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第264話 ノースタルジア 1

 やってきたのはアケファロスとジェシカの故郷の、ノースタルジアと言うらしい国だ。


 国を覆う壁を見ている限りはゲヴァルティア帝国やミレナリア王国とあまり変わらないように見える。……違いと言えば長い歴史を感じるほどに風化していると言うところだろうか。


 現在は入国の手続きで列に並んでいる。

 ちなみに身分証となるギルドカードは途中の町で金髪赤目の女の姿で新しく発行し直した。なので最近は金髪赤目女の状態で過ごすようにしている。

 ギルドカードの使用履歴だかなんだかで俺の行方を追えるギルドマスターである、ルイスに俺の行方がバレるかも知れないからだ。……なので俺の『アキ』としてのギルドカードは使いどころがなくなるだろう。


 それと、新しい発行し直した、と言ってもフレイア達のは誤魔化しようがないのでそのままなのだが、それでも、少なくとも俺の足取りは掴めないだろう。


 この旅の主な目的はフレイア達の故郷巡り、そして【魔王】としてアデルとクルトから距離を置くため、それと【魔王】らしく大きい拠点を構えるためだ。

 つまり【魔王】として旅をしている俺の足取りが掴まれてしまうのは避けたかっただけなので、フレイア達がバレようとどうでもいいのだ。


 それに、もし、フレイア達が誰か知り合いに見つけられてしまった場合は「失踪したアキを探している」と言うように伝えているのでこれで完全に俺の足取りは掴めないはずだ。金髪赤目女に変形もしてるしな。

 このせいで、屋敷に残してきた手紙が無意味なものに成り下がってしまうだろうが、今、【魔王】として動いている俺の行方を知られるのは不味いので仕方なかった。

 いずれは【魔王】として表に出るつもりだが、故郷巡りが終わっていないし拠点もないので、まだ俺が【魔王】だとバレるわけにはいかないのだ。



 そんなわけで、新しく発行したギルドカードで手続き済ませてノースタルジアへと入国した。

 ノースタルジアの様相は他の国と特に変わったところはなかった。だが、壁と同様に歴史を感じるような感じで、ノースタルジアにある建物はどれも歴史の重さと偉大さを感じる。


 ちなみに金髪赤目女状態の時は『ロキシー』と名乗っている。

 名付けはジェシカだ。ペルシャ語で夜明けと言う意味らしい。俺の弟に春暁って言うのがいるってのは話してあったのでそれから取ったと言っていたし、あと、アキとロキシーって文字数も割りと近いし若干似てるから、とも言っていた。


「ロキちゃーん、入国手続きできて偉いですねー?」


 そんな俺、ロキシー愛称はロキだった。

 随分と元の名前であるアキに近いと思うのだが、大丈夫だろうか。知り合いに聞かれたらすぐにバレないか?


「殴るぞ」

「やめて! ごめんごめん!」


 おちょくってくるジェシカを脅して黙らせる。女体化すると確実と言っていいほど誰かしらにこうやってバカにされるので嫌なのだが、こうでもしなければいずれ誰かにバレてしまうと思うので仕方ないのだ。


 男に変形しないのは、相手の予想外の予想外をいくためだ。

 男が男として変装して偽るより、男が女に変装どころか変形して化けてる方が気付かれ難い……と言うかまずそんな考えに及ばないだろうからな。


 ……つまり女体化は人を欺くのに最適だ。

 唯一気を付けるべきは言葉遣いだと一瞬思ったが、冷静に考えればそこまで注意する事じゃないだろう。だってこの見た目で全て欺けているのだから。それに、言葉遣いが悪い女もいるので気を付ける必要はほぼ皆無だろう。


「どうだ、二人とも。 故郷に帰って来た気分は?」

「いえ、別になんとも思いませんよ。私が知っている五百年前の姿と随分様子が違いますから」

「うんうん。昔はもっと栄えてる感じだったけど、今はそうでもないね。……なんと言うか……衰退したって感じ?」


 思いの外、二人からの印象が悪い。故郷に帰ってくれば否応なしに懐かしい感じになるものだと思っていたが違うのだろうか。

 と考えていたらいきなりジェシカに罵倒された。


「久遠さんってちょっとおバカさんだよね」

「……なんだよ。いきなり」

「だってさ、私達からしたらこの国とは五百年も関わりがないわけじゃない? そんなに間が空いていたら、もう殆ど知らない土地も同然なんだよね」

「あぁー…………」


 五百年も昔の故郷だと懐かしさすら感じないのか。確かに、普通に考えればそうか。


「アk……ロキがバカ野郎なのは誰もが知ってる事なのだ。それを一々言ってロキを傷付ける必要はないと思うぞ?」

「ニグレドちゃんのそれが一番酷いと思うけど……」


 俺がバカなのはみんなの共通認識なのか。酷い話だが、実際に俺はバカだし間抜けなので否定はできない。悔しい事にな。


「ほら、道のど真ん中でペラペラ喋ってないで、早く行くよアンタ達」

「ん。通行の邪魔」


 スヴェルグとセレネに注意されたので軽く謝ってから歩き始めるが、特に目的地とかないんだよな。アケファロスの家とかジェシカの家があれば行ってみたいのだが、五百年も経っていれば確実にもうなくなっているだろう。

 他の候補としてはアケファロスやジェシカの友達の場所なんだが、五百年も経っていれば死んでいるだろう。……やっぱり俺はバカなんだな。


 ……まぁ、適当に彷徨いておくか。


 と思って街中を適当に宛もなくウロウロする。時間の無駄のように思えるが、意外とそうでもなかった。


 フレイア達であれば服屋とかに寄って衣服や装飾品とか買ったりしていたし、俺も買った。よく考えればロキシー状態の時に着る服が全くなかったからだ。

 フレイア達を着せ替え人形にしてた時の服は、それを着たフレイア達が気に入っていたりしていたので、どうせ俺は着ないからと、殆どあげてしまっていたのだ。だから買う必要があった。ついでにフレイア達を着せ替え人形にする時の服も補充しておいた。


 あとは家具とかだ。【魔王】の拠点を構える際に家具がなければ困るからな。土魔法とかを活用して造ればいいのだろうが、装飾のセンスがないので買った。

 だが、拠点は自分で造るつもりだ。こう言う、大事なものは自作でないと気が済まない性格なのだ。そしてこれは【勇者】とか【賢者】を待ち受ける場所なのだから大事なものになる。これは自作するしかないだろう。

 拠点の外観とか内装……頑張らないとな。恥ずかしい【魔王】になりたくないし。


 服屋や家具屋を見て回っていると、気が付けば太陽は真上に昇っていたので適当なところに入って昼食を摂る。

 十人と言う大所帯だったが、店員の人が机をくっ付けていい、と言ってくれたので半分に分かれて並んで机を囲む。


「アケファロスとジェシカは行きたいところはないのか?」

「ありませんね」

「私もないよ」

「……そうか」


 即答だ。いくら見知らぬ土地も同然だと言えど、そこまで無関心貫き通せるのは驚きだ。もはや嫌いでさえありそうなほどだ。


 ……いや、嫌いなのか。アケファロスにとっては自分が処刑された土地だし、ジェシカはこの国の戦争のせいで死んだんだしな……この反応も当然か。


「ハンバーグ……? いいんですか?」

「私にもくれるの?」


 お詫びとしてハンバーグを一切れずつ分けておいた。釣り合いが取れているとは思えないが、確実にそれらの理由のせいでこの国が嫌いだと決まったわけではないのでこれぐらいが妥当だろう。


『ボクにもちょーだーい!』

「ずるい。私にも」

「みんな食い意地張ってるわね……」

「本当ですよ……」


 クラエルとセレネが食器を突き出してくる。これにはフレイアとソフィアも苦笑いだ。


 俺の食器にあった残りのハンバーグはたった今俺の胃袋に消えたのでクラエルとセレネに分けてやる分はない。


『あー! 全部一口で食べたー!』

「欲しかったのに」


 悔しそうに喚いているが、無視してソフィアに話しかける。


「次はソフィアの故郷に行こうと思う」

「私の……ですか? えー……でも、私がアブレンクング王国を出てからまだそんなに経ってませんし、行く必要はないと思いますよ?」

「だが、お前が【魔王】に付いていっていると広まれば、容易に帰れなくなるんだから今のうちに帰っておかないと後悔するぞ?」

「そうですけど……アブレンクング王国には特に思い入れとか、会いたい友人とかもいないですし……それに、聖女の役割を放り出して来ましたし……」


 思い入れもないし、会いたい友人もいないし、大事な役割を投げ出して来たから帰り辛い……と。


 ……じゃあ……行かなくていいか。思い入れもないんだったら今みたいに適当に彷徨くだけになってしまうだろうし、ソフィアが所属してたのは確か……ソルスモイラ教だったか? その宗教絡みの面倒事には関わりたくないしな。


 これがエルフやドワーフと言うような異種族であれば、その文化や生態を知るために問答無用で向かったのだろうが、残念ながらこの国もアブレンクング王国も人間の国だ。それも、何の特徴もない普通の国だ。

 ……なら無理に行く必要はないだろう。ソフィア自身も国を出て日が浅いから『故郷』と言うほどの認識ではないらしいし。


 ……まぁ、とは言ってもいずれ近いうちに行くがな。やはり二度と故郷に帰れないと言うのはキツイから。


「そうか、分かった。……じゃあ……フレイアはどうする……?」


 結構酷い質問だと思う。だって滅んだ国の王女に向かって、お前の滅んだ国の跡地を見に行かないか? と意地の悪い事を聞いているようなものだからな。さすがに言葉にするのを躊躇ってしまう。


「えーっと……ミレナリアじゃなくてアイドラークの方よね?」

「そうだな」

「それなら、もちろん行くわよ」

「……え?」


 なぜか乗り気なフレイア。

 意味が分からない。普通なら困ったような返事をすると思うのだが、フレイアは即答した。……まさか滅んだ国の跡地を見て喜びを感じる異常者だったりするのか?


「私達、王族が不甲斐ないせいで大勢の人が死んで滅んでしまったんですもの。一度けじめを付けておかないと……でしょ?」


 さも当然のように言っているが、全く理解できないな。死者は死者だ。今さら弔いに行ったところで何になると言うのだろうか。それに、その死者も今頃は新しく生まれ変わっている頃だろう。そこには何もいない。


 ……ちなみに死者が生まれ変わっているのが確信できる理由は邪神から聞いた話にある。邪神曰く、「お前が喰った生物の魂はお前の中に存在し続けている。お前のせいでその生物は生まれ変わる事ができずにいるんだ」と。つまりこれは俺の中に存在していなければ生まれ変われると言う事に他ならない。なので俺はとっくにアイドラークの人々が生まれ変わっていると考えた。……アンデッドにでもなっていない限り。


 そんなわけで、フレイアの考えが理解できない。そこにいないものを弔ってどうするのだろうか。


 少し前までの俺ならこの考えを理解できていたのだろうが、生まれ変わりのシステムを中途半端に知ってしまったからそれが理解し難い考えになってしまった。


 まぁいいか。


 これはあれだ。心情とか感情とかの、そう言った見えない気持ちの問題なのだから。フレイアが満足できるように付き合ってやろう。けじめってのがイマイチよく分からないが。この場合『けじめ』ではなく『弔う』とか『謝罪』とかそう言ったものだろうに。まぁいいか。


「おう。……じゃあ次の目的地はアイドラークでいいか?」


 聞くと反対は出なかったのでこれで決まりだ。もしも反対が出たとしても俺が行くと決めたのだから行くのだ。決定権は俺にあり、こいつらに拒否権はない。こいつらもそれが分かっていて同調しているのではないだろうか。


「あ、クラエルはどうする?」

『んー? ボクの故郷?』

「そう。帰るか?」

『ううん。もうあんなところに帰りたくなーい』

「だろうな。じゃあ故郷巡りはフレイアのアイドラークで最後か」


 とは言っても、その後で黒龍の里とアブレンクング王国に行くんだがな。

 クロカは家族と出会えてないし、ソフィアに至っては帰ってすらいないのだから。だが、これは後回しだ。アイドラークの故郷巡りが終われば、まずは、拠点造りだ。やはり【魔王】としては拠点が欲しいのだ。


「いただきなのだ!」

「あ! あたしの唐揚げ!」


 クロカがスヴェルグの唐揚げをひょいっと取って自分の口に放り込む。最近では見慣れた光景だ。


「まぁいいさ。もっと食べて大きくなるんだよ?」

「もちろんなのだ。我はアケファロスのような大人の女になるのだ!」


 と、スヴェルグは子供の世話をするようにあっさり許してしまうのでクロカは調子に乗ってスヴェルグからぱくぱく取っている。


 そして満面の笑みを浮かべて、咀嚼しているクロカの皿から卵焼きを奪うのがシロカだ。これも見慣れた光景だ。食事時はいつもこんな感じだ。


「我の卵焼きがないのだ!」

「ん。ソフィアが取った」

「え!? 取ってないですよ!?」

「分かってるのだ。どうせまたアルベドだろう」

「童じゃないぞ。セレネが嘘を吐いたのじゃから、疑うべきはセレネじゃろうて」

「うぬぬ……どっちなのだ」


 セレネのせいで厄介な事になっている。


 そんな時、後方の扉が開いて誰か客が入店してきた。

 それだけなら視線も向けずに気にすら留めなかったのだが、その客から漂ってくる雰囲気に覚えがあったのだ。


 それはオリヴィアのような──だが、微妙に違う。どちらかと言えばフレイア寄りの雰囲気。そして恐らくその人物の側にはもう一人いる。……子供だろうか? だがそうなってくると、いよいよ心当たりがなくなってきた。これが最初の人物であればオリヴィアだろうと断定できたのだが、小さい子供釣れているとなるともう心当たりがない。


 なので大人しく振り返って答えを確認する。


 そこにいたのは赤髪赤目の母子と思われる二人の人物。

 俺より少し年上そうな大人と、春暁と同じぐらいの小さい子供だ。顔立ちはオリヴィアよりフレイアにそっくりだ。つまり優しそうと言うより強気そうな印象を受ける。


 …………もしかしてフレイアの親戚か何かだろうか。見た目だけならともかく、雰囲気まで似てるとなるとそう考えざるを得なくなってしまう。


「なぁフレイア」

「ん? なに?」

「あれ、知り合いだったりするか?」


 指を指すのは失礼だろうから目線で伝える。……と言うのは取り繕いで、本当は中々の近距離だから目線で指し示しただけだ。どうでもいいが。


「……ああ!!」

「……やっぱり知り合いか?」


 いきなり大声をあげるから一瞬驚いたが、すぐにそう尋ねるが、フレイアは目を真ん丸に開け、口もポカーンと開けていてとても間抜けな顔をしていて反応がない。

 そしてフレイアが大声をあげた事に反応してこちらを見た相手もすぐにフレイアと同じ様子になった。やっぱり親戚なんだろうな、と、すぐに分かってしまうほどにそっくりだった。


 だが、ただの親戚ごときでこの驚き様は過剰過ぎる気もする。そこで俺の脳裏を過るのはフレイアが話していた、フレイアの姉の存在だ。勘でしかないが、恐らくこれがフレイアの姉なのだろうと思う。


 いや、しかしなぁ……子供連れだし……

 フレイアの話だと、フレイアの兄弟は綺麗に4歳差のある三人兄弟らしく、現在で言えば末っ子のフレイアが16歳なので、長女であるフレイアの姉が20歳、長男であるフレイアの兄は24歳と言う事になる。

 ちなみにこちらも、俺が16歳で冬音12歳、春暁が8歳……と、4歳の差がある兄弟だ。……どこか親近感を感じる。


 それだとすると、春暁ぐらいの……8歳ぐらいの子供を連れているフレイアの姉は現在20歳と言う事なので、12歳ぐらいの時にこの子供を産んだ事になってしまう。


 いやいや、あり得ないだろ。いくらなんでも若すぎる。だって、冬音と同い年ぐらいの時に子供を産んだって……いやぁ……異常だろ。


 だが、ここでこうして二人でそっくりな間抜け面を晒している時点で姉妹なのは確定したようなものだからなぁ……

 後はこの子供がフレイアの姉の子供じゃないと信じたいが……信じたいところなんだが……しかしこの子供の雰囲気がフレイアの姉にそっくりなんだよなぁ……


 …………マジかぁ……12歳ぐらいで子供産んじゃったかぁ……さぞ大変だったろうよ。フレイアの姉も、フレイアの姉の旦那も。

 これの真実は分からないが、まぁ、もう確定したようなものなのでそう決め付けて思考しただけだ。


 それにしても、もしかしてこれがこの世界の貴族や王族の、或いはこの世界全体の普通だったりするのだろうか。

 …………いや、そんなわけないか。なんせ、フェルナリス魔法学校にいた時にそんな奴ら見なかったし話も聞かなかった。だから恐らく貴族や王族特有なのか、フレイアの姉が早熟過ぎたか、だろう。


 思考も纏まったし、答え合わせをしようか。フレイア以外の全員も何事だ? とフレイアとフレイア姉を見つめているしな。……クロカはシロカ達の皿からどんどん摘み食いして頬張っている。


 と言うか……どうするか……俺、こんな姿なんだけど……







~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~







 ノースタルジアへやってきた赤髪赤目の母子……それは母の名をミア。子の名をステラと言った。


 その二人は母国である、アイドラーク公国の滅びの寸前で他の家族共々国を出て逃亡を始めていた。


 まず、最初に兄が姿を消した。母と妹、そして娘、他の騎士や使用人はそれに騒然としていたが、ミアは違った。

 兄が姿を消す前日にミアに伝えていたからだ。


「俺はゲヴァルティア帝国に復讐するつもりだ」

「え……」

「赦せないだろ? 侵略を実行した騎士も、それを命じた皇帝も、その利益を享受して安定した暮らしをしている民も。あいつらは戦争で多くを滅ぼし、犠牲にして生きてんだ。そんな外道を放っておいていいわけがねぇ」


 ミアの兄は語る。目の前には焚き火。座すのは丸太。近くにはテント。その中で眠るのはミアの母、ミアの妹、ミアの娘、ミアの夫、使用人。それを警護するのは騎士。


 誰も二人の会話なんて聞いていない。


「確かにそうね。……だとしても、復讐は何も生まないわよ。お兄様」

「それは傍観者が言う事だ。復讐が有益か無益か。復讐が無意味かどうかなんてのは俺が決めんだよ。刹那的な爽快感、達成感。纏わり付く虚しさ、無力感。復讐によって姿を現したそれをどう昇華させるかも俺次第だ」


 ミアは兄の顔を覗き込むが、焚き火によって生じた影が上手い具合に兄の表情を覆っている。どんな顔をしているのだろうか。悲しみだろうか。怒りだろうか。決意を決めたような顔だろうか。無表情なのか。


「俺は逃げない奴は皆殺しにするぜ」

「…………」

「あいつらが俺達の逃亡を許したんだからな。せめてその恩には報いてやんだよ。だが、逃げねぇ奴は殺す。あいつらがそうしたんだからな」

「お兄様……」


 そのミアの呟きはどんな感情から来たのだろうか。どんな意味があったのだろうか。兄に罪を犯して欲しくないと続けたかったのだろうか。兄のゲヴァルティア帝国と同じ立場まで堕ちて欲しくないと続けたかったのだろうか。


「これは報復じゃねぇ。復讐だ。あいつらと違って俺は民の命を背負ってんだからな。あいつらに焼かれて、斬られて、刺されて、そうして死んでいった民の無念を晴らすため。俺の不甲斐なさを詫びるために罪を背負う。自らを罪人して、俺が満足感を得るため」

「ただの正義じゃないのね」

「ただの復讐者が正義を語るわけにはいかねぇよ。悪を以て悪を制す……これが復讐者だ。復讐の動機がどれだけ綺麗なものでもそれは紛れもねぇ悪だ。……ただの悪が正義を語るなんてどうかしてる。……だろ?」


 頷き兼ねるミアを一瞥もする事なく、兄は続けた。


「明日の朝には俺はいねぇ」

「……えっ!?」

「お前も旦那さんとステラちゃんを連れてどっか母さん達と違うところに逃げろ。ゲヴァルティア帝国の追っ手を少しでも分散させるべきだ。危険も増すが、安全も増す。……安心しろ──俺の勘がそう言ってんだ」


 アイドラークの王族は総じて圧倒的な感覚を持っている。

 鋭い勘であったり、優れた洞察力や観察力であったり……などと、兎に角そう言った目に見えない感覚のようなものが鋭いのだ。

 人間が追い求める不可視の理想がそこにはあった。


 だからミアは安心できた。この家族の中でもとりわけ勘が鋭い兄がそう言うのだからそうしていれば安全だろうと。だが、ミアは一つ兄に聞きたい事があった。


「お兄様の勘は、お兄様の安全を保障してるの?」

「…………あぁ、大丈夫だろ」


 嘘だ。こんなのは嘘を見抜く力が優れていなくても分かるあからさまな嘘だ。ミアの兄は、今は亡き父親に似て、あり得ないほどに嘘を吐くのが下手くそだった。


 だが、ミアはそれを指摘しない。これが最も兄らしい姿だからだ。

 自分からなら人を安心させられるように元気付けられるが、こちらが歩み寄ったらまるでダメな、そんな兄の姿が。


「そう。なら安心できるわ。……さて、じゃぁ私はもう寝るわね。……頑張ってね、お兄様」

「任せろ、偉大なお兄ちゃんとしてお前らの分の罪も全部背負ってやる。だから幸せに生きろよ、ミア。……おやすみ」





 そんな思い出に耽っていたのはどれぐらいだっただろうか。ミアの目の前には久し振りに見る妹の姿があった。


「ふ、フレイア……」

「お姉ちゃん……!」


 相変わらず貴族としての振る舞いがなっていない妹。言葉遣いも丁寧ではないし、改まった言葉遣いをしようとしてもぎこちなくなる、そんな妹の姿は以前と全く変わっていなかった。


「……お姉様、でしょう?」

「ううん。お姉ちゃん」

「まぁいいわ。私達はもう貴族ではないのだしね」


 一度お互い呼び合ってからは会話はスムーズに進んだ。そしてミア妹の周囲にいる女性達に目を向けた。


 ミアから見て右側……手前の窓際に座っているのが金髪赤目の少女。

 そしてその隣にフレイア。

 その隣に黒髪赤目の鬼人? の少女。

 その隣に銀髪金目の少女。

 その隣に白と黒の髪に、水色がかった銀色の瞳を持つ女性。


 右奥の窓際にいるのが橙色の髪と瞳のドワーフの女性。

 その隣に褐色の肌に黒髪赤目と黒い角を生やした少女。

 その隣に白皙の肌に白髪赤目と白い角を生やした少女。

 その隣に桃色の髪に金色の右目、赤い左目を持つ少女。

 その隣に茶髪茶色目の女性だ。


 見事に女性しかいないが、大して驚きはなかった。女子会でもしているのだろうと考えたからだ。



 それから自己紹介を済ませ、店員の許可を得てから机をくっ付ける。大分通路を塞いでしまっているが、そもそも客足が多くないこの店では全く邪魔になっていなかった。


「そう……失踪した友達を探して……フレイア達も大変なのね。私もお母様と旦那を探してるのよね」

「どこか行っちゃったの?」

「えぇ。ある日突然、何の前触れもなく。捨てられたのかも知れないけど、それでも探すのよ」


 言い聞かせるように言うミアは悲しそうな表情をしている。あんな逃亡生活に嫌気が差して捨てられたか、愛想を尽かされたのか、はたまた知らない場所でゲヴァルティア帝国の追っ手に殺されてしまったのか。

 何にも分からないそんな辛い現状に不安を溢さずにはいられなかった。


「お母様、大丈夫……?」

「え、えぇ。もちろんよ」


 もちろん嘘だ。本人は気付いていないが、ミアも相当に嘘が下手くそであった。娘の前で情けない姿を晒すまいと必死に空元気を出している。


 それから暫くみんなで話してから、さてと……と、ミアは席を立った。


「もう行くの?」

「えぇ、早く旦那を探しに行かないと。 ……ありがとうねフレイア、他のみんな。みんなと話せていい気分転換になったわ。みんなも頑張って友達を見つけるのよ?」


 ミアの言葉に様々な返事をするフレイア達。そんな中、ロキシーと名乗る少々言葉遣いが荒く、一人称が『俺』と言う金髪赤目の少女がミアを呼び止めた。


「なぁ、ミアさん。旦那さんの所有物とか持ってないか?」

「……所有物……あぁ、そう言えばあの人、何着か服を置いていってたわね。それがどうかしたの?」

「俺は鼻が良いんだが……少しいいか?」


 鼻が良いの一言で伝えたい事を察したミア。しかし察したとて、そう簡単には返事ができなかった。

 妹の友達とは言え、出会ったばかりの少女だ。それが旦那の残していった服を嗅がせろと言っている。どう考えても異常だ。


 そんなミアが出した結論は了承だった。少し考えたものの、夫の捜索の手掛かりとなるのならば手段を選んでいられないと考えたのだ。

 アイテムボックスから自身の夫の衣服を取り出して差し出す。ロキシーはそれを受け取り、手で煽って匂いを嗅ぎ始める。


「あぁー……ゲヴァルティア帝国の方に匂いが広がってるな。多分ここ暫くゲヴァルティアをウロウロしてるんじゃないか?」

「そ、そんな正確に分かるものなの……?」

「あぁ。目と匂いを照らし合わせたから間違いない。どうする? 今から転移門(ゲート)でそこまで飛ばそうか?」

「い、いいの!? 本当に!?」


 出会ったばかりの少女なので信用度などあったものではないが、先ほども言った通り手段を選んでいる場合ではないのだ。どんな目に遭おうが構わない。

 だが、そんな無茶に娘を巻き込むわけにはいかない。


 だから、そんなミアが取った選択肢は──


「ロキシーさん、一緒に来てくれない?」


 こうすれば娘を巻き込まずにゲヴァルティア帝国に向かう事ができ、帰りもロキシーに頼んでなんとかなる。

 ロキシーを怪しんで、ステラを置いていっているくせに、帰りを想定しているのもおかしな話だが、これはミアの感情的な問題なので何とも言えないだろう。


 そんなミアの頼みをロキシーは不快に思う素振りもなく快く受け入れた。


「分かった」


 その一言だけで。

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