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第284話 帝国に残された配下

「なぁっ!?」


 囁かれる【冒険王】が視界の端に映ったティオ=マーティは驚きの声をあげてその場から飛び退く。


 脳裏を埋め尽くすのは疑問だ。


 確かに全身に隈無く口がついた異形は城の中で中指を立ててニタニタ笑っていたはずだ。

 そう思い【神眼】を使って確認するが、やはり城の中で中指を立てて笑っている。……なのに【冒険王】に視線を向ければ背中に張り付くようにして、笑みを浮かべながら囁いている。


「人間ごときが俺様を殺すだなンておもしれェ冗談だな? いい感じに身の程を知らないみてェで滑稽だ」


 囁くのをやめ、【冒険王】から離れて笑う悪魔。そして、全身に無数の口がついた悪魔に向かって【冒険王】が言った。


「冗談じゃねぇよ。お前が偉い立場にいるのか、とか、お前が誰かなんて知らねぇが、俺の邪魔をしたからには何らかの形で落とし前をつけて貰わねぇといけねぇんだわ」


 殺された故郷の人間のためにゲヴァルティア帝国の人々を皆殺しにする。……と決めていた【冒険王】は赤の他人悪魔にそれを邪魔された事に苛立っていた。


 単純に皆殺しにするだけならばこれで良かったのだが、これは命の清算だ。ゲヴァルティア帝国によって奪われた全ての人々の命を、ゲヴァルティア帝国に住む人々の命を刈り取る事で清算するのだ。

 だから、自分かその協力者であるティオ=マーティが殺さなければ意味がないのだ。


 もちろん人一人の命で人一人の命を清算できるとは考えていない。その人間が歩んできた履歴によって命の価値は変わるのだから。だから【冒険王】は確実に支払うために皆殺しにする。


 皆殺しにされたから皆殺しにするのであり、失われた命の価値が分からないから取り敢えず皆殺しにするのだ。


 二つも理由があれば皆殺しにする決心をつけるのに迷いはなかった。


「その落とし前ってやつが俺様を殺す事か……なるほどなァ。だがそれは不可能だ。なぜなら、お前なンかに俺は殺せねェからだ」


 挑発するように両手を広げて余裕綽々と言った様子の悪魔。それを見て【冒険王】は手にしている剣を構えた。その刀身には炎が宿っている。これは魔剣だ。グラディオと言う名の嘗ての仲間が【冒険王】のために作った武器だ。


(今、あいつらはなにしてんだろうな……)


 そんな事を考えるが、すぐに思考を切り替え……


「じゃあ……試してみるかっ!」


 そう言って【冒険王】は全身に無数の口を宿した悪魔──グーラへと駆け出した。


「おォッ……!? ……っと、あっぶねェ……おいおい、いきなりかよォ。まァいいけどよォ。……ほゥら、お返しだ!」

「ぐっ……!!」


 腕についた口で振り下ろされた剣の刃を噛んで防いだグーラは、唇の周りを歯が覆っている口があるもう片方の腕で【冒険王】を殴りつけた。


 歯が【冒険王】の腹部に突き刺さる。鋭く尖った小石が食い込むような痛みと、殴られた痛みが【冒険王】を襲う。


 小さく呻き声を上げてそのまま後ろに下がった冒険王は聖魔法で腹部を癒しながら油断なくグーラを睨み付ける。


「ハハハッ! 弱い弱い! あンな大口叩いてたくせにその程度かァ!?」


 簡単に反撃を食らった【冒険王】を嘲笑うグーラ。そんな隙まみれなグーラへ放たれるティオ=マーティの【邪視】は麻痺の効果を持っていた。


「あァ? ンだこりゃあ。体が思うように動かねェぞ?」


 鈍重な動きで【冒険王】へと歩みよるグーラは自身の体に起こった異変に首を傾げている。それを不思議に思うグーラは何かに思い当たったのか、視線はティオ=マーティへと向けられた。


「……そう言う事かァ。【遠視】とか【千里眼】とかの視力を強化するだけのスキルかと思ってたが……なるほどそうだったか。……あれだろォ? そりゃあ【神眼】とか言う奴だ」

「……ははは、よく分かったね。結構希少なスキルのはずだけど、よく知ってたね」

「これでも何百年と死んでは生まれて死んでは生まれてを繰り返してっからなァ……聞いた事ぐらいはあったンだ」


 自分が使うスキルを見破られたティオ=マーティは顔を歪めながら言い、グーラは胸をはっている。希少なスキルの使用を言い当てる事ができたのが嬉しかったのだろう。


「だったら厄介だなァ……【神眼】ってのはこの世界に存在する眼のスキルを全て使えンだろォ? そりゃあ厄介だ。石化も洗脳も……そンな鬱陶しいスキル使われちゃまともに戦えねェよ」


 グーラが【神眼】の効果に顔を顰めるのには理由があった。


 それはグーラが生まれてから間もないからだ。

 グーラと言う存在自体の経験は豊富だが、この体自体の経験は浅い。つまりはレベルが低くてスキルも少なく、そして魔法レベルも低い。当然耐性系のスキルのレベルも低い。

 だからグーラは相手の行動妨害などに特化している眼のスキルに顔を顰めていた。


 ちなみに生まれ変わりのボーナスとして前世で得たいくらかのステータスやスキルを引き継いで生まれ変わっているので、生まれて間もないのにも関わらずグーラはマーガレット達やアルタと戦えていた。

 ……いったい前世ではどれだけのステータスを持っていたと言うのだろうか。それだけの強さを誇っていたのなら、前世ではさぞ有名な悪魔だったのであろう。

 グーラの生まれ変わりでは世界を越える事はできないので、歴史を辿ればどこかにグーラはいるのである。


 あと、グーラが持つ【村喰い】は生まれ変わってから得たスキルだ。宿主であるあの肉塊に引っ張られて得たものなのだろう。


「……ならとっととくたばれ!」


 顔を顰めるグーラに向かって【冒険王】が斬りかかる。それは先ほどと同様に口で防がれそうになるが、剣の軌道を帰る事で先ほどのようにはならなかった。その代わりにグーラの肩を浅くだが裂く事ができた。


 燃える刀身よって傷口は焼かれて塞がれ、グーラの【再生】は効果を表さなかった。


「……チッ。これだから魔剣は嫌いなンだよ。どれもこれもが小賢しい効果を持ってやがる。人間は貧弱だからそうでもしなきゃ生き抜けねェんだろうが、こっちからしてみればそんな鬱陶しい人間はもっと殺したくなっちまう。……なァ、気づいてるかァ? お前ら人間のその小細工が俺様のような外敵を無駄に刺激してンだぜ?」

「だからなんだってんだ。それでお前達のような敵を凌げてんだよ。刺激してようがなんだろうが、今さらそんな武器を手放せるわけねぇよ」

「愚かだぜ、お前ら人間は。俺様達の餌になるために存在してる癖に武器を手にして抵抗してンだからよォ。いい加減に人形みてェになって都合のいい道具になってくンねェかなァ?」

「人間ってのがどうして存在してるかなんて知らねぇが、俺達が意思と知性を持って生きてる以上、絶対にそうはならねぇよ」


 そう言って駆け出す【冒険王】はそのままグーラに斬りかかる。


「それしかできねェのかよ?」


 呆れたようにそう呟くグーラ。一歩下がって攻撃を受け止めようとするが、足が動かない。見れば足は地面と一体化していた。石だ。比喩などではなく、本物の石となっている。


「うぜェな、クソがよォ!」


 苛立たしげにそう叫んだグーラは【冒険王】の剣が到達する前に自身の膝から下を、伸ばした腕についている口で食らい尽くし、強引に【神眼】による石化から逃れる。


 石化しているから、と一直線に斬りかかった【冒険王】はそれに驚いて一瞬たじろぐものの、すぐに膝から下がない状態で【再生】が追い付いていないグーラへと剣を振り下ろした。


 グーラはそれを転がったり手を使って跳ねたりして避けるが、だがどうしてもそれでは少しは掠ってしまう。


「周囲の地面を燃やせ!」

「オーケー!」


 掠るだけではただひたすらに焦れったいので【冒険王】はティオ=マーティに指示を出して【神眼】の力を使ってグーラが逃げ回る周囲の地面を燃やさせる。


「あァ、まずいまずい。追い詰められちまったかァ? だがよォ……どんな状況でも焦ったらあぶねェぜ?」


 逃げ道が断たれたと言うのにどこかまだ余裕そうに話しかけてくるグーラに不信感を抱く【冒険王】だったが、こんな状況では何もできるわけがない、と考えてそのまま攻撃を続ける。


 ……【冒険王】の勘が、攻撃をやめろ、と言っている気がするが、【冒険王】は戦闘中、基本的に勘には従わないようにしているので無視だ。


 戦いにおいて思考と言うのは常に変わるものであり、相手がこう考えているだろうと言う予想が上手くいかず、危機を察知する事が難しいのだ。


【冒険王】の『勘』と言うのは他の家族のものと違って、殆ど『思考を読む』や『予知する』などと言ったようなものでもあった。……もちろん、普通の勘のように突然頭に何かが浮かぶ事だってある。


 ……そんな理由から【冒険王】の中では戦闘中に勘に従うのはあまり賢いと言えなかった。相手の思考も読み辛く、状況も目まぐるしく変わるので【冒険王】は戦闘中は極力勘には従わないようにしていた。


「あーあ。せっかく俺様が注意してやったのによォ」


 逃げ回るグーラは動きを止めてニタニタと笑みを浮かべて【冒険王】を見つめて言った。


 そんなグーラを頭から股まで一直線に斬り裂く炎の剣。断面は焼かれて塞がり出血はない。【再生】や【超再生】を持つ相手に対して非常に有効な魔剣だ。それはグーラも例外ではないのはグーラの肩で示された。


 だが、石化を解いた……と言うより、石化から逃れた時のように断面の奥を露出させれば問題なく【再生】は発動し、元通りとなる。


 なら頭から股まで裂かれたグーラはそうして【再生】するつもりなのか。


 いや、違う。頭から股までを裂かれるその瞬間にグーラは早口で言葉を紡いだ。使用条件が限定的すぎて一生使う事はないだろうと考えていたスキルを使うための言葉を。


「『この半身を上顎(じょうがく)へ、この半身を下顎(かがく)へ、この身の全てを口腔とし、全てを呑み込み虚無とす──』」


 普段の少し伸びた言葉遣いがなく、流暢に紡がれる特別な言葉。


「『虚喰う(こくう)』」


 二つに別れたグーラの体が上顎と下顎のように変貌し、空すらをも食うかのように【冒険王】へと迫る。

 ティオ=マーティが【神眼】を駆使してその接近を妨害しようと何度も試みるがその全てが効果を表さなかった。


 グーラが行使するこれは特殊な力を持ったスキルだから、通常の力を持つスキルでは敵わない。鬩ぎ合う事すら許されない、圧倒的な隔絶した力の差があるのだ。


 それは──『言魂』


 これはスキルの名称を言葉にしてスキルの効果を強化する『言霊』のさらに深層に位置する現象であり、特定のスキルだけに備わるものだ。

 これによって行使されるスキルは例外なく強力であり、中にはそれ一つで国すらをも一撃で滅ぼすようなものも存在する。


 ある人物によって生み出された現象であり、その配下の極一部に位置するもの達だけに与えられた絶対と言っていいほどに強力な力だ。


 この『虚喰う』を防ぐ事はまずできない。できる事はこのスキルが効果を失うまで逃げ回る事だけだ。……強力なスキルは瞬間的な、或いは短時間だけの効果を及ぼすものが多い。その強力さを維持したままでいる事が難しいからだ。


 意思を持つかのように【冒険王】を追跡する『虚喰う』は確かに意思を持っていた。これは元々はグーラの体なので、グーラが意思を持って操作できているのだ。


 地面をガリガリ削る下顎。飛び散る残骸はそのまま口腔に呑まれて無に還っていく。全身が口腔となっているので胃袋が存在しない。その代わりに喉にあたる位置には触れたものを次元の彼方へと転送させる異界への扉が渦巻いていた。


「……っ!!」


 声を上げる暇もなく走る【冒険王】にそれ以上の速度で迫る『虚喰う』の脅威。それ以上の速度、と言っても僅かな差だ。しかしそれだとしても『虚空』は秒針が時を刻むように刻々と迫っているのは確か。

 そう、死の時間が迫っている。


 背中に酷い汗を流しながらティオ=マーティがいる方向とは別方向に全力で走る。額に浮き出る冷たくひんやりしている汗を拭う暇もない。睫毛にその汗が乗っていてなんだか不快で邪魔だ。


 だが【冒険王】は睫毛に感謝しながら走った。睫毛がなければ汗が目に入って視界を奪われていただろう。睫毛はこう言う時のために存在していたんだな。


 脳が溶けそうなほどに働いているその側でそんな事を考えていた。


 働き者のそばで暢気に胡座をかいている役立たずな思考を振り払って、このままひたすらに走っているでは、自分を追従する大きな口に追い付かれてしまう事を理解し、なんとかしなければ、と懸命に働く脳に無慈悲な鞭を打ってさらに酷使する。


 役立たずな思考は、明日には脳が退職届を出すんだろうな、などと考えていた。


 ……まずは自分が持つスキルを思いだそう。そう考えていた思い浮かぶのは普段からよく使う便利なスキルだ。【家事】や【製図】に【地形把握】と言ったような旅をする上で重宝しているものだ。だが、現状では【地形把握】しか使いどころがなさそうだ、と考えて【地形把握】を使ってから別のスキルを思い出そうとする。


 焦っているせいか、思考が上手く纏まらない。普段よく使うスキルですらもあまりスラスラと思い出せなかった。


 思考の樹海を倒けつ転びつ、無様に地面を這うように駆ける。一向に進めない。複雑に入り組んでいる。

 転けた拍子か、起き上がった拍子かすらも理解できないほどに激しく思い浮かんでは、しっかり認識する間も無く思考は流れていく。それでも目に僅かに残った思考の影でなんとか思い出せる。思い出している内にも思考は流れていくのが厄介だった。


 やがてそうして思考を終えた【冒険王】はなんとか纏める事ができた考えを実行する。


 素早く地面に落ちている石ころのいくつかを拾い上げる。それをあちこちに投げつける。そのせいで『虚喰う』がすぐそばに来ていたが、そこで高く跳躍して上空に逃げる。


 唐突に目の前から消えた【冒険王】を探すようにしている『虚喰う』となったグーラ。すぐに【冒険王】が上に跳んだ事に気付いて上空を見上げるが、そこには既に【冒険王】はいなかった。


 敵を見失ったグーラはその口腔を空へと向けて息を大きく吸いだした。

 周囲の瓦礫すらをも巻き上げて呑み込む。どこに行ったか分からないから取り敢えず周囲のものを吸い込んでおこうと考えたのだ。何かに隠れているのなた姿が露になるし、不意打ちをしようと背後から接近していたのならそのまま呑み込んで終わりだ。


 近くにいないならいないで良かった。こうして瓦礫を呑み込む事で『虚喰う』を維持するためのエネルギーを得られるからだ。


 この『虚喰う』は瓦礫を呑み込む事で使用時間を引き延ばす事ができるのだ。敵を滅ぼすためのエネルギーを補給する。そうして敵諸共全てを呑み込みそしてやがて虚無が残る。

 虚無になるまで喰らう事ができるスキル。それが『虚喰う』だ。虚無を喰らうわけではない。


 それを遠目から眺める【冒険王】はどうしたものかと考えていた。側には【座標転移】でグーラから一旦逃げる時についでに拾ってきたティオ=マーティもいた。


「あれ、どうするんだい?」

「ありゃあ恐らく俺達をおびきだそうとしてんなぁ……このまま国ごと滅ぼされたくなければ出てこいってな。石でも投げ付ければこっちに気付いてやめるだろうが……そうすればまたあれに追いかけられるからなぁ……」


 どうしたものかと腕を組んで思案する【冒険王】と、顔を青褪めさせながらグーラを見つめ続けるティオ=マーティ。


 そんな二人の視線の先に過るのは水色がかった眩い光の槍だ。光の槍から仄かに漂う冷気が、離れたところにいる【冒険王】とティオ=マーティにも伝わってくる。

 光の槍が過った場所を見てみればグーラは槍に穿たれて氷の彫像と化していた。グーラを穿った槍が地面に到達していたのか、その先には凍てついた津波のように氷の衝撃波のようなものが出来上がっている。

 離れた場所にいるはずなのに、それがやたらと大きく見える。


 凍り付いたグーラ。

 そしてそれに歩みよる、袖も裾もブカブカな白いドレスを着ている窶れたような幸薄そうな雰囲気の女。

 先端が凍り付いた真っ白い雪のような髪に、氷のように透明感のある薄い水色の瞳、雪のように白くて死人のように血色のない青白い肌をしている。


 遠くから見ても妙に周囲の風景から浮いているように見える。そんな女が歩いた後には氷の道ができていた。


「あいつ……死んだのかな?」

「分からねぇが、俺が殺すはずだった獲物に手を出したんだ。あの女も敵だから殺すぞ」


 自分が殺すはずだったゲヴァルティア帝国の民を殺したグーラを殺したと思われる女。目的から随分離れた位置に存在するのだが、それでも、【冒険王】が殺すはずだったグーラを攻撃したのだから殺さなければならない。


「えぇ……それ本当に言ってるのかい? 面倒臭いけど、君がそう言うのなら仕方ないねぇ……」


 やれやれと肩を竦めるティオ=マーティに小さく礼を言ってから【冒険王】は、アイテムボックスから取り出した盗賊から奪った剣を女に向かって投擲し、そして女に向かって走り出した。


 自分にそれが直撃する寸前で回避する女だったが、避けきれずにドレスの裾の部分を破かれてしまった。

 驚き、剣が飛来した方向に体を向ける女。


 そこには自分がグーラから助けてやったはずの男が剣を構えて敵意を剥き出しにして走ってきていた。


「ま、待ってくださ──」


 女が言い切る前に【冒険王】の刃は女を裂いた。先ほどグーラを裂いた時と同じように頭から股までを一直線に。


 大きな悲鳴を上げる女から【冒険王】は離れて油断なく剣を構える。ただの人間じゃないのは先ほどの光の槍や氷の道、その彫像のような整った儚げな見た目でなんとなく分かっていた。……これは知性を持った魔物の類いだと、【冒険王】はそう察していた。


 その予想は違う事なく当たっていた。


 目の前で二つに分かれた女は再生していく。いや、これは再生と言うより修復だろうか。よく見る【再生】のスキルとは少し違うような気がした。


 ちなみに【再生】や【超再生】と言ったスキルは魔物や一部の亜人や魔人専用と言ってもいいスキルだ。人間も覚えようと思えば覚えられるのだが、そのためには苦しい道を歩まねばならない。


 自分の肉体の損傷を癒す自然回復能力が【再生】と言うスキルを手に入れるための鍵となっている。

 この自然回復を何度も何度も繰り返す事によって【再生】のスキルを手に入れられるのだ。小さな怪我では入手への一歩は小さく、大きな怪我だとその分一歩が大きくなる。なのでいくら擦り傷や切り傷をつけたとしても大して意味はない。


 そんな傷付く事で得られるから殆どの人間は【再生】のスキルを持たないのだ。一部の魔物や亜人、魔人は生まれつき持っているのが大半だ。


「ま、待ってください……! 私は敵じゃありません!」

「俺の敵を殺そうとした時点で敵なんだよ」

「殺そうとなんかしてません。こいつは殺しても殺しても生まれ変わるのですから殺す意味がないんです」

「だとしても、俺の獲物を攻撃したのは変わらねぇ」


 そう言って譲らない【冒険王】に困ったような顔を見せる女。そんな女を見兼ねたのか、ティオ=マーティが口を開いた。


「【冒険王】が口の化け物を殺そうとしたのは帝国の人々を殺されたから。だからその分を取り戻そうと口の化け物を殺そうとしていた。だろう?」

「……? そうだ。それがどうかしたのか?」

「なら、攻撃されただけならいいんじゃない? まだ口の化け物は死んでいないみたいだしさ」


 言われて気付く【冒険王】は確かに、と言ったような表情をした後にバツが悪そうに女をチラチラと見ている。昔、【冒険王】の父親がたまに見せていた間抜けさを受け継いでしまっているのだろう。


「その……すまねぇ……」

「一度真っ二つにされてますから許し難いですが、まぁいいとします。それよりこいつですよ」


 女が指差すのは側にある氷の彫像となったグーラだ。それを見て思い出した【冒険王】が女に尋ねる。


「あぁ、そうだ。お前はどうしてこの化け物の事を知ってんだ? もし、お前が仲間だとしたらこうして氷漬けにした意味が分からねぇし、俺達と和解しようとした意味も分からねぇ」

「私はこいつの仲間ですよ。この国の皇帝に支配される以前からこいつ……グーラとは面識がありました」

「待て待て……」


 そう言って【冒険王】は考える。何も知らないので仕方なかった。皇帝に支配されるだの、その前から面識があっただの、仲間だとなのに氷漬けにしただの、色々と理解できない事があった。ティオ=マーティも堂々と立っているが、実際は混乱していた。


 そうして漸く理解できたらしい【冒険王】達を見て女は再び口を開いた。


「申し遅れました。私はレジーナ・グラシアスと言います。あなた方のお名前を伺っても?」


 友好的に接する女──レジーナはそう言って首を傾げた。ついこの間、【勇者】と【賢者】と戦っていたとは思えないほどに友好的だ。

 レジーナは先代魔王の配下で人間を愚かだと思っているだけで、別に殺したいほどに人間を嫌っているわけではない。先代魔王に仕えていた影響で未だに【勇者】や【賢者】を嫌ってはいるが、人間そのものは嫌いではないのだ。


「僕はティオ=マーティ」

「俺に名前はねぇ。呼びてぇなら『ルーガ』でも『ライ』でも【冒険王】でも好きに呼べ」

「失礼ですが、名前がない、とは……?」

「捨てたんだってさ。なんでも、自分にその名前を名乗る資格はないとかで」


 理解できない、と言ったように【冒険王】を見るレジーナ。名前から縁遠い存在である魔物のレジーナからすれば到底理解できる行為ではなかった。

 名前があれば強くなれるし、主との絆も深く感じられる。そんな素晴らしいものをなぜ手放したのかが理解できなかったのだ。


 人間とは名前に対する意識が違うのは理解しているが、それでも贅沢に思えて羨ましく思っていた。


「人間にも色々あるんですね……それより、こいつ……グーラはどうしましょうか。そろそろこの氷を砕かれそうなのですが……」

「どうするって、殺すしかねぇだろ。俺が殺すはずだった人間共殺しやがったんだからよぉ……ってかこの国の皇帝の配下の癖になんでこいつは帝国の人間を……?」


 気付いた【冒険王】はレジーナに尋ねる。


「私達は『帝国を守れ』なんて言われてませんからね。だから帝国の人間を殺そうが、帝国の敵に味方しようが問題ないんですよ」

「あの皇帝は頭おかしいなとは思っていたが、本格的にダメみてぇだな……」

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