第268話 理想の地
演劇やらを見て過ごした翌日、俺達はノースタルジアを出ていた。
次の目的地はアイドラーク公国の跡地だ。
だがノースタルジアからそこまで向かうのは面倒臭いし時間がかかりすぎるので、ミレナリア王国のゲヴァルティア帝国方面に続いている街道に転移する。アイドラーク公国はそっち方面にあるからだ。もっと言ってしまえば、アイドラーク公国はミレナリア王国に隣接しているので、この街道を逸れて進めば辿り着ける。
なので街道を逸れてそのまま進む。幸い、通行人などには見られなかったので騒ぎにはなっていない。
こうするついでに、ミアとステラをミレナリア王国に送り届ければよかったんじゃないかと今さらながらに思っている。
「私達って最近、草原とか平原を歩いてばっかりよね」
「ん。いい加減馬車を雇うべき」
フレイアとセレネが言うが、ここまで徒歩を貫いてしまえば、もう徒歩で故郷巡りを終わらせてしまいたくなってきたので馬車は雇わない。……転移は例外だ。同じ道を何度も何度も歩くつもりはない。
ちなみに、【魔王】としての拠点はアイドラーク公国に建てるつもりだ。
誰も寄り付かない場所だから【魔王】が住居を構えるのに最適だと思ったのだ。……つまり【魔王】として生きるための理想の地だと言うわけだ。
あと、アイドラーク公国とは何かと縁があるからな。フレイア達とかの縁がな。例え勇者のアデルと賢者のクルトとその他との戦いで、ここが荒野になろうとも、ここしか拠点を構えるのにちょうどいい場所がないので、ここにするしか選択肢はないも同然なのだ。
アイドラーク公国は滅んだ国なので土地とか建物の残骸とかが散らばっているのだろうが、大体は修復できるだろうからそこまで問題ではない。
……とは言ってもここはフレイアやオリヴィア、ミアやステラなどの国だ。
この人達に世話になっている身として勝手な行動はできないので相談する必要があるだろう。
アイドラーク公国はゲヴァルティア帝国に負けたのだから許可を取るのは本当はゲヴァルティア帝国なのだろうが、アルタなんかにそんな事をしたくないし、まだゲヴァルティア帝国は手をつけていないし、何よりも俺が許可を取ろうと思ったのはフレイア達に世話になっているからなので、ゲヴァルティア帝国なんかを相手に一々そんな事はしないのだ。
「なぁフレイア」
「何よ?」
「拠点を建てたいんだが、いいか?」
「……はい……?」
当然の反応だ。いきなりこんな話をすれば「はい?」とか「は?」「好きにすれば?」と言うような反応になるのが普通だ。
「拠点を建てたい」
「いきなりなんなのよ?」
「ほら、【魔王】ってどこかに拠点を構えているだろ?」
「いや、知らないわよ」
「俺の世界ではそうだったんだよ」
ジェシカもうんうんと頷いている。
「だから拠点が欲しいんだ」
「なるほどね。 ……それで、どうしてそれを私に言うのよ?」
「アイドラーク公国に建てるつもりだからだ」
「あぁ、私がアイドラークの王族だからって事ね。……でも、今の統治者は私達じゃなくてゲヴァルティア帝国なのよね。だから許可を取るならそっちにするべきなんだけど……アキはどうせしないわよね」
「当たり前だ。お前ら王族に世話になっているから聞いただけだ」
最後の一言の言い方が諦めたようなものだったのが気になるが、まぁ結構俺の事を理解しているようなので突っ込まずに放っておく。
「そう。なら別に良いと思うわよ」
意外とあっさり許可を出すんだな。【魔王】が拠点を構えるんだから荒れるのは確実だと言うのに。まぁフレイアもフレイアなりに考えているのだろうな。
……よし、アイドラークの王族からの許可は得たし、これで憂いなく拠点を建てられる。
「アキさん嬉しそうですね」
「うむ。それほどまでにアキにとって【魔王】と言う立場が大切な事なのじゃろうな」
ソフィアとシロカが微笑ましそうに見てくるので急いで取り繕う。手遅れな気もするが、あのままずっと微笑ましそうな目で見られるよりかはマシだろう。
そんな事より拠点の大きさとか外装とか内装、部屋割りとかその他諸々を考えておかないといけない。なので自力で『思考加速』を発動させて歩きながら拠点の設計図とかを作成する。そこまではいいのだが、設計図の作り方とか全く分からないので色々おかしいところがでてきてしまうのが問題だった。……まぁなんとかなるだろ。魔力はたくさんあるんだし、何度でも間違えて造り直せるんだ。失敗しながら完成させよう。
そう考えながら歩いていると突然前方に立ちはだかる数十人の男達。
装備もボロボロで薄汚い印象を受ける。手には抜き身の剣や短剣。その目は正常な人間がしている穏やかなものではなく、悪事に手を染めた悪人の目だった。盗賊だろうな。
「嬢ちゃん達、こんなところを彷徨いてちゃ危ないぜ? お兄さん達についてきな。安全なところに送って行ってやるから」
嬢ちゃん達、などと言っているが、俺達がそんな言葉に釣られて付いていくような年齢に見えるのだろうか。もしそう見えるのであればこいつらは間違いなくアホだ。
『アキーここ危ないのー?』
「そんな事ないぞ。あいつらは嘘吐きなんだ」
『じゃあ悪い人なのー?』
「そうだ。悪い人だ。退治しないとな?」
そう言えばクラエルが戦う姿をあまり見たことがないな、と思ったのでクラエルを唆して戦うよう仕向ける。あぁ、クラエルとの【念話】はあの盗賊達には聞こえていないので、盗賊からすれば俺が一人で喋っているようにしか見えていないわけだ。
「あぁ? 俺達を退治するだって? なに寝惚けた事言って……」
盗賊の一人が言い切る前に、クラエルがピエロ服の袖から伸ばした長い刃物のような鞭で首を斬り落とした。恐らくモデルは俺がよく使う蛇腹剣だろうな。形状がよく似ていた。
クラエルはその幼い言動のせいで子供扱いされてしまう事が多い。かく言う俺も基本的にはそうだが、クラエルは人の生き死にを凝視してきた魔物……ダンジョンマスターだ。だからクラエルに人殺しをさせるのには全く抵抗はない。
仲間の首がいきなり宙を舞った事に動揺する盗賊達だが、それらにも容赦なくクラエルの刃が迫る。見れば両袖から何本もの鞭のような刃が伸びていた。
「クラエルちゃん凄いですね……」
「あれでもあいつはダンジョンマスターだからな」
「そうでしたね、忘れてました」
ソフィアはそう言ってから再びクラエルの蹂躙劇に目を向けた。肉が飛び、地面に落ちて。血が噴き出し、地面を跳ねる。悲鳴が空気を揺らして周囲に響く。絶えず聞こえるそれらの音。
だが、悲鳴に混じって命乞いの声が聞こえるとクラエルは攻撃の手を止めてしまった。
「命乞いしている相手を殺すのは無理か?」
『無理……ボクもその気持ち分かるから……』
「そうか。じゃあちょうどいいな」
どうせこいつらもコレクターと同じで拠点がある立派な盗賊なのだろうからな、潰しておかないと。
そう考えて土下座して謝り続けている盗賊の一人へと歩み寄る。
「おい、お前らの拠点はどこだ?」
「へ? きょ、拠点……ですか?」
「あぁ。言えば殺さないでおいてやる」
「本当ですか!? い、言います言います!」
あっさり情報を吐いた盗賊。それをゲートでダンジョンの中に飛ばしてからフレイア達と共に教えてもらった拠点へと向かう。幸いにも俺達の進行方向にあるようなので引き返す事にはならなかった。と言っても、助けた人間達を街に送り届けなければいけないのだが。
盗賊があの程度の脅しで簡単に情報を吐いたのは【思考力低下】のおかげだ。使用は控えたいと思っているのだが、やはり便利なので使ってしまう。
そうしてやってきたのは廃棄された監視塔のような場所だ。周囲には瓦礫が散らばっている。どうしてこんな場所にポツンと監視塔が建っているのか分からないが、昔はここら辺に何かあったのだろうな。……ここからアイドラーク公国が近いからその戦争の影響を受けてこんな状態になったのかも知れない。
監視塔の内部は埃っぽくて汚いが、壁にかけられて明かりが灯されたランタンがあるので人の気配があるのは確かだ。
そこで【探知】を使ってどこにどれだけの人間がいるのかを把握する。ある一室だけに人が密集しているので、そこに捕まえた人間達を集めているのであろう事は確かだ。……なら、向かうのはそこ以外の場所だな。最初に捕まった人間達を助け出して、そんな足手まといを連れて盗賊を殲滅するなどあり得ないからな。
なので捕まった人間達がいる部屋は無視して盗賊を闇討ちしていく。
「こんな大人数なのにバレないって不思議な感覚だねぇ。あたしとジェシカはそんなスキルを持ってなかったから新鮮に感じるよ」
「五百年も生きてて新鮮に感じる事があるなんてのぅ……」
感心したように言うスヴェルグと、老人のような言葉遣いと仕草で戯けるジェシカは、最後に「最近は毎日が新鮮な事の連続だけどね」と付け足していた。
「そう言えば、この中で一番の最年長って誰なのでしょうか?」
アケファロスがアホな事を言い始めた。スヴェルグ以外に誰がいるって言うんだよ。やっぱりポンコツだなこいつは。
そんな目で見ていたからか、アケファロスに睨まれる。
「何ですか……」
「ポンコツは可愛いなと思ってな」
「……はい?」
何言ってんだこいつ。見たいな目で見てくるアケファロス。それはこっちがするべき表情だろうに。
「最年長なんかスヴェルグ以外に誰がいるんだよ。ポンコツアケファロス」
「ぽ、ポンコツじゃないですっ! ……それに、どうしてスヴェルグさんが最年長だと言い切れるんですか?」
必死の形相から一転、余裕そうな澄ました表情で見下してくるアケファロス。こう言うところがポンコツだと言っているんだ。ドワーフの国を見に行った時に色々語ってただろう。何百年も国に帰っておらず湖畔で暮らしていたって。
「言ってやれよスヴェルグ。これ以上アケファロスがポンコツを晒す前に」
「そうした方がよさそうだねぇ……アケファロス、あたしは何千年と生きてるんだよ。この十人の中じゃ間違いなくあたしが最年長さ。……アンタが一番知ってるはずだよ? 幼いアンタを育てて今の今まで生きている。どう考えてもあたしが最年長じゃないかい?」
言われて気付いたのか、アケファロスの顔がみるみる内に赤くなっていく。それはもう、茹でたタコのように。
「あ、あ、あわわ……」
「いやぁ~……ポンコツは可愛いですなぁ、久遠さんや」
「全くその通りだねぇ、ジェシカさんや」
ニヤニヤとジェシカとアケファロスを見つめ、アケファロスが腰に提げている剣に手を掛けそうになったところで切り替えて進む。これがアケファロスの扱い方だ。理解できれば永遠におちょくって安全に遊べるので楽しい。
だが、今回は手遅れだったようで、剣を抜き放ったアケファロスが俺だけを狙って斬りかかってくる。ジェシカを狙わない理由は、ジェシカは俺ほど早く再生できないからだろう。だからこうして追い掛けられるのは俺だけだ。……ちなみにジェシカも【不滅の騎士】の固有能力を持っているのでアケファロスと同じく死ぬ事はない。
敵地でするやり取りではないが、たかが盗賊程度が相手なので仕方ないだろう。
「相変わらずアキ達は元気なのだ」
「そうじゃな。こんな薄汚い場所でもあの調子でいられるのは相当の仲良しでないと無理じゃろうからな」
「ん。お似合い」
クロカとシロカ、セレネが呑気に会話している。確かに俺とアケファロスは仲良しだ。アケファロスはそうは思っていないみたいで、寧ろ嫌っているようにも見えるが、だとしても最初に友好的な姿勢を見せたのはアケファロスなのだから、これはお互いに認め合っていると言えるだろう。
それから、アケファロスの怒りが収まるまで逃げ続けて、怒りが収まってから盗賊の殲滅を再開する。
やはりただの盗賊程度では物足りなかった。なのでそれから間も無くして盗賊の殲滅は終わった。アケファロスの怒りは収まっていなかったようで八つ当たりのように殺していたのが原因だろう。
そして今いるのは盗賊に攫われた人間達がいる部屋だ。鎖で繋がれて痕ができている者だったり、殴られたり斬りつけられたりしたのか、酷い怪我をしている者もいる。
「怪我が酷い方から優先的に治療していきますー!」
それらを治療するのがソフィアだ。俺も手伝おうと思ったが、せっかく聖女がいるのだから全部聖女にやらせようと思ったので俺はそれを見ているだけだ。……他の奴らは怪我が軽い者を治療しているが、それでも俺は何もしない。面倒臭いし、そこまで重体の奴もいないしな。
そして、ここには人間以外の種族も大勢いるのだが、その中でも一際俺の印象に強く残るのはエルフの耳と犬獣人の耳を持つ少年だ。
こんな珍しい存在はそうそういないのでハッキリ覚えている。
路地裏でコレクターに袋詰めにされかけていたあの少年だ。以前は未然で済んでいたが、今回ばかりは攫われた後だった。
そしてその少年に寄り添うのは、母親らしき犬獣人の女と父親らしきエルフの男だ。
獣人やエルフの存在に慣れてしまった今は特に何も感じないが、以前の俺が見れば、貴重な絵面だ、と騒いでいた事だろう。
そんな少年の親はアケファロスに視線を向ける。すると、父親は目を剥いて、母親は大きな声を上げてアケファロスに駆け寄った。
「あ! あ! ああぁぁ! もしかしてアケファロスちゃんじゃないの!?」
いきなり詰め寄られたアケファロスは「え……? あの……?」とか言って困惑を露にしている。
だが、次第にその二人が誰か思い出したのか今度はアケファロスが大きな声を上げた。
「あぁ! もしかしてキャニスさんとフェアラスさんですか!?」
「そうよキャニスよ! 久し振りねアケファロスちゃん!」
「そうだ。俺はフェアラスだ。アケファロス。五百年ぶりぐらいだな?」
どうやら知り合いのようだった。フェアラスとやらが言う通り、五百年前の知り合い……アケファロスの話だと友人か。それと今再会しているようだった。凄い確率だな。五百年来の友人とこんな形で再会するなんて。
……ん? つまりアケファロスの友人の息子があの時の少年……確か……ラルフだったか……? と言う事なのか。これまた凄い偶然だ。
キャニスと呼ばれた犬獣人とフェアラスと呼ばれたエルフの男達とアケファロスのやり取りを眺める。いつの間にかそのやり取りにはスヴェルグも混ざっていた。
その頃には捕まっていた人間達の治療も終わっており、それに気付いたスヴェルグが話を切り上げて移動するように催促してきたので監視塔を出てかミレナリア王国へと向かう。
ラルフ達親子がいなければ全員纏めてミレナリア王国へゲートで転移させたのだが、この状況でラルフ達親子だけを飛ばさないのもおかしいのでこうして徒歩で移動している。
「初めまして、五百年前にアケファロスちゃんと仲良くしていたキャニスと言います」
「同じくアケファロスの友人のフェアラスだ」
「え、えっと……ラルフですよろしくお願いします」
そう言って自己紹介してくるので俺達も自己紹介で返す。元の姿に戻ろうかと思ったが、俺に女装癖があるなどと思われてしまうかも知れないのでやめておいた。
「皆さんはどうして旅を?」
「ん……探している人がいるの」
キャニスから投げ掛けられた質問に答えるセレネ。……そう言えばセレネとラルフって混血同士じゃないか。お互い混血としての苦しみや苦悩を知っているから仲良くなれそうな感じがするな。
「……ねぇ。あなたも混血?」
などと思っていたら早速セレネがラルフへと話し掛けた。
「えぇっと……セレネさん? も混血なんですか? そうは見えないですけど」
「私も混血。 ……ほら」
セレネの角を見て言うラルフに、イーっと歯を見せるセレネ。それを見たラルフが「鬼人と吸血鬼の混血なんですね」と、若干躊躇いがなくなった様子で話し掛け、それに頷くセレネ。
うんうん、予想通り仲良くなれているな。これを機に二人とも吹っ切れて欲しいものだ。セレネの故郷巡りもしなければならないしな。なんとか混血のトラウマを乗り越えて欲しい。
そう考えて視線を移すと、アケファロスとスヴェルグ、キャニスとフェアラスの四人が懐かしむような思い出話に花を咲かせている。……ジェシカは何となく寂しそうな表情でそれを見ている。
自分の親友が昔の友達と仲良さそうに話しているから不安に思っているのだろうか。あと、五百年も一緒に過ごしたスヴェルグもそうしているから余計に心配なのだろうな。
「ジェシカ、心配する必要はない」
「え……?」
「友達同士の絆とか、長年共に過ごしてきた履歴はそう簡単には覆らない。ぼっちだった俺には分からないが、きっとそう言うものなんだからな」
絆も何も知らない俺のどの口がこんな事を言うのだろうか。だが、長年共に過ごしてきた履歴が覆らないのは、母さんや父さん達のおかげでこの身をもって体験しているので大丈夫だと自信を持って言える。なので少なくともスヴェルグは大丈夫だし、まぁアケファロスも大丈夫だろう。なんせジェシカと再会した時に嬉し泣きをしていたんだから。
「……あは、優しいね久遠さん。……でも、大丈夫だよ! ちょっと心配だっただけだからさ!」
「空元気とかなら、見苦しいからやめろよ?」
「分かってる分かってる。 ジェシカちゃんは元気っ娘だからね! くよくよしないのだよ!」
無理をしているのは明らかだが、本人が弱音を吐かないのだから問題ないだろう。
それから暫くしてミレナリア王国に到着した。門の側に立っている兵士に呼び止められるが事情を説明する。怪しまれはしたが、助け出した人間達が兵士に言ってくれたので大きな揉め事を起こす事なく済んだ。
そしてそこでラルフ達親子とは別れた。あの親子の目的はスヴェルグの手紙に書かれていたアケファロスに会いに行く事で、それを達成した今、旅をする必要はなくなったと言えた。だからこのままミレナリアに帰るそうだ。
心なしかジェシカはホッとしているが、もう指摘しない。元気な自分であろうと頑張っているのだから。
ジェシカが元気に拘る理由は分からないが、そう在ろうとしているのだから俺からは余計な事は何も言わない。
それからゲートで監視塔のところまで戻ってきたので再び移動を再開する。無駄な時間過ごしたが、セレネもアケファロスもスヴェルグも嬉しそうなので完全な無駄な時間ではなかったようだから、まぁいいだろう。それに、拠点の形もある程度は決まったしな。
「アキぃ~……我はお腹が空いたのだぁ~……」
「……仕方ないな。もう一度ミレナリアに戻ろうか」
「すまぬのだ……」
「別にいい。昼飯時だしな」
できればもう少し早く言って欲しかったが、クロカに言われてから結構腹が減っているのに気が付いたのでまぁよしとしよう。最近、金の減りがはやいが、クロカもシロカも人間の年齢に直せばまだ子供と同じぐらいの年齢だし仕方ないだろう。
ちなみにシロカはクロカと違って口には出さないが、顔を真っ赤にしながら腹の音で知らせてくるので、実際はクロカと同じで腹ペコなのだろう。
そうしてやってきた飲食店。机には積み上げられた皿の塔。やはりクロカとシロカの食欲は恐ろしいな。金がどんどん飛んでいくが、やはりまぁ食べ盛りなのだから仕方ない。
「美味しいのだ! おかわり!」
「本当によく食べるわよね……アキ、大丈夫?」
「まだまだ余裕だ。だけど、近い内に冒険者として活動しないといけなくなるだろうな」
「ふふ、でしょうね。最近あまり動いてないから心配だわ」
「鈍っていたらアケファロスに鍛え直してもらわないとな」
「ぅえぇ……!?」
アケファロスによる訓練の過酷さを知っているフレイアは、露骨に嫌そうな顔をしている。セレネも青褪めている。口数はあまり多い方ではないセレネはその分表情によく出るので分かりやすい。
三十分後ぐらいに会計を済ませて店を出てから、監視塔にゲートで転移して、改めてアイドラーク公国へと向かい始めた。
アイドラーク公国の残骸が見えてきたのはそれから間も無くしてからだった。
散乱する瓦礫は山となっている。そこからチラチラ肉片が覗いているのは気のせいではないだろう。
とっくに乾いて赤黒くなった血溜まりは地面にこびりついている。雨風に襲われてもそれは流されなかったようだ。……亡者の執念のせいだろうか。
赤黒くなった血液が付着している中途半端に原形をとどめている建物の残骸。そこには瓦礫の山と違って大胆に死体が転がっている。だが既にそれらは腐敗していた。
いまだに立ち込める腐敗臭とは違う……死臭。そんな死臭を放つのはそこら中に転がっている、喰い漁られた肉片や死体からか……それとも亡国を徘徊する不死者からか。
亡国とは、『滅んで亡きものになった国』で亡国と呼ぶのだろうが、これでは『亡者の住まう国』で亡国と呼ぶに相応しいだろう。実際にはどちらでも正しいのだろう。滅んで亡国となったから亡者が住まうようになり亡国となった。亡国がどんな意味合いでも大体は正しいのだろうな。
そんなしょうもない事を考えてしまうほどにアイドラーク公国には最悪な光景が広がっていた。
血の海に存在する死者達。……と言えば、あの時に精神世界で見た光景が鮮明に蘇るが、眼前の光景が現実である事からこちらの光景の方が悍ましく思えてしまう。
──過去の俺は理想の糸を求めていた
──現在の俺は理想の地を求めている
そのどちらもが血の海と言う凄惨な光景を伴ってやって来た。何度も警告するように、反響するようにしてやって来た。
何だこれは。まるで誰かが俺に理想を追い求めるのをやめろと言っているようではないか。
お前の求める理想の先には『生物の死』しか待っていない、とでも言っているつもりなのだろうか。
……いや、実際にそうだ。
俺が理想の地を得れば【勇者】や【賢者】との戦いが待っていて、大勢の生物が血を流す。確かにその通りだ。俺の理想の先には『生物の死』しか待っていない。
……だからなんだ。
最近の俺は弱くなっていた。
俺の理想を追うためにも、ここらで改めて決意しておこう。
俺は俺として生きる。
俺がそう決めた。
俺は俺を……俺と俺の身内を中心にして生きるのだ。
そう、生きるんだ。
俺の自我を殺してまで他の生物の事を考えたりはしない。だから誰がどれだけ死のうが俺には関係ない。
──俺が俺で在るために
──俺が俺を生かすために
──俺が俺を死なせないために
全ては俺のため。
そのためならば、神であろうと、世界であろうと、全てを殺して喰って奪い尽くす。
それが俺の在り方だ。