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第276話 救いを絶ち、絶望を掬う

 ハイ・エルフのナルルースはエルフの国─ドライヤダリスを出て、人間が普通に行き交う街道へと出ていた。


 初めて目にする人間の道に冷や汗が止まらない。心臓の高鳴りが抑えられない。震える足を止められない。


 もしここでエルサリオン達と合流するまでに人間に見つかってしまえば……捕まってしまえば……そこでナルルースは終わりだ。協力してくれていたサエルミアにも余計な心配をかけてしまう。


 ナルルースはそんな怯えを抱きながら、エルサリオンの事を考えてその居場所を探る。


 そうして見えた光景はドライヤダリスを南に向かった方向──ゲヴァルティア帝国方面にある町だった。映るのはエルサリオンとサリオンとディニエルが深々と外套を羽織って飲食店で食事を摂っている姿だった。


 このエルサリオンが背負っている【契約】を反故にした代償だが、これによってエルサリオンはどこにいても、エルサリオンの事を考えている人物に居場所を知られてしまうのだ。


 そしてそれによって他者が得るエルサリオンの現在地の情報は、俯瞰映像ようなもので伝えられ、上空から見下ろすような感じで見る事ができる。

 この俯瞰映像によって得られる視界はエルサリオンを見ている人物の匙加減で視点の位置を変えられたりするので、横からエルサリオンを視界に入れる事もできたりする。

 なのでそれを活用すれば、エルサリオンを視界から外して周囲の様子を探る事ができるので、近くにある『この先○○』のような看板だったりする、居場所の手がかりになる物で居場所の特定も簡単なのだ。


 だからナルルースはエルサリオンの居場所がドライヤダリスから南下した場所にある町だと理解できた。

 いくら外を知らないエルフであっても、ハイ・エルフともなれば、もしもの事態で国外に出る事もあるので国の周辺の地力ぐらいは把握していなければならなかった。


 何の役にも立たない知識だと思っていたものがこんなところで役に立つとはな、とナルルースは苦笑いを浮かべてから外套をなびかせてエルサリオン達がいる町へと街道を走り出した。




 それからナルルースは暫く走り続けた。一時間だったか二時間だったか、はたまた三時間だったか。とにかくそんな長い間を少しも、息を切らさずペースも崩さずに走り続けた。


 通常のエルフならば人間と同様に体力が尽きてしまっていたか息切れを起こしていただろうが、上位種族であるハイ・エルフではこの程度は苦ではなかった。

 それほどまでに通常種族と上位種族の間には大きな差があった。

 故に騎士のような立場に就くハイ・エルフはドライヤダリス内では悪人を逃がさない精鋭部隊として名を馳せいた。そんな精鋭に追跡されてしまえばエルサリオンの仲間達が簡単に捕まってしまったのも当然だと言えた。

 ……ハイ・エルフであるダイロンが簡単に捕まってしまったのはただのエルフであるマグロールを庇いながら逃走していたためだ。


 途中でフードから溢れる長い耳を見た人間に追いかけられたが、こんなペースで走っているのだから追い付かれるわけがなかった。


 捕まれば奴隷に落とされるとは聞いていたが、捕まらなければどうと言う事はないのだ。


(なんだ。人間とはこの程度だったのか。……ただのエルフからしたら脅威なのかも知れないが、ハイ・エルフである私には関係がない事のようだな)


 そう考えたナルルースは先ほどまではパンパンに緊張と怯えが詰められていた心に余裕ができていた。かなり気が張っていたのだがそれもなくなり、比較的軽い気持ちで街道を走る事ができていた。


 そんなナルルースはあっという間にエルサリオン達がいた町までやってきていた。と言っても、数時間は経過しているのでエルサリオン達はもう町を出ているのだが、ここから少し行ったところを歩いているので遭遇するまではもう簡単だ。


 エルサリオン達がドライヤダリスを出てからそれほど長い時間は経っていなかったのでこうして早くに辿り着く事ができていた。


 あともう少しで追い付ける。そう考えたナルルースそこで空腹なのに気が付いた。無心で走り続けていたせいで気にする余地がなかったが、心に大きな安心感と希望が生まれた事によってそれに気付く事ができた。


 町の中を、外套についたフードを目深に被って見回すナルルース。エルサリオン達を見た時に視界に入っていたはずだが、実際に歩いて見て回ると感じるものが違った。

 自分が住むドライヤダリスとは随分違う様相の町。普段見る事がない太陽の日差しを受けて行き交う人々。何もかもが新鮮であり、それはおのぼりさんのようだった。


 そんなナルルースは全身覆う外套を羽織っている。そんな姿でキョロキョロしている者など注目されるのは当然だった。


 だから声をかけてくる者もいた。衛兵だ。町の秩序を守る立場であるから、このような不審者を見逃すはずがなかった。


「そこの人、少しいいかな?」

「む……? 私か?」

「そうそう、少し顔を見せてもらってもいいかな? そんな格好で彷徨かれると他の人が不安がっちゃうしさ……」


 ニコニコと微笑み湛える温厚そうな衛兵。そんな衛兵に嫌そうな顔をしながらも、この人間は優しそうだから大丈夫だと判断し、ナルルースは耳打ちをした。


「実は私はエルフなんだ。だから姿を隠さないと色々危ないんだ」

「あぁ~なるほど、そう言う事か。でも一応確認させてもらってもいいかな? チラッと見せるだけでいいからさ」

「……分かった」


 ナルルースは少しだけフードを浮かせてこれを見せればエルフだと判断されるであろう長い耳を見せる。それに衛兵は「うん、間違いないね」と呟いて言った。


「じゃあ気を付けてね、最近は町とか村にやってくる異種族の人々を狙った犯罪組織化とかがいるから」

「あぁ、わざわざありがとう。では、私は行かせてもらう」


 衛兵の警告に感謝を示しながらも、内心では問題ないだろうと思っているナルルース。通常種族である人間がエルフの上位種族であるナルルースに勝てるわけがないのは先ほど人間に追いかけられた時に理解しているから。


 それから適当な飲食店で食事を済ませたナルルースは再びエルサリオン達の追跡を始めた。どうやらエルサリオン達は徒歩で移動しているようで、先ほどのペースで走り続ければ日が落ちる前には確実に追い付けるだろう。


 腹を満たしたナルルースは町を出てエルサリオンの後を追い始めた。

 だが、少し進んだところでその行く手を阻む者が現れた。それは先ほど衛兵も注意していたような立場の人物達で、その中には見覚えのある顔も見受けられた。先ほどナルルースを追いかけてきていた人間だ。


 ナルルースが食事を摂っている間に先回りされていたようだ。街道を広く塞ぐようにして立ちはだかる人間にナルルースは話しかけた。


「……退いてくれないか?」

「それは無理なお願いってもんだぜ。だって俺らはお前を捕まえるためにこうしてんだからさ」

「そうだろうな。お前はさっき私を追いかけてきた奴なんだから」

「おぉ、覚えててくれたのか。いやぁ驚いたぜ……ただのエルフだと思っていつも通りに追いかけてたら簡単に逃げられちまうんだからよ」


 そう言ってやれやれと肩を竦める男からは余裕が感じられる。まるで、もう逃げられないぞ、とでも言うような大きな余裕が。

 それを察したナルルースは警戒心を強めて男達から少しだけ距離を取った。


「お前、あれだろ? ハイ・エルフとか言う珍しい奴だろ? 普通のエルフには見られないほどの肉付きのよさ、漂う雰囲気の高貴さ、俺から逃げられるほどの体力……くくく、これは高く売れる……いや、俺達だけで楽しんじまうのも悪くねぇな……」


 男は外套越しからでも分かるほどに膨らんだナルルースの胸部や太ももを見て言う。それに、こう言った事を職業としている男達は貴族などと接する機会にも恵まれていたので、人が放つ高貴な雰囲気などを知っていた。

 だからナルルースがハイ・エルフであると考えてここまでしていた。ナルルースがハイ・エルフでなければこうして待ち構えたりはしなかっただろう。


「下劣な人間め。だが、そう上手くいくとは思うなよ? 私はハイ・エルフである以前に戦闘には長けているんだ」

「あぁっ……そうかそうか。じゃあやべぇなぁ……」


 自信あり気に言うナルルースに、嘲るように言う男。


「随分と余裕そうだな?」

「いやいや、そんな事ねぇよ? 戦闘が得意なハイ・エルフ様となっちゃぁ俺らには勝ち目はないからなぁ」

「分かっているのならそこを退け」

「と言ってもそれも無理なんだよな。だからお前が俺らを倒すしかねぇんだわ。言っておくが、道を逸れたりすれば魔法や弓矢で撃つからやめておいた方がいいぜ?」


 勝ち目がないと理解しているのにどこか戦いを望んでいるような口振りの男に、これ以上ない程の怪しさを感じる。とは言ってもここは草原に伸びる街道であり、周囲には遮蔽物などないので他の仲間が潜んでいる可能性はないだろう。目の前にいる男達が全戦力のはずだ。ならなぜ男は余裕そうな佇まいで戦いを望んでいるのか。


 男の言動には不可解なものしか感じられないが、目の前の男達で全員なのだから負ける事はないだろう。


 そう考えて、外套で隠れた腰に提げた剣を抜き放ちナルルースは男達へと走り出した。何を考えているのか分からないので剣を握っていない方の手に変質前の魔力を宿して走る。


 その瞬間、浮遊感と共に視界が激しく変わる。太陽の日差しを受けていた明るい世界が急に真っ暗な世界へと変わったのだ。そして間も無く背中に伝わる鈍い衝撃。

 何が起こったのかと少しの間だけ呆然としていると、頭上から響いて聞こえる笑い声。それが気になって見上げてみれば、円形に空いた穴の回りを囲んで普段よりも遠く見える空を背にして男達が笑っている。


 ここは地面に空いた穴の中。ナルルースは落とし穴に落ちたのだ。

 中途半端に魔法などと言うものがあるからあまり使われる事はない罠なのだが、魔法に深く精通しているエルフと言う種族はこう言った魔力などが感じられない罠などに弱かった。

 土魔法を活用して掘られた落とし穴であれば土魔法を使った際に多少なりとも発生する魔力の残滓で分かるのだが、これは手作業で掘られた落とし穴なのでそれが分からなかった。

 その上、先ほども言った通りエルフと言う種族は魔法に精通している種族なので、魔力が感じられなければ警戒すらしないのだ。


 故にナルルースはこんな罠にあっさり嵌まってしまった。


「たははははははっ! 上位種族のハイ・エルフ様がこんな罠にかかってやんの! 自信満々に突っ込んで来ておいてぇ? そんで落とし穴に落ちる! 最高に滑稽じゃねぇかよ! どうだ悔しいか? 下劣な人間に、それもさっき出し抜いた非力な人間の罠にかかって見下ろされる気分はぁ!」

「……ふんっ……こんな卑怯な方法でしか私を捕らえられないなんて、哀れみすら覚えてしまうな」


 嘲りながら言う男に、精一杯の虚勢を張りながらナルルースはそう返す。

 内心では焦っていた、怯えていた。そんな恐怖はナルルースの表面にも震えとして表れていた。落とし穴に引っ掛かって捕まってしまい、そして落とし穴の口の部分も男達に囲われていて逃げられない。どうする事もできない手詰まりの状況にナルルースは震えを抑えきれなかった。


「はっ! 口では強がってっけどよ、震えてんじゃねぇか! ぎゃははははは! ……っておいおい、しかもよく見てみたら泣きかけじゃん!」


 指摘されてすぐに涙を拭うナルルース。そしてそれを笑う男達。落下の衝撃でフードは捲れていたのだ。

 誰も味方はいないのだとナルルースは絶望する。だが、絶望したところで何も変わらない。変わらずに落とし穴の中に響く笑い声。ただ笑っているだけなのに、まだ何もされていないのに、ナルルースの心は傷付けられていく。


「あー笑った笑った。んじゃあそろそろ香を焚け。持って帰るぞ」

「はい、リーダー」


 リーダーと呼ばれた男が言う香とは、睡眠へ誘う効果があるお香の事だ。

 このお香の匂いを嗅げば、直前にどれだけ眠っていようが関係なしに夢の世界へ誘われてしまう強力な物だ。


 それを使われる事を理解したナルルースは口と鼻を両手で塞ぐ。この抵抗に効果があるのかは分からないが、何もしないでボーッとしているよりはマシだ。

 それにここは街道だ。行き交う人々がこの現場を発見して助けてくれるかも知れない。


 不自然な風が穴の中に広がってくる。ハイ・エルフであるナルルースにはそれが風魔法によるものだと理解できた。それと同時にその風は形容し難い匂いを伴っていた。やはり手で覆うだけでは防ぎ切れないようだった。

 ……そこでナルルースはある事に気が付いた。


(いや、もしかすればこの魔力は、あの龍のものか……?)


 風魔法の魔力の中に、微かに別の魔力が混じっている。

 だがなぜそれを龍のものだと判断したのか……それはナルルースがいる穴から逆光に照らされる龍のシルエットが見えるからだ。


 穴の中に充満する匂いのせいで徐々に意識が遠退いていく。そんな薄れる意識を自覚しながら、ナルルースは空から降ってくる誰かを……一人の人影を見つめながら意識を手放した。





~~~~





 赤龍に乗って配下を増やしていたアルタはゲヴァルティア帝国へと戻っていた。


 いつまでも空を眺めているのも退屈だからと【遠視】を使って赤龍の背中から地上を見下ろしていた時だった。前方に一人の人間と数人の人間が対峙している光景が見えた。どうやら何か揉めているようだ。


 結構な時間を赤龍の背中に乗っていたからだろうか。退屈に満たされていたアルタはそんな些細な出来事に目を付けた。


「ちょっと止まって。下で何か揉めてる」

「了解。ですが、些細な事なのでは? わざわざアルタ様が出向く必要はないかと……」

「退屈だった……と言うか空の景色に飽きてきたからちょっと気分転換にね」

「なるほど、そう言う事でしたか」


 そんな会話を繰り広げるアルタと赤龍。

 暫く地上で繰り広げられる揉め事を観賞していると、外套を羽織った人物が走り出した。……が、ぽっかり空いた地面の中に消えていった。


「ぷふっ……落とし穴って……っ。あはは面白いなぁ……綺麗に落ちていったよ?」

「俺には見えないので分かりませんが、相当に愉快な光景なんでしょうね。見えないのが残念です」

「あぁ、そうか。君は見えないんだったね」


 そう言ってからアルタ再び地上に視線を向けた。それから少しの間地上を見下ろしていたが、数人の人間が穴を囲んでいる光景しか見えなかったのでアルタは行動を起こす事にした。話し声は【遠聴】で聞こえるのだが、やはり視覚に変化がないので行動をする。


「よし、それじゃあそろそろ突撃しに行こうか穴の真上に……って見えないんだったね……じゃあ誘導するからその通りに動いてよ」

「了解」


 それからアルタは赤龍の誘導を始めた。


「右、右、あー行き過ぎもう少し左……今度は前に行って……あ、そのぐらい! ……じゃあ行ってくるね」

「はい、お気をつけて」


 赤龍の誘導を終えたアルタはそのまま赤龍の背中から飛び降りる。肉眼で地上を窺えないようなの高さから躊躇なく飛び降りたのだ。それを耐えられるほどの防御力持っているから、そしてアルタの場合は配下の命を犠牲にできるから……命がいくつもあるから飛び降りるのに抵抗はなかった。


 そうして着地したのは穴を囲む男達の後ろだ。


 着地の衝撃で轟音を響かせ、地響きも伴って、大きく周囲の地面を陥没させて地上に降り立った。


 何事だ!? と振り返った男達は穴の中に足を滑らせそうになるものの、なんとか堪えて、濛々と土煙が立ち込める一点を睨み付ける。頭の中が目まぐるしく変わる。

 何が起こった? 敵か? どこにいる? どんな攻撃だ? いやそもそも本当に敵なのか? ……そんな男達に土煙の中から歩いてきたアルタ声をかけた。


「やぁ。僕はアルタ。突然で悪いんだけど、僕の暇潰しに付き合ってね」

「誰だお前……どこから現れやがった!?」

「僕はアルタ。空から落ちてきたんだ」

「空から落ちてきただぁ? 何ふざけた事を抜かしてんだ! 舐めてるとぶっ殺すぞ!」


 本当の事を言っただけなのになぁ……と頭を振るアルタ。そんな仕草に苛立ちを覚えたリーダーと呼ばれる男は、仲間に指示を出した。


「おい、やっちまえ。このガキに大人を舐めるとどうなるか分からせてやれ。何なら気絶させて捕まえておけ。。俺はこっちのハイ・エルフを縛っておく」

「はい、リーダー」


 そう返事をしてからアルタを囲むリーダー以外の男達。


「はい、リーダー……って、君さっきもそれ言ってたよね。洗脳でもされてるのかな?」

「黙れ。死にたくなければ抵抗するな! 抵抗しなければ綺麗な状態で売ってやる」

「僕を売る、だって? ふふ、あはは! それは大変だねぇ! 一国の王が売られるって……あはははは!」

「一国の王って──」


 アルタの発言を疑問に思った部下の一人がそう口にするが、最後まで言い切る事なく首を落とされて絶命してしまった。見れば、首が飛んだ部下の腰に提げられていた剣がアルタの手にあった。


「お、君の剣、斬れ味いいね。結構強めに振ったのに折れなかったよ。これ、君の形見として貰っておくね」

「何しやがったぁ!?」

「こうしたんだよ」


 今度はギリギリ見える速度でアルタが剣を振るった。するとまた同じように頭と胴体斬り離される男。

 こんな短時間の内に仲間が二人もやられしまった。その事に武器を捨てて逃げ出してしまいたくなるが、残りの男達は尻込みせずに武器を構えてアルタへと一斉に斬りかかる。

 連携は取れておらず、全員が出鱈目に斬りかかって行っただけだ。だが、アルタはそれを敢えて受けてみる事にした。


 防御をしないで棒立ちのアルタに浴びせられる六つの斬撃。裂かれるアルタの腕、足、首……あらゆる部位が簡単に斬り離されてしまう。


 ステータスの物防や魔防の数値などは加減によって変動させられるために、こんなに簡単にアルタは斬り裂かれた。敏捷が影響を及ぼす足の速さを加減できるように、物防や魔防もまた加減ができるのだ。


 アルタを殺した事に歓喜する間も無くリーダーの元へと向かう男達。今まで何度も人を殺してきているし、仲間を殺される事など何度もあったので男達にはこのアルタの殺害はその内の一つでしかなかったからだ。


 だが、その判断は間違いだった。死体に目を向け続けるのもおかしいのだが、それでも簡単に目を離すべきではなかった。そうすればアルタが復活するのを知る事ができていた。そうすれば背後から声をかけられて驚く事もなかった。


「あはは、僕が死んだと思って目を離しちゃったみたいだねぇ?」

「なっ──」


 驚いて振り向いた全員の口内に剣が突き刺される。それらの剣は全て自分腰に提げていた剣だ。


「自分の武器で殺されるってどんな気分なんだろうね。それにしても便利だよね【物質転移】はさぁ。人が手にしている物までは転移させられないのが欠点だけど、それでも便利だ。使い勝手がいいよ」


 アルタはそう呟きながら、土魔法で作った杭を地面に突き刺してそこに縄をかけて落とし穴へと入っている男を上から見下ろす。


「おぉ、これが落とし穴に入ってる人間を見下ろす気分か。ねぇ、さっきまで自分が見下ろす立場だったのに見下ろされている気分はどう?」

「なにっ!? なぜここに……あいつらはどうした!? ……ま、まさか一人で殺ったってのか!?」


 ナルルースを縛り付けていた男が、穴の縁に立つアルタを見上げて驚愕を露に叫ぶ。


「これでも僕は戦争を生き抜いた戦士だからねぇ……あのぐらい余裕だよ。連携もまともにとれてないし、脆いしさ。まぁ退屈しのぎにはなってるけど、面白くはなかったよね。 どうせ君もつまんないし、じゃあね」

「は?」


 それを最後にリーダーの男は喉に剣を生やして息絶えた。言うまでもなくその剣はリーダーの男が腰に提げていた剣だ。


 アルタは落とし穴に入って、眠っているナルルースへと近付いた。


(片付いた……のは良いんだけど、あとのこの一人はどうしようかな。どうせだから殺しておこうかな…………いや、そうだ。このエルフが眠っている今のうちに【生物支配】で支配してしまおう。……ふふ……敵が全滅して窮地から救われたけどもう自由はない……うん、いいねそれ。そうしよう。このエルフの端正な顔が絶望に歪むのを見てみたい)


 顔を歪ませて嗤うアルタ。そしてアルタは縛られたまますやすやと眠っているナルルースへ躊躇なく【生物支配】を使って支配した。


 自分を襲っていた人間の死を知った時の、喜びを、希望を全て裏切って踏み躙るために。

 あのままのナルルースが味わうはずだった絶望よりも、更に深い深い絶望に突き落とすために。


 絶望という奈落の底から掬い上げられた人間が味わっている絶望からの救いを嘲るように絶ち切り、救いを求める手を踏みつけるように……絶望だけを掬い上げるのだ。


 そのためだけにナルルースの一生を奪うのだ。


 そしてその命を文字通り握って、いざとなれば死んだ自分のために犠牲にして消費できるように。命のストックもできて、ステータスもスキルも増えて、そして極上の絶望を味わえる。


 これはまさに、アルタのためだけに用意されたような最高の玩具だった。

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