第274話 執拗に纏わり付く試練
手にした剣を鞘に納めた剣神は千の剣を操ってアデルとラウラに襲いかかる。クルトに襲いかからない理由は、そちらに攻撃の手を割いたらアデルとラウラを押さえ込めなくなるからだ。
千の剣もってしても押さえ込むのがやっとと言う事実に鳥肌が立つが、ダンジョン探索や神器よるステータスへの補正などを鑑みれば当然だと言えるだろう。
あと、先ほどラウラがばら蒔いた種から成長した植物は未だにそこに残っているので良い感じに千の剣を押さえ込んでいる。これも剣神がクルトを攻撃できない原因だった。
アデルの剣とラウラの杖槍が剣神が操る千の剣を打ち払う。だが、二人はそれで手一杯だし、クルトもそんな二人を援護するので手一杯。剣神もアデルラウラを押さえ込むので手一杯。
明らかな膠着状態だ。だがそれも時間の問題だ。アデルラウラの体力尽きれば即八つ裂きであるし、クルトのMPが尽きてアデルとラウラの援護ができなくなればじわじわと二人は追い詰められて着実に傷を増やしていく事だろう。
対する剣神はと言えば、千の剣の操作に必要な脳内での処理がどんどん難しくなっていき、やがては千の剣は地に落ちてしまうだろう。
ならば腰に提げた剣を使えばいいと思うだろうが、一度でも脳の処理能力が、千の剣と共に地に落ちてしまえばそこからの復帰は難しい。それこそ長時間の睡眠でも取らなければ気を失ってしまうほどに衰弱してしまう。
このまま膠着状態が続けば、先にどちらかが力尽きて終わりなのは明らかだ。だが、どちらが先に力尽きるかが分からない。
アデルやクルト、そしてラウラの三人は、大事な試練でそんな耐久勝負やどちらが先に力尽きるかなどの賭けに出るのは避けたかった。
それは剣神も同じで、自分のような酷い仕打ちを受ける哀れな罪人が増加する前に正義を振るう救世主に倒されて救われて欲しい……そう思っているのでこんなやり方で試練を終わらせるのは避けたかった。
だから両者は大きな賭けに出た。賭けをしたくないから賭けをする、と言うのも頓珍漢な話だが、そうでもしなければこの状況は動かない。だから賭けるのだ。
相手も同じ事を考えている事を願って。
剣戟が鳴り響く山頂の付近に突如訪れる静寂。
アデルとクルトとラウラ……そして剣神。その誰もがその場で同時に攻撃の手を止めた。傍から見れば全員が直立する人形になってしまったのかと錯覚してしまったかも知れない。そんな奇妙で奇怪で不思議な光景だった。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
全員が同じ思考をして動きを止めたのは明確。なら、どうして動きを止めた? などと聞く者もいない。だからこそ、会話する必要がなかった。言わずとも相手の思考が分かるから。
このままでは埒が明かない。
それを理解している四人はほぼ同時に魔力を集束させ始める。だがそれぞれが放つのはクルト以外は魔法ではなくスキルだ。
魔法とスキルは通常の生物が、行えない……行えなかった……行い難い……そんな不可能や困難だった事象を実現させてしまえる超常の力だ。故に魔法もスキルも使用すれば等しく魔力─MPを消費する。
つまりはスキルも魔法と同じく魔力を集束させれば強力なものへと変わる。これは周知の事実ではあるが、後方で安全に魔力を集束させられる魔法使い達と違って、戦闘で使用されるスキルは殆どが前衛や中衛向けのものであり、だから悠長に魔力を集束させている暇がないのだ。……誤解がないように言っておくと、もちろん後衛向けのスキルもある。
例を挙げるとすれば氷の女王─レジーナ・グラシアスが使用していた【不朽の氷柱】だ。光線を放って遠距離から攻撃できるこれは、後衛向けのスキルだった。
そんなわけで、膠着状態は不味いと思った四人は魔力を集束させてより強力な魔法やスキルを放つのだ。十分に集束させた魔力によって放たれる魔法やスキル……それに『言霊』も乗せればその威力は途轍もないものになるだろう事は目に見えている。
如何に剣神が土砂崩れを防ぐ土地神として扱われていても地形が破壊されるのは必至だろう。
そんな純粋な力比べ。数で勝っているアデル達三人が負けるわけがないと思うが、剣神が集束させている魔力も相当なもので、たった一人ありながらでアデル達三人に相当する魔力を集めているのだから恐ろしい。
これほどの魔力を保有していながらこの膨大な魔力を振るわなかったのは、一度にそんなに魔力を消費できるスキルや魔法を使えなかったからだ。
水が満タンに入った貯水槽から水を引き出すために蛇口を付けたとする。そうすればどれほどに貯水槽に蓄えられている水の量がどれだけ多くとも、蛇口が付いた事により一度に放出できる水の量には限られてしまうのだ。
……魔力を集束させて放つのは別だが、そうでもしなければこの膨大な魔力を活かしきる事は難しかった。
剣神の欠点は剣だけに真摯に向き合ってそれ以外の魔法などの技術を全く使えない事だった。
地響きを伴う吹き荒れる嵐のような魔力の流れ。近くに四つも渦巻く途轍もない威力を秘めた魔力の渦。それは全てが形として現れる前に衝突していた。既に千剣の霊峰の地形は崩壊し始めている。
木は薙ぎ倒され、土は草花と風を伴って舞い上がり視界を奪う。それでも強かに地面に残った土はそのまま裂けて口を開く。そうして開かれた大地は地響きのせいで崩れていっている。足元が不安定になるが、それでも魔力は集束されていく。
広がる惨状。まだ形として現れていないのにこの有り様だ。
これほど膨大な力の衝突は今までの千剣の霊峰では見られなかった。つまり今までの試練で剣神はここまで力を発揮していなかったと言う事。
剣神は救世主となる者への協力を惜しまないとは言っていたが、それでもこの試練で加減は必要だった。
その者が挑む脅威が剣神でも相手できるような弱い者であれば……剣神がもう少しでそれに届いてしまえる程度の者であれば、剣神が試練で本気を出す必要はない。試練が脅威以上の脅威となるのは試練として成り立たないだろうから……試練が脅威と並んだりそれに届きかけていれば試練として成り立たないだろうから。
だから剣神は本気で相手せずに加減をしていた。救世主となる者が脅威に挑むに相応しいかをこの手で確かめるために試練として立ちはだかり、救世主となる者が脅威に立ち向かえるかを見定めて鍛えてやっているのだ。
その剣神がここまでしている。
それはつまり、この【勇者】【賢者】【神徒】が、脅威である【魔王】に挑むには力が足りていない、ここまでしなければ試練として立ちはだかれないと言う事に他ならない。
「【明鏡止水】【心頭滅却】」
アデルが呟く。脳内が澄み渡り思考が鮮明になる。
「【一点集中】」
ラウラが呟く。視線が剣神の心臓に定められる。
試練として在ろうとしたからか、本当に試練として何かに認められてしまっていた剣神は世界に訪れた脅威を知れる力を得た。
だから、現在この世界に訪れている脅威である【魔王】の異常さを知っていた。それを知った上で、こうしなければ自分が試練になれないと判断していた。
試練は所詮、試練に過ぎない。試練の先に待ち構えている本命はもっと強大であるのが当然だ。……試練を突破できなければ本命には到底敵わない。
アデル達に救世主となる資格があるか。それを自らの敗北で示す。試練の敗北で資格を示し、救世主となる者の強さを認める。それが試練の在り方。
故に剣神は何かに認められた正式な試練として眼前の者達に、強大過ぎる脅威に立ち向かう資格があるかを、全力を以て試す。
「──はぁっ!!」
一本の剣を手にした剣神は短く裂帛の声を上げ、そして剣を振り上げ、それを振り下ろした。この後に響く轟音がなければ剣神の声は木霊となって耳に届いていただろう。
「──【光明の太刀 絶光】っ!」
アデルが放つ光すら覆い隠す目映く明るい、正眼の構えから素早く放たれる斬り下ろす一太刀。
「──【槍天 禍穿ち】ぃっ!」
ラウラが繰り出す正確無比に心臓を狙って放たれた災いを穿つ鋭く尖った一突き。見れば杖の役割を果たしている方の先端から清浄な光が漏れ出ており、それはラウラが手にする杖槍を覆っていた。
そしてクルトが放つ無詠唱の炎と雷が混ざった暴虐の魔法。それは仲間に当たらないぐらいの極太の光線として現象になる。
剣神の心臓へと正面から一直線に迫るラウラがいて、剣神から見て右側から斬り下ろすアデルがいるので、その魔法は空いている、剣神から見て左側から放たれた。
それらの一連の攻撃は完全に同時に放たれていた。
光を覆い隠すほどの目映さを放つアデルの斬撃と、心臓を狙って放たれた正確無比なラウラの一突きと、痺れを伴って灰すら残さないほどに焼き焦がすクルトの強力な魔法。
三方向からの同時攻撃。剣を一本しか手にしない剣神には防ぎようがないように見えるが、そうでもない。三人からの同時攻撃を予測していた剣神はそれに対処できるスキルを使用していたのだ。
「【分かたれし腕】」
先ほどまで『言霊』の存在を知らなかった剣神だったが、アデルが『言霊』を用いて使用していた【鎌鼬】【紫電一閃】の威力が、自分が使用するものよりも遥かに高い威力伴っていた事から、スキル名を言葉にして発する事でスキルの威力を向上させられる『言霊』の存在を認識し、こうして使用する事ができた。
剣神が使用した【分かたれし腕】とは、相手の攻撃の数だけ腕を増やすと言うものだ。そして、【分かたれし腕】によって一時的に増えた腕は、どんな攻撃でも一撃だけなら防げると言う非常に狡い効果を持っている。
そして元々体に付いている二本の腕はそのままなので、これで計五本の腕が剣神に生えている事になる。
三人の攻撃を防ぐために増やされた肉壁となる腕はしっかりとその役目を果たして三人の攻撃を受け止めた。
目を見開くアデルとクルトとラウラ。遠くにいるクルトはともかく、近くまで接近していたアデルとラウラは、元々生えていた剣神の二本の腕によって、それぞれ剣神の攻撃を受ける事になった。
右利きである剣神の右側から迫っていたアデルは腹部を横薙ぎに、正面から迫っていたラウラは剣神の左腕を頭を掴まれ、アデルの腹部を裂いた後の剣で、再び腹部を貫かれる事となった。
これが実戦であれば心臓を貫かれて終わりなのだが、これは試練だ。殺してしまうわけにはいかない。そんな理由から剣神が行った攻撃は腹部を裂いたり貫く事だった。ここなら心臓も近い上に最も安全に死を間近に感じさせられると判断して。
剣で裂かれたアデルはそこを押さえて、貫かれたラウラは再び地面に落ちて少しだけ転がる。
アデルの負った傷の位置は違うが、ほとんど先ほどの攻防の再現でしかなかった。クルトが先にラウラに駆け寄るのも同じで、アデルが再び剣を手にして剣神と対峙するのも。
だが、剣神が紡ぐ言葉は同じものではなかった。それはこの試練の終わりを告げる言葉だった。
「すまない、思わず反撃してしまったが、お前達は合格だ」
「……へ?」
苦痛に顔を歪めるラウラと、それを治療するクルトは反応できなかったので、剣神の言葉に反応したのはアデルだけだ。
「先ほどの攻撃、あれを実戦で受ければ間違いなく私は死んでいただろう。だがこれは試練であり、私も試練だ。私は死ぬわけにはいかない。だから攻撃せずに防がせてもらった」
「……合格……?」
「あぁ。あれが実戦であれば私は防ごうとせずに攻撃をしていた。そうすれば私は死に、お前達の勝ちだった。だから合格だ」
これが試練ではなく、実戦だったとしたら攻撃を防がなかったから負けていた。そう言って合格の判断を下す剣神。
嬉しい判断ではあるのだが、真剣に戦っていた自分が馬鹿にされているような気がしてアデルは反発した。
「そんなの認められないよ! ボク達はあなたを打ち負かしにきたんだ、勝手に負けを認めて終わろうとしないでよ!」
「あぁ、そう言うと思った。だが、これは試練だ。脅威に立ち向かうお前達が死ぬ事は赦されず、これから先も試練でらなければならない私も死ぬわけにはいかない。模擬戦や稽古ならともかく、お互いの全力を以てぶつかり合う試練ではこうしなければならない。誤って殺してしまったり殺されてしまったりするからな」
「…………ぅくっ……! 確かにそうだけど! でもっ……!」
この試練が使い捨てのゴーレムなどとの戦闘であれば気兼ねなく戦えたのだが、相手は死んだら生き返れない人間なのだ。使い捨てのゴーレムであれば補充できるが、人間であれば補充はできない。死んでしまったらそこでその試練はなくなってしまう。これから先の未来にも続く試練である剣神がここで死んでしまうわけにはいかない。
アデルはそれを理解するが、どうしても気持ちが追い付かない。
「そこで、だ。この戦い続きではないが、その代わりにお前達を鍛えてやろうと思うんだ。これなら私と戦いながら強くもなれる。そうすればいずれはその不完全燃焼な戦意も満たされるかも知れない。……どうだ?」
「…………クルト、ラウラ、どうする?」
剣神の提案を受け入れるべきかそうでないか相談するアデル。ラウラの傷も大分治ってきているので一応ラウラにも聞いておいた。
「剣神のように強い人に鍛えてもらえるのはとても僥倖だよ。俺は受け入れるべきだと思う。……試練として俺達を試している立場なのだからこんな提案をしておいて不意打ちしてくる事もないだろうし。……騙されやすいかどうかの試練って言うならどうしようもないけどね」
「私も……この提案は受けるべきだと思います……正直、今回は三人と言う数の有利で勝ったようなものですしね。これから先、【魔王】と戦うのなら個々の強さが必要だと思います」
二人の意見を聞いてからアデルは剣神に向き直る。
「……うん、分かった。剣神さん、ボク達を鍛えてください」
「あぁ、もちろんだ」
こうして熾烈な戦いはあっさり簡単に、そして平和的に幕を閉じた。
そして新たに始まる、剣神によるアデル、クルト、ラウラの三人の強化合宿。合宿と言う通り、千剣の霊峰に泊まって朝から晩まで特訓をするのだ。
それは一人一人を相手にして行う一対一の特訓なのだが、その中で、誰か一人が剣神の足元に及ぶ事はなかった。千の剣を操っている状態の……ではなく、一本の剣を手にしているだけの剣神の足元に及ばなかったのだ。神器を装備していても、スキルや魔法を使って本気で挑んでもだ。
「弱すぎるな……どうやらお前達は連携が上手いからそれに頼りきりになっていたようだ。そのせいで個々の力が弱くなってしまっている。……連携をやめろとは言わないが、もう少し実力を磨かねば。……前途多難だ……」
剣神の言う通り、アデル達三人は連携によってここまで戦えていた。だが、そのせいで個々が弱いままだった。もちろん、一般人からすればその個々の実力は相当なものなのだが、【魔王】を討伐する立場にいる人間だとしてみれば、歴代の【勇者】や【賢者】の中でも最弱と言えるだろう。
だが、アデルは自分が持つ固有能力【成長速度倍加】のおかげでみるみる間に剣神の技術や戦術を覚えて成長していった。その中でいくつか剣神のスキルを真似して習得できたりもしていた。
クルトはこれ以上魔法の練習をしても成長が見込めない辺りまできていたが、やはり魔法のレベルが成長しないせいで通常の賢者ほどの力は得ていなかった。クルトは自分にかけられた呪いを解呪しなければならなかった。
一番の問題はラウラだった。アデルように成長を促進させるスキルを持っているわけでもないし、クルトのように何かの高みへと至っているわけでもない。あるとすれば【植物操作】と言う固有能力と杖槍と言う便利で特徴的な神器があるだけだ。……言ってしまえばほとんど、正常で普通な一般人と変わらない成長速度だった。
剣神は今まで何度か【勇者】や【賢者】を鍛えてきた事があったのだが、今代から誕生した【神徒】をどう扱えばいいのか、どんな方向性で鍛えればいいのかが分からなかったので教える事がなく、ただ手合わせをして個々の戦い方だけを学ばせている状態だった。
もし、こんな状況に陥ったのがアデルやクルトであれば、寝る間も惜しんで自主練習していただろうが、これはラウラだ。これまで何もかもを、何とかなる、運が良いから、とかで済ませてきたラウラだ。今さら強くなるために努力をするのだろうか。
ラウラに訪れたのは新たな試練だった。ここから強くなるために努力できるかどうかの試練だった。
だが、そんな新たな試練を悟ったのかラウラは自主練習をしていた。アデルかクルトが剣神と戦っている間も、夜にアデルとクルト、そして剣神が寝静まった後も。
すると、驚くほどあっという間に実力をつけていくラウラ。
元々ラウラは学習速度や上達の速度がはやい人間だったのだ。足を怪我した時、植物の補助を受けながらもその補助に素早く適応して今まで以上の動きができていた。
ただ、今まではそれをしなかったから目立たなかっただけで、少し本気を出して頑張ればすぐなのだ。
だが、どうしてラウラは急に努力する気になったのか。
それはアデルとクルトに置いていかれたくないからだ。ただでさえ、幼馴染である二人との旅に若干の疎外感を感じながら旅をしているのだ。実力でも置いていかれてしまうわけにはいかない。
それに、【勇者】や【賢者】と並ぶ存在である【神徒】などと言う存在になってしまい、二柱の魔王の討伐などと言う無理難題を押し付けられて命が危険に晒されているのだから、死んでしまわないためにも努力して強くならないといけない。だからラウラは努力を始めた。今までのように流れに任せて強くなっていては間に合わない、追い付けないからこうして努力を始めた。
ラウラもラウラなりに生きるための行動を始めたのだ。
……とは言ってもまだ心のどこかに願いが、祈りが、すぐに何かに縋ってしまう甘えが残っているのも事実だ。
取り敢えず努力はするけど、いつかきっと誰かが魔王討伐をやってくれる。世の中には剣神のような隠れた強者が隠れているのだから。
私は運命の女神の加護を持っているのだからきっとなんとかなる。
最初に盗賊に襲われた時、ティアネーの森でテイネブリス教団に捕まってた時、ゲヴァルティア帝国の騎士に襲われていた時とかにいつも助けてくれたように、クドウさんが颯爽と現れて助けてくれる。
最後の一つについてはラウラは気絶していたために知り得ない事のはずだが、ラウラはフレイアから聞いていた。
それだとしても、そんな他人任せで他人頼りな思考は抜けきっていなかった。小さい頃からずっとこの考えだったのだ。今さらそれが劇的に改善されるわけがなかった。
変わってはいるのだが、結局は同じだ。そんなものは変わっていないも同然だった。ラウラは表面上だけ変わってはいるが、それ以外は全く同じだ。
植物が根を張るように、ラウラの心に深く根付いてしまっているのだ。別に性根が腐っているわけではないが、それに近しい何かであるのは間違いない。
そんな思考をしていながらもラウラは取り敢えず努力はしている。その甲斐あって、前衛や後衛としての実力はアデルとクルトに満たないものの、それでも中衛として十分に立ち回れるほどの、そして一人でも十分に立ち回れるほどの力をラウラは身に付けた。
そうして数日間の千剣の霊峰での強化合宿を終えて、アデル達三人は下山した。その最中に剣神に名前を尋ねてみたが、剣神は「覚えていない」「もう忘れた」と言って名乗らなかった。ステータスを見れば済む話ではあるのだが、それも特殊な事情があって意味がなかったようだ。
下山した際に、自分達が剣神との試練で戦っている時に発生させた土砂崩れや落石などで滅茶苦茶になっていた、千剣の霊峰の麓にある村の復興を手伝い、自分達のせいで死んでしまった人間がいることを知ったせいで沈んだ気分になったまま、アデルとクルトとラウラはアブレンクング王国へと馬車に乗って帰国した。
アデル、クルト、ラウラの三人はこの沈んだ気分を乗り越えられるのだろうか。ある意味、これも試練の一つだと言えた。折れない強い心を持っているかどうかを確かめるための試練だと。