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第265話 ノースタルジア 2

「そう言う事だから、会計とか頼んだぞ」

「えぇ!?」


 ミアと言うらしいフレイアの姉とゲヴァルティア帝国に向かう事になったのでフレイアにそう伝えると、凄く驚いた表情をしていたが、すぐに溜め息を吐いて了承してくれた。


「あと、ステラもお願いね。フレイア」

「ちょっと、ちょっと……私の負担大きすぎないかしら……? まぁいいけどね」


 結果的に全部フレイアに押し付ける事になった。


 申し訳ない気持ちが少しあるが……なんにせよこれで安心してゲヴァルティア帝国に行ける。


『蘇生』させた目玉から得た視界で、ミアの旦那さんの匂いが一番濃く残っている場所にゲートを繋げる。匂いは広範囲に広がっているので、旦那さんの目の前にいきなり……とは行かない。

 あと、そこは旦那さんの匂いが一番濃いだけで、旦那さん本人がいるわけではないのは目玉の視界から伝わる情報で把握している。


 だが、だとしたらおかしいんだよな。一番匂いが濃い場所に本人がいないってのは。基本的に匂いと言うのは本人に近付けば近づくほどの濃くなるものだ。だと言うのに一番匂い濃いところにいない。……考えられる可能性としては、【転移】とかそう言った類いのスキルか魔法の使用だろうな。【転移】されて俺の嗅覚が届く範囲外に行かれれば追跡のしようがないし、風魔法で匂いを散らされたら終わりだからな。……あとは、袋詰めにされて誘拐されたとか、存在そのものが消えたか、だな。

 ……最後のは無いだろうが、俺のように、異世界に転移とかしてしまう事だってあるのだから、この可能性はゼロではない。


 まぁつまりほぼ確実に、このゲヴァルティア帝国の捜索は徒労に終わり、ミアからは虚言野郎などと思われてしまうわけだ。入念に探せば手掛かりぐらいは掴めるかも知れないが。


 ……どうして考えなしに、匂いが広がってるな、目と匂いを照らし合わせたから間違いない、なんて言ってしまったのだろうか。……まぁ、情報を得たら報告するのが大切だから間違ってはいないのだが、やはり後悔してしまう。


 などと考えていたらミアから声をかけられた。


「それじゃ行きましょう?」

「おう」


 適当に返事をしてからミアとゲートを潜る。


 どうしてミアに協力したのかと聞かれれば、まずは暇だったからと答えるだろう。あとは、フレイアの身内だからだ。つまりオリヴィアのような感じで無下にできない存在だからこうして協力してやっている。


 結構前までの俺なら進んで協力を申し出ただろうが、テイネブリス教団関連の厄介事で割りとうんざりしているので、今では他人の問題に進んで協力しようとは思えなくなっていた。……なので、他人ではないミアだからこそこうして協力してやっているのだ。




 ……そんな事より、やはり酷い有り様だな。ゲヴァルティア帝国。目玉から得た視界で今さっき見ていたので知ってはいたが、やはり実際に目にしてここに足をつけるとなると違うな。


「いったい何があったの……?」

「さぁ? ここの皇帝は頭おかしいから自分でやったんじゃないか?」

「えぇ……?」


 適当に言ってみたが、アルタ……だったか? あいつならやりかねないのが困ったところだ。


「……と、取り敢えず旦那を探しましょう」

「匂いがするのはこっちだ」

「……ロキシーさん……もしかして匂いを覚えてるの?」

「あぁ。記憶力がいいんだよ」


 記憶力がいいのは[脳味噌の大樹]のせいだ。あいつのせいで見聞きしたものなどを全部覚えてしまうようになってしまった。

 記憶する容量を越えてしまうと忘れる一歩手前までいってしまうのだが、それでも決して忘れてしまう事はない。なので思い出そうとすれば難なく思い出せてしまえる。

 なのでミアの旦那さんの匂いと言う記憶する必要のない事まで思い出せるし、大分前のフレイアの風呂に忍び込んだ時の事すら覚えているわけだ。しかも、[脳味噌の大樹]を倒す以前に覚えていた事も完全に記憶する事ができるので、トラックの轢かれた瞬間も思い出せるわけだ。


 良いものを思い出せるし、悪いものも思い出せる。使い勝手が悪いスキルだ。寿命がない俺からしたら嫌がらせ以外の何物でもない。

 ……ちなみにこれはオンとオフを切り替えられない、『常時発動能力』なので本当にどうしようもない。切り替える事ができる『常時発動能力』だったらありがたかったんだがな……


「言っちゃ悪いけど、気持ち悪いわね。人の旦那の匂いを覚えているって。どうやら記憶力がいいのも、それはそれで問題みたいね……」

「俺もそう思うよ。忘れられるものなら忘れたい」


 物凄いハッキリ言ってくるなこいつ。確かに人の旦那の匂いを記憶するって気持ち悪いが、そこまでハッキリ言わなくてもいいだろう。


 それから、ほぼ壊滅状態のゲヴァルティア帝国を進んで匂いが一番濃いところに来たが、やはりそこには誰もいなかった。国民は全てが貴族街へと避難しているらしいので当然だろう。


「誰もいないわね」

「そうだな。でもここが一番匂いが強いんだよ」

「だったら……ここで突然消えたって事よね……?」

「あぁ」

「風魔法で匂いを拡散させて追跡を……だとしたら何かに追われて……魔物……かしら……?」


 どうやら俺が嘘を吐いたとは思っていないらしい。俺なら真っ先にここに連れて来た奴に騙されたと考えるのだがこいつは違うみたいだ。

 ほのぼのした暮らしは送っていなかったはずだから人を疑う事を知らないわけではなさそうなので、これまでの俺の言動のどこかに俺を信用する要素があったのだろう。


「どうして魔物だと?」

「相手が人間なら、匂いで辿られるなんて考えるわけないでしょう? だから相手は魔物。それか、鼻が利く亜人だと思うわ」

「なるほど賢いな」

「いや……ロキシーさんがおバカなだけだと思うけど」

「一応俺とお前は初対面なんだけどな……」


 いくらなんでも遠慮が無さすぎるだろう。これだと旦那さんの精神面が心配だ。こんなズバズバとハッキリ物を言う……言い過ぎるのが嫁だと苦労するだろうな。……もしかして、それに耐えられなくなって逃げ出したとか……?


「そうだったわね。ごめんなさい。ロキシーさんと接していると、お父様を思い出しちゃって、つい……ね」

「つい……ね。じゃないんだけどな。……まぁいい。それよりどうする? 手掛かりもないし帰るか?」

「うーん…………他に匂いが強い場所とかはないの?」


 他はどこも同じぐらい匂いが広がっているので骨が折れる作業になりそうだ。なので、ない、と答えておく。いくらなんでもゲヴァルティア帝国の半分を探し回るなんて面倒臭いしな。

 それと、一部だけ匂いが上下している場所も見つけられた……じゃなくて嗅ぎ付けられたので、恐らく【転移】ではなく風魔法で適当に匂いを散らしたのだと思われる。

 上に匂いが広がってるなんてあり得ないからな。ミアの話によるとミアの旦那は人間らしいので、当然ながら飛ぶ事はできないので、そう考えた。


「そうね……なら帰りましょう。時間を無駄にしちゃってごめんなさいね」

「別にいい。 暇潰しにもなったし問題ない」


 そう言ってからゲートでフレイア達の元へと帰る。


「お、帰って来たのだ。その様子だと見付からなかったみたいだな。まぁ、気を落とさずに頑張るのだぞ?」

「えぇ。この程度では挫けないわよ」


 口に食べ物を詰め込みながら、フォークでミアを指しながらクロカが言う。そう、フレイア達はまだ店にいた。皿の量を見るに、誰かが追加で注文したようだが、明らかにクロカなので特に追及はしない。それに誰がおかわりをしたかなんてどうでもいい事だしな。


「早く帰ってきてくれてよかったわ。手持ちのお金で足りるか分からなかったもの……」

「すまんな。もう帰ってきたし、俺が払うから安心しろ」

「ありがとうね」


 お礼を言われるのもおかしな話だがな。押し付けてた厄介事を引き取っただけだし。まぁそれぐらいフレイアが感謝していると言う事なのだろう。


 ちなみにフレイアはギルドに金を預ける派の人間のだ。

 フレイアだけでなく普通の人間はみんなそうだ。全財産の半額程度まだしも、俺のように全財産をアイテムボックスに詰めてる奴の方が珍しいのだ。

 魔力が尽きたら金を取り出せなくなるわけだし、俺のように膨大な魔力がない限りそんな奴はいない。


「で、お前はどんだけ食うんだよ」

「まだまだ食べられるのだぞ!」

「はぁ……」


 これみよがしに溜め息を吐いてやったが、気にせずに黙々と食べているのでもう諦める事にした。脳味噌が溶けたような幸せそうな顔を見ているとどうでもよくなってきたのだ。


「じゃあ私達はそろそろ行くわね」

「お姉ちゃん、もう行っちゃうの?」

「えぇ。フレイアの安否も分かったし、あとはお母様とお兄様、旦那を探さないといけないもの。もたもたしてられないわよ」


 ミアは寂しそうな顔をしているフレイアの頭を撫でながら優しい声色でそう言う。

 姉と言うより、ぐずる子供をあやす母親のようだ。実際に母親でもあるのだが、そう見えた。


「……そうよね……分かったわ。残念だけど仕方ないわね」


 他の面々の微笑ましそうな視線に気付いたのか真っ赤になりながらフレイアはそう答える。


「そう、仕方ないのよ。……次に会うときはお母様もお兄様も旦那も連れて来るわ。じゃあね。また会いましょう」

「またね、お姉ちゃん」


 そう交わしてミアは店を出ていき、フレイアも手を振っている。


 そんな意外にもあっさりした別れ。

 各地を転々としている者同士なのだから絶対に次があるわけでもないし、そもそもこんな世界で生き抜きながら旅をする事は危険なので、相手が生きているとも限らない。だと言うのにこんなにあっさり別れてしまってよかったのだろうか。


 疑問に思った俺はフレイアに尋ねた。


「よかったのか? こんな簡単に別れて」

「えぇ。きっとまた会えるもの」

「なぜそう言い切れるんだ?」

「勘よ」

「…………は?」


 勘……? そんなものを信じて姉とあっさり別れたのか? まぁ、勘を信じるのも大事だが、だからと言ってそれを信じて最後になるかも知れない人物と別れるのはどうかしてる。

 そうは言っても、結局はフレイアは俺についてくる事になるので意味ないのだがな。


「大丈夫よ。私達の家系はみんな勘とか洞察力、観察力とかそう言うのに優れているのよね。だから大丈夫よ」


 胸を張って自信満々と言った様子だが……まぁフレイアがそれでいいと思っているのなら、もうそれでいいのだろう。俺があれこれ考える事じゃない。


「アンタはいつまで食べてるんだい……これじゃ分けてあげた意味がないように思えてくるよ」

「あは、ニグレドちゃん、いい食べっぷりだねぇ~! 大食い大会とか出れるんじゃない?」


 未だに追加で注文して食べ続けるクロカに呆れた目を向けるスヴェルグと、囃し立てるジェシカ。だが、ジェシカのあれは囃し立てているように見えるが、遠回しにバカにしているものだ。大食い大会に出れそう、ってダメだろ。


 結局それからクロカが満腹になって青褪め出したのは三十分ぐらい後だった。


 さて、やっと昼食が終わったわけだが、これからどうするかな。もうこの国に用はないわけだが……まぁ折角だし大通りに出て演劇やら何やらを見ていくか。興味はないが、クロカ、シロカ、クラエル、セレネのなど子供っぽい四人が喜びそうだし、暇潰しになるだろうからな。







~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~







 アキ……ロキシーとミアがゲヴァルティア帝国へ行っている間、残されたステラやフレイア達はこんなやり取りをしていた。


「久し振りねステラちゃん……私の事覚えてるかしら?」

「覚えてるよ。フレイアお姉ちゃんでしょ?」


 無邪気な笑みを浮かべるステラに思わず頬が緩んでしまうフレイアとその他。食べるのに必死なニグレドでさえ口を動かしながら微笑んでいる。


「そうそう。ステラちゃんは今何歳なんだっけ?」

「私は8歳だよ」

「8歳かぁ……じゃあ春暁君と同い年なのね。あ、春暁君って言うのはアk……ロキシーの弟で──」


 フレイアが口を滑らせながらも言葉を発するが、それを止めたのはステラだった。


「は、春暁ってどんな子!? 見た目とか!」

「え? ……見た目は黒髪で黒目ね。それでステラちゃんと同い年で……って、もしかしてステラちゃん、春暁君と知り合いなの?」

「うん! 初めてできた友達なの!」

「あぁ、そうだったのね」


 それから始まるのはステラによる春暁の話だった。早口で捲し立てるその様は、一見、恋情のように見えるが、これはもはや信仰の……狂信や依存の域に達していた。

 若干引き気味に相槌を打つフレイア達。まぁ子供なのだから夢中になってしまえばこんなものだろうと考えて相槌を打つ。


「それでね! …………あ、そうだ。ハルはどこにいるの?」

「……え……? えっとね……私達が旅に出るまではミレナリア王国にいたけど、今はどうか分からないわね」

「そっか……じゃあミレナリア王国に行っても会えないかも知れないんだね……どうしよう……」


 そうしてステラが考え始めた時にロキシーとミアが帰って来た。

 元々大勢の人間がいる前で喋りたがらないステラが更に無言を貫いていたのは、春暁と会うためにはどうするべきかを考えていたからだった。


 ずっと無愛想な態度をとっていた事や、ずっと憎まれ口を叩いていた事、ずっと酷い事を言っていた事などを、自分に初めてできた友達に謝るために。そして今まで通り……いや、今まで以上に仲良しの友達になるために。


 だからステラは、まだ幼い脳を駆使して考える。だが、暫く会っていなかった上に手掛かりがフレイア達がミレナリア王国に居たと言う事しか分からない。もしかすればまだミレナリア王国にいるのかも知れないが、フレイアの探し人の弟である以上、家族総出で捜索している可能性が高い。


 当初の予定通りミレナリア王国に戻るか、それとも戻らないか。


 答えは簡単だった。


 ミレナリア王国に戻る。それだった。戻らなければ手掛かりがないままだ。だが、戻れば手掛かりがあるかも知れない。そんな事はステラの幼い頭ですら分かる事だった。


 店を出てステラは母─ミアに言った。


「お母様、フレイアお姉ちゃんはハルと知り合いなんだって!」

「あら、そうなの? 凄い偶然ね?」

「うん! フレイアお姉ちゃんが探してる『アキ』って言う人の弟なんだってさ!」

「へぇ……名前も似てるわね。ハルアキとアキってね」

「あ、本当だ! 気付かなかった、お母様凄い!」


 興奮した様子でステラは喋る。それに合わせてミアも相槌を打つ。特に興味があるわけではなかったが、愛する娘の話なのだから適当の返事はしない。例え興味のない話でもちゃんと聞いて返事をするのだ。


 そうすれば、娘の幸せそうな笑顔が見れるから。それだけで旅の疲れも苦労も吹き飛び、旅が嫌になっても頑張れる。ミアはそれだけでよかった。


 本音を言えば、ミアは母や兄や旦那などどうでもよかった。そうは思いたくなかったのだが、長く険しい旅のせいで人も事を考える余裕がなくなっていたからだ。

 何度も折れそうになった。何度も立ち止まりかけた。何度も挫けそうになった。何度も諦めそうになった。何度も投げ捨てたくなった。何度も自棄になりそうになった。

 だけど、そこには愛する娘がいるから。そこで愛する娘が笑うから。その愛する娘が愛想を尽かさないでいてくれるから。だからミアは旅を続けられていた。


「じゃあ、後もう少しこの国を探したらミレナリア王国に戻りましょうか」

「うん!」


 そう交わして二人は歩く。迷子にならないように、離れ離れにならないように、お互いを確かめ合い、頼るように手を繋いで進む。







~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~







「おい、なんで俺がこんな事に付き合わないといけないんだ?」


 ノースタルジアにある、城の一室でジャンクがライリーを睨み付けながら愚痴る。自分が持つスキルの性質上、廃品まみれの場所にいる事が多いジャンクはこうした華やかな場所が大嫌いなので、ジャンクは機嫌が悪そうだ。


「仕方がなかったんだ。他国の騎士が他国の事情に介入した、と言うだけでも後ろめたくて断り辛いのに、王族直々の招待だ。もう断る事は不可能だったんだ。我慢してくれ」

「我慢してくれって……お前が無意味な介入をしたからこんな事になってるんだろうが。どの立場で言ってんだよお前」


 険悪な雰囲気が漂い始める。


「まあまあ、二人とも落ち着いてです。 喧嘩はよくないです」

「うるせぇ、鯖読み女は黙ってろ。先生と脳筋騎士の喧嘩だ」

「……っ!? だ、誰が鯖読み女です!?」

「お前以外に誰かいんのかよ?」

「きー! もう怒ったです! グリンさん、勝負です!」


 見た目を薬で盛っているティアネーに対して言ってはいけない事を言ったグリンはティアネーに殴られていた。ただし、その攻撃は非常に弱々しいもので、一瞬身構えてしまったのは恥ずかしくなるほどだった。


 そんな全員が全員、喧嘩している一室の扉を開けた騎士は呆然としてしまうも、すぐに気を取り直して姫の準備と謁見の準備が整った事を伝えて

ライリー達を謁見の間へと案内し始めた。


 その道中でも小さな言い合いをしていたが、騎士に注意されてからはそれはなくなっていた。


 ここまで言えば分かると思うが、ライリー達はノースタルジアの王と謁見する事になっていた。もちろん、この国の姫、及びその護衛の騎士を助けた事についてだ。


「お連れ致しました」

「うむ。通してくれ」


 騎士が豪奢な扉に向かって言うと、渋みのある男の声が返ってきた。騎士はその声に従って扉を開けてその脇に控えるようにして立ち、ライリー達が進むべき道を手で示す。そしてライリー達はそれに従って進む。


 その道の正面に座すのは、白い髪と白い髭を贅沢に蓄えたなんとも貫禄のある佇まいの男だった。歳は四、五十と言ったところだろうか。筋肉は衰えておらずにまだまだ張っている。その様相から辿り着く結論は、かなりの武人だと言う事だった。


 ある程度接近したところで、ライリーが膝を突く。それに倣ってジャンクやグリン、ティアネーも膝を突く。


「あぁ~……なんだったかな。……此度は我が国の姫、アマリア、及びその護衛の騎士達を助けていただいた事、感謝する。そしてその恩に報いるため、褒美を……」


 王がそう続けようとしたところで、ジャンクが口を開く。


「はぁ……まどろっこしいな。俺は今機嫌が悪いんだ。おっさんも内心では面倒臭いとか思ってんだろ?」

「おい、ジャンク! 貴様何をやっている!?」


 ジャンクのあまりにも無礼な物言いにライリーが顔を青褪めさせて言い、周囲の騎士達も「無礼者!」と言って剣やら槍やらをジャンクへと向けている。


「……無礼な……」


 王は眉を顰めて言う。そして言葉を続ける。


「……と、言うべきなのだろうが、確かにこう言う畏まった口調はまどろっこしいな。ならいつも通りに気楽にいくとしよう。 ……それで、褒美を与えたいのだが、何か欲しいものとかあるか?」

「国王様!?」


 周囲の騎士達の一人が声をあげる。その方向には他の騎士より一際強固そうな鎧と、鋭利な武器を持った騎士がいた。


「ど、どうされ──」

「喧しい。儂は今この者達と喋っているのだぞ? 副団長ごときがしゃしゃり出てくるでない。……何かあるか?」

「欲しいもの、なぁ……それって一人一つずつか?」

「あぁそうだ」


 何事もなかったかのように話を進める王とジャンクを眺める副団長は、すぐにジャンクに対して敵意剥き出しの視線を送り始めた。

 ジャンクはその視線に気付いていたが、あえて無視した。今は欲しいものを考えるのが優先だったからだ。


 そこでジャンクはふと思い付いた。


「じゃあ、この国の騎士と戦ってみたい」

「ほう! それは面白い。だが、そんな事でいいのか?」

「もちろんだ。俺にとっては強さが全てだからな。……全員だ。全員と戦わせてくれ」

「ふははははは! 全員とな! いいだろう。お前達、準備しておけよ?」


 一頻り愉快そうに笑った王は、周囲の騎士に準備をしておくように伝える。そして更に、王の側に控えている宰相が訓練所の整備やら、ここにはいない騎士へと伝えるように、側にいた騎士に指示を出す。


「ライリー達はどうすんだ?」

「いや私は…………じゃあ私は……この国の騎士を指導したいです」


 断ろうとしたマーガレットだったが、指示を出されて動いている騎士達が速やかに、そして迅速に動けていなかったのを見てそう言う。


「それでいいのか? 他国の騎士だと言うのに」

「はい。こう言ってはなんですが、この国の騎士は未熟すぎますから。見ていられなくて……」

「未熟……か。うむ、それは儂も感じていた事だ。よし、やるからには徹底的に頼んだぞ」

「もちろんです」


 それから、ティアネーは城にある書物を読む権利を、グリンはジャンクと同じく騎士との戦いを、それぞれ望んだ。


「これで新しい研究テーマが見つかるかもです!」

「俺も師匠と同じで強くならないといけねぇからな。戦わねぇと」


 謁見の間を後にして、訓練所に向かうために城内を歩きながらティアネーとグリンは言う。


「言っとくけど、お前が相手するのは俺がボロボロにした騎士だからな」

「もちろん分かってます! それでも、満身創痍の相手を殺さないように痛め付ける練習になりますから問題ありません」

「へぇ……? 旅人風情が随分と言ってくれるじゃないか」


 そこに現れたのは先ほど謁見の間で王の変化に驚いていた副団長と呼ばれていた男だ。

 この国には剣や槍を主に使用して戦う『騎士団』と、魔法に特化した魔法使い達で構成されている『魔法師団』と呼ばれる二つの組織があるのだが、この男は強固な鎧と鋭利な剣から分かる通り、騎士団の副団長だ。


『…………』

「聞いているのか?」

『…………』

「……まぁいい。訓練所で嫌になるほど聞く事になるしな。お前達が痛みに叫ぶ悲鳴を。 精々無傷で俺のところまで来る事だ。そうすればお前達が勝てる可能性は高くなるだろうからな」


 無視を決め込むジャンク達にそれだけ言って先に副団長は行ってしまった。そしてそれに謝るのが四人を案内する、新米だと言う騎士だ。


「皆さんごめんなさい。うちの副団長があんなで……恥ずかしい限りです」

「新米騎士にそう言われるほどとは、相当酷い男なのだろうな。これはみっちり指導する必要がありそうだ」

「その前に俺が動けなくするから無理だ」


 新米騎士の謝罪にライリーとジャンクが冗談を言って戯けて返すが、強ち冗談ではなかったりする。

 半端な実力で傲ってしまうほどに未熟な騎士へはみっちり指導しなければならないのがライリー。売られた喧嘩は買うしかないし、敵意を剥き出しにされればそれに応えるのがジャンクだ。


「あはは……お手柔らかにお願いしますね……」


 困ったように笑いながら新米騎士はライリーとジャンクに言った。

 一応グリンも騎士と戦う予定だが、所詮、満身創痍の人間を殺さずに甚振るだけの、つまらないものになるのは見えていたので、新米騎士はグリンには言わなかった



 そうしてライリー、ジャンク、ティアネー、グリンがやってきたのは闘技場かと思うほどに広く、観客席もある訓練所だった。


 この観客席は、他国の貴族や王族が訓練する様子を見たがる事があるために設けられたものだ。


 なんせこの国─ノースタルジアは、この過酷な世界で五百年も滅びずに続いている強大な国なのだ。他国の貴族や王族が、滅びずに存続するための術を学びたい、取り入れたいと思うのは当然だと言えた。


 だが、最近は騎士や魔法使いの質が落ちているし、老朽化が進んでいる建物を直せないなど経済面でもかなり窮地に陥っているノースタルジアは、今のゲヴァルティア帝国に攻め入られたりでもすれば、相当な痛手を……立ち直る事は難しいほどの大打撃を受ける事だろう。


 ノースタルジアはまさに五百年の歴史の終わりを目前にしていた。

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