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第290話 進むため、変化する

 フレイアと赤飯を食べて暫く談笑してから宿屋に戻る。そうするなりクロカとシロカが駆け寄ってきた。その顔には悪戯っ子のようなニヤニヤした笑みを浮かべている。


「お楽しみだったのだ?」

「明日も赤飯を食べる事になったのじゃろうから後でソフィアに報告しておくのじゃ」


 完全に二人の妄想だ。何を勘違いしているのかは触れないでおくが、お楽しみでもないし、赤飯はいらない。

 付き合い始めて速攻でそれを済ますつもりはないのだから暫く赤飯とは縁がない生活を送る事になるだろう。


「いいのか? そんな事を言って。手が出るぞ」

「じょ、冗談なのだ! 我はアキの事を不誠実で節操なしなんかだとは思ってないのだぞ! アルベドはどうか知らぬがな!」

「なぁっ、ニグレドお主……童を売るつもりか……!? ……あ、アキよ! 童もニグレドと同じで微塵もそんな事は思ってないのじゃぞ!? 勘違いするのではないぞ!」


 バタバタと全身を忙しなく動かして慌てた様子で必死に許してもらおうとしている。

 そんなに必死にならなくてもいいだろう。この程度の事で手が出るほど俺は狭量ではない。多分。


 未だに必死の形相で何か喚いている二人の頭を軽く撫でてから、ベッドに腰を掛けて黙ってこっちを見ているクラエルの隣に座る。


『みんな元気だねー』

「本当にな。お前ももう少しあんな感じになってもいいんだぞ?」

『んー……なんかバカっぽく見えるからやだー』

「だってよ。言われてるぞお前ら」


 手は出さないが、これぐらいの仕返しはする。撫でて安心させておいて落とす。バカのクロカとシロカには効果抜群なはずだ。


 明日はクロカとシロカ、あとクラエルとアケファロスに、さっきフレイアに伝えた事を伝えてからこういう扱いをやめるつもりだから最後にたっぷり堪能しておかないとな。


「な、なんなのだアキ! それはあんまりなのだぞ!」

「そうじゃそうじゃ! 優しさを見せた癖にこんな仕打ちをするなぞ、とんだ鬼畜なのじゃ!」


 ムキー! とでも言い出しそうな怒り方をしている二人を笑いながらふと考える。


 最初の頃の二人はこんなバカではなかったはずだ。もしかしたら俺を喜ばせるためにわざとバカを演じているのではないか、と。

 もしくは人間の生活に慣れて、龍として暮らしていた頃から随分と堕落したせいか。


 分からないが、どちらにしろ俺がこいつらの変化に関係しているのは確実だ。

 バカを演じてさせてしまった事を……バカに作り変えてしまった事を申し訳なく思う反面、少し嬉しく思う。

 俺と言う存在がこの二人を変えた事に優越感に似た喜びを感じている。


 なぜ俺がそんな感情を抱いているのかは間抜けな俺にはまだ分からないが、そのうち分かるだろう。


 そう考えて、いつの間にか目の前まで詰め寄っていた二人に目を向けて言葉をかけた。


「ほら二人とも静かにしろ。今は夜だぞ。隣の人に迷惑だろ」

「なんなのじゃ……童達を怒らせておいてそれはないじゃろう?」

「まぁ、アキはそんな奴なのだから仕方ないのだ。諦めて我達が合わせてやるしかないのだ」

『ボク達がアキを引っ張るー』


 いつの間にか膝の上に座っていたクラエルを撫でておく。

 さっきも言ったが、明日からこいつらをペットとして見ないようにすると決めた以上、今の内に存分にペット扱いをしておく。


 俺はこれで満足しているのだが、こんな扱いを受けているクロカ達はこんな扱いに満足はしていないだろう。誰だってそうだ。ペットのように扱われて喜ぶ者はいない。特殊な趣味を持っている者以外。


「どう? 明日からできそう?」

「あぁ大丈夫だ。そうするってお前に話したんだからやるしかないだろ」

「頑張ってねアキ。……んー……私はもう寝るから。アキ達はたっぷり親睦を深めておくといいわ」

『……! ボクも寝るー!』


 さらっとベッドで横になるフレイア。そしてそれに便乗してベッドに潜り込むクラエル。……まだ誰がベッドで寝るか決めていないんだけどな。

 この部屋はダブルベッドが二つあるので、誰か一人が床寝だ。この流れだと俺が床寝になるべきなのだろうが……まぁいいか。


「何の話なのだ?」

「ん? 明日になれば分かる。それまでは秘密だ」

「む、怪しいのじゃ。また何か良からぬ事を企んでおるのではないか……?」

「お前らにとっても良い事だ。楽しみにしてろ」

「何かくれるのだ? それなら我は肉がいいぞ」

「お主は食べ物しか頭にないのかぇ……?」


 そんな感じで暫くクロカとシロカと会話をしてから寝た。床で。





 翌朝、床から体を起こした俺はまだ寝ているフレイア達を視界に入れてから窓を覗いた。

 外はまだ薄暗い。朝日が頭頂部を覗かせてはいるが、それでも十分な日は差していなかった。


 関係の変化を告げる事への緊張かも知れない。関係の変化を恐れる怯えかも知れない。それでクロカ達に何を言われるか分からない事が怖いのだろう。

 もしかしたらそう告げた瞬間にどこかに行かれてしまうかも知れない。今まで側にいるのが当然だった人物が変化する事でいなくなってしまうかも知れない事が怖い。

 力で打ち負かし、服従させて無理やり従えていると言う可視化された束縛の糸を自分の手で断つ。


 俺に与えられたこの時間はその決心をつけるための時間なのだろう。


 フレイア達を起こしてしまわないようにこっそり部屋を出て、王都をふらふらと放浪する。戦争の前のように閑散とした王都の街並み。早朝の涼しい風が優しく吹いている。そのおかげか、先ほどから自覚していた心臓の高鳴りも自然と静まっていく。


 気分転換に……と思って適当に行動してみたが、どうやら今の俺にとって適当な行動だったらしい。


 やがて見えてくるのは王都で冒険者をしていた頃によく見た噴水広場だ。ラモン達との待ち合わせ場所に使う以前に持っていたここの印象は、俺がフレイアを投げ込んですぶ濡れにした場所と言うものだ。


 今考えればいくらフレイアを怪我させないためとは言え、あの行動はあり得ないなと思う。当時の俺は著しく常識や常識的な思考ができていなかった。どれだけ俺が荒んでいたのかは想像に難くない。今では以前より大分人間らしい考えができるようになったのではないだろうか。


 そんな事を考えながら噴水広場にある長椅子に腰掛ける。

 そして心地好い水の音に耳を傾けながら目を閉じる。特に何か考えが捗ったわけではないが、心が澄んでいくのは分かった。


「おはようございます。あなたが早起きとは珍しいですね。こんなところで何をしているのですか?」


 唐突にかけられた声に驚いて変な声をあげて驚いてしまう。見れば隣にはアケファロスが座っていた。水の音だけに耳を傾けていたからこいつの接近に気付かなかった。


「あれ、もしかして私に気付いてなかったんですか?」

「だから驚いてるんだろ……いつからいたんだ?」

「あなたが耽り出してからすぐです」

「……そうか。それでどうしたんだ? なんでこんなところにいる?」

「それはこっちのセリフでもあるんですが……」


 確かにそうだ。普段から早起きをしない俺がこんなところで長椅子に座っていたら疑問に思うだろう。


「早起きしたので散歩でもしてみようかな、と思っただけです。そうしたらあなたがこんなところで……」

「俺も似たような感じだ。早起きしたけど二度寝する気も起きなかったからふらふらしてみたんだ」

「そ、そうですか。……私と同じ……ですね」

「そうだな」


 それを最後に沈黙がやって来た。この噴水広場の静謐な空気感のおかげかこの沈黙は気まずいものではない。


 再び目を閉じて水の音に意識を傾けようとすると、不意にアケファロスが口を開いた。


「……その……あなたはどうしてフレイアさんとお付き合いを始めたのですか? 普段のあなたとフレイアさんのやり取りを見ていると、いずれそうなるだろうな、とは思っていましたが……」


 一瞬、嫉妬してんのか? と揶揄ってやろうかと思ったがやめておいた。この後で関係の変化を告げるのだから余計な怒りを抱かせるべきではないと思ったのだ。

 それに、アケファロスはこの手の揶揄いに過剰に反応するから踏みとどまるべきだった。


「なら何が疑問なんだ?」

「……だってあなた……私と同じじゃないですか」

「お前と……?」


 アケファロスと同じ……? 何かこいつと同じ事なんてあったか……? しかもフレイアと付き合うのを躊躇うような要素……?


「はい。あなたと私、あとジェシカと同じです。……あなたには寿命がない、ですよね?」

「……あぁそれか。 なんで分かったんだ?」

「……うーん……あ! あなたと主従関係を結んだ影響とかですかね? ……ふふ……なんて、冗談です。本当は私にも分かりません。でも、なぜだかそう思えたんです」


 考える素振りを見せたアケファロスは何かを思い付いたかのような反応をして冗談を言った。そしてすぐに恥ずかしそうに顔を赤く染めて、分からない、と言った。

 猫仮面がある服を着ていないので感情の変化がよく窺える。素肌を晒すのに一々俺の強制が必要じゃなくなったみたいなのは嬉しいな。


「どうしてですか? 寿命がないのにどうしてフレイアさんとお付き合いを? 傷付くのはあなたとフレイアさんなのに。老いるフレイアさんと老いないあなた。いずれフレイアさんは老衰などで死んでしまい、あなたは今のまま生き続けます。どうしてそんな辛い選択をしたんですか?」


 アケファロスの言う通りだ。寿命があるフレイアだけが老いて、そして老衰して死んでいく。それを今のまま変わらずに眺めるのは俺だ。

 フレイアにとって老いる姿は見られたくないものだろう。フレイアに限らず女なら誰しもがそうなのではないだろうか。その中で俺だけ今のままフレイアが老いていく様を、死ぬ様を見続ける。


 俺もフレイアも報われない選択だ。これをフレイアに伝えているならまだしも、俺はこれをフレイアに伝えていない。

 つまりは完全に俺の刹那的な気の迷いだ。

 あの時、赤く燃えて舞う灰に映るフレイアを見て、つい口から出た俺の想いの告白。

 フレイアを想う気持ちは紛れもない本物だが、それを伝えたのは気の迷いであり、手違いだ。お互いが報われない事を知っていながらの告白なのだから迷いだ、間違いだ。


 しかしこうして想いを告げて結ばれた。結ばれてしまった。だからそれに甘えて受け入れて俺達の関係が決して報われなず、老いるまでの刹那的な幸せしか得られないと言う残酷な事実を伝えられていない。


「選んだわけじゃない。気付いたら言っていたんだ。……フレイアが好きだって。フレイアが定命の生物であると知っていながらな。フレイアには酷い事をしたと思ってる。……結ばれた幸せを与えておきながら、二人で幸せになれないなんて言う無慈悲な現実をいずれ叩き付ける事になるんだから」

「……はぁ……あなたは本当にバカです。アホです。間抜けです」

「そんな事は自分が一番理解している」


 アケファロスの罵倒にそう答える。

 自分がどうしようもない愚か者だと痛い程に理解していたとしても、本物の愚か者は変わる事ができない。そのためにどうすれば良いかが分からないから。

 体は自在に変われると言うのに、心が変われないなんて意味不明だがな。


「……はぁ……まぁいいです。何かあれば相談してくださいね。私でも、あなたの彼女であるフレイアさんでも、他の皆さんでもいいので。……自分の道を進もうとしているあなたがそんな調子だとみんな心配するでしょうから」

「昨日フレイアにも言われたな。誰かに相談しろって。……すまないな、気を付けるよ」


 それにしても……相談か。あまりした事がないから難しそうなんだよな。……本当にどうしようもない時は頼らせてもらおうか。


「……そうですか。……それであなたはここで何をして……いえ、何を考えていたんですか?」

「アケファロス、なんか怒ってるか?」

「はいぃぃぃ? まだ寝惚けてるんじゃないですか、あなた」

「え、なんかごめん。……んで、俺が何を考えていたか……それは秘密だ。だが、後で言うつもりだからそれまで待っててくれ」


 そうですか、と言った時になにか不機嫌そうだったからそう尋ねてみたが恐らく間違いではないだろう。それに触れたら妙に威圧してきたし。まぁ触れられたくない事なのだろうから放っておいてやろう。


「後で、ですね? 忘れませんよ?」

「心配するな。覚悟が決まったら絶対に言うから安心してろ」

「言うのに覚悟が必要なんですか……? 何を言われるのか怖いですけど……分かりました。待ってますね」


 そう言ってから「さて、そろそろ帰りましょう。皆さんが起きてくる頃ですから」とアケファロスが言うのでそうする事にした。気付けば太陽もそてなりの位置にあったし、何より疎らにだが人が現れ始めた。猫仮面がある服を着ていないアケファロスは早く帰らせるべきだろう。自分から素肌を晒せるようになったとは言え、あまり人目には晒させない方がいい。


 そう考えて足早に宿屋へと戻った。





「あ、おはよう久遠さん……とアケファロスちゃん!? あれ! なんで二人が一緒に帰って来たのかな!? もしかしてこれがアウトな朝帰りってやつ!? う、浮気だ! ダメだよ久遠さん! フレイアさんと付き合い始めたばっかりじゃん! もう他の女に手を出したの!?」

「おい、違うぞ?」

「そ、そうです! 私がこんな人の浮気に付き合ってあげるわけないでしょう!」


 宿屋に帰って来た俺とアケファロスを見るなり勘違いして騒ぐジェシカ。

 そのせいで厨房から顔を覗かせているおばさんや食事を摂っていた他の客の視線が一瞬でこちらに向けられた。

 ……と言うか、もう他の女に手を出した、ってなんだよ。俺が最初から浮気する前提だったみたいな言い方じゃないか。


「……違うの?」

「違います!」

「なぁんだ。違うんだぁ……あーあ、びっくりしたぁ~。まぁ、分かってたんだけどね。あは、冗談ってやつ?」

「あは、じゃないですよ! そんな質の悪い冗談はやめてください!」

「あ~ごめんってアケファロスちゃ~ん。怒らないでぇ~」


 謝りながらも全く反省する素振りを見せないジェシカの頬を引っ張るアケファロス。「いひゃい、いひゃいっへ」とアケファロスの手をポンポンと叩くジェシカだが、不名誉な事を言われてしまったアケファロスはそれでも離さない。


 暫く続きそうなそれをスルーして部屋に戻る。


「あ、アキなのだ。早起きだったのだ?」

「おう、なんか目が覚めちゃったんだよ」


 将棋盤をひっくり返しながらクロカがそう言ったのでそう返しておく。恐らく負けていたのだろうな。だから俺が帰って来て全員がこちらを向いている間にひっくり返したのだろう。


『あぁー!』

「うぬっ! しまった手が滑ってしまったのだ! すまないのだクラエル!」


 わざとらしく謝るクロカを、仕方ないなぁ、と許して将棋盤やらを全て元に戻すクラエル。もちろん駒も全て元通りだ。ひっくり返される直前に見たものと全て同じ位置に戻っている。

 項垂れるクロカに『次はニグレドの番だよ』と言って急かすクラエル。

 相手がクラエルじゃなかったらクロカの思惑通りにいっていたのかと思えばクロカが少し可哀想に思えてくる。


「……アホじゃな。……それはいいのじゃがどこへ行ってたのじゃ?」

「考え事をするついでに散歩に行ってきたんだ」

「ならいいのじゃ」


 シロカの疑念に満ちた視線が安堵したようなものに変わる。これはあれだな。ジェシカの時と同じで浮気とかを疑われてたな多分。

 予想にすぎないが、もしそうだったとしたらどれだけ信用がないのかを考える必要がありそうだ。いや、それよりどうすれば信用を得られるのかを考えるべきだろう。


 今はそれより……


「クロカ、シロカ、クラエル」

「なんなのだ?」

「のじゃ?」

『んー?』


 それぞれ返事をする三人。ここにはいないが、後でアケファロスも呼んでおかないといけないな。……さっき無理やりにでも連れて来ていたら今この場で話せていたんだがな。……腹が減った状態で大事な話ってのもあれだしな。まぁいいだろう。


「朝食を食い終わったら大事な話があるんだが……いいか?」

『分かったー。大事な話ってなんだろー?』

「なんじゃ、いきなり改まって大事な話とは。別に構わんが、なんか怖いのじゃが……」

「……我もそれは構わぬが、急にどうしたのだ? まさかまた何かするつもりなのだ?」


 クラエルは別にいいが、シロカとクロカの反応から二人が俺をどう思っているかがよく分かる。


「朝食の後のお楽しみだ」


 それからは何事もなく過ごして朝食を摂った。クラエルはワクワクしているような、クロカはジーっとこちらをみつめて、シロカは嫌な予感がしているようで顔色が悪かった。そんな三人を横目に、朝食の最中にアケファロスにも声をかけておいた。するとアケファロスもシロカのような感じで顔色を悪くしていた。


 申し訳なく思うが、関係の変化ためには仕方ないのだ。





 そしてやってきた宿屋の部屋。フレイアは気を利かせて部屋から出てくれた。


「えぇと、それで……話とは何ですか? 先ほどからそれが気になって何も考えられないのですが……」

「すまないな」


 心臓が大きな音を立てて鳴動している。起床してすぐに感じていたものよりも遥かに激しく動いている。ベッドに並んで座るクロカとシロカ、クラエルとアケファロスの視線が痛いし怖い。

 いつからこれほどまでに心が弱くなってしまったのだろうな。フレイアを噴水に投げ入れていた頃の俺なら臆する事なく口にできていただろうに。


 そんな事を考えるがこんな事を考えたところで何の意味はないので、意を決して口を開いた。声が震えないように気を付けながら。


「大事な話って言うのは、俺とお前達の関係だ」

「童達とアキの関係なのじゃ? ……ふむ……従者と主と言う事かのぅ?」

「そうだ。色々考えた結果、俺はこの関係を変えるべきだと考えたんだ」


 クロカ達からすれば唐突すぎる話に聞こえるだろうが、俺からすれば唐突でもなんでもない話だ。なので口を開けてポカーンしている四人が元に戻るのを待つ。


 それから間も無く全員が焦ったように行動を始めた。クロカとシロカは詰め寄るように俺に近付き、クラエルとアケファロスがオロオロとどうすればいいのか分からないように動いている。


 目の前で自分以上にパニックを起こしている人間がいれば、自分は落ち着けると言うのは本当だったようで、先ほどまでの心臓の高鳴りが嘘のように静まり返っている。停止しているのかと錯覚するほどの静かだ。


「どど、どうしたのだアキ!? 昨日からずっと様子がおかしいのだぞ!? な、なぜいきなりそんな事を言うのだ!?」

「フレイアがいるからもう童達はいらなくなったのじゃ!? ……あ、アキが望むのならこの体を好きにすると良い! だから童達を捨てるのだけはやめてくれなのじゃあ!」


 シロカが目に渦を巻いてそう言い放つ。随分な問題発言だが、面倒臭くなりそうなので無視して話す。


「お前らとの関係を発展させて、より一層良好な関係を築くためにそうするんだ。……主と従者と言う関係では良好な関係に限界があるからな」


 こいつらの気持ち……クラエルとアケファロスは微妙なところだが、クロカとシロカがそれなりに好いてくれているのは確実だ。そうでなければ自主的に度々俺のベッドに潜り込んできたりはしないだろう。俺のご機嫌取りだったとしても、自分の貞操を顧みないような行為をする必要はない。俺は一度もそう言った事を求めていないのだから。


「……! で、では、童達に飽きたから捨てると言うわけではないのじゃな……!?」

「そんなわけないだろう。お前らは俺が俺と同じぐらい中心に考えているような大切な存在だ。……お前達が俺を否定して嫌うのならともかく、俺からお前達を捨てるわけがない」


 彼女となったフレイアと比べたら中心からの近さは劣るが、それでもとても大切に思っている。アデル達とこいつらのどちらかしか救えないと言う状況に陥れば俺は迷いなくこいつらを選ぶ。それぐらいには大切に思っている。


「我がアキから離れるわけないのだ、我はもうアキなしでは生きていけない体になってしまったのだ。責任とってこれからも一緒にいるのだ!」

「童もじゃ! あ、アキのせいで人間の暮らしに慣れてしまったのじゃからしっかり最後まで童達と一緒に暮らすのじゃぞ! ……絶対じゃぞ!」

「もちろんだ。クラエルとアケファロスはどうだ?」


 プロポーズにも似たクロカとシロカの言葉に大きく頷いてから、クラエルとアケファロスに尋ねる。クロカとシロカの二人が去らないでいてくれたおかげで心に大分余裕ができていた。


『アキ……ボクを殺すの……?』

「は?」

『アキは、俺に従うなら生かしておいてやる、って言ったから……もうボクは終わり……?』


 あぁー……そう言えばそうだった。クラエルが幼いからこそ上手く意思の疎通ができていない。


「クラエル。俺の事好きか? 素直なお前の気持ちを聞かせてくれ」

『好き』

「即答か。 まぁ、それならこれからは俺に従わなくても生きていて良い。分かったか? これからは好きに生きていいんだ」

『……? それって、今までと何が違うの……?』

「……はは、そうか。いや、分からないなら良いんだ。とにかくこれからは好きに生きていい。俺に従わなくても良い。分かったか?」

『うん! 好きに生きるー! えへへー……』


 そう言ってベッドから飛び降りて抱き付いてくるクラエル。まるでこれが好きな事だとでも言うようだ。そんなクラエルの頭を撫でながらアケファロスに視線を向ける。


「アケファロスは……どうだ?」

「…………」

「……おい?」

「…………」


 俯いたまま一言も発さないアケファロス。何を考えているのだろうか。俺の束縛から解かれて喜んでいるのだろうか?


「何か言ってくれないか?」

「……もう……一々言わせないでくださいよ……恥ずかしいんですから」


 上目遣いで睨むようにしてアケファロスは言う。心なしか顔も紅潮している。


「……わっ、私も……ずっと一緒にいます! あ、あなたが嫌がってもですよ……っ!」

「……はは……そうか。……クロカ、シロカ、クラエル、アケファロス……ありがとう。いなくなろうとしないでくれて……こんな間抜けな俺を受け入れてくれてありがとう」

「うむ。感謝するのだ。我達が側にいてやるからな」

「童達はアキとずっと一緒にいるのじゃ。だからもうそんな情けない顔をするでないぞ」

『アキといっしょー』

「恥ずかしいのですが、情けないあなたのために言ってあげます。……私は……私達はあなたから離れません……安心してください」


 四人の元従者達に元気付けられる。なんだか照れ臭くて「ありがとう」と言う感謝の言葉が小さくしか言えなかった。

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