第308話 最果ての脅威
砂の道を生み出す砂嵐、その中心を進むのはセト。無から生み出される砂は最果ての大陸から人間達が住む大陸まで一直線に続いている。
最果ての大陸とは、人類が到底敵わないような恐ろしく強い魔物が蔓延る魔境とも言える場所であり、そんな場所と地続きになってしまえば想像も付かないほどの惨劇が起こるのは目に見えている。
最果ての大陸に一番近いアブレンクング王国がまず始めに蹂躙され、人々は死に絶え、十分な糧を得た魔物達は力を増してさらに加速するように殺戮していく事だろう。
そうなる可能性を少しでも減少させるためにアブレンクング王国から派遣されたのが最果ての大陸を監視する監視員だ。
今まで最果ての大陸はこの大陸には干渉してこず、無関係な存在だと思われて監視員と言う人員を割くほどに重要視はされていなかった。……が、勇者や賢者などの存在を発見したすぐ後に最果ての大陸から五体の魔物がやってきた。それらを知ったアブレンクング王国は勇者と賢者を向かわせて一先ずの対処をし、重鎮同士で話し合った結果、最果ての大陸は大きな問題だと結論が出て、とうとう監視員を派遣した。
そんな監視員が、最果ての大陸からやってくる嵐と砂嵐を観測していた。その内の嵐は恐ろしいほどの速度でこの大陸に向かってきており、監視員がアブレンクング王国の王都シックサールに到着し、詳しい事情を話す頃にはミスラの森をひしゃげて歪んだ森へと変えて大陸の内部へと進んでしまっていた。
その僅かな時間で嵐を見失ったのは痛手だが、それは災害である嵐だ。規模が大きく被害も大きいため、各方面からの報告などで監視員などがどこにいても、嵐がどこに居るかが分かる。
残った問題は砂嵐の方だった。嵐ほどではないが、それなりの被害を齎しそうな存在である。それだけならば甚大な被害を齎す嵐の対処を優先しただろうが、しかし砂嵐は最果ての大陸とこの大陸に道を生み出した。
そんな報告を受けたアブレンクング王国の国王は卒倒しそうになるほどのストレスを一瞬で抱えるが、すぐに持ち直してそれぞれの国へと協力要請する。人間の国と関わりが薄い、魔の国──デーモナスや、エルフの国──ドライヤダリスにすらも呼び掛けを行った。
もはやこれはアブレンクング王国だけの問題ではないのである。……最果ての大陸の近くにいながらどうしてこんな事態になったのか、などとの無責任な事を言われようともそうするしかなかったのだ。このままあの砂嵐や嵐を楽観視し続ければ人類は団結する事なく徐々に戦力を削られて滅んでしまうのだから。
そんな事を微塵も知らないセトは嵐に遅れを取らないように海を進む。人類の殲滅などどうでもいいが、セトただ単に殺戮を繰り広げたかっただけだ。人間でも魔物でもなんでもいいから殺したかっただけだ。戦って戦って、肉を裂く感触、肉を貫く感触、骨をへし折って、内臓を掻き回す。傷付いて傷付けて悲鳴を聞いて断末魔を聞いて、生死をかけた心踊る戦いがしたかっただけなのだ。
だから嵐が人間達の大陸に先に上陸したのが許せなかった、焦りを覚えた。特に何も考えず、目的を探すように吹き荒れる嵐だからこそ、無意識の内に人間達を不要だと淘汰するようにして皆殺しにしまうかも知れない。
急ぐセトは無意識の内に望みを手繰り寄せる。抵抗する人間が自身の目の前に立ちはだかり、そしてセトが望んだ戦いができるかも知れない。
何をしてもこのセトと言う魔物は望みを叶えられるのだ。死にたくないからと抵抗する人間達と戦える。望みを叶えるべきではない存在は、絶対に望み叶えてしまう。
この先に起こる戦いでは、こんな自分の欲望を満たすためだけに行動している自分勝手なセトは報われたまま死んでいく。もしくは死ぬ事なく戦いを求めて破壊を繰り広げ続ける。その戦いの欲望は満たされ続ける。
神や世界が在り続ける限り生物は発生し続けるのだから、セトが一人になって彷徨い続ける事はないのだ。
神は自身を保つものである信仰を得るために様々な生物を世界の上に創り出す。
世界も同じく生命を育むために生物を生み出す。
神は自分を保つために信仰を得るが、世界も自分を保つために子供達を生み出して幸せを得るのである。
寿命が存在せず、無窮に続く時間を生きる世界はこうでもしなければ生き続けられなかった。それは寿命が存在しない神も同じだった。
どちらも死にたくないからどんな手段を使ってでも生きながらえようとしている。信仰を失って消滅したくない、子供を育む幸せを失って消滅したくない、そんな生きたいと言う本能にも似た無意識の中で生きて行動しているのだ。
だから神や世界が存在し続ける限り、死なない限りセトはどれだけ渇いても満たされる。神が勇者や賢者、神徒にしたのと同じように思考操作でもすればセトを抑制する事はできるのだろうが、生憎と世界は子供達の洗脳のような事はしない主義なので仕方ない。多少は忠誠心などを抱かせるが、それは相手が世界に関心を抱いていたり、自分の意思でそう願った場合だけだ。
その優しさのようなもののせいでセトのような化け物が生まれている事を理解する世界はそれでもそれを改善しようとはしない。それは子供を育む上で邪魔でしかないものなのだから。
親が子供を洗脳して育てたところで子供は何も得られない。そして辿り着くのは親の道具と言う物のような扱いを受ける存在だ。それを望まない世界は決して強制的に従わせたりはしない。
世界の子育てにおける過保護なわがままと、セトの殺戮を繰り広げたいと言う欲望と、生きたいと願う人類の抵抗と、救いを齎さずここぞと言う場面ででしゃばる神々の傍観。
それぞれの意思が衝突する……人間の大陸と魔物の大陸が繋がる事によって。……それはまるで、人間と魔物は絶対に相容れない関係だとでも言うように。
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一方、道を生み出し進むセトと違って、海を泳いで進むスキュラはとっくに人間の大陸へ到達していた。道を生み出してから一歩を踏み出すセトと比べれば海の全てが通路であるスキュラが早く到着するのは当然だった。
しかしスキュラは水棲の魔物であるために陸には上がれない。できる事と言えば精々が人間達が使う船などを襲って恐怖を植え付けて自分という脅威を主張する事だけだ。スキュラの目的は強くなる事であるが、それと同時に二度と誰にも手出しをされないほどの存在になれればいい、と言うものでもあった。なのでこうしてコツコツと自分の脅威を分からせて、恐怖を植え付けられればそれでよかった。
……もちろん、最終目標は砂嵐と嵐の打倒だが、冷たく冷えていて心地よい海を自由に泳いでいる内に、獲物を奪われた怒りが一時的なものだと気付いたので、もうそれほど拘ってはいなかったし、二つの嵐と自分の彼我の実力差も改めて認識できた。
スキュラは嵐のように大陸を進んで暴虐を振るえるわけではなかった。
人間を殺し続ける尽くして強くなると息巻いていたスキュラだったが、流石に生息地域が違えば手出しはし辛いのである。人間がどう言うものかを詳しく理解していなかったせいでこうなってしまっている。
最果ての大陸の魔物は生まれた時にある程度の人間の知識を得ているが、それは人間を倒す事が可能である魔物だけに与えられ、世界が愛でるために生んだ戦えないマーメイドには全く備わっていない知識であった。知っているのは最果ての大陸の外には人間や亜人、魔人と呼ばれる存在が生息していると言う事だけだ。
そんなマーメイドが『次元の裂け目』を通過して何度も変質した冥界の番犬ガルムの唾液で穢れた海を泳いでしまったために、スキュラと言う魔物に変貌し、中途半端に戦う力を得て中途半端に世界から人間の知識を得た事が原因で、人間の船を襲うなどと言うちまちましたやり方しかできないでいる。
もっと手っ取り早く強さを得たい、そのうちそんな事を思うようになったスキュラは、マーメイドだった頃から僅かに残っている陸への恐怖を押さえ付けて陸に上がってみる事にした。……が、そこで人間達の船がいくつも現れてスキュラを取り囲んだ。陸には武器を構えた人間が大勢立っている。
劣勢、そう認識すると同時に、自分が願っていたチャンスだとも認識した。こうして大勢の人間が敵意を剥き出しにしてわざわざやってきているのだから、殺して経験値にしなければ……陸に上がる手間も省けたし程よく殺して人間達を撤退させ、同時に自分も傷を負ったフリをすればまたやってくるかも知れない……と、中々理性的な考えをしていた。
スキュラは魔物ながらも元はマーメイドである。人間並みの知能を持っていながら、亜人と魔物の間に位置する曖昧な立場にあった。ガルムの唾液を浴びてスキュラになったからと言って、元々備わっている知能までもが喪失されるわけではなかった。
「放てー!」
ある船に乗っている人間の一人がそう叫ぶと、スキュラ取り囲む船から一斉に何か尖った物放たれる。何か分からないので取り敢えず避けようとするが、全方位から飛んで来るので躱し切る事はできず、集中的に狙われていた醜悪な犬の頭部と足が生えている下半身はもちろん、マーメイドの頃からそのままである美しい上半身……その右肩にその尖った何かを受けてしまう。それは縄がつけられた槍……いや、銛だった。
「あぎぃぃぃ……ぅぅぅ」
痛覚が鈍っている下半身よりも、まだまだ痛覚が残っている上半身に走るその痛みは尋常ではなかった。
それに、普段受ける痛みは海中に存在する魔物からの攻撃ばかりなので、必然的に醜悪な下半身で攻撃を受ける事になっており、上半身への攻撃を受けた事が皆無だったせいもあるだろう。一瞬頭の中が真っ白になってしまう。
その痛みに耐えきれずに悲鳴を上げると、船に乗っている人間達からは歓声が上がった。スキュラはここらに現れて間もない魔物だが、その間に出た被害は甚大なものだった。そんな被害を齎す魔物に傷を付けられたのが嬉しかったのだろう。
その歓声が癪に障ったスキュラは犬の頭部と足を蛸のように振り回して船叩き潰そうと攻撃を始める。だが、その船は奇妙な軌道でそれらを躱してスキュラの周囲をウロウロとしている。
その奇妙な軌道の原因は風魔法だ。船乗りの中に優れた風魔法使いがいるようで、船に風魔法を使用してそんな無茶な軌道でスキュラの攻撃回避させている。そんな無茶をすれば船は沈んでしまうだろうが、それを阻止するの水魔法使いだ。そこら中に存在する海水を操作して揺れを抑え、沈みそうになったら持ち上げるようにしたりと船沈まないように支えている。
そんな魔法使いがそれぞれの船に一人はいるようなので単調な攻撃を仕掛けるしかないスキュラになす術はなかった。
攻撃が当たらないので手を止めればその瞬間に飛び交う縄付きの銛。そして陸の人間達から放たれる矢や魔法。どうやら陸の人間達は重量の関係で船に乗れなかった人間か、意図的も分散してある戦力のようだ。
無数に飛び交うそれらはどんどんスキュラの全身に刺さっていき、スキュラの行動を阻害する。動けば動くほどに痛みが走り、血が流れて海を赤く染めていく。
「はははっ! 気色悪い魔物風情が人間様の船を襲うからだ!」
「って言うかなんなんだろうな、この魔物。生き残りの話を聞いても該当する魔物は存在しないらしいが……」
「貝殻の下着を着けているからマーメイドのようにも見えるけど、どう考えても違うよなぁ……」
「マーメイドでも未知の魔物でもなんでもいいだろ。綺麗な女の裸を娼館に行かねぇでただで拝めるんだからよ」
「お前、あんな魔物でもそう言う目で見てんのかよ……」
人間達の緊張感のない会話が聞こえてくる。亜人と魔物の間に位置するマーメイドであったスキュラにはなんとなくだが、人間達が何を話しているのかが理解できる。……話そうと思えば話す事だってできる。
気色悪い、マーメイドのようだけどどう考えても違う、未知の魔物……それらは全てマーメイドであったスキュラが気にしている事だった。
醜いのは理解している、自分がマーメイドでないのも理解している、未知の魔物である事も理解している……だからこそそれらの発言が許せなかった。
コンプレックスのように付き纏うそれらを一々列挙されずともスキュラ自身が一番理解していて認めたくないものなのだ。
「うるさいっ! 自分が気持ち悪くて、マーメイドじゃなくて、この世に一体しかしない魔物だって事ぐらい分かってる! そんなの見れば分かるでしょっ! 一々そうやって口にださないで!!」
叫ぶスキュラの周囲が荒れ始める。海が大きく波打ち、風魔法使いと水魔法使いが必死に船を制御しているが、それでもどれくらいかの人間は海に落ちていく。
それらを海中で食らうのはたくさん生えている犬の頭部だ。縄が付いた銛はそれに引っ張られてブチブチと音を立てて抜け落ちていく。
銛にある返しが肉を抉っていくのが堪らなく痛いが、コンプレックスを刺激されて感情的になっているスキュラには関係なかった。
それを見たこの集団のリーダーらしき女が叫ぶ。こいつは「放てー!」と最初に合図してこの銛を放たせた女だ。
「縄を引けー!」
揺れる船から振り落とされまいと必死に甲板の手摺に捕まって叫ぶが、誰もがそれと同じ状況であるためにスキュラに刺さった銛が引かれる事はなかった。これを反撃のチャンスだと考えてスキュラは混乱している人間の船へと攻撃を仕掛ける事にした。
犬の頭部は海に落ちた人間を食らうために動かしているので、スキュラが現在動かせるのは、12本の犬の足だけだ。
スキュラはそれらを動かして人間の船を掴み上げ、頭上に持っていき、そして逆さまにして、自分に振り掛けるようにする。そうすればポロポロと落ちてくる人間。
下半身についている犬の頭部や足の付け根の辺りにそれらを落とし、逃げられないように船を遠くに投げ捨てる。
付け根の辺りに落とされた人間はスキュラを、自らの懐に敵を連れてきたバカ、として称して嘲ってから腰に提げていた剣や短剣でスキュラの下半身を攻撃するが、それと同時に表面から湧き水のように出てきた粘液によって刃が通らなくなる。
ならばマーメイドの時から変わらず美しい上半身を……と、体の向きを変えて斬りかかるが、その上半身からも刃の通りを阻害する粘液が分泌されている。
「なんなんだよこいつ……刃が通らねぇ!」
「無策で懐に連れ込むと思った? ぷぷ、どこの世界にそんなおバカさんがいるって言うの? ……あなた達は私が言われたくない事を的確に全て貫いた! だから許さない、絶対に殺す!」
鬼の形相で叫ぶスキュラ。その気迫に気圧された人間達は自棄になったように叫び声を上げてスキュラの上半身に斬りかかるが、今度はその刃届く事すらなかった。スキュラが新たに分泌する溶解液に足の裏から溶かされていったからだ。熱せられた鉄板の上で踊るバターのように消えていった。それを見届けた人間も、スキュラの上半身を伝って流れてくる溶解液に触れて溶かされていく。
ここで確実に死ぬぐらいなら海に飛び込んで、僅かな生存できる可能性に縋ろうとする人間は、全てスキュラの足によって捕縛され、そのまま犬の頭部に食われてしまう。
……そう、最初の一人が溶解液で溶かされる頃にはもうスキュラの周囲での事は片付いてた。船は足で叩き潰されたり、足で締め潰されたり……そうして海に落ちた人間達も犬の頭部が食い尽くしてあったのだ。
仲間達の壊滅を見届けるばかりだった陸の人間達は情けない声を上げて陸の奥へと走り出していった。もう殺す気はなかったが、さらに恐怖を植え付けようと、船の残骸などを投擲して恐怖心を煽って煽って煽った。
もっと人間を殺して力を得たかったが、今回の戦いで人間よりも水棲の魔物の方が簡単に殺せて簡単に強くなれる事に気付いてしまった。
知恵を持って小賢しい戦い方をする人間と、全く知恵を持たない魔物であれば圧倒的に魔物の方が効率がよかったのである。
だからもうこれで自分の事を、手出しするべきではない脅威、として認めてくれれば良いなと考えてスキュラは海へと潜った。
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白い狼──スコールと黒い狼──ハティ。その二匹は久しぶりの父──フェンリルとの再会を経てから暫くの間、魔王の捜索を続けていた。
最果ての大陸の魔物は世界が生み出した魔物であり、魔王も同じく世界に認められた存在が至る事ができる存在。謂わば兄弟や姉妹のような近しい存在なのである。
だから最果ての魔物は近しい存在である魔王の気配を大まかにだが感知する事ができるのだが、しかしそれで魔王の居場所を感知するには、ある程度魔王に近付かねばならなかった。……要するに、魔王の近くにいなければ感知する事はできないと言う事だ。
だから魔王の捜索は難航していた。難航していたのだが、この世界には魔王が複数存在している。魔物を従える王であったり、魔法の王であったり……と、複数の魔王が生まれていた。つまり遭遇する確率が上がると言うわけで、実際に二匹は魔王の存在を感知する事ができていた。
一つ……二つ……三つ…………
どう言う事だ、とスコールとハティが困惑するのも無理はない。なぜなら今まで出現していた魔王はその時代に一柱だけだったから。稀に二柱生まれる場合もあるそうだが、三柱と言うのは聞いた事がなかったのだ。
スコールとハティはまず一番近い魔王へと接触してみる事にした。余計な刺激を与えて敵対されないように気配を殺して接近する。
……そこにいたのは賢者と一人の少女だった。その二人は暗い荒野を並んで歩いている。
それに、またもやスコールとハティは困惑する。なぜ魔王の敵対者の一人である賢者から魔王の気配が……と。もしかしたら隣にいる少女が魔王であり、素性を隠して賢者と会っているのか……などと考えるが、しかし少女から感じられる気配はとても魔王のものではなかった。だがしかし、人間でもなさそう……いや、人間なのかも知れないが何かを体の内に宿しているような気配がした。
とにかく保留だ。どういう事態なのか理解できない以上無視するしかない。次にスコールとハティが向かうのは残りの魔王の気配を放つものの場所だ。こちらはかなりの近距離に気配が密集しているようだ。
こんな狭い場所に魔王が二柱も集まっているなんておかしいので、どちらかが魔王っぽいだけの別の何かなのだろうと考える。……きっとあの賢者も魔王っぽいだけの別の何かの血が流れている珍しい存在だったのだろうと納得しておく事にした。
そんな事を考えていたら一方の魔王が物凄い速度でもう一方の魔王の元へと向かい、そして暫く両者の気配がぶつかりあって重なりあったりした後、一方の魔王の気配が消えた。
気配の動きから争っているのは理解していたが、まさかもう一方の魔王を殺してしまうとは思わなかった。……だが、これでハッキリした。今生き残っている方が本物の魔王だ……と。紛い物に殺される魔王などあり得ないのでこちらが本物だと考えたのだ。
魔王が人の街へと入り、そして出てくるところまでを把握したスコールとハティは空を駆け、急いで魔王の元へと向かう。急ぐ理由は魔王もそれなりの速度で移動し始めたからだ。
魔王が向かう先は人間の街が存在しない方向……海だ。さらに言えばその先には、スコールとハティがやってきた場所である、最果ての大陸が存在している。
もしかして魔王の役割を理解して自主的に最果ての大陸で力を蓄えようとしているのか、そう考えるがまずは父が封印されているダンジョンへと向かわなければならない。
なぜなら父──フェンリルは世界が保有する戦力の中で魔王と言う存在に次ぐ戦力であるので、魔王とフェンリルと言う最高戦力同士に面識を持たせる必要があるからだ。
そうでもしなければ運命の女神ベールがなんらかの嫌がらせをして世界の最高戦力である魔王とフェンリルを敵対関係におく可能性があるのだ。
例えば封印されているフェンリルの元に細々とした弱い魔物を送り込み、それを魔王の配下だと思わせ、フェンリルに魔王への敵対意識を植え付けて、スコールとハティが連れてきた魔王へと攻撃を仕掛けさせる。
そのようにして関係を最悪なものに変えられてしまうのだ。もちろん運命の女神ベール以外にもそんな感じの嫌がらせをしてくる神はいる。
……運命の女神ベールがその魔物を送り込む能力で、封印されていて本来の力が発揮できないフェンリルの元に強力な魔物を送り込んで殺害すれば済む話だと思うだろうが、強い存在となれば『称号』を複数所持しているのが当たり前のために、同じく『称号』を複数所持しているフェンリルに運命の力を利用して強力な魔物を近付ける事ができないのだ。
磁石のS極とN極のように反発し、そして反発した磁石が予想外の方向に飛んで行くのと同じで、無理やりそれを実行してしまえば思わぬ形で悪影響が及ぶ可能性がある。……運命の女神ベールが定めた運命に作用し運命が歪んだり、フェンリルの封印が解けたりとか。
なのでフェンリルが殺られてしまう可能性は低いが、魔王とフェンリルが敵対するのはまずい。そんな考えの元にスコールとハティは父であるフェンリルの元へと魔王を連れていかなければならなかったのだ。
そうしてスコールとハティは、最果ての大陸に向かって夜を駆ける魔王──秋の前に姿を現した。