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第267話 時鐘の老人

 一頻り泣いたアデルは目の下と顔を真っ赤に染めながらクルトの胸から離れた。


「ご、ごめん……! 迷惑かけちゃった……」

「いいよ別に。いくらでも泣いていいって言ったのは俺だからね。それより、もう大丈夫?」

「あ、うん。全部洗い流したよ」

「ならいいんだ」


 笑い合う二人。そんな二人を見て嬉しそうに笑うラウラ。ただでさえアデルの泣き声などで騒がしかったと言うのに、そんな笑い声が響いてくれば隣の部屋の住人が壁を叩くのは当たり前だった。


 ビクッと身を竦めた三人は目を合わせて口元に人差し指を当てた。


「騒ぎすぎちゃったね……」

「あはは……それで、これからどうします? 左腕での戦闘に慣れるためにどこか行きます?」


 右腕関連の話に触れる事に抵抗感がなくなったラウラはアデルとクルトに聞く。


「そうだね。ボクが両利きとは言っても、左腕は普段使わないから慣れておくべきだと思う。クルトはどう?」

「俺もそうするべきだと思う。この間は上手くいったけど、一応慣れておいた方がいいと思うな」

「じゃあ決まりだね! 神器の性能を試すにもいいと思うし!」


 そんなわけで神器を装備して街を出たアデル、クルト、ラウラの三人。学校の知り合いなどにこんな煌びやかな服を着ているところを見られたくなかった三人は仮面を着けて顔を隠している。

 適当に目についた仮面なので変な模様があしらわれている。煌びやかな服に、奇妙な仮面……そんな見た目であれば道中に視線を向けられるのは必至だった。


 三人がやってきたのは、アブレンクング王国の王都シックサールを出てすぐ近くにある洞窟だった。


 この洞窟には名称がない。魔物も弱いものばかりで、資源も全くない。何の利益にもならない洞窟は名前を付ける価値すらなかった。

 だが、価値のない洞窟でも、左腕での戦闘に慣れるための練習として見れば安全すぎて練習に最適な場所でもあった。


 出てくる魔物はスライムやゴブリンなどの本当に低級の魔物ばかりだ。それならば攻撃を避けるのも簡単だし、攻撃を当てるのも簡単だった。


「【一の太刀 刹那】【二の太刀 六徳】」


 一の太刀でゴブリンを斬り抜け、そして一の太刀より速い二の太刀で、ゴブリンを背後から斬り抜け、そうして往復して元いた場所へと帰ってくる。


 その間、一瞬。とても片手で持つべきではない剣を二度も振るい、そして移動して往復したとは考えられない時間の短さだ。


 だが、それでもアデルは明確な鈍りを感じていた。


「遅すぎる……」

「そうかな?」

「うん。いつもならもっと速く斬れてた。片手じゃやっぱり厳しいね……」


 クルトには違いが分からないが、アデルは鈍りを感じているよいだった。そして片手じゃ厳しい、と、呟くアデルだが、そこには全く負の感情がなかなかった。


「次行こう」

「はい」


 それからもアデルは自身が持つスキルを次々と試していく。だが、そのどれもが著しく弱体化していた。使えない事はないが、それに慣れるまでは、その弱体化を意識して使用しなければいけないだろう。


 そしてそのアデルのスキルを観察するのは時鐘の老人だ。観察するつもりがあったわけではないが、アデル達が時鐘の老人が潜んでいる洞窟にやってきたので意図せずしてアデルの手の内を知る事ができていた。


 あとはここを去って最果ての大陸に戻り、仲間達にアデルのスキルを報告できればいいのだが、アデルが左腕に装備している神器の盾に付与された『スキル封印』の効果のせいでスキルの使用ができない。

 つまり時間を遡って最果ての大陸に戻る事ができないでいた。しかも時鐘の老人の能力は殆どがスキルなので現在はほぼ無力な老人といった程度になってしまっているのだろう。


 そんな時鐘の老人とアデル達が遭遇するのは時間の問題だった。なんせ、この洞窟はそれほど長く続いていないし、分岐も全くないからだ。


「ねぇ二人とも、誰かいるよ?」

「本当ですね。……おじいさん……でしょうか?」

「……警戒しておきましょう」


 こんな人の寄り付かない洞窟に人がいる事に違和感を覚えたクルトがアデルとラウラに警戒するよう伝える。

 それに従って三人は慎重に近付く。遠目から見る限りは気付かなかったが、その老人は明らかにおかしかった。正確には老人の背後に浮かぶ時計が異様だった。


 アデル達がそれに気付くと同時に、胡座をかいていた体勢から立ち上がる老人。それに伴って背後に浮かぶ巨大な時計も移動する。そして髪と髭に覆い尽くされた顔でアデル達を見ているようだ。


 そんな時鐘の老人かた放たれる威圧感にたじろぐ三人。そんな中、アデルが恐る恐る言葉を発した。


「違っていたらごめんなさい。 ……あなた、人間じゃないですよね……?」

「戦闘開始時刻、14時56分42秒」


 時鐘の老人はそれだけ言って、背後に浮かぶ時計の長針を右手に、短針を左手に取ってアデル達へと走り出した。

 どこか角張っている人間とは思えない機械的な動き。機械を動かした時のような融通の利かなそうな直線的な走り。……心なしか、時鐘の老人の纏うオーラが強いものになっているような気がする。


 それを見たアデルは剣を左手で構えて時鐘の老人の攻撃を待つ。相手は二刀流……二針だ。無闇に攻撃を放って空いている方の針で攻撃されるのは避けたかった。


 クルトは咄嗟に後ろに下がって支援の準備をする。前衛が捌ききれなかった攻撃を魔法で弾いたり、前衛が安全に攻撃できるように相手の行動を封じたりする。


 ラウラは少しだけ後ろに下がってアデルとクルトの間に立つ。ラウラには特に役割がない。なので戦況をよく見て前衛と後衛の両方をこなす。それがラウラだ。神器の武器も槍と杖が合体したようなものなのでそうするべきだと理解していた。



 時鐘の老人が手にする時計の長身は大きい。アデルやクルト、ラウラの身長を軽々と越えるような大きさだ。だが、時鐘の老人は長身であるために、長剣を振るっているようにしか見えない。時鐘の老人の身長が三メートルあるとすれば、長針は二メートルぐらいだろう。短針はアデル達と同じぐらいか、それより少し小さいと言った程度だ。


 そんな大きな針を軽々と振るう時鐘の老人の攻撃を何とか捌くアデルだが、あまり使い慣れていない左手な上に、身の丈を越える長針と身の丈ほどの短針を相手に、かなり辛そうな様子だ。


 そしてそれを援護するのがラウラの杖槍から放たれる槍撃と魔法だ。

 クルクルと杖槍が踊るように回転し、舞うように鮮やかにラウラが動き、槍と魔法を激しく素早く何度も切り替えて、時鐘の老人の攻撃を妨げる。更に言えば、少しずつだが時鐘の老人に傷もつけている。

 クルトの出番は皆無に等しかった。


「攻撃配置時刻、14時57分29秒」


 時鐘の老人の呟きに眉を顰めるアデルとラウラ。剣戟の音が激しくて後方にいるクルトにはそれが聞こえなかった。



 ちなみに、これはスキルではあるがスキルではない。こうして言葉に出す事でスキルの補助を受けずに、擬似的にスキルと同様の効果を発動させているのだ。言うまでもなく、アデルの……と言うより【勇者】の『スキル封印』を掻い潜るためのものだ。


 秋と同じ言い方をすれば自力化と同じようなものだろう。


 ……だが、厳密に言えばそうではなく、これは世界の補助を受けてスキルと同じ力を行使しているだけに過ぎず、自力とはほど遠いものだった。

 どらかと言えば【魔王】側の世界は、敵である【勇者】が『スキル封印』を行使できる事を知っているので、この特権を最果ての大陸の魔物だけに特別に与えていた。神の手先である【勇者】や【賢者】【神徒】に対抗するために。



 その瞬間、どこかから湧いて出た時計の長針がアデルへ。そして短針がラウラへ。見えないほど細い秒針がクルトへ、と、それぞれ放たれる。

 アデルとラウラはそれを軽々と回避して見せたが、身体能力が低い後衛であり、出番がなくて気が緩んでいたクルトはそれを腹部に思い切り受けてしまった。


「……ぁっ……!」


 小さく悲鳴を漏らすクルト。その両側にはアデルとラウラが回避した長針と短針が地面に突き刺さっている。


「クルトっ! 大丈夫!?」

「……細かったお陰で大した怪我にはなってないよ……っ」

「苦しそうですよ! 今すぐ手当てを……!」


 近寄るラウラを手で制して時鐘の老人を指差すクルト。


「それより先にあの老人を相手しておいてください……俺は自分で治せますから……っ」

「……分かりました」


 何か言いたげな様子のラウラだったが、一度振り返ったきりで時鐘の老人と打ち合っているアデルを見て素直に頷いた。ここでアデルを不利に陥れるのは得策ではないと判断した。


 秒針を引き抜くクルト。貫かれた何らかの臓器に鉄製の秒針が擦れるのが堪らなく痛いが、前衛の二人に心配をかけないように歯を食いしばり、喉の奥から勝手に込み上げる叫びの衝動も無理やり抑えて慎重に、そして豪快に引き抜いていく。

 腹部と秒針の間に空いた僅かな隙間から血が溢れるように湧いてくる。それをできるだけ見ないようにして何とか秒針を全て引き抜いた。

 真っ赤に染まる秒針を投げ捨てて、荒い呼吸をそのままに、すぐに腹部に聖魔法を使用した。


 そんなクルトを背後に映しながら、アデルとラウラは時鐘の老人と戦闘を繰り広げる。


 ……【勇者】として【神徒】としての役割を担っているアデルとラウラの二人が苦戦するほどの近接戦闘腕前を持つ時鐘の老人。そんな腕前を持ちながら、いったいなぜ……アデル、クルト、ラウラの三人の時間の流れを遅くして成長を妨げる、などと言うチンケな嫌がらせをしていたのか。その理由は単純で、それが自分にしかできない事だったからだ。近接戦闘などは他の最果ての大陸の魔物でも行えるが、こう言った成長の妨げの方法は自分にしかできないのを知っていたからだ。


 嫌がらせだけが時鐘の老人ではなく、嫌がらせも近接戦闘も行えるのが時鐘の老人だった。


「一撃一撃が重いね……」

「そうですね……」


 二人の神器には『不壊』の効果が付与されているために壊れる事はないが、それでも時鐘の老人の長針や短針のような大きい武器を相手にすれば、膂力が足りずに簡単に押し負けてしまう。


「攻撃遡行時刻、14時57分29秒03」


 時鐘の老人がそう言うと、先ほど放たれて地面に突き刺さったままの長針と短針が、そしてクルトの血液で赤く染まった短針が最初に出現した地点へと移動して、再び射出された。

 出現時刻が29秒であったために、射出された後の29秒03を指定する事でこうして再び射出される事になった。


 しかしそれを理解してしまえばその攻撃を避ける事は容易だった。傷を完治させたクルトですら回避できていた。


「攻撃配置時刻、15時00分01秒」


 時鐘の老人がそう言うのでアデルとラウラ、クルトはその時間まで注意して時鐘の老人と戦う。近接と遠距離を激しく切り替えているラウラに疲れが出始めたのでクルトにも出番はやってきていた。


 今までは切り傷程度しか与えられなかったのだが、クルトの参戦のおかげか、そこで初めて時鐘の老人に目立った傷を与えられた。横腹を浅くだがクルトの風魔法が斬り裂いたのだ。


 そしてラウラは種を蒔いた。その種は神器の一つとして与えられた『再生の種』だ。それを【植物操作】のスキルで急激に成長させる。あっという間に生えたのは『吸命草』や『ヴァンパイアウィード』と呼ばれる植物だ。

 この植物は周囲の水や栄養などと言ったものを大量に吸収して、周囲の植物の命を枯らす事から『吸命草』と、そう呼ばれるようになった。それが人間の血を吸う吸血鬼のようだったから『ヴァンパイアウィード』とも呼ばれている。

 ……実際に人間や魔物、亜人の血液を吸ったりもするので『ヴァンパイアウィード』と言うのも強ち間違いではなかったりする。


「行けぇ!」


 ラウラは強制的に成長させた吸命草を動かして時鐘の老人の横腹へと巻き付かせる。もちろん先ほどクルトが風魔法で斬り裂いた方の横腹だ。

 その吸命草は時鐘の老人の横腹に自身を潜り込ませて血を吸い始める。


 当然、これが自分に害を為しているので、時鐘の老人は吸命草を引き剥がそうとするが、右手には長針、左手には短針を持っている。つまり、吸命草を引き剥がすには現在の有利を一瞬でも手放してしまう危険が付き纏うわけだ。だが、このまま血を吸い尽くされてしまえば意味がない。


 時鐘の老人は後方に跳び、そこに短針を置いてから急いで吸命草を毟り取る。


 だが、そこにアデルが肉薄した。アデルはすでに「【三の太刀 空虚】」と呟いて時鐘の老人を一閃した後だった。そしてアデルは続けて言った。


「【四の太刀 清浄】」


 一瞬で移動したとしか思えない一閃を経てアデルは元いた位置まで戻り、右側に携えた鞘に剣を納刀する。


 時鐘の老人から噴き出す血飛沫。それはあっという間に時鐘の老人が倒れ込んだ地面を赤く染める。そしてそれを吸う吸命草は、みるみる内に地面に散乱する血を吸い尽くしてしまい、少し前までは緑色だった体を時鐘の老人の血で染めた。そして吸命草は破裂した。吸命草が一度に吸える物質の容量を越えてしまったからだ。

 再びあたりに飛び散る血液に戦きながらアデル達は踵返した。


 あれほどの強敵を倒したと言うのに一つもレベルが上がらなかった事から察するに、ダンジョンで鍛えたアデル達のレベルが相当高かったと言う事が分かるだろう。


「あのおじいさん、本当に人間じゃなかったのかな……? ボク、怖くなってきたよ」

「大丈夫だと思うよ。だってあの体の大きさ、明らかに人間じゃなかった。それに、動きもどう見ても人間じゃなかった。……大丈夫だよ」

「そうですよ。斬り付けられても悲鳴一つ上げなかったですし、人間に化けた魔物か何かだと思います」


 洞窟を出てからふと不安に駆られたアデルに大丈夫だと言うクルトとラウラ。


 そんな三人の耳に、耳を塞ぎたくなるような不快で奇怪な耳障りな絶叫が響いた。洞窟からだ。

 その絶叫に思わず耳を塞ぐ三人の背後から飛来するのは長針と短針と秒針の三つの針だ。現在時刻は15時00分01秒ちょうどだ。時鐘の老人が仕掛けた攻撃が到来したのだ。


 先ほどまで横並びで話しながら歩いていた三人は仲良く貫かれる。

 アデルは長針に右足を。クルトは短針に左腕を。ラウラは秒針に右手を。


 突然の出来事に頭の中が真っ白になる。それは一瞬で、続けてやってくるのはおどろおどろしい色彩の痛みだ。赤色だったり橙色だったり桃色だったり……そんな明るい色が黒色に飲まれていくのだ。

 そうして出たのが悲鳴だった。不意打ちであったために堪える事ができなかった。


 洞窟から出たばかりの場所であり、周囲に人気がなかった事が幸いして、その悲鳴が誰かの耳に届く事はなかった。


 それから暫くして自分に刺さった針を抜いた三人は洞窟に引き返して時鐘の老人のところへと向かった。だが、そこには血溜まりだけが残っているだけで、時鐘の老人は存在していなかった。


 ここに時鐘の老人の死体が転がっていれば、使用者の生死を問わず勝手に発動するスキルだと思えたのだが、死体がない。


 時鐘の老人は生きている。そして逃げられた。


 どうしても厄介な事になるような気がするアデル、クルト、ラウラの三人は何とも言えないような顔をしていた。根っからの善人である三人は時鐘の老人の生存に悪感情を抱く事ができなかった。

 だからそのままどうする事もなく王都シックサールへと帰った。







~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~







 15時の時報を叫んでから、何とか逃げ延びた時鐘の老人は自身が仕掛けたスキルを疎ましく思いながらアデル達が洞窟を出て、スキルが使用できるようになったタイミングで自分の時間を遡り、最果ての大陸へと帰ってきていた。


 時鐘の老人がスキルを疎ましく思っている理由は、一度仕掛けた攻撃を取り消す事ができなかったからだ。ついでに言えば時報も勝手に口から出るものだった。

 しかしそれを疎ましく思いながらも、これが無ければ自分は無力であるために、何だかんだこのスキルを有り難く思っていた。


 狼の姿をする仲間に「他の奴らはどうした?」と聞かれるが、時鐘の老人はスキルの発動を指定する時以外喋れないので首を振って答える。


 それに、狼の姿の仲間は「そうか。それで、何か成果はあったのか?」と尋ねるが、すぐに時鐘の老人が喋れない事を思い出して困ったように唸り始めた。そしてその狼は愛おしそうに太陽を見上げた。


 そんな狼の姿をする仲間を見て、時鐘の老人は秒針を使って地面に文字を書くが、狼の姿をするものは文字を知らなかったので結局それは伝わらなかった。


 どうしたものかと腕を組む時鐘の老人と喋る狼。そんな一人? と一匹の元に誰かがやってきた。


 それは人間の姿をしている生物だ。しかしそのどこもが腐敗しており、人間ではないのは確かだ。

 これだけなら、ただのアンデッドだと言えるが、こいつは違った。

 巨人だ。巨人のアンデッドだ。腐敗しているために容姿はあり得ないほどに醜い。そして全身が泥に塗れている。不思議な事に巨人だと言うのに足音一つ鳴らさず地面も揺らさずに現れた。


「どうしたんだ? スコールに、エクディロシ」


 腐敗した泥の巨人は、喋る狼──スコールと、時鐘の老人──エクディロシにそう声をかけた。


「あぁそう言う事か。エクディロシの報告を受けたいが、言葉も筆談も一方的だから困っていたのか」


 スコールは「そう言う事だ」と答え、エクディロシはうんうんと頷いている。


「どれ、儂が読んでやろう。……なになに……?」


 しゃがみこんでエクディロシが書いた文字を読み進める腐敗した泥の巨人は、「なるほど。分かった。他の奴に知らせて来よう」と言って去っていってしまった。スコールには何も伝えずに。


 思ったスコールはすぐに腐敗した泥の巨人を追いかけるが、しかしどうしてかその巨体をあっという間に見失ってしまった。スコールは「バカが」と呟いてその場で動きを止めた。


 スコールからすれば太陽を覆い隠してしまう巨人は疎ましいものであったが、すぐに消えてしまう腐敗した泥の巨人は唯一親しくできる巨人だった。

 だが、こう言うバカなところがあるのでそれほど親しく関わりたくなかったりする、スコールからすればそんな複雑な関係だった。


 これは、沼地に潜み、音もなく這い寄り、そして人間を殺して回る醜悪な容姿の巨人──グレンデル。残忍であり狡猾であるが、先ほどスコールが呆れていたように、少々バカなところがあった。


 グレンデルが去っていった後、最果ての大陸の一角に残されたスコールとエクディロシは自然と別れ、それぞれの暮らしを送る。

 化け物が闊歩する前人未到も同然の地で。

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