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第305話 再会

 殴り飛ばされたアルタを驚愕の表情で見つめるのはナルルースと言うハイ・エルフの女性と、エルサリオンと言うエルフの男性だ。


 ナルルースは自分を全裸に引ん剥いて恥辱を与えた人間の男性に復讐するためにエルフの国──ドライヤダリスを出て……エルサリオンはエルフと言う種族が『無駄に資源を食い潰す世界の穀潰し』と呼ばれないようにするために、エルフを外交的な種族に変えて発展させようとドライヤダリスを出ていた。

 そんな二人は奇しくもアルタに支配されてしまっていた。


「あのアルタがやられた……?」


 そう呟くのはナルルースだ。赤龍を力で捩じ伏せて無理やり支配するような人物がこうもあっさり殴り飛ばされてしまったのだ。……赤龍を力で捩じ伏せたという話が嘘であるならば驚く事はなかったが、実際にアルタが赤龍を連れている以上、それは真実であるのだろう。なのでそれを知るナルルースが驚かないわけがないのである。


「そんなに驚くような事なのか?」

「エルサリオンは知らないだろうが、あいつは赤龍を力で捩じ伏せる事ができるようなやつなんだ。そんなやつをこうも簡単に殴り飛ばすなんておかしいだろう?」

「赤龍を…………そうか、俺達は本当にとんでも奴に支配されてしまったんだな」


 会話をする二人の間に気まずいものはなかった。

 ついこの間不用意に伝えた情報でエルサリオンを傷付けてしまったナルルースだったが、あの後すぐに謝罪するナルルースを見て、「エルフを変えると決めたんだからこんな事で折れていられない」とエルサリオンは笑って立ち直る事ができていたので二人の仲はいつもと変わらないものに修復されていた。


 仲直りができてよかった、と改めて安堵するナルルースの頭に声が響いた。声の主はサエルミアで、これは【念話】によって引き起こされる現象である。

 最初は【念話】に慣れずに体調を崩していたナルルースだったが、最近ではもう慣れてきており、体調を崩す事はなくなっていた。


『ナルルース~……あの……金髪赤目の女ぁ……』

『あいつがどうかしたのか?』

『あの人の魔力~……覚えがある……って言うか絶対にナルルースが探してる人間の魔力だよぉ~……』

『なにっ!? 私を辱しめたあの男の魔力を感じるのか!? あの女から!?』


 エルサリオンを介してナルルース達を眺めているサエルミアからの思わぬ報告に感情的になるナルルース。頭に響くサエルミアの『うるさい……落ち着いて』の一言で落ち着きを取り戻したナルルースは考える。


 サエルミアは通常のエルフやハイ・エルフよりも魔力を認識する力が強い。なのでその生物の纏う魔力の質や流れを見れば、それが誰かを認識できる。魔物の魔力を記憶すれば、同じ魔物の群れに紛れた魔物の判別もできるのだ。

 だからそのサエルミアが、あの女の事を、自分を辱しめた男だと言うのが信じられないが、しかし間違いとは考えられなかった。


『……間違いないよぉ~……私、今まで生きてきた中でぇ……流れる魔力を見間違った事ないから~』

『…………』





~~~~





 ブランを殴殺せんと拳を振るっていたアルタは突然の衝撃を堪える事ができずに、受け身もとれないまま地面を転がっていた。

 転がり、勢いを失い、やがて止まったアルタは暫く地に伏して自分に何が起こったのかを整理しようとするが、そうする暇もなくこの状況の答えは流れていた。自身の口や鼻から滴り落ちる血液が、アルタが何者かに攻撃された事を物語っていたのだ。


 顔を上げ、元いた場所を睨むアルタ。あのままなら確実にブランを殺せていたのに、と憎々しげな表情で睨む。


 そこに立っていたのは長く美しい金髪と赤い月のように赤い瞳を持つ少女だ。そんな少女を見上げて見つめるブランはもうアルタの視界には映っていない。


(あんなのに僕がやられたのか……華奢で暴力とは無縁の花園で暮らしていそうなほどの甘さを醸し出すあんな少女にやられたのか……?)


 その事実が受け入れられないアルタは呆然とその少女を見つめる。或いは、可憐な少女が放つ雰囲気の中に紛れる殺伐とした気配、どこか覚えのある気配、どこか自分と似ている気配……それらに見惚れていたのかも知れない。


 ハッとしたアルタは立ち上がって自分を攻撃したであろう金髪赤目の少女へと声をかけた。


「君が誰かなんて知らないけど、いきなり知らない人を殴るなんてどうかしてると思うよ?」


 しかし少女は答えない。聞こえているはずだし、真正面から見つめ合っているので違う人に話しかけているとも思っていないだろう。……つまりアルタは無視された。真正面から見つめ合っているのに無視されたのだ。


 それがアルタを苛立たせる原因となった。ブリンドネスを配下にしてスキルを一方的に共有しているアルタは、当然ブリンドネスの固有能力である【加速怒】を使えるようになっている。だからこの僅かな苛立ちですらアルタのステータスは上昇していた。


「無視するなんて酷──」

「──あーっ! あなたは!?」


 アルタが言いかけたところで、離れた場所から声があがった。さらに苛立ちを覚えたアルタは青筋を浮かべながら視線を声のする方向へと向けた。


 そこにいるのは魔法使い達であり、声を上げたのはその中にいる一人のようだった。

 赤い髪に赤い瞳を持つ、強気そうで態度が大きそうな女が驚いたように金髪赤目の少女に指を指している。アルタがその指に釣られて視線を金髪赤目の少女に戻せば、その少女は声を上げた女を見てどこか嫌そうな顔をしていた。





~~~~





「どうしたんですかミア、いきなり大声を出して……?」


 突然驚いたように大きな声を上げたミアに驚いたように話しかけるオリヴィア。ミアが何に驚いて叫んだのか分からない。だが、急に現れてアルタを殴り飛ばした少女と面識があるように見えた。


「お、お母様! あの人がロキシーちゃんよ!」

「……え……? ……えぇ!?!?」


 ロキシーといえばフレイアと共に行動していたとミアから聞いた人物の名前だ。そしてそれだけでなく、フレイアの護衛である秋とも何かと類似点が多く、怪しい人物だ。

 ……名前の響きや、俺という一人称、おバカであるところ、フレイアと一番付き合いが長いニグレドよりも親しそうだったところ……など、秋との類似点が多いのだ。

 だが、それだけ似ていてもそもそも性別が違う。

 しかしそんな問題を無くすのが、出会って間もない頃に秋がオリヴィアとフレイアを相手に見せた変形だった。オリヴィアは秋の腕だけが変形するところしか目にしていないが、あれで全身を変形させられるとすれば性別の問題など塵芥にすぎない。


「あれが……ロキシーさん……」

「どうするのよお母様! あの人が本当にクドウさんって人だったら、フレイアもどこかにいるかも知れないんでしょ!?」

「……まだです。今出ていけばあの方とロキシーさんの戦いに巻き込まれてしまいます。ロキシーさんがクドウ様かを確認するのはあの戦いが終わってからです」

「分かったわ」





~~~~





 ロキシーと呼ばれる美少女はオリヴィアとミアの会話に耳を澄まし、嫌そうな顔をしていた。……二人の家族を喰ってからすぐであるため、後ろめたい気分でいっぱいなのだ。

 そんなロキシーを見つめるアルタ。無視され、会話を妨げられ、順調にアルタの怒りは蓄積され、それと同時にステータスもいくらか上昇補正がかかっていた。


 強い生物の気配がするから、と吸い寄せられるようにやってきていたロキシーはどうしたものかと頭を掻いていた。ロキシーが関知した強者の気配はそこにいるアルタと、血塗れで横たわっているブリンドネスだ。

 ブリンドネスはともかく、アルタはまだ殺したくなかった。


 アルタのような特別な存在は成長するのを待ってから殺したい。そうした方が自分が得をするからだ。特別な存在と言うのは大体が強力な力を有しており、その力で多くの命を奪って驚くほどの速度でレベルを上げる。だから、レベルが全く上がらなくなるまでに至った自分の餌として十分に成長させてから殺すのだ。


 そう考えたロキシーは取り敢えず腕を巨大な口のように変形させて地面に横たわるブリンドネスを掴むようにしてその巨大な口に取り込み、そしてその勢いのまま閉口するブリンドネスをも取り込む。

 華奢な体躯よりも何倍も大きいその腕は一般家屋ほどもある大きさを持つ二人のブリンドネスをあっという間に喰らい尽くした。


 共有する元となる生物が死んでしまったので、アルタからはブリンドネスの力と、【加速怒】によるステータスの上昇も綺麗さっぱりなくなった。

 それと同時に怒りを抱いていたその心にゆとりが生まれ、ステータスの原色による変化しっかり認識する事ができていた。


「君は……いったいなんなんだい?」

「あの二人の話を聞いてたなら分かるだろ? 俺はロキシーだ」


 もはや口調に気を付ける素振りすら見せないロキシー。オリヴィアとミアに勘付かれているのだからそこまでして隠す必要もないだろうと考えていた。だが、それでもまだ確信は抱いていないようなので自分の口からバラすような事はしない。

 そんなロキシーは、どのようにしてアルタを殺さず穏便に済ますかを考えていた。


「そう、じゃあロキシー……君は僕の邪魔をした。僕が気持ちよくあのヴァルキリーを殺そうとしていたところに割り込んで僕を殴り飛ばして邪魔をしたんだ。……その罪は重いよ」


 最後の一言に怖じ気が走る。警戒心を強めるロキシーはこの怖じ気の正体を探るためにアルタを観察する。何か変わったところはないか、【魔力感知】でアルタが纏う魔力に変化は起きていないか、そう言った事を探るが何も変わったところは見受けられなかった。


「僕は僕の正義を以て君に裁きを下す」


 そう言うアルタはロキシーに向かって一直線に走り出す。足元にはボコボコと膨らみが出現し、アルタを躓かせようと顔を出すがそれは全て躱されてあっという間に距離を詰められる。


 腕を横に振るおうと、腕を動かしたアルタ。

 そんな動作に【予感】と言うスキルで途轍もない嫌な予感を覚えたロキシーは、目に映る範囲に【転移】してアルタの背後へと回り込む。

 視界には腕を振るうアルタが映っているが、特に何か大きな被害が生まれるわけではなく、ただ風を切っているだけの大したこと無さそうな攻撃だった。

 なぜあの程度のしょぼい攻撃にあれほどの嫌な予感を覚えたのか全く理解できない。


「一撃で仕留めるつもりだったんだけど躱されちゃったかぁ……」


 嬉しそうに呟いているアルタは笑みを浮かべて言った。そんな笑みを浮かべていてもアルタから感じる怖じ気は未だに健在だ。


 得体の知れない恐怖を抱かせるアルタと長く戦うのは危険だと判断したロキシーは猛攻を仕掛ける。目にも止まらない拳撃だが、アルタはそれを丁寧に躱している。だがそこはやはりステータスの差か、あり得ないほどの速度で放たれる拳が掠めた場所には切り傷ができ、血が流れ始める。


 周囲にオリヴィアやミア、ライリーにマーガレットやジャンク、ラモンにグリンにエリーゼにティアネー、マテウスにドロシーやレイモンドなどがいるせいで、いくら猛攻を仕掛けてアルタを無力化しようとしても、アルタと同等かそれより少し強いぐらいにしなければ、戦闘の余波で危害を加えてしまう事になるのでできない。

 それが酷くもどかしい。できるのなら今すぐに失せろと言いたいが、ロキシーという赤の他人でもあるし、それにどうせライリーやマーガレットはそれを聞き入れない。だから仕方なく黙ってこのまま戦う事にした。


「ちょちょちょ……! その見た目に反して凄い積極的に暴力を振るってくるね君は。……僕も負けてられないから反撃させてもらうよ」


 言うとアルタの姿はその場からロキシーの背後へと一瞬で移動した。【転移】のように思えるが、これは【歩法】と言う常時発動能力によるものだった。滑るような動作で相手の視界から消え、相手の背後へと回り込む……そんな高レベルな動作だった。

 ちなみに【歩法】を極めれば、ただの歩みだけで相手に威圧感を与えたり、彼我の距離感をないもののようにして一瞬で距離を詰めたりできるようになったりする。……スキルの力を使わずに【威圧】や【縮地】を使えるようなものだ。これは【歩法】に限らず、【○○術】や【○○法】系統の常時発動能力全般に言える事だ。


「【断罪】」


 振り返ったロキシーに放たれるのは、ロキシーが先ほどから感じていた嫌な予感そのものを纏った拳だ。

 多くの生命を奪ったロキシーにとって、相手が罪を重ねれば重ねるほど強力になる、その【断罪】と言うスキルは脅威でしかなかった。


 抱く嫌な予感は強くなる。一瞬の間に少しの距離を進んで罪人を捕らえるように慎重に迅速に近付いてくる。


 だが、いくら進んだとしてもロキシーにその拳は届かない。

 ロキシーの正面に存在するのは黒い渦、アルタの正面にあるのもそれと同じ黒い渦だ。その黒い渦の入り口に槍のように鋭く尖り伸びた腕を突き刺せば、出口にそれが出現するのは当然だった。

 背中から槍でも生えかのように、針鼠のように自分に害を成す外敵から身を守り、攻撃している。


 腹部から槍のように変形したロキシーの腕を生やしたアルタは握っている拳から力を抜き、そのままダランと腕を垂らした。


 死んだ。


 アルタの事を知らない人物が見ればそう思っただろう。しかし、たった今アルタを殺した人物はそうは思っていない。

 こいつは頭を砕いても平気で戦争を仕掛けてくるような奴だ……それを知っているからアルタが再び動き始める前に黒い渦に落とし、まるでゴミを捨てるかのようにしてその場を凌ぐ。

 ……アルタを氷漬けにするなりして無力化してもいいと思ったが、そうすれば止めを刺すように誰かから言われるかも知れないし、そうすればアルタを成長させる事ができなくなる……そう考えてのポイ捨てだ。



 あまりにも呆気ない終幕に夜が夜として君臨する。静寂で静謐で平和で、それでもどこか暗く不気味で殺伐としている……そんな夜として在る。


 ロキシーとしてはこのまま静寂に紛れて去ってしまってもよかったのだが、しかし世の中の誰も自分がどう言う存在なのかを認知していないようだったので、良い感じに目立てた今の内に明かしておかなければならない。

 そんな考えの元にその場所から一歩も動かずに立ち尽くす。


 呆然としていたオリヴィアがロキシーの元へと駆け出したのはそれからすぐだった。焦って緊張したような表情で、握り締める拳も汗ばんでいる。その後ろを歩いて追従するのはミア、そしてライリーを始めとしたロキシーの知り合いや友人達だった。助けてもらったのだから礼を言わなければ、労わなければ……疲弊しきった体に鞭を打ってでもそうするべきだったから。


「……あ、あの……助けていただきありがとうございました」

「そんな事より、俺に聞きたい事があるんじゃないですか?」


 どう話を切り出すべきかを考えていなかった様子のオリヴィアを気遣い、そう言ってやるロキシー。正確には気遣ったのではなく、緊張していただけだ。えっと、あの……と吃られ続けても気まずいのは自分であるし、この姿で知り合いや友人の前にいるのは恥ずかしかったのだ。


「あ、はい! えぇっと……あなたはロキシーさん……で間違いありませんよね……?」


 恐る恐る尋ねるオリヴィアに「そうだ」と頷いて答える。


「ではロキシーさん、いきなりで申し訳ないのですが……あなたは──アキ・クドウ様ではないでしょうか?」

「それで間違いないですよ。オリヴィアさん」


 そう言うと同時にロキシー……秋は元の姿へと戻り、【早着替え】のスキルを使って制服へと着替える。オリヴィアは秋にとって大切な恩人だ。見も知らない自分助けてくれて、見得体の知れない自分を居候させてくれた大恩人だ。だから秋は敬語を使う。


 夜の静謐を覆すマーガレット達の驚愕の叫びは、何重にも重なって静寂に響き渡る。当然だろう、ライリー達やマーガレット達、マテウス達にとっての探し人が、可憐な少女から見慣れた姿となって現れたのだ。驚かないはずがない。

 もちろん、秋はマーガレット達にも変形については伝えているのだが、普通はそれを使って少女に成り済ましているなどとは考えないので驚くしかなかった。


 そして、その驚愕の反響と闇夜に紛れて秋に抱きつく者が一人。

 その行動はもちろん、秋に抱きついたその者は秋にとっても一切考えもしなかった予想外の人物──オリヴィアだった。


「な、何してるんですか……!?」

「無事で良かったです……っ! 生きててくれて良かったです……っ! 私、クドウ様達が魔王に殺されたのかも、フレイア達みんなが連れ去られてしまったのかと不安だったんですよぉ……?」

「だからって抱きつく事ないでしょう?」


 困ったように笑う秋は、制服を濡らすオリヴィアを軽く抱き返しながらそう微笑みかける。しかしオリヴィアがそれでも泣き止む事はなく、寧ろより一層激しく泣き出していた。


「……だって……! フレイアもクドウ様も、ニグレドちゃんもアルベドちゃんもクラエルちゃんも、セレネちゃんもアケファロスちゃんも……みんなどこかへ行っちゃって……っ! 怖かったんです……大切な人が、また私の知らないところで傷付いて酷い目に遭って、死んでしまっていたらって思うと……怖くて怖くて仕方なかったんですよ……っ」


(あぁそうか、大地のように広い心を持っていて、普段からずっと優しく強く振る舞っているオリヴィアでも、大切な人を失う事は怖かったんだ。……こんな当然の事なのに俺はどうして気付かなかったんだろうか)


 軽く抱き締めるだけだったが、可哀想な気持ちに……申し訳ない気持ちでいっぱいになった秋は抱き締める力強くする。さらにオリヴィアの慟哭は酷くなるばかりだったが、それが安心から来るものだとなぜか理解できた秋はそのままを維持した。

 これからもっと残酷な事を告げなければならないのだから、せめてこのぐらいはしなければならないだろう。


(この温もり、この感触……懐かしい……遠い昔のように思えて忘れかけていたこの愛しい感じ……あの人がまだ私を抱き締めてくれていた頃と全く同じ。……飽きっぽいあの人が私と結婚してから少ししたらもう二度としてくれなくなった、最もシンプルで分かりやすい愛情表現。抱き締めれば分かる……相手の鼓動も呼吸も何もかもが。……そして理解してしまった、抱き締め合うに連れて静まっていくあの人の愛の気持ち。愛を確かめ合って深め合うこの好意的が悲しいものに変わっていったけど……それでも懐かしくて愛しくて幸せで堪らないこの感じ。……今抱き締め合っているこの人は、顔立ちも雰囲気も口癖までもがとてもあの人に似ているだけであの人じゃない……だけど、それでも今は……今だけはこうしていたい……)


 考えるオリヴィアはこれが自身の夫への裏切りだと気付き、突き飛ばすように秋から離れる。バランスを崩しかけた秋だったが、数歩よろめいただけで転けるには至らなかった。


「も、申し訳ありませんクドウ様! お見苦しい姿お見せして迷惑をかけてしまったのに、突き飛ばすようなマネをしてしまって……!」

「別にいいですよ。失う事の辛さを知っていたはずの俺がオリヴィアさんの事を考えていなかったのが原因ですから」

「そう言っていただけるとありがたいです……すみません……少し気持ちを落ち着ける時間をください……」

「分かりました。じゃあ俺は友達と話してますね」


 ミアと共に離れていくオリヴィアを見送ってから、秋は未だに驚いたような顔をしているマーガレット達に視線を映す。


「や、やぁ、クドウ……久し振り……? だな?」

「よぉマーガレット。……あれ、その壊れた鎧の隙間から見えてるのって前に俺があげたやつか?」


 剥がれた鎧から覗くのは、複製制服の胸ポケットに刺繍された、黄色の回りを囲うようにならぶ白の花だ。言うまでもなく、その花の名前は『マーガレット』だ。

 制服は鎧の下に着るものじゃないだろう……と言う突っ込みではなく、そう言えばあの時……マーガレットがコボルトキングにやられるのを黙って見ていた時のお詫びをしていないな、と言うものだった。


「へ!? ……ぁあ、いや、これはその……せっかく貰ったんだから使わなきゃ勿体ないと思ってだな……! そ、それに──」


 マーガレットが顔を赤く染めて何かを言っているが、今の秋はそんな事よりもオリヴィアだった。オリヴィアに友達と話しているとは言ったが、それでも考えざるを得なかった。

 この後、絶対に聞かれるのだろう、今まで何をしていたのか、何の目的があって失踪したのか、フレイアやニグレド、アルベド達はどうしたのか……と。

 その殆どはちゃんと答えられるが、フレイアに関しては答え辛いものだった。しっかり言わなければならないのだろうが、お前の娘は喰った、などと親に向かって言えるわけがないのだ。

 そして最悪な事に、オリヴィアが持つ【看破】のスキルが嘘や誤魔化しを絶対に許さない。嘘を吐けばどうして嘘を吐いたと責められ、誤魔化せばちゃんと言えと責められる……あれだけ鬼嫁スキルだ、などと戯けた扱いをしていたが、いざ自分にその力が振るわれるとなればとても恐ろしくてふざけてなどいられなかった。


「──だから疚しい気持ちは微塵もな…………おい、聞いているのかクドウ?」

「ん……あぁ、ごめん聞いてなかった」

「なんだと……? 久し振りの再会だと言うのに──」

「…いや、マーガレットにとって聞かれちゃまずい話だったんだから良いだろ……お前、墓穴掘りまくってたぜ?」

「そうですわよ。そりゃあもう、誰にも聞かれてもいないのに一人で話を進めてペラペラと……見ていてとても愉快でしたわ」


 ラモンとエリーゼに言われて口を止めたマーガレットは、恥ずかしさと聞かれていなかった事への安堵を抱いて深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。


「…ま、んな事より久し振りだなアキ。元気してたか?」

「お久し振りですわ。……あぁ、わたくしは元気でしたわよ」

「久し振りラモン、エリーゼ。……エリーゼは元気だったそうだが、ラモンは元気だったか?」

「…俺の方はぼちぼちだなぁ。だが、決して病気したり不幸だったわけじゃねぇよ。色々あって疲れてるってだけだな」

「あのヴァルキリーか?」


 離れたところで抱き合っているブランとノワール、アジュールとルージュを指して秋が言う。


「…あれもそうだが、まぁもっと色々あったんだよ。なぁマーガレット、エリーゼ」

「そうだな。色んなところに行ったから疲れはかなり溜まっているな」

「わたくしは後衛ですからお二人ほど動いていませんのでそれほどではないですけれど、旅なんてしたことありませんでしたから疲弊はしておりますわね」


 ゲヴァルティア帝国でグーラと戦ったり、家族が食われていたなどと知ったラモンの心労は計り知れない。


「へぇ……大変そうだな」

「……他人事みたいに言ってますけどクドウさんのせいですわよ……?」


 ジト目で見つめるエリーゼに首を傾げる秋。どう言う事なのか全く分からない言ったような顔をしている。


「私達はクドウやフレイア、アデルにクルトやラウラを探すために旅をしていたんだ。ライリー先生やジャンク、グリンにティアネー……あっちにいるヴァルキリーにも協力してもらってな」

「だから俺のせいなのか……心配かけたみたいですまないな」

「…まったくだぜ」


 会話が一段落したところを見計らってやってきたのは先ほどの話にも出てきたライリー達だ。


「うむ、無事でよかったぞクドウ」

「ラモン達が俺を探すのは分かるが、なんで先生まで俺を?」

「私の生徒なのだから当然だろう? 親御さんが信用して子供達を預けてくれているのだから、それに応えるのが騎士だ」

「ちなみに俺とグリンは、こいつの騎士道精神に巻き込まれた被害者だ。修業になるかも知れないから仕方なく同行していただけで、お前のためじゃないからな」

「先生の言う通りだ。……付け加えるんならティアネーがライリーにこの事を教えたのが原因だからわりぃのはティアネーだ」

「わ、私が悪いです!?」


 予想外の謂れを受けたティアネーは自分を指して驚いている。


「そうか……まぁなんにせよ、俺達のために動いてくれたのは事実だ。ありがとうな」


 秋が礼を言ったそのすぐ後のタイミングで、気持ちを落ち着けたオリヴィアがミアと共に戻ってきた。泣き腫らした目元は赤くなっているがそれが化粧のようになっており、さらにオリヴィアの魅力を底上げしていた。


「すみません、お待たせ致しましたクドウ様。おかげで大分落ち着く事ができました」

「そうですか。それはよかったです」


 微笑んでそう返す秋。


「……クドウ様。詳しいお話を伺ってもよろしいでしょうか?」


 オリヴィアの真剣な表情での問いに、緊張した面持ちをして秋は頷いた。

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