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第282話 朧な影を追う

 アブレンクング王国へと帰還したアデル、クルト、ラウラの三人。

 自分達のせいで山の麓にある町に住む人々が死んでしまった事から立ち直れたわけではないが、帰還して早々に与えられた仕事のせいで無理矢理それを忘れるしかなかった。


「勇者様、お疲れのところ申し訳ないのですが、お願いしたい事がありまして……」


 申し訳なさそうな表情でアデル達にそう声をかけるインサニエル。


 嫌そうな顔をしながらも勇者だ賢者だのと言う役割を背負っているアデル達は話を聞かずにはいられなかった。

 このインサニエルの頼み事は直接魔王に関係している事ではないのでアデル達が『強制の称号』で思考操作をされる事はなかったが、勇者や賢者、神徒としての自覚がついてきたのか、悩む素振りを見せずにアデル達は話を聞いたのだ。


「それで、お願いしたい事と言うのは最果ての大陸より表れた『名前持ち』で『特殊個体』だと思われる二体の魔物の討伐です」


 最近、最果ての大陸から数体の魔物がやってきたばかりなのでアブレンクング王国は数人の監視員をミスラの森の最奥にある崖に派遣して最果ての大陸の監視を行っていた。最果ての大陸から魔物がやってくる事は国が動くほどの異常事態なのだ。

 今まで何の反応もなかった最果ての大陸からの魔物の到来。こんな短い期間でそう何度もある事ではないだろうが、もしまた魔物がやってきたら前回のように早期発見できるとは限らない。だからアブレンクング王国は最果ての大陸を監視していた。


 そうしていれば見事に最果ての大陸から二体の魔物がやってきていた。空を駆ける白と黒の狼だ。


 急いで監視員はアブレンクング王国に戻ってその報告をした。二体の魔物と監視員の移動速度は同じぐらいだったので今頃二体の魔物はこの大陸に上陸している事だろう。

 アデル達が帰還したと知ったインサニエルが馬車も使わずに屋根を伝ってやってきたのも仕方のない事だと言えた。


 汗を拭うインサニエルを見てか、それとも純粋に正義感からかアデルはそれを受け入れた。クルトとラウラに相談などしていないが、二人も同じ意見だろう事は千剣の霊峰での強化合宿を経てなんとなく理解できるようになっていた。


「最果ての大陸からきた『名前持ち』の『特殊個体』の討伐……以前は手酷くやられたけど、今のボク達なら大丈夫なはず。分かった引き受けるよ、インサニエルさん」

「勇者様ならそう言ってくれると思っていました。しかし、手酷くやられた……とは?」

「あぁ……いや、何でもないよ!」

「ならいいのですが……」


 失言を指摘されて慌てて誤魔化すアデルに、インサニエルは首を傾げながらそう返す。


「それで、その魔物は今どこにいるんですか?」


 インサニエルに勘付かれるのを避けたかったクルトがインサニエル気を逸らすためにそう質問する。


「え、あぁ……現在は、ミレナリア王国のフィドルマイア付近にある鉱山で眠って疲れを癒しているそうです。いくら最果ての大陸から来た魔物と言えど、海を渡ってくれば流石に疲弊するようですね」

「フィドルマイア付近の鉱山と言うと、グリフォンなどの強力な魔物が生息すると言われている場所ですね」


 クルトが言うグリフォンとは、鷲の上半身に獅子の下半身を持つキメラ型の生物だ。


 温厚な生物を相手に殺意を剥き出しで襲いかかり、時には自分の仲間や龍や竜にも喧嘩を売る事があるほどに獰猛であり、他の生物を塵芥程度にしか思っていない傲慢な性格をしている。


「グリフォンが生息する鉱山で疲れを癒しているんですね……」


 ラウラが顔面蒼白と言った様子で戦きながらそう口にする。


「えぇ。最果ての大陸にもグリフォンはいるのでしょうから、こちらの大陸で育った生温いグリフォンなど目ではないのでしょうね」


 インサニエルが言うが、すぐにハッとした様子になって口を押さえる。今からその最果ての大陸の魔物を討伐しに行く者に向かっては足枷となる事を口走ってしまったからだ。


「まぁここで話し合ってても仕方ないよ。行こうクルト、ラウラ」

「そうだね。早く行こう」

「はい!」


 そんなインサニエルの失敗を無かったかのように振る舞うアデル。察したクルトとラウラもアデルに続いて踵を返して馬車へと戻る。






 アブレンクング王国を出て数時間、現在地はアブレンクング王国とフィドルマイアの中間あたりだ。そこで街道を進む馬車に揺られていると馬車が何の前触れもなしに唐突に動きを止めた。そして嘶く馬の悲鳴のようなものと、御者の慌てるような声が聞こえてくる。


 どうしたのか、とアデルが窓から顔を出そうと席から立ち上がったところで視界が激しく変わり、浮遊感と全身を打つ痛みがアデル達に襲いかかった。


 大きな破砕音を立てて吹き飛び転倒してバラバラに崩れるアデル達が乗っている馬車。……いや、乗っていた馬車。今やアデル達は馬車の瓦礫の下敷きになっており、とても馬車に乗っている状態とは言い難かった。


 そんな状況を生み出したのは、上空から馬車に体当たりした一匹の黒い狼だった。愉快そうな哄笑を上げながらゆっくり降りてくる白い狼。


「強く成長していれば別なのだろうが、今の弱い状態では不意打ちにすら対応できないか。勇者だ賢者だと言えど所詮は人間……高が知れている。どうして先代達は弱い勇者達を叩かなかったのだろうな。まったく……どいつもこいつもバカばかりだ」


 嘲る白い狼。その見た目からは想像できないほどに口が悪く、性格もどうにかしているようだ。その傍らでは黒い狼が憎悪を込めた敵意と牙を剥き出しにして瓦礫を睨んでいる。


 黒い狼が睨む瓦礫を押し退けて姿を現すアデルとクルトとラウラ。

 その三人は傷だらけの体を癒しながら周囲を警戒している。そしてすぐに視界に入る白と黒の二体の狼。

 二体の強力な魔物に襲われた、それから目の前の魔物の素性を把握した三人は飛び退いて武器を構える。


「ふっ……ははははは! なるほどそうか。今回の勇者達は戦闘以外に脳がない勇者達のようだ。そうかそうか、ならば僥倖。強さも半端な弱い内に殺してしまおう。今ここで殺してしまえば父への手土産にもなるだろうしな」


 遠吠えをあげるようにして白い狼──スコールが言う。それに頷く黒い狼──ハティ。


 尋常じゃない威圧感に怯むアデル達だが、気を強く持ってなんとか戦意を奮い立たせる。


「あれが最果ての大陸の魔物だろうね。準備はいい? クルト、ラウラ」

「いつでもいけるよ」

「私もです」

「うん。じゃあ行くよ!」


 アデルに合わせて走り出したラウラは、そのまま杖槍の杖の方で雷魔法を放つ。狙うのは馬車を残骸に変えたであろう黒い狼だ。


 ラウラが放つ雷を真上に跳んで躱したハティはそのまま先頭を突っ切るアデルを食い殺そうと大口を開けて襲いかかる。そこにクルトから放たれる光の光線。回避ができないと悟ったハティは尻尾を傘のように広げてその光線を弾く。弾かれた光線はハティの調節によってラウラへと向かっていった。


「きゃあ!」


 足元を貫通する光の光線に小さく可愛らしい悲鳴をあげるラウラ。それに向かって走り出すのはスコールだ。


「拙いな。勇者、賢者……それに新しい役割を持つ者よ。こんな様で魔王討伐などと言う標榜を掲げているのか……愚かしいな」


 槍を横薙ぎに振るってスコールの接近を妨げるラウラに、ハティの食らい付き攻撃を地面を転がって躱したアデルから援護が入る。あまり狙いを定められた攻撃ではなかったが、スコールを後ろに回避させるには十分だった。


 剣を振り切った体勢のアデルを裂こうとするハティの爪をラウラが槍で防ぐ。それによって一瞬だけ動きが封じられたハティにアデルが剣を斬り上げて攻撃を加えようとするが、そこに飛来するのが鋭い白色の針だった。

 クルトからすればそれがスコールの体毛だと理解できた事だろう。


 斬り上げる体勢から素早く体勢を変えたアデルは目にも止まらない剣捌きで白色の針を打ち払っていく。

 千剣の霊峰で剣神が操る千の剣を幾度となく弾いてきたアデルだから難なく白色の針は全て防がれてしまう。視認するのは難しいほどに細い針だったのだが、大きさが変わったところで大した問題はなかった。


 アデルが斬り上げをやめてしまった事によってハティが攻撃を加えようと動くが、ラウラがそれを上手く捌いて手出しをさせないようにしていたが、やはり槍と爪では爪の方が繰り出す速度が速かった。

 だんだん劣勢になっていくラウラだったが、そこで大量に放たれる風の刃。その大きさは一般的なものより遥かに大きく、ハティの体を両断できるほどの大きさと鋭さを伴っていた。


 それがハティの逃げ道を塞ぐように放たれるが、液体のような滑らかな動きでその風の刃は躱されてしまう。だが、ラウラは体勢を立て直す事ができていたので問題はなかった。


 針の放射を続けるスコールと、それを打ち払い続けるアデル。そんなアデルに攻撃を加えようと動き回るハティだが、ラウラにその攻撃を悉く防がれている。唯一自由に攻撃を放てるクルトが、スコールに魔法を放つが、今度はそれをハティの傘のように広がった尻尾で防がれてしまう。


 つまりはお互いに手出しができない膠着状態。アデルの体力が尽きるのが先か、スコールの体毛が全て放たれるのが先か。戦いが始まってすぐにそんな耐久勝負へと至っていた。



 それから暫く、一進一退もない完全な膠着状態が続き、スコールの体毛の半分近くが抜け落ちたところでスコールはその攻撃をやめた。体毛の半分を放ったとしてもいつまで経ってもアデルが息切れを起こさないからだ。


 これ以上続けるのは明らかに無意味だと判断した。


「凄い体力だな……驚きだ。厄介な事に連携もとれているし、個々の力もそれなりにあるようだ。……悔しいが……ハティ、退くぞ。もう俺達二人だけの手には負えない」


 苦虫を噛み潰したような歪んだ表情で言うスコールを睨みながらもハティは了承を示した。

 嘲った相手に恐れをなして逃げるなど屈辱で死んでしまいそうなスコールと、憎い敵を前にして逃げなければならない事が許せなかったハティ。


 そんな二匹は駆けてくるアデルとラウラが斬りかかる寸前で高く跳び上がり、そして空を駆けていった。高所を行きすぎて豆粒のように朧気になってしまったが、二匹が向かう先は大陸の中心部だと言う事は知れた。


 それを見届けたアデル達は頷き合ってから街道を逸れて後を追い始めた。


 一般人も同然の監視員と同等の移動速度であるスコールとハティを追いかけるのは簡単だった。だが、相手は海を越えて別の大陸に辿り着けるほどの体力の持ち主だ。追い付けても、いずれ追えなくなる可能性があるのが不安だった。







~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~







 数日前から馬車に乗ってゲヴァルティア帝国へと向かっていたクリーガーとアマリア。ノースタルジアの王族が馬車に乗って他の国へ向かう目的はアマリアと皇帝のお見合いだ。

 政略結婚のためにアマリアを使うとは言え、流石に面識もない状態では話にならない。なのでこうしてゲヴァルティア帝国へと向かっている。


 道中は本当に危険で溢れていた。ただの魔物ごときに苦戦して苦戦して……連れていた騎士は何人も命を落とし、ゲヴァルティア帝国につくまでに大きく数を減らしていた。……帰りは物凄く慎重に動かなければならないだろう。


 ゲヴァルティア帝国に到着した際には「流石歴史あるノースタルジアだ。こんな少数の護衛ではるばるやって来るとは」と言ったような事を畏まって言われたのだが、自分の騎士の弱さを痛感していたクリーガーは苦笑いを浮かべるしかなかった。


 そんなクリーガーとアマリアは数日をゲヴァルティア帝国の城で過ごしていた。理由は皇帝─アルタが戻らないからだ。書簡を出してから数日空けてノースタルジアを出たと言うのに、肝心の皇帝がいない、旅に出ていた、となれば話は何も始まらなかった。


 城で過ごす数日はアマリアにとって苦痛でしかなかっただろう。皇帝との縁談が成立すればこれからはここで暮らす事になる。そんな場所に縁談が成立する以前から住まうなど、地獄以外の何物でもなかった。アマリアはこの数日の間、ずっと処刑を控えた囚人のような気分を味わっていたのだ。



 アマリアのそんな囚人のごとき生活も終わりを告げた。アルタが帰って来たのだ。エルフを四人も連れて。


 普段から魔物を連れて帰ってくるアルタだったが、今までエルフを連れて帰って来た事はなかったのだ。


 エルフを連れて帰って来たアルタを見た城の使用人達はアルタが連れてきたエルフに陰でこっそり謝っていた。その必死の謝罪にはエルフ達も驚いており、それをたまたま見てしまったアマリアも驚いていた。エルフを奴隷にすると言う話はよく聞くのでそれと同じものかと思っていたのだが、どうやら違うらしかったのでアマリアは驚いていた。

 奴隷にするより相手に申し訳のない事。それが何か予想がつかないのが何より恐ろしかった。


 そしてやってきた縁談の場。そこにはなぜかエルフ達も居合わせていた。


「謁見の間じゃなくてごめんね。一々移動するのも面倒臭いからこの部屋で勘弁してくれるかな?」

「あぁ。ノースタルジアの王族が縁談を持ちかけていると言う事でお前が……あなたが本物の皇帝だと言うのは分かった」

「そう、ならよかった」


 何やらよく分からない会話を繰り広げるアルタとエルサリオンと言うらしいエルフの男。敬語を強制させられていないところを見るに、奴隷商で売られていた教育を受けている奴隷ではないらしい。そもそもこれほどに親し気に話しているし奴隷ではないのだろうか。


 考えるアマリアにアルタが話しかけた。


「えっと、それで縁談だっけ。僕は別にどうでもいいんだけど、君はこれでいいの?」


 まるでアマリアや結婚に興味が無さそうな事に若干ショックを受けるアマリア。

 望まない異性からそう言われるのはもちろん嬉しかったが、こうも興味を持たれないと自分に魅力がないのかと落ち込みそうだ。

 ジャンクにも振られた事があるので、アマリアはいよいよ自分に自信が無くなってきていた。今まで美少女だなんだ、と持て囃されて生きてきた分、そのショックは反動をつけてアマリアの自信を壊していった。


 どこかの自分も美に自信過剰なハイ・エルフと同じような思考をしているアマリアはアルタの問いに答えた。


「はい。問題ありません」

「あぁそう。ならそれでよろしく、クリーガーさん」

「いや、良いのか? そんな投げやりに決めてしまって……」

「なに? 君達はこの国の力を借りたくてここに来たんでしょ?」

「「な……っ!?」」


 クリーガーとアマリアが簡単に言うアルタに驚きを露にする。なぜバレたかを必死に考えながら言い訳を考えるクリーガーを無視してアルタは言葉を続けた。


「あれだ、所謂政略結婚ってやつでしょ? 僕に会った事もない人から縁談を申し込まれれば流石にそう考えちゃうよ」

「いや、そのだな、アマリアは惚れっぽい性格でな、人から聞いた話で──」

「人伝に聞いた話で惚れたって言っても僕は表に姿をだしてないし、貴族や王族との繋がりもないから無理だよ」


 咄嗟に嘘を吐くが、簡単に言い負かされてしまうクリーガー。父である王が亡くなるまでは、騎士やら傭兵やらとして働いており、貴族や王族としての教育をろくに受けて来なかったクリーガーはこう言った事に弱かった。


「別にこれは誤魔化す必要はないと思うんだ。僕は受け入れてるんだしさ。じゃあそう言う事でいいよね?」

「あぁ……」

「アマリアだっけ? 僕は今のところ君に興味ないから君が誰を愛そうがどうでもいいけど、表向きは僕の妻として振る舞ってくれればいい。……ほら分かるでしょ?」


 アルタが何を伝えようとしているかを理解したアマリアは花が咲いたような笑みを浮かべ、立ち上がって礼を言った。


 アルタが言っているのは、アマリアは妻と言う立場ではあるが陰で誰と恋愛を謳歌しようが関与しない、と言う事だ。つまりノースタルジアへの協力を漕ぎ着けた上に、望まない男との夫婦生活もない。


 これだけでアマリアの気分は晴れた。アルタと結婚する事にはなるが、好きな異性と恋愛ができるのだから最高だと言える。



 だが、このアマリアの考えは、アマリアの恋愛に付き合う相手にまでは及んでいなかった。いったい誰がゲヴァルティア帝国と言う大陸屈指の大国の皇帝の妻に手を出すと言うのだろうか。……アマリアはそこまで考えに至っていなかった。


 反対に、アルタはそこまで考えが至っていてこう言っていた。あたかもアマリアに興味のないような素振りで優しさをチラつかせ、自分が恋愛を謳歌できない事に気付いたアマリアがどうするのかを見たかった。


 母国の滅亡を覚悟で離婚して新しい恋を探すのか、バカな貴族と恋を謳歌して破滅するのか、恋愛ができないと悟り城下町に下りて一夜限りの虚しい愛を求めるのか、はたまた廃人のようになって人形になるのか。


 アルタは、姫と言う高い立場にいる存在が誰よりも下に堕ちていく様を見たかった。無様に愚かに腐って崩れていく様を。……芸術は爆発だ、と言うがアルタの思考はこれと似たようなものだ。


 だが、やはり見るだけではつまらない。だからアルタはどうにかして姫が堕ちていく過程に加わる事はできないかと考えた。


 そうして考え付いた答えが、望んでいない相手だった者を自ら望んで求めて縋る堕ちた姫と言うものだった。

 自分が恋愛を謳歌できない事に気付いたアマリアがどうするだろうかと考え、自らがその逃げ道としてアマリアの思考に入り込むのだ。


 自分に無関心な人間が見せる優しさと言うのは依存しやすい、それを知っていたアルタは先ほどの言動を取っていた。


 ……最初は嫌いで仕方なかった相手。だが、自分に道がないと悟ったアマリアが唯一の道である嫌いだった相手に縋って堕落していく。

 そう考えるだけで笑みを抑えるのが大変だった。アマリアがアルタに縋るようになるには長い時間がかかるだろうが、熟された絶望とは実に美味しいものなので十分に我慢はできる。


 ナルルースが思ったように折れてくれなかった事もあり、アルタは絶望を欲していた。これは降って湧いた絶好の機会。

 今度は絶対に折って潰して本物の玩具を手に入れるのだ。


「アルタ様! ありがとうございます! 本当にありがとうございます!」

「別にいいよ。……さて、話も終わったし僕は行こうかな」

「帰ってこられたばかりだと聞いておりましたが、もう行ってしまわれるのですか?」

「うん。じゃあ、行こうかエルサリオン、ナルルース」


 アルタは二人のエルフを連れて部屋を出ていった。残されたのはクリーガー、アマリア、そしてサリオンとディニエル、護衛の騎士だけだ。廊下からは「あれ、そのエルフも連れていかれるのですか?」などと聞こえてくる。

 その後にサリオンとディニエルも退室して行った。


「……不思議な男だったな。自分の結婚相手だと言うのに無関心すぎる」

「そうですけど、私にとっては嬉しい限りです……好きでもない相手と夫婦として付き合わなくて済むのは」

「…………そうか。……すまなかったなアマリア。政略結婚などでお前を使う事になってしまって。全ては儂が不甲斐ないせいだ。本当にすまない」

「もういいですよ、お父様。国のためならば仕方のない事だったんですから」


 国のためなら、そう言ってアマリアは微笑んだ。

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