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第270話 エルフ達

 エルフの革命家、エルサリオン。その配下はほぼ全滅し、それを従えていたエルサリオンは窮地に陥っていた。

 残るのは、エルサリオン、サリオン、ディニエル、マグロール、ダイロンだけだ。


 エルサリオンの配下がほぼ全滅するきっかけとなったのは、やはりエルサリオンが【契約】を反故にした事によって、自分の居場所がバレてしまうと言う足枷をつけられた事だろう。


 それによりエルサリオンの居場所がバレてしまい、部下達が追っ手に捕まり、尋問とは言う名の拷問を受けて各地に点在する拠点の場所を吐いてしまったのだ。


「どうすんだ? 俺達以外みんな捕まったけど……新しく仲間を増やそうにも、サリオンがエルサリオンの仲間ってのもバレた。……詰みだぜ? これ……」


 薄暗い森の中で焚き火を囲む五人。そこでマグロールがやる気なさげにエルサリオンに言った。


「……ここまで来たんだ。最後までやり遂げるしかないだろう。拷問までされた奴もいる。……もう、今さらやめる事なんてできない」


 エルサリオンは焚き火だけを見つめてマグロールに答える。これが無茶なのは理解している。

 だが、自分の計画に付き合ったばかりに捕らえられ拷問されてしまった仲間の事を考えると、今さらそう易々と諦める事はできなかった。


「そうですけど、どうしようもないのが事実です。たった五人で一つの種族を変えるなんて不可能ですよ。まだドライヤダリスに何も被害を与えていない今の内に自首すれば少しは罪が軽くなるかも知れません」


 ダイロンが眼鏡を持ち上げ、長い前髪が顔にかかっているのでそれを払いながら言う。


「ディニエルはどう思うんだ?」

「え、私は……いや、私も……自首した方がいいと思います……理由は皆さんが言った通りです……」


 エルサリオンがディニエルにも尋ねるが、ディニエルも計画の続行に否定的な様子だった。

 それに対して困ったようにボリボリ頭を掻くエルサリオン。弟のサリオン以外がもう諦めてしまっている。


 ……だが、仲間が拷問にあったからやめられない、計画の続行が不可能だから自首する、とか以前に、これは歴とした反逆だ。国の在り方に不満を抱いて国の不利益になる行動を起こす。例えそれが種族のためであってもだ。

 言うまでもなく国への反逆は大罪だ。何も成し遂げていなかったとしても、国へ反抗した時点で罪が軽くなる事はなく、限りなく重い罪が科せられるか、死刑になるのは決定しているようなものだ。


 それを理解していないわけではないが、ただ、マグロールもダイロンもディニエルもこれ以上何かを失う苦しみを味わいたくないし、心が折れそうで弱音を吐きたくなってしまっているだけだ。


 それを察しているからこそエルサリオンは頭を掻いていた。

 現実と言う弱音を吐く三人に気の良い言葉をかけてやる事ができないからだ。

 この現実は事実であり正解であり間違っていないから、だからそれを否定して励ます事ができない。


 だが、これを否定しなければこのまま心が折れて本当に自首し兼ねない。


 自首の果てに待っているのは斬首。

 自分に力を貸してくれた大切な仲間を失うわけにはいかない。


 難しい。難しすぎた。革命も反逆も励ましも、全てが難しすぎた。


 革命、反逆は、単純にそれを為すための人材が足りないし、その上、首謀者の位置情報が常に敵に知れ渡っているから不可能だ。

 励ましは、仲間に甘い嘘を吐いて正しい現実を否定する事ができないから不可能だ。


 手詰まり。エルサリオンは頭を掻いている手を離さずにそのまま頭を抱え込んだ。


「兄さん……」

「俺を兄さんと呼ぶな……っ!」


 頭を抱えるエルサリオンを心配するサリオン。だが、エルサリオンはそのまま叫ぶようにサリオンを怒鳴り付けた。


(どうしてなんだ……どうすればいいんだ……俺は正しい事をしているはずなのに。 俺達エルフが『無駄に資源を食い潰す世界の穀潰し』などと貶されないようにこうして外界と関係を持たせようとしているのに……なぜこうも上手く行かないんだ……っ! ……ただのエルフである俺には分からない……ハイ・エルフ達が考えている事が。誇り高いエルフ族ならばこんな呼び方を嫌うはずなのになぜ邪魔をするんだ)


 エルフと言う種族を率いているのはハイ・エルフだ。つまるところ、ハイ・エルフとは人間で言うところの貴族のようなものだ。

 ただの平民(エルフ)であるエルサリオンは、エルフとハイ・エルフの違いに戸惑っていた。

 誇り高いエルフがなぜこうして『無駄に資源を食い潰す世界の穀潰し』のままでいようとするのか、と。


「サリオン……お前にはなぜハイ・エルフ達が俺達の邪魔をするか分かるのか……?」


 エルサリオンはチラリと顔を上げてサリオンを見つめて言う。


「……分からない」


 ハイ・エルフである弟にも分からないと知り、エルサリオンは溜め息を吐いて顔を伏せた。


 サリオンはエルフからハイ・エルフへと進化した珍しい個体だ。大体のハイ・エルフは生まれた時からそうだと言うのに、サリオンは進化してハイ・エルフへと至っていたのだ。 ちなみに進化の原因やら条件やらは、詳しく分かっていない。


「……なら、もう俺には何も分からない。誇り高くあるべきなのがエルフだと言うのに……どうして王は……」


 エルサリオンは思考放棄気味な思考に再び没頭する。

 そんな兄の姿を見たサリオンは他の三人へと声をかけた。


「マグロール、ダイロン、ディニエル。お前達の言う事はもっともだ。だが、俺達はもう引けない。こうして国に叛いてしまった以上、最後までやり遂げるしかない。何かを失って折れそうになっても……いや、折れてもだ。折れても折れても、最後までやり遂げるしかないんだ。これから先の未来でエルフと言う種が発展するために、停滞したままでいる事は許されない。だから立ち上がるんだ。何度でも」


 三人を順番に何度も往復して見回しながらサリオンは言う。それが心に響いたのかどうかは分からないが、頷く三人の表情はいくらか明るくなっているように思える。


 残る問題はサリオンの隣で頭を抱えながら何かを考え込んでいるエルサリオンだけだ。


「兄さ……エルサリオン。いい加減顔を上げたらどうだ?」


 先ほど注意されたのを思い出してサリオンは言い直した。エルサリオンは片目だけをサリオンに向けるだけだが、話を聞くつもりはあるようだった。


「エルサリオン、この世は全てが力で決まるんだ。権力だったり人材だったり、単純に膂力とかのな。エルサリオンもそれを十分に体験したんじゃないか? 拷問と言う力に訴えるやり方を知り、人材による差を知った。そしてそれらが権力で動かされるのも知った。だから弱者である俺達は窮地に陥っている」

「何が言いたいんだ?」

「弱いままではいられない。強くなって自分の力で正義を勝ち取るしかない。だから、この森を出よう」

『!?』


 サリオンの発言に驚くエルサリオンとその他三人。

 今までは森の外で奴隷にされたりせずに安全に行動できるように戦力を蓄えていたが、その戦力はもうない。

 つまりこの状況で森の外に出るとう言う事は途轍もない危険を冒すようなものであり、サリオン以外の四人が意識の外側に置いていた事だ。


「何言ってんだ!?」

「……あ、危ないですよ……っ」

「いくら何でも無茶ですよ!」


 マグロール、ディニエル、ダイロンが口々に言うが、エルサリオンだけは黙り込んだままだ。


「森の外に出て、エルフ以外の種族との関わりを持つしかない。そして協力を得て戦力を増強し、エルフの意識改革を行うしかない」


 サリオンが言う。そしてそれにエルサリオンは頷いていた。


「もうそれしかないだろう。捕まって処刑されるより、危険を冒して俺達が未来を捕まえる。間違いなく大変な道になるだろうが、最後までやり遂げるにはこれしかない」


 エルサリオンのその言葉に暫く考え込む三人だったが、マグロールとダイロンが視線を交差させて何かを伝え合う。


「冗談じゃないぜ、なぁダイロン」

「えぇ。冗談じゃありません。これからは別行動にしましょう。私とマグロールさんは今まで通り森で仲間を募ります。そして戦力を蓄えて確実に意識改革を成功させます。……ディニエルさんはどうされます?」

「……私は…………エルサリオンさんとサリオンさんについて行きます……」

「じゃあ、エルサリオンとサリオンとディニエル。俺とダイロンで別れて行動だな」


 話し合いの結果、分かれて行動する事になった。

 これは喧嘩別れや決別などではなく、あくまで別行動や分担と言ったような立ち位置だ。数少ない同じ志を抱く者達同士で喧嘩別れなどやっていられないのだ。意見が食い違っても仲間意識はなくさない。


 行動の方針が決まったエルサリオンとサリオンとディニエル。マグロールとダイロン。それらは翌日には一度別れてそれぞれの行動を始めた。

 エルサリオン達は森の外へ。マグロールとダイロンは森の中で仲間を募る。


 エルサリオン達がマグロールとダイロンが追っ手に捕まったと言う知らせを耳にするのはそれから間も無くだった。







~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~







 ハイ・エルフのサエルミアは無気力的でマイペースで面倒臭がりの小柄な少女だ。秋がエルフの国─ドライヤダリスに来た時は干された布団のようにして会話に参加していた。


「サエルミア様、反逆者のマグロールとダイロンを捕縛致しました。どうされますか?」


 サエルミアの側に立つ使用人の男がそう伝える。

 大の字になって寝転がっていたサエルミアは首だけを動かして答えた。


「ん~……適当にやっておいてよ~……」

「了解しました」


 あまりにも適当な指示だが、長年サエルミアに仕えている男はあっさりそれを受け入れて部屋を出ていった。

 サエルミアただ一人となった一室。そこで天井を仰ぎながらサエルミアは考える。


(エルサリオン達とは別行動してたんだし、何の情報も知らないだろうし、役にも立たないと思うけど)


 エルサリオンの事を考え動向を探っていたサエルミアはそう考える。

 サエルミアの脳裏には森を出てのうのうと街道を歩いているエルサリオンとサリオン、そしてディニエルが映っている。その三人は物珍しそうにキョロキョロと周囲を見回している。……かくいうサエルミアも例外ではなかった。エルサリオンを探知できる能力を使用して森の外を見ていた。


 安全圏から森の外がどうなっているかを知れるなど、なんと便利な事だろうか。特にエルサリオンに興味がないサエルミアであったが、今ばかりはエルサリオンに感謝していた。


 そんな時、サエルミアの部屋の扉が叩かれた。


「サエルミア様、ナルルース様がいらっしゃっています」

「ナルルースが~? 取り敢えず入れてあげて~」

「了解しました」


 それから少ししてナルルースがサエルミアの部屋へとやってきた。


「君は相変わらず怠惰だな」


 大の字で寝転がっていたサエルミアを見たナルルースは呆れたように呟いた。部屋に入ったナルルースの視線が最初から地面に向いていた事から、サエルミアは常にこの調子なのだろうと考えられる。そしてそれを知れるほどには二人の仲がいい事も分かる。


「んー……それで、いきなりどうしたの~」

「実はな、フェニルに家出をされてしまったんだ。その相談をしに来たんだ」

「え~……夫婦間のいざこざに部外者の私を巻き込まないでよ~……」


 眉をひそめるサエルミアは面倒事の匂いに溜め息を吐いてナルルースの言葉を待つ。


「すまない。だが、君にしか話せない内容なんだ。分かってくれ」

「はぁ~……話を聞くだけならいいよ~……」

「ありがとう。まず──」


 それからナルルースは大まかな事情を説明した。

 フェニルと喧嘩した事、そして全裸に引ん剥かれて人間に辱しめを受けた事、それから自宅に帰ればフェニルが失踪していた事、どう考えてもあの人間がフェニルを連れ出すための時間稼ぎをしていたようにしか思えない事。


「ふ~ん……で、ナルルースはどうするの~? 私にどうさせたいの~?」

「どうって……あの人間を一緒に捕まえに行ってくれないかと思ってな」

「ん~それに何で私が協力すると思ったの~?」

「あの人間を疎ましく思っているんじゃないのか? 君がわざわざ表に出て来てまで追い出そうとしていたぐらいだし」

「でももういなくなったじゃん~。じゃ~私が関わる必要なくな~い? ……それに、あの人間には関わらない方がいいよ~?」


 サエルミアの最後の一言に「え?」と反応するナルルース。それに構わずサエルミアは言葉を続けた。心なしかその表情が怯えに染まっているようにも思える。


「あの人間はね~……異常だよ~……私が直に見たから言える。……って言うか、あれは人間かどうかも怪しいよ~。 纏っている魔力が明らかに人間のものじゃなかったもん。エルサリオンを介して外の人間を見たから確実に言えるよ~」

「……君が見てそう感じたのか……なら、あの人間は相当に危険な存在のようだな」


 サエルミアは他のエルフ、ハイ・エルフよりも魔力を可視化する力が強い。通常のエルフやハイ・エルフでは見えない魔力の存在すらも感じ取る事ができてしまう。そんなサエルミアが、異常だと言う人間かどうかも怪しい存在。


 それを理解したナルルースも少し青褪めるが、それも一瞬だった。そんな怯えなんかより、自分の美や魅力を嘲笑われたナルルースはその怯えを怒りに変換していた。


「だとしても、私のフェニルを奪ったあの人間を諦められるわけがない。フェニルをあの人間から助け出すために……頼む、サエルミア。私に力を貸してくれ」


 頭を下げるナルルース。フェニルを助け出すため、などと宣っているがその本心は秋への復讐だった。ナルルースに魅力を感じず辱しめ、嘲笑った秋への復讐だ。

 そのためだけに、復讐対象に怯えている友人を騙して利用しようとしている。実に性格が悪いナルルースだ。


 ……ちなみに、秋も思春期の男性であるために、目を逸らしながら見た目だけは綺麗なナルルースを引ん剥いていたと言っておこう。決して無感情で作業的に行っていたわけではない。

 更に言えばそんな精神状態の人間が全裸の女性を嘲笑うなどできるわけがないので、これは完全にナルルースの妄想だ。


 これがナルルースが人から好意を向けられない原因の一つ、被害妄想が激しいと言う部分だ。


「ん~……ナルルースがそこまで言うのなら~……協力したげる~」


 そんなナルルースは頭を下げたと言う事に意思の強さを感じたサエルミアはそう言う。


「本当か!?」

「ただし~私はドライヤダリスから出ない」

「なに……? ではどうやって協力を……?」

「ナルルースは~……まずエルサリオンと合流して~。そしたら私がエルサリオンを介してナルルースを監視するから~」


 森を出ずにどうやって協力するんだとナルルースが尋ねたが、サエルミアの答えに「なるほど、名案だ」と頷きながら言うナルルース。だが、すぐに別の問題に思い至った。


「情報のやり取りはどうするんだ?」

「ん~……私は【念話】を使えるからそれですればいい~。私の家の倉庫には~【念話】を習得できるようになる『技能の果実』があったと思うから~……それを使ったらいいよ~」

「『技能の果実』!? そんな貴重なもの……本当にいいのか?」

「いいよ~……どうせ私は使う必要がないし~」


 二人が言う『技能の果実』とは、精霊樹になる木の実の一種だ。これは金色に輝いており、見るからに貴重そうな見た目をしている。

 そして精霊樹がこの『技能の果実』をつけるのは稀で、百年に数個採れるかどうかと言った程度のものだ。


「ありがとうサエルミア。じゃあそれで決まりだ。本当にありがとう」

「ん~いいよいいよ~」


 それからナルルースはサエルミアの使用人に連れられて【念話】を習得できる『技能の果実』を取りに行った。その倉庫は綺麗に掃除されており、誇りっぽい事などなかった。寧ろ深呼吸してしまいたくなるほどに綺麗に掃除されていた。


「こちらでございます」


 使用人が手で指すのは華やかな装飾が施された箱だ。触れるとひんやりと冷たい。果実を保管するためのものなのだから当然だ。

 ……『技能の果実』を初めとした精霊樹の木の実が腐ると言う話は聞かないが、万が一『技能の果実』が腐敗してしまったら損害が大きすぎるので一応と言ったものだ。


 ナルルースがその箱を開けると、そこには金色に輝く美しい果実が顔を覗かせた。倉庫の天井から吊るされた明かりを反射してとても綺麗だった。


 本当にこんな綺麗なものを食べていいのかと思うが、これが『技能の果実』で、サエルミアから許可も得ているので躊躇いを振り切って金色の果実を手に取った。

 そして一気に囓る。一口、二口、三口……以外にも食べ応えがあるのに驚きながらナルルースは『技能の果実』を食い尽くした。


 確認のためにステータスを開くと、そこにはちゃんと【念話】と記載されていた。もし記載されていなかったらどうしようと思っていた事は胸に秘めたままホッと胸を撫で下ろした。


 これであの男を追いかけて復讐する事ができる。

 そう考えるとナルルースは密かに笑みを浮かべてどのように復讐するかを考え始めた。そんな未来の思いを馳せるナルルースは、使用人に声をかけられるまで恍惚とした表情で天井を仰いでいた。







~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~







 追っ手に捕まったマグロールとダイロンはそれぞれ別々の部屋に連れられて、椅子に縛り付けられていた。


 こちらはマグロールの部屋だ。マグロールへと数々の質問を投げ掛けられ、それに答えなければ椅子からは電流が流される。それでも答えなければ思い切り殴られる。それで歯が折れようとも答えなければ次は一枚の爪を剥がされる。皮膚を捲られるような痛みを伴ってそこから流れる自分の血液に怯えを隠せない。


 そんな怯えを悟った拷問官は、先ほどまで爪があった傷口を冷たい氷で撫でながら再び問い掛ける。


「エルサリオンはどこにいる?」


 そんな事はエルサリオンの事を考えれば誰でも把握できる事だが、万が一それが偽の情報などであったらいけないからこうして仲間に尋ねる。

 万が一の可能性を考慮して拷問をすると言うのも異様な話であるが、エルフ全体の意識を変えてしまう反逆者が相手なのだから容赦はしていられなかった。


「…………っ!」


 それでもマグロールは答えない。見かねた拷問官は舌打ちをしてから傷口に氷を固定して部屋を出た。


 暫くして部屋に帰って来た拷問官は開口一番に言った。


「ダイロンは吐いたぞ」


 その一言に呆然とするマグロールだったが、すぐにそんなわけないと考えて頭を振った。マグロールとダイロンはエルサリオン達と別行動をしているので居場所を知るはずがないからだ。


「ゲロの話だがな。……さて、お前の仲間がゲロを吐くほどの拷問を受けているのだからお前も吐かせて平等にしてやらなければ不公平と言うものだろう。ほぅら飯の時間だ」


 そう言って拷問官が差し出すのは吐瀉物にしか思えない中途半端に液体になり中途半端に固体のままの状態を保つ異臭を放つ物体だ。

 これは紛れもない吐瀉物であった。


「ダイロンがお前のために作ってくれた飯だ。……あぁ、ダイロンの前にこれを吐いた……じゃなくて作ったのは誰だったかな…………そうだ。イドリアルとか言う女だったな」

「……!? んー! んー! んー!」


 イドリアルと言う人物名に反応したマグロールはそこで初めて声を上げたが、最初から口を塞がれているためにそれは言葉ではなく音として表れた。


「やっと喋る気になったか」


 拷問官は、喋る気のない奴の口をわざわざ開けさせておく意味がないと考えていたので最初からマグロールの口を塞いでいた。拷問による悲鳴などにはもうウンザリしていたのだ。


「イドリアル……! イドリアルは無事なのか!?」

「必死だな。もしかして兄弟とか? お前の娘とか? あぁ、彼女か?」

「早く答えろ!」


 彼女か? と言う言葉に反応を見せたマグロールは、鬼のような形相で拷問官を睨み付ける。


「さぁ? 用済みになったから後は知らないな……」

「ふざけんな! イドリアルと会わせろ!」

「無理無理。だって廃人みたいになっちゃったんだしな。……お前だって壊れた奴に用はないだろう?」


 先ほどよりも増した怒りの形相で拷問官を睨み付けるマグロール。


「話が逸れたな。ほら、お前の彼女のゲロを食ったダイロンのゲロだ。これ食って腹が膨れたらエルサリオンの居場所を吐けよ?」

「ふざけ……んぐっ!?」


 口を開いたマグロールの口内へと突き入れられるスプーン。それには吐瀉物が乗せられていた。


「んぐぅっ……ぅぐっ……ぐぅっ……」


 そうして嘔吐いてからマグロールは吐瀉物を吐いた。それは足元に置かれていた吐瀉物で満たされた皿に落ちた。


 腐ったような味。喉を焼くような酸味。鼻の奥まであがってくるその吐瀉物の味に嘔吐きが止まらなマグロール。


 苦しみを紛らわすために足をジタバタさせようにも椅子の足に縛り付けられている。喉に指を突っ込んで全て吐き出したいが、腕は椅子の肘置きに固定されていて動かない。


「お前も次の奴のために飯を作ってくれるのか。これを食うのは誰だろうな。ディニエルか? サリオンか? エルサリオンか? とにかく、お前の仲間全員が協力して作ったんだから、エルサリオンには完食して欲しいよな」


 夢を語るように独り言を言う拷問官を、息を切らし、唾液や鼻水、涙や汗を垂らしながらマグロールは睨み付ける。


「頭おかしいんじゃねーか、お前」

「おかしくなけりゃこんな仕事はしない。当たり前だろう? ……お前は頭が悪いようだ。ほら、早くエルサリオンの居場所を吐け」

「ははっ、断る!」

「そうか」


 拷問官は平坦な声音でそれだけ言ってマグロールの口に布を巻き付けて布を噛ませるようにした。その手にするのはペンチのような形をしている道具だ。


 大丈夫だ、聖魔法がある。いくらこいつに傷を付けても死なせなければ何度でもできる。


 そう考えて拷問官はペンチのような、血が滴る器具をマグロールへと近付けた。

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