第269話 赤く燃ゆる赫赫たる灰
さて、自分の理想と在り方を再認識したところで、目の前の光景だ。目の前には言うでもなく、アイドラーク公国の残骸が広がっている。
ここを整備する作業は相当に大変で面倒臭いのは明らかだが、このままにしておくのもアリだと思う。
こんな惨状が広がっているところに魔王の拠点があるって、威圧的な雰囲気があるしな。
……一つ言うとすれば、これが【魔王】である俺が生み出した惨状ではないところだ。そのせいで威圧的な雰囲気はあるが、廃墟を拠点にする不良のようで些かアホらしくも見えてしまう。
まぁ何にせよ威圧的な雰囲気が出るのならそれでいいと思う。俺がアホなのは本当の事だし別に気にする必要もないだろう。
「やっぱりいるわね。アンデッド」
「自然発生したものではなく、私やジェシカのような死者から為るアンデッドですね」
予想通りと言ったように呟くフレイアと、あのアンデッド達の生まれを呟くアケファロス。
ここは戦場だったのだから未練を抱いたり、怨念に囚われている死者達がいてもおかしくないとは思っていたが、流石にこれほどいるとは思わなかった。どれだけ無惨な死に方をしたらこんなにアンデッドと化してしまうのだろうか、想像もつかない。
「早く浄化してあげませんと……!」
「待ってソフィア!」
駆け出すソフィアの肩を掴んで引き止めるフレイア。
「あの人達は、私達王族が不甲斐ないせいで死んでしまった人達なのよ。……だから責任を持って私が弔うわ」
「フレイアさん、責任を持つのはいい事だと思いますけど、いくら何でもあの数は無理ですよ。……私も手伝います。聖女の職を放棄して逃げ出してしまった分、こうして救済を齎さないといけませんから」
真剣な表情でソフィアに言うフレイアに、諦めずに食い下がるソフィア。
フレイアもフレイアで責任を感じているようだし、ソフィアもソフィアで聖女としての責任を感じてアンデッドを浄化させようとしている。
何の責任も負っていない俺が口出しできるような問題ではないだろうが、だが、言わせてもらおう。
「ソフィア。ここはフレイアに任せておけ」
「え?」
「フレイアはここでしか責任を果たせない。だが、聖女であるお前は別の場面でも聖女として活動できる。現に、さっき捕らわれていた人間達が負った傷を癒していただろう? ……だから、ここでしか責任を果たせないフレイアに譲ってやれ」
俺がそう言うと、ソフィアは少し思案した後に「……分かりました。私はいつでもできますから、ここはフレイアさんに任せます」と言って引き下がった。
聞き分けのいい奴は好きだよ。無駄な言葉を喋らなくて済むし、無駄な言葉を聞かなくても済むからな。
「ありがとうソフィア、アキ」
「今はアキじゃないぞ」
「別にいいじゃない。他人はいないんだし、ね?」
「……仕方ないな」
そう言う油断が面倒事を生むんだ、と口から出かかったが、首を傾げて微笑むフレイアを見ればなんだかどうでもよくなって自然と引っ込んでいった。
だが、確かにここに他人はいない……じゃあ元の姿に戻ってもいいよな、と言う事で戻る。その瞬間に【早着替え】のスキルで制服姿に着替える。そうしなければ女装してるだけの奴になってしまうからな。
……うん、やっぱり元の姿は良いな。これを言葉で言い表す事はできないがなんか良い。これから俺達しかいない時は元の姿で過ごす事にしよう。
「あぁ、そうだ。お前は俺の護衛対象だから最低限のサポートはするからな」
「……アキは過保護よね……まぁありがと。助かるわ」
呆れたような表情で溜め息を吐いたフレイアは最後に礼を言う。
過去に一度、職務放棄してフレイアを危険に晒した事がある身としてはどうしてもそうなってしまうのだ。過保護だなんだのと言われても、心配なのだから仕方ない。
「それじゃあ、行ってくるわね」
そう言って手を振って亡国へと進むフレイアに「気を付けろ」「頑張れ」などの声援を投げ掛けながら俺達はそれを見送った。
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秋達に見送られて、死が充満する国に足を踏み入れたフレイア。
勇ましい表情で一歩一歩を確かに感じながら、自分達が不甲斐ないせいで……と言う辛い気持ちを抑えて進む。
今の自分にできるのは尻込みでも後悔でもない。自分達、王族の弱さが原因で死なせてしまった民に、これ以上の苦痛を与えず速やかに弔い、安息を与え、安らかに眠らせてやる事だ。
フレイアはアイテムボックスから豪華な鞘に納まっている炎竜の剣を取り出した。これは秋が鍛えてフレイアに贈った剣だ。
貴重な炎竜の素材を使って秋に鍛えられた魔剣であるから……秋がくれた大切な剣だから……と言う理由で今までこの剣を使う事はなかったが、アンデッドとなった民を安らかに……そして速やかに弔うためには最高品質の武器で向き合うべきだ。
そう考えてフレイアは炎竜の魔剣を手にした。
ちなみ魔剣と言うのは例外なく銘が付いているのだが、この剣にはそれがない。一度、フレイアが秋に銘を尋ねてみた事があるのだが「それはお前の剣だからお前が考えればいい」と言われたのでフレイアはそれに渋々従って、悩んで悩んで悩み抜いた果てに、炎竜の剣に銘を付けた。
……製作者でもない自分が銘を付けるのに抵抗はあったが、それでも頭を悩ませて銘を付けた。
──レーヴァテイン
それがフレイアが剣に付けた銘だ。特に何か意味があるわけではない。
ただ、突然頭にレーヴァテインと言う単語が浮かび、それが気に入ったからそうしただけだ。
「行くわよ」
誰に言うでもなく呟いたフレイアはレーヴァテインに魔力を流し、そしてそれを変質させてレーヴァテインに炎を纏わせる。
あり得ないほどに轟々と音をたてて燃え盛る業火がレーヴァテインから発生する。全てを灰と化してしまいそうな程に熱く赤く燃え上がる炎だ。
秋が鍛えた魔剣だから、と少しだけの魔力を流しただけでこうなってしまった事に少し焦りながらフレイアは魔力の調節をする。
裁縫針に糸を通すかのような慎重な調節を経てフレイアは向かってきていたアンデッド達と対峙する。
やってくるアンデッドは全て腐敗しきっており、とても刺激が強い異臭を放っている。骨が露出しているものや、脳や腸などの内臓が露出してしまっているアンデッドもいる。
グロテスクなアンデッド達を前にしてもフレイアは顔を顰めたり、顔を背けたり、鼻を摘まんだり、後退りしたりしなかった。
確かに、臭い、気持ち悪い、怖い、と思いはするが耐えられないほどではない。なにより、自分のせいで死なせてしまった人間を相手にそんな失礼な事をするはずがなかった。
「私達のせいで死なせてしまって……アンデッドにさせて長い間苦しませてしまってごめんなさい。これが弱い私にできるただ一つの償い……弔いよ」
そう呟いたフレイアはレーヴァテインを片手に、自分へと迫りくるアンデッド達へと駆け出した。
レーヴァテインで斬り裂き、その剣が纏う炎で皮も筋肉も焼く。……それはまさしく浄化の炎だ。
アンデッドに残された浄化の炎は加速するように勢いを増していくばかりで、その浄化の炎で焼かれるアンデッドはすぐに全て灰になって風に吹かれていく。
それは火葬のようだった。
炎のように赤い髪と赤い瞳を持つフレイアらしい弔い。アイドラークの王族らしい弔いだ。
苦しむ間も無く、レーヴァテインの業火に焼かれて灰となる。恐ろしい性能を誇る剣。
普段のフレイアなら「な、何よこれぇぇぇ!?」と言って使用をやめていただろうが、今はその驚異的で脅威的な性能がとてもありがたかった。
苦しみと痛み、憎しみや怨み、未練や執着。それらの中で朽ちて果てる事なく、彷徨い生き続けるアンデッド。
そんなアンデッドは、満たされないその感情に囚われて理性を失い、彷徨い、そして何らかの形で生きる者に害を為す。
本当はそんな事したくないと思っているアンデッドもいるだろう。
だが、理性を失い、本能のままに生きるアンデッドは本能に逆らえず取り返しのつかない過ちを犯してしまう。
不死者にとっての救済は死だ。理性を失くした化け物にとっての救済は死なのだ。
それを裏付けるかのように、焼かれて火葬されるアンデッド達は灰になるまでの数瞬だけ、とてもとても幸せそうな顔をしていた。
だが、フレイアはそれを嬉しく思う事ができなかった。
王族としての責任を果たすために死んでアンデッドとなった民を弔って、自分達の無力のせいで死なせてしまった民に救済を齎しているのだが、それによって民が得た幸せを嬉しく思う事ができなかった。
自分の民が得た幸せに満足する事ができなかった。民への救済に満足する事ができなかった。
それも当然。
死が救済など異常だからだ。本来、死とは救済の正反対にあるものだ。決して救済などであるわけがない。
……だが、実際に民にとっての救済は死だった。
民がどうしてそう感じるようになったかを考えれば、とても嬉しく思ったり満足したりするはずがなかった。
大した危機がなかったので秋のサポートなど皆無だった。
これはフレイアの自己満足な弔い。例え自己満足だったとしてもこれは正しい行いだとフレイアは思っているので何も問題はない。
ないのだが……
フレイアの胸中に残るのは達成感だけだ。
長年胸につっかえていた何かは取れたのだが、それがなくなってしまえば訪れたのは空虚感……虚しさだ。
正しい行いをしたはずなのにやってきた虚しさ。それはこれが自己満足な行いだったからだろうか。
結局、フレイアが辿り着いた答えは、『自己満足のための行動は満足を齎さない』と言うものだった。……更に『自分のためだけの行動は理想を齎さない』とも理解できた。
死と言う救済を求めている民を『弔い』と称して殺して救う事で、民を死なせてしまった事による自責に苛まれている自分も救われようとしていたフレイア。
そんな自己満足のための……自分のための行動は『自分への救済』と言う、フレイアが求めていた『理想』を齎さなかった。
それを学んだフレイアは、理想に裏切られ、灰燼が舞う中で廃人のように無気力で無感情で無機質に……死者の灰が舞う亡国に佇んでいた。
~~~~
アンデッドの殲滅……もとい浄化、弔いは問題なく終わった。
この戦いには俺がサポートする余地がなかった。
フレイアが必要最低限の動きでどんどんアンデッドを弔っていっていたからだ。普段見るフレイアの動きからは想像できないほどに綺麗で研ぎ澄まされた動きだったので見惚れ……いや、俺が手を出す隙がなかったのだ。
そのフレイアはアンデッドの遺灰が舞い飛ぶ亡国の地で、空を仰いで立ち尽くしている。
暖かい日差しを受けて煌々と舞う灰、フレイアが手にする炎竜の剣と、それが瓦礫に残した多くの残火。風に靡くフレイアの赤い髪。
そんな光景は幻想的で神秘的ですらあるが、しかしどうにもフレイアの様子がおかしい。
心ここに有らずと言ったような感じで、目的を達成して真っ白ではなく灰色に燃え尽きたような感じだ。
……そのまま灰になって消えてしまいそうだが、さすがに消えられては困るのでフレイアの隣に歩み寄って、そして話しかける。
「おい、大丈夫か?」
「……えぇ」
フレイアは視線を合わせずにそう返事する。
この調子じゃ「何があった?」「どうした?」などと聞いてもろくな反応がないのは明らかだ。……と言っても、フレイアがなぜこうなったのかはなんとなく分かるので問題はなかったりする。
「全然大丈夫じゃないな」
「…………」
「いいかフレイア。 救済と言うのは求めるものじゃない。自分で見出だすものだ。何が自分にとっての救いかを自分で見つけないといけない。……そうしなければ、不定形の救済に期待して不定形の救済を求めていた今みたいに絶望する事になる」
「……自分で……見出だす……」
「そうだ。例えば親とか親友、恋人とかだ。 辛い事があれば親しい誰かに相談する。助けてって縋ってもいい。……とにかく自分が死んでしまわないようにすれば救いなんていくらでも見つけられる」
「親しい誰か……」
……偉そうに親とか親友とか恋人とかって言ってはいるが、そう言ったものとは無縁だった俺が言っているので説得力はないが、まぁ間違ってはいないだろう。
「怒っても、叫んでも泣いてもいい。本当にどうしようもない時、俺にだけだったら不安定な感情をぶつけて殴っても蹴ってもいい、すぐ治るからな。……と言っても限度はあるぞ?」
「……ふふっ、そんな事しないわよ。精々泣きつくぐらいよ」
おぉ、笑った。
フレイアには冗談のように聞こえたかも知れないが、割りと本気だったりする。流石にちょっとムカついたから殴る蹴るってのはやめて欲しいが、本当に精神状態が不安定になったりしていれば受け入れてやろうとは思っている。
一応俺はフレイアの護衛だし、肉体面はもちろん、精神面も守ってやらねばならないだろう。精神面の怪我が肉体への怪我に繋がる事もあるんだしな。
「じゃあ今泣きつけ。ほら」
「……え?」
「泣くのも立派な気晴らしになる。今みたいな、精神崩壊一歩手前の時は思い切り泣くべきだ。……大きな感情の抑圧とか喪失だけはダメだ」
「え……そうだけど……でも……」
「大丈夫だ。……俺は優しい人間なんだろ?」
優しい、と言うのはフレイアがたまに俺に向かって言う事であり、フレイアがたまに考えている事でもある。【思考読み】のおかげで知った。
驚いたように目を丸くするフレイア。
そこで何かが切れたのか、すぐに目を潤ませて俺に向かって飛び込み、抱き付いてきた。
今まで苛まれていた分の悩みやら、先ほどの何もない感情を何らかの感情に変換したのか……それは分からないが、フレイアが泣けるような精神状態だったのはよかった。
本当に壊れている……心が死んでいる人間は泣けないからな。
フレイアは小さく声を漏らしながら泣いている。そんなフレイアを片手で抱き締め、空いた方の手で頭を撫でる。これで少しは落ち着けるだろう。
フレイアは泣き顔を見られたくないのか、顔を俺の胸に擦り付けている。……制服がシワになるし涙で濡れて透けてしまうだろうが我慢する。フレイアに精神崩壊されるよりは遥かにマシだからな。
それから暫くして目を擦りながらフレイアが俺から離れる。
「もういいのか?」
「えぇ、もう大丈夫よ。……ごめんねアキ……服びちょびちょにしちゃった……」
「別にいい。……とにかく、お前は何か辛い事があれば俺とかあいつらに相談しろ。一人で抱え込むな。……いいか?」
「うん……分かったわ。これからはもっとアキ達を頼る事にするわね」
「あぁ、それでいい」
これでいい。廃人のように振る舞われるのも避けられた。うじうじしているのも終わらせた。そして俺達を頼りにすると言わせた。完璧だ。
そこで風が吹き、地面に落ちていた灰が再び舞い上がる。
自国の王女様が立ち直ったのを見届けてからあの世へ行く、そんな人々の意思を感じるほどにちょうどいいタイミングだった。
「……綺麗ね」
「あぁ、そうだな」
泣き腫らした目元。僅かに紅潮した頬。靡く赤い髪。その髪を押さえる片手。微笑みを湛えた表情。
頭部だけを見てもこれだけの美点がある。そんなフレイアを眺めながら俺は返事をしていた。
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理想の裏切りによって空虚を味わっていたフレイアに投げ掛けられる言葉。正直、今は誰かと会話をしたくない気分だったが、無視できない相手だったのでフレイアは会話をした。
「いいかフレイア。 救済と言うのは求めるものじゃない。自分で見出だすものだ。何が自分にとっての救いかを自分で見つけないといけない。……そうしなければ、不定形な救済に期待して不定形な救済を求めていた今みたいに絶望する事になる」
「……自分で……見出だす……」
「そうだ。例えば親とか親友、恋人とかだ。 辛い事があれば親しい誰かに相談する。助けてって縋ってもいい。……とにかく自分が死んでしまわないようにすれば救いなんていくらでも見つけられる」
「親しい誰か……」
親しい誰か……そう言われて最初に思い浮かぶのは父でも母でも兄でも姉でもなく……秋だった。
それが家族や親友、恋人のどの枠組みに当てはまるのか分からなかったが、そう言われて最初に思い浮かんだのが秋だった。
「怒っても、叫んでも泣いてもいい。本当にどうしようもない時、俺にだけだったら不安定な感情をぶつけて殴っても蹴ってもいい、すぐ治るからな。……と言っても限度はあるぞ?」
冗談のはずだが、なぜだか冗談に聞こえなかった。
秋の思い遣りが重い事をフレイアは知っている。家族の事情にずかずかと踏み込んだ程度で、異常な性能を誇る魔剣を贈るような人物だと知っているのでそれが冗談には聞こえなかった。
「……ふふっ、そんな事しないわよ。精々泣きつくぐらいよ」
秋からは本当に殴っても蹴っても良い、と言うような意思を感じた。
だからフレイアは笑って冗談めいた答えを出した。
異常で歪んだ思い遣りの強さを受け止める覚悟がなかったから取り敢えず冗談めかして答えたのだ。
「じゃあ今泣きつけ。ほら」
「……え?」
両手を広げて言う秋に戸惑うフレイア。秋はそれに構わず続けて言った。
「泣くのも立派な気晴らしになる。今みたいな、精神崩壊一歩手前の時は思い切り泣くべきだ。……大きな感情の抑圧とか喪失だけはダメだ」
「え……そうだけど……でも……」
そう言われても家族ならともかく……言ってしまえば血の繋がりもない他人を相手にそんな事ができるわけがなかった。
だが、そんな考えは次の瞬間には無かった事になった。
「大丈夫だ。……俺は優しい人間なんだろ?」
優しい笑みを浮かべて言う秋に言い知れない感情を覚えたフレイアは、涙腺やら理性やらを弛緩させ、本能の赴くままに秋へと飛び付き抱き付き泣き付いた。
フレイアは嬉しかったのだ。今までは親しく接しながらも、どこか一歩引いた位置にいた秋がやっと自分を受け入れてくれた気がして。今まで信頼する素振りを全く見せなかった秋がやっと自分を受け入れてくれた気がして。
それに気が付いた頃には陰鬱とした無気力で無感情で無機質な気分が全て消え失せており、本当に涙と共に全て流れてしまったようだった。
抱き締められ、頭を撫でられていた事に顔から火が出てそのまま破裂してしまいそうだったが、何とか堪える。そして暫くそのままでいることにした。とっくに理性などは戻ってきているが、それでもだ。
「もういいのか?」
「えぇ、もう大丈夫よ。……ごめんねアキ……服びちょびちょにしちゃった……」
「別にいい。……とにかく、お前は何か辛い事があれば俺とかあいつらに相談しろ。一人で抱え込むな。……いいか?」
「うん……分かったわ。これからはもっとアキ達を頼る事にするわね」
「あぁ、それでいい」
それから暫くして満足したが、少々名残惜しそうに秋から離れて、透けて下のシャツがうっすら見えてしまっている事に謝るが、あっさり許され、そして言われる。
相談しろ、抱え込むな。
それがまた嬉しかった。いつも素っ気ない態度を取っている秋が自分の心配をしてくれているんだ、と感じて。
そして吹き上げる灰。先ほどは全く眼中になかったが、改めてその光景を目にすればとても綺麗なものだった。しかしあれは遺灰なのだ。綺麗などと言って楽しむべきではないのだろうが、「……綺麗ね」思わずそう呟いてしまうほどに綺麗な光景だった。
それに対して帰ってくる「あぁ、そうだな」と言う秋の言葉。
だが、フレイアは気付いていた。秋の視線が舞い煌めく灰ではなく、燃え尽きた状態から再び燃え始めたフレイアに向けられている事を──
~~~~
燃え尽きた状態から再び燃える──言うなれば燃え上がる灰だ。
本来なら燃えるはずがない灰が、灰から再生する不死鳥の如く燃えているような……灰を撒いた枯れ木が花を咲かすような……そんな生命の息吹きを感じさせる正真正銘の幻想的で神秘的な光景の中で、灰に吹かれ灰を被るようにただ佇み愛おしげに空と灰を見上げる亡国の王女。
亡国の王女が首にしているのは、ねだられて買ってやった初めての贈り物である炎を象った首飾り。
亡国の王女が手にしているのは、自分の意思で初めて贈った炎の魔剣。
そんな、万象が齎す理想的な光景に秋は目を向けていた。
……いや、違う。自分の意思を持って目を向けていたのではない。
秋は目も、意思も、意識も、心までも、そう──全てを奪われていた。
全てを奪われた秋はフレイアを見つめながらその口を開いた。
口から出た言葉は本人が考えて口にしたものではなく、本能に近い何かのせいで無意識に言葉にしたものだった。
「フレイア」
「なに?」
呼び掛ければフレイアは視線を灰から秋に移した。優しげな表情はいつも通りだが、今の秋には今までに見た事がないほどに魅力的に映る。
燃え上がる灰を見上げていただけでも十分すぎるほどに魅力的だったと言うのに、今はその視線が自分に向けられている。
その現実を知ると普段より速く鳴動し始める心臓。そしてその心臓の鼓動を強く感じる。
言葉が上手く出ない。速まる鼓動のせいで思考が纏まらない。ただ一言伝えるだけだと言うのに、その言葉すら欠片も出てこない。そんな濁流のように流れる感情の嵐の中、どこか冷静に「人間らしい感情だ」と感じている秋がいた。
自分に残っている人間らしさが嬉しくもあり、それと同時に怖かった。
今こうして魔王らしい活動をしているこれが中途半端なものに変わってしまいそうで。
今の人間らしさは無情な永遠を生きるのには不要だから。
人間らしさを自覚して受け入れてしまえば『久遠秋』と言う生物が終わってしまいそうだから。
だけど、それでもだ。
終わってしまってもいいから絶対にこれだけは伝えておきたかった。
久遠秋と言う生物が人間らしさを取り戻している内に。
「──フレイア──好きだ──」
これまでにないほどの決意を経て漸く紡いだ言葉は愛の告白だった。
心臓が破裂して死んでしまいそうなぐらいに熱く燃え上がっているような気がする。
燃えカス──灰しか残っていない世界で灰に混じっていた、久遠秋と言う灰のような存在に炎が灯る。そのおかげでまた一つ、秋は自分が強くなったのを感じていた。
「──えぇ──私も好きよ──アキ──」
燃ゆる灰は炎を帯びたような日差しに照らされ、時折その日差しを反射し、赫赫と輝いている。
晴れた春の降雪かのような煌めきを纏って、生きる灰の息吹きは空高く舞い上がり、そして再び降り注ぐ事なく全てが遠い空へと消えて……天高く還って逝った。
静かに燃ゆる炎と生きる灰の接吻を──結び付きを祝福するかのように。




