第280話 赤と食
秋とフレイアの接吻を離れた場所から見ていたニグレドやアルベド達は、様々な反応をしていた。
ニグレドとアルベドは「あー!」と大きな声を上げて、クラエルは自分の事かのように嬉しそうな満面の笑みを浮かべて、セレネとアケファロスとソフィアは何やら不満気な顔をして、ジェシカはその顔に悪戯好きの子供のような笑みを張り付けて、スヴェルグは微笑ましそうに眺めていた。
二人の世界に入り込んでいてニグレドとアルベドの大きな声が聞こえていないのか、幸せそうに唇を重ねる二人に駆け寄るニグレドとアルベド。
そうしてから漸く唇を離した二人。
若干焦った様子の秋とフレイアに向かって口を開いたニグレドとアルベド。
「ふ、二人とも……! な、何してるのだぁっ!?」
「は、破廉恥じゃぞ! 外で、せ……接吻なぞ! やるならせめて室内で二人きりの時にするのじゃ! ……あ! い、いや、それもダメなのじゃぁっ!」
顔を真っ赤にして詰め寄るニグレドとアルベドを手で制しながら秋が口を開いた。
「落ち着けって」
「落ち着いていられるか! フレイアだけアキとキスして狡いのだ! アキよ、我ともするのだ!」
「は?」
「あー! 狡いのじゃニグレド! おいアキ! ニグレドとするなら童ともするのじゃ!」
喧嘩を始めた二人を眺める秋とフレイアに歩み寄るクラエル達。
『アキ、よくやった! フレイアも!』
「おう、ありがとう」
「あ、ありがとう……」
親指を立てて褒めるクラエルに堂々と答える秋と、少し照れながらはにかんで答えるフレイア。
「ん」
「……?」
背伸びをして目を閉じて唇を突き出すセレネに首を傾げる秋はそれを無視して、仁王立ちで腕を組んで黙って威圧感を放っているアケファロスへと視線を向けた。
「なんだ?」
「いえ、別になにも」
「じゃあなんで威圧してんだよ」
「してません」
「あぁ……あれか。嫉妬してんのか」
「なっ……!? ち、違いますっ!」
揶揄う秋に顔を真っ赤にしてフードを被るアケファロスは、秋の脛を蹴ってからニグレドとアルベドの喧嘩仲裁しにいった。
「おめでとうございます、お二人とも。今夜はお赤飯にしますね?」
「赤飯もあるのかこの世界。じゃあ頼む」
「……と言うかソフィア、なんか怒ってない?」
赤飯がある事に少し驚く秋とソフィアの笑みに威圧感があるのを察するフレイア。
「いえ、別になにも」
「アケファロスと同じ事を言ってるわね……絶対何か怒ってるわよ。……まぁ、理由は分かるけど……」
申し訳なさそうに苦笑いをして目を逸らすフレイア。その隣ではジェシカが秋にウザ絡みをしていた。酔っぱらいのそれとよく似ている。
「やるじゃん久遠さぁ~ん。私も貰ってよ~五百年も生きてて一度も恋人なんかできた事ないんだよ~? 可哀想だと思わない?」
「そんなんだからできないんだろ」
「酷い! アケファロスちゃん、久遠さん酷いよ! もう一回蹴ってやって! 今度は顔面で!」
騒ぐジェシカを溜め息を吐きながら引き剥がして放り投げてスヴェルグは真剣な表情でただ一言秋に言う。
「幸せにしてやりなよ」
「当たり前だ。俺は変わらず今まで通り生きていく」
「あっはっは! 今までも幸せにしていたって? 大した自信じゃないかい! ……フレイアも尻に敷いてやるつもりで居なよ? そうでもしなきゃこの愚か者は色んな女に手を出すからね」
スヴェルグは周囲で繰り広げられる喧騒に目を向けながらフレイアに言った。フレイアも釣られて周囲を見回してから言った。
「ここにいるみんななら別にいいわ」
「おや、アンタ……本当にそれでいいのかい? アンタは大切な人を独占したいタイプじゃないのかい?」
目を丸くして意外だ、と言ったようにフレイアに尋ねるスヴェルグ。
「そうだけど、私はここにいるみんなにも同じだけ幸せになって欲しいもの。私だけがアキと……なんてのは本当の幸せじゃないわ」
「フレイア~……我達の事まで……ありがとうなのだぁ……」
「フレイア、お主、良い事言うのじゃ。さすが正妻じゃな」
「せ、正妻!? ま、まだそこまで進んだわけじゃ……!」
アケファロスの仲裁も甲斐あって喧嘩をやめていたニグレドとアルベドがフレイアに抱き付いて言う。無言だがクラエルとセレネも一緒になって抱き付いている。……ニグレドに至っては頬擦りまでしている始末だ。ソフィアは感激したように両手の掌を組んで尊敬の眼差しをフレイアに向けている。
……ジェシカはなぜかアケファロスに抱き付いている。
「……うんうん、そうかいそうかい。ならそのためにもこの愚か者には頑張ってもらわないとね」
「さっきから愚か者、愚か者ってやめてくれないか?」
スヴェルグからの呼び名について不満を抱いていた秋がそう言う。
「おや、この間自分で認めてたじゃないかい。確かにいつだって俺は愚かだ……って」
「……言ったが、それを呼び名みたいに連呼するのはやめてくれ」
「ふむ……じゃあアキ坊って呼ぶ事にするよ」
「そんな子供を相手するみたいに……」
「あたしからしたらアンタは十分に子供さ」
「確かにそうだな……じゃあそれで構わない。……スヴェルグお婆ちゃん」
「誰がお婆ちゃんだいっ!」
怒り狂うスヴェルグから逃げる秋。スヴェルグは割りと本気で怒っているようで、鬼のような形相で秋を追いかけていた。
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スヴェルグに追いかけられた後、なんやかんやあって結構時間を取られてしまった。例を上げるなら、キスをせがんでくるクロカやシロカを黙らせたりだ。
フレイアがああ言っていたし、俺も嫌ではないので積極的に受け入れてやりたい気持ちもあるが、人一人を幸せにできるかどうかすら曖昧だと言うのにそれを二人、三人と増やすわけにはいかない。
本当に受け入れたいのならその辺りをしっかりしておかなければならないだろう。幸せにできもしないのにほいほい人を受け入れていれば、そのうち心が堕落して死んでしまうだろうからな、俺も相手も。
そう伝えたら嬉しいような不満なような顔をしながらも渋々と言った様子で黙ってくれた。
さて、そんな事より拠点造りだ。と言いたいところなのだが、まだ具体的な外装やら内装やらが決まっていないので先送りだ。取り敢えずはどこに建てるかを決めよう。
そんなわけで今は亡国を歩き回っている。もう一々フレイアの顔色を窺ったりはしない。
「あそこなんかどうだ? 大きな穴が空いていて良い感じなのだぞ?」
「うーん……微妙だなぁ……」
クロカが指差すのは、大規模な火魔法によって空けられたであろう穴がある場所だ。市街地のど真ん中にあるので多くの人が死んでいったのだろうな。この穴は水を流せば湖になりそうなぐらい大きく深く空いた大穴だ。
確かに良い場所なのだろうが、拠点を建てるには少々狭すぎるだろうが……まぁ広げれば済むし候補には入れておこう。……湖の上に拠点を造るのは良さそうだ。
「アキよ、城が建っていた場所に建てるのはどうじゃ?」
「無しだ。流石に前の王族が住んでいたところに建てるなんて不遜な事はできない」
「ふむ、言われてみればそうなのじゃ。すまぬなフレイア、童達も住むと言うのに考えが足りなかったのじゃ」
「別にいいわよ。もうこの国に未練はないもの。アキ達の好きにやっちゃっていいわよ」
……魔王としての拠点にこいつらも住むのか。魔王の拠点はそのうち勇者やら賢者やらで荒れるだろうから、こいつらの住居は別で用意してやろうと思っていたんだが、そう言うのならいいか。
それと、フレイアから許可が出たし候補に入れておこう。
「あ、久遠さん! あの洞窟の中に造るのはどうかな!? 結構広がってるみたいだしさ!」
「……暗すぎると気分まで沈んでくるからあまり良くはないな」
日当たりが悪いどころか洞窟内では完全に遮断されてしまう。そうなれば人工的な明かりで生活する事になる。それはあまり健康的ではないだろうから住むのは無しだ。だが、一応候補には入れておこう。洞窟内は結構風通しもよかったしな。
「……地面に大穴を空けてそこに建てるのはどう?」
「縦穴のダンジョンの底に拠点を建てる……みたいな感じか?」
「ん。そう。日差しが入る程度にすれば健康にも悪くない」
「いいな、候補に入れておこう」
なるほど。地下深くにある魔王の拠点……魔王城……いいな。だがやはり魔王としては、威圧感を出すためにも小高い丘の上とか見晴らしがいいところに建てたいんだよな。そうすれば拠点の全貌を見せつけて威圧できる。取り敢えずこれも候補に入れておこう。
「あの、あなたって重力を操作できるスキルを持っていましたか?」
「持ってるが、それがどうかしたか?」
「なら、どこかの大地をくり貫いて浮かせてそこに建てると言うのはどうでしょうか?」
「勇者達が辿り着けるかが問題だ。それに空島は既にあるらしいからな……キャラ被りは避けたいよな」
空島か。既にあるとは言っても噂に聞いた程度だから、候補に入れる価値はあるだろう。
『何もない草原に建てるのはどうお?』
「草原にポツンと……か。いいな」
シンプルだが中々いい案だな。何もない草原に物々しい魔王の拠点が……よし候補に入れておこう。あと一つか二つぐらい良い場所を見てから決めようか。
「森の中はどうでしょうか? アキさんの闇魔法の幻術で迷いの森…みたいな感じで……どうですかね?」
「俺の性格的にそれはしっくり来ないが、隠れ家としてはいいんじゃないか?」
迷いの森と言えば魔女とかそう言う中盤辺りで出てきそうな奴がいるイメージがあるので微妙だが、善意の塊であるソフィアがせっかく言ってくれたんだし候補に入れておこうか。
「スヴェルグは何かよさそうなところ見つけたか?」
「いいや、全然。強いて言うならば火口の中とかだけどこの国に火山はないみたいだしねぇ……」
「火口か……確かにそれなら威圧感もあっていいな」
しかしスヴェルグが言う通りアイドラークには火山がない。まぁこの国は狭いからな。仕方ない。
「ねぇ、あの小高い丘の上とかどうかしら?」
「丘か。見晴らしがいいと何かと便利だからな。勇者達からも見えやすいし、こっちからも見やすい。……やっぱり丘の上が一番か」
別にフレイアが言ったから肯定的なわけではない。さっきもチラッと言った通り見晴らしがいいと拠点の全貌が窺えて威圧感が出るからだ。
威圧感を出すためには大きくしたり装飾も厳かなものにしなければならないのだが、それは故郷巡りのついでに色んな国の城を見て勉強してきたから大丈夫だ。自信がある。
フレイアが指差した丘の上に移動する。
周囲には、クロカが指した市街地に空いたクレーターや、シロカが指した前王族の城、ジェシカが言っていた洞窟、クラエルが言った通りの何もない草原とソフィアが言ったような深い緑の森が見える。
どこか適当なところに大穴を空けて、適当なところに地面を浮かせればセレネとアケファロスが言った通りのものも再現できるだろうし、あの森に幻術をかければ迷いの森にだってできる。
全部で七つの候補。この丘も入れれば八つか。
……
…………
………………
……! あ、いい事を思い付いた……うん、そうだそれがいい、そうしよう。じゃあ取り敢えず候補を全て魔王城として造ろうか。まずは構想からだな。
「アキが嬉しそうな顔をしてるわよ」
「ここから見える景色を見て何か思い付いたのじゃろうな。流石に何を思い付いたのかまでは分からぬが」
『どうせ面白い事ー!』
当たり前だ。もし分かったのなら超能力者だとか【思考読み】を持っているのかと疑うレベルだ。……なのでクラエルは超能力者かも知れない。
「さて、日も暮れてきたし町に行こう」
今日は良い事を思い付けたし明日から作業に取りかかろう。俺達が住む魔王城の全体像すら決まっていないのだから明日は一日中思考加速を使って設計図を作ろう、頭の中で。[脳味噌の大樹]のおかげで完全記憶できるから頭の中だけに置いておいても問題ないだろう。
それからロキシーに変形してから少し歩いて、さっきいた場所から一番近いミレナリア王国の王都ソルスミードにやってきた。転移門を使わなかったのは歩きながら考えたい気分だったからだ。特に深い理由はない。
どうでもいいが、王都ソルスミードの特産品は蜂蜜酒らしい。『運命の蜂蜜酒』などと大層な名前で呼ばれる蜂蜜酒が美味しいらしい。俺はまだ飲めないからどんな味なのか分からないが、あと4年もすれば飲めるようになるのだが、それほど興味があるわけではないので全然我慢できる。
「ぷはー! やっぱりここの蜂蜜酒は美味しいね!」
たった今スヴェルグが美味しそうに飲んでいるのがその『運命の蜂蜜酒』とやらだ。やたら美味しそうに飲むので気になってくる。
ソフィアは運命と言う言葉やその名前がつくもの全てが嫌いなようで、スヴェルグが持つそれすら視界に入れないようにしている。
どこまで嫌いを徹底しているんだと思わなくもないが、好き嫌いに示す個人の反応は様々なのでこれも仕方ない。
「ジェシカとアケファロスは飲まないのだ?」
羨ましそうにスヴェルグを眺めていたクロカが二人に尋ねる。
クロカとシロカ、クラエルには酒を飲ませていいか分からないので飲ませていない。
クロカとシロカは龍の年齢で言えば文句無しでセーフなのだが、龍種が人化した時の姿と言うのは、龍の年齢を人間のものに直した時のものになるので、人化した時の見た目が10歳~12歳程度の二人はお預けだ。
単純にここで発育が止まっている可能性もあるので、もしこれから数年発育の様子を見て一切変わらないのであれば飲ませてやろうと思う。
クラエルは言動が幼いので幼児として扱っているため、暫く酒と接する機会はないだろう。
「私はお酒に弱いからね、絶対に飲まないよ」
「えぇ。ジェシカは酔っぱらうと手がつけられなくなりますから止めておいた方がいいです」
「どうなるんですか?」
酔っ払ったジェシカを思い出したのか、しんどそうな顔をするアケファロスにソフィアが尋ねた。
「喜んだり、泣いたり、怒ったり、発狂したり……情緒不安定でしたね」
「あたしもあんな酷いの見たことないよ。……本当に」
「えぇ!? 私そんなに酷いの!?」
スヴェルグまでもが疲れたような表情をした事に立ち上がって驚きを露にするジェシカ。
「自覚がないのにお酒が弱いって言ってたんですか?」
「あ、いや、そのぉ……ほら……ねぇ……?」
「ん。お酒弱いアピールして可愛い子ぶりたかっただけ」
「セレネちゃんハッキリ言うねぇ!? ……あ! 久遠さん、今鼻で笑ったでしょ!」
「静かにしろよ。周りに迷惑だろ」
「うわ、そうやって逃げるんだ! うっわずっこい! 流石久遠さん、ずっこい!」
煽ってくるけど無視だ。今の……そしてこれからの俺は余裕があるのだから。こんな些細な事では怒らないのだ。それに今は久遠秋ではなくロキシーだ。
「ジェシカ……まさかお酒を飲んだのでは……?」
「飲んでない!」
騒ぐジェシカにアケファロスがそう心配する。今のはしゃぎようではそう勘違いされても仕方ないだろう。まぁジェシカはこれがいつも通りなのだが。
その後、案の定店員に注意されたジェシカは死んだように静かになっていた。うるさいのもいいが、場所を弁えなければただの迷惑なのだ。
そうして夕飯を済ませてから宿屋に移動する。取り敢えず二部屋とって、誰がどの部屋かを決める時にジェシカとスヴェルグが余計な事をしようとしてきたが、流石に付き合い始めて速攻で、と言うのもどうかと思うので丁重にお断りさせてもらった。
結果的に俺、フレイア、クロカ、シロカ、クラエルで一部屋。セレネ、アケファロス、ソフィア、ジェシカ、スヴェルグで一部屋だ。当然こんな人数がベッドに収まるわけがないので誰か一人か二人は地面で寝る事になるのだが、最近はそれが当たり前なので特に文句はあがらない。
フレイア達と母さんお手製の人生ゲームで遊んでいると部屋の扉がノックされた。クラエルが、とてて、と可愛らしく駆け寄って開けると、そこにはソフィアがいた。
「どうした? 何かあったか?」
「お腹一杯だと思いますがお赤飯を持ってきました」
「あぁ……そうだったな。すまん、忘れてた。ありがとう」
「いえいえ。あ、そうだ、言い忘れてました。おめでとうございます」
それだけ言ってソフィアは扉を閉めて戻っていった。
……いやぁ……赤飯もそうだが、心が温かい。俺は随分と恵まれた仲間に囲まれているのだと改めて思い知らされたな。
「わざわざ作ってくれたのね……」
「そうみたいだな」
「じゃあ、ありがたくいただきましょうか」
「あぁ」
何となくフレイアと二人で食べたい気分だったので、ゲートで王城の要石がある塔の縁に腰を掛け、落ちないように気を付けながら、二人で寄り添うように並んで食べる。
なんだか不思議な感覚だな。
この世界に来る前に居た始まりの地、遺跡世界で俺を種族から変えるに至った『食べる』と言う行為。
種族が変わった時こそ最悪な気分を味わったが、人間らしく生きれば問題ないと自分を励ましたりしていた『食べる』と言う行為。
その『食べる』と言う行為で俺は変わっている。
どんな形であれ確実に。今のこの赤飯の咀嚼と嚥下でも着実に俺は変わっているのだろう。
恐らく現在俺に齎されているその変化は俺にとってプラスの方向に変形……変化しているのだろう。
──だってこんなにも幸せなのだから。
特に赤飯が好きなわけではないが、この赤飯は今まで食べた何よりも美味しく感じた。それこそ、母さんのオムライスと並ぶぐらいには美味しかった。流石に涙はでなかったが。
「これは早めに決心をつけておかないとな」
「決心……? あぁそう言う……」
何気なく呟いた独り言にフレイアが反応してきたので相談に乗ってもらおう。早速こうして頼っているなんて情けないが。
「確認なんだけど、アキはニグレド達の気持ちに気付いてるのよね?」
「当たり前だ。あれだけアピールされてて気付かないわけがない」
今までペットだなんだのと言い訳して逃げて来たが、こうして赤飯を食べるに至るまでの関係にフレイアと進展してしまった以上、言い訳も無視もできない。何らかの形で答えてやらないといけないだろう。
「まぁそうよね。それで、アキはどうしたいの?」
「それなんだよな。好意を向けられている以上、振りたくはない。なら付き合うのかと言われれば……それもない。だってそれは間違いなく、傷付きたくないから、傷付けたくないから、と言う俺の甘えによる妥協だからだ。振る事も受け入れる事も難しい。……どうするべきだろうか?」
どちらを選んでも良い結果には転ばない。これが他人の事であれば無責任にアドバイスして終わりなのだが、俺の事となるとそうはいかない。これは俺と俺の周囲に影響を齎す事だから適当な事はできない。
「なんか、嬉しいわ」
「なにがだ?」
「アキがこうして私を頼って相談してくれている事が。いつも私が頼ってばかりだったから、こうして力になれるのが嬉しいのよ。そう、嬉しい……幸せ」
「そうか」
俺の肩に頭を乗せてくるフレイア。俺は黙って反対の肩を抱く。
「アキは……例えばニグレドに好きな人ができたらどうするの? あ、ペットだからそんなのは赦さないとかは無しよ」
「…………」
肩に頭を乗せたまま視線だけをこちらに向けてくるフレイア。逃げ道を塞がれてバツが悪くなった俺は目を逸らしてから考える。
「どう? 素直に受け入れられる?」
「無理だ。どうしても不快感が残ってしまう」
「それはアキの独占欲や所有欲、支配欲が強いからよ。一度自分と親しくなった相手を誰にも譲りたくないって言う欲が」
「……欲か」
「誰にも譲らないのなら、アキは自分だけじゃなくて相手も幸せにしてあげないといけないのよ」
「…………」
「ちゃんと相手を対等に見て、良く知って理解して、色んな事に気付いて認めてあげて。……安心して。信じて。もう誰もアキのところから離れたり居なくなったりなんかしないから。……そして最後に好きになってあげて。……私にしたみたいにね」
最後にそう言うと、恥ずかしそうにはにかみ笑いを浮かべて俺の肩から離れるフレイア。体の支えのようについているフレイアの手の甲に俺の手の平を重ねる。次第にそれは絡み付いていき、そして指と指が絡まった。
「……あぁ、分かった。ありがとうフレイア」
なるほどそれなら簡単そうだ。普通にいつも通りに過ごしているだけでいいのだから。
だがそうするには立場が悪い。
今までは対等ではなかった。ペットだなんだのと言う歪んだ意識……認識があったからいけないんだ。それを隠れ蓑にしてあいつらを正面から見ようとしていなかった。歪んだ位置からあいつらを見て、何も知ろうとせず、何も理解しようとせず、何も気付こうせず、何も認めようとしなかった。
こんな有り様で何が「何らかの形で答えてやらないといけないだろう」だ。いくらなんでも間抜けすぎる。
フレイアという存在がいながら俺はどうしてこんな簡単な事で悩んでいたのだろうか。
本当に情けない限りだ。これではスヴェルグに愚か者などと呼ばれても仕方ない。
「もし、どうしても不安で信じきれないのなら、私とかみんなに相談して。そしたらアキが心配なく過ごせるように頑張るから……ね?」
「……はは。本当にありがとうフレイア。すまないな。こんな頼りない彼氏で」
「そんなの気にしないで良いわ。……大丈夫、私はずっとアキと一緒にいるわよ……アキの全部を受け入れてね。だからどんどん色んなアキを見せてちょうだい。不変のアキも、変化のアキも全部、全部、全部を受け入れるわ。だって──私はアキと生きるって決めたもの」
真っ直ぐに、ひたすら真っ直ぐに俺の目を見つめて言うフレイア。
この言葉に嘘偽りがない事はフレイアの熱情的な瞳が全てを語っている。
本当に良かった……本当に……
「──お前を愛せるような俺が存在していて良かった」
「──私を愛してくれるアキが存在していて良かったわ」
折れて死んでしまわなくて良かった。必死に死から逃げて生き続けて良かった。フレイアと出会えて良かった。少しでも変われて良かった。力に喰われて全てを奪うだけの機械にならなくて良かった。
進むためにも、変わるためにも、変えるためにも伝えなければならない。
新しい日が来る明日。怖くて仕方ないが、いつまでもフレイアに頼りきりの情けないままではいられないから。
「明日、みんなに言おうと思う」
「あら、なんて言うのかしら?」
「主従関係は終わり。一度対等な関係に戻ってからもう一度進もうって」
「ふふふ……関係のやり直しを要求するって、まるでダメ男みたいね?」
「言わないでくれよ」




