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第286話 封印されし喰らうモノ

「それで、グーラを殺すと言う話でしたけど、具体的にはどうやって殺すつもりなのですか?」

「どうやってって……斬り殺すしかねぇだろ」


 レジーナの問いに【冒険王】が答える。


「そんな事でグーラを殺しきるのは難しいですよ。なにせ、こいつは斬っても斬っても、その膨大な魔力を活かして【再生】のスキルで延々と再生し続けますからね。それこそ、火口にでも放り込んで全身を溶かさなければ殺すのはほぼ不可能なほどに」

「……なら四肢を捥ぎ取って、それをお前の力で氷漬けにでもすればいいんじゃねぇか? そうすりゃ体に力を込めれねぇから氷から出てこれねぇだろ」


 四肢を捥ぎ取って死んだも同然の姿に追い込むのは【冒険王】なので、四肢がなくなったグーラを氷漬けの状態にするのはレジーナでよかった。

 だから【冒険王】はそんな提案をした。


「そんな猟奇的な事をこの短時間で思い付くとは思いませんでしたよ。……まぁいい案と言えばいい案ですね。ですが、グーラの【再生】が追い付く前に全ての四肢を斬り落とす事ができるのですか?」

「それなら大丈夫だろ。こいつが石化させたり、麻痺させたりしてくれっから斬り落とす隙ぐらいは作れんだろ。ティオ=マーティ、石化って一度にどれだけ効果を及ぼせるんだ?」

「そうだねぇ……腰の周囲……臍の下あたりから、膝の上ぐらいまでなら一度に石化させられるよ。他の状態異常系の【邪視】もだいたい同じぐらいだよ」


 作戦を実行するにあたって【邪視】の力が及ぶ範囲を知っておきたかった【冒険王】の問いに答えるティオ=マーティ。


「んじゃあそれを一度に別の場所に使う事ってできんのか? 例えば、同時に左足と右腕を石化させるみてぇな」

「できるよ。……石化させる範囲を極限まで絞れば左足と右腕の他にも、右足か左腕のどちらかを石化させられるかも知れないね」

「マジか! でも、安全にいきてぇから範囲は絞らなくていいわ。だからなんでも良いから腕と足を一本ずつ石化させてくれ」

「オーケー」


 そう返事をするティオ=マーティ。


「【邪視】ですか……いいですね。生まれたてのグーラであればそれほど【邪視】に抵抗はできないでしょう。これならばグーラを殺す事が……いえ、これでは封印ですかね? ができます」

「ってかお前はなんでグーラを殺すのにそんなに積極的なんだよ。皇帝に支配される前は知り合いじゃなかったのか?」


 やけにグーラの処分に協力的なレジーナに疑念を抱いた【冒険王】が警戒心を露に尋ねる。


「知り合いと言うか仲間同士でしたね」

「ならなおさらだろ。どうしてそんなにグーラを殺したいんだ?」

「簡単ですよ。それは、今世のグーラがとんでもない害悪だからです。『虚喰う』なんて言う、危険で特殊なスキルを手にされれば殺しておきたくもなりますよ」


 レジーナの言う通り『虚喰う』はとんでもなく危険なスキルだ。

 このスキルを使って物を食って、それによるエネルギー補給をしながら、ただひたすらに物を食って、またエネルギー補給をして……と繰り返されてしまえばたちまち世界は終わってしまう。


 だからレジーナはグーラを止めたかった。神を殺しもしない内に世界を食い尽くされてしまうわけにはいかなかった。神は寄生虫でありながら簡単に宿主を捨てて逃げるのだから、どんどん迫る脅威を生かしておきたくなかった。


「それだけか?」

「えぇ」

「そうか。ならそう言う事にしておいてやる」

「そう言う事もなにも、今のが全てです」

「勘が鋭い俺の前で嘘は握手だぜ、レジーナ・グラシアス。母さんと一緒になって父さんの嘘を暴いてた俺の勘が言うんだ。間違いねぇ」


 自慢げに、そして戯けるようにレジーナに詰め寄る【冒険王】にたじろぐレジーナだったが、すぐにいつもの調子に戻ったレジーナは言った。


「……それはさておき、そろそろグーラが出てきます。恐らく激怒しているでしょうから気を付けてくださいね」

「もちろんだ」

「分かってるさ」


 レジーナの警告に頷いた二人は戦いの準備を始める。……ティオ=マーティは後ろに立っていつでも【神眼】を使えるように左目に手を当てている。こうする意味はないのだが、格好いいから、これで集中できるから、と言う理由でこうしている。……【冒険王】は剣を抜いていつでも攻撃に反応できるように腰を深く下げていた。……レジーナ・グラシアスは氷の彫像に手を翳していつでも魔法を放てるように構えている。


 そんな三人の目の前で、音を立ててひび割れていく氷。それが発するバキバリガリボリと言うガラスが割れるような音はどんどん激しく、そして大きくなっていき、やがて一際大きな音を立てて砕け散った。


 氷の破片が太陽の光を反射して眩しく煌めくせいでその瞬間、視界を奪われる三人。揃って顔の前に手を翳して光を避けるようにしている。


 飛び散り降り注ぐ氷の破片の雨の中、そんな三人を笑うように何もせずに佇むのは全身に無数の口を宿した人型の姿を取っているグーラであり、『虚喰う』を使用して大きな口となったグーラではなかった。三人が光を防いでいる間に自分の意思で元に戻っていたのだ。


 何のつもりだ、とでも言いたげな表情をしている【冒険王】を見下すように見つめながらグーラは口を開いた。


「あァ~あ。 レジーナのせいで体が冷えちまった……あァ、寒い寒い。……くくく……だからよォ、俺様のためにも燃えるような戦いをしようぜェ? ……なァ?」


 グーラはそう言って頭部にある口を……本来あるはずの場所にある口を三日月のように裂いて笑った。


 その瞬間、グーラの左腕と左足の付け根が石化する。鬱陶しそうに舌打ちをしたグーラはそれを噛み千切ろうと右腕を近付けるが、それもレジーナが放った極小の吹雪によって氷漬けにされ動きをとめさせられた。


「かァーっ、非力な奴ほど小賢しい攻撃ばっかりしやがる。面倒くせェ生きもンだよなァ、ザコってのはよォ……」


 冷えた体を温めるために燃えるような戦いを求めていたグーラは、いきなりそれを妨げられた事に苛立ちながら立ち尽くす。

 両手を封じられ、片足も封じられた。移動しようと思えばできるが、左足の付け根が石化しており、間抜けな歩き方になるのは明らかだったので、そんなみっともない姿を晒すぐらいならば怪我ぐらい負ってやる、どうせ再生するんだから、と考えて、剣を構えてグーラへと駆ける【冒険王】の到来を待っていた。


「【空想流 三態 一の太刀──塊斬(かいざん)】」


 走る【冒険王】がその勢いのままに放つ斬撃。狙われたのは右腕だった。自然に溶ける事はない石化と違って、ただ凍りついているだけの右腕を斬り落とす。どんな塊ですらも紙のように裂けそうな一撃によって氷漬けにされたグーラの右腕が宙を舞う。


 それから続けて放たれる続きの斬撃。


「【二の太刀──流裂(るれつ)】」


 二つ目に放たれた流れるような斬撃は、左足を狙って放たれた。次の一撃のためにも近い左腕ではなく左足を選んだ。

 川の流れを裂くような斬撃の勢いに呑まれて飛んで行く左足のせいで体のバランスを崩すグーラ。しかしグーラの体が地面に落ちる前に最後の一撃が放たれた。


「【三の太刀──空切(くうせつ)】」


 三つ目に放たれた空を裂くような素早い一撃。グーラは気付く間も無く左腕を斬り飛ばされた。風切り音も立たない圧倒的な速さと、そこには最初から腕なんかなかったと思わせるほどに自然な断面。それによる痛みがグーラを襲うまでに数秒を要した。


「なン……っ!?」

「あまり人間を舐めんじゃねぇぞ、悪魔。油断してると簡単に足元を掬われんだよ。俺はそうしてこの国に潰されたんだ」


 俺は王族であるからそう簡単には殺されないだろう、と言う過信と慢心。

 この国は小さいが戦力はあるので負けるわけがない、と言う怠慢と油断。


 それによってゲヴァルティア帝国に滅ぼされた数ある国の内の一つの王族である【冒険王】は、死が迫るグーラに教えてやる。

 そんな事を教えられるほどに【冒険王】には余裕があった。


 初撃を与えてからここまで僅か数秒。これではとても【再生】のスキルが効果を表すとは思えない。

 それに、心配するべき点である『虚喰う』を使われて強引に再生される心配もない。

 なぜなら強力なスキルは殆どが連続して使えず、再使用までにクールタイムがあるからだ。このクールタイムをカットするスキルも存在するし、グーラのこの『虚喰う』と言うスキルが例外の可能性もあるが、【冒険王】の勘がそれはないと否定していた。


 だから【冒険王】は余裕を持ってグーラにそれを教えてやる事ができていた。戦闘中に勘を信用する事を避けていた【冒険王】だが、戦闘が始まる前、レジーナ達と話し合っていた時に勘が『絶対に勝てる』と告げていたので、この戦闘で勘を信用しても問題ないだろうと考えてこうしている。


「じゃあな。グーラ」


 最後にそう言った【冒険王】は残る右足も斬り落としてから達磨となったグーラから距離をとった。


「頼むぜレジーナ」


 レジーナの側でそう言った【冒険王】の言葉が聞こえたのか、そしてこれから自分がどうなるかを瞬時に悟ったグーラが顔を怒りに染めて怒声をあげた。


「おいこらてめェ、レジーナァ! てめェ、俺様と同じで魔王様の配下だったろォがァ! 俺様を氷漬けなンかにしやがったらぶっ殺すぞ!」


 仲間だっただろう? とみっともなくレジーナに怒鳴り付けるグーラ。情けない姿を晒したくなかったから移動して回避しなかったと言うのに、この有り様だ。いくらグーラが『転生』をできるとは言え、流石に死ではなく封印のような形で無力化されてしまえばお仕舞いなのだ。『転生』して生まれ変わり、新しく育つ事もできない。ただただそこにある空間に存在しているだけ。意識がどうなるのかも分からない。氷の中でずっと意識を持ったまま何もできずに過ごすのだろうか。

 そう考えればグーラが必死になるのは仕方のない事だと言えた。


「殺せるものならやってみてください。……と言うか、寧ろ殺して欲しいぐらいです。ですが、私はあなたと同じで半ば不死のようなものなのですので、何度でも何度でも私は元に戻りますけどね」


 朽ちない氷の存在であるレジーナは死を望んでいた。しかし、いくら死を望んだとしてもレジーナの意思など関係なく勝手に復活してしまう。体も勝手に魔力を消費して治る……いや、直る。この世に雪や氷が存在している限り、レジーナはそこから復活する。

 愛する人を失い、後を追おうにも死ねないので追えない。失った悲しみを永遠に、この世から雪や氷が消滅するまで永遠に生き続けなければならない。


 それを良い事にグーラをおちょくるように言うレジーナ。その顔には、グーラをおちょくっていると言うのに嘲るような笑みも憎むような怒りもない。それは無表情だった。


 しかしレジーナは心の奥底でグーラを憎んでいた。表情には出さなかった、いや出せなかったが、憎んでいた。愛する人が輪廻の輪から外れる事になった原因であるグーラをとても憎んでいた。


 レジーナの愛する人はグーラに『転生』のスキルを与えて生まれ変われなくなった。このスキルは本来存在するものではなかった。

 これはどれだけ重い罪を重ねた極悪人でも例外なく持っている不可視のスキルだ。その生物が死ねば勝手にこの不可視のスキルが発動し、あの世で魂を洗浄され、新しく生まれ変わる。


 そんな不可視のスキルを認識して可視化させ、記憶やステータスの一部を引き継げるように、そして転生ボーナスとして特殊なスキルを得られるように改造した者がいた。

 その者は不可視の転生と言うスキルを持っていない『異常種』の配下であるグーラに、自身が持つ『転生』のスキルを与えた事により、輪廻の輪から外れて生まれ変われなくなっただけでなく、何らかの要因によって、死んだ瞬間に存在自体が消滅してしまった。


 その人物はレジーナが愛する先代魔王。


 存在が消滅しているので、後を追ったとしても追い付けないのは明らかだったが、心から愛する人物がいない世界で生きる事は辛かった。無意味に感じられた。


 レジーナは、愛する人が生まれ変われなくなった原因であるグーラが憎かった。なぜ転生を持っていなかった、なぜ受け取りを拒まなかった、なぜ悪戯に死んでは生まれ変わった時に得られる特殊なスキルを使って楽しく生きているんだ。


 憎くて、憎くて、でも、グーラは愛する魔王様の配下だから手を出せない。だから今まで我慢していたが、今日この時、その我慢に限界が来た。


 全てを喰らい尽くさんと渦巻くグーラのスキル『虚喰う』を見ていると、自分が愛した先代魔王を思い出すから。憎い相手が愛する人に成り代わろうとしているような気がして、耐えきれなくなって爆発してしまったのだ。


「では、さようなら」

「……クソが。ぜってェに赦さねェ……殺す。次は必ずなァ……慢心も油断もねェ俺様がてめェらをぶち殺しにいくから覚悟してろよォ……」


 憎々しげに三人を睨むグーラに放たれる吹雪。それを浴びたグーラはそう言い残し、全ての口を三日月のように変形させ、笑みを浮かべた氷の彫像へと変貌した。頭部も胴体も、右腕も左腕も、右足も左足も……全ての部位に不気味な笑みを湛えながら冷たい氷へと包まれた。


「呆気なかったね」

「……あぁそうだな。だがあいつは何か企んでいた。油断は禁物だとあいつに言ったばかりだし、二度とこの世に現れられないようにアイテムボックスにしまっておくか。 俺は頭と胴体を持つ。レジーナが右腕と右足、ティオ=マーティが左腕と左足を持て」

「えぇ……こんな気持ち悪いの持ちたくないんだけど……でも、仕方ないね。こんな化け物が復活しないためにも持つよ」


 【冒険王】が言うと、黙ってグーラを拾ってアイテムボックスに放り込むレジーナ。それを見たティオ=マーティは文句を言うのをやめてレジーナと同様にアイテムボックスへとグーラを放り込んだ。


 基本的にアイテムボックスの中は時間が止まっている。任意で時間を流れさせる事もできるが、基本的には止まったままだ。なので氷などの溶けて変質してしまうものをそのまま保存しておくにはもってこいだった。


「あの、お二人はこれからどうされるのですか?」

「帝国の人間を皆殺しにする。言っただろ?」


 当たり前だ。とでも言うようにレジーナに言う【冒険王】に苦笑いを浮かべるティオ=マーティ。


「分かってますよ。ただ確認しておきたかっただけです。 ……でしたら私は避難させてもらいますね。人間ではないですし、いいでしょう?」

「あぁ、構わねぇよ。だがいいのか? 帝国の人間を守れ、とは言われてなくても、帝国にいろ、ぐらいは言われてんじゃねぇのか?」

「いえ、別にそんな事は言われてないですよ。好きにしていて良い、としか言われてないですね」

「なんだそりゃ。ただのバカかと思ってたが、ここまでくると何か考えているように思えてくるな」


 皇帝が何を考えているのかが分からない【冒険王】は考え込むが、rティオ=マーティに「早く殺しに行かないと逃げられるかも知れないよ」と言われて思考を中断した。


「おっと、そうだったぜ。じゃあなレジーナ。またどこかで会えたらいいな」

「えぇ。人間にしてはかなりまともな、あなたのような方とはまた会いたいですね。ではまたどこかで」


 どこからともなく吹き付ける背筋が凍るような冷たい風が吹くと、レジーナは雪のような粉になって、日の光を受けながら舞っていった。


 それを見て、魔物ってのも中々楽しそうな種族だな、と一瞬思った【冒険王】は思考を切り替えてティオ=マーティと共に進みだした。グーラの血が滴る炎の魔剣を手にして……最初にグーラと相対した時のような思い詰めた表情からは考えられないほどに晴れ晴れとした表情で。


 そんな【冒険王】の横顔を、隣に立つティオ=マーティは嬉しそうに眺めていた。恩人が、親友が折れて地に堕ちてしまわなくてよかった、と。







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 白い狼──スコールと黒い狼──ハティは父親が封印されているダンジョンの最奥へとやってきていた。終盤あたりになると自分達と同じように影に潜んでいる魔物と出会う事などがあったので少し消耗してはいるが、無事と言っていいほどの傷の少なさでやってきていた。


 ダンジョンの最奥へ辿り着くと同時に影から姿を現すスコールとハティ。その目の前にあるのは魔力を纏う紫色の縄で縛られ、周囲を強力な結界で覆われた二匹の父親の姿だった。


 灰色の毛並みに、夕陽のような橙色の瞳。地上に出れば空をも呑み込めそうなほどに大きい口は異常に大きい大剣がつっかえ棒のようになっており、閉じる事ができていなかった。恐らくこの剣は巨人と呼ばれる種族が使っていたものだろう。

 スコールとハティの何十倍もある巨体。それを覆う縄の長さと結界の大きさは途轍もないものだ。


「久しいな、息子達よ。以前会った時よりも随分と強くなったようだ」

「ありがとうございます」


 スコールは礼を言って頭をさげる。ハティは無言ながらも頭をさげる。無言だが、尻尾が嬉しそうに振り回されているので褒められた事が嬉しいのだろう。


「しかし、それほどの歳まで成長しておきながら、このダンジョンに蔓延る魔物共を真っ向から捩じ伏せられないのはどうかと思うぞ」

「申し訳ありません」


 頭を動かさずに答えるスコールからは感情の起伏が窺えないが、ハティの場合は地面に垂れる尻尾を見れば簡単だった。


「それで、突然どうした。何かあったのか?」


 滅多に会いに来ない二匹が来た事に疑問を抱く父親。ちなみに二匹の父親は、口に突っ張り棒のように剣を立てられていて口を動かせないのだが、喉に魔力を纏わせる事で声を発する事ができていた。


「新たな勇者と賢者が誕生したと聞きましたので一応報告しに来たのです」


 父親相手に敬語で敬うように話すスコール。それをよく思っていない二匹の父親は悲しそうな雰囲気を漂わせながらもスコールの答えに反応した。


「勇者と賢者が誕生したか。ならば魔王も存在しているのだろうな。……どうだ、勇者と賢者は強いのか?」

「先ほど戦っていたのですが、俺達二人と同じぐらいの強さでした」

「ならば勇者と賢者にはまだまだ成長の余地はあるのだろうな」


 本当はダンジョン内に入ってきたアデル達を見ていた二匹の父親だったが、それを勇者と賢者だと認識できていなかったのでそう尋ねる。二匹の父親が封印されたのは大昔の話なので、とっくに神器がどんな物かなど忘れていた。


「あと、勇者と賢者と共に戦う人間がいました」

「ほう……ただの人間ならばいいが、まぁ十中八九、神が遣わせた新しい戦力だろう。お前達ほどに育った勇者と賢者に付いていけるのは普通の人間には難しいのでな」

「はい。勇者と賢者と同じような華美な服を纏っていましたので間違いないかと……」

「そうか」


 二匹の父親は頷く事もできないのでそれだけ返事する。そして気になっていた事を尋ねる。


「それで、今回の魔王はどうだ? 我がこの封印を破って、共に神を殺しに行くに値する者だったか? まさかまた魔物風情が魔王となったわけではないだろう?」

「いえ、まだ魔王とは遭遇してません……これから会いに行く予定です。そしてもう一度ここに来ようと……」

「なに……?」


 機嫌が悪くなる二匹の父親。封印されている立場である二匹の父親からすれば細かな報告は鬱陶しいものでしかなかった。封印のせいで会話にも必要以上に魔力を使うのだ。それだと言うのに、こんな事を分けて報告されれば苛立ちを覚えるのも仕方なかった。


「ち、父がお怒りなのも理解できますが、勇者と賢者から逃げるためだったのです。そしてそのついでに父に現状を報告をして行こうかと思いまして……やはり纏めて報告した方がよかった……ですか?」

「当然だ。結界を破るためにコツコツ蓄えてきた貴重な魔力をこんな会話などで消費したくない。分かったらさっさと行け! 次来たときは無駄にした魔力を補給するためにも返事をしないからな」

「分かりました」


 スコールとハティはそう返事をしてから影に潜って父親が封印されている地点から離れ、ダンジョンを出ていった。


 スコールとハティが去っていった後、封印の中で縄や鎖に絡み付かれながら、いずれ世界を呑み込むだろう、と恐れられた二匹の父親──フェンリルは佇んでいた。

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