第294話 力の威光に魔の種は芽吹く
貝の化け物が消えた。ラヴィアの体内に。
それを理解するのはとても簡単だった。疑問に思うのはあんな化け物がどうしてラヴィアの体内に収まったのか、あの化け物に侵入されたラヴィアは生きているのだろうか、例え生きていたとしてそこにいるラヴィアは本当にラヴィアなのだろうか。
クルトは恐る恐る、僅かな水溜まりがある地面に無様な姿で横たわっているラヴィアへと歩みを進め、側まで来ると膝を折って地面に膝を突いた。
まずラヴィアにするのは生死の確認だ。腕をとって脈を測る。一応脈はあったが、念のために口元に手を翳して呼吸をしているかを確認し、心臓がある位置に手や耳を当てたりして心臓の鳴動を確認する。
ラヴィアは生きている、そう確認できたクルトはホッと息を付いてからラヴィアの隣に腰を落ち着けて思案し始めた。
あの化け物はなんだったのか。
何もせずに佇んでいたかと思えば突然ラヴィアの口内に細い触手を侵入させてラヴィアの体内に収まってしまった。
あの化け物はいったい何が目的なのだろうか。
考えて辿り着いたのは宿主を探しているのではないか、と言う事だった。
あの化け物が現れたのはラヴィアを追っていたあの男からだった。縛られて身動きが取れなくなった男にあのまま憑依していたら自分まで殺されるのではないかと考えた化け物は宿主を捨てて姿を現したのだろう。
そしてそこで新しい宿主を探し始めた。目の前にいたのはクルトとラヴィアの二人だけ。何もせずに佇んでいたのはどちらが宿主に相応しいかを思考していたのではないだろうか。
その結果、宿主として相応しいのはラヴィアだと判断したのだろう。
しかし分からない。
何かに憑依して生きていくタイプの魔物であれば、自身の生存率を高くするために強い宿主を選ぶはずだ。そう考えればあの化け物は賢者として力を得たクルトを宿主に選ぶはずだっただろう。
だがあの化け物はただの犬獣人と猫獣人の混血であるラヴィアを選んだ。
全く意味が分からない。
もしかしたらラヴィアはクルト以上に強いのかと考えてしまうが、すぐにそんなわけはないと頭を振る。
呪いをかけられて最大の長所である魔法レベルの成長を潰されているが、それでも普通の人間よりかは圧倒的な力を得ている自分を超せるほどに強いなど絶対と言っていいほどあり得ない。一緒にクエストをこなしたりダンジョン探索をしていたエリーゼですらクルトには追い付けていないのだから。
考えるクルトの視界の片隅で動く者がいた。
健康的な小麦色の肌で桃色がかった薄い橙色の髪を持っている。薄い緑色の目は開かれた瞼からチラリと覗いている。右耳が犬耳で左耳が猫耳の混血の美少女─ラヴィアだ。
そんなラヴィアは地面に手をついて体を起こした。その時に手の平に感じた濡れたような感触に反応して手の平を見つめる。その湿り気が何かを理解したであろうラヴィアは濡れていない地面でそれを拭いてからクルトに視線を向けた。
「め、目が覚めた?」
見つめるだけで何も言わないラヴィアに引き攣った笑みを張り付けてクルトは言った。それでも尚、無言で見つめてくるラヴィアと視線を交差させ続けるクルト。
……これは貝の化け物に乗っ取られているな、そう考えたクルトはいつでも襲いかかられてもいいようにこっそりと体勢を整えて薄く魔力を集め始めた。
するとラヴィアが口を開いた。
「えぇっと……クルトさん? あのぉ……いったい何があったんでしょうか?」
「あ、え? えっと、どこまで覚えてるんですか?」
「どこまで……化け物から細い何かが迫ってきたところまでしか覚えてないです」
どうやら先ほどの沈黙は状況を理解できていなかった事によるものだったらしい、そう理解したクルトは何があったのかを説明するかどうか迷ったが、ラヴィアのためにも話しておくことにした。
貝の化け物が体に侵入した影響がどんなものな分からないので、何か体に異常があればすぐに言う事などいくつかの注意も付け加えて説明していた。
それを聞いた時のラヴィアの顔色は文字通り真っ白だった。あんな悍ましい化け物が自分の体内に収まってしまっているのだと、その癖になんの実感もないのだから尚更恐怖心を掻き立てられてしまう。
存在を実感するためにお腹の辺りを撫でたり腹太鼓をするように叩いたりしてみたがやはりなんの反応もないし、なら頭にでもいるのかと頭を小突いたりしてみたがやはり反応はない。腕や足も同様に試してみるが変わらず反応はない。
あまりの実感のなさにクルトが質の悪い嘘を吐いているのではないだろうか、と疑ってしまうのも無理はなかった。
「化け物が存在している実感がないのはともかく、今ラヴィアさんの体内に化け物が収まっているのは事実です。ラヴィアさんの口に化け物の触手は入っていくのを見ましたし、化け物の本体が入っていくのも見ました。ですから暫くの間は体調や精神面に気を配っていてください。いいですか?」
「……分かりました。気を付ける事にします」
若干渋りながらも素直に頷くラヴィアに頷くクルト。
そろそろラヴィアの思考も纏まってきただろうと判断してこれからの話を尋ねる。奴隷として逃げてきたラヴィアはこれからどうするつもりなのかを知っておきたかったのだ。
目的がないクルトには物事に対して一々深く関わっていく。そうする事で新たな問題に対面する事ができ、一時的に何らかの目的を得る事ができるからだ。だからここでたまたま出会っただけのラヴィアに気を配ってお節介だと思われるほどに世話を焼く。
「それで、ラヴィアさんはこれからどうするんですか?」
「……これから、ですか……奴隷商から逃げ出してきたのはいいんですけど、特にこれといった目的があるわけではないんですよね。暴力を振るわれたり実験に付き合わされるのが嫌だっただけで……」
「実験……?」
話の中に出てきた異彩を放つ単語にクルトは反応する。もっと深く聞きたかったが、反芻するクルトに嫌そうな顔をしているのが見えたので関係を悪化させないためにもそのままにしておく事にした。
「でしたら暫くの間……ラヴィアさんに目的ができるまでの間、俺と一緒に旅をしませんか?」
「旅……ですか……?」
「はい。ラヴィアさんと同じで何か目的があるわけではないですが、その目的を探すために取り敢えず色々なところを旅するんです」
目的を探すのが目的の旅。そんな意味不明なものにラヴィアが混乱しているが実際にそうなのだから混乱されても困る。もっと他の説明の仕方があっただろうが、言葉が出なかったのだから仕方ない。
やがてその意味を理解したラヴィアは、うーん、うーん、と唸りながら思案している。
そうして悩んでラヴィアは答えを出した。
「……悩みましたが、この提案を断ったところで私一人では到底生きていけそうにありませんし……分かりました。クルトさんについて行きます」
そう、これは断れない誘いだった。感情の赴くままに奴隷商から逃げ出したラヴィアだったが、奴隷になる前は普通の村娘だったのだ。一人で強かに生き抜くための術など持っているわけがないのである。
だが目の前の人物はその口振りから察するにそのための術を持っているように見える。
だからラヴィアは悩んだ挙げ句それを了承した。向こうで蝉の脱け殻のようになっている男のようにそれを翳して何かを要求されるかも知れないと悩んでいたが、もしそうするなら自分が気絶している間にできただろうから、と考えてとうとう了承したのだ。
「それで……あのぉ……さっきから気になっていたんですけど、クルトさんって何者なんですか?」
そしてラヴィアは気になっていた事を尋ねる。
「何者とは?」
「あの人に使った短剣とか、その上等なローブとかその杖とか……どう考えてもただの旅人が持っているような物じゃないと思うんですけど……クルトさんっていったい何者なんですか?」
引き抜いても引き抜いても再び突き刺さる異様な短剣、白を基調とした金色や水色などの明るい色で装飾されや上等なローブ。杖全体から不思議な魔力を感じる杖。どう考えてもただの旅人の佇まいではない。
ラヴィアはそれを不審に思い、クルトにクルトの正体を尋ねる。誰かから盗んだのか、はたまた変わり者の貴族なのか、そんな不安がラヴィアを駆け巡るのだ。
「……すみません。それは秘密です」
「狡いですよ!」
申し訳なさそうに言うクルトに、狡い! と言って怒るラヴィア。
目の前にいる相手はこれからの目的を探す旅で無力な自分の身を委ねる相手なのだ。正体不明の相手に身を委ねるなんてそんな事はできない。いくら悩んだ挙げ句に安全だろうと考えても了承したとしても、せめてその相手が何者なのかを知っておきたかった。だから怒ったフリをしてまで問い詰める。
「私が逃げてきた奴隷だって私の事を話したんですからクルトさんもクルトさんの事を話すべきですよ!」
「……確かにそうですけど……」
「なら早く話してください! さぁ! はやく!」
悩むクルトに強引に迫るラヴィア。ぐいぐいと顔を近付けて威圧しながら話すように促す。
その剣幕に破れたクルトは自分が賢者だと言う事を話す決心をした。どうせもう賢者として生きる事はないのだ。あの時自分の弱さから逃げてしまった根性なしは勇者の隣に立つ賢者として生きる資格はないのだ。
だからここで素性を明かしたところで何の支障もないだろう。
だって自分は賢者でありながら賢者ではないのだから。勇者の隣に立つ者として扱われるようなものではないのだから。
そうしてクルトは自分の素性を明かす。信じるも信じないもどうでもいい、それはラヴィアの自由だと考えて。
ひたすらに自分がこうなってしまった経緯などを話す……そう、素性と関係ない事までペラペラと話す。抱いていた劣等感と無力感と情けなさに負けて逃げ出してしまった事などをペラペラペラペラと。
どうしてこんな事までラヴィアに話してしまっているのか分からない。クルトの口は止まらない。自分の弱さをさらけ出している事に、恥ずかしさとみっともなさと情けなさを感じているのに……止めたいのに止まらない。
もしかして貝の化け物に乗っ取られたのは自分で、貝の化け物に操られて言わされているのか、などと考えてしまうほどにこの口には自由がなかった。
それを黙って聞いていてくれるラヴィアに自分にはない包容力と強かな大きさと強さを感じる。だから、だからこそ止めたかった。ラヴィアに甘えて加速していくこの女々しい口を。男として力強く格好よく生きたいクルトはそんな意地に苛まれて涙を流す。
思考と言動の大きな乖離に感情の制御が利かなくなってしまった。
そんなクルト優しく抱き締めるのはラヴィア。先ほど失禁していたラヴィアに抱き締められていると言うのに不思議と拒否反応はでなかった。それどころか失禁したものの上で横たわっていたラヴィアの背中を抱き締め返してしまった。……潔癖症気味であるのにも関わらず。
幼馴染と言う親密な関係にあったアデルには晒せなかった、この弱さを出会ったばかりのラヴィアにさらけ出す事ができた理由。簡単だ。出会ったばかりだからだ。中途半端にお兄ちゃんぶって接していたアデルと違って、出会ったばかりの赤の他人だからこそ遠慮なく弱さをさらけ出せた。
普段の自分を知っている人ではないから、互いに知らない人だから自分の弱さをさらけ出せたのだ。
「もう大丈夫ですか、クルトさん?」
「うん……大丈夫です。すみません……お見苦しいところを見せてしまって。感情の制御ができなくなってしまったんです」
「別にいいですよ、私も本当のクルトさんの事をよく知る事ができましたから」
この人になら本当に気を許してもいいかも、そう呟くラヴィアの言葉は目を擦っているクルトには届かなかった。意図しない形でだったが、隙を見せてくれた事による安心感と人間味、それを実感できたラヴィアはクルトに気を許し始めていた。
「それにしても賢者ですか。嘘ではないんでしょうね。あんなになるぐらいでしたから」
「ほ、掘り返さないでくださいっ!」
「あはは。……無理して男らしくしようとしないでいいんですよクルトさん。クルトさんの周りにいた人は男らしいクルトさんが好きなわけではないと思いますから」
「え……?」
「どんなクルトさんが好きなのかは分かりませんけど、きっといつも通りに振る舞っているクルトさんが好きだったんだと思いますよ」
まさか励まされるとは思っていなかった。そんな表情でラヴィアを見つめるクルトに、ラヴィアはほんの少しだけ顔を赤くして目を逸らした。
「ですから、クルトさんがお仲間さん達にもう一度馴染めるように、魅力的なクルトさんをこの旅の中で私が探します!」
呆然と見つめてくるクルトに言ったラヴィアは、すぐにハッとしたような顔になり「あ、目的できちゃいました」……と、そう言って笑った。
それを聞いたクルトも吹き出すように笑い出した。しかしすぐにクルトは言った。
「いや、もういいんだ。俺は醜いからきっとまたアデル達に紛れたら嫉妬してしまう。だからもういいんだ」
ラヴィアの隣に移動したクルトはそう言って地面を見つめる。特に何かを意識したわけではないがそこに広がるのはラヴィアが漏らしたもの。クルトのその視線に気付いたラヴィアは恥ずかしそうに目を逸らす。しかしクルトの眼中のそれはなかった。
「魔王の呪いのせいで魔法レベルが上昇しない賢者失格な俺には勇者の隣に立つ資格なんかない。……そう、くだらない劣等感や無力感や情けなさに振り回される俺は賢者なんかじゃなくて、まさしく愚か者──愚者だ」
「……あの、クルトさん……?」
「俺は賢者とは真逆の存在である愚者なんだ」
三角座りでクルトを見上げていたラヴィアは立ち上がってクルトの肩をトントンと叩く。それに反応したクルトはラヴィアを見つめて表情を緩めてフッと優しく笑う。
「ねぇラヴィアさん。魔王には色んな種類があるのは知っていますか?」
「ぅえ……? あぁ、はい知ってますよ。魔物の王とか魔物を従える王……とかですよね?」
指を折ってそれらを口に出すラヴィア。それがどうかしましたか? とラヴィアは首を傾げてクルトの顔を覗き込む。
「賢者って言うのは魔法が得意なんですよ。それこそ賢者の右に出る者や賢者に追随できる者が存在しないほどの圧倒的に」
「伝説ではそう伝えられていますね。クルトさんは魔王に呪いをかけられてその長所が……なくなってしまっていますけれど」
失言に気付くがもう遅い。開き直ってラヴィアは最後まで言った。それにクルトは微笑ましそうな笑みを浮かべる。
「そんな卓越した最強の魔法使いである賢者は、まさに……魔法の王だと言えますよね」
「魔法の王……? …………っ!?」
クルトが何を言おうとしているのかを悟り、声をあげる事なく驚愕を露にするラヴィア。
「魔法の王──魔王。魔法に優れた賢者は一種の魔王になる資格を得ている存在なんですよ」
「…………」
「俺は今から魔法の王という魔王になろうと思います。賢者と言う存在に呪い……闇魔法をかけた魔王であれば、呪いを解く術を持っているでしょうから。そして俺は強くなります」
闇魔法は呪いや幻影などを扱える魔法だ。その闇魔法に位置する呪いをかけたのが他の魔王であれば、魔法の王という魔王に至ればこの呪いを解く事ができるだろう。そうすれば自分は魔王としての力と賢者しての優れた魔法の素質を活かして強くなれる。
「賢者から愚者に……そんな真逆の存在に至った俺にピッタリですよね。勇者や賢者の敵という対の存在にある魔王に至るというのは」
皮肉気に笑うクルトに言葉を失っていたラヴィアが話しかけた。
「……良いんですか?」
「何がですか?」
「魔王になると言う事は、お仲間さん達と戦うと言う事ですよ……!?」
「……? どうしてそうなるんですか? 魔王以前に俺は賢者ですし勇者の幼馴染です。だからアデルが幼馴染の俺と敵対するわけがないんです。ラウラも俺の友達ですから敵対するわけがありません」
「確かにそうかも知れませんが、でも他の方々がそうは思いませんよ?」
「だったらアデルやラウラと魔王を討伐した後に三人で、なんならラヴィアさんも一緒にどこかで旅をすればいいんですよ。魔王を討伐できるほどの力があるんですから追っ手も余裕で返り討ちにできます」
話を聞き入れる様子がないクルト。ラヴィアはそんなクルトに魔王と力と、そして幼馴染への狂信的な執着を垣間見た。
そしてラヴィアは説得を諦めた。何かに対して熱狂的な狂信的な感情を抱いている者には何を言っても無駄だと理解していたから。
だからラヴィアは旅の仲間の意向を受け入れ、それを認めた。
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目覚めたフレデリカが最初に味わったのは異臭。なんだか生臭い香りが漂ってきている。息を止めて鼻を摘まんだフレデリカは周囲を見回す。
周囲は赤い。夕暮れだろうか? あの悪魔から逃げていたのは昼食を摂ってすぐだったからかなりの時間寝てしまっていたようだ。
そんな事を考えるが、やがて息が続かなくなり鼻から手を離してしまった。すると無情にやってくる現実。生臭い匂いが地の匂いだと理解させられたフレデリカはそこで漸く隣に視線を向けた。
スカーラに覆い被さるようにして血塗れで倒れているアークがいる。
その側に立っているのは全身に宝石を埋め込まれたような姿で全裸の人間がいた。何もついていないためにその性別は分からない。おおっぴらにさらけ出されたその腹は樽のように大きい。
人間でないのは確か。ならば亜人か……いやこんな亜人がいるなんて聞いた事がない。ならば魔人か……これの元となるような魔物に覚えはないので違うだろう。人間でも亜人でも魔人でもない人型の生物。知性があるような振る舞いや動作をしているので一概に魔物と決め付ける事もできない。
「いやぁ、地上から力を渇望する強い欲を感じたから来てみれば、望んでいた人間は眠ってるし、近くにはオーデンティウスもいるみたいだし……いやぁまったく愉快だねぇ」
「あなたは……?」
「私はクピディダス。欲深い君のためにここに来たんだ」
私が欲深い? そう口に出す前にクピディダスが口を開いた。
「私達悪魔は自分と縁があるものに惹かれるのさ。だから貪婪な私は、強さを渇望する君のもとにやってきたわけだねぇ。オーデンティウスに遭遇した君は自分の無力さを分からされた。だから強くなるために……もう死なないように強さが欲しいと祈った。……違うかな? 魔人ちゃん」
「……っ!? ど、どうして私が魔人だとっ!?」
魔人とは言え、フレデリカは人間と違わない容姿をしている。それなのに自分が魔人だと見破られた。その事に驚愕し、つい大きな声をあげてしまった。冷静であれば【鑑定】されたのだな、と考えていただろうが、寝起きな事や思考を読まれたかのように先に言葉を紡がれた事も相まってそんな反応をしてしまった。
「私は悪魔……魔の存在だからねぇ。似たような存在である魔人を見分けるのは簡単なんだねぇ。……それでぇどうする? 力は欲しいかい?」
「力は欲しいです……悪魔に魂を売ったとしても、私が生き続けるために。……でもその前にいくつか質問させていただいてもよろしいでしょうか?」
葛藤する素振りも見せずにフレデリカはクピディダスを受け入れ、そして質問をしてもいいかと尋ねる。
「質問? なにかな?」
「私に会いに来ただけだそうですが、なぜそこの二人をそんな姿に?」
「ここに来る辿り着いたらいきなり襲い掛かられたからちょっと反撃しただけだよ。それと、私がやったのは男の方だけだねぇ。女の方は怪我をしたままだったよ」
スカーラは傷が治っていなかった、つまりフレデリカが意識を手放して間も無くクピディダスはここにやってきたようだ。
「なるほど。それなら仕方ありませんね。……では次です。私以外にも力を欲している方はいると思うのですが、なぜ私に声をかけたのですか?」
「それは私がたまたま近く通りかかったところに君の強い欲望の声が聞こえてきたからだねぇ。それと、私はこんな見た目だからねぇ……普通の人間の前に姿を現したらこの男みたいに襲われるからだよ」
クピディダスはスカーラに覆い被さっているアークを指差して言う。
「つまりは全部偶然と言うわけですね。……次に、どう言った形で力を与えていただけるのでしょうか? ステータスの数値を増やすのでしょうか? スキルをいただけるのでしょうか? それとも従者になるなどの形でしょうか?」
「私が君に憑依するだけだよ。そしてその状態で私の力を貸していくのさ。ステータスだったりスキルだったり魔法だったりかな。私が憑依している間、君の精神や性格は少し貪婪になるだろうけど、我慢してくれると嬉しいねぇ」
悪魔による力の与え方は言ってしまえば一種のアニマのようなものだ。宿主の体内に宿り、そしてそこから宿主に力を貸し続ける。そうして擬似的にアニマの性質を再現しているだけだ。
しかしこれにはお互いへの理解の深さなどは関係ない。なぜなら人体に元より宿るアニマではないからだ。そもそもが違うのだからそこまで同じにする必要はなかった。……と、そう言えばこちらの擬似的にアニマを再現したものの方が優秀に聞こえるだろうが、より強い力を発揮するならば人体に宿るアニマの方が向いている。
擬似的なアニマが店で売っている商品だとすれば、最初から人体に宿るアニマが特注の商品だ。
「なるほど。ではもう質問はありません。……お願いします、私に力をください」
「君、サバサバしてるってよく言われるでしょう? ……まぁ分かったよ。よろしくね魔人ちゃん」
腕で腹を裂いたクピディダス。その腹から伸びるのは細い触手だ。それは一直線にフレデリカの口内へと侵入する。伸びる、伸びる、伸びる触手。
それと同時に小さくなっていく悪魔の体は、嘔吐いて痙攣してみっともない姿を晒すフレデリカを無視して、やがて皮だけになり、それが最後にフレデリカの口内を通過した。
「……ぅぐ……はぁ……はぁ……はぁ……こ、これが憑依……? 今のところ……何の変化も実感できませんが、その内……いえ、いずれ戦闘になれば悪魔の力を試してみましょうか」




