差ないだろう。渋るディーナだったが、唾液を垂らしながらも力強い眼差しでディーナを見つめるアマリアに負けてしまい、このまま進もうと決める。


 未だに地面に這いつくばっているアマリア立ち上がろうと両足に力を入れて、膝に手を置いて立ち上がるがその足取りは酔っぱらいよりも酷く、生まれたての小鹿そのものだった。

 ディーナはそんなアマリアの腕を自分の首に回して支えとなり、アマリアと共にゆっくりだが着実の進む。……やっぱり無理矢理にでも休ませておけばよかったかな、とディーナは少し後悔するが、前を向いて懸命に歩こうとするアマリアを見ればそんな後悔はどこかへ消え去った。





 やがてアマリアとディーナは避難所へと辿り着いた。周囲は相変わらず森だが、そこは少々拓けており、中心に建てられた大きな建物と、その周囲には細かな施設がある。いくつかの長机に長椅子、倉庫のような場所のそばには露天のような見た目をしたものがあったり……と、他にも色々あるが、避難所にしては割と充実しているように思える。

 そして木々を利用し、日差しを遮るようにして空を隠す緑の布。ここで火を使っても遠くからは分からないようにするためだったり、空を飛ぶ魔物などの敵から自分達を視認され難くするためのものだろう。


 ……どうやら前回の襲撃でここは被害を受けていなかったようだ。


 そんな避難所へと辿り着いたアマリアとディーナは崩れ落ちるようにして地面に倒れ込んだ。

 結界があるとは言え、気を抜きすぎではないかと思うが、その避難所には既に人がいたのでここが安全なものだと理解した上でこうして地面に倒れ込んだのである。


 後ろからは誰も来ていなかったはずだが、ここにいるのは前回の襲撃の時からずっと暮らしている者達だ。なので長机や長椅子などが出ているままだ。


 ここにいない者達は前回の襲撃者が撤退したすぐ後に復興作業などを手伝いにいったが、しかし今回の襲撃で命を落としている事だろう。


「あの……大丈夫ぅ……ですか?」

「だ、大丈夫じゃないです……み、水を……水をください……」

「あぁ、はい。水ですねちょっと待っててください」


 避難所にやってくるなりすぐに地面に倒れ込んだアマリアとディーナに声をかけるのは土や泥で汚れた衣服を着ている女性だ。同じく土まみれの手袋をしている事から何らかの作業をしていたのだろう事が窺える。


 そんな女性に問い掛けに答えるのはディーナだ。肉体的、そして精神的な疲れのせいかアマリアはそのまま眠ってしまっている。

 安全な場所でぬくぬくと育ってきたアマリアにとって、今回の出来事は相当堪えたのだろう。


 本当はディーナもこのまま眠ってしまいたかったが、使用人として他国の姫の世話をしなければならないのでそう簡単に意識を手放す事はできなかった。



 それから水の入ったコップを持ってくる女性に手渡された水を受け取って凄い勢いでそれを飲み干す。アマリアの分も持ってきていたのだが、当のアマリアは眠ってしまっているために、先ほどの一杯で満足できなかったディーナはアマリアの分も飲み干していた。


「ぷはぁーっ。ありがとうございます、助かりました」

「いえいえ……それより、何かあったんですか? かなりお疲れの様子でしたけど……」

「あぁそっか、ここは森のど真ん中だから何が起こったか分からないのね。……えっと実はですね──」


 小さく呟いてからディーナは何があったかを話し始める。襲撃者が現れたから逃げてきた事、途中まで一緒だった人がいたが囮になってくれて自分達を逃がしてくれたこと、恐らく自分達以外は誰も生きていないだろうと言う事など、伝えておくべき事は全て伝えておく。

 話している時、どこからか漂ってくる異臭に気付くが、生ゴミなどの臭いだろうと考えて口に出すのはやめておいた。


「帝都にそんな襲撃者が……そうだったんですね。えぇ……これからどうしましょう……帝都が滅ぼされたとなればもう援助や援軍は望めませんよねぇ……食糧などの物資ももう残り僅かですし……頑張ってここまで来られた方にこう言うのはなんですが、避難所に来たところでどうにもならなかったと思いますよ?」

「そうなんでしょうけど、取り敢えず落ち着いてこれからの事を話せる場所って言ったらここぐらいしかなかったもので……あ、別に食糧をたかろうだなんて思ってないので安心してください」


 事情を聞いてこれからどうするかを考える女性。その後に牽制するような威圧感を湛えてディーナに言う。

 先に避難所で暮らしていた人間としては、新しく来た人間に残り少ない食糧を分け与えたくないのだろう。実際にもう食糧に余裕もないのだから二人分の食糧を用意するわけにはいかないのである。


 それを察したディーナはここまで来た理由と食糧を分け与えなくて良いと言って、事を荒立てないように相手を宥める。元々、食糧に関しては得られれば良いだろうと言う程度にしか思っていなかったのでこれでいいのである。


「なぁんだよかったぁ……私の予定が狂わないのなら別にいっか。……じゃあその人が目覚めてこれからの話が纏まったら出てってくださいねぇ。私は私で食糧が尽きるまでここに残りますから」

「もちろんです。ただ、ベッドとか敷き布団などを貸しては貰えないですかね?」

「寝具ですか……劣化しているのか知らないですけど、少々鉄臭いんですよねぇ……それでもいいのならどうぞ」


 鉄臭いなどどうでもいいのでディーナはアマリアを背負って、ここの中心にある大きな建物まで女性に案内してもらう。

 どうやらここに残っているのはこの女性だけのようで、建物中には誰もおらずそこは涼しい空気が漂っており、避難所から出た者の敷き布団をまだしまっていないのか、敷き布団は床に広げられたままだ。

 やはり使われすぎて劣化しているのだろう。敷き布団には黒いシミがついていた。

 寝汗とも思えないのでどういった経緯でついた何のシミなのかが気になるが、それよりもアマリアを寝かせてやろうと考え、上着を敷いてからそこにアマリアを寝かせる。一国のお姫様を謎のシミの上で寝かせるなどディーナにとっては考えられなかった。


「あの、土で汚れて分かり辛いですけど凄く豪華な服を着てますよね……この人は貴族の人か何かで?」

「そんなところですね。……さっき話したサートがこの人を助け出してくれたんですよ。だからそのサートの代わりに今度は私がこの人のお世話をしたり守ったりしないといけないんです」

「なるほど……貴族の使用人って言うのも大変なんですねぇ……お疲れ様です」


 それからアマリアが目覚めるまでディーナと女性は雑談をしていた。この女性も、誰もいなくなった避難所に一人でいる事が心細かったのか、ディーナの話しによ食い付いてきた。おかげで話しは途切れる事なくわいわいと気分よく進んだ。


「……ぅぅ……んん……んにゃ?」

「あ、起きたみたいですよ」

「ここは……?」


 目を擦りながら体を持ち上げるアマリアは辺りを見回しながら言う。


「避難所ですよアマリア様」

「避難所…………はっ! サートさんはっ!?」

「……それが……あれから暫く経ちますが……まだ来ないみたいです」

「ディーナさん、サートさんのところまで戻りましょう!」

「いえ、絶対に戻りません」


 起床して早々に詰め寄ってくるアマリアに一瞬気圧されるが、それでもディーナは強い意思を持って答えた。

 あれから数時間は経つ。空は緑の布に覆われて見えないが、恐らくは赤らんで来ている頃だろう。それでもサートが避難所に姿を見せないと言う事はつまりそう言う事だ。

 それをアマリアに知らせるだけでも躊躇うべき事柄だったと言うのに、サートが息絶えているであろう現場に連れていくなど論外だ。

 ディーナと同じくしてサートに想いを寄せているであろうアマリアをそこへ連れ帰るのは何としてでも阻止するべきなのだ。


 だが、サートの死を知らせなければアマリアは聞かないだろう。だからしっかりと知らせねばならない。柔くて脆いお姫様にそれを告げるのは躊躇われたが、告げなければ進めない。主が間違った道を進もうと言うのであれば少々厳しくしてでも止めるのだ。


「何でですか!」

「アマリア様……もう分かるでしょう。わざわざ見に行かなくても分かるでしょう。 戻れば……見に行けば傷付くだけです」

「嫌、嫌ですっ! 絶対に認めたくありません! サートさんは……サートさんは……私達を追いかけるって言ってくれましたっ……! だから……あ、あれ……? じゃ、じゃあ戻ったらダメなの……? 追いかけてくるのなら戻らずに待たないと……そうです……待ってないとダメですよね!」


 サートの言葉を思い出して戻るのを止めてここにとどまると言い始めるアマリア。しかしそれに対して女性が口を挟んだ。


「食糧は分けないって言う約束ですから待つのはダメですよ貴族様」


 そう、この女性はディーナとそう約束していたのだ。食糧は分け与えない。だからここで待たせるのも許さない。

 ここで待つことによって、飢餓に襲われてしまえば勝手に食糧を食われてしまう可能性があるので女性はそれを許さない。


「そういう事ですからアマリア様、諦めましょう?」

「い、いや……嫌です……サートさん……」


 サート、サートと言ってはいるが、相変わらず自分のサートに対する気持ちは理解していない。理解していないからこそそれを知るために諦められないのである。


「う……うぇぇ……ひっく……ひっぐ……」

「…………」


 泣き出すアマリアに何も言えなくなるディーナ。どこか気まずそうに視線逸らして俯く女性。そして吐かれた溜め息を隣にすわっているディーナ聞き逃さなかった。


「すみません……」


 すかさず謝るディーナだが、女性は泣き出したアマリアと同じで話を聞いている素振りはない。


「約束と違うじゃないですか……予定と違うじゃないですか。……これだから口ばっかりでただひたすらにうるさい貴族は……それを止められない無能は……私は私の予定を狂わす存在が大嫌いなんですよ。順風満帆な人生を送る予定だったのに、貴族も騎士もが役立たずでまんまと襲撃者に襲われて……こんなところで暮らすハメになって……少ない食糧の中で荒んだ有象無象の中で最底辺の暮らしをして……邪魔者を処分して荒んだ世界に馴染んでしまって……穴掘りなんて重労働をして……バカ貴族のわがままに振り回されるバカ使用人共に貴重な時間を食い潰されて……」


 ぶつぶつと女性は呟いている。


「あぁ、また穴を掘らなくちゃ。さっきの奴等だってまだ埋め終わってないし……あぁあぁああ! 予定が滅茶苦茶だよ!」

「ひっ……!」

「アマリア様!」


 頭を振り回して頭を掻き毟る女性に驚いたディーナはアマリアの側に移動する。庇うようにしているのはアマリアを守るためだ。今まで散々足を引っ張ってきたアマリアだが、それでも仕えるべき人間なのだから最後まで役目を果たす必要があるのだ。

 一度引き受けた仕事は最後までやり遂げる……それがディーナが生きる上で大切にしている事だ。


 頭を振り回したせいで、暫く風呂にも水浴びもできておらず脂が乗った女性の髪ばボサボサになり、血走った目と唇の端から垂れている涎も合わさって、さらに狂気的だった。

 いつの間に手にしたのか、鉈のような大きい刃物を握り締めている。


「アマリア様、逃げますよ!」

「ひゃ、ひゃいぃ!」


 素早く立ち上がって建物の出口へ向かうアマリア。その後ろはディーナが走り、さらに後ろには鉈女が走って来ている。かなり悍ましい形相をしているが、しかしただの人間だ。コボルトと遭遇した時ほどの怯えはない。

 無造作に敷かれている敷き布団を蹴り上げ、鉈女の視界を奪うと同時に敷き布団諸共体当たりを食らわせる。転倒する鉈女をそのまま無視して、サッと上着を拾い上げ、ディーナは再びアマリアを追いかける。


「あ、開きませんよディーナさん!」

「え!?」


 アマリアがガチャガチャと扉を押したり引いたりしているが、扉は耳障りな音を立てるだけでビクともしない。アマリア退かせてディーナも同様に押したり引いたりするがやはり扉は開かない。

 焦りを覚えるが、一旦冷静になるべきだ、と浅く息を吸って吐いて気分を落ち着かせる。

 敷き布団の鉄臭い臭いが鼻を通る。


 今思えばあの黒いシミは乾燥した血液なのではないか、そんな事を考えてしまうが落ち着いた脳味噌は扉を冷静に観察するようにディーナを動かす。


 そこで発見したのが、鍵穴に差し込まれている鉄の棒。間違っても鍵などではない。明らかな異物だ。

 これがつっかえているのだと瞬時に理解したディーナはそれを引き抜こうとするが、どう引っ張っても捻ってもその鉄の棒は抜けない。

 もうどうしようもなくなってしまった。


「別の出口を探しましょうディーナさん!」

「はい!」


 振り返ればそこには鉈女が。時間を使いすぎたと後悔する間も無く振り下ろされる鉈。咄嗟にアマリアを蹴り飛ばしたディーナはその反動に任せて自分も回避する。

 しかしこれが不味かった。


 ディーナはこうなると頭で予想できていたが、いきなり蹴り飛ばされたアマリアは予想できておらず「きゃっ!」と声を上げてビターンと地面にぶつかっていた。


「お前が私の予定を狂わせた元凶! お前の人生も狂わせてやる!」


 狂うどころではなく終わってしまうような刃物を振り上げる鉈女。一撃で仕留めるためかやたら大振りのそれは、後ろから飛び付いたディーナによって阻止される。

 アマリアにぶつかってしまわないように少し横へと力を入れたおかげで、ディーナは鉈女と共に無造作に敷かれた敷き布団へとダイブする。飛び付かれた衝撃で一瞬だけ状況を把握できなくなった鉈女から離れ、ディーナは周囲に散乱する敷き布団を鉈女へと投げ付ける。

 地面を擦って鉈女へと当たるそれらは、積み重なれば積み重なるほどに重さを増していき、鉈女が暫く動けなくなるのは確かだった。


「申し訳ありませんアマリア様、助けるためとは言え……」

「いえ、助かりました……ディーナさんありがとう……」


 その隙にアマリアを立ち上がらせ、別の出口がないかと見回すが、窓は全て釘を打たれた板で塞がれているために窓は無理だ。

 だとすれば他の部屋から外へ繋がる裏口のようなものを探しだして、そこから脱出するしかない。


 制限時間は鉈女が敷き布団の山から脱出するまでだ。この建物の構造を熟知している鉈女ならば出口に板を打ち付けて防いだり、待ち伏せしたりするに違いない。


 さっき外から見た限りではそれほど広くはないようだし、この広間から伸びる廊下は一本だけであり、その廊下は一周できる四角形のようになっている。

 もしも鉈女に追跡されるような事になればグルグルとこの廊下をまわる事になるだろう。……教室にある四角い机の周りで鬼ごっこをする小学生のような感じだ。


 取り敢えず近い部屋から確かめて行こう、そう考えて廊下へと足を踏み入れ、真っ直ぐ行ったところにある部屋へと入る……何もない。

 ……そもそも裏口があるのかどうかすら分からない上に、裏口の鍵穴にさっきの扉のように鉄の棒を差し込まれていないとも限らないのだが、そうでない可能性に縋るしかない。


 次々と扉を開けていくが、しかしそこに鉈女の怒りに染まった叫び声が響く。何か頑丈なものを斬り付けるような音がする。咄嗟に隠れた部屋からチラリと顔を出せば、そこには扉に鉈を打ち付けて穴を開けている鉈女がいた。そしてその穴を覗き込んでは扉を蹴り付ける。それを繰り返しながらアマリアとディーナが隠れた部屋へと近付いてきている。


 少しだけ開けていた扉をそっと閉じて扉の真横に隠れるアマリアとディーナ。鉈女は扉を斬り付けて室内を覗いているだけなので、扉の横に隠れれば見つからないのである。


 ディーナは足を引っ張る可能性があるアマリアの口を押さえ、胡座をかいた状態で自分の膝の上に乗せて何もできないようにする。ガタガタと震えるアマリアに人の温もりを認識させて落ち着かせるためにもなるだろう。


 そして間も無く、扉が鉈で斬り付けられる。その最初の一撃にはアマリアもディーナもビクっと身を固めるが、声はでなかった。

 二度、三度、四度、五度……先ほどまでよりも何回も多く打ち付けられる扉。まるで早く出てこいとでも言うように執拗に扉へと鉈が振るわれる。


「ここでしょう……ここに隠れているんでしょう……今出てくれば命だけは助けてあげますよぅ。 ……やっぱり予定を狂わせられただけで殺してしまうのはやり過ぎだと思ったんですよね……だから早く出て来てくださいよぉ、今出てくれば四肢を斬り落として声帯を斬るだけで済ませますから~」


 自主的に出てこさせるつもりが皆無なのがよくわかる発言をしてから鉈女は高笑いを上げる。それが遠ざかっていき、そして斬り落として音が再びし始めたところで二人は小声で話し出した。


「あの人はどうして裏口で待ち伏せたりしないのでしょうか……?」

「私達で遊んでいるのか、逃げられると思っていないのか、そもそも裏口が存在しないのか……分かりませんが、これで迂闊に行動はできなくなったのは確かですよ……困りましたねアマリア様……」

「……そうですね……えっと、どうします? 飛び出します? こっそり部屋を出ます? ここで様子見をします?」

「そうですね……まず飛び出すのは論外ですよね……言うかあの人の姿が見えないので部屋を出る事自体避けたいですね……なのでここで様子見をすべきでしょうね……幸いにも最初の部屋と違って隠れられそうな遮蔽物もありますから中に入られても大丈夫かも知れませんしね」


 ここで様子見をする事にした二人は鉈女が立てる大きな音に耳を傾けながら息を潜める。様子見をするって言ったってずっとそうしているわけではない。。しびれを切らした鉈女が扉を破壊して室内を入念に調べ始めたら終わりだ。だからそうなる前に行動して現状を打破しなければならないのだが……


「話し合いは終わった?」

「「……!?」」


 扉に空いた穴から目だけを覗かせている鉈女からかけられる言葉にビクっと震える二人は驚くが声は出なかった。


「どうして出てこないんですか? 私の予定を狂わせたあなた達は報いを受けなければならないんですよ? ですから早く出て──」


 鉈女の言葉に被せて響く離れた場所から響く大きな破砕音。穴から覗く鉈女の目は別の方向に向けられる。どうやらこの破砕音は鉈女のものではないらしい、と理解したアマリアとディーナだったが、では誰が? と言う疑問が残る。



 しかしその疑問はすぐに払拭される。鉈女でもアマリアでもディーナでもない男の声が響いてきたのだから。


「アマリア様! ディーナ! どこですか!? 大丈夫ですか!? 怪我はしてないですか!? 無事ですか!?」

「この声は……!」

「サートさんですっ!」


 てっきりコボルトに殺されてしまったものだと思っていた人物の声に驚いて、鉈女に見つかっているのだが、それでも隠れている状態を貫き通そうとしていた二人は驚きのあまり声を上げた。


「二人共、無事なんですよねぇ!?」

「えぇ無事よ! 私もアマリア様も無傷だけど危ないところだったわ!」

「そうなのか、待ってて。今すぐその危ない人を倒して助けるから!」


 お互いの姿は見えないが、大声で会話をすれば問題はなかった。あるとすれば自分を無視して進められる会話に苛立った鉈女が何度も扉を斬り付けている事だろうか。


「サリオンさん、ディニエルさん、あの人をお願いします。 俺は真っ直ぐアマリア様とディーナがいる部屋まで行きます!」

「了解した」

「わわ、分かりました……」


 聞き慣れない男の声はともかく、女の声は看過できなかったアマリアとディーナは立ち上がり、やがて開かれるであろう扉の前で腕を組み、仁王立ちする。哀れなサート。

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