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第306話 大切な話

 懐かしく感じる屋敷のソファーに座る秋はオリヴィアと向かい合っていた。

 ……荒れた場所ではなく安全な場所で落ち着いて話をしよう、と言う事で王都ソルスミードにあるオリヴィアの屋敷へとやってきていたのだ。


 そしてそこにはライリー達やマーガレット達、マテウス達までもが集まっていた。そのせいでかなりの人口密度となっているが、幸いにもこの屋敷の客間は広かったので、他の部屋から椅子やソファーを運び込めば全員が座って話を聞けるようにはなっていた。


 どんな並び方をしているのかと言えば、秋とオリヴィアだけが机を真っ直ぐに挟んで向かい合って座っており、その他の人は机の左右に並んで座っている。


「まず、俺は魔王だ。いつの間にか魔王になっていた」

「……魔王……ですか……」


 敬語を捨てていきなりぶっこむ秋に、だいたいの予想はしていたのかさほど驚いた様子もなくオリヴィアが繰り返す。しかし困ったように頬に手を当てている事から、そうかも知れないと予想はしていたが、そうであって欲しくはなかったと言うように見える。


 左右に並ぶ秋の知人、友人達も小さく驚いたような声をあげたり驚いたような表情をしているが、この場の空気に呑まれてあまり存在感を出していない。


「あぁ。だから魔王らしく王女であるフレイアを攫ったんだ」

「それがあの手形ですね。……ですが正しくは、攫った、のではなく、同行した……同行させた、と言うのが正解なのではありませんか?」

「……まぁ……そうだな。フレイア達に、ついていく、って言われたから別に攫ったわけではないな」


 指摘するオリヴィアに苦笑いで返す秋。魔王らしく王女を攫いたかったのだが、王女にそれを阻まれた上に、王女の母親それを見透かされたともなれば苦笑いもしたくはなる。


「なるほど、それが聞けてよかったです。フレイアがクドウ様を嫌ってしまうような事になっていないみたいでよかったです。……あの子にとってクドウ様は心の拠り所のようなものだったのでしょうからね。……それで、それから今まではどうされていたのですか?」

「同行者全員の故郷を巡っていた。……まだ行けていないところもあるし、それ以外の場所にも行ったが、主におこなっていたのは故郷巡りだな。……魔王についてくる以上、あらゆるものから敵視されてしまうだろうから、俺が魔王だと知られていない内にあいつらを故郷に連れていくべきだと思ったんだ」

「魔王とは思えない優しい考えですね? それにしても、やはり一ヶ所にとどまっていたわけではなかったのですね……道理でこれだけの人達が探しても見つからないわけです」


 揶揄うように笑ったオリヴィアは、それを苦笑いに変えて納得する。なんだか申し訳ない気持ちになった秋は迷惑をかけたようですまない、と謝っていた。


「ところで、どうして素性を隠して旅に出られたのにこうしてあっさり自分が魔王だと明かしたのですか?」

「どこに行っても誰も魔王だとか、勇者や賢者だとかと言う話をしていかったから、やりたい事も一通りは終わったしそろそろ明かしておかなければ不味いと思ったんだよ」

「あら……そうだったんですね」


 やはりこの人はどこか抜けている、そう思い吹き出しそうになるのを堪えるオリヴィア。別に嘲りの笑いを堪えているわけではない。

 オリヴィアが堪えているのは懐かしさによる嬉しい笑いだ。今のこの場はどちらかと言うと、秋の行動を咎める意味合いが強いものだ。だから決してこの懐かしさに流されて穏やかなものにして良い場ではないのである。


「それでクドウ様。今フレイア達はどこに?」


 なんとか堪えたオリヴィアは対して気負う様子もなくいつも通りの優しい表情で秋が一番聞かれたくなかった事を尋ねる。

 いつも目にしていたその柔和な笑みが一瞬だけ残酷なものに見えてしまう。それほどに聞かれたくない事だった。


 頭痛がする……だが、この痛みを紛らわそうとしてはいけない。なぜならこれは自分が行った行動によって生じる責任の痛みなのだから、痛み受け入れて向かい合わねばならない。


 吐き気がする……だが、この吐き気に流されて吐いてはいけない。なぜならここで吐いてしまえば今まで耐えていたギリギリの精神が崩壊してしまうのだから、吐き出さずに飲み込んでしまわねばならない。


 目眩がする……だが、よろめいてしまってはならない。なぜなら自分が見なければならないのは夢や幻や影ではなく現実なのだから、よろめいて残像を受け入れてしまってはならない。


 腹が痛い……だが、苦しんではならない。なぜならこの腹痛は今まで喰ってきた生物達の暴動なのだから、その原因を生み出した自分が一丁前に苦しむなんて無責任な事をしてはならない。


 あらゆる体調不良がどんな外敵よりも鋭く秋を苛む。これは今まで自分が行ってきた行為の副作用だ。

 今さら犇々と実感させられる。命を奪い屠る(うばいとる)と言う事の重さを。

 何よりも愛する恋人という大切な存在を、この手で殺してこの口で喰らった事で、漸くこの罪を知り罪の重さを知った。


 もっと早くに知っていたつもりだったが、それは本当につもりでしかなかった。幼い頃に強盗を殺し、遺跡世界で慣らすように日常的に殺しを行っていた秋は本当の意味での奪う罪を知らなかった。

 大切な家族を『奪う者』に奪われてしまった自分が『奪う罪』を一番よく知っていたはずなのに。


 フレイアを殺して喰って漸く本当の意味で命を知ったのだ。


 知ったばかりの秋は、一の罪を犯して苛まれる者のようなものよりも遥かに酷く苛まれている。今まで自覚せず認識せずにいたものを自覚して認識したのだから、それは無数の罪を一遍に犯したかのと同じなのだ。


「クドウ様? どうされました? ボーッとしていらっしゃいましたけれど……」

「あぁいやなんでもない」

「そうですか? 体調が悪いようでしたら話はまた後日──」

「いや、大丈夫だ。今話す……話せる」


 逃げるわけにはいかない。罪を認めて罪を告白し、いかなる罵倒や暴力などの制裁をも受け入れなければならない。

 今までのオリヴィアにとって唯一残っていた家族を殺して喰ったのだから……親切にしてくれていた大恩人の娘を殺して喰ったのだから……信頼して大切な存在の側にいさせてくれていたと言うのにそれを裏切って殺して喰ったのだから。

 いくら完全蘇生させるからとは言え、殺して喰って、大切な存在を奪い屠ったのは事実であり真実であり現実だ。虚構でも嘘でも理想でもない。


「……フレイアは──」


 今から殺して今から喰う。オリヴィアの幸せを殺して喰う。

 今から奪う……大切な存在を奪った事を告げ、フレイアの母親であり、自分の恩人である、オリヴィア・アイドラークの幸せを奪う。


「──俺が殺して喰った」


 オリヴィアの瞳を真っ直ぐに見つめてそう伝えて、そう告げた瞬間……オリヴィアは呆けたような顔をした。その美しく艶やかな唇から言葉は一つも出ないがその瞳は縋るように救済を求めて歪んでいく。

 できるものならこの手に掬い上げて絶望から救ってやりたい。だが、オリヴィアの大切な存在を奪い屠ったこの手にオリヴィアを救う資格はない。


 瞳を真っ直ぐに見つめて、瞳を真っ直ぐに覗き込まれる。


 そうしてこれが嘘ではない理解できたのだろう。【看破】などと言うスキルを持っているから、それが嘘ではないと、真実だと理解できてしまったのだろう。分からないものを分かってしまうから、そのせいで自ら絶望に飛び込んでいったのだ。秋の情けなさは……情けなどない無情の奈落へとオリヴィアを叩き落としたのだ。

 あまりにも可哀想だ。残酷で無情で無慈悲な仕打ちだ。


 それを目にした知人や友人達は目を伏せたり、口を押さえて涙を浮かべたり、どうしてそんな事をした、と言うように秋を見つめたり睨んだりと様々な反応していた。

 だが、誰もオリヴィアの元へは向かわない。立ち上がりそうになっても立ち上がれず向かわない、向かえない。そうする度胸がないから。


 涙を堪えて秋に向かって悲痛に優しく儚げに愛をもって微笑むオリヴィアを見れば、誰も干渉しようとは思わなかった。


「……何か……考えがあっての事なのですよね……?」


 絶望の縁に掴まるオリヴィアは騒がずに、揺れない水面の湖が如く静かに言った。


「あぁ当然だ。俺が何の考えもなしにそんな事をするわけがない」

「……そうですよね……よかったです。……ごめんなさい、私、クドウ様の事を疑ってしまいました。あれほどにフレイアを大切にしてくれている方が何の考えもなしに、フレイアを殺して食べてしまうなんてあり得ないですものね」


 オリヴィアは希望を得たとばかりにパァッと表情を明るくして微笑みを深くして言った。それはもう満面の笑みに近かった。


 オリヴィアにとっての大切な存在をどんな理由があれど奪ってしまった自分をこうして責めずに許してくれている。申し訳なさと、ありがたさ、その懐の広さに甘えてしまいそうになるが、しっかりと伝えなければならないし、後でしっかりケジメはつけなくてはならないが……取り敢えず今は伝えたい事を全てを伝えるべきだ。

 自分がフレイアどう思っているか、どんな理由があってそんな事をしたのか、どのようにして解決するつもりなのかを。


「俺はフレイアを愛している。フレイアも俺を愛してくれている」

「あらあら」


 余裕が出たオリヴィアは口元に手を当てて微笑ましそうに言う。


「……だから、定命の生物ではない俺のために、フレイアも命の理から逸脱させる必要があった。お互いの幸せのためにそうしたんだ」

「つまりそれはフレイアを不死者(アンデッド)にされるのですか?」

「それに近いものではあるが、違う。俺は殺して喰った生物の蘇生ができるんだ。だからその能力を使ってフレイアを蘇生させる」


 そこで区切ってオリヴィアの反応を窺う。普通であれば頭のおかしい人物を見るような視線を向けられるのだろうが、秋への信頼からか、それとも現状では秋に縋るしかないからか、いつも通りの表情で秋の言葉を待っている。


「だが、そのためには俺には力が足りない。だから最果ての大陸の魔物でも……神でも……何でも殺して喰って強くなって、そして絶対にフレイアを完全な状態で蘇生させるっ!」

「…………」

「だから、それまで待っていてくれませんか……! 全て俺の自己中なわがままでしかありませんが、どうか受け入れて待っていてください!」


 宣言するように力強く言う秋は一瞬だけオリヴィアの反応を窺ってから立ち上がってそして縋るように懇願し、全てを言い切ると同時に土下座する勢いで頭を下げた。……いや、土下座した。


 謝罪や懇願などがない交ぜになったその土下座を見たオリヴィアはいつものような柔和で優しくて儚げな表情を浮かべてはいるが、顔を上げさせようとはしなかった。


 ここであっさり顔を上げさせるのは秋の決意を軽視するも同然だからだ。

 秋の決意を、宣言を認めるために顔を上げさせないのだ。


 オリヴィアの大切な存在のために──愛する人のために最果ての大陸へ向かい、神すらをも殺すと宣言した。

 その程度であれば『神殺し』で『神喰らい』の秋であれば余裕なのは分かっているが、それ以上の存在がいないのも事実。

 だが、オリヴィアにとってその過程で苦労するかなど問題ではなく、最果ての大陸へ生き、神をも殺す……と、そう宣言してそう意気込んでいる事が大事なのだ。

 フレイアのために──愛する人のためにそこまでして動いてくれるのならそれでよかったのだ。


「……分かりました、私はクドウ様を待ちます。……ですから今すぐに行動をしてください。そして次に会う時はフレイアも一緒だと約束してください。そしてそこで()()()()()()()をすると、約束してください」

「約束します!!」


 秋は立ち上がり、オリヴィアの瞳を真っ直ぐに見つめて力強く言う。


「嘘ではないようですけど……約束しましたからね? 私はクドウ様を信じていますからね? ……それ以上にフレイアはクドウ様を──っと、この話はまた次に会った時にしましょうか」

「はい、ありがとうございますオリヴィアさん。また会いましょう」


 そう礼を言い、また会おうと告げてから、オリヴィアへと頭を下げて扉へと歩き出し、もう一度頭を下げて秋は人口密度が高い部屋を出た。





~~~~





 秋が去った後の部屋では、テストを終えたの学生が手応えを確かめあっている教室のようにドッと騒がしくなった。

 話の内容は全てオリヴィアと秋が話していた事についてと、秋の態度についてだ。話し合いの後半に見せた秋の姿はマーガレット達にとって度肝を抜くようなものだったらしい。


 秋とフレイアの関係についての話題は上がらなかった。

 なぜなら、秋とフレイアの仲の良さを知っている者からすれば、いずれくっつくだろうとは予想が付いた事であるので、話し合いが終わってからの、いの一番にする会話ではなかったのである。


 そして秋がフレイアを殺して喰ったなどと言う、重く複雑な話は自分達が触れて良いものだとは到底考えられなかったので、自然と話題からは外れ、話題として残ったのは秋が魔王だと言う話だけだった。


 相当に濃い話が繰り広げられていたはずだったのだが、話題にして話し合える事がこれしかないのも不思議だった。……濃い話であるが故である。


「……いやしかしクドウが魔王になったとはな。あいつの行動はだいたいが予想を遥かに越えるものだからそろそろ慣れるべきなのだろうが、魔王になるなどは流石に驚きを禁じ得なかったな」

「仕方ないですわ。友人が魔王になったなんて知ったら誰だってそうなりますもの」

「…そういやあの時、アキに「元気してたか?」って聞いた時あいつちゃんと答えてなかったなぁ……そりゃああれだけ色々な事して色々な事を考えてたんなら答え難いわなぁ」


 口々に言う三人。そこでもう一度口を開いてラモンが言った。


「…にしても、あのアキが敬語をなぁ……先生に対してもあの態度だったってのに……どうすりゃあのアキをここまで丸め込めるんだろうな?」

「何か特別な事情があるのでしょうね。オリヴィアさんとクドウさん、どこか通じあっているような親しさを感じましたもの。……はっ……もしかしてクドウさん……オリヴィアさんにまで手を付けて!?」

「そんなわけないだろうエリーゼ……お前らしくないぞ。あんなでも一応そう言う事には誠実な人間だと思うぞ、私は」


 きゃー、と戯けてみせるエリーゼに。冗談かも知れない分かっていても、もしそれが本気だったらいけない、と考えるマーガレットは庇うようにそう返してしまう。ただでさえイジられキャラが定着しかけているこの状況で、そう言った発言は不用意にするものではなかった。


「…へぇ? なんでそう思うのか聞いても良いか? ……あ、今のもしかしてお前の願望だったりしねぇよなぁ?」

「あれ、もしかしてマーガレットさんあなたまでクドウさんが?」

「ち、違うぞ! 私はそんなんじゃない! 決してそんなんじゃない!」

「うーんそうでしたのねぇ……クドウ様とお揃いのお洋服をインナー代わりにしているものですからてっきりそうなのではないかと思ってしまいましたわ~」


 イジめられるマーガレットと、イジめて遊ぶラモンとエリーゼ。騒がしいそのやり取りの隣ではマテウスドロシーが話していた。


「アキ、元気そうでよかった」

「私はあまりあの人と話した記憶がないので正直そこまで何かを思うわけではないですけど、無事なのはいいことですよね」

「ん……? あぁそっかドロシーはアキの事全然知らなかったんだっけ。アキはね、テイネブリス教団に攫われたドロシー助けに行ってコテンパンにやられた俺の代わりに助けてくれた人なんだよ」

「え、そうだったんですか!? てっきり魔物の大群を相手にした時と戦争の時しか面識がないと思っていたんですけど違ったんですね……」

「他にも──」


 語るマテウスの目には正義の味方に憧れる子供のような輝きと、恩人への敬意、友人としての親しさなどが込められており、相当に秋を重く見ているようだった。

 一時期はその懸命な判断ができる力と戦うための力などで自分より優っているから恋敵になるかも知れないと焦ったが、結局その焦りと男らしくいようとする頑張りのおかげでドロシーとこうして恋仲になれているのだから、無意識で無自覚とは言え、マテウスを焚き付けてくれた秋はマテウスにとっての恩人なのだ。そして友人のような仲でもあり、自分よりも優れている憧れのヒーローだった。


 友人以外、秋が嫌がりそうな関係だが、それでもマテウスにとっては尊敬できる人物なのだから仕方ない。


 そんなマテウスとドロシー、そしてマーガレットを揶揄って遊んでいるラモンとエリーゼの正面のソファーではライリー達が話していた。


「ま、まぁ……何はともあれ、クドウが見つかって良かったな!」

「動揺が隠しきれてないです、ライリーさん」

「仕方ねぇだろ。必死こいて探し回ってた奴が魔王になったりしてんだからよぉ」

「魔王……か。さらに遠い存在になってしまったな。……道場で戦った時、手加減されてたみたいだからいつか一泡吹かせてやるつもりだったが……こりゃもう無理そうだな」


 動揺するライリーとそれにジト目を向けるティアネー、肘おきに肘を置いて適当に返すグリンに、目標が遠退いた事に諦めを抱くジャンク。


「はぁ~……」

「む、どうしたティアネー。そんな男にフラれた女みたいな溜め息を吐いて……? まさかクドウの事が好きだったのか?」

「ライリーさんもクドウさんに負けないぐらいおバカかも知れないです……私はただ、結局見た目の事には全然触れてくれなかったなって思ってるだけです」


 ライリーにそのままジト目でバカと罵るティアネーは唇を尖らせ、足をブラブラと振って拗ねたように呟く。


「この間の戦争の時、触れてくれていたんじゃなかったのか?」

「確かに触れてくれたですけど、私が求めているのはそう言うのじゃなくてですね、感想です。「綺麗になったな」とか「美人になったな」とか「結婚したくなったな」とか色々あるです? 私はそれを求めてたです」

「最後の以外は納得できたな。……ちなみに最後のを言われてたらどうしてたんだ?」

「恥じらって躊躇って焦らした後に真顔で断るです!」

「最悪だなティアネーお前……」


 今まではなかった胸を張ってピースサインをしてドヤ顔をしているティアネーに、今度はライリーがジト目を向けて言った。そのやり取りを眺めるグリンは無言で視線をジャンクへと向けるが、すぐにそれを後悔した。

 秋との実力の差に気付いたジャンクは腕立て伏せをしていた。人の屋敷でだ。居場所がなくなったグリンは肘置きに肘を置いて溜め息を吐いた。


 そこで静かに部屋に入ってきたのはミアだ。たった今秋を見送ってきたところだ。ちなみに先ほどまではグリンとは反対側の肘置きがある方に座って話し合いを聞いており、ヴァルキリーのブラン、ノワール、アジュール、ルージュは話し合いの場にはおらず、別室にいた。秋と親しいわけではないので話を聞くべきではないと本人達が拒否していたのだ。……見送りの際に秋と自己紹介をし合ったが、それだけだった。


「ミア、クドウ様は……」

「屋敷を出たわよ。まずは最果ての大陸の魔物を鏖殺するとか言ってたわよ。……大丈夫なの? 相当な実力者だって言うのは分かっているけど、流石に最果ての大陸は不味いんじゃない?」

「クドウ様なら大丈夫です。……それに、もし大丈夫じゃないとしてもあれだけの決意と誠意を見せたんです。それを無下にはできませんから、どうであれ私達は信じて待つしかありませんよ」

「そうだけど……でもロキシーちゃん……じゃなくてクドウさんが死んじゃったらフレ──」

「ミア。信じて待つしかありませんよ」


 心配そうにするオリヴィアにミアが二度言うが、オリヴィアは「信じて待つしかない」と言って譲らない。その何も心配した素振りを見せず、広い心で言い放つ堂々とした山の如き姿勢に影響されてか、ミアも大丈夫なような気がしてきた。……いや、自分以上に失う事を知り、そして怯えているであろう母がひた隠しにする内心の恐怖や不安を煽らないように……と、信じる心を無理やりにでも持ったと言うべきか。


「……そうね。信じて待ちましょう」

「えぇ。私達はクドウ様を信じて待つしかありません」

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