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第302話 フロレム村

 ミレナリア王国の王城に登城したオリヴィアは、すぐに客間に通され、オリヴィアを視界に映した瞬間に嬉しさから大泣きし始めたアレクシスと、それを注意しない側仕えの老執事のせいで物凄く居心地が悪い思いをしていた。老執事の首に犯罪者などに着用させられる『隷属の首輪』がついているのも居心地の悪さを加速させていた。


「無事でよかったあああ! うおおおおおん!」

「あ、あはは……ご心配をおかけしました……」


 誰が見ても分かるような苦笑いを浮かべるオリヴィアの耳に、微かにだが何かの叫び声が届いた。一度目は空耳だと判断して無視していたが、二度目に叫び声が耳に届いた時には流石に空耳ではないと考え、チラリと窓から外を見やる。


 空は西へ沈む夕日によって赤く染められている。いつもならば大して気にも止めなかっただろうが、今日の夕日はどこか胸騒ぎがするものだった。

 どこかで何か大きな出来事が起こり、たくさんの血が流れる悲劇が起こっているような……そんな不安を抱いてしまうほど、とにかく異常なまでに赤く染まっていた。


 そしてそんな鮮血の如く赤い空に昇るのは真っ黒な煙だ。あの方向は確か、付近に王都があるせいで貧困に見舞われている可哀想な村がある方向だったか……あまり印象に残っていないような村だったのでその程度しか思い出せない。


 何かが起こっているのは事実だ。何かの叫び声に、異常に赤い空、昇る真っ黒な煙。

 それらから考えられる事と言えば、貧困に見舞われているその村が恐ろしい魔物に襲われて多くの人間が死んでいると言う事だけだ。


「国王様、外に黒い煙が……」

「うおおおおおいおいおいお……煙……?」


 オリヴィアの視線を辿っていた側仕えの老執事がアレクシスに伝えると、アレクシスは泣き喚きながら外を見て、そして大泣きを止めた。


「いったい何が……」


 アレクシスが呟いたのと同時に客間の扉が叩かれ、聞き慣れた騎士の声が扉の向こうから聞こえてきた。アレクシスはそれに答えて声の主を入室させる。


 その人物はオリヴィアにとっても見覚えのある人物だった。それは先ほど屋敷に帰宅する前に出会し、マテウスの肩をがっちり掴んでどこかへ連れていった人物だった。


「申し訳ないオリヴィア殿。……どうかしたのかレイモンド」

「陛下、王都のすぐ側にあるフロレム村が強力な魔物に襲われております。哨兵が言うには、我々では到底敵わない……と、どういたしましょうか?」


 オリヴィアに断ってからレイモンドに話を聞くアレクシス。

 普通は客がいる時に騎士の入室を許可してこのように話を聞き出すなどあり得ないのだが、生憎アレクシスはそう言った事を何も学ばずに王の地位に就いていた。もちろんそう言った礼儀などの王として必要な事は学ばせられたのだが、アレクシスは授業を放り出して街を彷徨くような人間だったので殆ど何も知らないで王をやっている。


 こんなアレクシスが王になれたのは他に王になれるような立場の人間……兄弟姉妹がいなかったからだ。決してアレクシスが望んで王になったわけではないし、人々に望まれて王になったわけでもない。


「その魔物は今どうしているんだ?」

「ヴァルキリーを引き連れた冒険者と交戦しているそうです」

「は? ヴァルキリー? ……まぁそれはいいとして、そこに加勢しても勝てそうにないのか?」

「恐らくは」

「どんなばけもんやねん…………ゴホン、ならレイモンドとマテウスといくらかの騎士を連れてそこに加勢しろ。ヴァルキリーと冒険者がやられてしまっていれば何もせずに帰ってこい」


 アレクシスは訛った呟きを咳払いで誤魔化し、レイモンドにそう告げる。

 今さっきそれでも勝てないと言ったのにこの判断を下したアレクシスに驚いたような顔をするレイモンドはそのわけを聞く。


「ヴァルキリーと言うのは集団での連携に優れ、仲間の数が多ければ多いほど強くなるのだろう? ならばさらに多くの増援を送って少しでもヴァルキリーが本来の調子で戦えるようにしてやるべきだ。そうじゃないか?」

「なるほど、分かりましたそのようにマテウスや他の騎士に伝えて参ります」


 頭を下げて退室していくレイモンドを見送ったオリヴィアは、何かを考えるような……何かを思い付いたような顔をしている。どうしたのか、とアレクシスが尋ねると、オリヴィアはアレクシスを青褪めさせるような事を言った。


「私もフロレム村に向かってもよろしいでしょうか?」

「はぁ!? なにゆーてんの!? ヴァルキリーがおらんかったら勝てへんような魔物がおんねんで!?」

「あの、落ち着いてください国王様。訛り過ぎていて何を言ってるのかよく分かりません……」

「あぁ……えっと、何を言っているんだ、ヴァルキリーがいなければ勝てないような魔物いるんだぞ」


 感情が昂るあまり関西弁が出てしまうアレクシス。完全に理解できないわけではないが、オリヴィアにとってそれは普段使う言語よく似た他の言語にしか聞こえない。断片的に理解はできるが、オリヴィアには片言のように聞こえているのだ。


「なるほど。……これは勘でしかないのですが、フロレム村で私の探し人に会える気がするんですよ」

「勘などと言う不確定なもののためにオリヴィア殿を危険に晒すわけにはいかない。なにせオリヴィア殿は我が国の怠慢によって不幸にしてしまった被害者。だから危険な目に遭わせないように平和に暮らしてもらわなければならない」


 アレクシスが言うがオリヴィアはそれに顔を顰める。

 この国が自分達王族に対して負い目を感じ、せめてもの償いとして自分達アイドラークの王族を受け入れて保護してくれているのは、もちろん理解している。だが、オリヴィアはそれをありがたく思うと同時に不満にも思っていた。


 力の象徴として大々的に祭り上げられた自分達だったからこうして保護されるのは分かる。だが、それ以外の事柄で国の被害を受けた人物達はどうなるんだ。……今回の事で言えばフロレム村だ。王都の近隣に興された村であるが故に貧困に見舞われていると言うのに国からの援助もなにもない。


 要するにオリヴィアは気に入らなかったのだ。目立つものだけを救って目立たないものを放置するこの姿勢が。

 何も救うなと言っているわけではない。ただ、国と言う大きな規模の組織が、そんな部分的な救いをアイドラークの王族と言う小さな存在に大きく齎しているが気に食わなかったのだ。……もっと救うべきものはあるだろう。それだと言うのに、自分達にばかり目を向けて構っているその姿勢が嫌だった。


 人を思うが故のわがままなその思考。それは誰にでも理解できるわけではないだろう。

 だが、オリヴィアはこの考えを大切にして生きてきた。広く大きく広範囲に目を向けて、困っている人々助けたい。これは自分達のせいで不幸になったからと特別な贔屓などをせずに全てを平等に。

 それが王族としての在るべき姿だと考えて。


「私達を特別扱いしてくれているのはとても助かっていますし、ありがたい思っています。……ですが、それだけでは何も解決はできません。私達だって、もう亡国になったとは言え王族なのです。いつまでも守られてばかりの不甲斐ない姿を晒すわけにはいかないんです」

「いやしかしオリヴィア殿……」

「国王様方が自分達の失態で招いた出来事に対しての償いをしてくれているのは分かっています。ですけど、力の象徴として作り上げられたあの国の窮地を自分達で乗り越えられなかった私達も悪いのです」


 アレクシスの言葉を遮って言うオリヴィア。なんだか利用するだけ利用して用済みになったから捨てるような……そんな気分になるが、いい加減に自立しなければならない。それに、アイドラークの王族の勘が言っているのだ。『フロレム村に探し人がいる』と。


 あまり移動したわけではないが使用人やマテウスやミア達と旅を続けて、そしてそれがとても辛いものだと知ったオリヴィアは、もうやめたいと思っていた。だから早いところフレイアや秋を見つけて元の生活に戻りたかった。そのためならば悪女のような気分になっても構っていられなかった。


「……はぁ……分かった。分かったが、これからも援助は続けるぞ。取り敢えずフロレム村に行くことに関してはもう何も言わない」

「ありがとうございます国王様」


 頭を下げるオリヴィアに向かって呆れたように「さっさと行け」と言うアレクシスだったが、遠ざかるオリヴィアの背中を見て言っておかなければならない事を思い出し、声をかけた。


「絶対に生きて帰ってきてくれ。我々ミレナリア王国はまだまだあなた方に償わない足りていないのだからな」

「えぇもちろんです。私達王族もまだ幸せを掴めていませんから、こんなところで死んでしまうつもりはありません。絶対に帰ってきます安心してください。……では」


 振り返って微笑みながらそう言い、頭を下げて退室していくオリヴィアを見送ったアレクシス深い溜め息を吐いて斜め後方に控えている老執事に話しかけた。


「ついて行ったれ爺さん。あんた、人の管理には慣れとるやろ」

「かしこまりました」


 暫く前までは蒐集家と呼ばれる集団のリーダーの側仕えとして働いていた老執事はそう答えて静かに影と同化していった。







~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~







 それから暫くして、屋敷に帰ったオリヴィアはミアとドロシーと共にフロレム村へと馬車で向かっていた。本当に王都とフロレム村は近く、二十分もすれば到着した。


 建物と同じぐらいの背丈の大きく口を開けた化け物が周囲の家屋を破壊しながら、冒険者や援軍としてやってきていた騎士達と戦っている。

 もう一方の口を閉じて静かな怒り浮かべた化け物も同じように冒険者騎士達と戦っている。その中にはマテウスとレイモンドの姿も見受けられた。


 ブリンドネスが未だにまともに戦えている事から、ジャンクが提案したブランとノワールが要となる作戦は遂行できていないようだ。


「せっかく娘と再会できたと言うのに……っ!」


 レイモンドの呟きは周囲の戦闘音、怒号や裂帛の声、断末魔、家屋や瓦礫が砕かれる音、ブリンドネス腹立たしそうな叫びの掻き消されてしまっていた。


「ドロシーさん、負傷者の手当てを。ミア、私と一緒に魔法で援護を」

「分かりました!」

「えぇ!」


 オリヴィアがドロシーとミアにそう指示を出す。ドロシーは戦場から離れたところで瓦礫などに背中預けている者を一通り治療して、それから潜むようにして戦場を進み、動けないでいる負傷者を素早く回収して安全地帯で治療し始める。ドロシーの事を知っている人間「聖者様」と口々に言うが、ドロシー自身はその呼び方をあまりよく思っていないので苦笑いを浮かべている。


 オリヴィアとミアは離れたところからブリンドネスを狙い撃つ。オリヴィアが開口を、ミアが閉口を。

 王族として自衛の手段が必要だと、幼い頃から優秀な教師に魔法や護身術教わっていたオリヴィアとミアの魔法は目を見張るものがあり、周囲の魔法使いから逸脱した威力を誇っていた。

 そんな二人と同等以上の魔法を放つのはエリーゼとティアネーだ。だが、ブリンドネスと最初から今までずっと戦闘している二人の魔力はもう尽きかけていたので、最初と比べれば威力は格段と落ちていた。


 新たな脅威にチラリと反応したブリンドネスと、新たに増えた強力な味方をチラリと見やるマーガレット達。


「なんっ……フレイアのお母様!?」

「どういう事ですの……」

「…なんでこんなとこにいんだよ……!?」


 マーガレットとエリーゼとラモンが綺麗な二度見をしてそんな言葉を漏らす。釣られて視線を向けた各騎士団長も驚きの声をあげていた。ミレナリア王国の上層部に位置するライリーとレイモンドはオリヴィア達の事を知っていたのだ。マテウスは他国の人間であるために知らされてはいなかったが、オリヴィアと旅をしていたおかげで知っていたので驚いていた。


「オリヴィア様、どうしてここへ……!?」

「国王様と話しておられたのではなかったのですか!?」

「お二人共、危ないですよ!」


 よそ見をするライリーとレイモンドにそう叫ぶオリヴィア。そのおかげで二人の回避は間に合い、ブリンドネスの攻撃をまともに受けてしまう事はなかった。


「後で詳しい話を聞かせていただきますぞ、オリヴィア様」

「う……分かりました……」


 探し人がいる気がしたから国王を無理やり説得してきた。そんな事を説明しなければならないのかとオリヴィアは憂鬱に思うが、ここは戦場だ。素早く気持ちを切り替えてブリンドネスへ攻撃を仕掛け、時には魔法で味方の援護をする。


 その援護やドロシーの聖魔法のおかげで戦況は大分安定してきたが、ブリンドネスもオリヴィア達もやはり決定打を与える事ができない。

 味方が増えた事によってブラン達ヴァルキリーのステータスもいくらか上昇しているのだが、それで漸く現在のブリンドネスと同じ程度であった。


 何度もブランの【昊天 巫女秋沙】の白い刃がブリンドネスに迫るが、その悉くを避けるブリンドネス。その回避のために他に意識を向ける事ができずにかなりの傷を追ってしまう。ブリンドネスにとってはそんな傷を負ってまでその刃は避けなければならなかった。

 ブリンドネスが抱く怒りによって上昇したステータス。それがあってこの拮抗した状況が続いているのだから、ここで上昇したステータスを一瞬でも消失させられてしまえば一巻の終わりなのだ。


 ブランが攻撃を仕掛ける度に手傷を負っていくブリンドネス。それだけを見れば状況は拮抗しているとは言い難い。だがそこに【超再生】と傷つけられた事による怒りが加われば傷は全て元通りとなり、拮抗した状況はできあがるのだ。

 もちろん【超再生】をするのに魔力は使うので、このままではずれ魔力が尽きて終わりなのだが、しかしそうはならない。

 ブリンドネスは怒りを抱けばステータスが上昇する。つまりはMPの数値も上昇するのだ。だが、それだけでは消費したMPは元に戻らない。これはMPの最大値を上昇させているだけに過ぎないのだから。


 ここで出てくるのがステータス上に表示されないもっと細かなステータスだ。


 負った怪我が自然治癒される速度や、元々持っていた膂力……つまりは筋肉トレーニングなどで得た筋力などのこれらはステータス上に表記されない。

 ステータスと言うのは、レベルアップなどで個人に肉体の変化などを齎さずに付与される力でしかないのである。


 そしてその不可視のステータスには秋がたまたま発見した種族特性の他にもMPの回復速度などが含まれていた。

 一応スキルとして【魔力自然回復速度上昇】と言うものがあるが、このスキルを得る前から元々備わっていた魔力の回復速度などには傷の自然治癒速度や、鍛えて得た筋力のように個人差があるのだ。

 分かりやすく言うならば、不可視のステータスはその生物に本来備わっている自力であって地力だ。


 そしてブリンドネスの怒りによるステータスの上昇にはこの個人の魔力回復速度も含まれていた。

 不可視であって個人に元々備わっている魔力の回復速度は、スキルである【加速怒】の影響を受けないはずだが、【加速怒】はブリンドネスの象徴……その身に備わっている力であるので不可視のステータスにも影響していた。


 この【加速怒】と言うスキルは一応固有能力して扱われるのだが、ブリンドネスは異世界の悪魔なのだ。いくら同じ固有能力とは言え、このヴァナヘイムと言う世界の固有能力とはそもそもが違うのである。



 ……と、そんな理由からかなりの傷を負って【超再生】をしても、【加速怒】の効果を含む怒りのせいで魔力の回復速度も上昇してしまっているブリンドネスとブラン達の戦闘は鬩ぎ合う事になっていた。


「ブラン、あまり無理するなよ。ノワールもだ」

「ですが、早くステータスの上昇補正を消失させませんと皆さんの体力が尽きてしまってそのままやられてしまいます」


 先ほどからどんどん攻撃の頻度が上がっていき精度が落ちていくブランと、ブランが相手していない方のブリンドネスに防御を捨てて次々攻撃を繰り返すノワール。そんな粗末な戦い方を見れば流石のジャンクも注意せざるを得なかった。

 ……が、ブランが言う事ももっともなので難しいところだ。寧ろなぜこの数を今の今まで相手にしているブリンドネスがまだ余裕そうにしているのかが謎なぐらいだ。……その謎には不可視のステータス影響している事は誰も知らない。


「だからってあまり一人で前に出るな。お前らヴァルキリーの有利を活かすためにもちゃんと連携をとれ」

「……分かりました」


 ヴァルキリーの有利を活かせ、そう言われてしまえばそうしないわけにはいかない。ヴァルキリーは連携をとって輝く種族だ。個々の力が大した事ないわけではないが、連携をとればもっと有利になれるのだ。

 背中に生えた翼で敵を牽制、撹乱して地上にいるヴァルキリーがそこを突いたり……と、空や陸を制したりして有利に立ち回れる種族なのだから。そんな利点を捨ててまで躍起になる必要はないのだ。


 突っ走らないような立ち回りに戻ったブランとノワール。しかしそうしたところで何かが変わるわけではない。ただ、怪我人が減り、そしてブリンドネスに与える傷までもが減っただけだ。

 両者ともに完全に手詰まりだった。


 瓦礫はさらに小さな瓦礫へ、そしてさらに小さな瓦礫へ、さらに小さな小さな瓦礫へ……繰り返される瓦礫の粉砕。意図してやっているわけではなく、戦いを続けていれば自然とそうなっていたのだ。


 やがてオリヴィア達とブリンドネスが迎えたのは月が浮かぶ星空だった。拮抗した戦いを観戦するかのようにそれらを見下ろす星空は、暗闇を僅かに照らして少しでも戦いをしやすくするために手助けしてくれている。だがほんの僅かな明かりだ。しっかり戦うためには光が足りなすぎた。

 やがて暗闇に目が慣れて来るが、まぁだからと言ってやはり何かが変わるわけではない。そんな戦いを星空は飽きることなく見下ろしている。


 まるで次の演目に心を踊らせるように。


「なんか騒がしいなと思えば……随分と楽しそうな事をしているじゃないか。僕も混ぜてよ」


 この疲弊した場に似つかわしくない軽い口調。それはジャンク、グリン、ライリー、ティアネーの四人にとっては聞き覚えのある声だった。


 その声色を、声音を、喋り方を聞き紛う事などあるはずがない。

 頭のおかしい発言を繰り返し、剣聖スヴェルグを圧倒していた人物であり、自分達が旅に出る前日に一方的な死闘を繰り広げて、多くの魔物と騎士を引き連れてミレナリア王国を侵そうとやってきたゲヴァルティア帝国の皇帝──アルタ。


 暗闇に浮かぶその輪郭だけで怖じ気がしてくる。ブリンドネスも騎士も……この場にいる誰もがアルタの存在に釘付けだった。そのアルタに追従する赤髪赤目の男や、エルフの男とハイ・エルフの女など存在しないかのようにただ一点に視線が注がれる。


「どこかで見た事がある顔もあるね。やぁ久し振り、元気だった?」

「……貴様、なぜこんなところにいる……っ!」


 ブリンドネスと最初に相対した時よりも鋭い眼光でアルタを睨み付けるライリー。もしアルタが今ここで、ミレナリア王国を滅ぼしにきた、などと言えばここにいる誰であっても止められる気がしない。それこそブリンドネスでもだ。……だから何らかの奇跡が起こってアルタが戦かないかと睨み付け、それでも退かないようであればこの国の騎士団長としての責任を持っているので立ち向かうが、確実に勝てないだろう。……まぁ責任などと言っても、ライリーは騎士団長の仕事を放り出して旅をしているのだが。


「そんなに睨まないでよ。僕はただ人探しの旅をしていただけさ。人殺しじゃないよ、人探しだよ」

「信じられるわけねぇだろうが!」


 グリンが叫んでアルタに迫り、拳振り上げる。しかしその動きはそこで止まってしまう。体を動かそうにも体が動かない。憎い敵の目の前でそんな状況に陥ったグリンはパニックになる寸前だった。

 踠いて踠いて踠く……しかしそれは身動ぎ程度の僅かな動きであり、何の意味もない抵抗だった。

 暴れるグリンの視界にチラチラと映るのは星空の明かりに照らされてキラリと光る糸だった。そこでグリンは自分の動きを封じているのが糸だと理解した。

 その糸を辿ればそれは地面から生えるように伸びており、地面の中を通ってそれはアルタの指に巻き付いているのであろう事が分かった。


 ティアネーが放った風の刃は上手い具合にそれらを全て切断した。それと同時にグリンは後ろに飛んでアルタから距離をとった。そうする理由は少しでもアルタの側にいたくなかったから。それに、嫌な予感がしたのだ。あの場所にいれば何か大怪我をしてしまうような予感がしたのだ。


 実際に先ほどまでグリンが立っていた地点には空中から針の花が咲いた。何もない空中から無数の針が内側から外側へと射出されたかのように伸びているのだ。あのままあそこに立っていればグリンの腹部からは内臓を貫いた針が生える事になっていただろう。


「確かに人殺しをしないわけじゃないけど、一番の目的は人探しなんだよ。……まぁそれはさておき……先に攻撃を仕掛けてきたのはそっちだ。だから僕にはやり返す資格できた。だからこのあいだ君達で遊べなかった分までたっぷり遊んでから壊してあげるよ」


 周囲に光源となる光の球体を浮かべたアルタはそう言って愉悦に満ちた笑みを浮かべた。反撃するための資格を得た。壊せなかった玩具と再会できた。

 アルタは最近感じていなかった高揚感を胸に抱いて嗤った。

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